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雑誌目次

雑誌文献

公衆衛生65巻1号

2001年01月発行

雑誌目次

特集 根拠に基づく公衆衛生の展開

根拠に基づく健康政策の展開

著者: 佐栁進

ページ範囲:P.4 - P.13

 本年4月から「21世紀における国民健康づくり運動」,いわゆる「健康日本21」がスタートした.策定までの過程は,特にたばこ問題をめぐって嫌煙派,喫煙容認派双方から激しい論議が交わされ,国民的コンセンサスの調整にかなりの時間を割かなければならない状況もあった.しかし,得られたコンセンサスに基づく計画がスタートした今年度からは,目標年度である2010年度を目指して,目標に到達するよう国民運動の渦を一歩一歩着実に広げていくことが課題になる.
 健康日本21の理念的基盤の一つは,根拠に基づく政策の展開である.ここではこの「根拠に基づく政策」の観点から,最近の動向を概観するとともに,特に健康日本21で取られた手法とこれからの方向性について述べてみたい.

根拠に基づく公衆衛生の意義と方向性に関する論点—アメリカにおける最近の動きをめぐって

著者: 林謙治

ページ範囲:P.14 - P.19

 近年わが国では質の高い医療を目指して「根拠に基づく医療」(EBM)の普及が強く求められいる.質の高い医療の提供は医療技術のみによって自己完結するわけではなく,当然のことながらそれを支える医療体制,健康政策および社会政策全般の整備にかかわる問題である.最近集団を対象とした予防医学の分野でも同様な発想からevidence-based public health(EBPH)が追求されている.さらに,政策の形成においてevidencebased health policy(EBHP)の必要性が主張されている.EBM技術の開発を促したのは工業技術革新の医療への波及および過去30年間欧米の社会変革を受けた結果であることは,その発展史をひもとけば明らかであろう.医療の中にあっては評価の手法がEBMとして開花したが,社会変革の中にあっては技術評価の社会的適用がperformance management & reviewとして出現し,両者は同じ方向性を持つことに気づかされる.
 EBM技術の進化はオペレーションズ・リサーチ(OR)を原初技術として,効率と効果を追求する戦略ソフトウェアに基盤をおいている.EBMにとって技術上の直接的な相似形であるテクノロジー・アセスメントは費用便益・費用効果分析あるいは社会的インパクトの評価に用いられる手法である.

新生児期から学童期までの検診の根拠

著者: 北川照男

ページ範囲:P.20 - P.27

 わが国の公費による先天代謝異常症の新生児マス・スクリーニングは,昭和52年に開始されたが,その数年前から日本母性保護医協会会長の森山豊先生が班長になられて,厚生省の補助金による研究班が内外の情報を集めながら,試験的なスクリーニングを実施し1,2),それらの成績をもとにして行政レベルのマス・スクリーニングが始められた.
 その約10年前からドイツやアメリカは行政レベルのPKU(phenylketonuria,フェニルケトン尿症)のスクリーニングを開始しており,わが国のスクリーニングはこれを参考として準備されていたので,根拠に基づく検診とだれもが信じていた.しかし,開始後ヒスチジン血症をスクリーニング対象疾患から外す3)とか,PKUの治療基準を改定4)するとか,若干の軌道修正を行いつつ今日に至っている.

成人病検診の根拠

著者: 矢野栄二

ページ範囲:P.28 - P.32

 本稿の表題にある「成人病検診」という言葉を最近聞くことが少なくなった.従来,成人病検診は,産業保健の場合,法律で義務づけられた一般定期健診や特殊健診に対して,中高年の従業員に任意で実施する健康診断であり,健康保険組合が行う保健事業などとして行われることが多かった.この検診は義務的なものではないとはいえ,事業所が提供する人間ドックも合わせると1987年には,全事業所の47%で実施され,従業員千人以上に限れば98%の事業所で実施されるほど普及していた1).1988年の労働安全衛生法の改正において,この成人病検診の核心部分であった貧血検査,肝機能検査,血中脂質検査および心電図検査が,受診義務のある一般健康診断項目の中に組み入れられた.したがってこの時点から,従来の成人病検診の内容は法律的に根拠を持ったが,その医学的根拠については十分な検討があったのか疑わしい.本稿では,成人病検診のうちがんに対する検診は種々の点で状況が異なるので,含めない.

ヘルスプロモーションからのアプローチ

著者: 武藤孝司

ページ範囲:P.33 - P.37

 近年,臨床医学においては根拠に基づく医療(evidence-based medicine;EBM)が重視されてきており,公衆衛生でもその根拠が要求されるようになっている1).また,世界的なヘルスプロモーション注)の興隆の中で,公衆衛生がヘルスプロモーションの枠組みの中で取り組まれようとしている2).ヘルスプロモーションにおいてもEBMの影響でその根拠が問題とされてきており,ヨーロッパを中心にかなりの検討が行われている3,4).本稿の目的は,根拠に基づく公衆衛生の展開に関してヘルスプロモーションの視点からこれまでの研究成果を整理して問題点の所在を明らかにし,今後の方向を探ることにある.
 注)“Health Promotion”は通常「健康増進」,「健康づくり」と訳され,逆に「健康増進」,「健康づくり」は“Health Promotion”と英訳されるが,WHOが用いる“Health Promotion”とわが国の「健康増進」,「健康づくり」とは概念が若干異なっているため,“Health Promotion”は「ヘルスプロモーション」と訳す.

公衆衛生研究とEBMの接点—根拠をつくる方法

著者: 西信雄 ,   水嶋春朔

ページ範囲:P.38 - P.42

 21世紀初頭の日本人の健康づくりにおいて重要なかぎを握る「21世紀における国民健康づくり運動(健康日本21)」では基本方針として,1)一次予防の重視,2)健康づくり支援のための環境整備,3)目標などの設定と評価,4)多様な実施主体による連携のとれた効果的な運動の推進,の四つをあげている.厚生省は,この健康づくり運動を効果的に推進するために,各地域などにおいて住民,健康に関連する多様な関係機関や関係団体などの参加を得て,地域などの実情に応じた健康づくりの推進に関する具体的な計画(地方計画)が策定される必要がある,としている1)
 この地方計画の策定のためには,健康課題ごとに地域などの客観的な現状評価をまず基本的な根拠として押さえ,客観的な指標による目標値の設定,有効性が確認された健康づくり戦略・戦術の採用,客観的な地域集団のモニタリングによる達成度の評価を国としての政策のみならず,地方ごとにすすめていくことが必要である.つまり,わが国の健康づくり政策が,根拠に基づく健康政策へと大胆な転換を果たしつつあるのである.

視点

健康投資

著者: 坪井栄孝

ページ範囲:P.2 - P.3

 先般,ハーヴァード大学公衆衛生大学院のバリー・ブルーム学院長先生にお会いいたしたときに,近頃の話題として次のようなお話をされました.
「毎年,アメリカ全土で発生する200万人の死亡者の半数は予防できたものだ.アメリカにおける名目上の死因は心臓病(33%),がん(25%),脳卒中(7%),事故死(14%)だが,死因の事実は,たばこ喫煙(19%),不健全な食生活(14%),アルコール(5%),伝染病(5%),拳銃(2%)などであり,もし今,使っている医療費の1ドルに対して数セントを公衆衛生に投資すれば100万人の命を救うことができる.」

シンポジウム 第17期日本学術会議環境保健学研連主催公開シンポジウム 都市医学のストラテジー・5

都市生活がもたらす疾病に対する戦略

著者: 圓藤吟史 ,   林朝茂 ,   津村圭 ,   岡田邦夫

ページ範囲:P.75 - P.77

 わが国の平均寿命は,男77.19歳,女83.82歳(1997年)と延び,世界の最長寿国になった.1947年のそれが男50.06歳,女53.96歳であるから,平均寿命がたった50年で27ないし30歳も延びたのは有史以来例がなく,今後も起こりえないだろう.これには周産期,産褥期での死亡や,肺炎,結核などの感染症での死亡が減少したことが大きい.また,医学医療の進歩,あるいは医療施設,病床整備に主眼をおいた医療供給体制の充実,さらに1961年に始まった国民皆保険とその拡充に負うところが大きいと思われる.
 20世紀後半は感染症に変わって,脳血管疾患,悪性新生物,心臓病といった慢性疾患が死因の上位を占めるようになった時代であり,現在では死因の6割以上を占めている.これら慢性疾患は中高年者に多く発生することから成人病と捉え対策がとられてきたが,生活習慣がこれらの疾患の発症に関係することが明らかになるにつれ糖尿病を含め「生活習慣病」と位置づけられ,その発生要因である生活習慣に焦点をあてた発症予防対策が必要になってきた.

閉会にあたって

著者: 稲葉裕

ページ範囲:P.78 - P.78

 公開シンポジウムの閉会にあたりまして,一言ご挨拶申し上げます.
 この度第70回日本衛生学会総会に続いて,日本学術会議環境保健学研究連絡委員会主催の公開シンポジウムを開催したいとの提案があり,日本衛生学会の共催で実施することになりました.

連載 福祉21茅野 住民参加の地域ケアシステム・1【新連載】

福祉21茅野ができるまで

著者: 鎌田實

ページ範囲:P.70 - P.74

諏訪中央病院の地域医療が始まった理由
 八ケ岳の裾野は広く美しい.今から5千年もの昔,縄文人は厳しい自然環境の中で病や死をこの大地でどのように受け止めていただろうか.縄文人のつくった土器の豊穣さや,八ケ岳山麓から出土した縄文のビーナスや,最近出土して大さわぎになっている仮面土偶のいのちの躍動感には,ただただ驚かされる.いのちの歴史を感じさせる人口5万4千の山麓の町・茅野市に,ぼくたちの諏訪中央病院はつくられている.
 今から26年前,ぼくは生まれ故郷の東京を離れ,諏訪にお世話になった.

地域保健関連法規とその解釈・1【新連載】

戦前の地域保健関連法規

著者: 河原和夫

ページ範囲:P.60 - P.61

 わが国の近現代史は異質な二つの国家体制を経てきた.明治以来,公衆衛生対策は法制度を含め徐々に整備されていったが,厚生省および保健所の設置により地域保健システムの原型はほぼ出来上がったのである.しかし,異なる二つの国家体制を比べると地域保健の理念とその発展の可能性は大きく異なっていた.

あなたにもできる調査研究—事例をもとに・10

地域におけるADL評価尺度を用いた調査研究

著者: 長野聖

ページ範囲:P.43 - P.48

 地域に在住する障害者に対して適切なサービスを提供するためには,日常生活を営むうえで問題となる日常生活活動(Activities of Daily Living;ADL)や能力障害(disability)を客観的に評価する必要がある.根拠に基づく障害者の客観的な評価を実施することは,地域における保健・福祉・医療資源の充実のみならず,専門職の活動の効果を明確にするためにも早急の課題であると思われる.
 難病患者・障害者のADL評価を実施するにあたり,難病(特定疾患)の中にはパーキンソン病など介護保険の適用となる疾患があり,あえて身体機能の評価を実施しなくとも介護認定評価で身体機能は把握できる,あるいは障害度をおおまかに把握するには厚生省日常生活自立度(寝たきり度)判定基準評価で十分とする人も多いと思われる.

疫学 もう一度基礎から・13

偏りと交絡(3)—交絡因子とその制御方法—交絡因子に配慮のない研究は,疫学研究ではない

著者: 中村好一

ページ範囲:P.49 - P.54

■ポイント■
 1.交絡因子とは,観察する曝露と疾病発生の関係に影響を与える第3の因子である.
 2.性・年齢は常に交絡因子として取り扱うことを求められている.

「健康日本21」と自治体・10

アルコール・2

著者: 白倉克之

ページ範囲:P.55 - P.59

健康日本21におけるアルコール—基本方針と基本戦略
 2000年2月を目処にまとめられた「健康日本21」10)の策定にあたっては,欧米での新公衆衛生運動の機運の高まりに連動する形で検討された.従来の単なる疾病予防という視点に較べて積極的な健康増進という立場が重視され,当初は住民参加型の個々の生活習慣の改善に重点が置かれる傾向がみられた.しかしながら個々の予防的努力には限界が示され,1980年代後半になると社会的環境の整備や資源開発などを含めた総括的な計画・導入の重要性が強調される風潮が盛んになり,これを反映した形で米国のHealthy People 2000や英国のThe Health of the Nationなどの各国の健康増進施策が計画・導入され,現在に至っている11)
 このような風潮を背景に「健康日本21」も検討され,いずれもevidence-based medicineを踏まえた達成可能な具体的な数値目標を掲げての策定が前提となっており,実施後の検証を経て再評価・再検討するという手法を導入する運びになっている.

公衆衛生院からの発信・12

疫学をどう学ぶか

著者: 簑輪眞澄

ページ範囲:P.62 - P.63

公衆衛生の現場における調査研究
 地域保健法において,保健所は必要に応じて「所管区域に係る地域保健に関する調査及び研究を行うこと」ができるとされている.このことによって,これからの保健所は調査や研究をもやらなければならなくなったと思っている人がいるようである.しかし,昭和36年に刊行された『保健所管理』1)には既に,保健計画のためには地区保健調査を行い,それに基づいて地区診断を行い,保健活動の結果の評価を行うべきことが書かれている.また,『保健所概論ノート』の初版2)には公衆衛生診断が保健所の基本的機能の一つとされている.保健所における調査研究機能の必要性は最近になって急に強調されていることではない.事実筆者が初めて保健所に勤務した頃には,疫学的手法を理解して,感染症や食中毒の集団発生における流行調査の指揮を取り,自らデータをまとめ,学会などで発表できるようになることが真っ先に保健所医師に求められたものである.
 保健所における研究とわれわれ研究者の行う研究の重要な違いは,地域保健法にあるように,保健所など公衆衛生の現場における調査研究は「必要に応じて」行うということであり,不必要なことはやらなくていいのである.われわれ研究者は何が何でも研究をしなければならないから,時には重箱の隅をつつくようなこともやらざるを得ないのに対して,公衆衛生の現場と密着していることのすばらしさを示すものであろう.

全国の事例や活動に学ぶ 今月の事例 石川県石川中央保健福祉センター

保健婦による保健所ホームページの開設

著者: 一原淳子 ,   青山晴彦

ページ範囲:P.64 - P.65

 これまでも,当センターでは保健所便りの発行や講演会を開くなどの手段で情報発信をしてきたが,世の中のインターネット環境が整ってきたので,平成11年度に情報発信能力の強化のため,県のホームページにスペースをもらって当センターのホームページを開設した.
 作成,運営は企画調整課の保健婦である私が担当している.初めてなので参考書を買ってきて取り組んだが,リンクの設定を間違えたり,ファイル名を半角英数字にしなければいけないという基本的な知識がなかったりと,県のホームページ担当者には迷惑をかけたがなんとか開設にこぎ着けた.開設するに当たっては,各課代表者とどのような内容にするか検討を行ったが,「別にホームページに載せなくてもいいわ」と言われたりして記事を集めるのが大変だった.しかし,日がたつにつれて各課から積極的に記事が出てくるようになってきた.

公衆衛生のControversy 個人情報はどこまで守るべきか

個人情報の利用はその目的が妥当な限り許される/疫学の研究などにおける個人情報保護

著者: 中川秀昭

ページ範囲:P.66 - P.67

 個人情報保護に関する重要性が高まる中,国立循環器病センターや東北大学,九州大学などわが国を代表する循環器の疫学研究で,健康診断で採血した血液を受診者の同意を得ないままに遺伝子多型の解析を実施し大きな問題となったことは記憶に新しい.その経緯について詳しいことを知り得ず新聞情報でしかないが,循環器病センターの場合は健康診断の通常の採血とは別に新たに採血を行ったことから,当初から遺伝子多型の解析を目的としていたと考えられ,倫理委員会の承認も得ていなかったとある.このことは一例であるが,わが国ではこれまで研究者の中で「個人情報」が必ずしも考慮されてはこなかったこと,また,多施設共同研究以外,単独の研究者や研究室で実施される研究には十分な研究計画書が作成されないことが多く,いろいろなことが曖昧にされていたことも事実である.
 15年前のことになるが,塩と高血圧に関する国際共同研究(intersalt)に参加し,また5年前にも栄養と高血圧に関する4カ国共同研究(intermap)に参加し,健康診断や栄養調査などのようなわが国で一般に行われていることに対しても,地域代表者の研究機関の倫理委員会の承認を受け,被検者一人一人にインフォームド・コンセントを取ることを求められたとき,ここまでしなければならないかと驚かされたものである.二つの研究の計画書には研究の意義と目的,方法,資料の質,被検者の利益・不利益などが詳細に検討されており,個人情報の保護がどのようにされるのか記載がされていた.

海外レポート ニューヨーク州保健省の日常・13

官学が一体となった公衆衛生大学院

著者: ホスラー晃子

ページ範囲:P.68 - P.69

 これまで州政府に関係したことばかり書いてきたが,今回は筆者が疫学の助教授として兼任している,公衆衛生大学院のことにも少し触れてみたい.現在アメリカでは,公衆衛生大学院(School of Public Health)として認定され,その唯一の全国団体であるAssociation of Schools of Public Health(以下,ASPH)に加盟している大学が28ある(表).これらの大学を合計すると,全米で約15,000人の学生が公衆衛生を学び,毎年5,000人あまりの卒業生を出していることになる.またこの他にも,認定を目指してASPHに準会員として加盟している大学や,大学としては認定外ではあっても,公衆衛生関係の学位を授与している医科大学,一般大学の学部も存在するので,公衆衛生の学生総数は全米で20,000人近いとみられている.
 ところで一口に公衆衛生大学院といっても,それぞれの大学の歴史や風土を反映して,その内容にはかなりのバラエティがあるといってよい.一般に,オールラウンドな公衆衛生修士号(MPH)が,公衆衛生の代表的な学位とされているが,疫学,生物統計学,環境衛生学,健康教育学,医療管理学などの修士,博士号,そして最近では行動学,社会学,エコロジーなどを組み合わせた学際的なプログラムも増えており,公衆衛生の学位といっても多様である.

基本情報

公衆衛生

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1170

印刷版ISSN 0368-5187

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