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雑誌目次

雑誌文献

公衆衛生67巻11号

2003年11月発行

雑誌目次

特集 検証「SARS」

SARSの病態,疫学

著者: 岡部信彦

ページ範囲:P.814 - P.819

SARS事例発生のはじまり
 
 中国広東省では,2002年11月頃より非定型肺炎の多発があり,2003年に入ってこの状況が明らかになり,2月頃よりPro-Medなどにその情報が記載されるようになった(世界のインターネット上で感染症情報の交換を個人の立場で行っている.http://www.promedmail.org).2003年2月11日,WHOは5例の死亡を含む305例の急性呼吸器症候群が中国広東省において発生し,その病原を追究中であることをWHOホームページに掲載した.中国当局は,当初これはクラミジア肺炎によるものであると発表していた.

 2003年2月19日,香港において広東省に近い福建省から戻り,肺炎を発症した親子から,トリ型インフルエンザH5N1が分離された.父親は死亡し,9歳の男児は回復した.これは1997年香港での流行以来初めての,ヒトからのH5N1の分離例であり,広東省を起点とした新型インフルエンザ大規模流行(influenza pandemic)の前兆ではないかと,世界中のインフルエンザ関係者の関心を集めた.

世界の状況とWHOの対応

著者: 押谷仁

ページ範囲:P.820 - P.825

 Severe Acute Respiratory Syndrome(SARS)は,21世紀に入って最初の新興感染症であった.2002年末に中国南部で始まったと考えられているSARSの流行は,香港を経由して,航空機によって,またたく間に世界各国に広がった.各国が積極的な対策をとったことにより,新たな感染者の発生は抑えられ,2003年7月初めにはすべての地域での封じ込めに成功した.しかしSARSウイルスは自然界のどこかに今も存在していると考えられ,この冬にも再出現する可能性が指摘されている.また,さらに新たな世界規模の新興感染症が出現する可能性もある.このSARSの流行は,グローバリゼーションの進展した世界での感染症対策の難しさを浮き彫りにした.

 本稿ではSARS流行の経緯と,これまでの世界保健機関(World Health Organization,以下WHO)の対応について総括したい.

今冬のSARS再流行に備えた取り組み

著者: 神ノ田昌博

ページ範囲:P.826 - P.830

 重症急性呼吸器症候群(SARS)は,2003年3月12日にWHOが緊急情報を発して以来,世界的規模でまん延防止の取り組みが行われ,約4カ月後の7月5日に台湾が伝播確認地域から除外され,事実上の終息宣言に至った.

 今後のSARSの発生動向は,現在の知見では予測不可能とされているが,ウイルスによる呼吸器感染症の傾向として,気温と湿度の上昇時に終息し,気候が涼しくなった時期に再燃することが知られており,この冬にSARSが再流行することが危惧されている.

 本稿では,今冬のSARS再流行に備えて取り組むべき対策についてまとめることとする.

SARS感染外国人医師の残した教訓

著者: 上田博三

ページ範囲:P.831 - P.834

 本年,東アジア各地を中心に猛威をふるった重症急性呼吸器症候群(SARS)は,国内での日本人の患者,感染者の発生は確認されなかったが,次の冬にかけて世界的な流行が再び起これば,わが国へのSARSの侵入が危惧される.

 本稿では,わが国内に感染者が立ち入った5月の外国人医師の事例を取り上げ,その経緯をたどり,問題点と残された教訓について検証する.

―自治体の対応①―台湾人医師事例から見る大阪市保健所のSARS対策

著者: 小西省三郎

ページ範囲:P.835 - P.838

事件発生まで

 SARSは,2003年3月中旬から東アジアを中心に感染が拡大していたが,大阪市では当初より本疾患の重要性や関西方面への侵入の可能性を考慮して,積極的に情報収集にあたってきた.大阪府医師会等に対しても,WHOのSARS関連情報等を提供するとともに,3月17日にはSARSの「疑い例」「可能性例」通報の協力依頼を行った.

 4月3日,SARSが新感染症となったことを受け,対策会議を開き,市内において患者が発生した場合の対応について検討した.

 すなわち,休日・夜間を含めて患者が発生した場合の連絡体制,患者搬送,接触者調査の実施方法等を決めた『SARS対応マニュアル』を作成するとともに,大阪市立総合医療センターにおいては,SARS患者が発生した場合の診察から入院に至るまでの受け入れ態勢の確認を行った.市民に対しては,SARS伝播確認地域,症状,相談先などを記載したリーフレットを作成・配布するとともに,大阪市ホームページに掲載し,正しい知識の普及啓発に努めた.

―自治体の対応②―シミュレーションから考える保健所・自治体における感染症危機管理対策

著者: 中瀬克己

ページ範囲:P.839 - P.843

 SARSが今冬に再び流行するという想定での対策が求められている.今年5月の台湾人医師の事例はわれわれに大きな経験を残したが,幸いにも新たな感染者は確認されなかった.今後最も重要な対策は,患者を想定した,感染の早期発見・治療と拡大防止であり,その備えである.

 今回のSARS感染における伝播の場は医療機関であり,感染者は医療従事者であった.これは,医療の整ったカナダでも,台湾・香港でも,そして中国における当初の伝播でも共通している.医療の場での早期発見・治療と伝播防止への備えこそが,患者に対する医療の提供を確保し,ひいては市民の早期受診を促すことで,SARS拡大をコントロールする基礎となる.

 医療機関における医療従事者への伝播を想定して,本稿では以下のシミュレーションを通じて対策を考えてみたい.

―自治体の対応③―東京都のSARS対策―取り組み・診療ネットワーク・今後の対策

著者: 杉下由行

ページ範囲:P.844 - P.848

 制定以来100年が経過した「伝染病予防法」は,感染症を取り巻く状況が大きく変化したことから抜本的な見直しが行われ,1999年4月,感染症の発生・拡大への対応,人権尊重への配慮等を骨子とする「感染症法」が施行された.これに伴って,東京都(健康局)では「感染症予防計画」(1999年6月)を策定し,感染症の発生・拡大防止,感染症医療体制の確保,感染症に関する研究の推進,地域の実情に即した感染症予防を推進しているところである.

 感染症は健康危機管理の観点からも,発生予防と蔓延の防止に重点を置いた,事前対応型の体制の構築が重要である.具体的には,発生に備えた迅速かつ的確な情報収集,適切な予防・治療体制および大規模感染症の発生などに対応する体制を確立することが挙げられる.

 東京都(健康局)では,感染症の健康危機に対応できる体制作りを進めており,今回の重症急性呼吸器症候群(以下SARS)対策においても,事前対応型の体制として診療ネットワークを構築し,体制整備を行った.本稿では,東京都の取り組み,課題,診療ネットワーク,医療体制の強化,そして今後の対策について報告する.

医療機関の対応

著者: 相楽裕子

ページ範囲:P.849 - P.852

 本年3月12日のWHOの異例の警鐘(global alert)によって世界中に認識されたSARSは,7月5日の台湾における集団発生終息宣言をもって一息つくことになった.しかしながら,同時に「世界のどこかで依然として症例が発生する可能性が残っているため,公衆衛生の方面からは警戒を緩めてはならない.SARSは我々に,ひとつの症例でも爆発的に集団発生を引き起こす可能性があることを教えてくれた1)」として,この冬以降も発生の可能性を指摘し注意を喚起している.8月7日現在,WHOへの報告数は8,422例,死亡例916例,致命率は11%である.幸いにして国内での発生はないが,外国人医師のSARS事例での反応からみて,国内で患者が発生した場合の国民への影響の大きさは計り知れないものがあり,防疫・医療体制整備が迫られている.

 本稿では,第2種感染症指定医療機関ながら,SARS対応機関に指定された当院の対応について述べてみたい.

市民の不安への対応―台湾人医師事例から

著者: 下内昭

ページ範囲:P.853 - P.856

2003年5月中旬までのSARSに関する広報活動および対応

 大阪市健康福祉局では,SARSに関して2003年3月頃から準備をしていたが,4月には対策会議を開催して,一般相談や医療機関からの通報,診察・搬送・入院・検査,接触者調査等の実施体制を整備した.SARS対応マニュアルを作成し,市内24区の保健福祉センター・区役所など関係部署に配付した.また,SARS伝播確認地域,症状,潜伏期間,相談先などを記載したリーフレットを作成・配付するとともに,大阪市ホームページに掲載した.日本語リーフレットについては,保健福祉センター,区役所および医療機関へ,5月頃にはすでに5,000部程度を配付し,英語,中国語,ハングル語でも500部程度,国際交流センターや港湾局に配付していた.相談窓口は各区の保健福祉センターおよび保健所に設けられ,夜間休日も対応できる体制をとっていた.

 したがって,5月中旬の台湾人医師入国・帰国後SARS発症前から,当大阪市保健所では医療機関などからの報告や問い合わせが散発的にあり,SARSの疑いがあるかどうかの判断をしてきていたため,担当者には知識と対応方法について,ある程度の経験が積み重ねられていた.

想像力欠く日本のSARS対策

著者: 岩﨑賢一

ページ範囲:P.857 - P.860

 重症急性呼吸器症候群(SARS)は,日本の感染症対策に何をもたらしたか――.2003年4月から6月にかけて起きた出来事に対する取材をもとに,ここでは検疫,疫学調査,情報の3点について振り返ってみたい.

検 疫

 「中国から入国,検疫強化 空港に検温コーナー」.5月1日の朝日新聞夕刊1面の見出しだ.SARSが香港や広東省だけでなく,北京で急速に広まったことを受け,厚生労働省が1日,中国全土から日本に入国する人すべてに対し,質問票の記入と到着した空港での検温を求めることを決め,即日実施した,という内容の記事だ.同日には,政府の関係閣僚会議も開かれ,検温だけでなく,帰国者に10日間,他人との接触を控えることを求めることも了承された.各新聞社,テレビ局も同様の内容を報じている.

SARSと検疫体制

著者: 丸山浩 ,   片山友子

ページ範囲:P.861 - P.864

 世界中を震撼させたSARSはWHOの「制圧宣言」で,一応の終息をみた.しかしながら,冬季における再発の可能性が指摘される中で,有効な治療薬・予防薬の開発ができていないなど多くの課題が残され,予断を許さない状況は続いている.

 今回は,幸いにもわが国においてSARSの流行は起こらなかったが,これを単に「幸甚」と片付けてしまうのは軽佻浮薄の謗りを免れないであろう.やはり,健康教育を含むわが国の公衆衛生システムが上手く機能していたということを評価することも必要ではないだろうか.一方で,これらのシステムの様々な問題点や課題も浮き彫りになったことも事実である.

 本稿では,その現場に身を置いた一人として,これまでの検疫所としての取り組みと今後に向けた課題などについて述べてみたい.なお,意見にわたる部分は私見であることを予めお断りしておく.

検証

著者: 桜山豊夫

ページ範囲:P.865 - P.866

 本特集/検証「SARS」では,国,自治体,保健所,検疫所などで実際に対策を担当された方々に,今冬の対策に資するべく,お書きにくい点も含めて検証をお願いした.ご執筆いただいた各氏には,その趣旨をご理解いただいて率直に反省点,問題点,課題などを含めてお書きいただいた.本特集の検証から見えてくるものについて,私見を交えて述べてみたい.

新感染症としての対応および指定感染症の指定

 感染症法が成立して以来,新感染症として取り扱われた感染症としては初めての経験になり(実際には患者の国内発生がなかったので,厳密に言えば取り扱われなかったわけだが),原因ウイルスが特定され,指定感染症の指定を受けた「SARS」であるが,結果として感染症法制定時の想定と違う事態も発生し,今後に課題を残した.

視点

公衆衛生の人づくり―傍から見ていると

著者: 中堀豊

ページ範囲:P.808 - P.809

 公衆衛生学の教授になって6年,授業もこなし,社会活動もそれなりに行っているから,よその公衆衛生の教室に勝るとまでいかなくても,負けているとは思わない.私は研究としては人類遺伝学からスタートしており,扱う対象はヒトであるが,培ってきた視点と方法論はいわゆる社会医学とは少々異なるから,本流ではないと自覚している.他覚的な根拠もある.科学研究費の申請は教室から出す半分は衛生か公衆衛生・健康科学に出しているが,この2領域で研究費をいただけたことは未だにない.この2年続けて大学設置審査を受けたが,昨年など「社会医学」の修士課程教官としてマル合をいただけなかった.このような私であるが,気になることをいくつか述べさせていただく.

公衆衛生は科学か?

 C.E.A. Winslowの「Public health is the science and art of preventing disease, prolonging」から,公衆衛生の両面が読み取れる.一方では公衆衛生を科学とし,一方で科学でない面も認めている.ここでいうart(技術)にpolitics(政治)が入るのかどうか難しいが,artを行うためには必要なことなのかもしれない.欧米では公衆衛生が立派な科学であることは,Master of Public Healthに留学された先生方が,「目覚めた」とよく書かれていることからもわかる.問題は,日本での公衆衛生が,他分野の研究者や医学生にどのように見えているかということである.「臨床も基礎もできない,ちょっと変わった人が行くところ」と思われている節がある.いずれにせよ,あまり科学的だと認めてもらっていない.

特別寄稿

北京でSARSの準備をする

著者: 岩田健太郎

ページ範囲:P.867 - P.870

 臨床屋の立場からの,SARS対策の話である.

 EBMと呼ばれる医療が勃興し,インターネットが普及し,臨床的な問題に対してもガイドラインを参照し,みなが同じように対峙することが可能になった.が,実際には疾患の頻度,医療リソースの充実度,地域の環境・文化などさまざまな要因が絡み合い,ただガイドラインを踏襲しているだけでは目の前の問題には対応しきれない.

 本稿では,SARSの再到来が懸念される北京での,私の苦慮の過程を紹介する.

地域保健と産業保健をつなぐ

著者: 高田和美

ページ範囲:P.871 - P.873

高齢者の聴き取り調査

 「高齢社会における企業の健康管理と高齢者の健康に関する調査研究」(健康保険組合連合会による調査研究,委員長/高田和美,1996年)において,私は病院に入院または通院している高齢者の聴き取り調査を行い,病気になっても生きがいを持って明るく療養生活を送っている人が多いことに感動した.そして,特に男性にとって青壮年期,つまり在職中の思い出を語ることが,いかに楽しく刺激的なものであるのかがよくわかった.

 患者にとって病院での医療職との対話は,常に「昨日に比べて」で,せいぜい「発病してから」であるのに対し,今回の調査においては修学,就職から定年退職までの自分を蘇らせる機会となったようだ.ありがたいことに,多くの高齢者が心弾ませて調査に協力してくれたのである.

資料

WHOタバコ規制枠組み条約採択の意義と課題

著者: 稲葉治久

ページ範囲:P.874 - P.876

 2003年5月21日,「タバコ規制枠組み条約」(Framework Convention on Tobacco Control,以下FCTC)が世界保健機関(World Health Organization,以下WHO)の第56回総会において全会一致で採択された.2000年10月に第1回政府間交渉を開始して以来,日本をはじめとする規制強化に消極的な国々の抵抗によって交渉は難航した.第5回交渉に至っては,日本は,FCTCの目的であるタバコの「消費削減」そのものに対し,加盟国192カ国中唯一態度を留保した経緯もある.しかし,もはや世界の潮流に逆らうことはできなかった.全部で6回の策定作業を重ね,採決に至るまでに3年弱の期間を要したFCTCは,公衆衛生分野では初めての多国間国際条約であり,世界的規模でのタバコ規制に向けた大きな前進――少なくともその第一歩――として評価することができよう.FCTCは,加盟国192カ国のうち40カ国の署名・批准で発効することになる.

 ところで筆者は,企業の発信する有害情報の規制のあり方,特にタバコ広告表示規制にかねてから強い関心を有してきた.本稿では,FCTCを概観するとともに,FCTCを通して日本が直面する課題について考察を試みたい.

活動レポート

地域助産師の目から見た,地域母子保健の問題点と課題

著者: 小森香織

ページ範囲:P.877 - P.880

 平成7年の阪神大震災をきっかけに,兵庫県で病院勤務助産師をしていた私は,翌年沖縄県に移住し,開業届を出して,地域の開業助産師として再出発した.助産院や自宅での出産が年間10~15例の沖縄県では,分娩だけを取り扱って成り立つ助産院は皆無である.当院もご多聞に漏れず年間の分娩件数は4~5例,分娩は出張専門(自宅分娩)である.その他の助産院でのメニューは表のようである.これらは,市町村の母子保健事業と重なる部分も多いが,有料であっても,受講者は途切れない.その他に,院外出張業務として市町村との委託契約で新生児訪問を行ったり,べビースクール,マタニティスクールの講師をしている.

 本稿では,地域の中でもさらに狭い地域の助産院活動と市町村の地域活動を同時にこなす私の目から見た,地域母子保健の現状,問題点と課題についてまとめてみた.

連載 医学ジャーナルで世界を読む・11

ナチスのがん対策の「先進性」

著者: 坪野吉孝

ページ範囲:P.810 - P.811

 学内外での講義,学会や研修会などで,話をする機会が多い.同じような内容の話を何度も繰り返していると,自分が壊れたテープレコーダーになったような気分に襲われることがある.定番の話題の一つは,βカロテンのサプリメントに関する,90年代半ばの一連の臨床試験の話だ(βカロテンを投与しても,非喫煙者ではがん予防の効果がなく,喫煙者では肺がん発生率がかえって上昇した).最近も2回ほど栄養士の集まりで講演したが,出席者の中でこの話を知っていたのは,1割程度に過ぎなかった.サプリメント・ブームの昨今,こうした「決定的に重要な研究」を,現場の栄養専門職の大半が知らないままでいることには危惧を覚える.ただしこれは,個人の努力不足というよりも,保健専門職の生涯教育における構造的な問題なのだろう.話す側は壊れたテープレコーダーでも,聞く側には初耳であれば,伝える意味はあると自分を納得させている.

●ナチスのがん対策

 さて,今月もっとも衝撃的だったのは,ナチス・ドイツのがん対策に関する翻訳書『健康帝国ナチス』(草思社)だ.原題は“The Nazi War on Cancer”で,「ナチスの対がん戦争」といったところだろう.1999年に英文の原著が出版されて間もなく,『ニュー・イングランド・ジャーナル・オブ・メディシン』誌に掲載された書評を読んでいたので,本書の存在は知っていた.けれども最近出版された翻訳を読んで,ナチスのがん対策の「先進性」に驚かされた.

水俣病から学ぶ・11【最終回】

[インタビュー]水俣病事件を超えて―「魂の位の高き人々」の祈り

著者: 石牟礼道子

ページ範囲:P.881 - P.886

本誌 ご好評いただいた「水俣病から学ぶ」の連載も11回め.最終回の今回は,作家の石牟礼道子さんにお話を伺いたいと思います.どうぞよろしくお願いいたします.

 石牟礼さんは1969年に『苦海浄土―わが水俣病』を発表して,水俣病事件を描かれました.そのお仕事の影響は大きく,文学の力で「水俣病」という大変な問題を世に突きつけ,社会を動かしていきました.水俣病事件についてお書きになったきっかけは何だったのでしょうか.

「何かが起きる」予感がした

石牟礼 決意があってやり始めたわけではございません.とにかく気になって気になって,だんだん引き寄せられていったのです.

全国いきいき事例ファイル・4

蘇陽町における健康な地域づくり活動経過から学ぶこと

著者: 福本久美子 ,   星旦二

ページ範囲:P.887 - P.891

健康な地域づくりと研究目的

 本稿では,WHOが提唱しているヘルス・プロモーション(Health Promotion,以下HP)の観点から,健康な地域づくり活動として蘇陽町(態本県)で実践されてきた活動経過と活動効果を評価し,HPの推進要因を明確にしたので報告します.この背景として,昭和63年に結成された「全国いきいき公衆衛生の会」のメンバーが目指した目標があります.この会が結成された主な理由は,全国的にみた実践的な活動事例から学ぶため,その実践活動を他の地区にも波及させていくための実践方法論を構築すること,具体的な推進要因を明確にすることを重視したからでした.

 1. WHOの提唱するHPの特性

 ここで用いる「健康な地域づくり」は,WHOが提唱しているHP1)そのものです.1991年にWHOのHP世界会議によって示されたサンドバール健康宣言2)では,健康政策の位置づけと内容を次のように示しています.「環境と健康の両面が中核的で最も優先性の高いものとして位置づけられ,日々の政策課題の中で,最も大きな関心が示されるべき」と.また政策内容は「教育,輸送,住居,都市開発,工業生産,農業の部門等を健康に関連づけて優先していくことになる」と示されています.このように人々が健康になれる政策を幅広く捉え,その優先性を高め,同時に位置づけを高めていく時代が到来していると考えています.

インタビュー・住民VOICE・8

住民の手づくりですすめる岩手県滝沢村の健康地域づくり活動

著者: 中村サツ ,   琵琶坂和江

ページ範囲:P.892 - P.893

琵琶坂 岩手県滝沢村は,人口約51,000人.岩手山麓の自然豊かな旧村部と,盛岡市のベッドタウンとしての新興住宅街という2つの特徴を持つ村です.中村さんには,地区自治会による手づくりの健康活動のご経験をお話しいただきます.住民が健康活動に主体的に取り組んだきっかけは何ですか.

中村 私の住む滝沢村南巣子地区自治会は,昭和40~50年代に宅地化され,約280世帯が住んでいます.私は,7年前から外出機会の少ない近所のお年寄り10人程を,年1回の温泉旅行にお連れしてきました.この地区には,みなさん昭和50年前後に入居しましたので,子どもたちが巣立った後には一気に高齢者の町となります.そのため,地区自治会全体として介護問題や健康づくりへの関心が高まり,地域で「皆が関心を持っている健康づくりに取り組みたい」と強く思うようになりました.平成12年に自治会として「地域保健推進事業」という村の補助事業を受けて健康づくりをすすめることになり,私を含めて8人の実行委員が選任され,活動がスタートしました.

介護保険下の公衆衛生活動を考える・20

どこも悪いところはありません

著者: 関なおみ

ページ範囲:P.894 - P.896

母(68歳):不安神経症(自律神経失調症・不眠・抑うつ状態),要介護3

息子(44歳):障害者手帳2種5級,高次脳機能障害・平衡機能障害(交通事故後遺症)


セピア色の部屋

 「母の介護のことで相談したい」と息子から相談され,生活保護のケースワーカーが訪問したときには,カーテンで2つに区切られた6畳の部屋はよどんだ空気に満たされ,万年床の状態だった.そしてその部屋全体――壁・天井・カーテン・本・布団にいたるまですべてが,溶けそうなセピア色に染まっていた.長年にわたって親子の吸ってきたタバコのヤニで,褐色化していたのである.母親は常にストレス性の腹痛を気にしてサービスを拒否し,息子は相談を持ちかけてきたものの無関心で,カーテンの向こうから足だけが出ている.介入に困ったケースワーカーは,保健福祉センター(以下,センター)に相談を持ちかけてきた.

世界の公衆衛生に貢献した日本人先駆者たち―次世代へのメッセージ・8

国際緊急援助と私(下)

著者: 喜多悦子

ページ範囲:P.897 - P.900

紛争の1990年

 1990年代は地域グループ紛争の多い10年でした.91年だけでも,ソマリア,ユーゴスラビア,その後もルワンダなど各地で紛争が起こっています.この10年間,私は国立国際医療センターにおり,自分自身が出るというよりも人を送り出していました.そして紛争中,紛争前後の国々に保健をどのように持ち込んだらよいのか,考え始めていました.

 その1つが紛争後のカンボジアです.とりわけ私は,女性を何とかしたいという気持ちで,カンボジアの母子保健センター計画に携りました.この国立母子保健センターは,言ってみれば産科病院です.しかし単に産科ケアをするだけでなく,地域の人々や他の病院のスタッフたちが勉強にくる研修センターとして位置付けました.ユーザー・フィーを導入して病院の経営基盤を確立し,それまでなかった看護制度をつくることも実践され,今ではよく動いています.冷房を入れず,ガラス窓を使って吹きさらしにし,空気の流れをよくする,冷暖房を入れるのは手術室など特定の場所だけにしてランニングコストを抑える,といった工夫もされています.

厚生行政ホントの話・11

SARSを巡るWHOのもう1つの攻防

著者: 迫井正深

ページ範囲:P.901 - P.901

 SARSは健康危機管理のあり方,ひいては公衆衛生の概念に一石を投じた.同時にWHOは,史上初の渡航延期勧告という“伝家の宝刀”を抜き,国際社会でSARS対策に勝利,「ここにWHOあり!」を多くの人々に知らしめた.公衆衛生史上,かくもエポックメイキングな事件をまとめた本号の特集号は,さしずめ「永久保存版」であろう.その末座を借りて,SARSを巡るWHOのもう1つの攻防をご紹介したい.

 SARS対策が注目される中,ジュネーブで開催された本年5月のWHO総会でWHOは,当面必要なSARS対策強化に関する一連の決議案を提出した.この中でWHOは,ある内容に強くこだわった.WHOによる単独調査の実施である.念頭にあったのは中国広東省での実態把握の遅れと,その後の感染拡大だった.本号特集内・押谷論文にもあるとおり,昨年11月に中国広東省で発生したとされるSARSでは,当初から,再三にわたるWHOからの現地調査実施要請や情報提供依頼に対して,中国政府の反応が非常に鈍く,実態把握がほとんどできなかった.これがその後の対応を遅らせ,感染拡大の一因となったと言われている.WHOはこの苦い経験をもとに,次のような一文を決議案に加えた.「WHOは,必要な対策を確保するため,場合によっては関係政府に連絡後,WHOによる調査を実施する」(原文英語,筆者訳.以下同).それはつまり,採択されれば,曖昧ながらWHOによる単独調査に道を残す内容だったのである.

基本情報

公衆衛生

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1170

印刷版ISSN 0368-5187

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