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雑誌目次

雑誌文献

公衆衛生68巻3号

2004年03月発行

雑誌目次

特集 結核対策のリフォーム

結核対策のブレイクスルー

著者: 高鳥毛敏雄

ページ範囲:P.168 - P.171

 わが国の結核罹患率の低下速度は,結核の短期化学療法が普及し始めた1980年代から鈍化傾向となった1).平成9年に上昇に転じ,平成11年に厚生省(現厚生労働省)は緊急事態宣言を発令,社会全体に結核に対する警戒を喚起するに至った.結核以外の感染症対策は平成11年に感染症新法に移行されたが,結核対策については抜本的な法改正はなされていない.結核対策はこれまで感染症の中では,手直しが繰り返されてきた唯一の対策であったが,結核の低蔓延化,社会経済弱者への偏在化が強まるなど,疫学状況の変化の中で結核問題を克服していくには,結核対策のパラダイムシフトが必要となっている2)

 結核対策のリフォームが必要となっている背景

 1. 低蔓延時代の感染症としての対策への転換

 現在の結核対策の枠組は,結核が国民病として蔓延していた時代につくられたものである.結核の罹患率が低下してくるにつれ,年齢的偏在,地域的偏在,社会経済階層的偏在の傾向が顕著となってきて,これまでのすべての人々を対象とする画一的,一律的な対策の手法では効果が上がらない状況となっている.患者が多かった時期には実現できなかった,一人ひとりの患者に丁寧に徹底してかかわることが可能となっている.

地域の結核対策の評価

著者: 大森正子

ページ範囲:P.172 - P.176

Plan・DoからPlan・Do・Evaluationへ

 結核対策事業に限らずPlan(計画)・Do(実行)は,すべての事業で大なり小なり実施されている.人間の子どももPlan・Doを実施している.例えば小学生が「明日は算数のテストだ.90点以上とるために,学校から帰ったら2時間勉強しよう(計画)」などと考える.結果は「遊びたかったけれど,我慢して2時間勉強した(実行)」.しかしテストは80点だった.

 地域における結核対策もPlan・Doはされる.しかしDoがあまりにも大変で多忙を極めるため,Evaluation(評価)されることなく突き進んでいる自治体が少なくないと考える.それでは評価は,Plan・Doほど重要ではないのか.立てっぱなしの計画,やりっぱなしの事業は,税金の無駄遣いであるように,結核対策も同様である.もっと悪いことに,Plan・Doによっては,後世に結核菌を残す量が大きく異なってしまう.そのためにも評価は重要である.しかし,簡単に評価と言っても,評価ほど難しいものはない.評価法もまた評価されなければならないし,そのため多くの分野で,評価法の確立は大きな課題となっている.ともかくPlan・Do・Evaluationは繰り返されなければならない.しかも目標に向かうスパイラル状態を保ちながら.

21世紀型DOTSを進める

著者: 撫井賀代

ページ範囲:P.177 - P.180

日本版21世紀型DOTS戦略

 DOTS(Directly Observed Treatment, Short course)戦略は表1に示した5つの要素を含んだ概念1,2)であり,WHOの結核対策戦略の中心に位置づけられている.

 わが国でも平成12年7月に,「結核緊急対策検討班報告書」において,日本の実情に合ったDOTS戦略「日本版21世紀型DOTS戦略」3)が提言され,都市部におけるDOTS事業を推進してきた.このDOTS戦略をさらに全国的に推進するため,厚生労働省は平成15年2月,課長通知「今後の結核対策の推進・強化について」4)を出し,この中で「結核患者に対するDOTS(直接服薬確認療法)の推進について」を全国の自治体に通知した.

社会経済弱者の結核患者に対する保健師活動

著者: 神楽岡澄

ページ範囲:P.181 - P.185

 新宿区の結核の特徴は,高い罹患率と治療中断率にある.その背景には,社会経済弱者と言われる住所不定者(路上,簡易宿泊所,カプセルホテル,サウナなどを居所としている者)や外国人(日本語学校の就学生,短期就労者,滞在資格がない者など)の問題が影響している.

 新宿区は平成11年4月に3保健所1保健相談所から1保健所4保健センターに組織再編したことで,結核業務すべてを保健所に集中化した.登録された患者を確実に治癒に導くことを重要課題とし,保健師活動の強化を図った.結核対策の患者管理,患者支援は,保健所制度と保健師活動に負うことから,本稿では新宿区の結核対策における患者支援の現状と今後の課題について述べる.

不特定多数利用施設に対する結核対策

著者: 田丸亜貴

ページ範囲:P.186 - P.191

日本は結核罹患率が比較的高い結核中進国であるが,壮年層以下では既感染率が低く,集団感染発生が起こりやすい状況にある.実際に1980年以降,集団感染の増加が問題となり,1994~2000年では,年間報告数が4倍近くに増加している.集団感染は学校・病院・事業所など構成員が固定されている集団内での報告が多い.

 しかし,積極的疫学調査の推進,結核発生動向調査の整備により1,2),飲食店や遊戯施設での不特定多数間での結核感染事例が発見されるようになってきた.さらに1990年前半からIS6110をプローブとしたRestriction Fragment Length Polymorphism法(以下RFLP法)3)などの結核菌遺伝子型別法が開発され,疫学的関連が容易に見つけられない患者間での感染発見が可能となった.

飯場労働者の結核対策

著者: 池上宏 ,   小倉敬一 ,   前原亜矢乃 ,   西尾恵子 ,   木村友子 ,   鈴木公典 ,   志村昭光

ページ範囲:P.192 - P.195

 飯場労働者においては,定期の健康診断そのものの機会がなかったり,仮に受診の機会を得て結核が発見されても,病気に対する知識の不足,健康保険への未加入,失業への不安等の理由から,治療を受けず,そのために結核が進行し,重篤になるまで放置されることが多い.その間,飯場等で他の飯場労働者へ感染させたり,繁華街などで市民へ感染させたりする可能性があり,とりわけ飯場労働者への感染の連鎖は,重要な問題である.

 千葉市における飯場労働者の結核

 千葉市は東京都の東,京葉工業地帯の一角に位置している.市内には大手の企業やその傘下の下請け企業があり,そこでは多くの日雇い労働者が雇用されている.そのため,飯場と言われる簡易宿舎に日雇い労働者を寄宿させて,企業への日雇い労働者の就業斡旋を行う事業所が市内に多数存在する.その他大手の建設会社の子会社が,直接に従業員のための宿舎としての飯場を運営していたり,あるいは水道の配管工事を行う事業所の宿舎としての飯場があったりと,様々な形態の飯場がある.

ヘルスプロモーションの視点からの結核院内施設内感染対策

著者: 前田秀雄 ,   桜山豊夫

ページ範囲:P.196 - P.199

 2003年は,日本の院内感染対策の有り様が問われた年と言っても過言ではない.重症急性呼吸器症候群(SARS)の世界的な発生は,全人類的な衝撃をもたらしたが,院内感染による患者発生が全体の約半数を占め,医療従事者として死亡する者も少なくなかったことから,とりわけ医療界に与えたインパクトは強烈だった.一時は,感染地域からの帰国者で呼吸器症状を有する患者の診療を拒否したり,玄関先に「SARS患者お断り」のポスターを掲示する医療機関まで出現した.また,標準予防策に用いられるN95マスクは,販売会社の在庫が底をつき,緊急の輸入が行われるまでに至った.本来は,一般人に対して冷静な対応を促すべき立場にある医療従事者のこのような状況は,SARSに対する社会の不安をいっそう増幅させた.

 しかしながら,医療機関は元来,感染症に罹患した患者が突如出現する蓋然性が否定できない施設だ.感染予防のための標準予防策が当然確立されているはずの施設でありながら,今般のような事態に至ったのは,大変奇妙なことである.未知の感染症に対する恐怖感からではなく,患者間の感染に対する配慮ゆえであったとしても,既存のインフルエンザや,本稿の主旨である結核の院内感染,患者間感染について,従来どのような認識がなされていたのかと,疑念を抱かざるを得ない.

視点

食の安全・安心に向けて

著者: 上田清司

ページ範囲:P.162 - P.163

 私は埼玉県知事として,あらゆる行政分野に,安心・安全を確保する思想を貫くことを哲学の一つとして掲げております.そしてこの哲学に基づいて「日本一の安心・安全立県宣言」を行い,県民の生命と財産を守る施策に積極的に取り組んでいます.特に食物は,人の生命と健康の源であるので,第一に安全でなければならず,生産から消費にわたり一貫して食の安全を確保することは,きわめて重要であると考えています.

 しかしながら,一昨年のBSE(牛海綿状脳症)の発生以来,原産地の偽装表示や無登録農薬の使用など,食の安全・安心をおびやかす事件が相次ぎ,国民の食品行政や食品業者に対する信頼が大きく揺らいでいます.また,食品アレルギーや輸入食品の増加,遺伝子組換え食品などの新たな食品製造技術の開発などにより,食に対する不安は大きく高まっています.

トピックス

日本で高病原性鳥インフルエンザ発生―その時保健所は何をしたか?

著者: 上村輝夫

ページ範囲:P.200 - P.200

 平成16年1月12日休日の朝,管内の阿東町生雲地区の養鶏場(約3万5千羽)で,本邦で79年ぶりに鳥インフルエンザが発生したとの報が自宅に入った.当初,本病に関する知識に乏しかった私にとって,本庁(県庁)担当課からのFAXによる迅速な資料提供は大いに役立った.と同時に,事の重大さを知ることとなった.

 そこで,当所の感染症担当職員は本庁に赴く一方,直ちに当所の『健康危機管理マニュアル』の感染症対応指針に基づいて約10名(対人・対物サービス部門)で所内緊急対策会議を開催し,本庁から帰った職員の報告を交えて初動活動を開始した.

特別記事

[インタビュー]尾身茂氏が語る,リーダーシップ論

著者: 尾身茂

ページ範囲:P.201 - P.208

 近年,国際感染症が流行している.昨年はSARSの大流行を見たが,2003年7月には終息に至り,WHOの一連の動きは,世界各国から高く評価されている.この時,SARS制圧に大きく貢献した1人が,尾身茂WHO西大平洋地域事務局長であった.

 2003年9月に2期目の再選を果たした尾身氏に,リーダーシップについて聞いた(2003年12月11日,東京・帝国ホテルにて収録).

アニュアルレポート

公衆衛生学のトピックス

著者: 中原俊隆 ,   里村一成

ページ範囲:P.209 - P.211

 2003年,公衆衛生学分野で特記されることは,世界的にはSARS(Severe Acute Respiratory Syndrome:重症急性呼吸器症候群)の流行と,WHO総会で採択されたFCTC(The Framework Convention on Tobacco Control:たばこ規制枠組み条約),国内的には健康増進法の施行と平成16年度から実施される臨床研修の必修化に対応して「地域保健・医療」研修が実施されることになったことが挙げられる.

SARS

 2002年末から2003年春にかけて,中国を中心に世界各地でSARSが流行した.初期症状は,高熱,筋肉痛などで,その後,咳,喉の痛み,呼吸困難など様々な呼吸器症状が発現する.これまでに,世界で8,098名の可能性例と774名の死亡者数が報告された(2002年11月1日~2003年7月31日,WHO).この感染症は,4月16日にWHOによって新種のコロナウイルスが原因であると発表されたが,まだ不明な点が多く,WHOや世界各国の公衆衛生部局が連携して情報収集を行っている.また,日本におけるSARS疑い例は52名,可能性例は16名,確定例0名である(累計数,2003年7月15日厚生労働省発表).疑い例および可能性例の全例について,SARS専門委員会はSARSを否定した.

産業衛生学のトピックス

著者: 國次一郎 ,   杉山真一 ,   奥田昌之 ,   芳原達也

ページ範囲:P.212 - P.215

 21世紀を迎え早3年目となり,ミレニアムという言葉さえ忘れられようとしているが,社会全体は刻一刻と変化し,新たな時代の到来を十分に実感させられる.世紀の変わり目に合わせたかのように社会が変容するのを実感するのは,実に不思議である.今年度だけを見ても様々なニュースを耳にした.まさに激動の21世紀のスタートであると深く印象づけられる.産業衛生分野においてもこの1年間様々なトピックスが目にとまった.公衆衛生,特に産業衛生分野に関連の深い話題を中心に,アニュアルレポートとして振り返る.

 メンタルヘルスへの取り組み

 リストラや能力優先主義,年功序列の廃止など,社会的なストレス要因が増加している中で,日本人の「心の健康」に対する認識は最近大きく変わっていると考えられる.

衛生学のトピックス

著者: 三角順一

ページ範囲:P.216 - P.219

 われわれを取り巻く環境は,EUの統合および中国のWTO加盟等の日本経済への影響の進展,わが国の国家財政の逼迫,高齢化の進展,経済の低迷など,今やわが国は歴史的転換点を迎えている.そのような中にあって,大学をめぐる環境は少子化に伴う学生数の減少と学校間競争の激化,明治維新以来と言われる大学の統廃合と国立大学独立行政法人化等の大改革が始まっている.

 今や,医学,生物学の領域においては,クローン動物,人工細胞の作製成功,全遺伝子の解読等,遺伝子工学や分子生物学等の新しい研究分野の台頭は,目を見張るばかりである.

特別寄稿

ベトナム・台湾のSARS対策に学ぶ―(保健所編)

著者: 小竹桃子

ページ範囲:P.220 - P.223

 SARSの再発をじっと待つ今のわれわれは,まるでスタートラインに立つマラソンランナーのようだ.ゴール地点は全く見えない.いったいどんなことが待ち受けているのか,途中でどんな障害物があるのかわからない.それでも,誰かが,どこからか「スタート!」の合図を出せば,いやおうなしに走り出さなければならない.SARSの再流行と同時に,われわれはその制圧に乗り出す.

 しかし,情報は与えられている.先に走り出した台湾やベトナムなどよりは有利なはずだ.病原体も確認された.性状もかなり把握されてきた.「こうすれば感染が防げる」ということは,理論上はわかっている.そしてわれわれには,準備する期間も与えられた.

連載 医学ジャーナルで世界を読む・15[最終回]

理論と実践とライフワーク

著者: 坪野吉孝

ページ範囲:P.164 - P.165

 現場に飛び込んで,問題に直接コミットする「実践」と,現場から距離を置いて,問題の意味を普遍的な文脈の中で考える「理論」.2つの志向が,自分の中でせめぎあっている.「理論」と「実践」は,矛盾しないのが理想だが,いまだに折り合いがつかない.

 「実践」志向が強かった学生時代は,現場を見たくて,いろいろなところに出かけた.フィリピンにも2回行った.マルコス大統領の独裁政権に反対する民主化運動に携わる知人の手引きで,農村と漁村をまわり,輸出加工区の工場労働者を訪ねた.スービック米海軍基地に隣接した歓楽街では,米兵相手の売春婦に話を聞いた.翌日訪れた郊外のカトリック教会では,麻薬中毒の少年たちが共同で暮らしながら,リハビリに取り組んでいた.教会のある丘の上から,スービック湾にひろがる海軍基地が一望できた.米軍基地のかたちをした巨大な暴力と,麻薬中毒のかたちをした少年たちへの暴力.第三世界の軍事化がもたらす,むき出しの暴力の姿に,圧倒された.けれどもその後,1991年のピナツボ火山の噴火による被害で,米軍はスービックから撤退した.丘の上の教会に,今も少年たちがいるかどうかはわからない.

New Public Healthのパラダイム―社会疫学への誘い・3

人間関係と健康

著者: 近藤克則

ページ範囲:P.224 - P.228

 結婚しない(かもしれない)人たちが増えている.一方で,結婚しても離婚する夫婦も増えており(年間約28.6万組),その数は1年間に結婚するカップル数(約73.7万組)の3分の1を超える.一見気ままに見える「未婚」という選択も,不幸な結婚の解消でストレスが軽減するかに見える「離婚」も,実は(今までの研究に基づけば…だが)健康にはよくない.人間は,人々とのつながりを絶たれ孤独になると,機能が低下して健康まで損なってしまう社会的動物なのである.

 人間関係と健康の位置づけ

 健康に影響する主な因子は,いくつかのレベルに分けて考えることができる.中心に生物としての人間を置いて,図1のように同心円を描いたとしよう.生物医学モデルでは,健康に関することを,中心に近い個人固有の因子やライフスタイルで説明する.それに対し「社会的動物である人間」を対象とする社会疫学では,個人を取り巻く環境の影響を重視する.前号で取り上げたのは図1の中で最も外側に位置する,社会経済環境因子であった.今回は,両者の中間に位置する人間関係と健康の問題を取り上げる.「社会的支援が健康に有益であり,社会的孤立が不健康につながることの根拠は今や無視できない」1)ことを示し,なぜ人間関係が健康に影響するのか,関連する概念などについて述べる.

全国いきいき事例ファイル・8

市町村合併でエンパワー―熊本県あさぎり町

著者: 藤内修二 ,   櫃本真聿

ページ範囲:P.229 - P.232

 市町村合併特例法の期限である平成17年3月に向けて,全国の約6割の自治体で市町村合併が検討されている.明治初めの市町村合併は,各自治体への小学校の設置が,昭和の大合併は中学校の設置が狙いであったと言われている.今回の平成の大合併は,これまでの2回の大合併とは異なり,地方財政の立て直し,言わば,地方自治体のリストラが大きな狙いである.

 期限内に合併した場合には,地方交付税の優遇が受けられ,合併特例債も使えるという「飴」が,一方合併しない場合には,地方交付税の減額により財政運営がますます厳しくなるという「鞭」が用意されている.この「飴と鞭」という政策誘導により,明確なビジョンがないまま,市町村合併が進められていると言っても過言ではなかろう.

介護保険下の公衆衛生活動を考える・24[最終回]

ぼくが医者をやめた理由

著者: 関なおみ

ページ範囲:P.233 - P.235

ある日,突然…

 「先生,私と働いてみませんか?」という電話がかかってきたのは,横浜南共済病院研修医2年目の秋口のことである.豊島区中央保健福祉センター(以下,センターと略)に勤める10年上の先輩が,面識はないものの,たまたま私が学生時代に地域保健研究会というクラブに入っていたのを知り,福祉行政現場の医師のポジションに来ないかという勧誘の電話をしてきたのだ.対応に困ってあいまいな返事をしていると,「つまりこれは,ヘッドハンティングです」と言われ,確かにそういう言葉を聞いたことはあったが,実際に自分がその対象になるとは……と,呆然としたのを覚えている.実はこの頃,もともと国際保健に興味があった私は,研修が終了したら海外青年協力隊へ応募しようと考えていたのだが,家庭の事情などもあり,まずは医師としての専門性を身に付けたほうがよいという結論に達して,順天堂大学小児外科に入局を決めたばかりのところだった.

 その時回っていた産婦人科医長の許可を得て,豊島区の職場に見学に行き,説明を聞いた後,「半年間考えさせてください」と返事をして帰ってきた.4月になり,東京へ引っ越し,多忙な大学病院の先端医療現場で働き始めたが,毎日当直室の天井を眺めながら,この大いなる転職について頭を悩ませた.そして最終的に,「日本に1つしかない福祉現場の係長級医師のポスト」という言葉の魅力に負け,教授や医局のサポートもあり,「出向」という形で地方行政の現場に飛び込むことになったのである.

インタビュー・住民VOICE・12[最終回]

難病患者支援から,まちづくりへ

著者: 石川左門

ページ範囲:P.236 - P.237

 私が,だれもが共に住めるまちづくりにかかわったきっかけは,息子・正一が筋ジストロフィーを患い,23年の短い生涯を閉じたことにあります.正一がこんな詩を書きました.

 たとえ短い命でも生きる意味があるとすれば それは何だろう 働けぬ体で一生を過ごす人生にも 生きる価値があるとすれば それは何だろう もしも人間の生きる価値が 社会に役立つことで決まるなら ぼくたちには生きる価値も権利もない しかしどんな人間にも差別なく 生きる資格があるのなら それは何によるのだろうか

 正一は,難病末期であっても,家族の一員として,人間らしい当たり前の生活を営めるような地域であってほしいと願っておりました.

世界の公衆衛生に貢献した日本人先駆者たち―次世代へのメッセージ・12[最終回]

フォーラム―次世代へのメッセージ(下)

著者: 蟻田功 ,   喜多悦子 ,   島尾忠男 ,   入江實 ,   若井晋

ページ範囲:P.238 - P.241

日本人としてのアイデンティティと後方支援

 若井(司会) 追加質問はございませんか?

天野 天野と申します.2点お伺いします.第1に,国際的な仕事をされる場合,自分の心の中で日本人としてのアイデンティティをどう意識されていたか.第2に,学生に対して,海外に出て国際医療に直接携わる者と後方支援をする者の割合は1:9くらいであればよいと言うことがあります.この後方支援について,どんな取り組みをやったらよいとお考えでしょうか.

世界を見て,日本を見る.Public Health Opinion・3

タイの公衆衛生学教育と大学改革に学ぶこと―タイ国立マヒドン大学

著者: 市川政雄

ページ範囲:P.242 - P.244

マヒドン大学における公衆衛生学教育

 マヒドン大学(Mahidol大学の発音に注意!)は,1889年に創立されたタイ初の医学教育機関・シリラート病院医学校を前身とする国立大学である.1969年,医学教育に尽力した当時の国王マヒドン王(現国王・プミポン王の父)の名にちなんでマヒドン大学と称されるようになり,その後14学部を有する総合大学となった.公衆衛生学教育を行う公衆衛生学部(Faculty of Public Health)は1948年に設立された1)

 表1は,公衆衛生学部を構成する13教室(Department)を示したものである.公衆衛生学部ではそれらの教室を通じて,学位プログラムとディプロマ・プログラム計44コースが開講されている2).取得できる学位には,学士・修士レベルのScience Degree(BSc/MSc)と,学士から博士レベルまであるPublic Health Degree(BPH/MPH/DrPH)の2種類がある.修士課程の約半数のコースと博士課程の全コースは,インターナショナル・プログラムとして開講されており,講義・研究指導は英語で行われている.

基本情報

公衆衛生

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1170

印刷版ISSN 0368-5187

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