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雑誌目次

雑誌文献

公衆衛生68巻8号

2004年08月発行

雑誌目次

特集 公衆衛生対策におけるクライシスコミュニケーション

クライシスコミュニケーションとは何か

著者: 桜山豊夫 ,   成田友代

ページ範囲:P.592 - P.593

 M自動車工業の製造した大型トラックのハブの破損,クラッチボックスの破壊を始めとしたリコール隠しの問題が新聞紙面を賑わせている.当時の幹部が逮捕される事態にまで陥っているが,設計,製造段階および欠陥が判明した時点での危機管理はどうなっていたのであろう.

 危機管理の歴史は,15世紀末から本格化した大航海時代に始まる.商業革命,価格革命の時代とも言われ,ヨーロッパから危険を冒しながら,アフリカを周ってインド,アジアへと船団が出航して行った.1600年の東インド会社の設立にあたって出資者から経営者に対してリスクの管理が求められたのが,危機管理という概念の出発点と言われる.この場合の危機管理とはリスク(危険性)を見積もって,そのリスクに見合った対応をとって,可能な限りリスクを低減し,極東の地との交易で多くの利潤を生み出そうという経済活動の一環として,経営者に求められたものである.

行政における危機管理―「生物テロ」を中心に

著者: 志方俊之

ページ範囲:P.594 - P.597

 行政にとって「危機」と言ってもいろいろある.伊勢湾台風や阪神淡路大震災といった大規模な「自然災害」が危機であることは誰でも知っている.しかし,どんなに行政が頑張っても,地震や台風が起きないようにすることはできない.行政がなしうることは,地震や台風によってもたらされる被害を最小限にすること,すなわち「減災(mitigation)」のための努力である.

 地震や台風による被害は,倒れた家やその下に閉じ込められた被害者,燃え落ちる家々,破壊された堤防,冠水した地域や屋根の上に取り残された人々など,被害そのものが目に見える.

感染症対策とコミュニケーションストラテジー

著者: 五味晴美

ページ範囲:P.598 - P.601

 1980年代のHIVの出現,90年代のアフリカ大陸でのエボラ熱のアウトブレイク,2001年の米国での炭疽菌によるバイオテロリズムの現実化,2002年のSARS(Severe Acute Respiratory Syndrome)の世界規模でのアウトブレイクなど,近年,世界のグローバリゼーションに伴う感染症,公衆衛生問題が,続発している.ヒトやモノの移動が飛行機で短時間で可能になり,情報はデジタル化され,瞬時にインターネットで全世界に流れる時代になった.このような時代では,ひとりひとりの個人(individual)のみならず,何万,何百万人もの「集団」(population)の健康を守る全世界規模の公衆衛生(global public health)の考え方が,必須となりつつある.Global public healthの実現,構築には,その根幹である,正確な情報の収集,情報の解釈,情報の応用,情報の伝達が不可欠である.

 本稿では,オリジナルデータや論文を用いた科学的な分析や提言ではなく,筆者が個人として,日本で,実際に情報を流す側になって観察し,学び,経験したこと,さらに米国で観察した状況などを報告するという形で,global public healthの構築に際し,今後日本に必要と思われる戦略的な情報還元,コミュニケーションストラテジー(communication strategy),リスクコミュニケーション(risk communication)について提案したい.

マルチハザードとクライシスマネジメント

著者: 室崎益輝

ページ範囲:P.602 - P.605

 阪神・淡路大震災以降,それまでの「防災」という言葉に替わって,「減災」という言葉が意識的に用いられるようになった.万一の事態あるいは不測の事態に対して,それによりもたらされる被害を可能な限りゼロに近づけるよう,総合的に備えることの重要性が認識されたからである.この総合的に備えるというのは,事前の対応と事後の対応を総合的に,ハードな対応とソフトな対応を総合的に,計画策定の対応と実行管理の対応を総合的に講じて,被害の軽減を目指すことを言う.本稿では,そのうち事後の対応に焦点を当てて,危機事態への対処のあり方を考えてみたい.

医療機関のクライシスマネジメント―クライシスコミュニケーションを中心に

著者: 桜山豊夫

ページ範囲:P.606 - P.609

 1998年に横浜市内の大学病院で,肺の手術と心臓の手術の患者を取り違えるという事故が発生した.翌1999年には都立病院で外用消毒薬であるヒビテングルコネートを誤って静脈内に点滴するという事件が起こった.これらの事件を契機として,医療機関におけるリスクマネジメントの必要性が指摘されるようになった.国は2001年5月に医療安全対策検討会議を設置し,翌2002年4月にはその検討結果を「医療安全推進総合対策~医療事故を未然に防止するために」として公表した.この検討結果の中でもリスクマネージャー(医療安全管理者)の配置と活用が謳われているが,各地の病院にリスクマネージャーが配置されるようになり,リスク管理についての関心は大いに高まったと思われる.

 リスク管理と言っても,幅広い概念を含む.詳細は別稿に譲るが,かつて本誌において成田友代氏がリスクマネジメントについて分析された中でも述べているように1),Leavellの言う第三次予防に相当する概念としての「クライシスマネジメント」,「クライシスコミュニケーション」について本稿では論じたい.

[インタビュー]企業におけるクライシスコミュニケーション

著者: 山中塁

ページ範囲:P.610 - P.615

本誌 事件,事故,欠陥商品が出た時に企業はどう対応するか.本日は,2年前に発生した旭化成の工場火災のその後の対応が高く評価され,日本コンサルタント協会から2002年の「リスクマネージャー・オブ・ザ・イアー」に選ばれた山中塁氏(旭化成リスク対策室長)に,クライシスコミュニケーションについて伺いたいと思います.

 企業の社会的責任が問われる時代

 山中 企業のクライシスコミュニケーションについて語る前に,最初に押さえておきたいことがあります.今,企業は利益追求だけでなく,地球市民,企業市民という自覚のもと,真の意味の社会的責任を果たすことが求められています.さもないと企業存続は危うい時代です.企業から見て,株主,顧客,従業員,地域,市民や消費者団体,行政,司法,そのようなあらゆる方面のステークホルダー(図1)を満足させることが,重要課題となっています.

クライシスコミュニケーションとマスメディア

著者: 井田香奈子

ページ範囲:P.616 - P.619

 社会への影響が大きい出来事の発生(あるいは発覚)は,たいてい突然であることが多い.報道の仕事を通して,事件・事故などの不測の事態によって,長期間かけて築かれた信頼が一瞬で壊れる場面を見てきた.本来のことの重大さに加え,その後の当事者の説明や情報発信のまずさが,事態をより複雑にしているケースも少なくない.一方でメディア側も,社会の混乱,不安の増幅につながりかねない情報に接した場合に,どこまで報道すべきか,プライバシー保護や風評被害との兼ね合いで悩むことが増えてきたと感じる.

 最近では,狂牛病(BSE)事件で輸入肉を国産牛と偽って買い取らせた雪印食品が解散し,鳥インフルエンザの感染を隠した浅田農産は全従業員を解雇する事態に追い込まれるなど,法令や倫理に反する企業や組織に向けられる市民の目は厳しくなっている.社会的関心も高く,メディアも大きな取材対象として向き合ってきた.

視点

「生涯健康とちぎ」に向けて

著者: 福田昭夫

ページ範囲:P.586 - P.587

 21世紀を迎えた今日,わが国は,少子高齢化の進展,地球規模の環境問題,経済の低迷など,様々な課題に直面しています.私は,このような時代にこそ確固とした理念のもとでリーダーシップを発揮し,県政経営に積極的に取り組んでいくことが重要であると考えております.

 その理念として私が掲げておりますのが「分度推譲」の考え方であります.自立と自助をたて糸に,そして互助の心をよこ糸にして社会の幸福を織りなそうとするこの取り組みによって,「活力と美しさに満ちた郷土“とちぎ”」が実現できるものと強く確信しております.

特別記事

[座談会]「セーフティプロモーション」とは何か―事故・自殺・暴力を予防する「安全・安心づくり」の提案

著者: 反町吉秀 ,   鈴木隆雄 ,   工藤充子 ,   渡邉直樹

ページ範囲:P.620 - P.628

 セーフティプロモーションという,事故・自殺・暴力を予防する「安全・安心づくり」.これはまさに,時代が求める新しいコミュニティへの公衆衛生的アプローチではないかと感じて,本座談会を企画いたしました.

 4人の先生方が,セーフティプロモーションとは何か,その魅力を語ります.(本誌編集室)

特別寄稿

地域におけるスピリチュアルケア実践最前線―保健・医療・福祉の連携と心のケア

著者: 大下大圓

ページ範囲:P.630 - P.633

スピリチュアルな痛みとは

 私は現在,飛騨高山にある真言宗千光寺の住職をしています.その傍ら,市内の高桑内科クリニックでスピリチュアルケア(心,たましいのケア)ワーカーとして,ベッドサイドで傾聴活動を行っています.単なるカウンセリングではなく,医療スタッフと連携して,患者さんや家族のケアにもあたる存在です.私が僧侶でありながら医療や福祉の現場で活動するのは,臨床で苦しむ人との心の交流があったからです.

 ある日「オレは死にたい!」と60代の患者・山田亮介さん(仮名)は訴えられました.僧侶として初めて一般病院へ行き,ベッドサイドのボランティアを始めたばかりの時でした.「こんな状態で生きていても人間やない,死んだほうがましや!」.

 山田さんは「ロックドインシンドローム(施錠症候群)」と言い,病院のベッドで体が全く動かせない患者さんでした.43歳の時に自動車の自損事故で首の骨(頸椎)を損傷して,四肢麻痺の状態となってしまったのです.

原因不明の「症候群」に環境病の疑いを―線維筋痛症候群,慢性疲労症候群と化学物質との接点

著者: 水野玲子

ページ範囲:P.634 - P.637

 無数の化学物質に日常的に曝露されている現代人にとって,化学物質が健康に及ぼす影響は重大な問題である.それらを漠然と「環境病」1)と呼ぶ動きもあるが,健康被害の原因として複数の化学物質が疑われても,単一物質を特定することはほとんどの場合困難である.

 その状況のもとで,最近社会的広がりが注目されているのが“化学物質過敏症(Multiple Chemical Sensitivities: MCS)”2,3)である.MCSとは,何らかの化学物質を大量に体内に取り込んだり,微量だが長期間にわたって取り込んだ後に,きわめて低濃度でも様々な化学物質に敏感に反応するようになり,他器官,多症状に特徴づけられる慢性的疾患である.

連載 Health for All―尾身茂WHOをゆく・5

ポリオ根絶に対する取り組み(3)

著者: 尾身茂

ページ範囲:P.588 - P.589

 前号では,専門家会議で30億円のワクチン購入費用のための資金提供の要請に対して1円たりとも約束が得られなかったと書いて終わったが,今回はその資金調達の奮闘記である.

 専門家会議の直後から,私は,ワクチン購入の金策のため,開発援助機関(世界銀行,アジア開発銀行等),援助国,ユニセフなどの公的機関を巡り歩いた.いわば“営業マン”としての生活が始まった.しかし恐らく,30億円という「金額」と,アジアでのポリオ「根絶」が,相手には荒唐無稽に映ったようで,こちらがポリオ根絶の可能性をいかに力説してみても,「大変良い話ですが,いずれまたお話をしましょう」と門前払いも同然だった.

公衆衛生ドキュメント―「生きる」とは何か・5

タイ国境で,カンボジア難民

著者: 桑原史成

ページ範囲:P.590 - P.590

 仏教国のカンボジアは,20世紀の後半において,ベトナムと共に世界の大国の狭間で翻弄された.その激動の歴史の中で,ポルポト派で知られるクメール・ルージュ(赤色クメール)による政権の時代(1975~1978年)は,あまりにも苛酷な受難が続いた.カンボジアの人口は約700万人とされるが,ポルポト派による虐殺で計り知れないほどの国民が殺された.

 カンボジアと接するタイとの国境の山間部で生活していた,カンボジアでの戦乱を逃れて脱出した難民の数は,全人口の30%に匹敵する200万人余であった.当時の乏しい食糧事情や劣悪な衛生環境は,難民にとってはまことに耐えがたいものであった.

New Public Healthのパラダイム―社会疫学への誘い・8

社会のありようと健康(1)―相対所得仮説

著者: 近藤克則

ページ範囲:P.638 - P.643

 私たちは,自分と周りとを比べながら生きている.そのことを実感できる質問を2つしよう.

 まず,年収500万円と600万円の人がいて,2人の仕事のきつさや働く時間が同じだとしたら,どちらが恵まれているであろうか? ほとんど人は600万円の方を選ぶであろう.では,周りの人の平均年収が300万円で自分が500万円の状況(A)と,周りが700万円で自分が600万円の状況(B)とを比べた場合にはどうであろうか.これが2つめの質問である.

「PRECEDE-PROCEEDモデル」の道しるべ・5

行政・政策アセスメント

著者: 神馬征峰

ページ範囲:P.644 - P.648

下手な介入,数打てど当たらず

 行政・政策アセスメントは,PRECEDEからPROCEEDへの曲がり角に位置づけられる.このモデルでは曲がり角だが,多くの保健職は,未だにこれを開始点と捉えているかもしれない.ここから始め,現状の組織,職員,予算をにらみつつ,とりあえず介入計画を作る.始まってしまえば,何とか結果はついてくると,たかをくくりやすい段階でもある(文献1),pp35-36).

 PRECEDEはこのやり方を嫌う.まずは出力に注目する.「いかに」事業を運ぶかを考える前に,「なぜ」それをやるのか,と考える.

世界を見て,日本を見る.Public Health Opinion・8

ILOのアジア地域産業保健技術協力

著者: 川上剛

ページ範囲:P.649 - P.650

アジア地域技術協力の実際

 ILO(国際労働機関)は1919年の創設以来,働く人々の労働条件の改善を通した社会正義の実現を目ざして,各国政労使と協力して労働・社会分野における幅広い活動を続けてきた.「産業保健」はILOが設立当初から積極的に取り上げてきた課題である.

 現在私はタイ・バンコクのILOアジア太平洋総局に所属しながら,モンゴル,中国,ヴェトナム,ラオス,カンボジア,タイ,マレーシアでの産業保健技術協力を実施している.その主要な内容は,国の政策レベルに対する助言と,草の根レベルのトレーニング活動の2つに大別できる.前者では産業保健におけるILO条約やガイドラインを参照しながら,国としての産業保健活動計画の立案,法規の作成,労働監督を通した実施等に対してアドバイスを行う.後者では中小企業,小規模建設現場,家内労働,農業等,産業保健情報やサービスの届きにくい職場の労働者・経営者を直接の対象にした自主対応参加型のトレーニング活動を進めている.

原著

都道府県別社会関連統計指標を用いた介護保険サービス利用選択要因に関する研究

著者: 加治屋晴美 ,   鈴木みずえ ,   金森雅夫

ページ範囲:P.651 - P.659

 本研究の目的は,介護保険制度の居宅サービス受給者率,施設サービス受給者率,非利用者率の状況を明らかにし,その関連要因を分析することである.居宅サービス受給者率,施設サービス受給者率,非利用者率の算出方法は,2001年6月から2002年5月における各都道府県の各月別で算出した平均値である.重回帰分析では利用者率,居宅サービス受給者率/施設サービス受給者率を目的変数とし,アンデルセンの行動モデル(素因・利用促進要因・ニード)の変数を説明変数として分析を行った.その結果,介護保険利用選択に関しては施設数やマンパワーだけでなく,産業構造や家事時間,1世帯当たりの延べ面積,脳血管死亡率が関連することが示唆された.

 緒言

 わが国の高齢化は著しく,平成12年の高齢化率は17.5%であるが,平成37年には27.4%に達すると予測されている1).さらに寝たきり,痴呆などの重度障害を持つ要介護高齢者の増加が見込まれ,核家族化,女性の社会進出などによる家族機能の変化から,介護問題は老後の最大の不安要因となった.

海外事情

ケニアにおけるHIV/AIDS対策―VCT(voluntary counseling and testing)の展開

著者: 石川陽子

ページ範囲:P.660 - P.663

 国連エイズ合同計画(UNAIDS)によると,2002年12月末時点のPLWHA(people living with HIV/AIDS)は約4,200万人と推定され,そのうち70%の2,940万人がサハラ以南のアフリカ諸国に存在している.筆者はJICA(国際協力機構)平成14年度専門家育成個人研修員として,平成14年7月28日~平成15年1月24日まで,ケニア共和国でHIV/AIDSのVCT(voluntary counseling and testing)にかかわる研修を行った.その間に得たケニアにおけるHIV/AIDSの現状とVCTにかかわる諸問題について紹介する.

 ケニアのHIV/AIDSの現状

 1. HIV感染率

 ケニアのHIV感染率は,妊婦検診のセンチネル・サーベイランスを基本としている.これは,全国41県(district)のうち12の都市部と8つの郊外または地方で実施される.この結果から15~49歳の男女のHIV感染率は13.5%,感染者は約220万人と推定され(2000年),サーベイランスが開始された1990年の5.3%から大きく上昇している.地域別に見ると,感染率の高い地域は隣国ウガンダとの国境地域,首都ナイロビ周辺地域に集中している.都市部と地方を比較すると都市部の感染率が高いが,ケニアの人口の約80%が地方居住者であることから,感染者の72%は地方に集中していると言える1)

基本情報

公衆衛生

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1170

印刷版ISSN 0368-5187

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