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雑誌目次

雑誌文献

公衆衛生69巻1号

2005年01月発行

雑誌目次

特集 子ども虐待予防

虐待する病理とその予防法(1)―精神科医の立場から

著者: 春日武彦

ページ範囲:P.8 - P.11

人間とは不思議なもので,本能に反しているとしか思えないことを平気で行う.自分にとって損になるとしか思えない振る舞いを平然と実行する.子どもへの虐待も同様である.自分の子どもに危害を加えてどうするのか.楽しいのか.人生のバランスシートがプラスに転じると本気で思っているのか.相応の利益がもたらされるとでも考えているのか.そのような根本的な疑問があるからこそ,われわれは虐待の事例を前にして困惑する.常識とか理屈から外れた事態なのだから,理性的な対応が通用する保証はない.理由を納得することも難しいのだから,予防どころではない,といった話にもなるだろう.

 本稿では,結果的にはマイナスをもたらすもののつい人が陥ってしまう普遍的な「落とし穴」を手掛りにして,虐待のメカニズムと予防について考えてみたい.

[インタビュー]虐待する病理とその予防法(2)―心理学の立場から

著者: 大日向雅美

ページ範囲:P.12 - P.18

本誌 本日は,母性についての研究者であり,2003年9月から東京都港区の「あい・ぽーと」という子育てサポートハウスの施設長になられた大日向雅美先生にお話を伺っていきたいと思います.最初に,先生が虐待問題にかかわり始めた経緯からお願いします.

虐待と社会背景,支援体制

大日向 私が虐待問題にかかわるようになったのは,今から30年程前に起こった「コインロッカーベビー事件」がきっかけです.ちょうどあの頃から,子どもを愛せない,育児がつらいという理由で,母親が赤ちゃんを殺したり捨てたりする事件が目立つようになりました.それに対する当時の社会の反応は「母親が子どもを愛せないなんて異常だ,母親失格だ」というものでした.しかし全国調査を実施してみると,育児がつらくて苦しみ「私は母親失格ではないか」と悩む母親たちがたくさんいました.そういう母親の声を聞いたことが,私の母性研究の始まりでした.以来30年余り,育児に悩み,不安を持ち,ストレスをためる母親たちの声を聞いています.

地域ネットワークと虐待予防

著者: 佐藤拓代

ページ範囲:P.19 - P.23

子どもの虐待への支援は1つの機関,職種で完結するものではなく,様々な機関の連携による支援が必要である.児童相談所を中核に,子どもの年齢や状態に応じ連携する機関も,保健所や保健センター,周産期医療機関,保育所,学校等と変遷する.しかし,「これらの機関とネットワークを組めば支援が楽になるのではと期待したが,実際にネットワークができあがっても思ったほど楽にはなっていない」という声や,「ネットワークを効果的に動かすにはどうしたらよいのかわからない」という声をよく聞く.

 そこで本稿では,ネットワークの状況と課題等について考えてみたい.

「あいち小児保健医療総合センター」という虐待予防システムと,保健師の新たな役割

著者: 山崎嘉久 ,   塩之谷真弓

ページ範囲:P.24 - P.28

小児保健医療施設という新しい枠組みによる虐待予防システムの構築 山崎 嘉久

 現在,わが国の虐待への取り組みは早期発見・介入のステップから,「発生予防から虐待を受けた子どもの自立に至るまでの切れ目のない支援」1)を目指した地域づくりへと移っているが,その実現には多くの課題が山積している.

 当センターは,保健部門と医療部門を併せ持つ統合的な小児保健医療施設として,愛知県により2001年に開設された.虐待に対しては,虐待ネットワーク委員会を設け,医療的ケアから地域の関係者を交えたケース会議や,研修会を通じての地域支援や連携,さらには予防的な介入活動などを行っている.本稿では,小児保健医療施設という新しい枠組みの中で行われている当センターにおける虐待への取り組みについて述べる.

母乳育児支援からはじまる虐待予防

著者: 石丸敏子

ページ範囲:P.29 - P.33

近年,育児不安,子どもへの虐待などが増加しており,母子保健の課題の1つとなっている.特に児童虐待の発生は乳幼児期に最も多く,虐待者は実親が8割を超えているが1),児童虐待は一部の特別な人たちに限られたことではなく,いくつかの問題(困難性)が重なれば,どの人であっても起こしかねないと理解されつつある2)

 児童虐待の予防については,母子保健事業に期待されているところが大きく,本稿では,母子の健康や福祉にとって利点が多いと言われる母乳育児について,地域における支援の活動が虐待予防となりうるか,本県の取り組み等を通して検討した.

虐待予防=育児エンパワメント―医療機関からの発信

著者: 櫃本真聿

ページ範囲:P.34 - P.38

児童虐待(以下,虐待)が深刻な問題となり,予防対策が取り組まれてからかなりの年数が経過したが,一向に減る傾向が見られない.住民主役の視点が強調されているにもかかわらず,「対策」という言葉の主語を考えたとき,やはり行政や専門家の住民への画一的・指導的かかわりが連想され,虐待問題への根本的な解決には到底つながらないように思える.わが国の昨今の多岐にわたる問題は,経済不況よりむしろ「関係性の崩壊」が主因だとも言われており,そうなるともはや行政施策ばかりに頼っていても改善は期待できない.

 希薄になった「関係性」を再構築するためには,住民自身が地域資源を自らの意思で適切に活用していける環境の整備へ,住民と行政・各関係機関など地域全体が,目的を共有して取り掛かる必要があり,子育て支援においても,このような活動を通じた育児エンパワメント(内なる力の賦活化)の観点が重要であることを強調したい.

[座談会]地域で虐待を予防するには

著者: 岩室紳也 ,   澤田敬 ,   中板育美 ,   広岡智子 ,   彦根倫子

ページ範囲:P.39 - P.46

虐待予防の視点

岩室(司会) 「虐待が増えている」「虐待対策は緊急課題だ」と言われていますが,虐待をどう捉え,虐待とどう向き合っていいのかわからないまま,対策だけが進められているような気がしてなりません.今日は,虐待問題に1人ひとりがどう向き合えばいいか,ご提言をいただけることを期待して本座談会を企画しました.まず最初に自己紹介を含めて,虐待とのかかわりについてお願いします.

澤田 私はもともと小児科医で,30年ほど第一線の県立病院に勤めていましたが,高知県では障害児の療育を療育福祉センターに移し,中央児童相談所は虐待と非行の専門機関になりました.そこに医師がいなかったので,寄せてもらいました.小児科医ですから何とか予防をと思って,妊婦からの虐待予防を実践しています.また保育所に出向いて,少しでも心配な親子がいると,事例検討を重ね,保育園の先生に親子介入をしてもらっています.これらは非常に効果があると感じています.

視点

日本医師会と公衆衛生

著者: 植松治雄

ページ範囲:P.2 - P.3

わが国の公衆衛生活動は,公衆衛生水準の著しい向上をもたらし,国民皆保険制度と相俟って,平均寿命世界一を達成した.

 しかし,かつての伝染病予防法に見られたような国による社会防衛中心の政策から,個々の国民自らの予防および早期治療の積み重ねによって社会全体の防衛を図るという政策への転換が行われた.また,国民一人ひとりの主体的な健康づくりへの取り組みを基本として,健康に関するすべての団体と国民が一体となって健康づくり運動を展開していく「健康日本21」が策定されて,今日に至っている.

特別記事

[新春インタビュー]すべての存在はつながっている―映画「地球交響曲」の真髄に学ぶ

著者: 龍村仁

ページ範囲:P.47 - P.53

昨今,日本で起こる様々な問題の根底には「社会の閉塞感」があり,その原因は「関係性の喪失である」と指摘したのは,尾身茂WHO西太平洋地域事務局長でした(本誌68巻3号「特別記事」欄インタビューにて).

 昨年,「すべての存在はつながっている」というコンセプトのもと,映画「地球交響曲(ガイアシンフォニー)第5番」を完成させた龍村仁監督に,この時代に敢えてもう一度,私たちの「つながり」を取り戻していくためのヒントをお聞きしました.

本誌 2004年の夏,映画「地球交響曲(ガイアシンフォニー)第5番」が完成し,おめでとうございます.1992年に第1番が上映されてから12年あまり.この間順次続編を重ねてこられました.今日は「地球交響曲(ガイアシンフォニー)」を手がけられている龍村仁監督に,映画づくりを通じてのメッセージをいただければと思います.

 まず「地球交響曲(ガイアシンフォニー)」とは,どんな映画なのでしょう?

特別寄稿

医学研究の“包括同意”について考える

著者: 齋藤有紀子

ページ範囲:P.55 - P.58

国立がんセンターの「みなし同意」

 国立がんセンター中央病院(野村和弘院長,以下,国立がんセンター)は,2004年春,初診患者に配布する文書の大幅な改訂を行った.

 同センターは3年前(2002年1月)から,初診患者に「国立がんセンター中央病院で診療を受けられる患者さんへ―検査試料,生検組織,摘出標本などのがん研究への利用に関するお願い―」という文書を配布している.診療に伴って発生する患者の試料や診療情報を医学研究に利用することについて,予め患者から同意を得ておくことを目的とする,いわゆる「包括同意」と呼ばれるものである.

日本における喫煙対策

著者: 浦田剛

ページ範囲:P.59 - P.62

「夫が喫煙者の場合に,非喫煙者の妻の肺がんリスクは1.5倍」

 国立がんセンター疫学部長だった平山雄博士が,1966年から26万人以上の日本人の死因と生活習慣の前向き調査を,一般家庭の住民を対象に実施,ここで初めて受動喫煙の害が明らかにされた.受動喫煙とは喫煙者が吐き出す煙(呼出煙)とたばこの先端から出る煙(副流煙)を,自らの意思でなく吸い込むことを言う.

 この平山博士の調査から約40年,受動喫煙の防止を規定した健康増進法が施行された.国民の健康づくりや生活習慣病の予防を効果的に進めるために作られたこの法律は,国や自治体,個人が取り組むべき事項を定めている.

 2003年5月の施行後,健康増進法が国内の喫煙対策にどのような影響を与えているか.企業,病院,学校での事例を紹介する.

連載 Health for All―尾身茂WHOをゆく・10

鳥インフルエンザ大流行の可能性

著者: 尾身茂

ページ範囲:P.4 - P.5

2003年末からアジア各国において,インフルエンザウイルスA(H5N1)による鳥インフルエンザが流行している.この流行はいったん終息するかに見えたが,その後も猛威を振るい続けている.2004年11月25日および26日の2日間,東南アジア諸国連合(ASEAN)各国と日本,中国,韓国による鳥インフルエンザに関する閣僚級会合がバンコクで開催され,最後に情報交換など,協力の強化を謳った共同声明を発表した.私は,会議の場で鳥インフルエンザ大流行の可能性について,「各国のさらなる協力がなければ,今年にも大流行の可能性があること」を強調した.今回はこの件について詳しく話そう.

 私は,鳥インフルエンザ大流行の可能性の根拠について,以下の5つを強調した.

公衆衛生ドキュメント―「生きる」とは何か・10

北朝鮮の“偉大なる肖像画”は今?

著者: 桑原史成

ページ範囲:P.6 - P.6

2004年,日本では韓流ブームが沸き起こり,その火付け役となった「冬のソナタ」に登場する微笑みの貴公子・ぺ勇俊,涙のヒロイン役・崔志宇,それに「オール・イン」の主役・李烔憲など,メディアは美しい韓国人たちの話題で賑わった.

 ニュース番組や紙面のトピックスの多さを国別に見れば,イラク,北朝鮮,さらにアメリカの3国に集中したのではなかろうか.このたび新年号は,朝鮮半島のもう1つの国であり,今なお日本が未解決の問題を抱えている北朝鮮をあえて選んだ.

グローバリゼーションと健康・1【新連載】

グローバリゼーションと人々の健康

著者: 若井晋

ページ範囲:P.64 - P.68

グローバリゼーション(Globalization)という用語の出現は,ほぼ10年前にさかのぼる.用語の意味は「球」という意味の「Globe」(ラテン語のglobus)に由来し,英語で「地球」「地球儀」を意味するようになった.したがって,直訳すれば「地球化すること」になるが,最近では日本語ではそのまま,「グローバリゼーション」(グローバル化)という言葉が用いられている.

 マルクス主義の歴史家エリック・ホブズボームによると,1980年代の後半から90年代前半にかけて,世界史の新しい時代が始まったという.それはソビエト連邦の崩壊,そして情報技術(IT)の飛躍的な発展と呼応している.世界の片隅で起こった出来事が,瞬時に世界の隅々にまで波及することとなった.しかし,一方で「持てる者」と「持てない人々」の格差は広がっている.この富の不均衡は,政治経済や社会の構造そのものをも,劇的に変化させた.

日本の高齢者―介護予防に向けた社会疫学的大規模調査・1【新連載】

調査目的と調査対象者・地域の特徴

著者: 近藤克則 ,   平井寛 ,   吉井清子 ,   末盛慶 ,   松田亮三 ,   馬場康彦 ,   斎藤嘉孝 ,   「健康の不平等」研究会

ページ範囲:P.69 - P.72

超高齢社会が目前に迫り,要介護状態にならないための「介護予防」が注目を浴びている1,2).要介護状態は,脳卒中など疾患により生じるものばかりではない2).うつや閉じこもり状態などの心理社会的な因子が絡み合い,生活機能が低下した結果生じるものも多い.これらの因子の分布状況や因子間の関連を明らかにすることが,科学的な介護予防政策立案のためには,まず必要である.

 また,健康に影響する心理的社会的な因子の分布や因子間の関連などを,疫学的手法で明らかにする分野が「社会疫学」と呼ばれ,新しい疫学の一分野として注目を集めている3).昨年1年間にわたった本誌の連載「社会疫学への誘い」(近藤克則著)では,現在までに提示されている社会疫学的な理論・仮説や,それらを裏付けるデータについて紹介した.しかし,それらは主に海外でのものであった.

 わが国では,「平等な国,日本」という幻想が強かったせいか,社会経済的な因子による「健康の不平等」が,わが国においても見られるのか,見られるとしたらどの程度のものなのかなど,記述疫学的な報告の蓄積も不十分である.これらを補うのが,本連載の目的である.

「PRECEDE-PROCEEDモデル」の道しるべ・10

モデルの各診断プロセスに住民が参加したことにより顕著な結果が得られた事例

著者: 中村譲治 ,   設楽玲子

ページ範囲:P.73 - P.77

今回の事例は,モデルに当てはめて開発された乳幼児ウしょく対策用質問票(以下,FSPD3型)を利用している.PRECEDE-PROCEEDモデルが日本に紹介されたとき,一部の研究者から「このモデルには住民参加の入り込む余地が少ない」との指摘があった.この事例では開発した質問紙の調査結果を利用し,疫学診断から実施,評価のすべてのプロセスを住民と行政スタッフ,専門家(歯科医師,歯科衛生士)が共有している.この一連のプロセスを共有することで計画に推進力が生まれ,山形県でワースト1のウしょく罹患状況(dmf-t=5.6)であったものが驚異的に改善され,3年後にはベスト1(dmf-t=0.34)になるに至った.

FSPD3型の概要と計画策定から評価までの流れ

 NPO法人Well-Beingでは,1993年よりモデルを応用した歯科保健活動を実践している1).FSPD3型の質問項目はモデルの各フェーズに沿って構造化されている(図1).質問票調査の結果をもとに,総合的に社会診断から疫学診断,行動・環境診断,教育・組織診断と一連の診断を行うことができる.

 FSPD3型による診断から評価までの一連の流れを以下に述べる.

赤いコートの女―女性ホームレス物語・5

関医師とM保健師

著者: 宮下忠子

ページ範囲:P.78 - P.80

波さんの生活

 相変わらず赤いコートに身を包んだ波さんが,手を振っていた.某ビル1階は,洋品店やパーラー,おもちゃ屋,装飾店,ラーメン屋,蕎麦屋等が立ち並び,何となく時間潰しにぶらつくだけでも飽きない.波さんは毎日,この一角に腰を下ろして,道行く人々を楽しそうに眺めている.

 私は波さんの手招きに引き込まれるように近づいていった.いつものパーラーに腰をすえると,波さんはオレンジジュースを,私はコーヒーを飲んだ.いつも食べるのは好物のラーメンや辛口のカレーライスであった.波さんは,1日1食しか食べていないという.ボランティアの炊き出しの日にも余程欠食が続いていない限り,長い行列に並んで食べ物をもらうことはない.その割には,余りやせてはいない.男相手に酒やつまみにありつくこともあるという.周りからの差し入れで,何とか体を維持できている様子であった.

調査報告

基本健康診査受診者を対象にした高齢者の体力の実態とそれに基づく評価基準の提案

著者: 高波利恵 ,   品川佳満 ,   桜井礼子 ,   稲垣敦 ,   草間朋子

ページ範囲:P.81 - P.86

高齢者のADL(Activities of Dairy Living:日常生活動作),QOL(Quality of Life:生活の質)を確保し,健康寿命を延伸するために,筆者らは老人保健法に基づく基本健康診査(以下,健診)の際に医学的健診項目に加えて,健康関連体力を測定する必要性を提案してきた1).そして高齢者を対象とした健診の場で実用的に測定できる健康関連体力項目として,体脂肪率,握力,長座体前屈を提案し1),現在,N町の健診で測定,評価を行っている.

 N町の高齢者の体力を既存の体力評価基準を用いて評価すると,極端に低く判定される者がおり,N町全体の体力も低く評価されることがわかった.この結果は,既存の高齢者の体力評価基準が,老人クラブやスポーツクラブ等に参加している身体的,精神的および社会的に高い活動能力を持つ高齢者の結果をもとに作成されたものである2~4)のに対して,健診の対象者には運動習慣を全く持たない者や,腰痛や関節痛などの障害(以下,筋骨格系の障害)を持つ者が含まれているためではないかと考えられる.

基本情報

公衆衛生

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1170

印刷版ISSN 0368-5187

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