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雑誌目次

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公衆衛生69巻3号

2005年03月発行

雑誌目次

特集 結核対策新時代―結核予防法のリビジョン

新結核予防法のポイントと将来ビジョン

著者: 森亨

ページ範囲:P.176 - P.179

結核緊急事態宣言から予防法改定へ

 1996年から97年,98年と,2年続いて結核の罹患率が戦後初めて上昇に転じ,なおも上昇の傾向を見せていた1999年,厚生省(当時)は「結核緊急事態宣言」1)を出した.行政・医療・国民一般に注意喚起をしたあと,厚生省自身は対策の総点検を行い(結核緊急実態調査)2),厚生科学審議会感染症分科会結核部会に結核対策の抜本的な見直しを諮問した.それへの答申が2002年3月に「提言」3)として出され,またさらにその後,部会と感染症分科会の合同委員会の報告が出されて,専門家による対策の見直し,これからのあり方についての意見が集約された.これに基づいて厚生労働省は結核予防法の改正の作業に入った.2004年6月に改正案は国会を通過して,1951年に制定された結核予防法は53年ぶりに大幅な改定がなされ,2005年4月の施行が予定されている.その後政令,省令が改定され,また関連の通知類が目下次々と出されているところである.

 本稿では,新たな結核予防の仕組みについて具体的に紹介し,併せてその運用上の問題点や課題について所感を添えたい.

結核対策に関する国のPolitical Will

著者: 牛尾光宏

ページ範囲:P.180 - P.183

平成16年の通常国会で,結核予防法の一部改正案が成立した.この国会は年金国会とも言われたように,厚生労働省提出法案としては年金改正案ばかりが注目された感があり,しかもその年金法案審議中断等の影響を受けて結核予防法改正案の審議も遅れたが,最後には与野党全会一致で成立し,安堵したことを今でも鮮明に記憶している.

 法案提出に際しては,国会議員をはじめ多くの関係者にその背景や目的等をご説明させていただいたのだが,今日でも毎年わが国で約3万人の新規結核患者が発生し,また,約2,300人の方々が結核で死亡されている現状を説明すると,一様に驚きの声をあげられた.と同時に,コレラ,ペスト,腸チフスといった急性感染症の制圧に成功したことと反して,なぜ欧米先進諸国と比較して結核の諸指標が約20~30年遅れているのかということも,共通して呈示された疑問であった.また,親族等で結核に罹患された方も多くあり,身近な問題として捉えてくださり,「ぜひしっかり対策強化をするように」との励ましをいただくことも多かった.

結核対策における都道府県の役割―都道府県結核予防計画

著者: 藤岡正信

ページ範囲:P.184 - P.186

1951(昭和26)年以来,半世紀ぶりとなる結核予防法の大改正が行われた.これまでにも適宜改正が行われてきたが,今回の改正ではわが国を結核先進国へと進め,ひいてはわが国から結核の撲滅を目指す対策を行うこととしている.その内容は,現在の世界基準の結核対策への変更に留まらず,全国一律の基本的な対策に加え,地域の実情を重視した対策への転換を図るものである.

 その1つとして国の結核予防の基本指針を受けて,都道府県(以下,県と略)は地域の結核の現状やその要因を明らかにし,改善策が求められることになる.具体的には,県単位の結核予防計画の策定が義務付けられ,今年度中の策定が原則となっている.筆者は県行政を担当する立場から,愛知県をモデルとして,本稿にてこの計画のあるべき姿を考えてみたい.

結核対策における保健所の役割

著者: 阿彦忠之

ページ範囲:P.187 - P.193

保健所は,わが国の結核対策の中核となる地方行政機関である.しかしながら,平成9年の地域保健法の施行後,保健所の統廃合が急速に進み,全国の保健所数は,平成8年度の845カ所から平成16年度には566カ所まで減少した.大都市(政令市)では,複数あった保健所を1カ所に集約する自治体が多くなった.一方,都道府県の保健所は,2次医療圏単位に再編されると共に,福祉事務所との統合,あるいは総合出先機関(地方振興局,総合支庁など)への編入などが進んでいる.

 このような組織改変により,一保健所当たりの結核担当保健師数が増加し,福祉部門との連携が強化されたところでは,専門性の向上や患者の治療支援などの面でメリットが大きかった.その一方で,行財政改革の波に飲まれ,統合後も保健師数が増えず,胸部X線などの検査部門が廃止された保健所では,定期外健康診断(以下,定期外健診)も全面的に外部委託とされるなど,結核対策にかかわる保健所の基本機能を維持できるかが懸念されるところである.

結核対策における結核病院の役割―院内DOTSへの取り組みから

著者: 髙嶋哲也

ページ範囲:P.194 - P.198

WHOが提唱するDirectly observed treatment, short course(以下,DOTS)は,医療従事者による抗結核薬の直接服薬確認(DOT)を中心とした総合的な結核対策戦略のブランド・ネームである.わが国では「大都市における結核の治療率向上(DOTS)事業要領」の通知に基づいて,平成13年から大都市を中心にDOTS事業が始められた.そして,平成15年には「日本版21世紀型DOTS戦略推進体系図」が示され,各地でDOTSを用いた治療率の向上に取り組んでいるところである1).今回の結核予防法の一部改正には,結核患者等に対する医師の指示として「医師は結核患者等に処方した薬剤を確実に服用する指示を行うこと」と記載され,さらなるDOTSの推進が求められている.

 ところで,治療の中断・脱落を防いで治療率を高めるためには,結核を治す意志が強固な治療開始時に,患者教育ならびにDOTを開始することが肝要である.わが国では結核治療で最も重要な初期2カ月間は入院が主体であるので,今後のDOTS推進は結核病院の取り組みに大きく左右されることになる.

 大阪府立呼吸器・アレルギー医療センターでは,平成13年1月に「DOTS連携マニュアル」を制定し,結核患者全員を対象に患者教育と直接服薬確認(以下,院内DOTS)を行い,また定期的に地域保健所とカンファレンス(以下,院内DOTSカンファレンス)を開催して服薬支援の継続を図るなど,病院全体で治療率向上に取り組んでいる.

 本稿では,当院での院内DOTSならびに院内DOTSカンファレンスの経験を踏まえ,今後の結核対策における結核病院の役割について述べる.

結核対策における保健師・看護師の役割―ロンドンのTBナースの活動から

著者: 加藤誠也 ,   小林典子 ,   永田容子

ページ範囲:P.199 - P.202

結核予防法は疫学的状況の変化,医療技術の進歩,対策環境の変化などを背景に,半世紀ぶりに改正となった.結核対策が新時代を迎えることになった2004年6月,結核予防会では結核研究所が共同研究を進めているロンドン市立大学看護学部の協力を得てロンドンスタディーツアーを企画し,1週間でロンドンにおける結核対策の視察を行った1)

 本稿ではこの結果から,ロンドンの結核対策の予防・医療両面の中心になっているSpecialist TB Nurse(以下,本稿では「TBナース」)の活動を報告しながら,結核対策における保健師・看護師の役割を考察する.

ロンドンの公衆衛生体制と結核対策戦略

著者: 高鳥毛敏雄

ページ範囲:P.203 - P.208

米国,英国はわが国よりはるかに結核の少ない国である.しかし,1980年代に米国の大都市は結核の再興に苦しみ,特にニューヨークにおける多剤耐性結核患者の増加はパニックにまでなった1).そのために,国,州,地方レベルの結核対策を強化してその克服に努め2),1992年から2002年の間に,結核患者数が45%減少し,結核罹患率は半減し,5になるという見事なまでの成果を上げたことは有名である3)

 これに対し,英国は,近年結核患者数の増加傾向が止まらず,最近10年間で25%増加した.このような状況にある英国の新たな結核対策の実情を見聞する貴重な機会を,2004年6月に結核研究所の石川信克先生より得ることができた.英国の結核克服のための対応は,改正結核予防法のもとで新たな結核対策を進めようとしているわが国にも参考になる点が多いと思われることから,本稿にて紹介させていただく.

視点

地域医療グランドデザインの策定に向けて―イーハトーブの光と影

著者: 石川育成

ページ範囲:P.170 - P.171

はじめに

 岩手県は本州の北東部に位置し,日本の総面積の4%を占め,北海道に次ぐ広さです.岩手県内陸部の大部分は山岳丘陵地帯で占められ,西部には秋田県との県境に奥羽山脈が連なり,これと平行する形で東部には北上高地が広がっています.この2つの山系の間を北上川が南に流れ,その流域に平野が散在しています.

 岩手が生んだ詩人宮沢賢治は,豊かな自然に恵まれた大地をドリームランドと捉え,「岩手」をエスペラント語で「イーハトーブ」と呼びました.しかし,宮沢賢治の心象とは裏腹に,恵まれた自然は厳しい立地条件でもあり,医療・保健の分野で大きな重圧となったことは否めない事実であります.特に,陸の孤島と言われた過疎地域における高い乳児死亡率は,岩手県民の暗い記憶であると同時に,公衆衛生の向上・発展のための起爆剤ともなりました.国土の4%を占める広大な県土に,日本の総人口の1.1%に相当する140万人(平成15年)の県民が居住していますが,少子高齢社会の例に漏れず,高齢化率は22.8%(平成14年)となっています.

 厚生労働省発表の人口動態統計(確定)によれば,岩手県の平成14年における死亡数は12,941で,人口10万対死亡率は911.3となり,全国で第11位です.また,がん・脳卒中・心臓病の3大死因に限っても,全死亡数の6割を占め,他県と同様の傾向にあります.疾患別に見ると人口10万対死亡率(全国順位)は,全がん267.2(16位),胃がん42.7(18位),大腸がん40.3(2位),肝がん21.2(42位),肺がん48.1(18位),乳がん12.9(38位),子宮がん6.8(39位),心臓病143.6(8位),脳卒中150.5(5位)となっています.特にワースト10以内では5位の脳卒中と8位の心臓病とが目につきますが,これが岩手県の特徴と言えるかもしれません.

特別記事

[座談会]日本における「社会疫学」の到達点と課題

著者: 近藤克則 ,   西信雄 ,   ,   橋本英樹

ページ範囲:P.209 - P.215

近藤 今日は,第63回日本公衆衛生学会(松江市)の教育講演「社会的要因と健康に関する疫学研究―Social determinants of health」のために来日されたIchiro Kawachi教授(ハーバード大学公衆衛生大学院)を囲んで,日本における社会疫学の到達点や課題について考えてみたいと思います.日本において社会疫学研究をしておられ,「社会疫学研究会」の創立時からかかわってこられた西先生,橋本先生にもご参加いただきます.

 社会疫学とは,健康を規定する社会的因子(social determinants of health)を明らかにしようとする疫学です.社会経済的因子と健康の関連だけでなく,社会が健康に影響する作用経路としてうつやストレスなど心理的な因子も視野に入れていますし,個人の因子だけでなく,社会のあり方も対象とする新しくて魅力的な分野です.詳しくは,本誌2004年1月号から12回にわたった連載「New Public Healthのパラダイム―社会疫学への誘い」1)で紹介しましたので,ご参照いただければと思います.

アニュアルレポート

衛生学のトピックス

著者: 稲葉裕

ページ範囲:P.217 - P.219

衛生学は「生活・生命を衛る」学問として予防医学,環境衛生を軸に発展してきた.

 日本衛生学会は正式には昭和4(1929)年の第1回連合衛生学会を発足年とし,戦争中の2年の中断を除いて,毎年開催されてきた.前身の日本聯合医学会第14部会の発足は明治35(1902)年で,100年以上を経過した歴史ある学会である.

 しかし,近年は「公衆衛生学」「保健科学」などの類似の学問体系の発達とともに,その名称の存在意義が問われている.ただし,一方では細分化の進む医学の中で,統合的な分野としての衛生学の重要さが増していることも指摘されている.

産業衛生学のトピックス

著者: 城憲秀 ,   井谷徹

ページ範囲:P.220 - P.222

政府筋の報告によれば,これまで10年以上にわたって不況という長いトンネルの中を走ってきた日本経済が,まだ不安定とはいうものの,ようやく回復の兆しが見えてきたという.しかし実際のところ,多くの人々にとって,景気回復の実感はまだ湧かない状況にあると思われる.

 このような経済状況下で,企業は生き残りをかけて,管理部門も含めたリストラを進め,仕事の効率化や生産性の拡大をはかってきた.一方で,こういった経済構造の改革,企業のリストラクチャリングは,労働者の雇用形態や働き方,作業内容を多種多様にし,従来のような一律の対応では,働く人々の健康を保持増進することが難しくなっている.これに対しては,第10次労働災害防止計画でも記述されている「リスク」という考え方によるリスクマネジメント手法で,職場ごとに対処する必要性が叫ばれている.

公衆衛生学のトピックス

著者: 多田學

ページ範囲:P.223 - P.225

第63回日本公衆衛生学会は,2004年10月27~29日松江市において,「地域に根ざした公衆衛生活動」をテーマに,4,000人弱の参加者のもと行われました.公衆衛生の幅広い分野の学会員の方々が全国から集い研究を発表され,活発な意見交換も行われ,地元会員の協力を得ることができ,盛会裏に終わることができました.私なりに整理して,本稿にてその要点も交えながらトピックスとさせていただきます.

介護予防

 世界先進国の中でわが国は,最も少子高齢化が進んでいる国です.高齢者対策の1つとして,平成13年度から介護保険法による介護が実施されており,4年間が経過したところです.まず国の社会保障審議会介護部の報告によりますと,介護サービスの利用者は,約300万人と2倍以上に増加しています.その内容は,軽度の要介護者の急増と介護度の悪化など,今後取り組むべき問題が多く指摘され,できる限り健康で元気な自立した生活を送るため,高齢者の生活機能低下を予防し,要介護状態が進行しない介護が大切と報告されています.

連載 Health for All―尾身茂WHOをゆく・12

―SARS制圧までの道②―緊急対策本部発動

著者: 尾身茂

ページ範囲:P.172 - P.173

病原体不明,数日で世界各地に伝播し,さらに多くの医療関係者が倒れ,有効な治療法もないという異常事態に対応するため,直ちにWHO西太平洋地域事務局内に緊急対策本部が設置された.今回から数回にわたり,この対策本部の活動について述べよう.

 緊急対策本部は,WHO西太平洋地域事務局の正規スタッフが核となり(写真),さらに日本を含め,各国からの感染症専門家が緊急動員された.対策本部では,シンガポール,ベトナム,香港などの当局関係者と,連日,電話による合同の戦術会議がもたれた.また,1日1,000通を超えるE-mailによる情報提供の分析を行うなど,文字通り,夜を日に継いでの闘いが始まった.集まる情報は,政府や公的機関からのものもあれば,一般市民から提供されたものもあったが,1つたりとも有益な情報を逃すまいと,“うわさ”の真偽の程を追跡調査する“ルーマーサーベイランス”までも行った.対策本部は,そうした緊迫感の中で,まず,①病気の診断基準の作成,②SARS制圧に向けた戦略の決定を行った.

公衆衛生ドキュメント―「生きる」とは何か・12

スマトラ沖地震の悲劇

著者: 桑原史成

ページ範囲:P.174 - P.174

昨年の12月26日に,インドネシアのスマトラ島沖の海底で発生した地震に起因して,大津波がインドネシアをはじめマレーシア,タイ,ミャンマー,バングラデシュ,スリランカ,モルディブ,そして東アフリカの5カ国に突然襲いかかった.

 ここに掲載の写真は,1993年にタイ最大の観光地・パタヤで撮影したものであるが,シャム湾に面していてここでは被害は出ていない.

グローバリゼーションと健康・3

グローバリゼーションと貧困

著者:

ページ範囲:P.226 - P.230

 人々の生活に及ぼすグローバリゼーションの影響について盛んに議論されている.貧困と不平等の世界的な動向について,グローバリゼーションに反対する人々と賛成する人々が,一見したところ,相反する主張をしているように思われることがしばしばある.しかし,その根拠を仔細に検討してみると,双方とも真実の一部のみを語っていることがわかる.極端な貧困(1日1ドル以下)で生活している人々の数が過去20年間で劇的に減少してきた一方で,世界の各地域で貧困の削減に極端なばらつきが見られている.多くの国々,ことにサハラ以南のアフリカ諸国では,貧困者数の実質的増加が見られた.国内にとどまらず,国家間の所得の不平等もまた増加してきた.貧しい国で生活している人々が人間的な発達を遂げる見込みを改善する上で決定的な鍵を握っているのは,豊かな国々からの援助であろう.本稿では貧困の削減が地球的公益であることを述べる.

グローバリゼーションの影響

 グローバリゼーションは世界の人々の生活を改善するための有益な力なのだろうか?それとも人々の健康にとって脅威なのだろうか?この疑問は学術誌,マスメディア,あるいはインターネット上でしばしば議論されている.それは時には,たとえばシアトルやジェノバといった都市での暴動となったこともある.グローバリゼーションに関する議論は,事実や問題点を知らない人にとって理解しがたいものである.グローバリゼーションを支持する専門家と支持しない専門家は,双方ともグローバリゼーションの影響について一見相反する主張をしている.貧困に及ぼすグローバリゼーションの影響がその一例である.

日本の高齢者―介護予防に向けた社会疫学的大規模調査・3

高齢者の保健行動と転倒歴―社会経済的地位との相関

著者: 松田亮三 ,   平井寛 ,   近藤克則 ,   斎藤嘉孝 ,   「健康の不平等」研究会

ページ範囲:P.231 - P.235

本稿では,日本の高齢者における保健行動・転倒経験とSESとの関連を,AGESプロジェクト[Aichi Gerontological Evaluation Study(愛知老年学的評価研究)プロジェクト]のデータを用いて検討する.

 保健行動は,利用可能な資源の差異や心理的環境などと並んで,健康の社会的格差が生じる理由の1つとされている1~4).欧米での研究では,保健行動―不健康な食事摂取,肥満(体重過多),活動性の低さ,飲酒問題など―について,教育歴・所得・職業といった社会経済地位(socioeconomic status: SES)との関連が指摘されており,教育歴が短い人,所得の低い人,そして非熟練労働者等の非ホワイトカラー層で相対的に不健康につながる行動が多いとされている5~8).しかしながら,中国ではむしろSESが上昇するにつれてより不健康な健康行動が増えるという分析が示しているように9),政治・社会・経済・文化などの異なる社会において,SESと保健行動との関連が同じであると想定することはできない.

「PRECEDE-PROCEEDモデル」の道しるべ・12

看護専門学校教育におけるPRECEDE-PROCEEDモデルの応用事例

著者: 六鹿裕子 ,   中村譲治

ページ範囲:P.237 - P.242

今回の事例は看護専門学校において,実習先の保健所,市町村を巻き込みながら,モデルの学生教育を実施している事例である.今後,保健福祉関係の教育機関で学生に対してモデルを教育する重要性は増してくると思われる.徳島県立看護専門学校では,実習先の自治体や保健所スタッフに学生と一緒にモデルの研修を受けてもらい,実際の保健計画に具体的に活かしている.

 本稿では,従来の実習から一歩踏み込んだ形での実習教育にモデルを利用し,住民,現場スタッフ,学習者と教員のエンパワメントへと展開したプロセスを報告する.

衛生行政キーワード・6

医学研究に係る個人情報保護

著者: 迫井正深

ページ範囲:P.243 - P.245

概要

 個人情報の保護など,医学研究に関する倫理面の取り扱いについては,その研究分野に応じた4つの指針により規定されている[①ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針,②遺伝子治療臨床研究に関する指針,③疫学研究に関する倫理指針,④臨床研究に関する倫理指針;以下,研究指針(表1)].従前からこれらの研究指針では,インフォームド・コンセントの取得,研究者等の守秘義務,など個人情報を保護するための措置が規定されていた.

 しかし,平成15年に成立し,本年4月全面施行予定の「個人情報の保護に関する法律」(以下,個人情報保護法)とこれらの研究指針の比較では,研究指針に足りない部分や,研究指針において個人情報保護法の規定よりもむしろ手厚く措置すべき部分があったことから,個人情報保護法全面施行に合わせて研究指針の見直しが平成16年12月に行われた(表2).なお,施行は個人情報保護法に合わせて平成17年の4月となっている.

 個人情報保護法成立時に検討課題とされた医学研究における個人情報の取り扱いに関する法制化(現行は強制力のない「指針」)については,当面,指針の見直しと指針の実効性を担保するための措置にとどめられ,法制化は見送られた.

赤いコートの女―女性ホームレス物語・7

路上から銭湯へ

著者: 宮下忠子

ページ範囲:P.246 - P.248

銭湯にて

 2002年1月末,日の光に陰りが見え始めるころ,路上から離れようとしない波さんを訪ねた.相変わらず冬日のモミの木の下の陽だまりに,波さんは行儀よく座っていた.寒そうだった.陰部の辺りが痒いと言う.衛生上の問題も絡んで,寒さを凌ぐために,一緒に銭湯へ行くことにした.

 ビル街から少し離れた,一歩足を踏み入れると昔ながらの下町風の街並の中に,銭湯の暖簾がはためいていた.途中,陰毛のシラミ駆除の液状シャンプーを薬局で購入した.銭湯は賑やかだった.近所のおばちゃんたちが大勢来ている.入浴無料の高齢者の人たちのようだった.2人で裸になると,洗い場の右端一番下の蛇口の前に並んで陣取った.すっかり冷え切った波さんの体にかけ湯を何杯もかけた.そして,持参したシャンプーの液を彼女の手のひらに垂らした.波さんはそのシャンプーを陰毛の部分につけ,泡立てた.しばらくそのままにして他の部分をこすりながら待った.それからきれいに洗い流した.これで大丈夫だろう.怠惰になってきた高齢者の人にはよくあることだ.冷え切った体をかけ湯で保ち,何度も洗浄し終わって,やっと湯船に浸かることができた.

資料

地域住民を対象にした代替療法の実態に関する調査研究

著者: 加納克己 ,   山田真弓 ,   藤田比左子 ,   林原好美

ページ範囲:P.249 - P.252

わが国ではかつてないほど,健康に対しての関心が高い.経済的に豊かになり,健康を個人の価値体系の中で上位に置く人が非常に多い.疾病構造は他の先進国と同様であり,がんや循環器疾患,糖尿病,肝臓病などが非常に多い.これらの疾患は今日の西洋医学をもってしても,完全に治すことは難しい.このような現実があってか,わが国と同様の疾病構造である米国では,大衆の40%以上が何らかの代替療法を受けていると言われている1).程度の差こそあれ,わが国でも同様であると推測される2)

 多くの患者や一般大衆が代替療法を受けたり,自ら実行していると言われる.いわゆる西洋医学が医療の場で,その力を十分発揮していることは言うまでもないが,少なくとも,わが国では代替療法で何が正しく,何が疑わしいかについてはほとんど検討されていない.科学的研究はほとんどなく,エビデンス(根拠)について十分検討されていない.

 生活習慣と疾病や健康に関連した調査研究3)は数多くなされているが,代替療法の実態に関する研究はほとんどないと言ってよい.そこで,本研究はわが国における代替療法の実態を把握し,なぜ代替療法に頼るのか,その理由などを明らかにすることを目的とする.

 なお,本研究の題目で代替医療(alternative medicine)と言う言葉を用いずに「代替療法(alternative therapy)」としたのは,ここで言う療法は科学的に証明された医療(medicine)に必ずしも代わりうる方法とならず,誤解を避けるためである.

基本情報

公衆衛生

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1170

印刷版ISSN 0368-5187

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