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雑誌目次

雑誌文献

公衆衛生69巻7号

2005年07月発行

雑誌目次

特集 地域医療のトピック―「救急医療」を考えよう

救急現場でみえてくる地域の健康問題

著者: 箕輪良行

ページ範囲:P.528 - P.532

 新しい医師臨床研修制度では,救急医療が基本必修に位置づけられました.「救急は医の原点」とも言われたりして,市民の医療を下支えする最低レベルを底上げしようという医療制度改革の意向が明らかです.35年間という長い間,医師の養成過程の歪みに手をこまねき,大学をはじめとした多くの医育機関の怠慢を放置してきたツケは,地域や患者の健康を阻害して,良き臨床医の普及を大幅に遅らせました1)

 ありふれた病気を日常的に治療できて,住民の急病やけがの初期治療をして,必要に応じて後方医療施設へ紹介できる,という地域の健康を守るうえで必須要員である臨床医が,全国隅なく分布していることは,医療供給体制の基本設計のひとつです.そのような臨床医を養成する仕組みを改めて確立しようとしているのが現状です.

現場からみた救急医療の課題―東京都を中心に

著者: 石原哲

ページ範囲:P.533 - P.538

 東京都の救急医療体制は,着実にその精度を上げている.しかし,社会経済の急速な変化や多様化する現代社会のニーズに必ずしも対応しきれていない.本稿では東京都医師会の救急医療活動を通じ,その歩を振り返り,二次救急医療機関の現在の問題点と取り組みを抽出し検討した.

 

東京都の救急医療体制

 平成10年,厚生省(現厚生労働省)は救急医療体制基本問題検討会で,二次救急医療に対し,自治省(現総務省)が行う救急告示医療機関制度と,厚生省の補助金事業による輪番制度の一元化を発表した.さらに医療法改正に伴い,保険医療計画に救急医療が必須記載事項となり,この中で,各地域での救急事情を考慮し,新たな体制が求められた1)

高度救命救急センターからみた救急医療の課題

著者: 杉本壽

ページ範囲:P.539 - P.545

 原始の時代から人類にとって医の最大の課題は,外傷や急性感染症など急性病態であったことは容易に想像される.

 わが国の死亡統計の推移を見ると,1位の悪性新生物を除けば,今も心疾患,脳血管疾患,肺炎,不慮の事故など,急性病態が死因の上位を占めている.人類は突然襲ってくる急性病態に絶えず脅え続けてきたのである.

 この急性病態を扱うのが救急医療である.「救急医療は“医”の原点であり,かつ,すべての国民が生命保持の最終的な拠り所としている根源的医療」(救急医療体制基本問題検討会報告書:厚生省健康政策局:平成9年12月11日発表,http://www1.mhlw.go.jp/shingi/s1211-3.html)と,位置づけられる所以である.

救急医療の教育研修

著者: 小井土雄一 ,   川井真 ,   横田裕行 ,   山本保博

ページ範囲:P.546 - P.548

 平成16年度より「新たな医師臨床研修医制度」が始まった.その目的は専門に特化した臨床研修から,プライマリ・ケアを中心に幅広い診療能力を身につける研修へと変更することである.現代の医療は専門分化が著しく進んだ弊害として,医師と患者のコミュニケーションが希薄であり,社会が求める全人的な幅広い診療とかけ離れたものになっているという指摘があり,今回の新しい研修理念は「医師としての人格をかん養し,将来専門とする分野にかかわらず,医学および医療の果たすべき社会的役割を認識しつつ,一般的な診療において頻繁に関わる負傷又は疾病に適切に対応できるよう,プライマリ・ケアの基本的な診療能力(態度・技能・知識)を身につける」となった.

 そのような中で救急医療は必修化された訳であるが,救急医療は医の原点であり,かつ,すべての国民が生命保持の最終的な拠り所としている根元的な医療であり,新医師臨床研修制度において必修科目に位置づけられたのは当然である.救急医療の研修が必修化されたことは,いずれの科の臨床家になるにしても非常に有意義であることは言うまでもない.しかしながら,毎年8,000人の新研修医に質の高い救急医療研修を提供できるかということに関しては,多くの問題があると言わざるを得ない.

救急救命士の処置範囲の拡大の現状について

著者: 古木康友

ページ範囲:P.549 - P.552

 救急業務は,昭和38年に法制化されて以来,わが国の社会経済活動の進展に伴って,年々その体制が整備され,国民の生命・身体を守る上で不可欠な行政サービスとして定着している.

 このような中,救急救命士制度は,病院外で発生する心肺停止傷病者の救命率の向上を目的として,平成3年に創設され,救急業務の高度化に大きな成果をもたらしてきた.平成14年4月には消防庁と厚生労働省は,さらなる救命率の向上を図るために「救急救命士の業務あり方等に関する検討会」を共同で開催し,救急救命士の処置範囲の拡大等についての検討を行った.

話題のAED―市民によるAEDの使用と東京消防庁の取り組み

著者: 荒井伸幸

ページ範囲:P.553 - P.556

市民によるAEDの使用と消防行政

 1. これまでの消防機関によるプレホスピタルケアの状況

 東京消防庁では,現在217隊の救急隊を管内(注:東京消防庁の管轄区域は,東京23区をはじめ,東久留米市,稲城市と島嶼を除いた都内全域である)に配備し,年間約67万件(平成16年中)の救急出場の要請に対応している.これらの救急隊には救急救命士が全隊に乗務しており,心肺停止の傷病者に対して除細動をはじめ,器具による気道確保(一部の隊では気管挿管を実施)や静脈路確保のための輸液などの高度処置を行っている.

 また,救急出場の要請内容から心肺停止状態が疑われる場合等では,救急隊だけではなく,ポンプ隊等の消防隊もその救急現場に出場させて救急隊の活動支援をしたり,一定の応急処置を実施している.

応急処置とグッドサマリタン法

著者: 橋本雄太郎

ページ範囲:P.557 - P.559

 これまで,わが国において,傷病者の傍にいながら手当をしない人が比較的多く見られていた.そこで,その理由を探るために,なぜそれらの人は手をこまねいているのか,ということに関する意識調査が行われている.その一つである,交通事故の現場で,一般市民による応急手当が積極的に行われていない原因を調べるために,平成9年に実施された内閣総理大臣官房広報室の世論調査によれば,「傷病者のそばにいながら手当をしない人はなぜ手をこまねいているのか」という質問に対して,「手当の方法がわからないから」と回答した人が73.3%,「手当をした結果,かえって症状が悪化したりすると,責任を問われかねないから」と回答した人が36.2%という結果(複数回答可)になっている.

 また,平成15年に東京消防庁が行った「応急手当をしない理由」を尋ねた世論調査においても,「何をしてよいかわからないから」84.1%,「かえって悪化させることが心配だから」59.1%,「誤った応急手当をして責任を問われるのが心配だから」20.5%,という結果(複数回答可)が出ている.これらの調査結果を見ると,まず,一般市民に対する応急手当の知識と技量の普及が必要であり,応急手当の普及啓発促進も重要な施策であることが判明する.

視点

公衆衛生行政管理に求められるcompetency―健康危機管理を中心として

著者: 橘とも子

ページ範囲:P.522 - P.523

 公衆衛生行政の第一線機関である保健所が行う事項は,「地方分権推進」の基本理念のもと,1994年に改正された地域保健法に定められる.同年策定された「地域保健対策の推進に関する基本的な指針」には,「地域における健康危機管理体制の確保」が掲げられたのをはじめ,介護保険関連事項等,地域保健部門が取り組むべき役割が,2000年の改正で示された.

 一方,国立保健医療科学院では,保健医療等の向上・改善を図るために,基本理念から技術に至るまで必要とされる様々な能力に応じて教育訓練を行うと同時に,新たな課題研究に取り組んでいる.2004年度,筆者らは地域における健康危機管理研修に関する研究の一環として,「健康危機事例を用いた健康危機管理に必要な能力・技術の構造分析」に取り組んだ.本稿ではその概要と成果を報告した上で,公衆衛生行政管理に求められるcompetencyを,健康危機管理を中心に考察してみたい.

特別記事

[座談会]戦後の日本の経験を国際協力に活用する

著者: 中村安秀 ,   石川信克 ,   佐藤寛 ,   坂本真理子 ,   大石和代

ページ範囲:P.561 - P.568

中村(司会) 私たちは厚生労働科学研究費補助金(社会保障国際協力推進研究事業)として,「戦後日本の健康水準の改善経験を途上国保健医療システム強化に活用する方策に関する研究」を3年間行ってきました.

 その研究目的は,次のとおりです.第二次世界大戦後の日本の急激な乳幼児死亡率の減少など,保健医療指標が大きく改善した日本の経験に学びたいという強い期待が途上国から寄せられている.しかし,途上国では文化,宗教,教育や経済状況など,保健医療を取り巻く環境が日本と随分違っている.そういった中で,日本の経験がそのまま現地で応用できるわけではない.日本の保健医療がどのように発展してきたのか,その発展要因は何なのかということを科学的に分析して普遍化することによって,日本の国内でも,そして国外でも使える,普遍性を持つエッセンスが得られるのではないか.そう考え,研究を始めました.

特別寄稿

ヘルスリサーチ・ワークショップの企画参加体験記―分野を越えた出会いと学びの場を

著者: 中村安秀 ,   平井愛山 ,   福原俊一 ,   今井博久 ,   川越博美 ,   菅原琢磨 ,   中島和江 ,   中村洋

ページ範囲:P.569 - P.572

ヘルスリサーチ・ワークショップの企画に至るまで

 保健医療を取り巻く社会環境は,国内外で大きな変革のときを迎えている.急激に変化していく社会の中で,当然のことながら保健医療も大きな変革の渦に巻き込まれている.このようなパラダイムシフトの時期に,変革していく医療を支えるためには,ヘルスリサーチの基盤がしっかりしている必要がある.まだ発展途上にあると言われている日本のヘルスリサーチに関する人材を育成するためには,いろいろな分野の専門家が交流し切磋琢磨する「出会いと学びの場」が必要だろうと考えた.

 世話人による準備会議を重ねる中で,「出会いと学び」をキーワードにすることが確認され,参加要件を「将来性ある若手研究者または実務担当者」とし,自分で若手と位置づけている場合も考慮し,年齢は不問とした.参加対象者は,ヘルスリサーチ分野(経済学,社会学,人類学,疫学など),保健医療分野(医師,コメディカルなど),そして行政分野から,広く参加者を募ることにした.また,共通言語は日本語であるが,国籍は問わないことになった.「出会いと学び」を効果的に実践するために,1泊2日で「同じ釜の飯」を食べながら,「あの機関には,こんな仕事をしている人がいる」といったことを互いに共有できるように,プログラムの編成などを行った.

越境する公衆衛生

[インタビュー]旅行は健康を促進する

著者: 戸祭達郎 ,   神田秀幸

ページ範囲:P.573 - P.577

神田 先生は長い間,旅行添乗員をされていたとのことですが,まずサービス提供の心得から教えていただけませんか?

戸祭 いい旅行というのは,添乗員はお客さんだけでなく旅行の相手先とも交流して,そしてお客さんも自発性をもって参加し様々な人々とコミュニケーションをとりながら,皆でつくりあげるものだと思っています.何も添乗員だけが馬車力でサービスを提供していくのではなく,お客さんも時間を厳守してくれたり,こちらにアドバイスをくれたりする.現地の人たちやガイドさんの皆の協力も得て,まさにハーモニーあふれる人々の協力関係が,旅の成功の秘訣だと思います.

連載 Health for All―尾身茂WHOをゆく・16

世界保健総会(WHA)

著者: 尾身茂

ページ範囲:P.524 - P.525

今回は現況報告をしよう.

 2005年5月9日にマニラを出発し,まず,イタリア・ローマに立ち寄る.国連食糧農業機関(FAO)の幹部たちと,鳥インフルエンザについて話し合うためである.その後,第58回世界保健総会(World Health Assembly: WHA)注)に参加するため,スイス・ジュネーブに向かった.本総会の重要議題の1つは,国際保健規則(International Health Regulation: IHR)の改正であったが,今回はそのIHR改正についての,私のささやかな感慨について述べてみたい.

 5月16日からWHAは始まった.初日の参加者の最大関心事は,オブザーバーとしての台湾のWHOへの参加資格についてであった.その理由は昨年の異常事態にあった.昨年,総務委員会(総会の議題項目の決定機関)では,激論の末,当問題を総会では議論しないと決定していた.しかし,総会においても,各国代表の賛否両論がぶつかり合い,最終的には,各国がそれぞれ「YES」または「NO」を明示する投票まで持ち込まれた.こうして,丸1日が本問題の議論に費やされるという,前代未聞の異常事態の中で,WHAが始まった.そのため,今年も同様の困難を懸念する向きが多かったが,今回は,本問題を総会において議論せずという総務委員会での決定が尊重され,順調なWHAの出だしとなった.

公衆衛生ドキュメント―「生きる」とは何か・16

南京・日本が辿った67年前の悪夢

著者: 桑原史成

ページ範囲:P.526 - P.526

 中国・江蘇省の省都・南京は,清朝末期から近代にかけて,さまざまな政変の波が通り過ぎて行った.つい最近まで台湾の首都は,この南京市であった.1927年に蒋介石が国民政府を南京に置いたことに始まる.それは一方で,日本軍が南京を進攻することになり,10年後の1937年12月13日から始まった攻略戦で多数の中国兵や市民が殺された悪夢の都市である.

 この南京における掃蕩戦は,後に「南京事件」または「南京大虐殺」とも言われるようになった.南京市内の侵華日軍南京大虐殺遇難同胞紀念館には,犠牲者数は30万人とある.この数字は中国側のプロパガンダの誇張であるが,日本軍は8万4,000人と発表している(平凡社刊・百科辞典).このとき一部の日本軍将兵により虐殺や強姦,略奪,放火などの蛮行があったことは間違いなかろう.

グローバリゼーションと健康・7

グローバル化とエイズ―ブラジルで生まれた政府と市民社会の協力の経験

著者: 小貫大輔

ページ範囲:P.579 - P.582

すべてのエイズ患者に抗レトロウイルス治療(以下,ART)を無料で保障するという,世界で最も先進的なエイズ政策を96年より維持してきているブラジル.ブラジル政府は,この政策の維持のためにコピー薬の国内生産を実施して,アメリカ政府からWTO(世界貿易機関)に提訴されながらも,国際世論を背景にその提訴を取り下げさせ,パテント(特許権)破りをカードにした製薬会社との激しい価格交渉を展開するなどして,「知的所有権vs患者の生存権」の闘いのシンボル的存在として注目を浴びてきた.

 ARTの無料保障はブラジルにとって突出して高価な政策だが,この政策が成立し維持されてきた背景には,エイズへの取り組みを「基本的人権」の問題として位置づける社会的理解がある.その理解が生まれる過程は複雑だが,あえて単純化の危険を冒して述べるなら,「政府」と「市民社会」の連帯が生まれた時に初めて可能となった過程だと言えよう.「グローバル化と共に巨大化する市場の圧力に抗しうる社会を作るためには,市民社会という勢力が国家という勢力と力を結ぶ必要がある」というのは,ニカノール・ペルラス(フィリピンの思想家)の主張である.エイズ治療薬の無料提供をめぐって,ブラジルの市民社会と政府が結んだ協力関係は,そのようなアライアンス(同盟)の具体的な例と言えよう.

日本の高齢者―介護予防に向けた社会疫学的大規模調査・7

高齢者の健康と家族との関連性―世帯構成・婚姻状態・夫婦関係満足感

著者: 末盛慶 ,   近藤克則 ,   遠藤秀紀 ,   斎藤嘉孝 ,   「健康の不平等」研究会

ページ範囲:P.583 - P.587

 高齢者の健康については国内外で研究が蓄積され,学歴や年収などの社会経済的地位,歩行時間や飲酒などの保健行動,支援の授受を含む社会的ネットワークなどが,高齢者の健康に対して複合的に影響を与えていることが明らかにされてきている1)

 介護予防においては,転倒予防に代表されるように,主に保健行動に関連した事柄が中心となることが多かった.もちろんこうした試みは重要だが,介護予防の範囲を広く捉えるならば,高齢者の活動を促進するような環境の検討も重要になる.中でも,高齢者の社会的ネットワークをどう形成・維持していくかは重要なポイントの1つと言える.

現場が動く!健康危機管理・2

鳥展示施設におけるオウム病集団発生とその対応

著者: 村下伯

ページ範囲:P.593 - P.596

2001年11~12月にかけて,島根県の鳥展示施設において起こったオウム病集団発生においては,従業員5名,入園者12名の計17名の患者届け出がなされ,動物由来感染症の集団発生としてはこれまでにない規模となり,多くの教訓を残した.

 本稿では,感染症健康危機管理の観点から,行政がどう初動対応を行ったか,またその後の積極的疫学調査をどのようにすすめていったかを中心に報告するとともに,事案から得られた教訓を整理することとする.

医師が保健所研修にやってくる―ピンチをチャンスに変える保健所を目指せ!・2

―保健所の宝の活かし方①―研修医に臨床と公衆衛生の接点を示そう

著者: 川島ひろ子

ページ範囲:P.588 - P.591

 ずっと昔,保健所は「ひまな役所」と言われた時代があったそうだが,現在このような保健所は全国隅なく探しても見つけることはできない.毎日,日常業務を行うだけでもかなり忙しく,それに輪をかけて事件(健康危機)が頻繁に起きており,現在では非常に忙しい役所のひとつである.

 今回の新医師臨床研修の受け入れにあたり,かなりのマンパワーを必要とするが,それにもかかわらず,新たに人員増加が認められる保健所はまずないだろう.さらに,今回ライセンスを持った本物の医師を受け入れることになるので,これまで保健所が経験しているものとは全く異なる,ハイレベルな内容の実習を行う必要がある.

衛生行政キーワード・9

WHO国際分類ファミリー

著者: 首藤健治

ページ範囲:P.597 - P.599

WHO国際分類ファミリー(WHO-FIC)の概要

 現在WHOは国際疾病分類(ICD),国際生活機能分類(ICF),および作成中である医療行為の分類(ICHI)を主分類とし,さらに派生分類および関連分類を加えた国際分類ファミリー(World Health Organization Family of International Classifications: WHO-FIC)を形成している(図1).

 国際分類ファミリーの目的は,異なる国や地域,あるいは異なる時点で集計されたデータの体系的な記録,分析,解釈および比較を容易にすることであり,そのための共通言語としての役割を果たしている.

赤いコートの女―女性ホームレス物語・11

アパート探し

著者: 宮下忠子

ページ範囲:P.600 - P.602

 T福祉事務所課長の寛大な許可を得て,いよいよ波さんのアパート探しをすることになった.

 波さんは相変わらずモミの木の下で野宿生活を続けている.生活保護の手続きも取られていなかった.アパートに入居することをちょっと話題にしてみても「お金がないのにできるわけがないでしょう.ねえ,そうでしょう」と,波さんは相変わらず逃避的で,この提案を受け入れようとはしない.頭上では,モミの木の葉が風に煽られ,まるで心配しているかのようにゆれている.

海外事情

政策課題としての健康の公平―第3回国際健康公平学会に参加して

著者: 松田亮三

ページ範囲:P.603 - P.605

 10年以上に長引く不況の中で,90年代後半から社会・経済格差をめぐる議論が活発化してきています1).OECD諸国の中では中程度の所得格差である日本でも,経済格差の問題はより大きくなるとともに2),健康・医療にかかわる格差も,新たな公衆衛生の課題として浮上してきています3)

 筆者は,健康の格差を主要なテーマとして国際的な学術の交流を行っている「国際健康公平学会」(International Society for Equity in Health: ISEqH)(日本語名は,筆者による仮訳)の第3回総会(2004年6月10~12日,南アフリカ共和国ダーバンにて開催)に参加しました.同総会への参加者は約200人と小規模でしたが,同総会についての情報は,日本の公衆衛生関係者にとっても重要と思われました.その理由は,アジア諸国・地域からの参加が多く見られ,2年後の総会の主催地としてソウルが検討されていること,また著名な研究者も多く参加していること,さらにWHO(世界保健機関)が創設に向けて準備を検討している「健康の公平」の委員会について,市民セクターとの公開コンサルテーションを行うなど,国際保健との関連でも重要な学会であること,などです.

基本情報

公衆衛生

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1170

印刷版ISSN 0368-5187

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