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雑誌目次

雑誌文献

公衆衛生70巻12号

2006年12月発行

雑誌目次

特集 クスリと公衆衛生

地域における薬局の新しい可能性

著者: 山本信夫

ページ範囲:P.952 - P.957

 平成18年は130年にわたる薬剤師の歴史を振り返ってみても,極めてエポックメイキングな年として薬剤師には記憶されるものと認識しています.もちろん,長い歴史の中には今日の薬剤師あるいは薬剤師が働く薬局に関して,その生死を決めるような大きな出来事もあったと思います.例えばそもそも,わが国にはなかった専門職業人(欧米ではプロフェッションと呼ばれている)である「薬剤師」をわが国に導入した,明治政府の判断も,当時の日本の状況を考えれば大英断であったと思います.また,その後の薬事法・薬剤師法といわれる薬律の中で,「薬剤師以外の調剤を原則として認めない」という仕組みを作ったこと,そして近年に目を戻すと,医薬分業を進めるために昭和49年に行われた診療報酬等の改定などが,今日の薬局・薬剤師の姿を作るために大きな役割を果たした出来事と認識されています.

 しかし,こうした過去の出来事や変化を凌駕して余りある,将来の薬剤師・薬局の社会におけるありようを,これまでとは異なる視点から眺めなくては対応できないほどの,大きな変化,あるいは改革と言っても過言でない出来事が,平成18年に起きました.つまり,①薬剤師養成教育の年限延長(薬学教育6年制)の開始,②薬局が医療提供施設として法的に位置づけられる(医療法改正),③医薬品の販売制度の改正(薬事法改正)という3つの出来事が,今後の薬剤師・薬局の進むべき方向,地域の中での薬局の役割について見直す,再確認をする絶好の機会を与えてくれたということを,まず理解しておく必要があると考えています.

地域における服薬支援

①精神障害をもつ人たちへの服薬支援―ACT-Jの実践から

著者: 西尾雅明

ページ範囲:P.944 - P.946

 精神に障害をもつ人たちのノーマライゼーションを現実のものとするために,わが国の精神保健福祉施策が入院医療中心から地域生活中心へと推進されつつあるとはいえ,今なお多くの長期入院患者と,頻回に入退院を繰り返す精神保健福祉サービス利用者を抱えている実態がある.この課題を解決するために,入院という治療形態をとらないでもサービス利用者が安心して地域で暮らし続けていくことを可能にする,支援の仕組みが整えられる必要がある.

 本稿では,地域における服薬支援という観点から,いくつかの課題を検討する.

②結核患者への服薬支援の実際

著者: 小林典子

ページ範囲:P.947 - P.949

 2000年に「21世紀型日本版DOTS戦略」(以下「日本版DOTS」)が発表されて6年が経過した.当初,DOTSによる服薬支援は大都市の一部先進的な地域や病院に限られたものであったが,2003年に「日本版DOTS」の推進体系1)が示され,各地に広がった.

 2005年9月に厚生労働省が全国の自治体を通して行ったDOTS体制の実態調査の結果,結核病床を有する医療機関の75.1%が院内DOTSを実施し,79.1%の保健所が地域DOTSを実施していた2).2006年1月の保健所長会による調査では,院内DOTS実施率は74.9%で,先の調査結果とほぼ同率であったが,地域DOTSについては42.9%の保健所が「十分できているとは言えない」と回答した3)

 本稿では,結核患者の治療完遂を共有の目的に,全国の医療機関と保健所において実施されている服薬支援の取り組みについて報告する.

③HIV陽性者と服薬―支援を通じて

著者: 生島嗣

ページ範囲:P.950 - P.951

 「HIV陽性」という結果を受け取った人たちがどのように暮らしているのかを,多くの市民は知らないでいる.いまだに致死性の高い疾病だというイメージを持っている人もいるであろう.国内で,これまでに1万人を超える人が報告され,毎年1,000人以上が新たに自分の感染に気づいている.それでもHIVを遠い存在として感じている人が大多数という現実がある.

 私はHIVに感染した人,その周囲の人々を支援するNPO「ぷれいす東京」で相談員を務めている.年間400~500人程の相談を受けているが,そのうち約200人は新規の相談者である.HIV陽性者が自分の感染に気づく機会は,東京都内では自発的に受けたHIV抗体検査が3~4割,それ以外は一般の医療機関で実施されたHIV抗体検査だ.「新しく付き合いたい相手が見つかったので,相手に陰性の結果を伝えたいと思って」と検査を受けたら陽性だった人や,「最近,階段を上がる時に息切れするので,病院で調べてもらったら肺炎を起こしかけていた」という人など,様々なきっかけがある.私たちへの相談開始も,検査結果を聞いた直後が約半分を占めている.HIVは特別な人たちが感染しているのではない.予防なしの性行為の経験があれば,誰にとっても,その可能性はゼロではないのだ.

 感染を知った後の医療の提供は,地域のエイズ拠点病院に紹介されることが多い.医療サービスは病院内で完結することが多いが,最近,院外処方を発行する拠点病院が見られており,地域で薬剤を受け取るHIV陽性者もいる.経験者に話を聞くと,問題なく薬を受け取れているという.地域の様々な医療や福祉サービスの受け入れが整い,利用するHIV陽性者が増えれば,より多くの市民にHIV陽性者が既に共に暮らしているリアリティが伝わるのではと期待する.

 この10年でHIV陽性者が向き合う不安や困難さの質が大きく変化している.そこで本稿では,相談を受ける中で筆者が感じる,服薬においてHIV陽性者に支援サービスを提供する際に理解しておくと役に立つポイントをまとめた.

視点

地域医療を担うスタッフづくりを!

著者: 永岡秀之

ページ範囲:P.918 - P.919

 2005年春,「島で子どもが産めんようになるかもしれん」とのニュースが,全国発信された.島根県隠岐保健所長として赴任するのと同時であった.その後,産婦人科医不足に関してのニュースは,都市部も含めて全国共通の課題として認識されるようになってきた.

 隠岐は日本海に浮かぶ200あまりの島からなり,そのうち4つの島に人々が生活している(図).人口は約23,700人,高齢化率33%で,過疎と高齢化が進行している.大きく島前(海士町・西ノ島町・知夫村)と島後(隠岐の島町)に別れており,受療動向,生活圏も大きく異なり,保健医療計画策定においても別々の作業部会を設けて検討している.本土からは60~70kmの距離にあり,フェリーで2時間半,高速船で1時間程度である.

特別寄稿

終末期医療における富山県の取り組み

著者: 守田万寿夫

ページ範囲:P.958 - P.962

 2006年3月,富山県射水市民病院における人工呼吸器取り外しによる延命治療の中止問題について大きく報道された.これは,射水市民病院において,2000年から2005年にかけて,末期患者に対して家族の希望や了承のもとに人工呼吸器を取り外した症例が7例判明したものである.

トピックス 禁煙治療最前線③

地域や職域での禁煙治療・支援の推進のために(下)

著者: 中村正和 ,   大島明

ページ範囲:P.963 - P.965

禁煙治療・支援の体制づくり

 1. ステップ・ケア・モデルによる体制づくり

 ここで紹介するステップ・ケア・モデル(stepped care model)は,ニコチン依存症への包括的な介入のためのモデルとして,Abramsらにより提唱されたものです16).このモデルは,図に示すように3つのステップから構成されています.

連載 21世紀の主役たち・9

ヒマラヤの子どもたち(ネパール)

著者: 関野吉晴

ページ範囲:P.917 - P.917

 ネパール西北部の北ドルポの住民は,畑で大麦,小麦,ソバを作り,ヤク,ヤギ,ヒツジを飼育している.しかし灌漑用水が足りないため,裕福な家でも畑の収穫物だけでは半年分の農作物しか得られない.それを補っているのが塩の交易だ.

 晩秋の11月中旬,チベットから運んで来た塩をヤクの背に載せる.年寄りや小さな子どもとその母親,村のほとんどのヤクが村を出る.ヤクの背に塩を載せ,およそ半月間かかる大キャラバンだ.5,000 m以上の峠を3つも越えなければならない.10歳に満たない子どもたちも同行し,水汲み,薪集めなど,能力に応じて仕事を手伝う.雪を抱いた山々を越え,標高が低くなると森が現れる.目的地は暖かい南のヒンズー教圏.そこに塩を運び,トウモロコシと交換する.その差益によって1年間食いつなぐことができるのだ.

感染症実地疫学・12

アウトブレイク:院内感染(1) VRE

著者: 上野久美

ページ範囲:P.967 - P.970

 医療機関で問題となるアウトブレイクの病原体は数多くあるが,その中でも薬剤耐性菌によるものは,医療現場という特殊な環境において,非常に重大な問題となる可能性が高い.国立感染症研究所実地疫学専門家養成コース(Field Epidemiology Training Program: FETP)では,今まで,いくつかの薬剤耐性菌による院内感染アウトブレイクの調査を経験してきた.2006年10月現在で,最も調査依頼が多かった薬剤耐性菌による院内感染事例は,バンコマイシン耐性腸球菌(vancomycin-resistant enterococci: VRE)によるものであった.

 筆者らは,2004年4月にY県に所在するN病院(223床,精神病床)において,VanB型VREが検出され,病院が行った検便検査で,合計7名のVRE陽性者が確認されたとの連絡を受けた.Y県の要請に基づき,事例の全体像の把握,感染源・感染経路・感染の危険因子の特定,事例のコントロールと再発防止に関した提言を行うことを目的に,Y県と共に実地疫学調査を行った.

精神医療ユーザーが語る・12 自分史⑤ [最終回]

病気になって得たもの

著者: ミルキーママ

ページ範囲:P.971 - P.974

本文献は都合により閲覧が許可されていません

エイズ対策を評価する・12

わが国におけるエイズ対策(中)

著者: 稲垣智一 ,   関山昌人 ,   上野泰弘 ,   川口竜助

ページ範囲:P.975 - P.979

全部で満点を取ることはできない-薬物濫用感染

稲垣 ところで,薬物濫用,静脈注射ドラッグユーザー(IDU)への対策というのは,これまであまり重視されてこなかったと思うのです.いわば,「ダメ,ゼッタイ!」路線で薬物濫用自体を封じ込めれば,その経路からの感染は生じないということで今まで何となく来てしまった,結果オーライだったように思うのです.ただ,世界では,ハームリダクションをどう行うかが論点になっています.これから何か,あらかじめ戦略的にやらなくていいのでしょうか.

関山 今までの行政の取り組みは,すべからく満点を取ろうとしているという認識があります.これは非常に大胆な発言になるかもしれませんが,国において,やはりすべてきちんとやらなければいけない.ただ,国で御旗を振っても,それを実施するのは地方自治体です.地方自治体では,係長さん1人が一生懸命抱え込んで,いろいろな仕事をやっている.今回の予防指針の方針を決めることによって,本当に現場でこの5年間きちんとできるのかどうか,ということです.このためツールを持ち,優先度をきちんと明らかにしてやっていただくため,ソーシャルマーケティングの考え方を踏まえ,MSMと青少年対策に重点化したわけです.

性のヘルスプロモーション・11

[インタビュー]「若者の心に響くメッセージ」とは

著者: 遠見才希子 ,   岩室紳也

ページ範囲:P.980 - P.984

ピアエデュケーションに興味をもって

岩室 遠見才希子さんと出会ったのは,2005年8月のAIDS文化フォーラムin横浜でしたよね.

遠見 その年の4月に大学に入り,5月に国際医学生連盟という医療系サークルで,北海道や金沢の医学生が高校生に性教育,ピアエデュケーションを行っていることを知り,画期的な取り組みに感心しました.「私もやってみたいな」と思いましたが,自分がやりたい形はまだ全然わかりませんでした.そんな中,タダで飯島愛に会えるという情報を得て(笑),友達を誘ってAIDS文化フォーラムに行きました.今まで,薬害でHIVをもらった方の講演は聴いたことがあったのですが,恋人とのセックスによって感染した北山翔子さんの講演を聴き,大きな衝撃を受けました.それは「セックスによる感染=恥ずかしくて人に言えないこと」という偏見を持っていたからかもしれません.

石川中央保健所「健康しかけ人」レポート・4

人が仕事をつくる―K保健師の目からみた石川中央保健所管内の母子保健体制整備

著者: 北野浩子 ,   川島ひろ子

ページ範囲:P.987 - P.990

 「組織は人なり」とよく言われますが,当石川中央保健所も多くの人々に支えられてきました.私(川島)は当保健所の所長になり長くなりましたが,この間多くの職員が人事異動で出入りしました.

 職員が人事異動に伴い様々な経験をし,再び戻ってきた時にそれを活かして当保健所の課題を解決してくれる事例を私は多く見ることができました.当保健所の「管内母子保健体制整備」の仕事は,まさにそのような例の1つです.

統合化を模索する国際保健医療政策・5

HIV/AIDS制圧を目指す多角的予防・ケアサポート政策

著者: 湯浅資之 ,   安田直史 ,   中原俊隆

ページ範囲:P.991 - P.994

 HIV/AIDSほど人類に多くのことをもたらした疾患は,近年稀ではなかろうか(表).HIV/AIDS流行によって,これまで社会の表に姿を現すことのなかった性産業の実態が浮き彫りにされたのを初め,薬物乱用の広がりや同性愛者などマイノリティの人々の私生活も,社会の関心の目に晒されることとなった.世界的に見ればAIDS死亡により平均寿命が低下したり,部族存続の危機に直面している地域もあれば,生産年齢にある人々の健康障害に起因する経済的損失も計り知れない.その一方で医学技術の進歩は目覚しいものがあり,世界規模でHIV/AIDSに対処しようとする国際協調の絆も深まってきた.HIV/AIDSの流行は国際保健医療政策にも様々な影響を与えてきた(表).新しい概念やアプローチが登場して対策の選択肢が増えたからである.

 このようにHIV/AIDSの流行は単一疾患のそれにとどまらず,社会的文化的課題をも包含する裾野の広い現象なのである.それゆえHIV/AIDS制圧対策も多元的である必要がある.

 本稿は,主として政策統合化の視点からHIV/AIDS制圧の課題を考察してみたい.

衛生行政キーワード・26

ICD

著者: 厚生労働省疾病傷害死因分類調査室

ページ範囲:P.995 - P.997

 「疾病,傷害及び死因統計分類」(いわゆる国際疾病分類:ICD: International Statistical Classification of Diseases and Related Health Problems)は,異なる国や地域から,異なる時点で集計された死亡や疾患のデータの体系的な記録,分析,解釈および比較を行うために設けられた分類です.

 1900(明治33)年に国際統計協会により,人口動態統計の国際死因分類として制定され,死因に関する分類として100年以上の歴史を有しています.第二次世界大戦以降は,世界保健機関(WHO: World Health Organization)が所管することとなり,世界保健憲章に基づき位置づけられています.わが国でも1900年より使用しています.

フォーラム

在宅療養者に発生したノルウェー疥癬事例―地域での疥癬蔓延の背景を考える

著者: 神谷三千緒

ページ範囲:P.998 - P.1001

 疥癬は,ヒゼンダニの感染(寄生)によって引き起こされる皮膚疾患であり,強烈な掻痒感があり,睡眠が妨げられるなど生活上の困難が大きく,著しくQOLの低下をきたす疾患である.

 従来疥癬の発生は30年周期で流行するとされていたが,近年の発生状況(1975年以降)は,通年発生の様相を呈し,周期的流行型から蔓延常時発生型に変化してきた.「疥癬は終戦直後には,皮膚科を訪れる患者の80%を占める高頻度の病気であった.1975年頃から再度増加し,以後一般の人々の間ではやや減少の傾向が認められるものの,一方で特に老人病院や養護施設における集団発生が問題になっている」1).このような状況の中で高齢者施設等では,感染症対策の重点に疥癬を置いている.しかし,国の感染症法の対象疾患ではなく,発生状況を把握するためには,個別の調査が必要となる.2001年には全国老人保健施設協会が全国調査を実施,2004年には牧上らによって疥癬発生に関する全国調査が行われた.それによると「疥癬の発生は依然として続いている」2)と報告されている.1975年から今日まで,疥癬の発生が続いているということである.

 このことから,筆者が訪問介護事業所の立場(市社会福祉協議会本部所属で健康管理・ヘルパー指導)で経験したノルウェー疥癬(角化型疥癬)事例は,公衆衛生(地域保健)上の今日的課題であると考え,報告することとした.

基本情報

公衆衛生

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1170

印刷版ISSN 0368-5187

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