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雑誌目次

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公衆衛生70巻2号

2006年02月発行

雑誌目次

特集 「健康格差社会」とセーフティネット

「健康格差社会」と公衆衛生の役割―社会的排除とセーフティネット

著者: 近藤克則

ページ範囲:P.88 - P.90

日本人の平均寿命は世界一,平均的な国民の健康度は著しく上がった.しかし,社会の上位層と底辺層の間には,無視できない健康格差がある.例えば,低所得層と高所得層との間には,うつや要介護状態の割合などで,実に5倍という「健康格差社会」1)になっている.平均では改善していても,本特集で取り上げられるホームレス,失業者をはじめ,AIDSや結核が集積する外国人・低所得高齢者など,社会の隅に追いやられている人々の中に不健康が集積しているのである.

 これらの問題への個別対応はもちろん大切だが,それだけで解決する性質の問題なのであろうか?

ホームレス生活者に対する健康支援

著者: 黒田研二

ページ範囲:P.92 - P.95

2002(平成14)年8月に施行された「ホームレスの自立の支援等に関する特別措置法」に基づき,2003年1~2月にホームレスに対する全国規模の実態調査1)が行われた.調査では都市公園,河川,道路,駅舎その他の施設を起居の場所として日常生活を営んでいるホームレス者の人数を把握すると同時に,約2,000人を対象に面接による生活実態調査が実施された.その結果,ホームレスの平均年齢は55.9歳,50歳以上64歳以下の年齢層が2/3を占めていた.生活している場所が定まっている者が84.1%で,生活場所としては,「公園」が48.9%,「河川敷」が17.5%.直近のホームレスになってからの期間は,「1年未満」が30.7%,「1年以上3年未満」が25.6%,「3年以上5年未満」が19.7%.5年未満の者を合計すると,全体で76.0%であった.

 現在の身体の具合を尋ねた結果,具合の悪いところがあると回答した者は47.4%で,そのうち,何も対応していない者が68.4%であった.訴えの中では「腰痛」(23.6%)が最も多く,疾患としては「高血圧」(12.0%)が最も多かった.身体不調を訴える者は5割弱,そのうち治療を受けていない者は7割弱という数字は,ホームレス者に対する保健・医療の確保の必要性を強く示している.ホームレスに陥った理由に「病気・けが・高齢で仕事ができなくなった」を挙げる人が2割弱あり,健康状態の悪化は,ホームレスという状態に陥る要因のひとつとなっている.

公衆衛生の及びにくい人々の結核対策―都市結核研究班からの発信

著者: 石川信克

ページ範囲:P.96 - P.100

結核はしぶとく社会の中で生き残る感染症であり,結核の発生がかなり減ったいかなる先進国でも,制圧に至っていない.その要因は,慢性感染症であり,社会病であるという結核の特性による.すなわち,①空気感染をするために感染性患者が1人でも発症すれば,周囲に感染を起こす,②一度結核菌に感染すると一生発病のリスクがある,③発症しても症状は緩慢に進行することが多く,診断が遅れる可能性があり,治療も6か月以上を要するためその管理が必要で,不規則・不完全な治療は薬剤耐性を起こしやすい,④上記に対し,効果的な結核対策を継続的に実施すれば,その地域全体から結核を減らすことができ,次第に医学的・社会的リスクグループに偏在するようになる.

 特に一般保健サービスが及びにくい社会的弱者や特定集団の中では,流行が存続しやすい.それらに対する特異的対策が不十分であると,そこが火種となって社会全体に波及する.これらは,1980年代の米国で見られたように,罹患率が10(十万対)以下になった多くの低まん延国で結核の再興が起こっている要因であり,いかなる国も対策を相当期間継続し続けねばならないことが,世界的に経験されてきた.

増え続けるHIV感染症とその対策―臨床現場の現状から

著者: 白阪琢磨

ページ範囲:P.101 - P.105

世界の多くの国々でエイズ(Acquired Immunodeficiency Syndrome:AIDS,後天性免疫不全症候群)は「感染症」としての対策がとられてきた.1981年にアメリカで報告されたエイズは,1983年に病原体としてHIV(Human Immunodeficiency Virus)が分離同定され,HIV感染症と呼ばれるようになった.HIVは宿主の免疫機能を進行性に障害し,その結果,免疫不全に陥り,定められた23の指標疾患の1つ以上が出現すると「エイズ」と診断される.エイズはHIV感染症の進んだ病期である.感染経路は大きく血液媒介,性行為,母子感染である.いずれも人間の行動に深くかかわっている.

 わが国のエイズ対策については,HIV混入血液製剤によるHIV感染被害,いわゆる薬害HIV訴訟と和解に基づき,国が施策を実施してきた経緯がある.しかし,現在増えているのは性感染症としてのエイズであり,薬害ではない.では,新たなエイズ対策を性感染症対策の一環として考えればいいのであろうか?

ドイツにおける一般対策の及びにくい人々に対する保健所活動

著者: 高鳥毛敏雄 ,   新山陽子

ページ範囲:P.106 - P.109

わが国の保健所は,かつては国民に対する,母子保健,結核予防,環境衛生などの公衆衛生活動の拠点であった.しかし近年,地方自治組織の発展とともに,地方自治体の組織の色彩が強くなってきている.このため不特定多数に対する公衆衛生活動の展開が難しくなってきているように思われる.

 わが国の大都市は,これまで国内の地方からの人口を吸収して大きくなってきた.今後も,欧米の都市のように外国人移民が多くなるとは思いにくいが,大都市には流動性の高い人々が多く,これに対応した公衆衛生活動の必要性が高まっていくものと思われる.

失業の健康影響と失業者の保健対策の課題

著者: 石竹達也

ページ範囲:P.110 - P.114

長引く不況によりわが国の完全失業率が急増し,ピーク時の2002年には失業者も350万人(完全失業率5.4%)を超え,失業はわれわれにとって特別なものではなくなった.今年9月の完全失業率(労働力調査速報値)は4.2%と改善してきてはいるが,若年者では10%と依然高く,中高年者では1年以上長期失業が40%を超すなど,再就職が厳しい状況にある1)

 失業問題は雇用促進という経済的側面だけでなく,会社の倒産や解雇に伴う中高年の自殺者の増加も指摘されるなど,重大な社会問題となってきている.労働力確保の観点から失業者は貴重な「就労待機者」であり,失業中の健康管理や疾病管理が適切に実施されれば,よりスムーズな再就職が期待される(図).しかし,現行の産業保健システムでは,原則的に就業者を対象としており,失業者は定期健康診断などの保健サービスを享受できない状況にある.

[インタビュー]「健康格差社会」におけるセーフティネット―現状と将来

著者: 橘木俊詔 ,   高鳥毛敏雄

ページ範囲:P.115 - P.119

高鳥毛 わが国の公衆衛生の発展は,背景として衛生行政の政策が成功してきたことと,経済発展により生活水準が改善して自然と健康問題が解決されたという2つの側面が考えられます.つまり公衆衛生事情は,経済状況と密接な関係にあります.

 そして最近は「公」の役割が小さく,社会の中の様々な問題を個々で対応するという流れになってきました.

視点

「安全・安心なまちづくり」のために公衆衛生関係者ができること―セーフティプロモーションのすすめ

著者: 反町吉秀

ページ範囲:P.82 - P.83

昨今の日本社会においては,かつては当たり前のように思われていた社会における日々の安全・安心が,怪しくなっていることを感じている人は少なくないと思う.そんな中,私たち公衆衛生関係者が,安全・安心づくりのためにできることについて,尾身茂先生(WHO西太平洋地域事務局長)が,第62回日本公衆衛生学会(2003年,京都)で語ってくださった貴重なご講演1)を材料に,考えてみたい.

諸問題の根源としての関係性の喪失と関係性の回復の必要性

 尾身先生のご指摘は,おおよそ以下の通りであった.日本社会の抱える大きな問題は,教育の荒廃,犯罪の増加,自殺の増加の3つである.そして,それらの現象の根本に共通してあるのが,社会の閉塞感であり,さらにその背景にあるのは,家庭,地域,職場における関係性の喪失である.したがって,それらの問題の根本的な解決には,各場面における関係性の回復が不可欠である.関係性回復の鍵となるのは,①住民参加,②創造的を可能にする開放性,③個と公の調和,を持つ新しいコミュニティの創造である1,2)

特別寄稿

アスベストにおける一般環境被害とリスクコミュニケーション―保育園児のアスベスト曝露事例を通して

著者: 宮川雅充 ,   内山巌雄

ページ範囲:P.120 - P.123

2005年6月末に,クボタが自社内のアスベストによる労働災害の現状を公表するとともに,周辺住民の健康被害に対して見舞金を支払うことを表明して以来,アスベストによる一般環境の健康被害に対する不安が急激に広がった.

 アスベストによる健康被害については,今後さらに注目されることになると考えられる.その理由は,主に以下の2点である.

トピックス 水俣病認定申請者調査①

なぜ今,大量の水俣病認定申請者なのか?

著者: 成元哲 ,   牛島佳代 ,   川北稔 ,   丸山定巳 ,   「不知火海研究プロジェクト」

ページ範囲:P.124 - P.127

公式発見50年目の水俣病の現在(表)

 水俣病の「公式発見」から50年目を迎えようとしている現在,なぜ水俣病認定申請者が大量に出現しているだろうか? 周知のように,2004年10月の水俣病関西訴訟の最高裁判決が,1995年の政府解決策で「終わった」とされた水俣病問題に,新たな始まりを告げている.最高裁判決以降,熊本・鹿児島の両県で公害健康被害補償法に基づく水俣病認定申請者は,2005年11月末の時点で3,300人を超えており,この認定申請者のうち500人を超える人が,国や熊本県,加害企業のチッソを相手に損害賠償請求訴訟を起こしている.単年度の認定申請者数では,これまでの記録を更新する一方,「最終解決」をうたった政府解決策から10年が過ぎて,再び闘争の季節が到来している.何がこうした大量の水俣病認定申請のうねりを生み出しているのか? また,全体として認定申請者がどのような状況におかれているのか?

 本稿の目的は,2005年4月末~6月初めにかけて行われた質問紙を用いた面接調査の結果から,こうした疑問に答えることにある.認定申請者個々人の状況に関しては,これまで新聞やテレビなどで報道されているが,全体として申請者がどのような健康状態であるのか,また日常生活において,いかなる障害を抱えているのかは明らかにされていない.そこで本稿では,申請者が今回どのような経緯で申請に至ったのか,そして現在どのような要望を持っているのかを含めて,申請者全体の生活実態を明らかにしようとするものである.

連載 Health for All―尾身茂WHOをゆく・22

「医療の質・安全」を考える

著者: 尾身茂

ページ範囲:P.84 - P.85

昨年11月25日に東京で開催された「医療の質・安全に関する学会」の設立記念会議でお祝いの講演を行ったが,この「医療の質・安全」については,WHOとしての立場はもとより,個人としても大変興味のあるテーマであった.今回はこの講演の内容について話そう.

 医療事故の現状を見ると,世界の研究結果では,急性期病院入院時における有害事象の発生頻度として,表のように報告されており,アメリカの報告を除けば,概ね10%前後で推移している.急性期病院に入院した10人に概ね1人の患者が有害事象を経験しているとすれば,驚くべき事実に違いないが,こうした研究結果が発表された際には,それほど世間の関心を呼ばなかった.

公衆衛生ドキュメント―「生きる」とは何か・23

―水俣病から50年⑤―漁師の頭領「網元」,10年の闘病

著者: 桑原史成

ページ範囲:P.86 - P.86

息子の漁師が水俣病に見舞われ,1960(昭和35)年に水俣市立病院で他界した.その死の直後に父の網元も水俣病に冒されて,息子が入院していた同じ病室の同じベッドに横たわっていた.

 掲載の写真は10年後の1970年に撮影したものだが,硬直した手は水俣病の症状を象徴するかのように,より変形していた.老いた網元は回復することなく,息子の後を追うことになった.この病室のモルタルの壁には,息子が死の直前に苦しみもがいた断未魔の傷跡が,その後も残っていた.

感染症実地疫学・2

国際的な感染症対策ネットワーク

著者: 谷口清州

ページ範囲:P.128 - P.131

2002年から2003年にかけて,世界の様々な地域に伝播したSARSや,それに引き続いて発生し未だ続いているアジア各地におけるトリインフルエンザウイルスによる家禽でのアウトブレイクと,それに引き続くヒトへの感染,あるいはこのような世界的脅威とまではいかないものの,各地でエボラ出血熱やニパウイルス脳炎などの新興感染症をはじめ,コレラ,デング熱,マラリア,メリオイドーシスなどのアウトブレイクが起こっている.多地域にわたるアウトブレイクや国際的な伝播が起こっている感染症アウトブレイクでは,国際的な連携・協力が必要となるが,限局した地域に起こっているものであっても,途上国など当該国の力だけで鎮圧することが難しい例や,放置すればその国での被害が拡大し,あるいは他の地域へも波及してしまう恐れのあるものなどについても,やはり国際的な対応が必要となる.

 本稿では,時に政治的な問題も存在する国際的な感染症アウトブレイクへの対応について,現在唯一の世界的な枠組みとして機能している,GOARN(global outbreak alert and response network)について,その設立の経緯やメカニズム,そして現在の運営状況などについて記述する.

精神医療ユーザーが語る・2 精神障害者が精神障害者に日本で初めて行ったアンケート結果から②

調査を行って考えたこと―これからの展開

著者: 坂口啓明

ページ範囲:P.132 - P.135

本文献は都合により閲覧が許可されていません

エイズ対策を評価する・2

疫学的現状と将来予測(下)

著者: 岩室紳也 ,   永井正規 ,   鎌倉光宏 ,   稲垣智一 ,   上野泰弘

ページ範囲:P.136 - P.143

異性間の患者数は,本当はもっと少ない?

永井 異性間の患者については,僕は現在,過大評価ではないかという印象を持っているんです.

岩室(司会) それはどういうことですか.

永井 いわゆる届出患者で,本当は感染経路は同性間なのに,異性間として届けているケースがかなりあるのではないか,と.つまり異性間は「危ないぞ,危ないぞ」とキャンペーンされているほど,危なくないのではないか.もちろん,エイズは女性から男性にうつすことがあるというのは事実です.しかし女性から男性にうつされている数は,もうちょっと少ないのではないかと思うのです.

性のヘルスプロモーション・6

[インタビュー]ヤンキー先生が語る「若者の性」

著者: 義家弘介 ,   岩室紳也

ページ範囲:P.144 - P.149

岩室 子どもたちの性の問題は,性を一つの表現形としつつも,実は背景に心や家族の問題などがあることも少なくありません.「ヤンキー先生」と呼ばれ,子どもたちに寄り添っている義家さんは,現代の若者たちの性をどう見ていらっしゃるのでしょうか.

倫理感の教育で終わらない

義家 子どもたちが言いようのない「寂しさ」を抱えていると,僕は感じます.関係づくりの面で非常に未熟で,それゆえの寂しさを感じている.だから表面的にメールではつながるけれども,現実には満たされない.本音を語れる大人も仲間もいない.

衛生行政キーワード・16

病原体等の適正な管理を含めた総合的な感染症対策

著者: 前田光哉

ページ範囲:P.150 - P.152

国際組織犯罪等・国際テロ対策推進本部による検討

 平成13年9月11日の米国同時多発テロをはじめ,多数の人間を殺傷する大量殺りく型テロが世界各地で発生しており,今後,国内において,国際テロ組織によるテロが敢行される可能性は否定できない.そのような中,政府の国際組織犯罪等・国際テロ対策推進本部は,平成16年12月10日,「テロの未然防止に関する行動計画」をとりまとめた.

 同計画において,ウイルスや細菌を用いる生物テロに関し,以下のような記載がなされている.

第3 今後速やかに講ずべきテロの未然防止対策

 3 テロに使用されるおそれのある物質の管理の強化

 ⑧生物テロに使用されるおそれのある病原性微生物等の管理体制の確立(抄)

赤いコートの女―女性ホームレス物語・18

乳児園の子どもたち

著者: 宮下忠子

ページ範囲:P.153 - P.155

乳児園を訪ねる

 波さんの赤ちゃんのように,親が養育できない子どもたちは,どのように育てられているのだろうか.その現状を知りたかった.

 私の元の職場である東京都城北福祉センターで上司だった浜口氏を訪ねた.

 浜口氏との出会いは,もう二十数年前になる.東京都の出先の職場は,法外援護を主とする相談業務を行っていた.相談に訪れる人は,ほとんどが窮乏を訴える日雇い労働者たちであった.相談者が1日300人を超す日はざらで,浜口氏はその激務の職場で“仏の係長”と言われた人である.東京都庁を定年退職後,現在乳児院の院長として活躍されている.住宅街の一角にある,その施設を訪ねた.

報告

茨城県潮来市における健康づくり推進事業の有効性―運動実践状況別にみた運動プログラムの効果に着目して

著者: 中垣内真樹 ,   浅見尚子 ,   和田実千 ,   田中喜代次 ,   久保幸江

ページ範囲:P.156 - P.159

健康づくり推進事業における運動プログラムの効果に関する研究では,健康関連指標や体力の改善を中心に検討したものがほとんどである.運動を中心とした日常生活の行動変容やそれに伴う体力の改善については,あまり検討されていない.運動プログラムの提供が日常生活の行動変容,特に身体活動の変化やそれに伴う体力の改善に及ぼす効果を検討することは,身体活動・運動に対する個人の意識や態度の向上を目標とした「健康日本21」を促進する意味からも重要である.

 島岡ら1)は,肥満度の異なる者に対してウォーキングを中心とした同一の運動プログラムを提供したところ,肥満度によって得られる効果が異なることを報告している.肥満度など,身体的特徴の違いに限らず,運動実践状況(身体活動)の違いによっても得られる効果の異なることが予想できる.運動実践状況の異なる多数の者(集団)に対して実施した一斉指導の効果を,運動実践状況別で検討した報告は少ない.運動プログラムの効果を運動実践状況別に検討することは,自治体が開催する運動教室(多数の者に対する一斉指導)のあり方を考える上で意義があると思われる.

基本情報

公衆衛生

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1170

印刷版ISSN 0368-5187

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