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雑誌目次

雑誌文献

公衆衛生70巻6号

2006年06月発行

雑誌目次

特集 越境!公衆衛生

公共政策学としての公衆衛生学―専門職大学院における教育の試み

著者: 坪野吉孝

ページ範囲:P.424 - P.427

 公衆衛生学には,科学としての側面と,政策学としての側面がある.保健医療を専攻する学生を対象に公衆衛生学の教育を行う際には,筆者も科学としての疫学の教育には力を入れてきたつもりだし,保健福祉分野の行政制度の解説もしてきた.

 けれども振り返ってみると,今日の日本社会が直面している実際の政策課題を取り上げ,学生に現状と課題を理解させながら,問題解決のため具体的な政策提言を行わせるような教育は行ってこなかった.つまり,公衆衛生学のもっぱら科学としての側面を教えることに留まり,政策学としての側面を重視して実際的な訓練を行うことは不十分だったように思う.より良い教育のためには,個別の手法や事実の解説に留まらず,具体的な問題解決のプロセスを(擬似的に)当事者として経験してみることが必要だろう.そうした教育はまた,保健医療を専攻する学生に留まらず,広く政策や行政の専門家を志す学生にとっても,貴重な経験となるはずだ.

 平成17年度に筆者は,東北大学公共政策大学院の教育プログラムである「公共政策ワークショップ」の一環として,法学部など社会科学系の学部出身者を中心とする修士課程1年の学生を対象に,保健福祉分野の具体的な問題を取り上げ,政策提言を行わせる教育を試みた.以下,その概略を紹介する.

イギリスにおける公衆衛生体制の再構築―わが国が学ぶべきこと

著者: 武村真治

ページ範囲:P.428 - P.431

 イギリスは公衆衛生の発祥の地であり,世界で最初に公衆衛生体制が確立した国である.しかしその発展の経緯は紆余曲折であり,社会情勢などの変化に対応するために絶えず制度改革を繰り返してきた.そして現在もなお,公衆衛生体制の再構築が進行中である.

 本稿では,イギリスの公衆衛生体制の現状を,その歴史的な経緯を踏まえた上で概観するとともに,わが国の公衆衛生体制の再構築を検討する上で,イギリスの経験から学ぶべきことについて考察する.

 なおイギリス(連合王国)は,イングランド,ウェールズ,スコットランド,北アイルランドの4つの国に分かれているが,以下では,人口の8割以上が居住するイングランドの状況を報告する.

社会問題を解決する社会技術とは何か

著者: 堀井秀之

ページ範囲:P.432 - P.436

人々が求める安全安心

 近年,安全安心が様々な分野で流行っている.“安全”ではなく,“安全安心”が強く求められているということは,一体何を意味しているのであろうか.これは単なる流行なのであろうか,それとも本質的な流れなのであろうか.

 マズローの有名な欲求階層説では,人々の持っている欲求は階層的に5段階に分けられる.すなわち,「生存のための生理的欲求」「安全欲求」「帰属意識・愛情の欲求」「尊敬されたいという欲求」,「自己実現の欲求」という階層で,低次元の欲求が満たされてはじめて,高次元の欲求へと移行するとされている.その中で「安全の欲求」は下から2番目という,かなり基本的なところに位置づけられた欲求になっている.安全欲求の内容は,苦痛とか恐怖,不安,危険を避けて,安定・依存を求める欲求であり,言葉としては安全を使っているが,これはわれわれがふだん安心という言葉で表わしていることにかなり近い.安心を達成するということは,人々の欲求の中ではかなり基本的なことだということがわかる.

地球環境保護政策の現状―気候保全に向けた国際協調

著者: 亀山康子

ページ範囲:P.437 - P.440

 気候変動(地球温暖化)問題は,すべての国が協調して取り組まなければ解決できない問題である.しかし,気候変動の主要な原因である二酸化炭素(CO2)排出がエネルギー消費や産業活動と深くかかわることから,協調がなかなか進んでいないのが現状である.

 本稿では,気候変動問題の概要を紹介し,同問題への今までの取り組みの経緯を概説する.また,とりわけ人類のリスクへの対処方法という観点から本問題を議論し,今後の国際協調の進展について考察する.

NASVAが実施する交通事故被害者減少対策の現状と課題

著者: 金澤悟

ページ範囲:P.441 - P.445

概説

 自動車事故の防止は,国民の多くが実現を望んでいる重要な政策の1つですが,自動車の運転に携わる人,その通行する道路,そして運転する自動車と,いわゆる「ひと・みち・くるま」の三要素に関係した様々な組織・団体が,相互に連携して総合的に取り組まないと成果が挙がりにくい,大変幅も広く難しい政策課題です.

 多くの国民が撲滅したいと願っている自動車事故の最近の状況を見ると,図1のとおり,平成4年の11,451人を境に減少に転じた死者数(24時間以内)は,その後も着実に減少しており,平成17年には49年ぶりに7,000人を下回って6,871人となりました.しかし,他方で事故発生件数は,負傷者数とともに昭和53年以降一貫して増加傾向にあり,平成17年に久しぶりに若干減少したものの,なお高い水準にある他,重度の後遺障害を受けた被害者数も,基調としてはなお増加傾向にあるなど,依然として憂慮すべき情勢にあります.

事前対応型の感染症対策の現状と将来

著者: 三宅智

ページ範囲:P.446 - P.450

 SARS(重症急性呼吸器症候群)に続き,鳥インフルエンザH5N1型がヒト-ヒト感染を起こす新型インフルエンザへ変異する可能性に対して危機感が高まっている.抗生物質やワクチン,衛生対策の向上などにより,先進国では感染症の脅威はもはや過去のもののように感じられた時期もあった.しかし,様々な新興・再興感染症の出現やバイオテロの可能性は,人類と病原体との闘いが一筋縄ではいかないものであり,様々な分野,組織が協力して取り組むべき課題であると,再びわれわれに投げかけてきている.

感染症対策の歴史

 感染症は,発展途上国を含めた地球規模で見て,結核,マラリア,エイズ,腸管感染症など,現在も人類にとって最大の健康に対する脅威となっている.先進国においても中世から近世に至るまで,健康に対する最大の脅威は感染症であった.世界で最も高いレベルの平均寿命,健康寿命を誇るわが国でも,50~60年前の戦後間もない時期においては,終戦後1年目で天然痘患者が1万7千人以上発生し,南方や大陸からの帰国者も含めると,コレラによる死者が1万1千人,戦前においては1年間に4~5万人の腸チフス患者が発生し,6千から1万2千人が死亡したとのことである1)

制度改革と今後の公衆衛生活動の方向性について

著者: 田上豊資

ページ範囲:P.451 - P.454

 「制度の持続可能性」の旗印の下に,社会保障制度が構造的な大転換期を迎えている.その中にあって,公衆衛生活動は,ますます混迷の度を増しているように思われる.「公衆衛生の役割が見えない」といった声とともに,「これからの公衆衛生は,健康危機管理で生き残ればよい」といった矮小化された議論さえ出てきている.ヘルスプロテクションや健康危機管理といった役割は当然として,こうした公衆衛生のアイデンティティの危機について考察するとともに,今後の公衆衛生活動のあるべき方向性についての私見を述べてみたい.

視点

志(こころざし)

著者: 中俣和幸

ページ範囲:P.418 - P.419

文部科学省唱歌「故郷」を聞いて

 先日,とある町の「市町村合併に伴う閉町式典」に参列した時のことです.会も終盤にさしかかった時に,参列者一同で「故郷(ふるさと)」を唱いました.この歌の3番に「こころざしを果たして いつの日にか帰らん(後略)」という歌詞があります.

 現町名が消えることへの寂しさも漂っていた記念式典でしたが,ふと「自分自身の志とは,何であったろうか?」と振り返る機会になりました.

 読者の皆さんは,「志」をお持ちですか?

特別寄稿

介護予防を考える―8020から

著者: 鈴木俊夫

ページ範囲:P.456 - P.457

 介護保険制度が,平成12年度から施行されています.平成18年度には大幅な見直しがなされ,新たに予防給付が,介護給付から独立しました.

 予防給付の対象者は,要支援と要介護1の約60%と推定されています.

 また通所系で,予防給付と介護給付に,個別機能訓練体制,運動器機能向上体制,栄養マネジメント体制,口腔機能向上体制の,4種類の加算体制が新たに整備されました.

 歯科領域で見れば,口腔機能向上が導入されたことは喜ばしいことですが,月2回3か月,1回100単位(1,000円相当)で,アセスメント,モニタリング,報告書(予防給付では,包括支援センターへ提出)作成など,煩雑さがつきまとい,また,包括支援センターで該当のケアプランが作成され,かつ,本人の同意が得られないと実施できません.したがって実際には,歯科衛生士が雇用されて実施するには,かなり難しいのではないかと思われます.あくまでも推測の域を出ませんが,通所系の20%程度しか,体制加算を申請するところがないのではないかと思われます.

保健所の危機管理活動の課題―台風14号の経験から

著者: 葛西健 ,   林チヱ子 ,   相馬宏敏 ,   藤本洋子

ページ範囲:P.458 - P.460

 宮崎県は,平成17年9月4日から6日にかけて,大型で非常に勢力の強い台風14号による集中豪雨に見舞われた.全壊家屋1,152棟,半壊家屋3,333棟,床上浸水1,461戸という未曾有の大災害となり,ピーク時には避難勧告が1万5,491世帯3万9,731人に,避難指示が5万480世帯12万3人に出され,県庁全体で危機管理体制が敷かれた.危機管理は,事前の準備-危機対応-リカバリーのサイクルで構成される.上原らは災害保健管理においても同様の「改善のサイクル」を提唱し1),災害経験の共有の重要性を指摘する.今回の台風災害における福祉保健部の対応について,本庁保健担当部局および保健所の視点で行った検証結果について報告したい.

台風14号と危機管理の本質

 台風14号の勢力は非常に強く大型だったため,早くから雨が降り始め,またスピードが遅く強い勢力を保ったままゆっくり移動した.さらにそのコースは,宮崎県内に多量の雨が降りやすい九州西側を進んだ.その結果,県内27箇所に設置されているアメダス観測所のうち,16の観測所でこれまでの記録を大幅に塗り替える雨量が記録され,専門家の推計では,台風14号が直撃した3日間の雨量は,1年間の総雨量の3割に相当する量2)であり,そのほとんどが川に流れ込んだ.

連載 21世紀の主役たち・3

ゴビのラクダと子どもたち(モンゴル・ゴビ)

著者: 関野吉晴

ページ範囲:P.417 - P.417

 モンゴルのゴビをフタコブラクダに揺られながら旅をしているとき,年に一度ラクダレースが行われる村を通った.ウマのレースと同じように,ラクダレースに勝つことは家の名誉になる.だから親たちも熱が入る.ラクダを子ども自身で選ぶこともあるが,親が選ぶことも多い.

 ラクダを速く走らせるために,レースまでの10日間絶食にする.ラクダは腹が満たされていると走らないのだ.1時間目の授業が終わると,子どもたちがラクダに走った.寄宿舎にいる子以外はほとんどラクダで通学してきている.およそ30頭のラクダに子どもたちが騎乗して移動すると壮観だ.今日の距離は3km,10分ほどで駆け抜けるだろうという.子どもたちは下見がてら,スタート地点に向かってラクダを歩かす.大人たちもゴール地点に集まってきた.日本で言えば運動会のようなものだ.子どもたちの活躍ぶりを,他の親たちと一緒ににぎやかに見守る.スタート地点には校長が案内する.

Health for All―尾身茂WHOをゆく・25

フィラリアの話と,国際分野で働く日本人女性の活躍

著者: 尾身茂

ページ範囲:P.420 - P.421

 読者の皆さんは,“フィラリア”という感染症をご存知だろうか.今回はこの寄生虫病の話と,一見何の脈絡もない国際分野で働く日本人女性についての私見を述べよう.

 フィラリアは蚊が媒介する寄生虫症で,リンパ管炎や発熱などの医学的所見はもとより,象皮病や陰囊水腫などの障害を残し,その病気に罹患した人は社会的差別や偏見を受けてきた(写真1,2).かつては日本でもフィラリア症は広く分布していたことがあり,平安時代の絵巻物には,足の太い宮廷の女性が描かれており,また,江戸時代に描かれた浮世絵にも,大きな陰囊を担いで歩く人の姿が残っている(写真3,4).当時の日本ではまれな病気ではなかったようだ.しかし1960~1970年代にかけて,日本各地で展開されたフィラリア根絶事業により,日本では“過去の病気”となっている.

感染症実地疫学・6

世界の実地疫学専門家養成コース(FETP)

著者: 中島一敏

ページ範囲:P.462 - P.466

 1996年,西日本を中心に発生した腸管出血性大腸菌O157アウトブレイクが1つのきっかけとなって,1999年に日本の実地疫学専門家養成コース(Field Epidemiology Training Program: FETP)が誕生したように,世界中の多くの国や地域で,各々の背景によってFETPが誕生,運営されている.世界中のFETPのネットワークであるTEPHINET(Training Programs in Epidemiology and Public Health Interventions NETwork)には,2006年3月現在32の国や地域で,FETPもしくは同等のプログラム(以下,FETP等)が参加している.各FETPは,すべて2年間のon-the-job trainingであり,実際の感染症集団発生事例の現地疫学調査の実施等を通してトレーニングを行っている.日本以外のプログラムは,研修生に対し給与が支給され,公衆衛生上の疫学サービスの提供が求められている.各々の研修員や修了生の多くは,担当地域の感染症サーベイランス業務やアウトブレイク調査などに従事しているが,必要な場合には,国際的な連携のもとで,国境を越えた疫学調査にあたることも少なくない.

SARSなどの集団発生疫学調査における世界のFETP等修了生の役割

 SARS(重症急性呼吸器症候群)は2003年突然現れ,世界中を巻き込んだ後,多くの関係者の多岐にわたる献身的な努力の末封じ込められた(現在のところ再流行は起こっていない).ベトナムの原因不明呼吸器感染症の院内発生で初めて認識されたSARSは,当初,以下のような特徴を備えていた.突然の出現,原因不明(あらゆる病原体検索も陰性),有効な治療法なし(様々な抗菌薬・抗ウイルス薬投与に反応しない),医療従事者の発病,重症化・死亡者の発生,複数国でのほぼ同時期の発生,などである.国際的な緊急支援が必要と判断した世界保健機関(WHO)西太平洋地域事務局(WPRO)では,GOARN(Global Outbreak Alert and Response Network:世界的な集団発生事例に対する警戒と対応のためのネットワーク)を通じ,参加国やパートナー組織に要請し,緊急支援チームを組織した(GOARNとは,国際的な集団発生支援を行うグローバルなネットワークで,2000年に設立された.ジュネーブのWHO本部内に事務局を持ち,世界各国の様々な分野の組織が参加している).主な支援分野は,臨床マネジメント,感染予防(臨床分野),病原体検索支援(ラボ分野),疫学調査支援(疫学分野)であった.

精神医療ユーザーが語る・6 精神障害者が精神障害者に日本で初めて行ったアンケート結果から⑥

当事者の結婚,子育て

著者: ミルキーママ

ページ範囲:P.467 - P.469

本文献は都合により閲覧が許可されていません

エイズ対策を評価する・6

MSMにおける感染予防(下)

著者: 稲垣智一 ,   市川誠一 ,   長谷川博史 ,   岩室紳也 ,   上野泰弘

ページ範囲:P.470 - P.474

(前号より続く)

感染拡大が顕著な年代は

稲垣 東京都のMSM(Men who have Sex with Men)の感染データを年齢ではなく年代で分析すると,団塊ジュニアと思われる32~33歳くらいから40歳の手前の世代で,この10年間で感染が広がったんです.

上野 はじめに現状をみると,平成17年の東京都の感染者患者報告数は,417件で過去最高でした.その推定感染経路をみると,281件,全体の約2/3が同性間性的接触(以下,同性間)でした(図1).またその年齢構成をみると,20歳代と30歳代で約80%でした(図2).

性のヘルスプロモーション・8

[インタビュー]性同一性障害

著者: 中村美亜 ,   岩室紳也

ページ範囲:P.477 - P.482

性同一性障害とは

岩室 私と中村美亜さんの出会いは,偶然,かつタイムリーでした.ちょうど私が性同一性障害の相談を受け,個人的な疑問として「性同一性障害の診断が正しくされない方もいらっしゃるのではないか.人によってはこの診断を言い訳にしていないだろうか」ということが引っかかっていた頃,昨年12月の熊本でのエイズ学会で,「ぷれいす東京」の方々の懇親会に合流してそこにたまたま中村さんがいらっしゃった.そこで「中村さんはこの私の疑問に関してどうお考えですか」と.

中村 最近,性同一性障害が認められ,多くの人たちが知るようになったのはとてもいいことだと思うのですが,その反面,すべて「性同一性障害」という言葉で片付けてしまえば事が済んでしまうかのような誤解が増えています.自分の性別に対する違和感,男だけど女の格好をしたい,女らしいほうが好きだとか,あるいは逆の場合などがあると,すぐに性同一性障害かそうじゃないかという短絡的な思考で,医師のところに行って診断してもらおうとする.診断してもらい,そして診断に沿って進んでいけばいいという風潮はちょっと誤りだなと私も感じています.どれだけ優秀な先生でも,客観的に診断することは非常に困難なのです.検査をしてわかるという問題ではなく,本人から話を聞いて,判断していくしかない.究極的には,自分の性別違和感が非常に強くなったために,社会生活を送る上で様々な支障に遭遇するようになり,そのため精神的に障害が生じた時に初めて,「性同一性障害」ということになるのであり,それは,自分でしかわからないんだと思います.

衛生行政キーワード・20

第3期科学技術基本計画

著者: 前田光哉

ページ範囲:P.484 - P.485

 科学技術基本計画とは,科学技術の振興に関する施策の総合的かつ計画的な推進を図るため,科学技術の振興に関する基本的な計画であり,科学技術基本法に基づき,政府が策定する計画である.

 具体的には,総合科学技術会議が5年ごとに計画を作成し,閣議決定されるもので,第1期基本計画(平成8~12年度),第2期基本計画(平成13~17年度)に続く,第3期基本計画(平成18~22年度)が3月28日に閣議決定されたので,その概要を紹介する.

赤いコートの女―女性ホームレス物語・22

失敗を受け止めて

著者: 宮下忠子

ページ範囲:P.486 - P.488

 寒くなったので,長野の義父を保健施設に預けた.大きな農家の屋内が静まり返る.畑に出て,ぶどうの収穫後の草取りと,収穫のお礼の肥料を施して,来年の実りを祈る.ナメコを収穫してナメコ汁を作る.キウイはくねった枝に白い華麗な花を咲かせ7個実った.長ネギが見事に成長した.一部収穫である.優しく根元を揺すり静かに力を入れてゆっくりと引く.慌てて抜くと途中でポキリと折れる.

 作業の手を休めて辺りを眺めると,山間の村は,見渡す限り紅葉で華やかに彩られていた.静寂の中の紅葉と名も知らぬ小鳥のさえずりが心を癒す.もう,40年近い年月が流れた.再び長ネギをゆっくりと抜きながら,人との関わりもこのように慌てることなく,ゆっくりと優しく付き合えればいいのだと思う.自然はそのことを教えてくれるし,人間も自然の一部だということを教えてくれる.

 収穫したぶどうを波さんにもお裾分けした.「おいしい」と言って褒めてくれた.

 ところが,私の留守中にAケースワーカーから留守電が入っていた.何かを予感させた.

海外事情

「老人看護+プロ看護2005」メッセ(ニュールンベルク)見学記

著者: 華表宏有

ページ範囲:P.489 - P.491

 高齢社会に突入し,わが国と同様,その対応に懸命なドイツ連邦共和国(以下ドイツ)の看護職種で特異的なことは,小児と老人を対象にする専門的職種が別個に存在する点である.

 1990年代に入ってから,高齢化の進展に合わせて,特に老人の看護・介護を担当するアルテンフレーガー/フレーゲリン(AltenpflegerIn: AltPfl)の教育改善が進められるとともに,この職種の位置づけ(看護職か社会福祉職か)をめぐって大論争があり,2002年10月の連邦憲法裁判所の判決で,ようやく決着をみることになった.その経緯と結果については,別に詳しく報告しているので省略するが,結局これからのAltPflは,それまでのような社会福祉職(別の表現では介護職)としてではなく,正式に保健医療職(Heilberuf)のひとつと定められた.これで「老人看護師」(AltPfl)は,看護師(KrankenpflegerIn: KrPfl)・小児看護師(KinderkrankenpflegerIn: KiKrPfl)と全く同列となり,2003年8月から,新しい連邦法に基づいた3年課程の専門教育が実施されている.

 なおAltPflの下位職種であるアルテンフレーゲヘルファー/フェルフェリン(AltenpflegehelferIn: AltPflHl)は,従来通り各州の法律(ほとんどが1年課程)で定められる社会福祉職として位置づけられているが,この改革に合わせて「看護法」も改定された.新しい体制では,看護師の下位職種のクランケンフレーゲヘルファー/ヘルフェリン(Kranken-pflegehelferIn: KrPflHl)もAltPflHlと同じく,社会福祉職として,州レベルの法律(旧連邦法では,すべて1年課程)で規制されることになった.

 こうしたドイツの看護・介護職の新しい教育体制が発足して1年8か月経過した,2005年4月中旬,ニュールンベルクで開催されたヴィンツェンツ社主催の「老人看護2005」(正式な名称は「Altenpflege+Propflege2005」)メッセを見学する機会があった(写真1).このメッセを見学するのは3年ぶり,3度目であり,本稿ではその概略を報告する.

基本情報

公衆衛生

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1170

印刷版ISSN 0368-5187

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