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雑誌目次

雑誌文献

公衆衛生70巻9号

2006年09月発行

雑誌目次

特集 認知症―予防とケアの最前線

認知症は予防できるのか

著者: 須貝佑一

ページ範囲:P.666 - P.670

 病気は予防が大事だと言われる.認知症についても予防の大切さが強調されるようになった.つい最近のことである.認知症の代表疾患であるアルツハイマー病の解明が進み,原因の一端が明らかになってきたことがこの動きを後押ししている.

 一方で,高齢化が急速に進み,いわゆる団塊の世代が高齢化する2015年には,認知症の人が250万人に達すると推計されている.2000年に発足した介護保険制度は財政運営上の困難に直面し,この4月に改正されたばかりである.今後とも認知症の増加が社会全体の負担となることは確実とみられ,その対策が緊急の課題となっている.

 介護保険制度は「介護予防」と「予防給付」という言葉を産み,これまでは看過されていた高齢者の認知症の予防にも関係者の目が向けられるようになった.予防医学の面からは意義深いことではあるが,実際に認知症予防をどう進めたらよいのか,どの程度の予防効果があるのかについてはデータに乏しく,不明な点が多い.本稿では認知症の研究成果の現状を解説し,認知症予防の可能性と認知症予防活動の留意点について論じてみたい.

認知症予防に関する介入研究の成果と今後の展望

著者: 朝田隆

ページ範囲:P.673 - P.675

 認知症の予防は近い将来,地域保健における最重要課題になるものと思われる.私たちは2001年から,厚生労働科学研究費により茨城県利根町においてこの課題のもとに地域調査と介入研究を継続してきた.2006年3月をもってこの研究費による調査研究はいったん終了したが,現時点でこれまでの活動内容と成果を振り返ってみたい.

地域づくり型認知症予防事業・練馬区―その意義と今後の展望

著者: 北島和子 ,   紙崎修

ページ範囲:P.676 - P.679

 平成15年4月から10月末における,東京都練馬区の認定調査結果によると,要介護認定高齢者の約6割に何らかの認知症の症状がみられ,特別養護老人ホームでは,入所者の約8割が何らかの認知症を有しているという実態が明らかになっている.

 今や認知症高齢者対策は,地域に密着した自治体が最も優先して取り組まなければならない課題の1つになり,認知症高齢者の尊厳を維持したケア体制の充実や相談体制の充実とともに,認知症にならないための予防体制を確立することが重要になってきた.

 住民要望でも,平成16年度に実施された練馬区の高齢者基礎調査によると,「健康について知りたいこと」では認知症予防が第1位(28.5%)になり,地域高齢者の認知症に対する関心の高さを示している.

 練馬区は認知症について,平成16年4月に「痴ほうケアシステム検討委員会」,平成17年4月に「認知症予防検討委員会」を立ち上げ,全庁的に医療職と事務職が一体となって「認知症のケアと予防のあり方」について総合的な検討を行った(両報告書とも練馬区HPに全文掲載).

認知症ケアの新しい動きと家族支援のあり方

著者: 中島紀恵子

ページ範囲:P.680 - P.685

 高齢者介護研究会(代表/堀田力)が,厚生労働省老健局の要請に応じ,わが国の高齢化にとって大きな意味をもつ「戦後ベビーブーム世代(いわゆる団塊世代)」が65歳以上になりきる「2015年までに実現すべきこと」をまとめた1)

 1990年代からの介護保障への制度的取り組みを経て,ようやく実った介護保険制度を検証し,より堅牢なものにするために,「介護予防・リハビリテーションの充実」「生活の継続性を維持するための新しい介護サービス体系」「新しいケアモデルの確立:痴呆性高齢者ケア」「サービスの質の確立と向上」の4つが大きな課題になると指摘した.特に,痴呆ケアの質の保証における新しいケアモデルを確立させ,バランスのよいサービスのあり方について,多角的に検討する必要性について述べている.

 これが契機となって,認知症ケアに関してパラダイムチェンジとも言えるいくつかの変化が起きた.本稿では政策,家族支援,地域ケア,個別ケアの面において,筆者にとって考え浮かぶ新しい変化について述べたい.

認知症高齢者の権利擁護の現状と課題―成年後見制度と地域福祉権利擁護事業

著者: 大國美智子 ,   川並利治

ページ範囲:P.686 - P.689

 介護保険法の施行後,認知症高齢者等の権利擁護にかかわる事業や制度が導入された.なかでも地域福祉権利擁護事業と成年後見制度は,認知症高齢者等,判断能力の不十分な方を支える事業・制度として全国で利用されている.

認知症患者への病名告知に関する研究

著者: 山口登

ページ範囲:P.690 - P.691

 認知症の第一の原因疾患はAlzheimer's Disease(以下AD)である.わが国では,1999年11月に軽度から中等度のADに対する治療薬として塩酸donepezilが発売されて以来,ADの早期診断および早期治療の必要性が高まり,認知症に関する情報や啓発活動が増加している.このような社会的背景の流れを受け,治療介入する場合のInformed Consent:IC(説明と同意),特にその前提となる病名告知が問題となってきた.

認知症高齢者の自動車運転と権利擁護に関する研究

著者: 池田学 ,   上村直人 ,   荒井由美子 ,   野村美千江 ,   博野信次

ページ範囲:P.692 - P.694

 75歳以上の高齢運転者による交通事故はこの10年間で4.7倍に増加しており,特に死亡事故の発生率が高いことが社会的に問題となっている.また,認知症患者の自動車運転免許保有数は免許保有者数と認知症の有病率から,約30万人に上ると考えられ,認知症患者による事故をいかに防止するか,各方面の対応が急がれている.実際に,認知症患者の23~47%が1回以上の自動車事故を経験し,また認知症患者は同年齢の健常者に比し,2.5~4.7倍自動車事故を起こすリスクが高いと報告されている.

 一方,いつ運転をやめさせるべきかについては,多くの研究が,認知症と診断されても,軽度の段階では,その多くが安全に自動車を運転する能力は保存されていることや,自動車が,特に都市部以外で,日常生活に必要不可欠な道具であることから,認知症の診断だけでは,自動車運転免許の取り消しを行うべきではなく,個々の患者の運転技能を評価することが必要であるとしている.そのため具体的な評価法が必要であるが,現在のところ,妥当性のある評価法は存在せず,一般臨床現場で用いられる認知機能評価や日常生活活動評価などでは,重度の患者を安全に運転できないと判断することはできるものの,軽度の患者の運転能力に対する判断の指標は示されていない.また,介護者の患者の運転技能に関する報告も,直接的な利害関係の存在や,観察能力の限界などの理由により,信頼できるものではないとの報告が支配的である.

 そのような状況の中,2002年に道路交通法が改正され,その103条で「公安委員会は痴呆症患者の運転免許証を停止,あるいは取り消すことができる」とされた.

視点

「便利屋」としての誇り

著者: 山﨑理

ページ範囲:P.662 - P.663

たたき上げの役人医師

 私は学生時代から行政を希望していた変わり種で,初期臨床研修を1年だけ受け,行政医師として最初の2年間は保健所に勤務,その後県庁で連続11年,さらに保健所2年,そしてまた県庁に移り現在2年目である.

 保健所勤務より県庁勤務の年数が圧倒的に長く,いわば「たたき上げ」の役人医師である.とは言っても本当の行政マンから見れば,足下にも及ばないだろうが.

特別寄稿

鳥インフルエンザA(H5N1)の現状と日本の新型インフルエンザ対策の課題

著者: 押谷仁

ページ範囲:P.696 - P.700

鳥インフルエンザA(H5N1)の現状

 インフルエンザウイルスA(H5N1)(以下H5N1と略)による鳥インフルエンザの流行はアジアのみならず,ヨーロッパ・中東・アフリカにまで広がり,これとともに人での感染も,世界各地で継続的に起きている.まず,これまでのH5N1の流行拡大の経過を時系列に従って振り返ってみたい.

 今回の一連の流行において,公式の報告としては,2003年の12月に韓国から家禽類で流行の報告があったのが最初である.しかしそれ以前に,おそらく2003年の半ばまでには,アジアのかなり広い地域で家禽類での流行がすでに起きていたと考えられている.2004年に入るとアジア各国からも家禽類での流行が公式に報告されるようになり,2004年2月の始めまでに8か国(韓国・ベトナム・日本・タイ・カンボジア・ラオス・インドネシア・中国)での感染が確認されることとなる.この流行の時期に一致して,ベトナム・タイの2か国で人でのH5N1の感染も相次いで報告されることになる.その後,いったん流行は下火になるが,2004年6月から7月にかけて,中国・インドネシア・タイ・ベトナムなどの国で再び家禽類での感染が報告されるようになり,8月にはマレーシアから最初の流行が報告される.韓国・日本・マレーシアの3か国では,流行は一部の養鶏場などに限られており,迅速な対応をすることにより封じ込めに成功したが,その他の国では初期対応に失敗し,ウイルスが広範囲に拡散してしまい,その後も流行が継続することになる.

特別記事

[鼎談]障害の子どもをもつお母さんからのメッセージ(下)―座間市「キャラバン隊」の活動から見えること

著者: 標美奈子 ,   敷島文 ,   幸田啓子

ページ範囲:P.701 - P.705

標(司会) では,敷島さんの子育てのご経験をお話くださいませんか?

 

病院の医師の悲しい対応

敷島 私が病院で印象に残ったことは,3番目の娘郷乃(アキノ)がダウン症なのですが,私は郷乃を産んだ直後に,もう1人欲しいと思ったんです.大学病院に郷乃が通っている間に,3歳置いて下の子を妊娠したのですが,「先生,できたんですよ」と伝えたら,ちょっと怒鳴るような感じで,「確率が高いのに,何で相談してくれないんですか!」と言われました.「おかしなものだな」と思いながらも,あっさりその言葉は流すことにしました.

連載 21世紀の主役たち・6

マヤの末裔(グアテマラ・トドス・サントス村)

著者: 関野吉晴

ページ範囲:P.661 - P.661

 グアテマラのメキシコ国境に近いところにトドス・サントスの村がある.標高2450mの山々に囲まれた谷間にある,マヤの末裔たちの村だ.私はアグスチーノ(6歳)の家に世話になった.父親は米国のボストンに出稼ぎに行っている.全霊祭があるので4年ぶりに帰って来る.

 アンデスと同じでグアテマラの子どもたちはよく働く.遊びや家の手伝いが勉強の場である.大きい子が小さい子の子守りをするのは当たり前のこと.アグスチーノは豚の世話が任されている.大きくなるに従って羊や馬などの大型の動物の世話をするようになる.

感染症実地疫学・9

広域散発事例への多自治体協力による症例対照研究と今後への提言

著者: 中瀬克己

ページ範囲:P.706 - P.711

 岡山市は2004年4~5月に広域に散発した腸管出血性大腸菌感染症の調査と対策をFETP(国立感染症研究所実地疫学専門家養成コース)の援助を得つつ多自治体と協力して行った.今まで都道府県を超えて,散発する食中毒など経口感染症への協力はあまり行われていない.その理由は,個人情報が含まれ共有が困難なこと,調査の取りまとめや権限の1本化が困難なことなどである.しかし経口以外の感染症では,SARSを疑われる例への調査,新潟などでの不明脳炎集団発生での実績が積まれてきている.現在新型インフルエンザへの多自治体協力による対応が緊急の課題であり,頻度が多いと思われる経口感染症(食中毒)への対応は,その訓練と体制整備の機会としても有用である.

 食中毒では病因物質,原因食品,原因施設という3つの概念によって原因の特定と再発防止対策を行う.今回の事例では病因物質は腸管出血性大腸菌O157VT2と特定できた.しかし,原因食品は疫学調査によって疑われる食品が推定されたが特定できず,原因施設も特定できなかった.幸い,継続的な患者発生は把握されなかったが,原因食品と原因施設が明らかとならなかったことから,再発防止への貢献は少ない.

 一方,調査過程で得られたものは大きい.今回の新しい調査手法と多自治体協力で得られた経験と今後の改善への提言を踏まえ,迅速・効果的な対応が行えるよう準備を進めたい.本稿では,まず,広域散発事例における調査/対策の基本的な手順を示し(表1)1),これにそって岡山市での具体的な動きを紹介する中で,経験や考え方を示したい.

精神医療ユーザーが語る・9 自分史②

発達障害を乗り越える生き方

著者: 坂口啓明

ページ範囲:P.712 - P.715

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エイズ対策を評価する・9

マスコミ報道を考える(上)

著者: 岩室紳也 ,   日比野守男 ,   宮田一雄 ,   稲垣智一 ,   上野泰弘

ページ範囲:P.716 - P.722

岩室(司会) HIV/AIDSが認識されてから25年が経ちましたが,この間,日本国民のHIV/AIDSに関する意識は大きく変わってきたと思います.国民の意識形成に大きく影響するマスメディアがどのようにHIV/AIDSを扱ってきたのか,そのことをどう評価すればいいのでしょうか.

 本日は,長年HIV/AIDSの報道を積極的にされてきた東京・中日新聞の日比野さんと,産経新聞の宮田さんのお二人の記者の方からお話を伺いたいと思います.まず最初に,お二人がHIV/AIDSにかかわられるようになったその経緯からお話しいただけますか.

統合化を模索する国際保健医療政策・2

小児死亡削減を目指す統合型小児保健医療政策(IMCI)

著者: 湯浅資之 ,   柴田貴子 ,   中原俊隆

ページ範囲:P.723 - P.726

 世界では毎年,1千万人の5歳未満児が下痢症,肺炎,麻疹,マラリア,HIV/AIDS,栄養障害といった予防可能な疾患が原因で死亡している1).しかもその5割がアフリカと南アジアの最貧6か国で,また9割が42の途上国で生じている.一方,母乳栄養,予防接種など現在実施可能な保健医療対策を完全に履行するならば,5歳未満の小児死亡の63%を減少させることができると試算されている2).実現可能な小児死亡の削減は,今日の国際社会における緊急の課題なのである.

石川中央保健所「健康しかけ人」レポート・1【新連載】

障害をもつ子どもが安心して暮らすことができる地域づくりを!―軽度発達障害児支援体制整備から

著者: 田中由美

ページ範囲:P.727 - P.732

 当保健所では,地域のニーズをみながら時代と地域に合った母子保健づくりを業務の柱の1つと位置づけ,地域関係者と連携して,これまでも様々な活動を実施してきた(図1).本稿では母子保健の新たなニーズである軽度発達障害児支援の取り組みについて,当保健所のこれまでの活動を含め述べてみたい.

衛生行政キーワード・23

メタボリックシンドーム(内臓脂肪症候群)

著者: 石井安彦

ページ範囲:P.733 - P.734

 現在,糖尿病をはじめとする生活習慣病は医療費の1/3を占め,死亡割合の6割を占めている.生活習慣病は年齢の高齢化とともに発症するため,老人医療費増加の大きな原因ともなっている.近年,生活習慣病対策において注目されているメタボリックシンドロームについて,その概要について解説する.

海外事情

米国における経口感染症の調査システム

著者: 井上まり子 ,   小林廉毅

ページ範囲:P.735 - P.739

 様々な食品が広範囲に流通する現在,飲食に起因する経口感染症の広域的,散発的な流行を正確に把握し,原因究明につなげることが重要になっている.わが国の参考に資するため,多様な食文化と広大な国土をもつ米国の経口感染症にかかわる調査体制について調べたので報告する.

基本情報

公衆衛生

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1170

印刷版ISSN 0368-5187

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