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雑誌目次

雑誌文献

公衆衛生71巻6号

2007年06月発行

雑誌目次

特集 環境問題の多様性

環境問題への経済・財政学的アプローチ

著者: 神野直彦

ページ範囲:P.483 - P.486

「儲かる社会」の3つの危機

 人間の歴史を振り返ると,これほどまでに豊かな社会だと自慢されながら,これほどまでに悲惨な生活が溢れている社会が存在しただろうか.これほどまでに平和な時代だと吹聴されながら,これほどまでに残酷な暴力が君臨している時代があっただろうか.

 何十億円という年収を濡れ手で粟を掴むように手にした大企業の経営者や投機家,スポーツ選手や芸能人.「セレブ」と称えられる人々が,これ見よがしに飾りたてた煌く衣装を身に纏いながら,贅沢を絵に描いたようなレストランへと足を踏み入れる.しかし,そのレストランにはパート労働を昼夜を分かたずやり続けても,年収が200万円にも届かない女性が,乳呑み児を抱えて今日のミルク代にも事欠き,途方に暮れながら食材を運び込んでいる.

地球規模の環境問題と健康リスク

1.地球温暖化と感染症

著者: 倉根一郎

ページ範囲:P.467 - P.470

 地球温暖化は種々の形でわれわれ人間の生活に影響を及ぼす.そのうち,重要な影響の1つは健康への影響である(表1).健康への影響も多様であり,温暖化により直接的に現れる影響として,たとえば熱中症患者が増加することも予想される.一方,間接的な健康への影響としては,感染症の増加や,地域的拡大が懸念されている.

 本稿では,地球温暖化の感染症への影響について,何が問題であるか,また何がわかっており,何が不明であるかを概説する.

2.オゾン層保護対策とオゾン層破壊の将来予測

著者: 今村隆史

ページ範囲:P.471 - P.474

 成層圏オゾン層破壊は,有機塩素・臭素物質(フロン・ハロン類)の大量使用・放出により大気中の塩素・臭素化合物濃度が増加し,成層圏(オゾン層が存在している高度約10~50kmの大気の層)での連鎖的なオゾン分解反応が進むことにより,成層圏でのオゾン濃度が著しく低下する現象である.本稿では,オゾン層の形成,フロンとオゾン層破壊,オゾン層保護対策,今後のオゾン層の変化予測について述べる.

環境問題とリスクコミュニケーション

1.環境化学物質とどう向き合うか

著者: 北窓隆子

ページ範囲:P.475 - P.478

 化学物質は,私たちの生活の中で様々な役割を果たしているが,一方で,その生産,使用,廃棄の仕方によっては,人の健康や動物に悪い影響を与えてしまうおそれがあるものもある.このため環境省では,化学物質環境実態調査,化学物質の環境リスク初期評価,化学物質排出移動量届出制度(以下,PRTR制度)に基づく化学物質の排出量・移動量等のデータ(以下,PRTRデータ)の集計等を継続して行っている.

 本稿では,環境省が実施しているこれらの施策とその成果として得られたデータの活用例について紹介する.

2.電磁波の健康影響評価の現状と展望

著者: 宮越順二

ページ範囲:P.479 - P.482

背景

 近年,電磁波曝露の人体への影響の有無について,国際的に活発に議論されている.われわれの生活環境には,家電製品の発生する電磁波はもちろんのこと,医療現場におけるMRIや電磁波加温装置,また,変電所や送電線下の交流磁場,さらに将来に実現性があるリニアモーターカーや超電導電磁推進船など,地球上の自然界に存在する以上の電磁波に曝される機会が増している.われわれが現在から将来にかけて生活環境中曝される可能性が高いのは,医療の診断におけるMRIの強定常磁場や商用周波数領域における極低周波(ELF:Extremely Low Frequency)変動磁場,そして最近の普及ぶりが目覚ましい携帯電話を代表とした高周波領域の電磁波やIHクッキングヒーターからの中間周波数帯電磁波である.

 歴史的には,1979年に米国の疫学者が,送電線の近くに住む子どもの白血病の発生率が高いことを発表したことが始まりである1).その後,ELF電磁波を主として,疫学研究に加えて,動物や細胞を用いた生物学的研究が行われてきた.これまで,一部の疫学調査により,ELF変動電磁波の発がん影響として陽性の結果が報告されている2)

視点

愛知県における健康づくり対策

著者: 五十里明

ページ範囲:P.452 - P.453

 私が愛知県に就職しましたのが昭和53年度,この年,国において健康境界域の人を健康人へ引き戻すことを目的に,国民健康づくり対策がスタートしました.本県では,これに呼応して健康づくり対策を重点施策の1つに位置づけ,取り組んできました.

 平成12年4月に国は「健康日本21計画」を策定し,平成17年度「今後の生活習慣病予防対策の推進中間とりまとめ」により,健診重視から生活習慣の改善による1次予防重視へ方向転換しました.また,昨年の医療制度改革関連法の改正により,予防重視が改めて謳われ,平成20年度からは健康保険者に予防事業の実施が義務化され,新たな施策展開が求められております.

 本稿では,本県の健康づくり対策の変遷と現在,今後の取り組み等について述べてみたいと思います.

特別寄稿

健康格差社会とポピュレーションアプローチ

著者: 尾島俊之

ページ範囲:P.487 - P.491

健康格差社会

 世の中,所得格差,雇用格差,地域格差と,様々な格差が拡大しているという.これまでの種々の疫学研究などによって,所得や教育などの社会経済因子によって健康状態が左右されることが明らかになっており1,2),社会経済的な格差が広がることにより,健康格差も広がることが懸念されている.総務省の実施している全国消費実態調査3)による所得のジニ係数(格差を示す指標)の推移を見ると,図1に示すように,日本における所得格差は年々拡大傾向にある.日本のジニ係数は,アメリカと比較すると遙かにマシであるが,スウェーデンよりは高い値となっている.ただし,多くの諸外国でも日本と同様に所得格差が拡大する傾向にある.格差社会であるアメリカにおいては,低所得者が近づけないように柵で囲んだ住宅街の中に暮らす高所得者がいて,一方で,高所得者が治安上の危険性から近づけないような地域に住む低所得者がいて,社会の分断化が生じている.所得格差が拡大の一途をたどれば,それが日本の未来の姿となるかもしれない.

 公衆衛生の目的は,人々の健康,幸福を向上させることである.現在,健康格差が拡大しつつあり,健康が十分に確保されない人が増えつつあるとすると,それは公衆衛生にとって重要な問題である.格差そのものは,いつの時代にも存在するものであり,また格差がゼロの社会というのはあり得ないであろう.しかし,今後ますます格差が開いていくとしたら,それは好ましくないと考える国民のほうが多いであろう.

トピックス

結核予防法の感染症法への統合によって何が変わったか?

著者: 阿彦忠之

ページ範囲:P.492 - P.495

 平成18年12月に「感染症の予防及び感染症の患者の医療に関する法律(以下,感染症法)等の一部を改正する法律」が成立し,本年4月(一部は6月)に施行された.

 感染症法の改正案について当初は,次の2つが論点となっていた.

 ①生物テロ等による感染症の発生・蔓延を防止するための病原微生物等の適正な管理体制の確立とその法的整備

 ②最新の医学的知見に基づく感染症の分類の見直し

 しかし,その後の検討過程において,

 ③結核対策も感染症法のもとで推進する

 という新たな論点が追加され,結果的に結核予防法の廃止(感染症法への統合)という大きな制度変更に発展した.

 そこで本稿では,結核予防法が感染症法に統合されることになった背景,およびこの統合によって結核対策面では何が変わったのかを概観するとともに,今後の課題とその対応策を考察したい.

第134回米国公衆衛生学会見聞録―学会テーマ「公衆衛生と人権」

著者: 神馬征峰 ,   國井修 ,   佐瀬恵理子 ,   柳生文宏 ,   越渡詠美子

ページ範囲:P.496 - P.498

学会ショー

 第134回米国公衆衛生学会が2006年11月4~8日までボストンで開催された.4日からは生涯教育コース.5日正午に少し遅れて学会の開会式が始まった.2時間あまり,4つの大型スクリーンを前に,米国だけでなく世界各国から,数千人の観客が集まった.学会参加者というよりは,まるで観客.プロ野球なみの開会式であった(ちなみに学会参加者は約13,000人,900以上の口頭発表がなされた).

 まずは米国の聞き慣れた国歌.最初は小さかった声がだんだん大きくなり,会場全体が国歌で満ちあふれる.そのあと雄弁な司会者に導かれ,ゲスト演者が1人ひとり登場する.登場のたびにテーマソングが流れる.印象的なビデオが流れる.通常は退屈この上ない学会の開会式の場合が多いが,それがまるで学会ショーと化している.話が気に入ると観客は総立ち.「いいこと言ってくれるぜ」と言わんばかりに,全身で演者に応える.「ん~,やはりアメリカはアメリカだ」と思う.

連載 いのちのプリズム・3

大地のリズムを刻む

著者: 宮崎雅子

ページ範囲:P.451 - P.451

 西アフリカ・ガーナ共和国の首都アクラに,音楽とダンスの短期修行に出かけたことがあった.観光にもほとんど行かず,午前と午後1時間半ずつ,トラディショナルな太鼓の演奏によるダンスのレッスンにたっぷりと汗を流した.

 どこの国でもそうだが,ガーナでも部族によって言葉や習慣,唄やリズムも違う.

Health for All-尾身茂WHOをゆく・30

日本の医療を考える・1

著者: 尾身茂

ページ範囲:P.454 - P.455

 本誌に執筆を始めてから,30回を迎えた.これまでに取り上げたテーマを振り返ってみると,WHOでの仕事を紹介する中で,ポリオの制圧に向けての努力や,西太平洋地域におけるSARS対策の取り組み,鳥インフルエンザ対策に関する各国と連携した対応など,感染症に関するトピックが多かったことに改めて気づく.これは,未だに多くの開発途上国では感染症が重要な課題であることを反映していると言える.

 事実,こうした国における最大の保健上の課題は感染症であり,各国政府は国民の健康を確保するために感染症への取り組みを最優先課題として位置づけ,努力が続けられている.感染症対策については,国際的な枠組みでのサポートもあり,対策の大筋が既にわかってきていることから,ある程度成果も上がってきているのが現状である.

感染症実地疫学・18

アウトブレイク・海外③ ラオスにおける重症下痢症・コレラのアウトブレイク対策

著者: 中瀨克己

ページ範囲:P.499 - P.503

 2000年6月下旬から約3週間,国立感染症研究所から派遣され重症下痢症集団発生の調査と対策推進を目的にラオス(ラオス人民民主共和国Lao People's Democratic Republic)を訪れた.WHOのコンサルタントとしての国への疫学的観点からの援助であったこと,非常に優秀なFETPの長期コンサルタントであるMichael H. Kramerという指導者に恵まれたこともあり,アウトブレイク対応の基本に沿った活動ができた.

 活動の内容は表1のようであり,本稿にてその概要を紹介したい.

エイズ対策を評価する・18

外国人のHIV/AIDS(下)

著者: 沢田貴志 ,   岩室紳也 ,   岩木エリーザ ,   稲垣智一 ,   内野ナンティヤー ,   上野泰弘

ページ範囲:P.504 - P.509

メッセージが伝わらない理由

沢田 ブラジル人の場合,言葉の問題だけではなくて,労働環境の問題も大きいとエリーザさんがよく指摘されていますね.人材派遣で今日はこちらの仕事,明日はあちらの仕事という感じでどんどん動かされて,コミュニティやブラジルの情報から切り離されてしまう.こうした環境のため,そもそも医療にアクセスが悪いし,日本でのエイズ啓発が文化の違いで入りにくい.ブラジル人にはダイレクトに言わないとわからないので,日本のエイズのキャンペーンを見ていて「日本ではエイズはないんだ」と思ってしまう.

岩室 具体的にどのあたりが?

エリーザ 日本のエイズストップのポスターを見ても何も感じないのです.ブラジル人は漫画チックなのはまずダメです.例えばコンドームに目や鼻がついていたりはダメで,ダイレクトにコンドームそのものを見せるとか,ラブシーンの中でコンドームを入れるとかしないと,情報として取り入れられない.カップル,ゲイのカップルでもいいのですが,本当のラブシーンの中でコンドームの本物を見せたりすれば,ブラジル人は「ああ」と受け入れますので,その辺が違っていますね.

レセプト情報を活かす・3

医療制度改革とレセプト活用

著者: 岡本悦司

ページ範囲:P.510 - P.516

 2008年医療制度改革の重要な柱にメタボリック症候群対策があり,全医療保険者に40~74歳被保険者にメタボリック症候群のための健康診査と保健指導が義務づけられる.義務づけられる健診と保健指導は,従来からの「通常」の保健事業と区別するため「特定」健康診査,「特定」保健指導と呼ばれる(以下,特定健診・保健指導).

 誤解があるといけないので最初に述べるが,特定健診・保健指導が義務づけられるからといって,それ以外の,たとえばがん検診のような「通常」の保健事業をやらなくていいとか,ましてや禁止されたわけでは決してない.通常の保健事業も今後いっそうやるべきだが,計画や評価の対象になるのは特定健診・保健指導だけ,という意味である.たとえば腹囲が85cm(男)未満で肥満ではないが血圧は高い,という人も保健指導は行うべきだが,特定保健指導には該当しないので評価対象にはならない.

保健予防事業のアウトソーシング最前線・4

医療保険者の概要

著者: 山田敦弘

ページ範囲:P.517 - P.519

 平成20年4月から特定健診等の義務化により,健康保険組合や国民健康保険組合などの医療保険者は,健康診査や保健指導を主体的に行う実施者として位置づけられることになる.そのため,保健予防の進展においては,これら医療保険者がどのようなアクションをとるのかが重要な鍵となる.今回は「医療保険者の概要」と題して,医療保険者について,その種類や規模,保健事業の取り組み状況,そして特定健診の義務化を迎えるにあたっての課題について説明する.

衛生行政キーワード・32

公衆衛生と成育医療―少子化対策のために

著者: 佐々木昌弘

ページ範囲:P.520 - P.521

 少子化をめぐるわが国の動きは,官民さまざまな立場から原因について語られ,対策が講じられ,成果について議論されているところである.

 報道等で最も使われている少子化の指標は,合計特殊出生率であり,直近の数値である平成17年は1.26を記録した.

 少子化対策は,様々な要因が複雑に絡み,かつ個別性が強いため,効果測定が極めて困難ではあるが,解決すべき課題であることは間違いないことであり,これを機に,政府の動き全般を紹介するとともに,公衆衛生,成育医療における少子化対策についても言及したい.

資料

大規模感染症発生時における医療機関の体制の実態―千葉県内医療機関,感染症指定医療機関を中心に

著者: 遠藤康伸

ページ範囲:P.523 - P.528

 千葉県は,日本の空の玄関である成田国際空港や国際物流拠点としての千葉港を抱えている.また,日本各地ばかりでなく,世界各地から来場者のある大型テーマパークなどもある.そのような千葉県では,感染症発生時の危機管理体制や医療の供給体制の整備・充実はきわめて重要である.

 そこで,本研究は千葉県の現状を確認し,また千葉県内の基幹的な医療機関,感染症指定医療機関を中心に,大規模感染症対策がどのような状況にあるのかを調査することにより,現在の千葉県における大規模感染症時に対する危機管理体制の現状を明らかにすることを目的として実施したものである.

報告

ゲイ・バイセクシュアル男性に対する電話によるHIV/STI関連の相談

著者: 北村浩 ,   井戸田一朗 ,   佐藤未光 ,   平田俊明 ,   市川誠一

ページ範囲:P.530 - P.535

 わが国の新規HIV感染者/エイズ患者報告数は,1996年以降日本国籍男性を中心に増加が続き,中でも男性同性間の性的接触による感染例(以下,男性同性間感染)は過半数を超える状況となっている1).ゲイ・バイセクシュアル男性の心身両面における健康問題,特にHIVを含む性感染症(以下,HIV/STI)について,自身のセクシュアリティや性行動を開示して相談できる相談窓口は少なく,また彼らが保有する健康問題についても,十分に把握されてはいない.こうした状況に対し,同性愛者医療・福祉・教育・カウンセリング専門家会議(以下,AGP巻末注)では,ゲイ・バイセクシュアル男性を対象とした,心理・医療専門職の相談員による無料電話健康相談「AGPこころの相談」および「AGPからだの相談」を行ってきた.

 本報告では1997~2000年までの3年間に「AGPからだの相談」に寄せられた,男性と性行為をする男性(以下,MSM=Men who have sex with men)の相談を元に,MSMが抱える性的な悩み,HIV/STIに関連する悩み等の諸問題を明らかにすることを目的とした.

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あとがき フリーアクセス

著者: 阿彦忠之

ページ範囲:P.538 - P.538

 私が公衆衛生行政の道を歩み始めた頃,県庁の衛生主管部門の名称は「環境保健部」でした.当時は,その出先機関である保健所にも公害対策や廃棄物対策等を担当する環境部門がありました.しかし,最近の都道府県庁で環境保健部を名乗っているところはなく,環境部門を有する保健所の数もワシントン条約?で保護しなければならないくらいに激減しました.

 このような情勢が影響してか,本誌でも環境保健をテーマとした特集がしばらく途絶えておりました.環境問題を広く真正面から取り上げた特集としては,1998年7月号の「環境保健のトピックス」以来,約10年ぶりの企画と言えます.

基本情報

公衆衛生

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1170

印刷版ISSN 0368-5187

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