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雑誌目次

雑誌文献

公衆衛生72巻1号

2008年01月発行

雑誌目次

特集 憲法と公衆衛生

フリーアクセス

著者: 本誌編集委員会

ページ範囲:P.7 - P.7

 2007年5月18日「日本国憲法の改正手続に関する法律」(通称:国民投票法,憲法改正手続法)が成立し,憲法「改正」に向けた動きが活発になってきました.

 わが国の公衆衛生は,戦後,生存権,人権などを規定する「日本国憲法」を基盤として発展してきました.医学の他の分野に比べて憲法とかかわりの深い専門分野と言えます.公衆衛生に身を置く私たちは,「日本国憲法」およびその「改正」の動きについてどのように考えるべきなのでしょうか.公衆衛生すなわち,人々の生命と健康を護ることと憲法とは,どのようにつながっていて,憲法は日々の公衆衛生活動にどのように反映しているのでしょうか.

 憲法が注目されている今,本特集では公衆衛生の基本に立ち返り,「憲法と公衆衛生」について深く掘り下げてみたいと思います.

成熟社会における公衆衛生の課題と展望―公と私の関係

著者: 多田羅浩三

ページ範囲:P.8 - P.11

「公」の誕生

 人類の歴史の中で「公」の形が初めて生まれたのは,1601年,イギリスで制定されたエリザベス救貧法であろう.

 1517年,マルティン・ルターによって「95か条の論題」が提起された.そして1534年に,自らの離婚問題を契機として,絶対王政の確立を目指す国王ヘンリー8世はローマ・カトリックとの絶縁を期して,首長令を発表した.

〈平和憲法と公衆衛生〉

憲法9条と公衆衛生

著者: 西三郎

ページ範囲:P.12 - P.14

 本誌71巻7号(2007年7月号)の「視点」欄に日野原重明先生が「憲法9条の大切さ―戦争は最大の公衆衛生問題」の論文を書かれ,この論旨に賛成の立場である私に追加的な発言を編集委員から期待された.この期待に応えるために,日野原先生とは多少違う視点で考えをまとめよう.

人類と感染症―平和憲法の意義と課題

著者: 蟻田功 ,   中根美幸

ページ範囲:P.15 - P.19

 壮大なテーマをいただき,敬愛する公衆衛生の同僚,先輩,そして後輩に参考になるのかと危惧しながら,この稿を書き始めた.

 まず憲法について,私たちは全くの素人である.最近の世界保健機関(WHO:World Health Organization)の評価によれば,日本は全世界108か国のうち,最高の健康システムを持っているとのことだ.まず表1をご覧いただきたい.日本の生活環境,食生活,医療保健システム,そして現行の平和憲法,これらをひっくるめての公衆衛生の勝利と言えそうである.では,恵まれた状況の中,私たちは何をもって憲法をより推進すべきであろうか.

〈生存権と公衆衛生〉

憲法25条の「生存権」と公衆衛生

著者: 中村睦男

ページ範囲:P.20 - P.23

憲法25条の規定

 日本国憲法は,25条1項で,「すべて国民は,健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」,25条2項で,「国は,すべての生活部面について,社会福祉,社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない」と規定して,生存権を個人の権利の面と国家の義務の面の両面から明文化した,世界でも特色のある憲法である.特に,個人の権利として,「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」を認めたことは先進的である.

健康格差社会の中の憲法第25条

著者: 二宮厚美

ページ範囲:P.24 - P.27

はじめに―経済格差から能力格差へ

 現代日本の格差社会化は,実に多様な側面を持って進行中である.それは所得格差から始まり,消費格差,貯蓄格差,学歴格差,地域格差,寿命格差,結婚格差,学力格差等,挙げればきりがないほどに多様な形で現れている.しかも,それらの多種多様な格差は連動的・連鎖的関係にある.

 本稿では健康格差に焦点を絞るために,複合的・連鎖的な格差社会化の進行をさしあたり2つのグループにまとめるとすれば,各種格差はまず経済的格差の範疇,第二に能力的格差の範疇に分類される.前者の経済的格差は,大づかみにいって「雇用格差→所得格差→消費・貯蓄格差」の系列にまとめられる.後者の能力的格差のほうは,能力総体を便宜上2つに分けるとすれば,1つは肉体的能力の格差,いま1つは精神的能力の格差に分類される.ここで取り扱う健康格差とは,能力格差の中の前者,すなわち身体的・肉体的な能力格差のことである.

 人間の生命の再生産という視点から見ると,経済的格差とは生命の再生産の環境的格差を意味し,能力的格差とは環境の違いによって生まれた生命の再生産能力の格差を意味するから,これら両方の関係は「経済的格差→能力的格差」という流れでつかむことができる.そうすると,健康格差とは「経済的格差を反映した身体的・肉体的能力の格差」を意味することになる1)

 本稿の課題は,このような健康格差をいかに評価するか,そして問題の健康格差を克服するために,憲法第25条にはいかなる意義があるかを検討することである.「経済的格差→健康格差」の連動関係をつかむところから開始しよう.

〈人権と公衆衛生〉

ハンセン病患者と人権―その歴史からの教訓

著者: 大谷藤郎

ページ範囲:P.28 - P.32

わが国は人権尊重の念が弱い

 人権とは,人が人間として生きている印し,社会に生きる限り,誰もが平等に持っているとされる.その内容は,人間の尊厳,自由,その他生きるための様々な証である諸権利を包括している.

 高い理念の人権尊重を掲げた日本国憲法が,半世紀以上を経たにも拘わらず,また世界人権宣言や国際人権規約が国際的に成立したにも拘わらず,欧米に比べると,わが国の政治をはじめ一般社会には,民主主義はともかく基本的人権について,正しい認識と尊重の念が弱い.そのためハンセン病を始め精神障害,その他の難病,障害を持つ人々など,弱い立場に置かれた人々に対する社会的処遇は極めて遅れている.更にその上ここ数年の政治傾向は,市場原理主義や財政至上主義に名をかり,弱い立場の人々の負担を重くする障害者自立支援法の施行や,社会保障制度見直しの動きなど,遺憾に思うだけでなく,人権侵害のおそれを加速させている.

障がい者保健福祉と人権

著者: 高野範城

ページ範囲:P.33 - P.35

はじめに

 障がい者の生存にとって最大の危機は,戦争と貧困である.戦争は多くの障がい者を作り,障がい者の生命・身体の危険を招く.貧困は日々の生活を危うくし,人間性まで貧しくする.明治以降,日本は戦争に次ぐ戦争の歴史であった.また1929年の恐慌以来,貧困からの脱却の方法として,日本は対外侵略を取り続けた.その意味で,戦前の日本は戦争と貧困は一体であった.これらの反省の上に立って,日本国憲法は「ひとしく恐怖と欠乏から免れ,平和のうちに生存する権利」(前文)と,憲法25条で「健康で文化的な」「最低限度の生活を営む権利」をそれぞれ国民に保障した.それゆえ,日本国民,とりわけ障がい者にとっては,平和的生存権と「健康で文化的な」「最低限度の生活保障」の生存権は,人間らしく生きるための車の両輪である.この点で言えば,原爆症認定訴訟と中国からの残留孤児の裁判で,国の憲法を遵守する姿勢が厳しく問われている.

 また,今日を生きる障がい者にとっては「その障害の原因,特質及び程度にかかわらず,同年齢の市民と同等の基本的権利」(障害者の権利宣言)を国や自治体,そして地域社会でどうやって保障されながら生活するかという問題がある.この問題は従来の障がい者施策が隔離や施設中心で立案され,どこで,どのように住んでいくかという,障がい者本人の自己決定権や幸福追求権を軽視していたことと関係がある.

 ところで,日本の障がい者法制は戦後,障がい者団体などの運動の結果,少しずつ整備されてきているものの,そのテンポが遅く,内容も不十分である.そのため,高田馬場の駅から転落して死亡した全盲の上野さんの遺族が点字ブロックの設置を国鉄に対して求めて裁判を起こしたり,全盲の堀木さんらが所得保障を求めて神戸地裁へ裁判をしたり,透析患者の川野さんが障がい者の雇用の確立を求めて長野地裁へ裁判を提起するなどして,少しずつ法律や政策が改善されてきたのがこれまでの実状である.さらに,日本の障がい者が置かれた実状が今日でもいかに深刻かは,ある事件の原告が厚生労働省交渉の中で,自分は毎日生きていくのが闘いであると述べたところ,厚生労働省の役人は「闘いとは大袈裟な」と笑った.その原告は車椅子で街に外出したり,収入が少ない中で新幹線に乗って厚生労働省へ出向いてきたり,日々食事をとるにも多くの困難な問題を抱えていることを指摘したところ,厚生労働省の役人は沈黙せざるを得なかった.

〈新たな課題〉

憲法と公衆衛生と「居住権」

著者: 早川和男

ページ範囲:P.36 - P.37

 どこの国,どこの町や村であろうと,人はみなこの地球上に住んで生きている.「居住」は人間生存の基盤であり,基本的人権である.日本国憲法25条の生存権保障は「居住保障」がその基盤として内包されているはずだが,日本政府にその認識はなく,住宅確保は自助努力・市場原理に委ねられ,その結果,先進国では稀な「居住貧困」を強いられている.1979年3月,EC(欧州共同体)は日本人を「ウサギ小屋に住む働き中毒」と称したが,現在「働き中毒」はワーキングプアやニート,「ウサギ小屋」はホームレス,インターネットカフェなどとして両者は関連しながら変害しているが,前者の「居住貧困」はより多面的で深刻化している.

視点

少数者の人権と憲法

著者: 神馬征峰

ページ範囲:P.2 - P.3

法律と憲法

 医療事故の増加に伴い,法律を学んでいる保健医療従事者は多いであろう.自分を守るためである.その一方で,憲法についてあえて学ぼうとする人は少ないのではないだろうか?しかし,自分を守るためだけではない,自分が関わる患者さんたちを守るためにも,保健医療従事者は憲法について学ぶべきである.

 なぜか?まずは,法律と憲法の違いについて,ある憲法入門書をひも解いてみたい.

特別寄稿

そもそも憲法とは―存在意義と最も重要な価値

著者: 伊藤真

ページ範囲:P.38 - P.41

 安倍前総理在任中に憲法改正のための手続を定める国民投票法が成立しました.皆さんにとって憲法は少し縁遠いものかもしれませんが,憲法改正について,最終的に「イエス」か「ノー」の判断を下すのは主権者である私たち国民です.そのためにも,私たちは,憲法の何たるかを知り,今,自民党が考えている憲法改正がどのような結果をもたらすのかを真剣に考えなければなりません.

 本稿では,「そもそも憲法とはどういうものなのか」「憲法と法律の違い」「わが国の憲法が最も重要にしている価値」などにつき,簡単に説明してみたいと思います.憲法改正問題を考える一助にしていただければ幸いです.

コスタリカの知恵をアジアで実践する

著者: 大山勇一

ページ範囲:P.42 - P.46

軍隊を捨てた国コスタリカ

 みなさんは「軍隊を捨てた国」コスタリカ共和国をご存知ですか?南北アメリカ大陸の中間に位置する人口400万人の国です(図).中米のコスタリカ共和国では,子どもの頃から「紛争が起きたときには,暴力ではなく話し合いで解決していこう」という教育がなされると言います.そして「身近なところでの問題を話し合いで解決していくのと同じように,国家レベルでの紛争も対話で解決していけるはずだ」という考え方を市民が共有していると言います.私は2002年1~2月にかけてコスタリカ平和視察団に加わり,コスタリカの市民から話を聞き,同国の歴史を学ぶ中で,これらの考え方が市民にしっかりと根付いていることを大変な驚きをもって受け止めました.

 コスタリカは,1948年に軍隊を放棄しました.そのときの記念式典において,当時の指導者であったホセ・フィゲーレス氏は「軍隊はしばしば独裁体制によって,国民を力づくで抑圧してきた.われわれは民主的な話し合いの道を選ぶ.したがって,政権維持のための武器はもういらない」と宣言しました.「軍隊は国民を守らない」という本質をよく示しているスピーチだと思います.そして翌年に制定された憲法によって軍隊(常備軍)を正式に廃止しています.具体的には,憲法12条1項で「恒久的制度としての軍隊は禁止する」とあります.もっとも,同条3項で「大陸間協定により若しくは国防のためにのみ,軍隊を組織することができる」とありますが,憲法制定以来軍隊が組織されたことは一度もありません.

連載 いのちのプリズム・10

HAWAI‘I自然の懐で

著者: 宮崎雅子

ページ範囲:P.1 - P.1

 穂高で助産院を営む友人がハワイでワークショップをするという.

 偶然の出会いからハワイのカフナと知り合い,お互いに運命の絆のようなものを感じたらしい.

 その内容は「赤ちゃんと妊婦のためのハワイとアイヌの伝統の智慧」という名称で9月初旬に5日間にわたりハワイ島のヒロで行われた.

 昨年7月号(本誌71巻7号)に掲載した航海カヌー・ホクレア号を知り,ハワイに大いなる興味を抱いていた私は,喜んで記録撮影のため同行した.

Health for All―尾身茂WHOをゆく・37

―公衆衛生と地域の活性化―日本再生を目指して・2

著者: 尾身茂

ページ範囲:P.4 - P.5

 前回は世界の保健医療の特徴と日本の相対的な地位の変化について述べた.今回は,日本が抱える課題について述べてみよう.

 

 日本の医療が抱える課題については以前,本欄でも述べた.外から見ると日本の医療が抱える課題として,医療の満足度,医療の質・安全の問題や増大する医療費の問題のほか,最近では医療へのアクセスや医師のBurn outの問題などがあるようである.これらについては,積極的な議論が日本でなされているが,解決に向けては,3つの根源的な課題があると感じている.第一は医療を公共財として捉える認識が低いことであり,第二は,地域レベルで解決を図っていこうとするダイナミズムが不足していることであり,第三は,長期ビジョンが未構築であるということである.

予防活動のガイドライン・1【新連載】

米国予防医療研究班勧告とわが国の状況

著者: 矢野栄二

ページ範囲:P.47 - P.51

 今回より1年間にわたり,「予防活動のガイドライン」を連載する.これは米国保健省(Department of Health & Human Services)の外局であるAgency for Healthcare Research and Qualityが発行しているThe Guide to Clinical Preventive Services:Recommendations of the US Preventive Services Task Force(USPSTF=予防医療研究班)の内容を紹介しつつ,わが国における予防活動のありかたを考えるのが目的である.USPSTFは健診や健康指導,予防接種などの予防活動について,その有効性,有用性を詳細に文献レビューし,保健医療活動のガイドラインとして適宜発表してきた.これにはその要約をまとめた200ページほどのポケット版が毎年発行され,インターネットからダウンロードすることもできる1)ので,それをベースに紹介する.連載1回目の今回は,具体的な項目を取り上げる前に,連載の意図や背景説明を行う.

レセプト情報を活かす・10

産業保健とレセプト情報―患者自己負担増による慢性疾患の受診中断をレセプト情報で評価する

著者: 馬場園明

ページ範囲:P.52 - P.55

はじめに

 産業保健では,生活習慣病など慢性疾患の健康支援が重視されている.しかしながら,高血圧や糖尿病など自覚症状に乏しい疾患では,受診中断などが多く,コンプライアンスが悪いことから,疾病管理の重要性が叫ばれている.

 また,1980年前半以降,政府は自己負担を上げる政策に転換して1)おり,被用者健康保険においては,1984年10月には被保険者本人に1割,1997年9月には2割,2003年4月には3割の自己負担を導入した.健康保険制度において,自己負担が課せられている理由は,モラルハザードを防ぐための対策である.モラルハザードとは,自己負担が軽いと受診が増加することを指す.また,出来高の支払制度では,自己負担が軽いと医療を供給する側も過剰な診療をすることも指摘されている.しかし一方,自己負担が課せられれば,必要な受診も差し控えられて疾病が重症化する危険性もある.

 どの程度の自己負担があれば受診が適切なのかの判断は難しいが,適切な自己負担を設定するには患者を対象とした実証的な研究の蓄積が必要である.本稿では,職域を対象として,筆者が行ってきた自己負担率の変化による高血圧と糖尿病の受診への影響に関する実証的な研究を紹介してみたい.

保健予防事業のアウトソーシング最前線・11

特定健診等の義務化が市場にもたらす影響とサービス事業者としての準備―(株)メディヴァと(株)イーウェルの取り組み紹介

著者: 大石佳能子

ページ範囲:P.56 - P.60

市場環境と当社の提供価値

 平成20年度から開始される特定健康診査,特定保健指導の実施義務化に関しては,現段階では未だ多くの保険者が混乱状態にあると言っても過言ではない.各健康保険組合を回り,状況をヒアリングすると,実施計画,体制が確定している健保は,感覚的ではあるが1割に充たない.多くの健保は,実施計画,体制を決めたくても,集合契約や健保連システムの整備状況が不確定であることや,保健指導の投資対効果が見えないことには先に進めない状況に陥っているようだ.

 一方,サービス提供者である医療機関も混乱しているように思われる.医療機関は特に情報が遅く,最近支払い基金への登録指示が連絡されるに至って,ようやく同制度へ意識が向いたようである.同制度への対応方法は,地域の医師会によって異なっており,「医療機関の独自性に任す」地域もあれば,「医師会でまとめて登録するので,各医療機関は申請を出さないように」という指示が来ている地域や,「特定保健指導は医師会が保健師を雇って実施するので,各医療機関では受けないように」という地域もある.また,「特定健康診断は,医師が診なくてもよい健康診断であり,厚生労働省は『医師飛ばし』をもくろんでいる」という怪情報が流れている地域もある.

PHNに会いたい・5

新潟県 2つの大震災と合併の余震が続く中で(上)―中越沖地震の保健師活動に学ぶ

著者: 荘田智彦 ,   山田春美 ,   青木智子 ,   井倉久美子 ,   原美枝子

ページ範囲:P.61 - P.67

 平成20年年頭を飾る本欄は,新潟県の保健師さんを取り上げたいというのは企画当初から念頭にあったことでした.それは新潟県の保健師(婦)たちの歩んだ歴史と公衆衛生看護教育の伝統を,今も心に刻んで活動している保健師たちが新潟にたくさんいることを知っているからです.公害で名を馳せた新潟水俣病当時の先輩保健婦たちが行政内で「危険婦」と言われた(「住民の味方ばかりして行政の言うことを聞かない」)話は有名ですが,環境的には世界一の規模を持つ原子力施設を誘致し,北朝鮮拉致の被害を身近に引き受けた県,そして中越地震(2004.10.23),中越沖地震(2007.7.16)と3年間に2度もの大震災では,地域と密着した新潟の保健師たちのPHN魂を改めて証明してくれました.一方で,大型合併が進み,医療制度改革や民間への業務委託,国をあげての特別健診・保健指導が導入され,それまで長年培ってきた新潟の保健師活動の根幹が揺らぎそうになってきたという状況は,本誌9月号第1回〈PHNに会いたい〉の「はじめに」(ぎりぎりのSOS)でも書いた通りです.

 さて,今月号の案内人をお願いした山田春美さん(52)は,3年前の中越地震ではもっとも被害の大きかった地域の1つ,旧刈羽郡小国町(現長岡市小国)で活躍した保健師です.翌年,長岡市との大合併も経験していますし,今回の中越沖地震でも同町は柏崎市隣接地として再び大きな被害を受けてしまいました.また,全国の自治体でも珍しい原発立地の隣接自治体として旧小国町は10年も前から,「いざというとき」に備え独自で放射能の予防薬ヨウ素剤を全戸配付し常備している町でした.私は10年前にこの問題で渦中の牧野功平(元)町長にインタビューをした経緯があり,山田保健師とはそのときに出会いました.彼女は若い頃,仕事に行き詰まり参加した研修会で,保健(婦)師がなぜ行政にいるのかを問われ,「行政における保健婦の配置は地方自治法に法的な根拠はなく,憲法25条があるからだ」と聞いたことを愚直に守ってきた「普通の保健師」だと言います.「公務員であり保健師である」ことの意味を常に自らに課してきた保健師だということも,私が願うPHNの具体的な「コア・モデル」の1人という根拠になっています(詳しくは後述).

楽しく性を語ろう―性の健康学・5

妊娠・避妊・中絶

著者: 中村美亜

ページ範囲:P.68 - P.69

 今回のテーマは重くて,扱いが難しい.教室には,おそらく人工妊娠中絶経験のある女子学生がいる一方で,受講生の8割を占める男子学生の多くが無関心なテーマだからだ(そもそも,この「性の健康学」という科目は,学生の間で頻繁に起こっている“予定外の妊娠”がきっかけになって開講されたと聞いている).授業をする側としては,とても神経を使う.できるだけ自分の価値観を押しつけないように,かつ現実に遭遇している問題から目を背けないようにするには,どういう話し方をしたらいいか.かなり悩んだ末,次のことに力点を置くことにした.

 まず,いつものことながら,①正確な知識を身につけてもらうこと.それから,②男子学生にも,人ごとではなく自分に直結した問題と捉えてもらえるように話を提示すること.そして,③避妊を徹底し中絶を防ぐよう強く呼びかける一方で,中絶した場合にはどのような心理的ケアが必要かも考えてもらうこと.以上の3点を念頭に置きながら,授業を進めていった.

衛生行政キーワード・39

学校保健の今後の方向性

著者: 岡田就将

ページ範囲:P.71 - P.73

 わが国の学校保健は,明治初期の天然痘への対策に始まり,昭和20年代のGHQによるpublic healthの概念の導入を経て,昭和33年に制定された学校保健法により現在の制度が形作られているが,教育を所管する文部科学省が担当し,健康診断や伝染病管理などの保健管理活動と,体育科・保健体育科などの保健教育とを密接に関連付けて進められている点がその特徴である.

 寄生虫・トラコーマ・結核などの伝染病やう・歯などの昭和33年当時の子どもの主な健康課題については,学校医等の指導に基づく健康診断や伝染病管理などによる学校保健の諸施策が,大きな成果を上げたといえる.

海外事情

グリーフワーク:米国における「子どもの心のケア」の取り組み

著者: 崎坂香屋子 ,   神馬征峰

ページ範囲:P.74 - P.78

 「子どもの心の問題」とケアは,今の日本の社会にとって重要課題である.虐待,いじめ,不登校,家庭内暴力,非行,自傷,拒食,そして自殺.これらの問題が日常的に語られていることからも,それは一目瞭然である.

 しかしながら,子どもの心の傷を治す取り組みはわが国ではいまだ大きく遅れている.たとえば被虐待児の精神的ケア,自殺の起こった家庭内で残された子どもや兄弟姉妹へのケアは十分とは言えない.

「公衆衛生」書評

ホームレス研究―釜ヶ崎からの発信 フリーアクセス

著者: 山崎喜比古

ページ範囲:P.79 - P.79

 本書は,3年に亘る文部科学省科学研究補助金を受けて,日本最大の寄せ場といわれる釜ヶ崎をフィールドに,ホームレスに関して医学・保健学,社会福祉学,法律学の実践家と研究者が協同して行ってきた調査・実践を基盤にした学術研究の書である.私は,本書を読み終えて,いつになく静かな感動を覚えた.著者たちの長年の地道な実践や支援活動と結んだ学術研究の書から,保健医療福祉分野の研究はやはりこうでなくてはならない,理論研究とて,現実の問題とのこのような格闘・緊張関係のもとで行われることが必要だと改めて思い知らされた.

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あとがき フリーアクセス

著者: 阿彦忠之 ,   品川靖子 ,   高鳥毛敏雄 ,   西田茂樹 ,   編集委員一同

ページ範囲:P.80 - P.80

 明けましておめでとうございます.2008年新年号は「憲法」の特集,編集委員全員で企画立案させていただきました.

●地球温暖化対策の議論の中で,日本国憲法には環境権が欠けているという指摘を聞いたことがあります.しかし,9条で戦争という「国家による最大の環境破壊」を禁止している点は,地球環境保護の面でも優れた憲法ですし,個人レベルの環境権も13条や25条などで十分保障されているようです.憲法をもっと深く学びたくなりました. (阿彦忠之)

基本情報

公衆衛生

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1170

印刷版ISSN 0368-5187

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