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雑誌目次

雑誌文献

公衆衛生72巻11号

2008年11月発行

雑誌目次

特集 日本の食を守れるか?

わが国の農業政策の推移と農村社会の変貌

著者: 高鳥毛敏雄

ページ範囲:P.879 - P.882

変貌する農村社会と公衆衛生活動

 わが国はもともと農業国であり,地域社会の多くは農村であり,人々が相互に助け合い,自給自足の生活をしていた.明治時代となり国の行政制度を整えるために地域の集落の合併が積極的に進められた.

 農村社会の解体に大きな影響を与えたのは農地改革であったと思われる.土地の所有形態は変わり小規模自作農家が大幅に増え,地域社会を取り仕切っていた大地主がいなくなり,地域を自己管理する力が弱まり,官依存の状況に転換していくことになった.その後の国の経済・農業政策により農村から若年者は流出し,衰退に追い打ちをかけられた.農村経済は国からの様々な交付金や補助金に依存する構造となった.農村社会の衰退は,わが国の公衆衛生活動の基盤である地域の自助,互助,公助の力,さらに地域の自律性を失わせるものとなっている.

コミュニケーションの観点から見たわが国の食の課題

著者: 平川秀幸

ページ範囲:P.883 - P.886

 輸入食品の残留農薬やBSE(牛海綿状脳症)の問題,偽装表示事件,食料品値上げなど,私たちは食をめぐるたくさんの問題に取り囲まれている.他方で,「○○を食べると△△に効く!」など,食に関係したテレビ番組や雑誌の健康情報もあふれている.その中には,真偽が不明なもの,間違ったものも多い.

 こうした状況では,いかにして信頼できる質の高い情報が社会でより広く共有され,人々の生活の中で活かされるようにするかが決定的に重要である.本稿では,そうした食に関する情報共有の問題点や課題について,「消費者視点の重視」,「参加型手法の有効性」という観点から考えてみたい.

中国産冷凍餃子事件における行政の対応を検証する

①保健所の対応と全国保健所長会の取り組み

著者: 岸本泰子

ページ範囲:P.846 - P.850

事件の概要

 平成20年1月30日,中国産冷凍餃子に含まれた有機リン系農薬メタミドホスによる食中毒が相次いで報道発表された.

 今回の食中毒は,有機リン系農薬メタミドホスを原因物質とし,中国産冷凍餃子を原因食品とする食中毒であり,千葉県,兵庫県の2県にまたがり,異なる地域の3家族10名に健康被害を生じた.対応した保健所は千葉市,千葉県,兵庫県の異なる3保健所であった.

②自治体の対応―東京都の場合を中心に

著者: 桜山豊夫 ,   富樫哲也 ,   中村憲久 ,   奥澤康司

ページ範囲:P.851 - P.855

 本年1月30日の夕方,東京都では輸入冷凍餃子が原因と疑われる健康被害の発生について,都民への注意喚起を目的として報道発表を行った.千葉県,兵庫県,JT,日本生協連,厚生労働省においても時を同じく,輸入冷凍餃子による中毒事件について公表した.いわゆる「ギョーザ事件」の最初の報道発表である.

 WHO(世界保健機関)でMEP(マラリア根絶計画)を指揮された宮入正人博士は,MEPが失敗に至った経緯の分析の中で,根絶に成功したPEP(天然痘根絶計画)と比較しながら,失敗例からこそ学ぶものが多いと述べられていたが,今回の輸入冷凍餃子による中毒事件に関しても,失敗とまでは言えないものの,対応に反省すべき点があるのは事実であり,これらの点を検証していくことが,今後の健康危機管理への対応に資することになると考える.筆者らは当時,東京都福祉保健局健康安全室において,事件の対応に当たったが,東京都の対応を中心に報告するとともに,その検証を試みる.

③国の対応

著者: 道野英司

ページ範囲:P.856 - P.860

 昨年12月から本年1月にかけて,有機リン中毒が千葉県千葉市,兵庫県高砂市,千葉県市川市の3家族で発生した.3家族はいずれも中国の同一製造者が製造し,同一輸入者が輸入した冷凍餃子を食べていた.合計10名が嘔吐,めまいなどの症状を呈したが,千葉県市川市の事案では,小児1名が一時意識不明となった.調査の結果,患者が喫食した冷凍餃子の吐瀉物などから,有機リン系農薬であるメタミドホスが高濃度検出され,これらの事案はメタミドホスが混入した冷凍餃子による食中毒事案とされた.

 日常的に広く流通する食品を原因とした本事案の発生により,食品の安全に対する国民の信頼は損なわれた.このため,政府として,国民の健康の保護を第一として,食品の一層の安全性確保を図ることが,最優先課題のひとつとなった.本事案の原因は日中の当局が捜査中であるが,政府一体となって取り組み,危害情報の集約・一元化体制の強化,緊急時の速報体制の強化など,原因究明を待たずとも取り組むべき課題に対しては,速やかに対応する必要があることから,平成20年2月22日,食品による薬物中毒事案に関する関係閣僚会合による申し合わせ「食品による薬物中毒事案の再発防止策について(原因究明を待たずとも実施すべき再発防止策)」が取りまとめられた.厚生労働省では,申し合わせに従って,関係法令の改正,ガイドラインの策定など順次対応してきており,本稿では,本事案の検証および提起された問題への厚生労働省の対応について述べることとする.

日本の食料自給率はなぜ低いのか

①世界の食糧需給の社会的背景

著者: 丸井英二

ページ範囲:P.869 - P.873

 今から15年近く前,1994年にワールド・ウォッチのレスター・ブラウンが『飢餓の世紀(Full House)』を出版した.もちろん食糧問題は一部ではすでに大きな問題となっていたが,その頃の一般の人々にとっては,まだまだ遠い問題であった.しかし,わが国の食料自給率が熱量ベースで40%を切り,輸入食品の安全性がマスメディアで大きく取り上げられるようになった段階で,経済問題としても環境問題としても食糧問題は大きな関心を集めるようになっている.しかも,単に食糧が足りるとか足りないという数量の問題だけではなく,そこには世界の政治経済的と言うべき社会的な背景がある.

 日本は食に関して特殊なのか,それとも多くの国が似たようなもので,例外的ではないのだろうか.もちろん,食糧自給率が日本のように低い国は少ない.そして,一般的に食の問題は国の安全保障の問題と並行して語られる.「いざというとき」国民を養っていけるだけの食糧を確保できるかどうかが,政治的あるいは外交的な判断を支えることになるからである.ところが,ここに「いざというとき」とは何か,という疑問が常につきまとう.いざという事態が起らないように相互依存関係を維持しておくことが大切であるという議論もあるからである.食糧の問題は時として政治と表裏一体をなしている.

②わが国の食料自給率の推移と農業政策

著者: 松原明紀

ページ範囲:P.874 - P.878

 最近は,「食料」がメディアの話題にならない日はない.途上国における穀物需要の増加,バイオ燃料向け需要の増加,食料輸出国による輸出規制の動き,投機資金の動き等から価格が高騰して,途上国においては低所得者の生活に直接影響を与える事態も生じている.わが国においても,畜産物価格を中心とした品不足,日常食品の値上げ等,国民の生活に影響を与えるようにもなっている1).このような状況を契機として,食料問題,とりわけ「食料自給率」への国民的関心が高まっている.

 本稿では,これまでの食料自給率の推移の状況とその要因を分析するとともに,政府の取り組み状況についても解説する.

視点

社会の変化に応える公衆衛生とは

著者: 野見山哲生

ページ範囲:P.840 - P.841

 アジアにおける3回目のオリンピックが,この原稿を書いている現在中国で開催されている.かつての日本,韓国がそうであったように,オリンピックを経て政治的,経済的,そして文化的に一層発展し,国際社会の中でさらに重要な位置を占めるようになるであろう.

 戦後の混乱の中で,新たな日本を作る高度経済成長の中,東京オリンピックに湧いた.高度経済成長に伴う産業の発展は四日市ぜんそく等公害による健康障害を伴った.これらの「公害病」という社会問題に対し,当時アカデミズムの中にいた研究者は行政や地域住民と一体となり,疫学的なエビデンスを出す一方,メカニズムを明らかにするための基礎研究に邁進していたことはすでに知られたところである.当時衛生学,公衆衛生学に身を置いた諸先輩方が疫学的,実験的な調査,研究を繰り返してきたのは,社会のニードに真っ正直に応え,事象の存在と病態,そして原因を解明し,予防に繋げたい,という思いがあったからではなかろうか.

連載 公衆衛生のオルタナティブ・4

【対談】健康情報とメディア(下)

著者: 松永和紀 ,   坪野吉孝

ページ範囲:P.887 - P.891

画一的な健康報道は,なぜ起きるのか

坪野 最近では中国産冷凍餃子の事件や食品偽装問題など,食品の有効性というより安全性の問題があります.これらの一連の事態や報道については,どのように感じられましたか.

松永 中国産冷凍餃子の問題については,確かあれは1月30日の夕方近くにわかったと思うのですが,すぐに新聞社のデスクから私のところに電話がかかってきて「どう思うか」と聞かれました.その時に,私自身は「これは野菜の残留農薬が原因ではない.工場で殺虫剤などとして使用されていた薬剤が,加工工程で間違って入ってしまったか,あるいは犯罪である」と答えたのです.

Health for All―尾身茂WHOをゆく・47

20年間を振り返って

著者: 尾身茂

ページ範囲:P.842 - P.843

 1990年に始まった私のWHOでの20年間もそろそろ終焉を迎える.1998年のWHO西太平洋地域委員会(各国厚生大臣が集まる会議)において選出された地域事務局長としての任期(2期10年)が,来年1月に満了するためである.

 この地域委員会が今年9月22~26日までマニラにて開催された.今回の地域委員会は任期中最後であったため,この10年間の総括および次期地域事務局長の選出が最大のテーマであった.今回はこのことについて述べてみよう.

パートナーシップ時代の国際保健協力―これから国際保健協力を志す若者への10章・2

洞爺湖サミットに見る国際保健問題

著者: 江浪武志 ,   武井貞治 ,   中谷比呂樹

ページ範囲:P.893 - P.897

 第1章においては,国際保健の枠組みに起こっている,地殻変動とも言える変化について説明した.今回は,この国際保健の枠組みが実際にどのように機能しているかについて,日本が議長国を努めたアフリカ開発会議(TICAD)とG8北海道洞爺湖サミットを例にとって説明したい.

 本稿では,まず,TICADおよびG8サミットの概要と成果を説明し,次に,今回のG8北海道洞爺湖サミットの成果文書である議長宣言に至るまでの検討の経緯で明らかになった,外交上の国際保健の位置付けと,この舞台における主要なプレイヤーについてのイメージを持っていただくことを目的としている.

予防活動のガイドライン・11

高血圧

著者: 井上和男 ,   稲田晴彦

ページ範囲:P.898 - P.902

Summary of Recommendations

 米国予防医療研究班(USPSTF)は,18歳以上の成人に対して高血圧のスクリーニングを行うことを強く推奨する(推奨度A).

 小児に対しての高血圧の定期的スクリーニングについては,心血管疾患予防効果に関するエビデンスが不十分である(推奨度I).

地域における自殺対策の新展開―自殺は予防できる・8

静岡県における自殺対策―富士モデル事業の実践

著者: 松本晃明

ページ範囲:P.903 - P.906

 静岡県では,平成18年度から産業都市・富士市(人口約24万人)において,自殺の多い働き盛り世代(40~50歳代男性)を主な対象とした「うつ・自殺予防対策富士モデル事業」を推進中であり,本稿では本事業の経過を報告する.

PHNに会いたい・14

―岩手県九戸郡―“ものいわぬ農民”の故郷を訪ねて

著者: 荘田智彦 ,   畠山貞子 ,   畠山とし子 ,   横島孝雄 ,   佐藤佳子

ページ範囲:P.907 - P.914

 かねて「日本のチベット」と言われていた岩手県の,とりわけ県北北上山地を訪ねたいという希望は持っていました.その気持ちをさらに強くしたのは,平成14(2002)年の6月,岩手県保健師長研修会に講師として呼んでもらったときでした.その年は,奇しくも「保健婦」から「保健師」に呼称の変わった最初の年で,演題こそ「社会情勢と公衆衛生看護―ジャーナリストから見た保健師活動」ということでしたが,特に岩手県がたどってきた保健婦活動の壮絶な歩みを思うとき,「婦」から「師」へたった一字でも何かが途切れてしまわないか,不安がよぎったものです.私はこのときのカバンに,『宮沢賢治詩集』,40年も前の岩波新書の大牟羅良(著)『ものいわぬ農民』(1958年),そして『北上山地に生きる』(河北新報盛岡支社,1973年)の3冊を忍ばせて,盛岡に向かいました.

 宮沢賢治(1896-1933)のいた「雨ニモ負ケズ」の時代,「ものいわぬ」は昭和30年代の,「北上山地」は40年代後半から,“出稼ぎ”による家族崩壊が問題化した時期の,この3冊の語る,同じ故郷の貧しい岩手の農村の風景や農民たちは重なってひとつながりにあるはずです.親や祖父母,またその上の世代の背負った環境や苦難は,現在の若い世代や子育てに影を落としたりはしていないかが心配でもありました.研修会の楽しみは全県の町村から集まる保健師から,高齢,母子など各地の保健活動の報告を聞けることです.しかし事例検討や事業報告もほとんど全国の保健師活動と変わらず,作成中の「保健計画」はどれも金太郎飴,そのことに特別がっかりしたわけではないのですが,ほんの20年くらい前まで岩手の地域保健・母子保健の課題だった「僻地・貧困・多病・多死・無知・非衛生」と闘ってきた,先輩保健師や助産師たちの歩みがあるだけに,そうした影も暗さもない報告にホッとすると同時に,本当に「課題」は卒業できたのか,ちゃんと保健師たちはそのことを踏まえているのか心配にもなりました.

衛生行政キーワード・49

「臨床研究に関する倫理指針」の改正について

著者: 赤羽根直樹

ページ範囲:P.916 - P.918

 臨床研究を実施する際の指針である「臨床研究に関する倫理指針」が平成20年7月31日付けで改正され(平成20年厚生労働省告示第415号),平成21年4月1日より施行されることとなった.

 本稿では本指針の改正の経緯と,改正された指針の概略について説明する.

研修医とともに学ぶ・8

結核・感染症対策から学ぶ医の倫理と人権

著者: 嶋村清志

ページ範囲:P.915 - P.915

 新医師臨床研修制度における地域保健・医療研修の中でも,とりわけ保健所の業務上,非常に重要な方略のひとつに結核・感染症対策があります.当該研修の一般目標(GIO)として,甲賀保健所では「医師として結核・感染症の発生予防および感染拡大を防止するためのしくみを理解するため,関係法規を知り,結核・感染症発生時およびその後の対応を適切に行えるようにする」ことを掲げています.そして,その一般目標を形成する行動目標(SBO)を達成するための具体的な方略として,①エイズ等性感染症の相談・検査,②感染症発生動向調査の報告・還元および感染症情報センター(滋賀県衛生科学センター)での現場研修,③地域における結核対応の実際から学ぶ,といった研修メニューを入れています.

 特に③については,結核患者の発生届の受理から感染症(結核)診査会での諮問ならびに結核公費負担事務と結核患者管理に至る一連の流れを学ぶことになります.甲賀保健所では原則,研修医自らが感染症(結核)診査会で,研修期間中(1か月間)の全症例について実際に諮問してもらっています(写真1).業務として諮問する以上,責任のあるプレゼンテーション(以下,プレゼン)が求められます.だからこそ,感染症(結核)診査会に臨む前までには,必ず事前に保健所長である私と結核の担当者を交え,実際のX線フィルムを前にして,「プレ」プレゼンを行っています(写真2).その「プレ」プレゼンの場では,感染症予防法37条(入院)および第37条の2(外来)の適応の違いや,抗結核薬における標準治療法について学べる機会としています.さらに胸部X線写真の読影や結核病学会の学会分類についても症例から学べるよう工夫をしています.そして関係法規や社会医学的な視点でディスカッションをしながら,学習できる機会としています.

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あとがき フリーアクセス

著者: 品川靖子

ページ範囲:P.920 - P.920

 今月の特集に際して,執筆をお引き受けいただいた先生方から続々と原稿が届く頃,中国における牛乳へのメラミン混入事件のニュースが新たに飛び込んできました.

 さらに,度重なる食品偽装問題に続いて,またも経済大国日本において事故米が流通・使用されていたお粗末な実態も明らかになっています.

基本情報

公衆衛生

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1170

印刷版ISSN 0368-5187

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