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雑誌目次

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公衆衛生72巻9号

2008年09月発行

雑誌目次

特集 現代の貧困と健康

フリーアクセス

ページ範囲:P.691 - P.691

 経済格差が広がる中,年収200万円以下の人が1,000万人を超えたことが報道されています.これらの中には,ホームレスやネットカフェ難民と呼ばれる住居を持たない人々,ワーキングプアと呼ばれるきわめて低い所得の労働者の人々が含まれています.また,生活保護の受給者,母子・父子家庭,無年金あるいは低年金所得の高齢者等の生活に困窮している人々も存在しています.さらに,保険料が払えず国民健康保険の資格を喪失し,医療を受けられない人々が存在していることも報道されています.

 昔から所得と健康には関連があることは知られており,また貧困者の健康を守ることは公衆衛生活動の原点とも言えます.現在の日本で貧困者はどのような状況に置かれ,どのような健康問題を抱えているかを知ることは,公衆衛生従事者にとって重要なことと思われます.そしてわれわれ公衆衛生従事者が生活困窮者に何ができるのかを考えてみるため,貧困と健康について特集を企画しました.

貧困と健康の関係―海外の文献から

著者: 岩尾総一郎 ,   松原弘子

ページ範囲:P.692 - P.695

はじめに

 世界保健機関(WHO)がこれまでに発表した健康と貧困に関する世界の統計数値には,目を見張るものがある.例えば,下記である.

●世界人口60億人の内,10億人以上が食料,水,下水処理,ヘルスケア,住居,教育に必要な基本的なものを充足できていない.

●全世界で11億人が栄養障害を来たしている.

●推定で12億人が1日1ドル未満で暮らしている.

●出生時余命は,先進工業国が77年に対して,低開発国では50年に満たない.

●発展途上国では7億9,900万人が,先進工業国と発展移行国では4,100万人が栄養不良である.

●地球全体で予防可能な疾患で亡くなっている子どもは,1日に3万人である.

●妊婦死亡のリスクは,ヨーロッパが1/4,000であるのに対して,人口のほぼ半分が絶対的貧困層であるサハラ以南では1/12になる.

 貧困と健康の関係を考えるとき,どちらを説明変数とし,どちらを目的変数とするか,議論が出る.2001年12月にまとめられたWHO「マクロ経済と健康に関する委員会」報告では,病気と貧困は双方向に作用するというものであった.つまり,「不健康は貧困の原因であるだけでなく結果でもある」というのが,大方の納得できる理解であろう.本稿では,貧困と健康の関係について,いくつかの疫学的研究結果を基に,その事実を検証していきたい.

わが国の貧困問題の歴史的変遷と現状

著者: 橘木俊詔

ページ範囲:P.696 - P.699

貧困の歴史

 日本の貧困を簡単に歴史の流れに沿って評価してみよう.

1.農業時代の貧困―古代・中世・近世

 古代・中世・近世の日本では主要産業は農業であり,それに商業と手工業を中心にした軽工業であった.人々の大半は農業に従事していたのであり,貧困になるかどうかは土地保有や農業生産にどのように従事しているか,ということから決められていた.

非正規雇用の現状と改善の課題

著者: 伍賀一道

ページ範囲:P.700 - P.703

雇用形態の変容,非正規雇用の増加

 1990年代半ばから今日にかけて日本の雇用形態は大きく変容した.それは正規雇用(正社員)の減少,非正規雇用の著しい増加によって特徴づけられる.では正規雇用とは何か.他方,非正規雇用とはどのような人を言うのだろうか.

 雇用形態を区分するには3つの基準がある.①雇われている雇用主のもとで働く「直接雇用」か,それとも派遣社員や請負労働者のように雇用関係のない別会社に派遣されて働く「間接雇用」か,②期限の定めのない「常用雇用」か,雇用期間が限られた「有期雇用」か,③「フルタイム」か,「パートタイム」かである.正社員あるいは正規雇用とは,〈直接雇用―常用雇用―フルタイム〉の3つの条件を満たす人のことである.他方,非正規雇用は,「有期雇用」,「間接雇用」,「パートタイム」のうち,少なくともひとつに該当する.たとえば,今社会問題になっている「日雇い派遣」は,「間接雇用―有期雇用(日々雇用)―フルタイムまたはパートタイム」である.

生活困窮者の医療問題

著者: 本田徹

ページ範囲:P.704 - P.707

 21世紀初頭の日本社会における生活困窮者は,①老齢基礎年金などだけが頼りの,最低生活を強いられている高齢者,②生活保護を受給している個人や家族,③派遣労働や不定期就労で安定した収入を得られない若者・壮年層(いわゆるワーキングプア),④ホームレス者やそれに類似した境遇の人々,⑤在日外国人(特に資格外就労者,オーバーステイ者)など,多様な人々を含む.これら異なった条件下に置かれた集団それぞれに,異なった医療問題と保健ニーズが存在することはもちろんだが,共通する課題も多い.

 筆者は,東京都台東区・荒川区にまたがる「山谷」に隣接した地域の病院で臨床医として働く一方,国際保健の分野で活動するNPO法人・シェアの代表として,海外での保健教育,HIV/AIDS,プライマリ・ヘルス・ケア(PHC)にかかわる仕事を継続してきた.シェアでは,1991年より在日外国人の健康相談に応じる形で,彼らの保健上の課題を共に考え,分析し,医療アクセスの改善や人権の保障などのために微力を注いできた.

国民健康保険滞納者の健康破壊は皆保険体制崩壊の始まり

著者: 芝田英昭

ページ範囲:P.708 - P.716

 国民健康保険(以下「国保」)は,国民の約4割1)が加入する公的医療保険であり,1961年の皆保険体制確立の根幹をなす制度である.しかし,今や滞納世帯は加入世帯の18.6%(約475万世帯,2007年度),保険料を「特別の事情」がなく1年以上にわたり滞納しているとして正規の保険証が取り上げられ「国民健康保険被保険者資格証明書(以下「資格証)」が交付されている世帯は,約34万世帯2)に上っている.

 国保法第1条(この法の目的)は「この法律は,国民健康保険事業の健全な運営を確保し,もつて社会保障及び国民保健の向上に寄与することを目的とする」(1958年12月成立)と謳い,憲法第25条の生存権規定を具現化したものと評価できる.しかしNHKは,2008年1月21日3)に,過去2年間で資格証か無保険状態で病状が悪化し病院にかかった時点では手遅れで亡くなった方が41人4)いることを明らかにした.国民の健康を守るはずの制度が,国民の命を切り捨てる結果となっていることは,「保険証さえあればいつでもどこでも気軽に医療機関にかかれる」とした皆保険体制が既に崩壊していることを示している.

母子・父子家庭の健康問題と支援活動

著者: 有本晃子

ページ範囲:P.717 - P.723

 近年,離婚件数,未婚の母の増加にともない,ひとり親家庭が増加している(図1).平成15年11月現在,母子世帯(父のいない満20歳未満の未婚の子どもがその母によって養育されている世帯)は1,225,400世帯(全世帯数の2.7%),父子世帯(母のいない満20歳未満の未婚の子どもがその父によって養育されている世帯)は173,800世帯(同0.4%)になっている1).さらに母子のみの世帯は788,000世帯(全世帯数の1.7%),父子のみの世帯は89,000世帯(同0.2%)であり,18歳未満の児童のいる世帯で見ると,6.8%がひとり親と未婚の子のみの世帯であると報告されている2)

 ひとり親家庭を対象とした調査3,4)(表1)では,母子世帯の3/4以上,父子世帯の約2/3が「現在の生活が大変苦しい,または苦しい」と答えている.また平成17年の年間平均収入は,母子世帯で213万円(一般世帯の37.8%),父子世帯で421万円(同74.7%)と低く,生活保護受給率は9.6%であった1).さらに表2に示すように「現在困っていること」として,「経済面」と答えた者が最も多く,ひとり親家庭の苦しい経済状態が明らかとなっている3,4,5).また健康面について見ると,大阪市調査(表2)で母子家庭の4割以上,父子家庭の3割以上が「現在困っていること」として「健康面」を挙げている3)

地方の路上生活者の実態と支援活動

著者: 下村幸仁

ページ範囲:P.724 - P.727

 現在,わが国のホームレス注1)(以下,「路上生活者」という)数は減少傾向にあるとされる.2003年の全国調査注2)で25,296人であった路上生活者数は,2007年調査では18,564人となっており,実に1/4強の減少を示している.この要因として,景気回復による失業者の減少,大都市部での自立支援センターによる就労自立支援,東京都の地域生活移行支援事業などが考えられる.

 しかし,この評価は地方都市では必ずしも当てはまらない.本稿では,福島市における路上生活者支援から見えてくる地方都市の路上生活者の実態を明らかにするとともに,支援のあり方について検証する.

生活保護における諸問題

著者: 大山典宏

ページ範囲:P.728 - P.731

 日本の社会保障が危機に瀕している.財源不足に加え,これまで制度の基盤となってきた「企業による福祉」や「家族の支え合い」が弱体化し,セーフティネットの網からこぼれ落ちる人が激増している1)

 社会の中で広がり続ける貧困.その中で,最後のセーフティネットである生活保護制度の在り方に注目が集まるのも当然と言えよう.

視点

自覚的な眠気がない睡眠障害に注意

著者: 谷川武

ページ範囲:P.684 - P.686

予兆のない居眠りの危険性

 事例1:走行中に気がつくと目的地についていることがあった.高速道路で運転中,気がついたら出口で側壁に衝突していた.それ以外にも壁に接触することがよくあった.

 事例2:運転中に居眠りをすることが頻繁にあり,最近10年間に5回追突事故を起こした.

トピックス

地域がん登録に関する国民意識―2006年英国調査を踏まえての全国調査結果

著者: 松田智大 ,   丸亀知美 ,   味木和喜子 ,   祖父江友孝

ページ範囲:P.733 - P.737

 がん対策とその評価,適切ながん医療提供に必要不可欠な地域がん登録は,日本では2008年6月現在,35の道府県で実施されているものの,完全性や即時性といった「質」において欧米や韓国に遅れをとっている.この遅滞の要因として,個別の法制度がないこと,患者が集中する首都圏2地域で実施されていないこと,人材・資金の不足などが挙げられるが,その一方,国民・医療機関の理解が十分ではないことや,医療機関からのがん罹患データの収集はプライバシーの侵害と考える向きが国内にあることが指摘されている.

本格化するセーフコミュニティ活動―内外の現況報告

著者: 反町吉秀

ページ範囲:P.738 - P.739

 事故,暴力,自殺等の外因による傷害や死亡は,科学的根拠に基づくプログラムにより予防が可能であるとの基本認識に立ち,部門横断的な協働によるまちづくりを進める傷害予防活動が,WHOセーフコミュニティ(SCと略)活動である.

 普及啓発という種まきの時期が長く続いていた日本のSC活動にも,ようやく実りの時期が到来した.日本セーフティプロモーション(SP)学会が昨年9月に設立されるまでの日本でのSC活動の道のり1)や世界の動き2)は,それぞれ他の論文を参照いただくとして,本稿ではSCをめぐる最近の日本の現況と世界の動きを簡単に紹介する.

連載 Health for All―尾身茂WHOをゆく・45

国際社会における日本・2

著者: 尾身茂

ページ範囲:P.688 - P.689

 前回は,日本の国際社会における存在感にやや陰りが生じてきたと述べた.今回はこの事態に対して,どう対処していくかについて考えてみよう.

 この課題については,様々な意見があり,また解決も容易ではないが,国民の間で概ね合意できるいくつかの点があると思う.

予防活動のガイドライン・9

タバコ

著者: 竹内武昭

ページ範囲:P.740 - P.743

 日本の喫煙率は男性40%,女性11%1)と先進諸国では依然として高い状態が続いている.喫煙は心身両面に悪影響を与えるが予防可能であるため,その対策は医学的・公衆衛生学的に非常に重要である.平成20年度より始まった特定健康診査と特定保健指導でも,保健指導対象者の選定のステップ2に喫煙の有無が含まれている2).健康日本213)では喫煙予防策として具体的に4つの目標:①喫煙の健康影響の十分な知識の普及,②未成年の喫煙をなくす,③公共の場と職場での分煙の徹底及び効果の高い分煙に関する知識の普及,④禁煙支援プログラムの普及を挙げているが,禁煙支援プログラムの理解は低いと言われている.

 本稿ではUS Preventive Services Task Force(USPSTF:米国予防医学専門委員会)の内容を中心に,現在の日本のタバコ事情を加味した筆者のタバコ対策の私見を述べる.

地域における自殺対策の新展開―自殺は予防できる・6

中間市における自殺対策

著者: 中野英樹 ,   小嶋秀幹 ,   鶴田忍 ,   宮川治美 ,   坂田深一 ,   中村純

ページ範囲:P.744 - P.748

 本邦における自殺者数が3万人を超えるようになって10年が過ぎている.自殺は社会構造の変化や経済的な要因だけではなく,様々な原因が考えられ様々な自殺予防対策が講じられている.またマスコミもセンセーショナルに自殺問題を多く取り上げているが,自殺数はほぼ横ばいで目立った減少傾向は見られない.そのため自殺対策基本法が平成18年10月28日に施行され,それに基づいた自殺総合対策大綱が作成された.このような状況で,国は自治体ごとに自殺対策連絡会議を設置することを定め,地域特性を取り込んだ自殺予防対策が必要となってきている.

 本稿では,われわれ産業医科大学精神医学教室が平成18年より近隣の行政(福岡県中間市)と共同で行っている自殺予防対策について紹介する.

衛生行政キーワード・47

新型インフルエンザ対策について

著者: 森桂

ページ範囲:P.750 - P.752

新型インフルエンザとは

 2003年11月以降,鳥インフルエンザウイルス(H5N1)のヒトへの感染事例や死亡例が増加し,2008年6月19日現在,世界における感染者は385人,そのうち死亡者は243人に達している.これまでヒトには感染しなかった鳥インフルエンザウイルスが,変異によってヒトへの感染を起こしており,さらにヒトからヒトへと感染するようになる新型インフルエンザウイルスの出現は時間の問題であるとされ,予断を許さない状況が続いている.

 新型インフルエンザは10年から40年の周期で発生すると言われており,20世紀には1918年のスペインインフルエンザ(推計死亡者4,000万人),1957年のアジアインフルエンザ(推計死亡者200万人以上),1968年の香港インフルエンザ(推計死亡者100万人以上)が記録されている.この感染症に対しては,ほとんどの人が免疫を持っていないため,世界的な大流行(パンデミック)が引き起こされ,大きな健康被害と社会的影響が懸念されている.さらに人口の増加と都市への人口集中が進み,高速大量交通機関が発達した現代においては,短期間で地球全体にまん延するおそれがあり,医療・保健分野にとどまらない危機管理課題として,対策の体制整備が急がれている.

研修医とともに学ぶ・6

と畜場および食肉衛生検査所研修~近江牛から食の安全を学ぶ~

著者: 嶋村清志

ページ範囲:P.749 - P.749

 新医師臨床研修制度における「地域保健・医療」の重要なメニューとして対物保健研修があります.公衆衛生の現場では医師や保健師が中心となって対応している,いわゆる対人保健業務だけでなく,獣医師や薬剤師が主に関わっている生活衛生業務について学べることは,大変貴重な方略であると考えています.

 そもそも,われわれの生活を根底から支えているものは,安全な水や空気,食品であり,恒常的に処理されている下水や廃棄物処理の上に成り立っているのです.蛇口を開けば当たり前のように安定的に安全な飲料水が供給されている水道や,スーパーでお肉などの食材が普通に買えることに感謝している人はどれだけいるでしょうか.食肉について言えば,自らの命をもって人間の生命を支えてくれている獣畜に対し,感謝の気持ちを持っている人はどれだけいることでしょう.

原著

デイサービスに通う高齢者への口腔,摂食・嚥下ケアの介入効果

著者: 森田久美子 ,   佐々木明子 ,   寺岡加代 ,   千葉由美 ,   山﨑恭子 ,   大塚陽一 ,   中山京英 ,   大島厚子 ,   斉藤典子

ページ範囲:P.753 - P.759

目的

 介護保険法が平成18年4月に改正され,予防を重視した一貫性・連続性のある総合的介護予防システムの確立が望まれている.

 介護予防策として運動器の機能向上・栄養改善・口腔機能の向上が3つの柱となっているが,なかでも口腔機能は「解剖学的位置関係から咀嚼・嚥下のみならず,発語にもかかわり,食や会話に直結する広範な機能である」1)ことから,口腔機能の向上にとどまらず,さまざまな効果が期待できる.

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あとがき フリーアクセス

著者: 西田茂樹

ページ範囲:P.762 - P.762

 以前,死亡率の研究をしていた頃,集団の死亡率あるいは平均寿命は何によって決定されるかについて考えていました.そして,死亡率を決めるのは,突き詰めたところ,集団の中の貧困者の割合,それも相対的な貧困者の割合ではなく,一定水準以下の所得の貧困者の割合ではないかと推測していました.すなわち,食べられるか,食べられないかの貧困水準が決定要因ではないかと考えていました.現在のわが国の平均寿命は世界最高水準です.しかし,わが国に貧困が蔓延していく現状を見ると,遠からず,世界最高から脱落するような気がしています.

 今回は貧困の特集を企画してみました.貧困と健康は公衆衛生にとって基本的な問題です.しかし,今回の特集を読んで,われわれ公衆衛生従事者には貧困問題を根本的に解決することはできないと改めて感じました.また生活困窮者の健康問題に公衆衛生として何ができるか,考え込んでしまいました.

基本情報

公衆衛生

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1170

印刷版ISSN 0368-5187

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