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雑誌目次

雑誌文献

公衆衛生73巻1号

2009年01月発行

雑誌目次

特集 健康食品をめぐって

フリーアクセス

ページ範囲:P.7 - P.7

 現在,わが国では多種多様ないわゆる健康食品やサプリメントが販売されています.これらは食べるだけ,飲むだけで健康が維持,増進される効能や,あるいはがんなどの疾病が予防できる効能を持っているように感じさせており,多くの人々に購入され,摂取されているようです.しかしながら,厚生労働省が許可している保健機能食品は別として,これらの食品やサプリメントの中には,健康に対する効能についての科学的根拠が疑わしいものや,相当にいかがわしいものも含まれています.また,ごく一般的な食品までが健康になる食品として喧伝されている場合もあります.その結果,フードファディズムといった健康に対する明らかに間違った摂食行動が起こっています.さらに,健康食品への過信による健康問題,食品含有有害成分による健康問題,医薬品成分を含有している違法な食品による健康被害などが起こっています.加えて,保健機能食品やサプリメントにしても適正な使い方をしなければ,健康に良いとは言い難い面があります.

 健康食品については,2006年の本誌70巻5号の特集『「食育」の時代へ』の中で取り上げました.しかし,昨今の健康食品ブームの状況をみると,保健所や市町村の健康相談などの場面で,健康食品やサプリメントについて住民から質問されることも多いのではないかと推測されます.またいわゆる健康食品やサプリメントについては,誤解されている点も多く,正確な知識が普及していないことも危惧されます.そこで今回,前回とは重複しない内容で,より詳しく,いわゆる健康食品やサプリメントについて特集しました.

健康食品ブームの社会的背景

著者: 瀬川至朗

ページ範囲:P.8 - P.12

はじめに

 与えられたテーマは「健康食品ブームの社会的背景」である.そもそも健康食品は,今,ブームの中にあるのだろうか.私は少し冷めた目で見ている.

 「健康食品」とは,曖昧で得体の知れない食品群である.うさん臭いものを含めて,多くの種類の「健康食品」が跋扈する中で,果たして,「科学的根拠」をキーワードに個々の健康食品を精査していくと,どれほどのものが残るだろうか.そうした観点から,『毎日新聞』日曜版に「健康食品ノート」と題するコラムを書き始めたのが2000年10月だった.1年間の連載をもとに『健康食品ノート』(岩波新書)を出版したのは2002年2月であった1)

 連載当時は,「がんに効く」という触れ込みのアガリクス食品が盛んに宣伝され,まさに,異様とも言える「健康食品ブーム」の時代だった.その後も過熱気味の状況が続いたが,ここ数年,幾分かは沈静化したように思える.状況の変化には,アガリクス食品の「バイブル本」の摘発事件や,フジテレビ系列の人気健康情報番組「あるある大事典Ⅱ」の納豆ダイエット捏造事件などが深く影響している.しかし,2008年にはテレビ番組での紹介で「朝バナナダイエット」が関心を呼び,バナナが極端に品薄になる現象が起きている.

 人々の「食品信仰」には根深いものがある.「ブーム」は蜂の羽音を語源としており,「ある事柄が急に盛んになったりすること」(新明解国語辞典)といった意味が含まれる.一時的に沈静化しても再び過熱する可能性がある.ブームという形ではなく,市民が健康食品を冷静に眺め,適切に向き合えるようになることが大切である.

 本稿では,人類の歴史を振り返る「長期的視点」,戦後から今日に至る「中期的視点」,1990年前後からの「今日的視点」という3つの視点から,健康食品をめぐる動きを捉え直し,健康食品が人々の心を魅了する仕組みについて社会的背景を分析する.その上で,健康食品と賢く付き合うための処方箋の一端を提示できれば幸いである.

健康食品・サプリメントの概要

著者: 田中平三

ページ範囲:P.13 - P.19

健康食品・サプリメントの定義

 健康食品は,科学的にも,法律的にも定義されていない.しかし,健康食品とは,通常の食品よりも「健康によい(健康に関する効果がある)」と称して,あるいは「健康の維持・増進に役立つ」と表示(食品の機能等を表示)して販売され,利用されている食品である1)と一般的には考えられている.しかし,実際に「通常の食品よりも健康によい,健康の維持・増進に役立つ」かどうか,その科学的根拠が十分にあるかどうかは,必ずしも明らかでない.本稿では,主として健康食品の有効性とその表示(健康強調表示「health claim」という.後述)に焦点を絞り,医薬品の効能・効果と対比させながら解説することにする.

 健康食品から保健機能食品(特定保健用食品と栄養機能食品.後述)を除いたものを「いわゆる健康食品」という1).健康補助食品(財:日本健康・栄養食品協会),栄養補助食品,健康基盤食品は,健康食品とほぼ同意語である.

保健機能食品・サプリメントの正しい使い方

著者: 梅垣敬三

ページ範囲:P.20 - P.24

 市場には健康効果を標榜した多様な食品が流通している.それらは国が認めている保健機能食品と,それ以外の「いわゆる健康食品」に大きく分類することができる.原則として,食品に対して医薬品のような身体の構造や機能に影響する表示は認められていない.しかし,保健機能食品については,例外的に限られた範囲ではあるが,機能等の表示が認められている.保健機能食品は特定保健用食品(特保)と栄養機能食品から構成されており,いずれも有効性・安全性が国によって科学的に評価されている.具体的に見ると,特保は主に最終製品,また栄養機能食品は製品に含まれるビタミン・ミネラルという含有成分として,それぞれ評価されていると言える.保健機能食品以外の製品(いわゆる健康食品)の大部分は,成分としてだけでなく,製品としても有効性・安全性が明確にはなっていない.

 本稿では,上記のような保健機能食品やそれ以外の製品の特徴を踏まえ,その正しい使い方について紹介する.なお,わが国ではサプリメントという用語に明確な定義はなく,人によって認識する製品は異なっているが,ここでは保健機能食品以外の製品の中で,錠剤やカプセル状のものをサプリメント製品として記述することとした.

サプリメントの有効性の疫学研究

著者: 下方浩史 ,   安藤富士子

ページ範囲:P.25 - P.30

栄養疫学とサプリメント

 明治時代,脚気は国民病であり,特に兵士の罹病,死亡例が多かった.当時の海軍軍医総監であった高木兼寛は白米と麦による動物飼育実験の結果などにより,西洋諸国で脚気が少ないことはパン食による麦の摂取のためであると考えた.遠洋航海での麦飯混合食の試行実験を実施し,脚気患者が1人も出なかったことから,明治18年,海軍の食事をすべて麦飯混合食へ切り替えた.その結果,海軍から脚気がなくなった.これは日本で最初の栄養疫学的な観察研究,介入研究であると言える.一方,陸軍では森鴎外が軍医総監であり,ドイツ流の病理学や細菌学を採用し,脚気は脚気菌によるものと考えていた.このため麦飯混合食は陸軍では採用されず,その結果,陸軍では多数の死亡者が出て,日清戦争では戦死者よりも脚気による病死者のほうが多かったと言われる.

 鈴木梅太郎が抗脚気因子であるオリザニン(ビタミンB1)を発見するのは明治43年である.それまではなぜ麦飯が脚気を予防するのかわからず,森鴎外らによって「科学的根拠がない」として否定されたわけである.これは疫学的研究と病理学的研究の差を示すものであろう.疫学でははっきりとした理由がわからなくても,観察研究,コホート研究,介入研究などで関連性が明らかになれば,それは科学的事実として認め,予防に役立てていく.この結果,麦飯混合食で何万人もの人命が救われたのである.逆に「科学的根拠」があるとされる場合にも,疫学的研究で否定される場合もある.試験管での実験の結果で有効である根拠が示され,また動物実験でも有効であった成分が人ではまったく無効であったり有害であったりする.

健康食品による健康被害

著者: 内藤裕史

ページ範囲:P.31 - P.37

 2001年に出版した『中毒百科』(改訂版,南江堂)執筆のため,内外の大量の論文を渉猟していて,健康食品や漢方薬による深刻な健康被害が多いのに驚いた.

 補完代替医療の有力な手段であるはずなのに,実態の把握と安全性の検証はゼロに近い.そこで,学術雑誌に発表されたヒトの事例を約1,000件まとめ安全性を検証したのが『健康食品・中毒百科』(丸善,2007年1月)1)である.紙幅の関係で本稿では,詳細を尽くすわけにいかないので,詳細と文献は,上記書籍をご参照いただきたい(文中カッコ内の数字が本の頁).

保健所における「健康食品」への対応

著者: 毛利好孝 ,   天野栄子 ,   浦瀬希美 ,   木村詠美 ,   堤直人

ページ範囲:P.38 - P.41

 そもそも食品を摂取する目的は,つい最近まで低栄養問題を解決することが最優先であった.しかし,食生活の変化,多様化とともに栄養摂取状況は著しい改善を遂げ,昭和50年以降は,生活態様の急激な変化によって,食品の摂取に伴って生じる問題は,それまでと全く異なったものとなっている.

 つまり,個人のライフスタイルを追求する傾向が強まり,美味・美食を求めることが流行になるとともに,栄養,運動,休養等の不調和や栄養に対する知識の欠如,不合理な摂取傾向(欠食,偏食等),加工食品の偏重などから栄養素摂取の不均衡を招き,それらが遠因,誘因となって肥満,高血圧,心臓病,糖尿病,貧血などの生活習慣病が増加するなど,住民の健康面において憂慮すべき問題が数多く生じることとなったのである.

野菜や薬草等の機能性とその健康利用

著者: 笠原義正

ページ範囲:P.42 - P.45

 近年の健康づくりに関する意識の高まりを受け,野菜や健康食品などにおける機能性研究が盛んに行われている.健康のために古くから利用されてきた薬草や薬草に近い野菜などについては,以前にも増して多彩な機能が求められているようだ.そこで,健康を維持できるような比較的機能性の高い食材群について,歴史的な事実を踏まえて考えてみたい.

スポーツ医学とサプリメント

著者: 下村吉治

ページ範囲:P.46 - P.50

 栄養摂取において,なるべく多くの種類の食物を摂取して,バランスよく栄養を摂ることが一般の人には勧められている.一方,普通の人よりもかなりエネルギー消費量が多く,またそれを補うための食物摂取量も多いのがスポーツ選手(アスリート)である.アスリートは,単にエネルギーを多く必要とするだけでなく,種々の栄養素を多く摂取する必要性もある.

 基本的には,栄養素のすべてを食物から摂取することが理想であるが,一部の栄養素を十分量補うことができない場合もある.そのような場合に効果を発揮するのがサプリメント(栄養補助食品)である.スポーツ界の需要を反映して多くの種類のスポーツ関連サプリメントが市販されており,それらを愛用するアスリートも少なくない.実際に,サプリメントによる有効性が適切に現れ,スポーツ選手の競技力が向上することは稀ではない.

 しかしながら,サプリメントの効果をあまりにも過剰に期待して,それらを過多に摂取するアマチュアおよびプロのアスリートもいるようである.過剰に摂取されたサプリメントがその効果を発揮することはなく,逆に悪影響を及ぼす場合もある.この誤ったサプリメントの使用の原因には,アスリート自身やコーチの栄養学的知識の不足が挙げられるが,スポーツ栄養学の研究成果を十分に現場に反映させる方法がないこと,およびスポーツ栄養学の研究自体がまだ十分には発展していないことなどが挙げられるであろう.

 先にも述べたように,運動の現場ではある特定の栄養素だけを多く必要とする場合があるので,その目的のために特別な栄養素を迅速かつ簡便に摂取できる点でサプリメントは有用である.サプリメントの中で,最も一般的に普及しているものは筋肉の増強および肥大を補助するためのサプリメントであり,その代表的な製品がタンパク質やアミノ酸を主原料としたものである.これらのサプリメントの効果は,ある程度実験データによる裏付けもあり,有効性が確認されている.以下には筋肉のためのタンパク質およびアミノ酸サプリメントについて,その有効性と作用機構について解説する.

視点

住むまちへの愛着が健康なまちづくりのエネルギー―口腔保健,地域の食文化,伝統的な健康法

著者: 田沢光正

ページ範囲:P.2 - P.3

 筆者は平成20年3月で県を退職した.大学卒業後,歯学部口腔衛生学教室で11年,県職員として21年,公衆衛生の仕事をしてきた.4月からはフリーランサーとして「健康づくり総合アドバイザー・歯科医師」を名乗り,「あなたの地域,職場,学校,グループ,仲間の健康づくり・元気づくりを応援します」と看板を掲げ,公衆衛生の仕事を続けている.本稿では民間の公衆衛生マンとして活動する私のインセンティブにかかわることを,思いつくまま述べてみたい.

 もう10年以上前になるが,県の地域活性化事業費により,地区歯科医師会と盛岡保健所が中心となり「南部せんべい&デンタルヘルス」のネーミングで,地場産品の「南部せんべい」(堅くて噛み応えがあり甘くなくゴマ入りでヘルシー)のPRと,8020(ハチマルニイマル)運動の普及の相乗効果をねらった事業を実施した.せんべい業界,タウン誌,PTA,商工会などの参加を得てネットワーク会議を設け,様々なPR事業を行ったが,この活動を通しネットワークづくりでは,それぞれが役割を持って汗を流すこと,共感すること,対等な関係が大切なことを学ぶことができた.また,「地元にはいいおやつがあるんだ」という「南部せんべい」を自慢したい気持ち,地元の食文化への自信,これが活動に積極的に参加することと連携することのエネルギーになることを実感した.

連載 Health for All―尾身茂WHOをゆく・49

国際保健を志す人へ

著者: 尾身茂

ページ範囲:P.4 - P.5

 (財)笹川記念保健協力財団のフェローシップ等を通じて,WHO西太平洋地域事務局を訪問する若い世代の方と話す機会があると,しばしば聞かれる質問がある.「WHOや国際保健分野で将来働いてみたいと思うが,どのような人が向くのか,どのような資質を磨いていくべきなのか」といった内容である.

 今回は国際保健を志す若い人に対し,メッセージを込めて述べてみたい.

働く人と健康―精神科臨床医の立場から・1【新連載】

成果主義とメンタルへルス

著者: 天笠崇

ページ範囲:P.51 - P.55

 「製額賞与」のことを併説しなければ次の節で諒解がゆきかねる.これはつまり日給でありながらかつ集団受負の一部に関与せしめて,自からその業を勢出さねばならなくなるよう仕向けたものだ.要するに私が少々なまけても日給は貰えるが,製額をあげぬと賞与が貰えなく,その製額賞与と日給を合わせて,やっとどうにか賃金らしく盛り立ててある.換言すれば紡績工場の日給制度は,その日給額が「本日給」と「製額賞与」に分かれているのだ(「女工哀史」1)126-7頁).

 紡織工場のごとく喧噪な処で,少々体が悪くとも我慢して長時間働かねばならぬことは,実にこの精神病と大なる関係があるように思われる(「女工哀史」1)369頁).

パートナーシップ時代の国際保健協力―これから国際保健協力を志す若者への10章・4

複雑化・大型化する国際保健問題―ヘルスディプロマシーとは

著者: 武井貞治 ,   江浪武志 ,   中谷比呂樹

ページ範囲:P.56 - P.59

 連載第2回においてはG8サミットを例として取り上げ,国際保健の枠組みが実際にどのように機能しているかを,第3回においては顧みられない熱帯病を例として国際的合意過程をみた.本稿においては,より総括的に,国際保健問題が外交上重要な課題と位置づけられるようになった背景と,保健と外交の主要課題に関する最近の取り組みを説明した後に,今後の展望を述べる.

ドラマティックな公衆衛生―先達たちの物語・1【新連載】

連載を始めるにあたって

著者: 神馬征峰

ページ範囲:P.60 - P.61

 …「経験」そのものが,「わたくし」という言葉を定義する(文献1のp15).

 

 ドラマ(Drama)とは,フィクションの一様式である.ギリシャ語のδραμα,dráma(アクションの意)からきた言葉であり,それはさらにδραω,dráō(何かをする)という動詞に由来する(英語版Wikipedia「Drama」).

予防活動のガイドライン・13 【最終回】

「予防活動のガイドライン」の連載を終えるにあたって

著者: 矢野栄二

ページ範囲:P.65 - P.69

USPSTFポケットガイド2008

 昨年1年間12回にわたり,米国保健省の外局Agency for Healthcare Research and Qualityが発行している『The Guide to Clinical Preventive Services:Recommendations of the US Preventive Services Task Force』(USPSTF=予防医療研究班)の内容を紹介しつつ,わが国における予防活動のあり方を考えてきた.USPSTFのガイドラインのポケット版も,連載を続けるうちに2008年版が出版された.2008年版1)では新たに8項目が追加され,2項目が改定となったが,これらはすべてインターネットで見ることができるし,送料のみ負担で日本でも入手可能であるので,連載で取り上げられなかった項目とあわせ,是非ご自分でもご確認いただきたい.

地域における自殺対策の新展開―自殺は予防できる・10

韓国の自殺対策

著者: 本橋豊 ,   佐々木久長 ,   米山奈奈子 ,   小泉恵 ,   金子善博

ページ範囲:P.71 - P.74

韓国の最近の自殺の現状

 韓国の自殺率は過去26年間の推移で見ると急速に増加している.1982年の自殺率は6.8(人口10万対)だったが,2005年には24.7となった.2007年のOECD health dataによると,OECD諸国の中で韓国の自殺率は第1位であった(第2位はハンガリー,第3位は日本).図1は1983年から2003年までの韓国の自殺率の推移を示した.年代別の自殺率(2003年)を見ると,1/3以上は60歳以上の高齢者であり,高齢者の自殺が最大の問題である.高麗大学医学部の李敏秀教授によると,韓国の自殺急増の原因は社会経済的要因が大きいという1).具体的には,経済的不況,失業率の増大,経済的な格差の増大である.その他に,インターネットによる自殺サイト,有名人の自殺による群発自殺なども付加的要因として挙げられるという.Ben Parkらは韓国における社会的統合と自殺に関する研究を行い,経済のグローバル化により,韓国の伝統的な共同体のモラルが失われやすくなり,代わって西洋的な個人主義的・物質主義的な社会へと変容していることが,自殺率の増加と関連していると推測している2).そして,デュルケームの指摘した社会的統合が弱くなること3)が,高齢者の自殺率を上昇させている可能性があると示唆している.

 韓国の自殺の記述疫学的特徴は次のとおりである1).男性の自殺率は女性の約2倍であり,自殺率は年齢とともに増加し高齢者の自殺率が高い.都市部と郡部を比べると,農村部の自殺率のほうが高い(大都市部の自殺率15.4に対して,農村部の自殺率は22.5,2002年).農村部で自殺率が高い理由としては,高齢化率が高いこと,輸入農産物の増加による農村部の経済的逼迫,農薬を入手しやすいことなどが推測されている.自殺手段としては縊死が最も多く(41%),次いで農薬(29%),他の毒物(19%)となっており(1990~2000年,韓国国家統計局),日本と比べて農薬の占める比率が高い.婚姻状態別の自殺率を見ると,離婚者・死別者(自殺率39.2,人口10万対,2005年)の自殺率が高い.また,職業別に見ると,農業従事者・漁業従事者(39.4,人口10万対,2005年),失業者(220.9)が高い.

PHNに会いたい・16

―高知県― 「精神」対策と「自殺予防」の目指す地平

著者: 荘田智彦 ,   谷聡子 ,   脇節子 ,   山脇賀子 ,   池香 ,   掛水伊津 ,   森太亮 ,   小野川恵利 ,   浜田和子

ページ範囲:P.75 - P.82

はじめに―絶望からの解放

 業務分担制が一般化して,分掌を尋ねると,「精神担当です」と答える保健師たちがいます.ただ,この「精神」が何を指すのか,精神障害者,精神病患者への対応なのか,「こころの相談」窓口や,メンタルヘルス一般まで広く含んでいるのか,背景にある社会的な病理の解明や対策まで手を伸ばすのか,よくわかりませんでした.そこへ近年の「自殺予防」事業が,精神担当の元におろされてきて,ますますわかり辛い分野になってきたように思います.国から県の精神保健福祉部門を通じ市町村におりて,この事業が自殺=心の病(精神保健)=心の健康づくり,のような流れで進むのではという疑念が加わりました.

 精神患者の対策として,長期入院患者の在宅復帰支援事業に積極的な取り組みが始まっています.実際には,たとえ本人が望んでも,受け入れには大変な困難が待ち受けているはずです.この事業に取り組むだけでも,精神患者たちがいかに実社会から疎外され差別されて生きてきたか,施設隔離がどれほど彼らの人権や自由を奪ってきたか,思い知らされるはずです.そこから本当の精神患者・精神障害者の対策が始まるのだと思います.

 『自殺対策基本法』(平成18年6月)第1条(目的)には,自殺対策の基本理念を定め,国や自治体等の責務を明らかにし,〈自殺対策を総合的に推進して,自殺の防止を図り,併せて自殺者の親族等に対する支援の充実を図り,もって国民が健康で生きがいをもって暮らすことのできる社会の実現に寄与すること〉,第2条(基本理念)には,自殺対策では,自殺を単に個人的な問題としてみるべきでなく,〈背景に様々な社会的な要因のあることを踏まえ,社会的取り組みとすべきこと,それ故,単に精神保健的観点からのみならず,自殺の実態に即して実施されなければならない〉と定めました.それなのになぜか,国の自殺予防の専門家たちはこんなことを言っています.

 〈自殺対策においては,「修正可能な危険因子」を減らす,「保護因子」を増やす,という意識をもつことが重要といえます(重大な危険因子は精神疾患,しかしこれは「修正可能」な因子でもある)〉(『公衆衛生情報』2008.3.特集「自殺を防ぐ」竹島正・国立自殺予防総合対策センター長).また,同特集には「医療面のシステム整備が今後の課題,行政は費用対効果のある対策の予算化を」として,〈自殺未遂者を救急から精神科へ紹介して入院させ,心のケアを提供することを保険点数化するといった政策誘導が重要〉(本橋豊・秋田大学公衆衛生学教授)も.しかし「自殺・自死」の原因は精神疾患だけではないわけで,自殺予防=精神医療・精神保健の関心が強くなりすぎると,「自殺」の実態から目をそらすばかりか,本来の「精神対策」の主目標さえ混乱させていないか心配です.

 今回はその「精神」の現場を勉強させてもらいたいと思いました.取材の協力をお願いした谷聡子高知県障害保健福祉課課長補佐(50)を案内人(写真1)に,協力は脇節子看護部長のいる土佐病院,患者家族会,そして須崎保健所管内,津野町,四万十町,中土佐町の保健師さんたち(以下敬称略)です.現地取材は2008年9月20~22日の3日間行いました.

衛生行政キーワード・51

わが国の妊産婦死亡率

著者: 三間紘子

ページ範囲:P.84 - P.86

 近年,わが国の周産期死亡率と新生児死亡率は世界でもトップクラスを維持してきた一方で,妊産婦死亡率については,他の先進諸国の数値を考慮すれば,依然改善の余地が大きいとされてきた.このような中,平成19年の妊産婦死亡率は出産10万対で3.1と世界最高水準に到達した.本稿では,わが国の妊産婦死亡率についてのこれまでの経緯をまとめてみる.

研修医とともに学ぶ・9

地域保健・医療研修における診療所研修のあり方を考える

著者: 嶋村清志

ページ範囲:P.62 - P.63

 新医師臨床研修制度における地域保健・医療研修において,地域「医療」研修,いわゆる診療所研修は極めて重要なメニューであり,その研修のあり方については,保健所内はもちろんのこと,地元医師会(長)とも十分に議論をしておく必要があります.

 甲賀保健所の場合,地域保健・医療研修は1か月間あり,そのうち約1週間程度,研修医は地元開業医の診療現場に出向いて研修を受けることとしています.その診療所研修は地元医師会の全面的な協力のもと,研修医それぞれの意向も尊重した上で実施されるべきだと考えています.そして,研修医は地域の良き先生方の後ろ姿を見て,生涯のロールモデルと接する絶好の機会を得てほしいと思います.指導医は医師として,また1人の人生の先輩として,ともに地域医療の現場で実際に共有できる時間を持てることが,研修医にとって,非常に大きな糧になると思います.

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あとがき フリーアクセス

著者: 西田茂樹

ページ範囲:P.88 - P.88

 いわゆる健康食品やサプリメント(以下「健康食品」)には,私が公衆衛生分野に入った頃には既に様々なものがあり,それ以降現在に至るまで,次々と新しい製品が産み出され,流行しているように感じます.そして,それらの健康食品の流行には無理もない面もあるようにも感じています.公衆衛生分野で勧めている健康維持法は,タバコを吸うな,禁酒日をつくれ等禁欲的で,さらに多種類の食品を摂れ,運動しなさい等大変面倒であり(?),一寸敬遠したいようなところがあります.ところが健康食品を使えば,1か月数千円程度の出費で簡単に健康が維持される(?)わけで,効能を信じている一般市民がこれらに頼るのも仕方がないような気もします.昔,公衆衛生関係の某研究所のお酒好きの職員の間で密かに健康食品の一種が流行っていたことがありました.専門家でもこんな状況ですから,一般市民の間で健康食品が流行るのも当然の現象かなと思います.

 ただし,健康食品やサプリメントについては,効能や正しい使い方を理解して利用しないと,役に立たないどころか,場合によっては健康被害を起こすこともあります.そして,今回先生方にご執筆頂いたお原稿を読んでいて,功能や使い方,副作用等について,実はわれわれ公衆衛生従事者も十分には理解していないのではないかと危惧を抱きました.本号を是非ご精読頂き,正しい知識を啓蒙して頂ければと思います.

基本情報

公衆衛生

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1170

印刷版ISSN 0368-5187

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