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雑誌目次

雑誌文献

公衆衛生73巻4号

2009年04月発行

雑誌目次

特集 介護予防―3年間の検証から

介護予防施策としての運動器疾患対策

著者: 大渕修一

ページ範囲:P.266 - P.271

 介護予防施策は,平成12年の介護保険制度成立時から,介護保険の生活支援サービスと,より自立支援を強調した施策として車の両輪として働くように設計されたものである.しかし,介護保険制度開始時においては,介護保険制度を運営する上での基本的なサービス基盤が整っておらず,より緊急度の高い訪問介護など在宅生活を支えるための支援サービスが重点的に整えられてきたために,介護予防施策が先延ばしにされてきた.その結果,介護保険制度は国民にとって必要不可欠な制度として成長したと同時に,一方で安易な生活支援サービスの利用が,かえって自立支援を阻害し,要介護状態の重度化を招いているのではないかという懸念も生じた.このような背景から平成17年の介護保険法改定においては,車の両輪として機能させるという原点に立ち戻り,自立支援をより明確にした,予防重視型システムへの転換が図られることになった.運動器疾患対策はその1つの手段である.

 同時に,制度成立時には予想されなかった,脳血管疾患などの疾病による要介護状態ではなく,廃用を背景とし加齢に伴う生活機能障害によって要介護状態となっている者が,特に軽度要介護者で多いことがわかり,すでに生活機能障害が大きく生じている要介護高齢者へのサービスの提供にとどまらず,要介護状態になる前のリスクの高い地域の虚弱高齢者まで拡大する必要があると考えられた.これらのことから,平成17年の介護保険法の改定にあわせて,軽度者への廃用症候群を背景とする老年症候群を主な介入対象と明確にした上でこれを早期に発見する,健診システム,状態改善を促す介護予防サービス,それらをマネジメントする地域包括支援センターが整備されることとなった.

 本稿では,この新しい介護予防施策が導入されてからの3年間の功罪を,運動器疾患対策(正しくは医療対象と区別する意味で,運動器の機能低下であるが)に視点を置いて論述したい.

介護予防施策としての口腔ケア―その現状,問題点,今後の展望

著者: 植田耕一郎

ページ範囲:P.272 - P.275

 平成18年4月の介護保険の改正における介護予防事業として,「口腔機能向上支援」サービスが,予防給付と地域支援事業の両面から実施されている.特に介護・福祉領域に「口腔」の文言が明記されたのは画期的なことであった.口腔ケアをすることにより,誤嚥性肺炎予防が達成でき,さらに日常生活動作や認知機能にまで好影響を与えるとの学際的報告がされ,高齢者施策の一角を成すに至った1,2).現在,口腔ケアの概念は広義に捉えられるようになり,口腔清掃のみならず,摂食機能に対する機能訓練としての手法も導入されている.

 本稿では,口腔機能向上サービスの現状,その中で先駆的な事例と問題点を探り,今後の展望について検討する.

「栄養改善」における現状と課題

著者: 草間かおる ,   須永将広 ,   杉山みち子

ページ範囲:P.276 - P.280

 「栄養改善サービス」は,要介護非認定者,ならびに要支援者(要介護者)の低栄養状態にある者またはそのおそれのある者を対象とし,「食べること」を支援するサービスとして,「地域支援事業特定高齢者施策」(図1)1),「予防給付」(図2)1)および「介護給付」において実施されている.平成18年度では,特定高齢者施策における通所型介護予防事業は全国8,641か所で実施が行われ,運動器の機能向上は46.3%の実施がなされているのに対し,栄養改善は16.1%と低調であった2).一方,予防給付(介護予防通所介護,介護予防通所リハビリテーション)においては,栄養改善加算の実施件数は少ない(図3)3)

 そこで,栄養改善サービスの実施が進まない要因を探るための調査研究が,平成19年度厚生労働省老人保健事業推進費等補助金(老人保健健康増進等事業分)「介護保険制度の適正な運営・周知に寄与する調査研究事業介護予防給付の栄養改善,口腔機能の向上の実施に関する研究」(主任研究者:植田耕一郎,分担研究者:杉山みち子)において行われた4)

認知機能に着目した介護予防プログラムの開発とその評価

著者: 田髙悦子

ページ範囲:P.281 - P.285

 高齢者の認知機能は,身体的,心理的,社会的機能に深く関連し,その低下は生活機能全体の低下を招くことが知られている.他方,高齢者の認知機能の低下は,必ずしも加齢による不可逆性のものではなく,機能の不活用1)や対人交流の不活発さ2)などが加味した,いわば,心身の生活習慣病3)とも指摘されている.

 Laurin4)は,歩行などの軽度の身体活動と認知機能の維持との関連を明らかにし,Yoshitake5)は,有酸素運動の習慣と認知症発症リスクとの関連を明らかにしている.またWilsonは,認知機能を使用する活動6)や日頃の意図的なエピソード記憶の回想7)がアルツハイマー病の発症リスクを低減することを示し,Verghese8)は,pleasureを伴う余暇活動や対人交流が認知機能低下の予防に資することを示唆している.すなわち高齢者の認知機能に生活のありようや生活習慣が関与していることは,もはや明白であり,焦眉の課題は,高齢者の認知機能に着目してその活性を図り,生活習慣に定着し得るような活動へ高めるための有効な介護予防プログラムの開発である.

介護予防の評価―医療経済学・政策学の視点から

著者: 濃沼信夫

ページ範囲:P.286 - P.289

試金石の経済評価

 目前の2009年度介護報酬改定では3.0%の引き上げが行われることになっているが,介護の財政問題は深刻化している.介護費用,介護給付費の大幅な増加は制度設計時の大方の予想を上回るものであり,また最近では,認知症高齢者や高齢者単独世帯の増加,ケアニーズの個別化・多様化,介護従事者の不足など,より多くの財源が必要となる新たな事態が生じつつある.

 さらに,昨今の世界的な金融危機と急速な経済悪化によっても,介護を包含する社会保障財源は危険水域にまで逼迫する恐れがある.介護保険料支払い年齢(40歳)の引き下げや,消費税(3%)の引き上げなど,国民に負担増を強いる新たな財源の確保が容易でない以上,介護サービスの低下を招かないためには,制度の効率的な運用が不可欠である.

地域における介護予防事業の実際とその評価

①介護予防における保険者の公的責任―和光市の取り組み―効果的な介護予防の展開は事業従事者のパラダイムシフトがポイント

著者: 東内京一

ページ範囲:P.253 - P.259

 平成18年4月からの改正介護保険法により予防重視型システムの転換が図られ,より効果のある政策的な介護予防事業が求められた.基本的なスタンスとして,介護予防というキーワードを高齢者はもとより,関係住民にどれだけ周知理解していただくか.何より介護保険事業に従事する市町村職員および介護保険に関係するサービス提供事業者の理解が大切だった.今本稿を書きながらここ数年の全国的なプロセスを考えてみると,今回の改正は関係者にとって激変だったと思う.介護というキーワードに,「身の回りのお世話」や「家事援助」という行為が先行し,さらに依存が生まれ,介護保険サービスを利用する高齢者やそれをマネジメントするケアマネージャー,サービス提供者ならびに市町村の担当職員も,利用者本位となる自立支援の本質があまり追及されないまま過ぎてきたと思う.特に軽度要介護認定者の増加はその要因が大きいと考えられる.今回の平成18年度からの制度改正で画期的であったことは,介護予防サービスの導入を機会に,自立支援のあり方と本質を改めて考えることとなり,このことが介護予防の理解と推進における大きなポイントとなった.

 和光市が平成13年から独自に取り組んできた介護保険法の保健福祉事業として組み込んだ介護予防事業は,「介護保険はサービス利用が目的ではない,介護保険は自立する手段としてサービス利用の目的がある」ということである.これは,ハイリスク高齢者(現在の特定高齢者),要支援および要介護度1から5までに共通する認識である.

②「太極拳のまち」を宣言した喜多方市の介護予防事業

著者: 安村誠司 ,   松崎裕美

ページ範囲:P.260 - P.265

 2006(平成18)年の介護保険法の改正に伴う予防重視型システムの導入により,運動器の機能向上が,新予防給付,地域支援事業における介護予防プログラムとして導入された.新予防給付に関しては,「筋力向上等の新たな介護予防サービスのうち,科学的に有効であるものを導入」という方針のもと,運動器の機能向上,栄養改善,口腔機能の向上の3サービスが採用,導入された.一方,地域支援事業における介護予防には,これら3サービスの他に,認知症予防・支援,うつ予防・支援,閉じこもり予防・支援の3サービスが加わり,計6サービスがある.

 運動器の機能向上プログラムに関しては,『運動器の機能向上マニュアル』(平成17年12月)1)作成研究班の大渕修一主任研究者による記載が別稿にあるので,詳細はそちらに譲る.本稿では,このマニュアルに記載されている運動器の機能向上の考え方などを参考に,福島県喜多方市,大学,県保健所による共同での体操開発の取り組みを通じて,今後のあるべき方向性について,若干の提案をしたいと考える.

視点

あいりん地域における健康支援活動

著者: 井戸武實

ページ範囲:P.244 - P.245

 私は40年間,大阪府庁や保健所において診療放射線技師として,保健行政に携わってきた.現在はあいりん地域にてNPOの事務局長兼職員として勤務し,結核対策を中心とした健康支援活動に関わって2年が過ぎようとしている.あいりん地域は「釜ヶ崎」とも呼ばれ,大阪市西成区のJR環状線新今宮駅南側に位置する僅か0.62km2の地域である.日本の高度経済成長時代からこの地域は日本一の日雇い労働者市場であり,日本中から労働者が集まって来ている.平成17年の国勢調査によると,あいりん地域の人口は約3万人で,ほとんどが単身世帯であり,男性が82.7%を占めている.

 大阪府の保健所勤務中は衣食住が確保されている人々が主な対象であったが,あいりん地域では全く違う.日雇労働者の人々は不況と高齢化に伴い失業状態でホームレスとなり医療や福祉などの援護が必要となっている.2007年のホームレスの実態に関する全国調査報告書(厚生労働省)によると,ホームレス者数は全国18,564人,大阪市には約22%にあたる4,069人が生活している.警察によると,約1,200人のホームレス者があいりん地域で生活している.

連載 働く人と健康―精神科臨床医の立場から・4

心の健康問題により休業した労働者の職場復帰をめぐって

著者: 天笠崇

ページ範囲:P.290 - P.293

はじめに

 1990年代後半以降増加した,うつ病を筆頭とした気分感情障害により休業した労働者の職場復帰支援が焦眉の課題として認識され,国もガイドライン(手引き)を策定するに至った1).この手引きは,「実際の職場復帰に当たり,事業者が行う職場復帰支援の内容について総合的に示した」もので,事業者は各事業場の実態に即して手引きを改訂・運用する必要がある1).復職支援を扱った書籍も出版されているが2~5),現場は試行錯誤中というのが現状であろう.

 本稿では,プライバシー保護に十分注意したうえで,筆者が関わった復職事例の実際も紹介しながら,心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の現状と課題について述べる.

パートナーシップ時代の国際保健協力―これから国際保健協力を志す若者への10章・7

国際保健における知的所有権問題とUNITAIDなどの新しい動きについて

著者: 鷲見学 ,   エドワード・ベラ ,   武井貞治 ,   中谷比呂樹

ページ範囲:P.294 - P.298

 国際保健は,公衆衛生や医学・医療といった伝統的な領域を超えた広がりの中で展開しつつあることは繰り返し述べてきたところであるが,今回は知的所有権の問題を取り上げ,新たな広がりを実感していただくのが本稿の目的である.世界の保健水準向上にはワクチンや治療薬などの医薬品が廉価かつ安定して供給される必要があるが,その阻害要因として,知的所有権とその保護が近年注目されるようになっている.しかし,一般論としては,技術開発の主役は民間企業であることが多く,知的所有権とその保護による利益は,研究および開発の最も重要なインセンティブである.そのため,過剰な緩和策は技術開発を滞らせ,人類の長期的利益を損ねかねない恐れもある.そのバランスをどうとるか,課題軽減のため,どのような革新的な取り組みがなされているか,述べてゆくことにしよう.

リレー連載・列島ランナー・1【新連載】

保健所アピール戦略

著者: 荒田吉彦

ページ範囲:P.299 - P.301

 今号から「リレー連載」として,公衆衛生の実務者ネットワークの中から,現場で実際に汗を流している方々(ランナー)にご登場いただきます.地域保健活動(健康づくりや健康危機管理への取り組みなど)の具体的な紹介,もしくは「これは現場で問題だ!」「私は最近,こう考える」といったオピニオンなど,今,一番伝えたいことを自由におまとめいただく欄です.第1回目は北海道の旭川市保健所長,荒田吉彦先生からリレーのスタートです. (編集部)

保健師さんに伝えたい24のエッセンス―親子保健を中心に・1【新連載】

わが国の保健師の仕事と保健の構造

著者: 平岩幹男

ページ範囲:P.302 - P.305

 これまでに30年余りにわたって全国のさまざまな保健師さんたちと一緒に仕事をしてきました.大学に勤務していた時代には,いくつかの保健所で乳幼児健診や経過観察を行っておりましたし,その後,市町村の保健行政に携わっていた15年あまりの間にはさまざまな行政施策も含めて保健師さんたちと関わってきました.また最近では各地で講演を依頼される機会が増えており,その中で,あるいはその前後に地域の状況に合わせたアドバイスをさせていただくこともあります.こうした中で私が教えられたこともたくさんありましたし,私が伝えたかったこともそれに負けずたくさんあります.これから始まる24回の連載の中では,親子保健の領域を中心として,いくつかのお話をつなぎながら,みなさんと一緒に考えてゆきたいと思います.どうぞよろしくお願いいたします.

ドラマティックな公衆衛生―先達たちの物語・4

人々のなかへ―ジェームズ・イェン

著者: 神馬征峰

ページ範囲:P.306 - P.309

 真の独立は贈り物として受け取るようなものではない.人々にそれを手渡してあげることはできない.独立は人々によって勝ち取られなくてはならない.(文献1)より)
 

革命的業績

 ジェームズ・イェン(Y.C. James Yen, 1893~1990)は,中国四川省に生まれた教育者,農村復興運動家である.

 アルバート・アインシュタイン,ヘンリー・フォード,ジョン・デューイー,ウォルト・ディズニー,オーヴィル・ライト(ライト兄弟の兄)と続くと,専門が何であれ,どこかで聞いた名前,と思い当たるはずである.いずれも1943年,卓越した「現代の革命的業績」が称えられコペルニクス賞をもらった人たちである.これらの著名人と同列の人物として,ジェームズ・イェンもまた,その年同じ賞をもらっている.それほどまでに彼の業績は,当時革命的と評価されていた1)

 中国で大規模な識字教育運動(Chinese Mass Education Movement)を開始し,さらには農村改建運動を始め,それを台湾,フィリピンその他の諸国まで広げる努力をしたジェームズ・イェン.彼の生涯の方向性を決定的にしたのは,25歳の頃のフランスでの経験であった.

衛生行政キーワード・54

妊婦健康診査について

著者: 三間紘子

ページ範囲:P.310 - P.312

 近年,出産年齢の上昇等により,より慎重な健康管理が必要とされる妊婦が増加傾向にある.その一方で,経済的な理由等により健康診査を受診しない妊婦がみられることから,妊娠・出産にかかる経済的不安を軽減させることが,母子保健行政上の重要な課題の1つとされてきた.

 妊婦に対する保健指導および健康診査(以下「妊婦健康診査」)の積極的な受診を促すために,その公費負担の充実を図るための取組はこれまでもなされてきたが,今般,平成20年度第2次補正予算において妊婦健康診査臨時特例交付金が創設され,各市町村において,妊婦健康診査にかかる公費負担について,相当回数の増が可能となった.本稿では,妊婦健康診査とその公費負担について概説する.

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あとがき フリーアクセス

著者: 阿彦忠之

ページ範囲:P.314 - P.314

 本誌では,介護保険法が予防重視の方向へと舵を切る前年(2005年)の8月と9月に2号連続で「介護予防」の特集を組みました.効果に関する科学的根拠が必ずしも十分とは言えない段階で「新予防給付」や「地域支援事業」としてメニュー化されたため,効果的な実践方法については歩きながら考えるというのが実情で,現場での戸惑いが大きかったことを覚えています.その頃から,「2009年の制度改正の際には,3年間の評価・検証に関する特集を組もう!」と考えておりました.

 念願かなって本号では,介護予防事業の効果の評価に関する最近の研究成果を知り,今後のあり方を展望することができました.特に介護予防の実践面での課題を多角的に学べたという点では,本誌の英文名『The Journal of Public Health Practice』の末尾の単語(practice)を意識した内容になったと評価しております.

基本情報

公衆衛生

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1170

印刷版ISSN 0368-5187

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