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雑誌目次

雑誌文献

公衆衛生73巻8号

2009年08月発行

雑誌目次

特集 超少子化と向き合う

フリーアクセス

ページ範囲:P.563 - P.563

 わが国では,1990年の合計特殊出生率が1966年(ひのえうま)の1.58を下回り,「1.57ショック」としてクローズアップされたことを契機に,少子化問題が注目されるようになりました.

 子どもを産むか産まないかは,個人選択の問題であるとの意見がある一方,少子化に伴う人口減少は国家的な問題であり,社会全体で取り組むべき課題であることは間違いありません.国でも少子化対策を重要な政策課題と位置付け,1994年からエンゼルプラン(1999年から新エンゼルプラン)に基づく施策が推進されたほか,2003年の少子化社会対策基本法と次世代育成支援対策推進法の制定,および2004年の少子化社会対策大綱(子ども子育て応援プラン)に至るまで,10年以上にわたり少子化関連施策が実施されてきました.しかし,合計特殊出生率の低下には歯止めがかからず,2005年には1.26まで低下しました.年間出生数は30年前の約半数にまで減少しており,わが国は「超少子社会」に移行したとも言えます.

少子化とどう向き合うか?―少子化対策の目的と方向性

著者: 林謙治

ページ範囲:P.564 - P.567

少子化問題の出現について

 20世紀は人口爆発の時代,21世紀は高齢化の時代と言われている.人口爆発は多産多死から多産少死に移行する過程で出現し,近年では多産少死からさらに少産少死の段階を経て,多くの先進国では死亡率が逆に出生率を上回っている.その結果近い将来に人口が減少に転じることが予測されている.前者の人口現象を第1の人口転換,後者は第2の人口転換と言われている.第1の人口転換,特に出生力転換は,西欧では1930年代に終わり,日本においては1950年代に終わっている.今日に直接つながる日本の少子高齢化は,1970年代より継続している緩やかな出生率の低下の帰結である.

 戦後,経済復興をなしとげた国々の過去半世紀は,人類史上もっとも物質的豊かさを享受した時代であったと言えよう.従来,親世代の老後保障の担保と言われてきた子どもは,現代では逆に経済的負担と意識される中で,物質的にさらに豊かになろうとすれば,結局は経済的余裕ができるまで,晩婚・少子の選択をせざるをえない.

わが国の少子化に伴う家族の変化と今後の展望

著者: 津谷典子

ページ範囲:P.568 - P.572

 わが国は世界で最も人口高齢化が進んだ国のひとつである.この最大の要因は,「少子化」と呼ばれる人口置換水準以下への出生率の継続的低下である.わが国の出生率は1970年代半ばに置換水準を割り込み,その後も低下を続けている.置換水準とは人口再生産が全うされる水準のことであり,具体的には純再生産率(NRR)が1.00の状態を指す.これを女性1人当たりの子ども数の指標である合計特殊出生率(TFR)に換算すると,約2.1人弱の水準に相当する.出生率が長期にわたりこの水準を割り込むと,人口は早晩減少を始める.わが国だけでなく,すべての欧米先進諸国は,1960年代後半~80年代前半に少子化を経験した.また,NIESと呼ばれるアジアの工業国でも近年急激な少子化が起こっている.

 結婚しないと子どもを産まない傾向の強いわが国では,少子化は主に20~30歳代の女性の結婚の減少(つまり「未婚化」)により起こっている.そこで本稿では,戦後のわが国の出生率の動向を概観し,少子化の最大の要因である未婚化とその社会経済的背景を分析し,他の先進諸国との比較を通して少子化と女性の社会的地位の関係を検討する.そして,これらを基に,わが国における少子化をめぐる政策的対応の方向性について考えてみたい.

少子化対策の効果と評価,その課題

著者: 高橋重郷

ページ範囲:P.573 - P.576

 日本における少子化対策は,1988年の合計特殊出生率1.66が翌年に1.57へと大きく低下したことを切っ掛けとして始まった.人口統計の歴史上それまで最低を記録していた合計特殊出生率は,「ひのえうま(1966)年」の1.58であったが,1990年に公表された同数値はそれを下回った.これにより,日本社会全体を「1.57ショック」という言葉が広く喧伝され,低出生率がもたらす様々な問題が大きな社会的関心を引き起こした.政府では,数値が公表された1990年の8月に「健やかに子供を産み育てる環境づくりに関する関係省庁連絡会議」を発足させ,低出生率に対する様々な検討を始めた.1992年1月1日には前年に法改正された「改正児童手当法」が施行され,児童手当の支給対象が第1子からに拡大され,また同年4月には育児休業制度の施行や出産手当の支給期間の改善等が行われた.そして,1994年12月に当時の厚生,文部,労働,建設の4大臣合意による「今後の子育て支援のための施策の基本的方向について(エンゼルプラン)」が始まり,その後「新エンゼルプラン」を経て,2004年に「少子化対策大綱」が閣議決定された.この大綱に基づく具体的な施策である「子ども・子育て応援プラン」が実施に移された.その後も,少子化対策は政府の重要な施策課題として推進され,「こどもと家族を応援する日本」重点戦略と次世代育成支援の包括的枠組み・中期プログラムなどによって政策が実施されつつある.

 一方で,こうした施策の展開がどのような形で効果を上げ,日本の出生率低下や少子化の進行を抑止し,出生率の回復に効果を及ぼしているのか絶えず疑問も投げかけられてきている.なぜなら,合計特殊出生率は,少子化対策の推進にかかわらず低下が続き,2005年の合計特殊出生率は1.26にまで低下してきたからである.

 本稿では,少子化対策の効果について欧州の動向を考慮しつつ,日本の少子化対策の課題について考えてみたい.

少子化対策は何を優先すべきか?―保育サービス充実,労働時間短縮,および男性の育児参加支援

著者: 坂爪聡子

ページ範囲:P.577 - P.580

 近年,少子化対策が矢継ぎ早に打ち出されている.1994年の「エンゼルプラン」は保育サービスの充実を重視したものであったが,1999年の「新エンゼルプラン」では,仕事と育児の両立支援の観点から保育サービスの充実に加え,雇用環境の整備等も盛り込まれた.さらに,2002年の「少子化対策プラスワン」では,男性の働き方の見直しや育児休業制度の取得促進が挙げられ,男性も含めた両立支援策が示された.現在,両立支援を中心に,子育て家庭すべてを支援するという観点から,多様な対策が講じられている.しかし,出生率の低下傾向に歯止めはかからない.状況に適していない対策も少なくないのではないか? 両立支援の充実度は地域や企業により異なり,個人を取り巻く状況は多様化している.その如何によって対策の効果は異なるはずである.今必要なことは,状況をパターン化して見極め,それに応じた対策を的確に講じていくことではないか?

 本稿では,保育サービスの充実と労働時間の短縮,男性の育児参加支援の3対策に注目し,その効果を理論的に分析する.その上で,対策間の関係性を踏まえ,効果的な対策を明らかにする.

ユニークな少子化対策への提案―キーワードは男女間のコミュニケーション・スキルの向上

著者: 北村邦夫

ページ範囲:P.581 - P.586

少子化の原因を探る

 少子化の要因として,一般に強調されている子育て環境の問題などは他者の研究に譲ることとして,筆者は以下の4点を仮説として挙げ,これに答えるべく実証的な調査研究を進めてきた.

 1) 結婚に対して消極的である

 2) 妊孕力が低下している

 3) 人工妊娠中絶実施件数が増加している

 4) 性交頻度が減少している

 本研究の目的を達成するために,公表されている厚生労働統計のうち,①人口動態統計(出生,死産,結婚,離婚),②保健・衛生行政業務報告(中絶),③妊娠届出報告などに加え,筆者らが実施した「男女の生活と意識に関する調査」結果1~3)を資料とした.

産科・周産期医療の現状と今後の展望

著者: 海野信也

ページ範囲:P.587 - P.595

 産科・周産期医療は,現に妊娠した女性と胎児・新生児の管理を担当する診療分野であり,妊娠・出産する女性の数とその構成の変化に対応することが必要になる.産科医療においては,戦後のわが国の出生数の著しい変動,すなわち1949年(270万出生)をピークとする第1次ベビーブーム,1973年(209万出生)をピークとする第2次ベビーブーム,1990年頃(120万出生)までの急速な減少とそれに続く緩やかな減少傾向(2007年109万出生)に対して,それぞれの時期の社会的経済的状況と医療水準,社会的要請に即した対応がなされてきた.その結果として,わが国の周産期医療統計指標は,世界的に見てもきわめて高い水準を示す一方で,近年は産科医・新生児科医・助産師の不足と分娩取扱施設の減少によるいわゆる「産科崩壊」「分娩難民の発生」等の社会問題を惹起するに至っている.

 今後,妊娠可能年齢(15~49歳)の女性人口が2010年の2,720万人から10年間で2,440万人に10%減少する.出産する女性の95%以上を占める20~39歳の女性人口は,2010年の1,090万人から2020年には900万人(18%減),2025年には860万人(22%減)へと減少する(各年次の出生数からの単純推計).出生数がさらに減少することは確実である.少子化は社会にとって,個人・家族にとって,出生する児の希少性=貴重性を高めることとなり,求められる産科・周産期医療水準もさらに高まると考えられる.その一方で分娩の絶対数の減少は,分娩施設の減少につながり,地域における分娩施設へのアクセスを困難にし,利便性が損なわれる結果となる可能性が高い.産科・周産期医療提供体制において利便性と医療水準の両者を確保するためには,高コスト化は避け難いと考えられる.

 本稿では,戦後のわが国の分娩の実情について,歴史的観点から概観し,その特徴と問題点を示した上で,今後のあり方について考えられる選択肢を提示する.

ワーク・ライフ・バランス

著者: 阿部正浩

ページ範囲:P.596 - P.599

ワーク・ライフ・バランス憲章の成立

 2006年12月,「仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)憲章」および「仕事と生活の調和推進のための行動指針」が,関係閣僚と財界,労働界,そして地方公共団体の代表者等からなる「仕事と生活の調和推進官民トップ会議」において策定された.そして現在,仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)の実現に向けて,官民一体となった取組が始まっている.

視点

組織風土改革の重要性

著者: 石上和男

ページ範囲:P.560 - P.561

組織風土改革とは

 組織風土とは,知らず知らずのうちに組織構成員の考え方や行動様式が規定されているもので,組織の体質を作り上げており,一朝一夕にはなかなか変えることはできない.組織風土が強固であることは一見組織体の運営としては良さそうに見えるが,果たしてわれわれが行う行政サービスにおいては,それが適しているだろうか.

 答えは断じて「ノー」である.われわれの行う行政サービスは住民のニーズに合わせたサービス提供が基本であり,変化するニーズに柔軟に対応できる内容が求められる.そのためには従来様式にとらわれない対応が必要不可欠であり,硬直した組織風土を絶え間なく揺さ振らなければ,改善・改革は進まない.そのためには強いトップのマネージメント=リーダーシップと,職員の自主性が強く求められている.

連載 人を癒す自然との絆・1【新連載】

慈しむ心を見いだす

著者: 大塚敦子

ページ範囲:P.600 - P.601

 ニューヨーク州にあるグリーン・チムニーズは,半世紀以上,アニマル・セラピーをとおして子どもたちの心のケアに取り組んでいる治療施設だ.キャンパスには,森があり,畑があり,農場がある.子どもたちはここで共同生活をしながら,動物たちの世話をし,心の回復をはかっていく.

 グリーン・チムニーズに来る子どもたちの多くは,虐待やいじめなどにあって深く傷ついている.愛され,慈しまれた経験に乏しいために,人と絆を結ぶことがむずかしい.怒りや不満などのネガティブな感情を,暴力的な行動でしか表せない子も多い.このまま行くと,いつか自分を傷つけるか,誰かを傷つけてしまうかもしれない子どもたちだ.グリーン・チムニーズの試みは,そんな子どもたちに,動物たちのケアをとおして,愛すること,愛を受け取ることを教えようとするものだ.

働く人と健康・8―産業医学センター所長の立場から①

石綿(アスベスト)による健康障害

著者: 広瀬俊雄

ページ範囲:P.603 - P.606

はじめに

 2006年7月大阪クボタの労働者そして工場周辺住民に石綿による中皮腫が発生していたというニュースを聞き,多くの国民が大きなショックを受けた.住民や労働者の健康のためと念じて活動しているすべての人たちに「反省の念」が生まれたのではないかと思われる.少なくとも私自身はそうであった.私は,医師になりたての頃に石綿を原因とした悪性中皮腫(今は中皮腫はすべて悪性とされる)に接した.折しもその少し前に石綿関連疾患の報告が出され1),今後大きな課題になるに違いない,と感じたものである.本疾患の存在を気に掛けながら活動してきたので,最近になってその悲惨な有様,報道に接し,この間発掘の活動や予防活動を有効に展開できなかったことを強く反省した.「気づいた時にこそその反省を活かす」ことがいかに大切かを痛感し,以来,石綿(アスベスト)関連疾患への取り組みを仕事の最大の柱として取り組んできた.すでにかなりの数の書籍,雑誌が出版され2~8),学会・研究会でも多くの企画が取り組まれ,学会見解も数多く出されてきたところであるが,今,新聞報道数も最盛期の1/1,000とも言われており,「風化現象」が現れている現実を前にしている.「これから被害・影響の『最盛期』なはず,今こそ!」と想い,本稿では基本的な事柄と現時点での課題について書いてみたい.

ドラマティックな公衆衛生―先達たちの物語・8

失敗から改革へ:共感をもって着実に―フローレンス・ナイティンゲール

著者: 神馬征峰

ページ範囲:P.607 - P.610

…あなた方の間違いは神の計画の一部なのです(文献1),p26)

 

白衣の天使・ナイティンゲール

 フローレンス・ナイティンゲール(1820年5月12日~1910年8月13日)は,イタリアのフィレンツェ生まれのイギリス人看護師.近代看護教育の生みの親.統計学や公衆衛生分野でも先駆的な業績を残した.

 看護師が「白衣の天使」と呼ばれるようになったのは,ナイティンゲールに由来する.クリミア戦争の最中,病棟の夜回りを欠かさなかったことから「ランプの貴婦人」とも呼ばれたナイティンゲール.確かに天使のような人であったのかもしれない.当時,文豪でもあったギャスケル夫人が書いた手紙によれば,「フローレンス・ナイティンゲールは背の高い,姿勢のよい,ほっそりした人です.短か目の,たっぷりした栗色の髪,透きとおるような肌,灰色の瞳.その瞳は思い深げに伏し目がちです.しかしその目が快活に輝くとき,彼女のように楽しげな面持を私は見たことがありません…黒い絹の服の高い衿が細い白い喉もとを覆い,黒いショールを肩に掛けているその様子.たぶんあなたも彼女のたぐい稀な優雅さ,美しさが想像できるでしょう.それは聖女を思わせる姿です」(文献2),p61).

リレー連載・列島ランナー・5

結核集団感染とコミット

著者: 豊田誠

ページ範囲:P.611 - P.613

ひとりの女の子

 桜の季節になると,ひとりの女の子を思い出す.

 その子は平成11年に高知市中学校で発生した結核集団感染の初発患者で,中学3年の1月末に結核と診断された.

 2か月後,桜のほころぶ季節に実施したツベルクリン反応検査で,中学校で大規模な集団感染が起こっていることがわかり,155人に予防内服が指示された.同時に多くの結核発病者も見つかり,マスコミで全国的に報道された.

保健師さんに伝えたい24のエッセンス―親子保健を中心に・5

新生児訪問をめぐって

著者: 平岩幹男

ページ範囲:P.614 - P.617

はじめに

 最近,虐待予防という面もあって新生児訪問が注目されています.全数把握も唱えられているようですが,人手不足の問題もあり,家庭内に他人が入ることを望まない風潮もあって,容易ではありません.今までの多くの新生児訪問は行政の事業として行われていますが,訪問した達成率に力点が置かれ,何をどのように見ていくかという点はあまり強調されていません.今回は新生児訪問をめぐってのさまざまに触れてみたいと思います.

衛生行政キーワード・57

救急医療体制整備の新たな枠組みについて(消防法改正)

著者: 溝口達弘

ページ範囲:P.618 - P.620

はじめに

 平成21年5月1日,総務省消防庁と厚生労働省との共管で,消防法の一部を改正する法律が公布されました.現在,公布から6か月以内に行われることとなる施行に向け,総務省消防庁と厚生労働省と合同での検討会を開催し,対応を進めています(http://www.soumu.go.jp/menu_hourei/s_houritsu.html).

海外事情

米国における母子保健医療と出産の諸状況

著者: 國光文乃

ページ範囲:P.622 - P.625

 民間医療保険を中心とした独特のシステムを有する米国医療は,日本にも様々な示唆を与えるものである.米国カリフォルニア州ロサンゼルスのUCLA(University of California, Los Angeles)公衆衛生大学院に留学中の2008年,UCLA大学病院での出産を通じ,患者として米国医療を経験する機会を得た.当時の経験を踏まえ,母子保健政策,民間医療保険,周産期医療サービスについて,日本との比較を交えつつご紹介したい.

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あとがき フリーアクセス

著者: 阿彦忠之

ページ範囲:P.630 - P.630

 「1.57ショック」から20年.私自身の子育て期間とほぼ一致しますが,少子化の更なる進展とその影響については,身近に感じるものが数多くありました.学校の統廃合だけでなく,春の散歩道の景色から「屋根より高い鯉のぼり」がめっきり減ったこと,町内会単位での子ども会行事の廃止,野球などのスポーツ少年団の統廃合,地域伝統の神楽や獅子舞等の無形文化財における子役不足などです.

 子は鎹(かすがい)と言われるように,子どもは夫婦間だけでなく,地域住民相互の絆やコミュニケーションの強化を促す働きをします.その意味で少子化は,子ども同士が切磋琢磨し喧嘩しながら社会性を育み成長するという機会を減らすだけでなく,地域内での大人の会話を減らし,人間関係や地域コミュニティの希薄化を招く要因にもなることを,この20年間に肌で感じることができました.

基本情報

公衆衛生

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1170

印刷版ISSN 0368-5187

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