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雑誌目次

雑誌文献

公衆衛生73巻9号

2009年09月発行

雑誌目次

特集 弱者への暴力

フリーアクセス

ページ範囲:P.637 - P.637

 近年,相手を選ばない無差別殺人が繰り返され,また家庭内においても様々な殺人が,以前にも増して起こっているように思われます.わが国において,殺人を公衆衛生の対象にすることは困難と思われますが,公衆衛生で取り扱うべき暴力や虐待の問題も周知のとおり存在しています.

 それらは児童虐待や高齢者虐待,障害者虐待,家庭内暴力やドメスティック・バイオレンス,校内暴力といった,一見よく知られた問題です.そして,これらの暴力の対象は,子ども,女性,高齢者,障害者,ホームレスの人たちといった弱者です.また高齢者や児童・生徒,患者等からの暴力に対して,歯向かうことができない介護労働者や学校の先生,医療従事者等も弱者と言えます.

子どもへの暴力:貧困

著者: 山野良一

ページ範囲:P.638 - P.642

「虐待大国」アメリカと貧困問題

 日本では,児童虐待問題に対する本格的な対策は,ようやくここ10年あまりの間に始まったばかりだが,米国では1960年代という早い時期から,社会として国家として,この問題に積極的に取り組んできた.児童虐待問題に対応する米国のシステムは,日本に比べ格段に優れたものを持ち合わせており,そこにかける資金や人的な資源は比べものにならないほど豊富である.

 しかし,他方で原田1)が「虐待大国」と呼ぶように,米国では膨大な数の子どもたちが児童虐待の被害に遭い,その程度も深刻である.米国全体で年間に90万人以上の児童が虐待による被害を受けており,この数はイギリスやフランス,ドイツ,日本と比べても桁外れに多い.また,年間に1,500人以上の子どもたちが児童虐待によって亡くなっている2).この数は,米国における0~14歳年齢の交通事故死の数(約1,800人)に匹敵するものである3)

子どもへの暴力―子どもポルノと子ども買春の防止と被害者支援に向けて

著者: 斎藤恵子

ページ範囲:P.643 - P.646

 インターネット,携帯電話など情報通信技術が目覚ましい発展を遂げる現在,これらを悪用した子どもや青少年への性虐待・性搾取が世界中で深刻化している.本稿では昨年11月にリオデジャネイロで開催された「第3回子どもと青少年の性的搾取に反対する世界会議」での議論を踏まえつつ,日本の現状と求められる対策について考えてみたい.

子どもの暴力行為増加の背景をどう読むか

著者: 明石要一

ページ範囲:P.647 - P.650

文部科学省の暴力行為の調査結果

 文部科学省が児童・生徒の暴力行為の発生件数を発表した.それによると,小・中・高校すべての学校種で,調査開始以来,過去最高の件数である.

 暴力行為の発生件数は,小学校5,214件(前年度より1,411件増加),中学校36,803件(前年度より6,239件増加),高等学校10,739件(前年度より485件増加)の,合計52,756件である.

女性への暴力:夫・恋人からの暴力

著者: 笹田(堀)琴美

ページ範囲:P.651 - P.654

増加する女性への暴力

 警察庁におけるドメスティック・バイオレンス(Domestic Violence,以下DV)の認知件数は,平成20年度は前年に比べて20%増加して25,000件を超えた(図1).ストーカー事案の認知件数も,平成19~20年度は連続で8~9%の増加となった1).最近の急激な景気悪化による生活基盤の崩壊や社会不安の蔓延を背景に,家庭の中で紛争や暴力が起こりやすくなっているのだろう.中には殺人や死体遺棄などの重大な事件に発展するものもある.女性に対する暴力は,女性の生命を脅かし健康に害を及ぼす社会問題である.

 本稿では,筆者の現場経験(前職:福島県女性のための相談支援センター所長)も交じえ,女性への暴力の最近の課題や対応の注意点,防止教育の試みなどについて述べてみたい.

障がい児・者への暴力,虐待

著者: 児玉勇二

ページ範囲:P.655 - P.658

虐待事例について

●事例1

 1991年に東京のある就学前施設において,自閉症の5歳のNちゃんが,運動会の準備中に椅子に座らず何回も逃げるので,K保母が引っ張ってきて強制的に座らせようとし,最後にNちゃんを平手で叩いて鼻血を出させてしまったという事件があった.

 この保母は今回の準備の時ばかりでなく,以前にも往復ビンタをしたりしていた.私たちの子どもの人権救済センターに相談され,その施設や社会福祉協議会や行政と話し合いをしたが,保母側は「これは体罰ではない.人権侵害でもない.暴力でもない」と主張するので,結局裁判になった.

高齢者への暴力:家庭内・施設内での虐待

著者: 田中荘司

ページ範囲:P.659 - P.664

 私たちの社会は,1,300年間儒教による敬老思想を受け継いできており,現行老人福祉法の理念にも敬老思想の普及を規定している.また昭和41年から敬老の日を国の休日として規定しており,本来高齢者には優しい国である.

 西欧諸国では,高齢者の尊厳問題を重要視する時代を迎えており,その一環として高齢者の虐待問題の研究や社会的対応に過去30年努力を積み重ねてきている.

ホームレスの人への暴力

著者: 安江鈴子

ページ範囲:P.665 - P.668

 「ホームレスの人への暴力」と言えば,まず挙げられるのが若者による襲撃事件であろう.1983年,横浜の寿町で起きた複数の中学生による「横浜浮浪者連続殺傷事件」(当時の新聞記事の見出し)がその最初のものであろうが,当時,野宿を余儀なくされる人々の問題は,社会的には取り上げられておらず,被害者も差別的呼称である「浮浪者」と表現されている.が,「汚い」「役に立っていない」という(襲撃した10人の中高生を含む若者は「おまえらのせいで横浜が汚くなるんだ」「横浜をきれいにするためゴミ掃除しただけ」と語ったという)思いだけで人を襲撃した若者の出現は,十分衝撃的であった.その後90年代に入って,野宿を余儀なくされる人は急増し,これらの人々の存在自体が大きな社会問題となり,支援する法律も制定されているのは周知のとおりである.

 「ホームレスの人への暴力」と言えば,この,若者による襲撃を氷山の一角としてホームレスの人が被っている市民からの嫌がらせを扱うべきであるが,なぜ人がホームレス状態になるかと言えば,人々を路上に押し出す力が働いているからなのであり,筆者などは,この力も「排除」とでも言うべき暴力ではないかと考えているので(岩田正美氏は,「寄せ場」は対策の目的自体が「排除」であった,と述べている1)),本稿ではホームレス問題の社会経済的背景も視野に入れて,若者の襲撃事件や市民のいやがらせをなくすためにはどうすればよいのか考えてみたい.

介護サービスを利用する側から介護労働者への暴力

著者: 篠﨑良勝

ページ範囲:P.669 - P.673

利用者側からの暴力や性的嫌がらせの実態

 介護保険制度が施行される前から,介護労働者が利用者やその家族から身体的・精神的暴力や性的嫌がらせなど,様々なハラスメントを受けている実態は存在していた.しかし,その実態調査はまったく行われていなかった.それは,一般の人だけではなく,社会福祉領域の研究者でさえ「介護は福祉であり,福祉サービスを受ける相手は社会的弱者である」という固定観念に縛られていたためである.たとえ介護労働者が利用者側からハラスメントを受けたとしても,利用者側に対する同情心や諦めという気持ちが優先し,公表をすることを躊躇していた.しかし,介護保険制度が施行されると,それまで以上に利用者側の意識が変わり,看過できない状況が出てきた.

 介護労働者が身体的・精神的暴力や性的嫌がらせを職務中に受けた経験を2002年と2007年で比較すると(図1),特別養護老人ホームなどの施設で介護に従事する施設介護職員では,経験ありの介護労働者は4.5ポイント増であるが,利用者の自宅などに訪問して介護サービスを提供する訪問介護員では,経験ありの割合が14.4ポイント増となっている.

視点

若者の殺人事件をどう理解するか―アノミーを視点に

著者: 芹沢俊介

ページ範囲:P.632 - P.635

 若者や子どもの起こした殺人事件を前にすると,いつもアノミーという状態を想定したくなる.アノミーは,100年ばかり前にフランスの社会学者エミール・デュルケームが『自殺論』の中で提出した概念である.私なりの理解を記せば,一人の人間の内部世界の秩序,つまり社会性が自力では修復不能なほどに崩壊してしまったことがもたらす感情の無規制状態を指している.

 これを実感的に知りたければ,たとえば何らかの理由で(たとえば突然の災難),自分の日常の暮らしを安定的に支えていたすべてが無に帰したことによる絶望的な内面状態を想像してみるのがいいだろう.これまで確かにあると信じてきた足下の生きる基盤が崩壊,再興の手だてもなく,無力感にさいなまれる.むろん希望など抱きようもない.

トピックス

新型インフルエンザアウトブレイク,大阪からの緊急報告

著者: 野田哲朗

ページ範囲:P.676 - P.681

はじめに

 平成21年5月16日(土),午前1時半,自宅で就寝中,緊急用の携帯電話で起こされた.

 渡航歴のない神戸の高校生が神戸市環境保健研究所のPCR検査で新型インフルエンザ陽性になり,確定検査のために検体を国立感染症研究所(以下,国立感染研)に送っているというのだ.

 寝ぼけた頭が,一瞬にして覚醒した.

 前日は,短期留学先のカナダから帰国し,成田空港の検疫で見つかって入院していた大阪府寝屋川市の高校生らが回復して帰阪するニュースで賑わっていた.だが,彼らは国外発生の扱いで,まだ気楽だった.厳重な検疫体制が新型インフルエンザの日本上陸を阻んでいると,誰もが信じていた,いや,信じようとしていた.

 だがその日,夕方には大阪府内の私立高等学校でも感染拡大していることが判明し,神戸が対岸の火事ではなくなったのである.

 本稿では,新型インフルエンザアウトブレイクの経緯と,大阪府の対応について報告する(表).

特別寄稿

アフリカ・スーダンの母子保健

著者: 川原尚行

ページ範囲:P.682 - P.684

 われわれ「ロシナンテス」はアフリカ・スーダンで医療を中心として水,教育さらにサッカー事業と様々な分野で活動を行っているNPOです.

 スーダン東部・ガダーレフ州のシェリフ・ハサバッラ村に診療所を構えて,アフリカでの地域医療に取り組んでいます.「ロシナンテス」は,医療分野でも特に母子保健に焦点を当てて活動していきたいと考えています.本稿では,スーダンの地域社会における母子保健の問題と今後の取り組みについて述べたいと思います.

連載 人を癒す自然との絆・2

野生動物のケアをとおして成長する

著者: 大塚敦子

ページ範囲:P.674 - P.675

 前回に続き,ニューヨーク州にある子どもたちの精神治療施設グリーン・チムニーズの取り組みについて書く.ここのプログラムの特徴は,豊かな自然に囲まれた環境を生かし,動物や植物とのふれあいを積極的にセラピーに取り入れていることだが,なかでもユニークなのは,傷ついた野生動物のケアを行っている点である.キャンパス内には州の認可を受けた野生動物保護センターがあり,ケガをして持ち込まれたタカやフクロウなど,野生の猛禽類のリハビリを行っている.農場動物の世話と同様,野生動物のケアも子どもたちのカリキュラムに組み込まれており,多くの子どもが参加している.

 カールトン(14歳)もその1人だった.父親によると,カールトンは両親が離婚して以来情緒不安定になり,ささいなことにも怒って暴力をふるうようになったという.やがて,学校でも家でも手に負えない問題児となり,グリーン・チムニーズに送られることになった.

働く人と健康・9―産業医学センター所長の立場から②

夜勤と健康

著者: 広瀬俊雄

ページ範囲:P.685 - P.689

はじめに

 朝日新聞朝刊(2004年6月12日)声の欄に「24時間の店で深夜働く主婦」という37歳のパートの方からの投書が掲載された.24時間営業に変わった際の深夜勤務者募集への応募者のほとんどが乳児・幼児,小学生のいる主婦だったとし,徹夜勤務が週3日で,年金保険料,介護保険料合計とほぼ同額を得ると書いている.最後に「深夜,母親の居ない家で寝ている子ども…それが現実です」で終わっている.なぜここまで「無理をして」夜勤に従事するのであろうか?

 その背景には「国際化・24時間社会」のような社会的要因や,女性・若年世代を中心に日勤の正規職員の求人が極めて制限されていること,「高時給」を必要とする家計上の事情等もあろう.しかし重要なこととして,「夜勤による健康障害」の事実が夜勤労働者に十分明らかにされないままにきたことがある.その理由としては,例えば高血圧が健診等で明らかにされれば,法律によって健康を害した労働者自身は仕方なしに夜勤から離れなくてはならない.夜勤を続けられる労働者にはいわゆる「healthy effects」(見かけ上の健康の「正常化」)があること,また夜勤群と日勤群の単純比較調査では健康影響がきちんと現れないことが相当あったと指摘されている.その辺りについても十分認識しておかないと,判断に大きな誤りを生んでしまいかねない.

 本稿ではわれわれが見出した「夜勤の健康影響」,「内外の知見」「夜勤継続のための自己犠牲・生活犠牲の実態」について紹介する.

ドラマティックな公衆衛生―先達たちの物語・9

大きな夢,制度への挑戦―荻野吟子

著者: 神馬征峰

ページ範囲:P.690 - P.693

…人その友の為に己の命すつるハ是より大なる愛ハなし(新約聖書ヨハネ伝,第15章より)

 

淋しい病い

 荻野吟子(1851年4月4日~1913年6月23日)は,近代日本における最初の女性医師であり,女性運動家でもある.

 ナイティンゲールほどではない.しかし荻野ぎんは現埼玉県妻沼町の名家のお嬢様として生まれ,学問好きな子として育った.16歳の時,大金持ちの子息と結婚.申し分のない組み合わせであった.

リレー連載・列島ランナー・6

公衆衛生とプライマリーケア

著者: 白井千香

ページ範囲:P.694 - P.697

 高知の豊田誠先生から心温まるバトンを受け継ぎました.神戸市の白井です.実は,この文章を書いているのは,新型インフルエンザの国内初かつ集団発生に遭遇した直後です.「ひとまず安心宣言」が神戸市長から全国に発信されましたが,まだ渦中であることから,まだまだ頭の中が整理されていないので,新型インフルエンザにはあえて触れずに,「公衆衛生とプライマリーケア」という総論的なテーマで書いてみます.この9月号が届いている頃には,第二波もH5N1も来ていませんように…と祈りながら.

保健師さんに伝えたい24のエッセンス―親子保健を中心に・6

乳幼児健診の考え方

著者: 平岩幹男

ページ範囲:P.698 - P.701

 親子保健にとって乳幼児健診は柱の1つであり,すべての市町村が実施している事業です.ご承知のように1歳6か月児健診と3歳児健診は母子保健法でも実施が義務付けられています.またほとんどの市町村では生後3~4か月にも健診を行っていますから,わが国では基本的には就学までに3健診を行っているわけです.このほかにも1歳児健診や2歳での歯科健診を行っている自治体もありますし,最近では発達障害との関連から5歳児健診を開始,あるいは開始を検討している自治体も増えてきています.もちろん自治体による健診だけではなく,多くの医療機関でも乳幼児健診を行っています.現在実施している乳幼児健診を見直す際にも,新たに健診を始める際にも,乳幼児健診の意味や住民ニーズについて,一通り整理しておく必要があると思われます.

フォーラム

雑誌『健康増進』を読み解く

著者: 金田英子

ページ範囲:P.702 - P.703

 昭和2年1月,大日本国民健康増進会から『健康増進』という雑誌が発刊された(写真).80余年前,昭和初期に唱えられたこの「健康増進」と,平成14年に健康増進法が公布され今でこそ確立したかのように見える現代の「健康増進」の目指すところは,同じだったのであろうか.この創刊号に着目して吟味してみたい.

 『健康増進』誌が発刊された当時は,まさに日本が海外に進出しようという時代であった.表紙にも見られる「世界」を力強く持ち上げる青年の姿,日本ではなくアジアを中心に見据えた構図.極めて象徴的である.当時は,富国強兵策を強化するため「国民全体の身体」として個々人の身体の国民共有化思想が広められていた.男にとっては戦うための健康であり,女にとっては産むための健康であった.さらには子どもや老人も健康であることに努め,家庭内に疾病を広めないことに重きが置かれていた.

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あとがき フリーアクセス

著者: 西田茂樹

ページ範囲:P.708 - P.708

 まだ20代の頃,よくアメリカの公衆衛生の雑誌を読んでいました.その時に驚いたのは,殺人事件が研究テーマとして取り上げられていたことでした.また,私が今までに読んだ論文の中で一番面白いと思ったのは,車のシートベルトの着用率を向上させることを目的として作成したテレビコマーシャルの効果を検証した内容の論文で,やはりアメリカの公衆衛生の雑誌に掲載されたものでした.これらの論文を通じて,殺人も交通事故も公衆衛生の対象だということを知りました.

 さて,わが国では,外因死のうち,自殺と一部の不慮の事故は公衆衛生の対象として研究や施策立案がされますが,他殺や傷害,交通事故,災害などが公衆衛生の対象とされることは稀だと思われます.確かに殺人事件や傷害事件をわれわれが扱うのには無理があると考えられます.しかし,これらの事件に繋がる暴力や虐待といった行為は,家庭や施設,地域の中で起こっており,また被害者が高齢者や障害者,子どもや女性といった弱者であり,公衆衛生の対象者でもあることを考慮すると,われわれも暴力や虐待の問題に取り組む必要があるのではないかと考えます.そこで,まず,弱者への暴力について学ぶため,本特集を企画しました.

基本情報

公衆衛生

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1170

印刷版ISSN 0368-5187

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