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文献詳細

雑誌文献

公衆衛生74巻10号

2010年10月発行

文献概要

特集 母子保健をめぐる今日的課題

法制定後の児童虐待対策の現状と課題

著者: 岩城正光1

所属機関: 1日本子どもの虐待防止民間ネットワーク

ページ範囲:P.854 - P.859

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はじめに

 連日のように,子ども虐待死が報道されている1).痛ましい事件が起きるたびに児童相談所の対応が問われ,そのたびに児童虐待防止法の見直しが検討されてきた.2000年に児童虐待防止法が制定されてから,2004年,2007年と2度にわたる改正がなされてきた2).しかし,児童虐待防止法が制定されてから今日まで,子どもの虐待死が減少したという事実はない3).これは,今までの子ども虐待に対するわが国の法制度や施策が,無力であったということを意味するのだろうか.だとすれば,今後どのような展望を描くべきなのだろうか.

 筆者は,平成16年から現在に至るまで厚生労働省の虐待死亡検証の専門委員4)を務めていることから,虐待死亡が減少しないことや,連日の虐待報道に接するたびに,実に暗澹たる気持ちになる.今回,本稿のテーマである「児童虐待対策の現状と課題」をお引き受けしたものの,今まで私が公表してきた論文に対し,何か新しい視点や展望を追加できているのかおぼつかない.子ども虐待防止に対する法的施策についてわかりやすく説明しながら,私なりに抱いている今後の課題を,母子保健に携わる皆様方にご理解戴ければ何よりも幸甚である.

 なお,わが国では,明治時代から子どもの虐待は社会問題として取り上げられていた.すでに1933(昭和8)年に帝国議会は児童虐待防止法を制定していた5).もちろん当時の子ども虐待の実態は,今日の実態とは大きく異なる.本稿では,2000(平成12)年に制定された児童虐待防止法以降を中心に取り上げている.

参考文献

1) 最近では,産経新聞が「児童虐待を考える」として,「なぜわが子を傷つけるのか」(2010年4月13~17日),「虐待はどんな傷を残すのか」(5月23~27日),「なぜ虐待死は防げないのか」(7月20~24日)を連載している.児童虐待の現状を紹介しつつ,児童相談所の現場,虐待する親,子どもの,それぞれの視点から課題を掘り下げている.なかでも子どもで遊ぶ「ペット虐待」の記事は,今までの虐待実態とは異なる様相を指摘している.身体的虐待や性的虐待だけでなく,陰湿な心理的虐待やネグレクトが急増している.毎日新聞も「児童虐待防止法10年 殺さないで」と題して,虐待の被害の深刻さを連載している(2010年6月1~5日).なお,筆者は,「児童虐待」という用語はあえて避けて,「子どもの虐待」という用語に統一している.
2) 岩城正光:児童虐待防止法の改正と今後の課題について.アディクションと家族24(4):288-293, 2008
3) 全国の虐待死は心中を除いても年間50~60人.平成20年4月1日から平成21年3月31日までに心中を除いても67人の子どもが虐待で生命を落としている.週に1人以上の割合で虐待死が生じている.厚生労働省によれば,平成21年度中の児童相談所における「児童虐待相談対応件数」は4万4,210件であり,前年度よりも1,546件増えている.集計を始めた平成2年度の1,101件から増化の一途である.
4) 厚生労働省社会保障審議会児童部会「児童虐待等要保護事例の検証に関する委員会」は,平成15年度に発生した虐待死亡事例についての検証を第1次報告としてまとめ,平成20年度に発生した虐待死亡事例検証としての第6次報告まで毎年公表している.現在は平成21年度に発生した死亡事例の検証中であるが(第7次報告予定),1次から6次にわたる検証を通じて,虐待死亡に至る要因や背景はほぼ特定されてきている.是非これらの報告書を検討して現場に生かして戴きたい.例えば,心中を除く虐待死において,そのうち8割以上は4歳未満である.0歳児が39人,ほぼ59%である.うち0か月児が26人(66.7%)と集中している.したがって,虐待死を防ぐためには乳幼児健診での虐待把握が重要不可欠であり,虐待予防において母子保健の役割は最重要である.
5) 田澤薫:旧児童虐待防止法の問題点とその今日的意義.児童虐待―その援助と法制度.pp156-170,エディケーション,2000 なお,昭和8年に制定された児童虐待防止法は戦後,児童福祉法(以下,「児福法」と略)に引き継がれている.児福法には児童虐待防止のための施策が規定されているが,要保護児童(非行や虐待児童)をその対象としており,特に虐待児童に特化させて,その特別法として2000年に児童虐待防止法が制定されたものである.
6) 青木孝志:児童虐待防止法前の取り組み―児童相談所の活動をとおして.子どもの虐待とネグレクト12(1):32-34, 2010
7) 津崎哲郎:児童相談所の実務から―援助のポイントをめぐっての諸課題.児童虐待―その援助と法制度.pp31-44,エディケーション,2000
8) 平成21年7月30日,名古屋市港区のマンションで当時4歳の男児が父親からの暴力で虐待死した.平成22年2月26日,名古屋地方裁判所は「適切な調査,支援を継続しなかったことなどが不幸な結果につながった」として,名古屋市児童相談所の不適切さを指摘している.
9) 徳永雅子:児童虐待防止法と母子保健援助論―虐待の気づきと支援を振り返って.子どもの虐待とネグレクト12(1):28-31, 2010
10) 津崎哲郎:児童虐待における警察の関与と連携.アディクションと家族24(4):294-300, 2008
11) 司法面接(forensic interview)とは,虐待の被害者である子どもから正確に事情を聴取することを目的として開発された面接技法であり,被害確認面接とか,事実確認面接などと呼ばれる.
12) 一場順子,木田秋津:司法面接と諸専門領域にわたる多角的児童虐待の評価について.自由と正義:77-84,2008年11月号
13) 木田秋津:チャイルド・アドヴォカシーセンターモデルの理論と実践―アメリカにおける多職種専門家チームによる虐待事案への対応.自由と正義:91-100,2010年1月号

掲載誌情報

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN:1882-1170

印刷版ISSN:0368-5187

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