icon fsr

雑誌目次

雑誌文献

公衆衛生74巻11号

2010年11月発行

雑誌目次

特集 再考:HIV/AIDS予防対策

フリーアクセス

ページ範囲:P.901 - P.901

 世界エイズデーが近づいています.1988年に世界保健機関(WHO)が世界エイズデーを12月1日と定めてから22年目になります.HIV感染者/AIDS患者に対する予防対策や治療体制,社会的支援,さらにHIV感染者やAIDS患者も共に生きる社会の実現ができたのか,確認してみる大切な日であります.わが国のHIV/AIDS対策は血液製剤による薬害として始まりました.それに対する法律は社会防衛的色彩の強いものでありました.HIV/AIDS対策は当初は薬害問題,感染症対策のどちらに焦点を定めるのか,わかりにくいものとして始まりました.

 わが国のHIV/AIDS予防対策は,当事者団体,医療関係者,民間の支援団体が当初から先導して進められてきたように思われます.近年,抗HIV薬が登場したことにより,HIV感染者/AIDS患者を取り巻く状況が大きく変化し,就労・生活支援や長期の療養支援も重要となってきています.そのためにはHIV感染者/AIDS患者に対する社会の理解を深めることが,これまでよりも大切になっています.

日本のHIV流行の現状と推計・予測及び今後の展望について

著者: 木原正博 ,   木原雅子

ページ範囲:P.902 - P.905

はじめに

 21世紀に入り,HIV流行には途上国,先進国を問わず,新しい局面が生まれつつある1).今後のわが国のHIV流行を考える上では,流行の現状の分析とともに,こうした国際的な文脈を考慮する必要がある.本稿では,エイズ発生動向調査2)のデータから,HIV流行の動向を分析するとともに,最新の推計・予測の試みを紹介し,かつ,欧米先進国とアジア地域における動向を踏まえて,わが国のHIV流行の今後の展望と必要な対策を考察する.

MSMにおけるHIV感染者/AIDS患者の現状と予防戦略

著者: 市川誠一

ページ範囲:P.906 - P.909

男性同性間の性的接触による

HIV感染者/AIDS患者の動向

 厚生労働省エイズ発生動向年報によれば,1985年に最初に報告されたAIDS患者6件は,全例が男性同性間の性的接触による感染(日本国籍5例,外国国籍1例)であった1).男性同性間の性的接触による未発症HIV感染者(以下,HIV感染者),AIDS患者の報告数は,その後も徐々に増加し,2009年にはHIV感染者1,021件の内694件(68.0%),AIDS患者431件の内210件(48.7%)を占める状況となった.また,2009年の報告では,HIV感染者の91.3%,AIDS患者の87.7%と日本国籍が大半を占め,日本国籍HIV感染例の70.7%,同AIDS患者例の51.1%を男性同性間感染が占めている.2000~2009年の10年間の動向を見ると,日本国籍の異性間感染は,HIV感染例では127~189件の範囲で増減を繰り返し,AIDS患者例では104~131件の範囲で横ばいの推移である.一方,男性同性間のHIV感染は2000年の203件から2009年には659件と3.3倍に増加し,AIDS患者でも2000年66件から2009年の205件と3.1倍になっている(図).

薬害によるHIV感染者/AIDS患者を取り巻く現状と課題

著者: 若生治友

ページ範囲:P.910 - P.913

はじめに

 昨今,年間1,000名以上のHIV感染者が報告され,感染予防・啓発が強く謳われているが,わが国においては,1980年代前半に既に1,500名あまりのHIV感染が起きていた.この「薬害によるHIV感染」は,血友病患者らが治療に使用した血液製剤によってHIV感染したことを言う.そして,その多くはHIVに加え,C型肝炎ウイルス(HCV)にも重複感染している.

 現在,抗HIV治療はHAART(Highly Active Anti-Retroviral Therapy)が中心的な治療であるが,「薬害によるHIV感染者」は,C型肝炎の重篤化やHAARTの長期的な副作用・耐性ウイルスの発現から治療困難となり,毎年10名以上の患者が亡くなっている.血液凝固異常症全国調査によれば,2009年5月末時点で,HIV感染1,432名のうち646名が亡くなられている(図1)1)

 血液製剤によるHIV感染から約20数年,「薬害によるHIV感染」者は,わが国においても世界的に見ても,最も長期に生存しているHIV感染者のグループである.さらに言えば,毎年10組以上の遺族が増え続けているグループとも言える.

 「薬害によるHIV感染者/AIDS患者を取り巻く現状と課題」を考えるとき,患者本人の課題だけではなく,家族やパートナーを失った遺族へも思いを馳せなければならない.

 本稿では,患者本人および遺族,それぞれの現状と課題を考えてみたい.

HIV感染者/エイズ患者の多い地域における公衆衛生専門機関の現状と課題

著者: 川畑拓也 ,   小島洋子 ,   森治代

ページ範囲:P.914 - P.917

はじめに

 大阪府は,東京都に次いで全国で2番目に新規HIV感染者/エイズ患者(以下,HIV/エイズ)報告数が多い.その大阪府の地方衛生研究所である当所におけるHIV/エイズ対策について紹介する機会を得たので,以下に記す.また,地方行政のHIV/エイズ対策について思うところを述べたい.

HIV感染者/AIDS患者に対する医療システムの現状と今後の課題

著者: 白阪琢磨

ページ範囲:P.918 - P.922

はじめに

 HIV感染症患者に提供する医療は,HIV感染症とそれに合併する疾患に対する診断や治療などの専門的医療と,HIV感染症患者に対するそれ以外の一般の医療に大別できる.前者はニューモシスチス肺炎に代表されるAIDS指標疾患などの診断と治療,および抗HIV療法,後者はHIV感染症患者の急性虫垂炎,花粉症,腰痛等の診断や治療である.本稿では,それぞれを専門的医療と一般的医療と呼び,主に専門的医療システムを中心に述べる.しかし,未だにHIV感染症患者に一般的医療の提供が困難な状況が現存しており,本稿でも部分的に述べることとした.

 さて,わが国でHIV医療体制が構築されてきた経緯を理解するためには,この疾患の歴史を知る必要がある.エイズの歴史は1981年に米国の大都市を中心に発生した免疫不全病の報告に始まる.当時は,原因不明で,有効な治療薬がなく,死亡率が高い病気であったエイズは市民に恐れられ,忌み嫌われた.患者の多くがゲイや麻薬静注者という社会の偏見差別の対象であったこと,エイズ患者が痩せ衰えて死を迎える様子やカポジ肉腫の映像などが市民にエイズに対する恐怖の念を植え付け,「エイズ」は社会のスティグマとして一般市民の脳裏に刻み込まれた.1983年に原因ウイルスであるHIVが発見され,エイズの病態が次々と解明され,感染経路もわかり,感染予防の方法も明らかにされた.しかし,一旦できあがったエイズのイメージによって,次々とエイズパニックが引き起こされていった.医療従事者も含め市民の多くには,かってのイメージが未だに脳裏に焼き付いていると思われる.HIV感染症に対する正しい知識の啓発が,医療や福祉の分野も含めて必要と考える.

 病気の発見から約30年が経過した現在,有効な抗HIV薬の多剤併用療法が可能な先進諸国では,HIV感染症/エイズの予後は画期的に改善し,HIV感染症は今や慢性疾患と認識されるまでになった.病院での感染対策上,HIVはB型肝炎ウイルス(HBV)と同様に血液媒介感染に位置づけられており,感染力の比較ではHIVはHBVよりも感染力は弱く,さらに針刺し事故等でも有効な職業曝露後予防方法が確立している.HIV感染症は文字通り,医学的管理ができる慢性の疾患となった.

 本稿では,わが国のHIV医療体制の構築の経緯,現状,問題点につき述べることとする.

HIV/AIDSの感染者・患者に対するカウンセリング体制の現状と課題

著者: 山中京子

ページ範囲:P.923 - P.927

はじめに

 HIV感染者・患者(以下感染者・患者と略)に対するカウンセリングの必要性は,HIV医療の黎明期にあたる1980年代の後半にはすでに認識され,カウンセリング体制の整備が開始された.1997年にプロテアーゼ阻害剤が開発され,抗HIV薬の多剤併用療法が標準のHIV治療になるに従い,感染者・患者の予後も飛躍的に改善し,疾患の特徴も致死的疾患から慢性疾患への変貌を遂げた.それに伴い,感染者・患者が経験する心理社会的課題にも変化が生じている.

 本稿では,まず昨年度筆者らが全国の感染者・患者を対象に行ったアンケート調査を手がかりに,感染者・患者の心理社会的課題の現状を考察し,次いで,現在のHIV医療体制におけるカウンセリング体制の整備の現状と,今後の課題について報告する.

HIV感染予防と当事者支援における民間団体の活動―これまでの活動実績から

著者: 石神亙 ,   川添昌之 ,   桜井健司

ページ範囲:P.928 - P.931

はじめに

 HIVと人権・情報センター(以下,JHCと表記)が屋鋪恭一氏によって設立されたのは1988年,大阪でのことであった.この頃のHIV/AIDSに関わる出来事と言えば,松本・神戸・高知の3大事件に代表されるエイズパニックを挙げる人が多いのではないだろうか.社会防衛的な色彩が強い所謂「AIDS予防法」(1989年2月施行)は,JHC設立主旨とは真っ向から対立するものであった.また,薬害エイズが大きな問題として取り上げられ,被害に遭われた感染当事者や周りの人々(パートナー/家族など)を支援する活動が必要とされ始めた時期でもあった.薬害エイズ裁判提訴の動きもこの頃には起きており,原告を支援する活動も始められつつあった.

 このような状況下,「感染経路を問わず全てのAIDS患者,HIV感染者を支援し,感染不安を持つ人のみならず,HIVに関わる全ての人々に対しても支援や働きかけを行い,HIVに対する差別と偏見をなくし,共に生きる社会の創造に寄与することを目的とする(JHC定款より)」ために,JHCは設立された団体である.

イギリスで進められている地域戦略パートナーシップ

著者: 白石克孝

ページ範囲:P.932 - P.935

イングランドにおける

パートナーシップの発展

 参加・協働型の公共政策を実現するために精力的に新しい制度の導入をはかっているのが,英国のイングランドである.イングランドと断ったのは,スコットランド,ウェールズ,北アイルランドは地方省を有して,それぞれ独自の地域政策をとっているからである.連邦国家をイメージしたほうがわかりやすいのが英国の現状である.

 とりわけイングランドにおける地域戦略パートナーシップ(Local Strategic Partnership:LSP)は,公共政策に新たな展望を開く社会実験の側面を持った,非常に注目されるべき制度である.そこに至る経緯について簡単に紹介しよう.

HIV/AIDS予防研究の現状―ワクチン開発を中心に

著者: 俣野哲朗

ページ範囲:P.936 - P.940

はじめに

 HIVの発見から25年以上を経た今日においても,世界のHIV感染者数の増大は深刻な問題である.アフリカを中心とした流行地域でのHIV感染拡大は,HIVに増殖・変異の場を与えることから,宿主免疫反応による抑制をより受けにくいHIVの出現に結びつく可能性や,先進国で奏効している抗HIV薬に対する耐性変異株出現に結びつく可能性,さらには,免疫能が低下傾向にあるHIV感染者数の増加により新興再興感染症出現を促進する可能性も危惧されている.このようなHIV感染拡大は,グローバルな視点で取り組む克服すべき国際的重要課題であり,ウイルス増殖の場を減らすという予防戦略がHIV感染症克服の基本となる.

 感染拡大阻止のためには,衛生行政・国民への啓発などの社会的予防活動に加え,ワクチン,抗HIV薬を含めた総合戦略が重要である.HIV感染症のように感染から発症までに時間を要する慢性感染症では,基本となる社会的予防活動だけによる封じ込めは困難であることから,HIV感染拡大阻止の切り札として,予防エイズワクチン開発は鍵となる戦略である.この予防エイズワクチン開発は,主対象であるHIV感染流行地域での感染拡大阻止を介して,流行地域以外も含めた世界全体のHIV感染症克服に結びつくという認識である.

 本稿では,以下,この予防エイズワクチン開発の現状について解説する.

視点

ハンセン病の歴史に学ぶ

著者: 牧野正直

ページ範囲:P.898 - P.899

 私は,1975年大阪大学微生物病研究所(以下微研)で大学院を終了したが,当時であっても阪大などでは,たとえ大学院を出ても卒後すぐに助手(現在の助教)に採用されるのは難しい時代であった.幸いにして当時微研にあった癩部門の助手の席が空き,私は故伊藤利根太郎教授のお誘いを受け,1年後の1976年4月,晴れて助手(国家公務員)に採用され,ここで初めてハンセン病患者と出会った.それから34年余,“らい菌”と“ハンセン病”との付き合いである.

 その間,国立ハンセン病療養所邑久光明園の園長を15年間勤めたが,この時,厚労省の「らい予防法見直し検討委員」として法の廃止に取り組むことや,「ハンセン病国賠訴訟」にも関わることができ,さらには裁判後の「ハンセン病問題の歴史的検討委員」も経験できた.すなわち常にハンセン病問題の中心に在り続けることができたのである.そのこともあって,2010年5月,岡山市を中心として「第6回ハンセン病市民学会in瀬戸内」が開催され,私が実行委員長の重責を負った.

トピックス

全国データ解析結果による特定健診保健指導の初年度評価―地域のメタボ対策の検証

著者: 今井博久

ページ範囲:P.941 - P.943

はじめに

 平成20年度から特定健診保健指導制度が開始された.これまで少数の特定の医療保険者における先行実施事例や成功美談事例がしばしば報告されてきた.制度開始当初にはこうした報告であっても一定の意義はあっただろう.しかしながら,すでに2年以上が経過した現時点で強く求められるのは「真実の結果」である.一部の特殊な事例や成功した事例のデータではなく,例えば全国から大規模に収集されたデータの平均値や改善幅などの解析結果であろう.

 本稿は全国規模の特定健診保健指導のデータを解析して算出された,最初の結果を示すものである.

連載 人を癒す自然との絆・16

ソーシャル・インクルージョンの場としてのコミュニティ・ガーデン

著者: 大塚敦子

ページ範囲:P.944 - P.945

 本誌8月号(74巻8号)で,平和構築に貢献するボスニアのコミュニティ・ガーデンについて書いたが,そもそもコミュニティ・ガーデンとはどんな場所のことを言うのだろうか.市民農園ならあちこちにあるけれど,コミュニティ・ガーデンはそれとどう違うのか?

 まずは,コミュニティ・ガーデンの先進国イギリスの取り組みを見てみよう.イギリスでは1970年代からコミュニティ・ガーデンづくりが盛んになり,ロンドンだけでも50以上のガーデンがある.

保健所のお仕事―健康危機管理事件簿・8

新型インフルエンザへの対応(平成21年度)その1

著者: 荒田吉彦

ページ範囲:P.946 - P.949

 やはり,年をとったせいなのでしょう.ここ最近,クラス会や同期会が妙に増えてきました.特に中学の同期会は今年3月の初開催に向けて,半年前から毎月のように幹事会と称して飲んでいました.こうした念入りな準備の甲斐もあって,同期会は約100人の参加者により盛大に開催されました.これで中学関係の集まりも一段落かなと思いきや,その後も毎月のようになんだかんだと理由をつけて飲み会が開かれています.

 こうした集まりがもう10年早く開かれていれば,ラブアゲイン症候群に陥る者も出てきたのでしょうが,孫の自慢話をしている隣で,かつて好意を抱いていた同級生を口説く勇者はいないようです.また,私たちは映画にもなった「20世紀少年」のケンジらとほぼ同年代ですが,幸いにして同級生に世界征服を企てる「おともだち」はいないので,平和に飲んで騒いで70年代メドレーを歌って,「翌日がちょっとつらいかな」という程度で済んでいます.ノストラダムスの大予言に脅え「21世紀は訪れないのかもしれない」と心配していた中学生時代は,つい先日だったように感じるのですが,同級生の顔にも35年の歴史がしっかりと刻まれています.

地域保健従事者のための精神保健の基礎知識・11

精神保健と地域づくりのつながり―自殺予防を糸口に

著者: 竹島正

ページ範囲:P.950 - P.954

はじめに

 本連載は,精神保健の問題が,がん,循環器疾患と並んで,国民健康の大きな課題となっていることを踏まえて,今日的な「精神保健学」の基礎となる情報を地域保健従事者に提供することを目的として始まった.10月号までは,精神保健の定義,地域精神保健の歴史,精神保健と公衆衛生学/精神医学の関連,自殺問題から見た精神科医療/精神医学/地域保健の課題,一般住民中の精神疾患および精神保健的問題,精神疾患についての国民意識,精神保健からの自殺対策を支えるエビデンス,精神保健の疫学研究の現状と課題について述べてきた.

 本稿では,今日的な精神保健の実践として,精神保健と地域づくりのつながりについて,自殺予防を糸口に述べる.

保健師さんに伝えたい24のエッセンス―親子保健を中心に・20

不登校,ひきこもりをめぐって

著者: 平岩幹男

ページ範囲:P.955 - P.958

 不登校,ひきこもりはさまざまな原因によって引き起こされる状態の呼び名であり,疾患名ではありません.その状態を示しているだけです.この両者は,原因はどうあれ,社会性の喪失につながり,社会への復帰が長期化すればするほど困難になるという問題を抱えています.ひきこもりの多くは不登校をきっかけとして始まりますので,これらは相互に関係の深いものですが,保健部門への相談の導入や対応は大きく異なります.不登校の相談は,通うはずの学校が存在しているときに寄せられます.ですから保健部門が最初の相談先であることは少なく,学校や教育相談など,いくつもの相談の果てに困り果てた保護者からの相談として来ることが多いようです.

 一方,ひきこもりの場合には問題視され,相談を寄せるのは年齢が義務教育を終えてからのことが多く,通うはずの学校も存在していないために,使える社会資源はとても少なくなります.福祉部門か保健部門かしか相談する場所がないのが現状ですから,最初に保健部門に相談が来るということもあります.ですから関係の深い両者であっても,対応を要求される保健部門のスタンスは異なります.

トラウマからの回復―患者の声が聞こえますか?・8

子どもが運んでくれた勇気

著者: 井伊乙音

ページ範囲:P.959 - P.961

限界を感じて

 私は,夫,娘(3歳)と共に暮らしている.赤ちゃんを妊娠したのは,結婚して10年目に入ってからだった.子どもは欲しくなかった.

 私は結婚をして翌日にそのことを後悔した.セックスをすると売春婦のような感覚になるからだ.売春婦の感覚と同じで,自分の体から赤子を産み落とすなど到底できないと思った.自分の汚らわしい肉体から,命が産み落とされることを考えると,恐ろしかった.

リレー連載・列島ランナー・20

保健師として子育てセンターで働く

著者: 宗石こずゑ

ページ範囲:P.962 - P.964

はじめに

 姫路市保健所長の毛利好孝先生には,高知県の保健所勤務時代に大変お世話になりました.バトンを受け少し悩みましたが,現在自分が子育てセンターに勤務することになり,子育て支援について所感雑感になりますが,寄稿させていただきます.

 「子育てセンターなかよし」は平成21年4月になかよし保育園に併設して,市の直営で開設されました.おそらく全国的にもめずらしく(?)保健師の配置があり,自分としてもいったいどんなことができるのか手探りの状態です.今までは,10年勤めた県の保健師を退職し,人口3,000人程度の小さな村の保健師として働いていましたが,平成の大合併により,平成18年に近隣の3町村が一緒になり,現在の香美市に勤務しています.人口が決して多いとは言えない香美市(約3万人)ですが,子育て支援には力を入れていくという市長の方針もあり,新しくできた子育てセンターをなんとか軌道に乗せ,子育て世代への支援を充実していくという大きな使命を感じています.

お国自慢―地方衛生研究所シリーズ・8

「ユニークな地方衛生研究所」をめざして(下)

著者: 小澤邦壽

ページ範囲:P.965 - P.969

 群馬県衛生環境研究所の第2回では,群馬県感染制御センター,人材育成,企業との共同研究など,群馬県衛生環境研究所独自の取り組みについて紹介したいと思います.

衛生行政キーワード・70

食中毒情報と健康危機管理について

著者: 渡三佳

ページ範囲:P.970 - P.972

食中毒と健康危機管理について

 食中毒は,重大な健康被害を起こしうる要因の一つであり,その情報の収集や伝達を適切に行うことは健康危機管理の一環として重要であり,対応の方針等が様々な位置づけで定められている.

 厚生労働省は,国民の生命,健康の安全を脅かす事態に対する健康被害の発生予防,拡大防止,治療等に関する業務である健康危機管理について「厚生労働省健康危機管理基本指針」等を定めている他,食中毒に関しては「食中毒健康危機管理実施要領」等により省内の情報伝達,情報収集および評価,対応,情報提供などについて定めている.

路上の人々・11

心の深き森へ

著者: 宮下忠子

ページ範囲:P.975 - P.975

 28年前,路上生活者の芝さんに出会った.当時上野公園の東京都美術館へ行く手前の右側に樹木が茂る.その隙間に,ホームレスの人たちの青テントが点在していた.私は,巡回しながら路上生活者に持参した食料を渡して,路上生活に到った理由を聞いて回っていた.その時,汚れ痛んだテントの入り口に,3匹の猫が寝ており,その横からニュッと片方の足が突き出ている.靴は黒ずみ,幾重にも裂けた靴下が足に脚絆のように纏わり付いている.

 「こんにちは」と声を掛けてみた.テントが揺らぎ,白髪混じりの鬚を伸ばし,汚れ裂け変色した上着を重ね着した姿が現れた.私は絶句した.芝さんとの初対面であった.

列島情報

食中毒とBCP

著者: 日置敦巳

ページ範囲:P.931 - P.931

 新型インフルエンザの流行で業務継続計画(BCP)の概念が普及した.岐阜県内では,規模は小さいものの,食中毒により業務継続に支障を来したり,危ぶまれたりする事例が続いた.

 最初の事例は,学校給食センター職員の送別会での食事が食中毒の原因となって,学校給食の提供を停止せざるを得なくなったものである.送別会が金曜日の夜にあり,日曜日の昼から月曜日の未明にかけて職員の約半数が嘔吐,下痢,発熱等の食中毒症状を発現した.これらの情報は関係者に集約されず,月曜日の朝になって被害が判明した.症状からノロウイルスによる食中毒が疑われ,給食への二次汚染防止のため,自主的に給食業務を停止することとなった.当日の授業は,急遽,午前中で打ち切り,児童・生徒を帰宅させたため,保護者からの苦情が相次いだ.他施設などからの人的支援が得られなかったため,木曜日から,リアルタイムPCR法で便中にノロウイルス遺伝子が検出されなかった職員が,加熱を行う簡易なメニューで給食の提供を行った.汚染の原因は飲食店従業員のノロウイルス不顕性感染と考えられた.本給食センターでは,今回の事件を踏まえ,まずは職員の健康状態についての連絡体制,会食の時期,調理従事者の緊急時補充体制について見直すこととなった.

沈思黙考

行政評価

著者: 林謙治

ページ範囲:P.954 - P.954

 アメリカで行政評価が始まったのは,ベトナム戦争後ジョンソン大統領時の不況下であった.予算節減と行政効率の維持を両立させることは困難な課題であった.これを乗り越えるためには,説得力のある組織評価方法が模索され,個別課題の設定や評価については,客観的な基準が求められた.科学的根拠に基づく医療(EBM)が急速に発展したのは上記の背景とともに,コンピューター技術の急速な進歩のお陰で,大量情報の収集・分析が可能になったことと無関係ではない.

 行政評価は日本では本格的作業もないまま違った形で導入され,またEBMも,疫学サイドよりも臨床サイドの主導で次々と臨床ガイドラインが作成されてきた.国立保健医療科学院は10年前にEBMセンターの設立に手を挙げたが,さまざまな反対に遭遇し,挫折してしまったのは誠に残念である.筆者が当時情熱に燃え,アトランタのCDCに2か月滞在し,技術の取得に勤しんだのも今や昔である.日本医学会は国家レベルの保健・医療情報センターの設立を議論しているようだが,その実現に大いに期待したい.

映画の時間

秘められた想い.愛に気づき,彼女たちは輝く.隠された日記 母たち,娘たち

著者: 桜山豊夫

ページ範囲:P.972 - P.972

 親子という関係は,近いがゆえに難しいものがあります.母と息子の関係を描いた,小津安二郎監督の名作「一人息子」(1936松竹大船)でも,「人生の悲劇の第一幕は親子になったことにはじまってゐる」という,芥川龍之介の「侏儒の言葉」の一節を引用していました.今月ご紹介する「隠された日記」では,母と娘の関係を軸に,この難しい親子関係が描かれます.

 主人公オドレイはカナダで働くキャリアウーマン.故郷フランスの片田舎,アルカションに帰郷してきます.暖かく迎える父親,しかし開業医である母親マルティーヌとは軋轢があるようです.ある日オドレイは,亡き祖父の家で,祖母ルイーズの日記を見つけます.祖母は若いときに失踪したまま音信不通になっています.幼い自分を残したまま家を出た祖母に対して,母親マルティーヌは複雑な感情を抱いているようです.

予防と臨床のはざまで

第20回ヘルスプロモーション・健康教育国際会議ダイジェスト(その2)

著者: 福田洋

ページ範囲:P.973 - P.973

 今回は学会に合わせてジュネーブで2か所の施設を訪問することができました.1つは関西医科大学の西垣悦代先生が企画してくださったジュネーブ大学付属病院です.WHOのコラボレーティングセンターにもなっている,ジュネーブ大学付属病院の生活習慣病ケアユニット(The Division of Therapeutic Education for Chronic Diseases)を率いるZoltan Partaky先生を訪問しました.健康教育学会を中心とした約15人の大人数の訪問団にもかかわらず,大変丁寧に応対してくださいました.このユニットは35年の歴史があり,糖尿病や肥満をターゲットとした入院による患者教育のプログラムを提供しています.10床の病床を持ち,年間500~700人程度の患者が入院治療に訪れます.ケアチームは医師,看護師,栄養士,臨床心理士,フットケアの専門家等多職種で構成されています.その講義内容は徹底して患者同士のグループワークで行われています.例えば「低血糖を起こした時はどうしているか?」という設問に対して,患者同士が45分間意見や経験を交換し,この様子が別室でビデオに録画されています.ファシリテータは正解も言わず,まとめもしません.日本の糖尿病教育入院と似ていますが,患者同士の気づきを非常に重視したプログラムでした.

--------------------

あとがき フリーアクセス

著者: 高鳥毛敏雄

ページ範囲:P.976 - P.976

 明治期に「コレラ」により衛生行政が強化され,昭和期に「結核」により厚生省の設置,保健所網の整備がなされました.わが国の公衆衛生制度は感染症対策が原動力となってきたように思います.しかし,その感染症対策は一方で社会防衛的色彩の強いものとして放置され,感染者・患者に対する治療や支援・保護の視点が乏しいものでありました.ハンセン病対策の歴史から,牧野正直氏が「視点」欄で指摘されていること,特集内で石神亙氏がHIV/AIDS対策の歴史から指摘されている点を,私たち公衆衛生関係者は真摯に受け止めなければなりません.

 当事者や市民の視点を取り入れたものへと,HIV/AIDS対策を進化させていく努力が必要であります.そこで,特集内で白石克孝氏にイギリスの地域戦略パートナーシップをご紹介いただきました.公衆衛生制度の母国イギリスの挑戦は,HIV/AIDS対策に資する点があると考えたからであります.その戦略は,国・自治体の行政は支援者であり,主役は地域に存在している様々な人々であり,企業,ボランティア団体,民間団体,当事者団体と考えたものであります.地域の人々の抱える問題の解決を中心に据え,パートナーシップの理念のもとに対策を進める活動形態であります.

基本情報

公衆衛生

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1170

印刷版ISSN 0368-5187

雑誌購入ページに移動

バックナンバー

icon up

本サービスは医療関係者に向けた情報提供を目的としております。
一般の方に対する情報提供を目的としたものではない事をご了承ください。
また,本サービスのご利用にあたっては,利用規約およびプライバシーポリシーへの同意が必要です。

※本サービスを使わずにご契約中の電子商品をご利用したい場合はこちら