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雑誌目次

雑誌文献

公衆衛生74巻12号

2010年12月発行

雑誌目次

特集 救急医療を救う

フリーアクセス

ページ範囲:P.981 - P.981

 救急医療は「医の原点」であるといわれます.原点だけに,初期救急から高度救命救急まで,あるいは小児救急や精神科救急,災害時救急など派生分野は幅広く,保健所を始めとする公衆衛生機関の関わりも増加しています.

 しかし,高齢化等の影響で救急需要が増え続けるなか,医療のコンビニ化と表現されるように,軽症患者の深夜救急受診の増加や救急車の安易な利用などが社会問題化しています.また,救急車による搬送先(受け入れ病院)がなかなか見つからず患者が亡くなったケースや,医師の離職等により救急の看板を返上する病院が増えているといった問題が大きく報道されるなど,「救急医療は崩壊寸前」という警鐘も聞こえてきます.

わが国の救急医療の問題点と解決策

著者: 有賀徹

ページ範囲:P.982 - P.986

はじめに

 わが国における救急医療は,需要の増大が年余にわたって顕著になっていたにもかかわらず,供給そのものが漸次減少の途を辿り,ついに需要と供給がショートして今日に至っている.かつて昭和40年代は,交通外傷による救急患者が“たらい廻し”のような状況にさらされ,昭和50年代から初期・二次・三次救急医療体制の整備が進められてきた.一方,今日の救急患者の増加は,高齢化に伴う内因性疾患の患者増による.

 救急医療の現状と問題点を論ずるなら,わが国の医療や福祉などに関する政策そのものに言及しながら,解決策へと議論を展開すべきであろう.加えて,将来のことをより深く考えるなら,一般(総合)医ないし家庭医から各診療科専門医へなどという医療提供のあり方そのものについて,大いに議論すべきである1)

 しかし,根治的でなく対症療法としてでも手を打たないと,救急患者の不幸に拍車が掛かるという現実がある.

 そこで,本稿では患者の緊急度(重症度)に応じて,救急医療という限りある社会資源の投入について,言わば傾斜配分をする,つまり患者の病態から緊急度を判断し選別するという手法の意義について論じつつ,標記のテーマについて考察を進めたい.

救急医療の充実に向けた病院前救護と救急搬送のあり方

著者: 守谷俊 ,   丹正勝久

ページ範囲:P.987 - P.990

救急救命士制度の設定から病院前救護の発展

 傷病者を救急病院まで搬送する間のプレホスピタルケアの重要性が認識されはじめ,1991年に制定された救急救命士法1)により救急救命士が誕生した.救急救命士には,3~4%程度であった院外心停止例の社会復帰率の改善が期待された.制度発足から約10年後の成績は,心停止後の生存退院において1,169例中35例の3%に過ぎず,救急救命士による救命処置での社会復帰率改善は実現しなかった2)

 そうした背景から,2000年以降は,プレホスピタルの様々な応急処置が追加された(表).救急自動車のみならず,消防自動車も運用する消防ポンプ隊と救急隊の連携により,救急自動車より早く現場に到着可能な場合や,119番通報時に緊急度が非常に高いと判断された場合,救急出動するものである.

医療経済学から見た救急医療の課題と再生に向けた提言―求められる救急医療の「見える化」

著者: 川渕孝一 ,   五十嵐公

ページ範囲:P.991 - P.995

 救急医療は不採算部門と言われ,経済的理由から,救急告示の看板を返上する病院が見られる.

 また,その一方で2次~3次救急病院でも受診患者の多くが軽症ということで,休日・夜間等の救急で,保険外併用療養費の徴収をする病院が増えている(表).

地域医療を守りたい~住民としてできること―県立柏原病院の小児科を守る会の取り組み

著者: 丹生裕子

ページ範囲:P.996 - P.999

守る会発足と署名活動

 地元新聞に小児科休止の危機と,それに伴う産科の分娩予約制限が報じられたのは2007年4月のことだった.2人しかいない県立柏原病院小児科の先生のうち1人が,県の人事で院長に就任.現場に残されたもう1人の先生が「これ以上の負担に耐えられない」と退職の意向を示されたというのだ.

 後日,その記事を書いた記者の呼び掛けで開かれた座談会では,母親たちの不満めいた意見が続出.そのような中,1人の母親が子どもの入院体験談を語り始めた.「うちの子の病気のこと考えたら,柏原病院の小児科がなくなるんはほんまに困るんや….でも先生のあんな姿見とったら,『辞めんといて』とは,よう言わん…」.最後は涙声になっていた.子どもが幸い健康で,柏原病院にかかったこともないような他の参加者にとって,この言葉は衝撃的だった.お医者さんの過酷な勤務実態,またその一因に,患者の無理解による「コンビニ受診」があるのだということを知った母親たちは,「県立柏原病院の小児科を守る会」を結成,小児科医増員を求める署名活動を開始し,勤務医の過酷な勤務実態を伝えるとともに,医師が働きやすい地域づくりに努めるよう,住民に呼び掛けた.

小児救急医療の課題と成果

著者: 桑原正彦

ページ範囲:P.1000 - P.1004

はじめに

 少子高齢時代に入ったわが国は,小児の保健・医療の分野でも,変革を余儀なくされている.特に小児救急医療に関しては,保護者にとっても医療従事者にとっても,最も喫緊の解決しなければならない課題となっている.

 平成16年,子ども家庭総合研究事業(厚生科研鴨下班)でまとめた小児医療に関する今後10年の重要課題の中に,「小児保健の充実」と並んで,「小児救急体制の整備」が挙げられていることからも,わが国の重要施策の一つとなっていることがわかる1)

 第二次世界大戦後,日本の小児保健・医療は量の確保の時代から,次第に質の充実の時代に変わってきた.特に,団塊の世代が子どもの保護者となる昭和60年代からのバブル景気は,子育て環境にも大きな影響を及ぼした.国民総中産階級意識,情報の氾濫,個人主義の台頭,権利意識の高揚などがその原因となった.特に,女性の労働力を求める社会の要望は母親としての女性を,労働者としての女性に変えていった.その結果,子育てを社会資源に依存する傾向が顕著になってきた.働く母親の要望は,保育所が足りない,時間外や夜間の診療をしてほしい,少ない大切なわが子は小児科専門医に診てもらいたい,医療費をもっと安価に,などの声になって噴出してきた.

 一方,医療提供側や小児科医自身の事情は,保護者の要望に必ずしも十分な対応ができるほどの準備ができていなかった.病院勤務小児科医の過労,時間と手間のかかる小児医療に対して,医療保険制度の無理解などが,次第に病院内の小児科部門の衰退を招いた.病院の小児科勤務医は,もっと楽に仕事のできる小児科診療所に移動していった.さらに現在,診療所小児科医たちも高齢化してきた.

 「小児科医が足りない」という国民的不満が平成10年頃から叫ばれている.本当に,小児科医は足りないのであろうか? 本当に足りないのであれば,どのような方策があるのであろうか? 小児救急医療の課題の中で,その問題を浮き彫りにして,本稿では平成22年前半までの成果と,これからの課題について述べてみる.

精神科救急医療体制の課題と展望

著者: 平田豊明

ページ範囲:P.1005 - P.1009

はじめに

 救命と急病対応という役割において,精神科救急も身体救急も区別はないが,精神科救急では,非自発医療(意識清明な成人患者の同意なき治療)が認められ,それに伴う法手続を要するために,身体救急とは別立てで運用されてきた.しかし,精神・身体複合救急ケースへの対応をめぐって,また,患者・家族による差別解消の要望を受けて,近年,精神科救急と身体救急との連携・統合の必要性が語られるようになっている.

 本稿では,精神科救急の現状を概観した上で,身体救急との連携の道を探ってみる.

DMAT(Disaster Medical Assistance Team:災害派遣医療チーム)の体制整備とその波及効果

著者: 大友康裕

ページ範囲:P.1010 - P.1013

DMATの現状

 DMATとは「大規模事故災害,広域地震災害などの際に,災害現場・被災地域内で迅速に救命治療を行えるための専門的な訓練を受けた,機動性を有する災害派遣医療チーム」である.1チーム5名で医師を中心に看護師や調整員(事務員)などの医療従事者から編成される.厚生労働省は全国1,000チーム(常時200チーム出動可能体制を目標)を養成する計画である.独立行政法人国立病院機構災害医療センターおよび兵庫県災害医療センターは,厚生労働省より委託を受け,「日本DMAT隊員養成研修会」を実施している.平成22年9月時点で,404施設,758チーム(4,717名)の研修が修了している(表1).想定される主な任務は,近隣大規模事故災害対応として災害現場でのトリアージ・治療・閉鎖空間の医療など,地震などの広域災害発生時には被災地内医療機関の支援,患者後方搬送,広域医療搬送などである.政府は,東海地震,東南海・南海地震または首都直下地震が発生した場合,自衛隊航空機を使用した全国規模の患者搬送(広域医療搬送)を計画している.DMATは,この広域医療搬送計画においても,活躍することが期待されている.既に図1のごとく,多くの実災害に出動し,大きな救命・予後改善効果を上げた実績がある.

 平成17年7月の中央防災会議で防災基本計画が修正され,広域災害における救急・医療体制の整備およびDMATの充実・活用推進が謳われた.現在DMATの地方自治体における災害時の運用について,地方防災計画に反映されつつある.平成18年4月,厚生労働省は「日本DMAT活動指針」を発表し,地方防災計画にDMATの運用を盛り込む際の指針を示した.

AED普及の現状と課題

著者: 丸川征四郎

ページ範囲:P.1014 - P.1017

はじめに

 非医療従事者のAED使用(PAD)は,平成16年に心肺停止傷病者の救命率向上を目的に認可された.以来,AEDの設置が急速に普及し,心肺蘇生法の普及活動も各種の団体,医療施設によって広く行われている.しかし,市民によるAED使用は期待したほどには増加しておらず,克服すべき課題が数多く残されている.

 本稿では,これらの課題に対する厚生労働省(厚労省)の科学研究班における研究成果1,2)から,トピックスを取り上げ,現状と課題について概説する.

ドクターヘリの導入による救急医療の変化と今後の展望

著者: 益子邦洋 ,   松本尚 ,   原義明 ,   林田和之 ,   金丸勝弘 ,   佐々木隆司 ,   斎藤伸行 ,   八木貴典 ,   鉄慎一郎 ,   飯田浩章 ,   上西蔵人 ,   増田幸子 ,   本村友一 ,   瀬尾卓生

ページ範囲:P.1018 - P.1023

はじめに

 全国各地で救急医療の崩壊が声高に叫ばれている時代背景を受け,“攻めの救急医療”を実現するドクターヘリが,今,注目されている.21世紀における救命救急の切り札として登場したドクターヘリは,現在23機が活発に活動しており,全国を網羅するドクターヘリ体制も夢物語でなくなった.

 2008年7~9月,2010年1~3月にテレビドラマ「コード・ブルー」が全国放映され,高視聴率を獲得したこともあり,ドクターヘリへの国民の理解と期待も急速に高まっている.

 そこで本稿では,救急医療を救う視点からドクターヘリに焦点を当て,ドクターヘリの現状,ドクターヘリ導入による救急医療の変化,今後の展望について述べる.

視点

今後の公衆衛生活動のあり方

著者: 島尾忠男

ページ範囲:P.978 - P.979

 日本を若者の多い元気な国家に戻す方策について考えるなら,合計特殊出生率を少なくとも2.2以上にする施策が最優先課題になるであろうが,これは公衆衛生だけで実現できる課題ではないので,本稿ではより具体的な公衆衛生の課題について検討してみたい.

トピックス

自治体間における特定保健指導の効果比較―初年度の実施に格差はあったか

著者: 今井博久

ページ範囲:P.1024 - P.1027

はじめに

 特定健診保健指導制度の初年度実施で都道府県間に大きな差があったのか否かの解析は非常に重要な研究であり,今後に向けて新しい施策をどのように進めていくべきかを検討するために必要不可欠な作業である.すでに本年3月に都道府県別に特定健診の受診率や保健指導対象者割合等の数字は報告されてきた.しかしながら,肝心の検査値平均や改善幅等に関する都道府県別の結果は明らかになっていない.実施された保健指導内容の解析結果も同様である.わが国の47都道府県において概ね均一に保健指導の成果を出すことができたのか,あるいは格差が生じてしまっているのか,また差があるならばその理由は何か等を検討する必要がある.

連載 人を癒す自然との絆・17

捨てられた犬の命を活かす

著者: 大塚敦子

ページ範囲:P.1028 - P.1029

 人間の都合で捨てられたり,飼えなくなったりして,アニマル・シェルターに保護された動物たち.アメリカでは,そんな動物たちを救い,新たな役割を与える活動がどんどん増えてきている.その一つ,虐待を受けた子どもたちに動物や植物のケアを教え,虐待のサイクルを断ち切るプログラムを行っている「忘れな草農場」については5月号に書いたが,今回は,捨て犬たちを救う少年院でのプログラムを二つ紹介したい.

 オレゴン州ポートランド近郊にあるマクラーレン少年院には,「Project Pooch」と呼ばれるプログラムがある.シェルターから引き取った犬を少年たちが訓練し,新しい家庭を見つける,というものだ.少年院内の学校の校長だった女性が1993年に始めて以来,参加した少年たちの再犯率はゼロ.すでに効果が実証されているプログラムとして,世界中から見学者が絶えない.

保健所のお仕事─健康危機管理事件簿・9

新型インフルエンザへの対応(平成21年度)その2

著者: 荒田吉彦

ページ範囲:P.1030 - P.1033

 先日,風呂場で髪を洗っている時,ふと鏡を見て愕然としました.「なんで,頭の地肌がこんなに目立つんだろう!」.昔から白髪が多く,高校時代から白髪染めは欠かせなかったのですが,髪の毛の量は多いほうでした.それが,いつの間にか髪が薄くなっていました.なにせ,つい数年前までは床屋に行くのが面倒で,「髪の毛なんか伸びなければいいのに」と公言していたくらいです.これまで,髪の不自由な友人を揶揄するようなことも平気で言っていましたが,恥を忍んで,そういう友人たちに育毛法を尋ねることになりました.

地域保健従事者のための精神保健の基礎知識・12【最終回】

公衆衛生の精神保健活動の課題―地域づくりに向けて

著者: 竹島正 ,   的場由木

ページ範囲:P.1034 - P.1037

はじめに

 本連載も最終回を迎えた.第一筆者は,初回(本誌74巻1号)の本欄「精神保健はどのように定義されてきたか」において,精神保健を,“共に生きる社会の実現という基本理念のもと,人間とその行動の理解を踏まえて,社会に起こるさまざまな問題の実態と関連する要因を明らかにしつつ,社会との協働によって問題の解決を図り,社会をよりよいものにしていく活動”と定義した.また前号の「精神保健と地域づくりのつながり―自殺予防を糸口に」においては,支援が必要でもそれを求めない(求めることができない)人の“生き方”に寄り添いながら,支援することのできるような地域づくりが求められていると述べた.

 本稿では,ホームレス支援に取り組む特定非営利活動法人自立支援センターふるさとの会(以下,ふるさとの会),薬物・アルコール依存症をもつ女性をサポートする特定非営利活動法人ダルク女性ハウス(以下,ダルク女性ハウス)の取組を紹介し,そこから浮かび上がってくる課題をもとに,公衆衛生の精神保健活動の今後について述べる.

保健師さんに伝えたい24のエッセンス―親子保健を中心に・21

青少年の飲酒・喫煙・薬物乱用

著者: 平岩幹男

ページ範囲:P.1038 - P.1041

 飲酒・喫煙・薬物乱用は,保健部門が健康教育として依頼されることの多い分野です.どのように教育をするかということについては多くの事例が出ていますが,わが国では飲酒・喫煙については比較的寛容であり,家庭内での浸透が存在するために,実際に子どもたちに教育をしてもなかなか防止にはつながらないという問題があります.薬物乱用には覚せい剤などからシンナーなどに至るまで多くの種類がありますが,これらは家庭内からではなく,外からの誘惑によって引き起こされることが多いために,健康教育の有効な分野ではありますが,いったん乱用が始まると再発率が高いという問題があります.今回は,これらの現状についてお話しした後で,健康教育や相談において留意する点について述べます.

トラウマからの回復─患者の声が聞こえますか?・9

さみしさと無力からの脱出

著者: 八木純子

ページ範囲:P.1042 - P.1045

子ども時代

 私はお金のない家庭に育ちました.父は働かず家からお金を持ち出し,母は夜パートに行っていました.お米がなかったので,私と弟は同じ敷地内に住む祖母の家で,毎日夕飯を食べさせてもらっていました.祖母には「自分の箸と茶碗がないなんて,本当にお前の家はおかしい」と言われていました.家にはお風呂もテレビもありませんでしたので祖母にテレビも見せてもらえるのですが,消したとたんに「ああ静かになった」と言われていました.祖母が嫌みで意地悪な人だということには,長いあいだ気がつきませんでした.祖父の敷地内には3軒の家が建っていて,そのうちの1つには,働かずにぶらぶらしている叔父たちが住んでいました.叔父たちは母を馬鹿にしていました.「馬鹿な男に引っ掛かって,子どもを2人も産んで,自分が馬鹿なことをするのは構わないけど,俺たちの手を煩わせないでくれよな」という態度でした.

 お金のないことも,父が働かないことも,私にはどうにもできません.母はお金と父のことで頭がいっぱいで,私には無関心でした.私はさみしかったです.無力感とさみしさに打ちのめされないために,「すべて私が悪いのだ」と思うことにしました.私さえ良くなれば,周囲の環境も良くなるかもしれないのです.状況を変えたい.さみしくてしょうがない.「私が悪い子だからお母さんは忙しいし,お父さんは働かなかった挙句にどっかに行ってしまったんだ」「良い子になるから私のことを見て頂戴,良い子になるからお父さん,私の所に戻って来て」

リレー連載・列島ランナー・21

伝統文化とのはざまで実施する喫煙対策―多様な価値観の中で住民の健康を守る

著者: 梅田弥生

ページ範囲:P.1046 - P.1049

 前号執筆者の宗石さんは,保健師学校時代の友人です.お互いの性格上,こまめに連絡を取ることはないのですが,話をすればすぐに「気持ち」は学生に戻れる間柄です.彼女からバトンを受け取る際に「私でいいのか?」と確認したところ,「現場で地道に活動している人でいい」とのことで,お引き受けさせていただきました.

 本稿では,三好保健所管内で推進している「喫煙対策」について,述べていきたいと思います.

お国自慢─地方衛生研究所シリーズ・9

愛知県衛生研究所

著者: 皆川洋子

ページ範囲:P.1050 - P.1053

 愛知県衛生研究所(以下,愛知衛研)の特徴は,行政に必要な試験検査や情報処理を着実に実施する傍ら,関連する研究を粘り強く進める職員の執務姿勢に体現されていると思う.地方衛生研究所(以下,地衛研)に対して,「研究論文を書く“余裕”があるのだから人員は十二分だろう」とのコメントを時折頂戴するが,検査や解析の結果に科学的根拠を担保するには,常に平行して裏づけとなる研究を進め,成果を公表して研究者間の建設的批評に晒される必要がある.

 本稿では,試験法の開発・改良や新たな病原体の同定解析など,愛知衛研各部(図1)の特色を紹介するとともに,衛生行政に科学的根拠を提供する研究機関の将来像について考えたい.

衛生行政キーワード・71

わが国の健康づくり運動について

著者: 赤羽根直樹

ページ範囲:P.1055 - P.1057

健康づくり運動にかかるこれまでの経緯など

 がん,心筋梗塞,脳卒中,糖尿病等は,成人病と呼ばれていたが,生活習慣の改善によってこれらの疾患を予防しようという考えから,平成8年,厚生省の公衆衛生審議会から意見具申「生活習慣に着目した疾病対策の基本的方向性について」がなされ,「生活習慣病」という概念の導入が提唱され,定着がはかられた.平成8年当時は成人病に対する一次予防として第二次国民健康づくり対策「アクティブ80ヘルスプラン」が実施され,栄養,運動および休養に関する指針の策定が行われていたものの,その後,平成12年より,こうした予防重視の流れの中でさらに一次予防に重点を置いた施策として,第三次国民健康づくり対策「21世紀における国民健康づくり運動」(健康日本21)(図1)1)が開始された.

路上の人々・12【最終回】

老いの涙

著者: 宮下忠子

ページ範囲:P.1059 - P.1059

 公園の木々がざわめき,北風が吹き抜けていく.松男さんは,植え込みの柵の側の石の上にしゃがみ込んで震えている.老いていく自分を投げ出すように.

 彼と私は長い付き合いだ.

沈思黙考

ITの功罪

著者: 林謙治

ページ範囲:P.1009 - P.1009

 学生時代の臨床実習で,さまざまな検査を手作業で行わなければならなかった.白血球の計数はまずメランジュールで血液を吸い上げ,グリッド板に落として数区画分数えて全体数をかけ算で出す.今から思えばずいぶん原始的な方法であるが,不器用な私にとって思うにまかせず,将来ちゃんとした医者になれるかどうか不安であった記憶がある.それに比べて今では,ほとんどの検査がオーダーひとつで揃う時代になって,医者はさぞ楽になったかと思えば,昔と違った苦労を強いられているようである.

 いまやパソコン操作ができない人は少なくとも中規模以上の病院に勤務できないであろう.筆者はかつて体調を崩して病院に受診したとき,医師は画面を見つめながら私に質問をし,もっぱら検査結果の入力と処方を打ち込むだけであった.患者の私の顔をほとんど見ず,腹痛と訴えても体を触りもしない.話には聞いていたが,やはり違和感があった.それでも数回通っているうちに,慣れてくるとそんなものかと妙に納得してしまったが,一般の患者はどう受けとめているだろうか.しばらくしてわかったことだが,検査成績は時系列的にすぐに打ち出してくれるし,診療後会計窓口で支払いを済ますまで,昔と比べものにならないほど速い.ITの普及は明らかに,診療カルチャーを変えてしまったのである.

予防と臨床のはざまで

第20回ヘルスプロモーション・健康教育国際会議ダイジェスト(その3)

著者: 福田洋

ページ範囲:P.1053 - P.1054

 今回は,「第20回ヘルスプロモーション・健康教育国際会議」(IUHPE)2~5日目の概要をお伝えしたいと思います.2日目以降は毎朝1つの基調講演,午後に準基調講演というプログラムでした.毎朝の基調講演前には,“Take Care of Earth”と銘打って,大きな地球儀の風船を,会場全体でトスし合うイベントが行われました.2日目のテーマは「地域移動・都市化と健康」で,健康的な街づくり(ヘルシーシティ)の話題が取り上げられました.最も注目を集めていたのは,リトルシンガポールと呼ばれるマルキナ市(フィリピン)のMaria市長による発表で,20年前は舗装道路が1本しかない街から,ジュリアーニ市長の壊れ窓理論や河原のサイドウォーク,自転車道路,河原の不法住居の改善,植樹などを通じ,街づくりを通じていかに人々の健康が増進できたかが報告されました.

 3日目のテーマは「社会・文化の変化と健康」.ここでも話題になっていたのはWHOの健康の社会的規定要因です.インドのMaria Chatterjee医師からは,最底辺の女性のための労働組合であるSEWA(自営女性労働者協会)の活動が紹介され,女性が安心して預金できるSEWA銀行,健康生協,女子のための学校,スラム街の生活改善などの活動を通じて,女性の人権が改善し,次に健康や健康情報を求める.このような女性のエンパワーメントを通じて,健康へのインパクトが増していった様子が,多くの写真とともに語られました.座長Bleddmann氏の「ヘルスプロモーションは社会構造の変化により起こるものでなく,社会構造をドライブすべきもの」という言葉が印象的でした.

映画の時間

人生でやり残したこと,ありませんか?ふたたびswing me again

著者: 桜山豊夫

ページ範囲:P.1057 - P.1057

 11月号(74巻11号)の本誌で,牧野正直先生が「ハンセン病の歴史に学ぶ」と題して「視点」欄にご寄稿くださいました.ハンセン病を描いた映画としては,「砂の器」(1974年,野村芳太郎監督作品)が有名です.芥川也寸志が音楽を,川又昻が撮影を担当し,親子の宿命を描いた佳作でしたが,公開当時,ハンセン病患者の描き方に関して多少議論があったと記憶しています.今月ご紹介する「ふたたび」もハンセン病の親とその子を背景にした映画です.30年余りの時の経過が,同じようにハンセン病を描いてもタッチの違う映画を作り出したと考えると,興味深いものがあります.

 瀬戸内海の小島から聞こえるトランペットの音色.映画の冒頭はそんなシーンです.実はその小島にはハンセン病の療養所「大島青松園」があり,トランペットを吹いていたのは,その入園者だったのです.

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あとがき フリーアクセス

著者: 阿彦忠之

ページ範囲:P.1060 - P.1060

 私が本格的に衛生行政の仕事を始めたころの救急医療のトピックスは,救急救命士の養成とメディカルコントロール(MC)体制の構築でした.救急医療を救うための新たな制度の幕開けを予感して,保健所主催の会議の冒頭,張り切って所長としての所感を述べたつもりが,誤って「救命救急士」という表現を繰り返し,失笑を買ったことが忘れられません.その反撃(?)という気持ちも少しあって,「MCという用語はわかりにくい.別の呼び方はないのですか?」と消防担当者に質問したことを今でも鮮明に覚えております.MCという単語からは,救急救命士等による救急活動の「質を保証(quality assurance)」を医学的見地から総合的に行うという本来の意味が,全く連想できなかったからでした.

 その後もMCに替わる新しい用語は生まれなかったものの,救急医療を取り巻く環境が厳しさを増す中で,救急医療の質を高め,救急医療を救うための取り組みは確実に進化(深化)しています.「救急医療は崩壊の危機」といった報道もなされますが,今号の特集論文を通読すると,明るい光もたくさん見られました.救急医療に関する地域住民の理解と住民参加型活動の重要性,「守りの救急医療」から「攻めの救急医療」への転換,DMATで代表される標準化とシステム化を包含した人材育成が平時の救急医療体制の強化という波及効果を生んでいること,などです.そして何よりも,救急医療を救うことが「医療再生」の必須条件であり,それが可能であることを実感した特集でした.

基本情報

公衆衛生

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1170

印刷版ISSN 0368-5187

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