icon fsr

雑誌目次

雑誌文献

公衆衛生74巻9号

2010年09月発行

雑誌目次

特集 分子遺伝疫学

フリーアクセス

ページ範囲:P.731 - P.731

 ゲノム解析が進められていくのに伴って,分子遺伝疫学として,分子レベル,遺伝子レベルで疾病のリスクが調べられています.これはヒトのDNAの塩基配列と疾病を結び付ける試みで,DNA上の特定部位に特徴的な塩基配列パターン(遺伝的多型)を持つことによって,疾病の発病リスクが変化,増大するかについて研究が進められています.またゲノム解析が進んだ結果,遺伝子と疾病の関係についても新しい事実が発見されています.多くの疾病は生活や環境等の多様な要因が複雑に作用して発病するため,遺伝要因だけで疾病発病のリスク全体が決まるとは考えられません.

 しかし,遺伝要因が基礎となって疾病が発病しており,疾病発病にある程度遺伝要因が作用しているとは考えられます.したがって,遺伝子を検査することにより,遺伝的にある疾病を発病しやすいことを知ることができれば,より予防に熱心に取り組み,発病を防げるようになる可能性もあります.

ヒトの分子遺伝疫学研究の原理と方法

著者: 山縣然太朗

ページ範囲:P.732 - P.736

 クローニングやPCR(polymerase chain reaction)などの分子生物学の発達により,医学研究が分子レベルで展開されるようになって久しい.また,2003年にはヒトゲノム解析計画によって明らかにされたヒトゲノムの30億塩基対の情報が医学,医療に及ぼす影響は計り知れない.それは疫学の領域にも及んでいる.疫学が疾病の発症要因を明らかにする学問である以上,疾病罹患の一要因である遺伝要因を明らかにするために分子レベルでの遺伝情報が必要であり,疾病罹患における遺伝要因と環境要因との交互作用を明らかにして,予防に貢献することが課題となっているからである.この学問領域をヒトの分子遺伝疫学やヒトゲノム疫学(Human genome epidemiology)と言う.本稿では,ヒトの分子遺伝疫学の方法について概説する.また,ゲノム研究と社会との接点についても触れる.

がんの分子遺伝疫学

著者: 林奉権 ,   楠洋一郎

ページ範囲:P.738 - P.743

はじめに

 1970年からの分子生物学の急速な発達により,ゲノム研究は大きく発展を遂げてきた.特に,ヒトゲノムプロジェクトでは全ゲノム中の約1,000bp当たりに1つ存在する単一塩基多型(single nucleotide polymorphism;以下SNP)に基づいて,個人間に存在する広範な遺伝的多様性が明らかになりつつある.このゲノム研究の進展により,個人の遺伝的特性を遺伝子多型によって表すことが可能となった.ヒトゲノムの個人間の高度な多様性は遺伝子発現や蛋白質機能に影響を及ぼすことによって,発がん感受性の個人差に関係していると考えられる.がんのゲノム関連解析を行う場合,がんの発生機序などから特定のゲノム領域/遺伝子のSNPに絞って解析を行う候補遺伝子探索,および全ゲノム領域のSNPを対象に行うゲノム網羅的探索がある.

 本稿では,遺伝子多型と発がんリスクの研究について,最近の網羅的探索研究の進展と現状を概括し,さらに免疫に関連すると考えられる遺伝子群の多型を中心とした筆者らの研究を,候補遺伝子探索研究の1例として紹介したい.

循環器疾患の分子遺伝学

著者: 岩井直温

ページ範囲:P.744 - P.748

 虚血性心疾患の危険因子として,高齢・家族歴・高血圧・糖尿病あるいはメタボリック症候群・脂質異常症・喫煙が挙げられている.家族歴の寄与度は高く,遺伝的影響が大きいことを示しているとされる.ただ,危険因子である,高血圧・糖尿病あるいはメタボリック症候群・脂質異常症も,遺伝的素因と環境要因に支配されており,喫煙習慣に関しても,遺伝的な素因が関与することが最近報告されている.つまり虚血性心疾患に寄与する多くの危険因子があり(同定されてないものも含めて),これら危険因子の形成には,遺伝的な要因がなにがしか関与するという複雑な様相を示している.

 高血圧も同様で,危険因子として,高齢・家族歴・肥満あるいはメタボリック症候群・(過剰な)飲酒習慣・食塩摂取過多などが挙げられる.肥満にしても,飲酒習慣にしても,遺伝的素因と環境要因に支配されており,食塩嗜好にも遺伝的素因が関与する可能性はある.つまり,高血圧に寄与する多くの危険因子があり,これら危険因子の形成に,遺伝的素因と環境要因が関与するということであり,この連鎖はさらに続く可能性がある.

糖尿病・内分泌疾患の分子遺伝疫学

著者: 安田和基

ページ範囲:P.749 - P.753

 近年ヒトゲノム配列の解読,ゲノムワイド相関解析の登場などにより,糖尿病・内分泌疾患の遺伝因子も急速に明らかになってきた.本稿では,最も研究が盛んで,遺伝因子研究の新たな方向性が示されつつある2型糖尿病を中心に解説する.

ミトコンドリアゲノム多型と長寿・健康

著者: 福典之 ,   田中雅嗣

ページ範囲:P.754 - P.760

緒言

 厚生労働省が平成20年に発表した「平成20年簡易生命表」によると,0歳時の平均余命である平均寿命は,男性で79.29年,女性で86.05年である.昭和22年の同様の調査では,男性の平均寿命は50.06年,女性の平均寿命は53.96年であったので,その差は歴然である.また,平均寿命が調査されている諸外国と比較すると,女性ではわが国が第1位となっており,男性においてはアイスランドが第1位で79.6年(2008年)であり,日本は次いで第2位となっている.このように,近年,わが国の平均寿命は急速に延び,世界有数の長寿国となった.

 一方,近年の食生活の欧米化や産業のオートメーション化による不活動により,糖尿病,高血圧,肥満,脂質異常症といった生活習慣病の患者数が急速に増加している.このような現象は生活の質(QOL)の低下のみならず,医療費を高騰させるなどの経済に好ましくない影響を及ぼす一因ともなっている.したがって,わが国の対策として,ただ単に長寿を目指すのではなく,自立した“健康長寿”を獲得することが重要であると考えられる.生活習慣病は平成8年に厚生省(当時)が提唱した概念で,それまで「成人病」対策として2次予防(早期発見・早期治療)に重点を置いていたのを改め,生活習慣の改善を目指す1次予防(健康増進・発病予防)対策を推進するために,新たに導入されたものである.食事療法や運動療法は,生活習慣病の発症・進行を抑制するばかりでなく,薬物療法に比べ,やり方によっては非常に安価な治療法と言える.しかしながら生活習慣病は,生活習慣要因の乱れのみでなく,遺伝的要因,すなわち遺伝子多型がその発症や進行に関与しているので,例えば食事療法や運動療法によって生じる生活習慣病改善の程度に個体差が生じる.

分子遺伝疫学を用いた疾病のリスク評価と予防

著者: 山田芳司

ページ範囲:P.761 - P.767

はじめに

 ヒトゲノム計画によるヒトゲノムの全塩基配列の決定1),国際HapMap計画注1)による白人・黒人・中国人・日本人における一塩基多型(SNP)やハプロタイプの決定およびタグSNPsの特定2),またcDNAマイクロアレイやSNPチップなどによる大量の情報解析技術の発達によって,個人個人における遺伝情報の相違を検出することが可能になった.これらの情報を利用して,ある個人に最適な予防法や治療法を選択することを個別化医療(オーダーメイド医療)という.従来のレディーメイド医療では,病気の種類や重症度に応じて投薬されていたが,薬効に個人差があり,副作用が出る可能性もあった.ゲノム情報を基盤とする治療法では,投薬前から治療効果や副作用を予測出来るため,安全かつ有効な治療が可能になると期待されている.また,疾患の病態が遺伝子レベルで解明され,疾患感受性遺伝子など個人の遺伝要因も明らかになってきた.生活習慣病においても20~70%は遺伝要因が関与していると考えられるため,遺伝子多型情報に基づくアプローチは,生活習慣病の予防対策にも貢献すると考えられる.またゲノム創薬による新薬の開発により,今後治療成績が飛躍的に向上する可能性もある.

 日本では,悪性腫瘍に続き心疾患と脳血管障害が死因の第2位と第3位を占める.厚生労働省の統計によれば,わが国の平成17年の冠動脈疾患の患者総数は86万3千人であり,毎年4万5千人が心筋梗塞により死亡している.また,脳血管障害の患者総数は137万人であり(脳梗塞61%,脳出血25%,くも膜下出血11%,その他3%),毎年13万人が脳血管障害により死亡している.近年,医療技術の発達により心筋梗塞や脳血管障害の発症後の治療法は格段に進歩したが,予防対策は未だ十分とは言えない.また塩分や脂肪摂取の制限など従来の予防法は集団としては一定の効果が認められるが,必ずしもすべての人にとって有効とは言えない.高齢化社会を迎えたわが国においては,心筋梗塞や脳血管障害の発症に関連する遺伝要因を確定し,個別化予防を積極的に推進することが,個人や家族のみならず,社会的にも重要である.

 本稿では,心筋梗塞・冠動脈疾患および脳血管障害のゲノム疫学研究の現状と,今後の臨床応用について概説する.

分子遺伝疫学の倫理的課題と人権

著者: 森崎隆幸

ページ範囲:P.768 - P.771

はじめに

 分子遺伝疫学は,20世紀末からのヒトゲノムプロジェクトにより研究が加速され,2003年にはヒトゲノム配列情報が決定されるに至った,ゲノム科学の発展をベースとしている.分子・遺伝子レベルで疾病リスクを明らかにできることが期待されている,発展の著しい研究領域である.一方で,ゲノム研究の急速な進展とともに,その倫理性の懸念や生命倫理の概念の理解と必要性が認識され,国外では20世紀末にゲノム医療と遺伝子との関係について種々の検討がなされ,国あるいは多国間で規範が制定されるようになっていた1~3)

 日本では21世紀にさしかかって,ようやく,国レベルでゲノム・遺伝子解析研究についての倫理規範の作成が行われるようになった4,5).その後,欧米同様,日本でも個人情報保護法が施行されたこともあり,研究者も国の指針や法についての認識が高まり,研究機関での倫理審査委員会の設置などが急速に進んだ.

 近年,国内外では,個人ゲノム情報を網羅的に積極的に利用する形でのゲノム研究が医療応用をめざして実施されるようになり,遺伝疫学は研究の中心と見据えられるようになった.さらに,研究の進展は,個人ゲノム情報をどのように捉え,どのように保護することが必要であるかについて,考え直す必要性を生んでいる.

 本稿では,個人ゲノム情報を扱う遺伝疫学の近年の進展と関連する倫理的問題について述べ,今後,どのように倫理的取扱いをすべきかについて論ずる.

ライフスタイル医学と分子遺伝疫学

著者: 竹下達也

ページ範囲:P.772 - P.775

生活習慣病発症にかかわる遺伝・環境要因

 近年の分子生物学の学問および技術の発展を背景として,人間の形質あるいは健康度の遺伝的背景が急速に解き明かされようとしている.そこで問われるのは,それぞれの疾病発症にかかわる遺伝要因と,環境要因の相対的割合である.遺伝要因と環境要因の割合について強力なエビデンスを提供するのが,一卵性および二卵性双生児を比較する疫学研究である.欧米の知見ではあるが,循環器疾患,がんをはじめとする様々な疾患における遺伝・環境要因の割合は,おおむね図1に示すような結果を示唆している.単一遺伝病の場合には単一の,あるいはごく少数の主要な遺伝子が決定的に関与しているのに対して,事故や感染症にかかわる遺伝子を発見するのは困難である.生活習慣病の中では,大まかに言うと,糖尿病や循環器疾患においては遺伝・環境要因が相半ばするのに対して,がんの発症には,環境要因に比べて遺伝要因の関与は比較的小さいとされている.

 そこで生活習慣病の発症要因を考える際には,遺伝要因と同等,あるいはそれ以上に大きな影響を与える環境要因(その大部分はライフスタイル要因)の関わりについて考察することが,研究および予防対策の重要な前提条件となる.

ゲノム時代の医科学研究の課題

著者: 村上陽一郎

ページ範囲:P.776 - P.779

一般的な観点から

 現代は,科学研究の成果が,そのまま一般の生活者の「生」そのものに,大きな影響を与える時代である.19世紀ヨーロッパに,現代の意味での科学が一つの社会制度として誕生したときには,事態はまるで違っていた.科学者は,普通の生活者ならあまり関心を持たない固有の問題を解き明かそうと,自分の生涯を捧げるが,その研究の成果は,同じ関心を抱く僅かな数の同僚の間でのみ,受容され,評価されるのみで,一般社会に対しての影響は,有機化学の一部を除けば皆無であった,と言えるだろう.この状態は,部分的には現在でも存続している.科学は,科学者個人の好奇心を満足させる営みとして成立したからである.一般の生活者は,「ああ,妙なことに情熱を燃やして研究している人がいるなあ」と受け止めていればそれでよかったのである.

 別の言い方をすれば,科学研究の成果を利用しようとするクライアントは,本来一般社会のなかには存在しなかった.産業や国家行政が,科学研究のクライアントとして名乗りを上げるのは,第二次世界大戦前後のことである.

視点

地区診断の重要性

著者: 関龍太郎

ページ範囲:P.728 - P.729

公衆衛生の原点

 まず,公衆衛生の原点を見てみよう.公衆衛生の定義はウィンスロー(1949)により「公衆衛生は,共同社会の組織的な努力を通じて,疾病を予防し,寿命を延長し,身体的・精神的健康と能率の増進をはかる科学・技術である」とされている.「健康」の定義は「身体的・精神的・社会的に完全に良好な状態であり,単に病気あるいは虚弱でないことではない」(世界保健機関憲章,1948)となっている.2つの定義から,重要なことは,「公衆衛生は,身体的,精神的に良好だけでなく,社会的にも良好でなくてはならないし,それを公衆衛生として推進していくためには,共同社会の組織的な努力が必要であること」である.また,日本国憲法第25条においては「①すべて国民は,健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する.②国は,すべての生活部面について,社会福祉,社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない」と明記されている.このように憲法に,国家責任の原則,平等の原則,最低生活保障の原則という3原則が記されている.これらに基づいて,戦後,日本は公衆衛生分野で各種の法律を充実させてきた.しかし1980年頃から,それまで充実してきた公衆衛生が,新自由主義の施策によって見直されてきた.すなわち各種事業が,「市場原理導入,公的責任の縮小,自己負担の増加,規制緩和,民営化」の影響を受けてきていた.政権交代後,その新自由主義に対しても,反省が起きている.

連載 人を癒す自然との絆・14

極限の恐怖を味わった人々への癒しの試み

著者: 大塚敦子

ページ範囲:P.780 - P.781

 ガーデニングの国イギリスには,庭仕事のなかにメタファーを見いだし,心の癒しに応用する試みが数多くある.その1つは,拷問や迫害を受け,イギリスに難民として逃れてきた人びとを支援するナチュラル・グロース・プロジェクト(Natural Growth Project)である.メディカル・ファウンデーション(Medical Foundation for the Care of Victims of Torture)という慈善団体が1992年に始めた.100近くにわたるクライアントの国籍のうち,特に多いのは,コンゴやソマリア,イランやイラクなど.自分の国を命からがら脱出し,言葉も通じない外国にたどり着いた人びとだ.家族を殺されたり,離ればなれになってしまった人も多い.そんな人びとがほんのひとときでも安らぎを感じられる場所はどこか.その答えが,庭だった.

 ナチュラル・グロース・プロジェクトを運営するのは,セラピストと庭師である.セラピストの役割は,自然とのふれあいのなかから浮かび上がってくるクライアントの心の奥底にあるものをキャッチし,自然をメタファーとして使いながら,癒しの方向へと導くこと.

保健所のお仕事―健康危機管理事件簿・6

火山噴火への対応(平成12年度)その2

著者: 荒田吉彦

ページ範囲:P.782 - P.785

 医師が足りません.全国的にそうなのでしょうが,北海道でも大変な状況が続いています.医師臨床研修制度がその原因と言われていますが,これまで内在していた課題が顕在化したのでしょう.あわせて,地域医療に魅力を感じる医師が少なくなったのかもしれません.

働く人と健康・21―診療所医師の立場から・3

外国人労働者の健康を築く

著者: 沢田貴志

ページ範囲:P.786 - P.789

 これまで外国人労働者のなかには様々な在留資格の人がいることや,労働災害・結核感染症・精神保健・母子保健など多くの分野で支援が必要であることを述べてきた.今回は,外国人労働者の健康を守るためにどのような取り組みが行われているかについて,いくつかの事例を示しながら問題提起をしたい.

 図1は外国人の年齢調整死亡率である.日本人と比べて男性で1.08倍,女性で1.27倍死亡率が高いことが示されている.どのような因子が死亡率の上昇に寄与しているかは明らかではないが,外国人と日本人の間の健康格差が明瞭にあらわれている.筆者は外国人の医療にかかわる中で,医療アクセスを阻む要因として言葉の不自由さ,経済的な障壁,医療情報の不足,などが関係していると考えている.

地域保健従事者のための精神保健の基礎知識・9

精神保健・自殺問題の実践を科学する

著者: 稲垣正俊 ,   大槻露華

ページ範囲:P.790 - P.794

はじめに

 自殺対策基本法の成立,自殺総合対策大綱の閣議決定を契機に,各地で様々な自殺予防活動が開始された.自殺総合対策大綱には対策が必要とされる30をも超える領域が掲げられている.活動の効果に関する裏付けの記述や,対策の優先順位に関する記述はなされていない.自殺総合対策大綱の発表の1年後には,自殺対策加速化プランが発表され,自殺総合対策大綱が一部改正された.今年の3月には内閣府から「いのちを守る自殺対策緊急プラン」,5月には厚生労働省から自殺・うつ病等対策プロジェクトチームのとりまとめが報告された.

 わが国の自殺予防対策は,自殺総合対策大綱という長期的なイニシアティブとともに,短期間に様々な一部重複する政策ポリシーが並行して示され,複雑なものとなっている.わが国の自殺予防の戦略や活動計画が厳密な科学的知見に基づく内容ではないため,短期的な緊急の課題と,真に重要で長期に亘る対策の優先順位を決めるための基準が明確に示せていない.

保健師さんに伝えたい24のエッセンス―親子保健を中心に・18

親子保健における障害や疾患の発見と受容

著者: 平岩幹男

ページ範囲:P.795 - P.798

はじめに

 多くの親子保健事業では,乳幼児健診を始めとして相談などで,障害や疾患の発見につながることが少なくありません.障害や疾患が疑われたとき,見つかったとき,それをどう保護者に伝え,どのように対応するかは,親子保健での重要なテーマの1つです.

 乳幼児健診では,保護者の多くは,通知が来たから,あるいは広報などに掲載されているから健診に来ますので,自分の子どもは元気であると考えていることが多いのは当然ですし,健診の場で何らかの障害や疾患を発見されるとは夢にも思っていません.もちろん保護者が発達の遅れや皮膚の異常など,何らかの主訴を抱えて健診に来る場合もありますが,こうした主訴よりは,食欲がない,ぐずる,眠らない,泣き止まないなどの生活上の不安を訴えることのほうが多いと思われます.ですから健診の場でも,気軽な相談の場でも,疾患や障害の疑いを告げることは,保護者を混乱や不安に陥れることになります.もちろん事実だから告げた,ということでは無理があります.治らないかもしれない障害を告げられた母子が,健診の帰りに走ってきた電車に飛び込んでしまうかもしれません.

 一方で,健診や相談の場では,ダウン症など身体的な特徴から明らかな場合を除いて,障害や疾患は疑いに止まります.健診はスクリーニングですから,見落としが存在する反面,過剰に疑うこともあります.ということは,疑って,何もなかったという場合も存在します.その場合には不必要な疑いによって不安を与えられたということで,保護者との信頼関係が損なわれる場合もあります.

 最近ではマスメディアやインターネットの問題も欠かせません.たとえば自閉症についての番組があれば,子どもが自閉症かもしれないという相談の電話が来ることがあります.さらにインターネットで調べてみて,障害に対する治療法まで見つけていることもあります.そこには真偽とりまぜた情報があふれています.このように考えてみると,疾患や障害を疑った場合に適切に対応することは,決して容易ではないことがわかります.

トラウマからの回復―患者の声が聞こえますか?・6

信じる者は救われる?―そのままの私でいること

著者: 金根由希

ページ範囲:P.799 - P.802

幼い頃の記憶

 私は幼い頃から母親に暴力を振るわれていた.はっきりとした記憶はないのだが,小学生の頃からささいな理由で叩かれ,蹴られ,お風呂に入っている最中,下着のまま外に出され,「生意気だ」「死ね」「あんたがいなきゃ離婚できた」と怒鳴られていた.食器が飛び,フォークやスプーンが台所から飛んで,ピアノに傷がついた.泣きながら謝れば「どうして謝る」と怒られる.次第に母が怒り出すと急に眠くなってしまうことに気がついた.ふと気がついたら眠っていて,母はそのことに気づかず,1人で怒鳴っていたこともある.

 私の家は在日韓国人で,父はパチンコ屋を経営し,平日は私とほぼすれ違いの生活だった.夜中に帰ってくる父は,母が私に暴力を振るっていることを全く知らなかったようだ.夫婦仲が悪く,子ども心に母を「かわいそう」と思っていた私は,どんなに暴力を振るわれても,父に言おうとは思わなかった.そんなことをしたら家が壊れてしまうと,直感的に感じていたのかもしれない.

リレー連載・列島ランナー・18

本命でなくていいから,心の片隅に置いてね

著者: 三宅雅史

ページ範囲:P.803 - P.806

 「四国公衆衛生医師の会」愛媛県幹事で,西条保健所健康増進課長をお務めの若きホープ,竹内豊先生からバトンを受けました.

 この分野では名の通っている本誌の誌面を,公衆衛生とはまるっきり無関係なタイトルで汚して申し訳ありません.

お国自慢―地方衛生研究所シリーズ・6

札幌市衛生研究所のこれまで,いま,これから

著者: 三觜雄

ページ範囲:P.808 - P.810

はじめに

 私自身はこの4月に札幌市衛生研究所に着任したばかりであるが,札幌市職員に採用されて以来23年間,保健所・保健センターに勤務する職員として,食中毒や感染症などの種々の検査を依頼する立場で,あるいは共同して新たな事業を興すなど,札幌市衛生研究所が,札幌市の保健衛生行政に関わる様々な業務を眺めてきた.

 この原稿執筆を機会に,これまでに札幌市衛生研究所において先達が築いてきた業績を振り返るととともに,これからの札幌市衛生研究所の姿についても展望したい.

衛生行政キーワード・68

医薬品副作用被害救済制度について

著者: 海老名英治 ,   上村浩代

ページ範囲:P.812 - P.815

はじめに

 医薬品は,治療のための用法,用量が定められているが,この通り使用したとしても,ある人において有害な作用をきたすこともある.医薬品とその有害な作用の間に因果関係がある場合には,これを副作用と呼ぶが,副作用が生じた場合の健康被害は入院を要するなど重篤なことが多い.医薬品と副作用は切り離すことができないものであるものの,医薬品を使用せずに傷病を治療することは現実的ではないため,不幸にして副作用が起きてしまった場合の対策が必要とされている.

路上の人々・9

孤独,溢れ出すコトバ

著者: 宮下忠子

ページ範囲:P.817 - P.817

 「ご覧の通りで,食欲ものうてぇ,歩くと足が痛むので一か所でじっとしていたら,こんなに汚れてしまって.見てください.焚き火の煤がこんなに染み込んで.話す元気ないです.えっ体を洗ってくれるのですか? こんなに汚れているのに? こんな親切,初めてだ.

 シャワーの湯が黒くなって流れる,アーアーいい気持ちだ.この6年間,仕事ができなくなって,炊き出しや残飯しか食っていないので,皮膚がべろべろで.足も腹も腫れて,栄養失調ですかね.あー,ええーっ,もうお湯は十分です,さっぱりした.本当に有難いです.はい,ここにあるのを着ればいいのですかね.何か月も体を洗ったことがなかったので,ああ,生まれ変わったみたいです.済まないことで.

予防と臨床のはざまで

第20回ヘルスプロモーション・健康教育国際会議ダイジェスト(その1)

著者: 福田洋

ページ範囲:P.737 - P.737

 7月11~15日にジュネーブ国際会議場で開催された「ヘルスプロモーション・健康教育国際会議(IUHPE)」に参加しました.3年に1度開催されるヘルスプロモーション・健康教育分野唯一の国際学会で,既に60周年を迎えます.1995年にこの国際学会が日本の幕張で開かれた時,私は大学院生として参加し,それが初めての国際学会発表経験でした.その後,50周年の本部パリ(2001),メルボルン(2004),ヘルスプロモーション発祥の地,カナダ・バンクーバー(2007)を経て,今回は国際機関の街,スイス・ジュネーブでの開催となりました(学会HPはhttp://www.iuhpeconference.net/).

 テーマは「Health, Equity and Sustainable Development」.直訳すると「健康,公正,持続可能な発展」ですが,ヘルスプロモーション発祥の地カナダで「成人を迎えた」ヘルスプロモーションを見直した前回から,さらに世界は温暖化による気候の変化や,サブプライムショックによる経済危機,中国の台頭,アフリカ諸国の格差拡大など,人々の健康に影響を与えるより困難で大きな課題に直面しています.今回の学会では,既にこの分野のターゲットが,個別のライフスタイルより,社会環境要因にシフトしつつあることを感じました.

列島情報

高校生への食育

著者: 日置敦巳

ページ範囲:P.785 - P.785

 20歳代・30歳代を中心とした朝食欠食,20歳代女性で目立つ低体重,50歳未満の野菜摂取目標量未到達,20歳代の脂肪エネルギー比率の高値等,若い世代における食生活の乱れが指摘されている.保健所では,市町村や保育所,学校が行う食育を補完する形で,市町村の枠を越えた機能的集団としての高校,大学,事業場での食育推進の支援を行っている.ここでは高校での比較的大がかりな食育講座について紹介する.

 対象は,ある高校の1,2年生500人.スタッフは,管理栄養士2人を含む保健所職員5人,農政事務所職員2人,地元食生活改善推進員19人,高校14人の総勢40人である.学校長のあいさつに続いて保健所管理栄養士が健康的な食生活の概要について講義を行い,その後2~数人のグループで10か所の展示・実践ブースを1時間で巡回し,日頃の食生活を振り返った.ブースは,朝食,食品表示,おやつ・嗜好飲料,コンビニ弁当(コンビニが協力),スポーツ選手の食事,パソコンによる食事チェック,料理カードを用いた食事選択,体組成評価,「げんこつ飴」づくり,脂肪燃焼ウォーキングである.

映画の時間

アダルトビデオ業界が舞台の,上質な青春映画 nude

著者: 桜山豊夫

ページ範囲:P.794 - P.794

 「趣味はAVです」,なんて書くと怪訝な顔をされそうです.私の場合,AVとはAudio & Visualのこと.音楽や映像が好きなのですが,AVには他にもActive Vehicle(ステーションワゴンやミニバンなどのレジャー用の自動車)の意味もあります.今月ご紹介する映画は,AV業界で働く女性を主人公にした「nude」です.この場合のAVはAdult Video(アダルトビデオ),と言うと,その分野の映画と思われそうですが,そういうシーンを期待すると裏切られます.アダルトビデオ業界を舞台に,若い女性の青春を描いた作品です.

 主人公ひろみ(渡辺奈緒子)は新潟の高校を卒業し,東京で空港の警備員として就職します.新潟に残って地元の大学に進学する同級生のさやか(佐津川愛美)は,親友のひろみが東京に出るのを心配しますが,ひろみは芸能界で活躍したいという夢を語ります.

沈思黙考

「幸福」を考える・2

著者: 林謙治

ページ範囲:P.810 - P.810

 前回ブータンの国民総幸福度(GNH:Gross National Happiness)という概念指標を紹介した.GNHは①公正な社会経済発展,②環境保全,③文化保存,④よい統治,の4本柱からなり,これに関係する9つの領域を代表する個別指標が設定されている.具体的には①時間の使い方,②健康,③地域の活力,④よい統治,⑤文化,⑥教育,⑦生活水準,⑧生態系,⑨心理的な安寧,の9つである.指標の着想は,ブータンの隣国インドのノーベル経済学賞受賞者アルマティア・センの思想と相通じるところがある.センの影響で国連開発計画(UNDP)が人間開発指数という指標を打ち出したと言われている.人間開発指数は国民の所得そのものよりも潜在能力に焦点を合わせている.本指数は1人当たりのGDP,平均寿命,教育の3要素から構成され,1人当たりのGDPは個人が享受できる財・サービスの可能性,平均寿命はそれを享受できる平均期間,教育はそれを享受できる能力を表現すると考えられている.この3つの総合が福祉の水準を決定するとしている.

--------------------

あとがき フリーアクセス

著者: 西田茂樹

ページ範囲:P.818 - P.818

 将来,遺伝子を調べると寿命が完璧に予測できるようになる,というようなことはないと思いますが,さまざまな疾病のり患リスクが一定程度予測できるようになり,それに合わせて生活習慣の改善を図ることが一般的といった時代が到来するかもしれません.臨床検査機関の中には将来の疾病のり患リスクを調べる事業を行っているところがあることを考慮すれば,既にそのような時代が始まっているのかもしれません.

 遺伝子を調べて疾病の発病予測をすることには,倫理上の問題を含めて多くの問題があると思われ,実際に実施する前に社会の中で十分に議論する必要があると思います.例えば,致命的な遺伝子,その遺伝変異を持っていれば,「○歳までに△病で100%死亡する」などということが分かるようになった場合,このような技術は使用してよいのでしょうか.この種の問題に対してはいろいろな考え方があると思いますが,根源的な議論と合意が必要だと思います.

基本情報

公衆衛生

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1170

印刷版ISSN 0368-5187

雑誌購入ページに移動

バックナンバー

icon up

本サービスは医療関係者に向けた情報提供を目的としております。
一般の方に対する情報提供を目的としたものではない事をご了承ください。
また,本サービスのご利用にあたっては,利用規約およびプライバシーポリシーへの同意が必要です。

※本サービスを使わずにご契約中の電子商品をご利用したい場合はこちら