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雑誌目次

雑誌文献

公衆衛生75巻11号

2011年11月発行

雑誌目次

特集 放射線と向き合う

フリーアクセス

ページ範囲:P.823 - P.823

 3月11日の東日本大震災は,地震と津波による甚大な被害に加えて,東京電力福島第一原子力発電所の被災に伴う事故により,大規模な放射線災害をもたらしました.

 原子力・放射線災害は,各種災害の中でも頻度が低く,実際の対策の経験者も少ないため,保健所等の公衆衛生従事者であっても,漫然とした恐怖感や不安を抱きながら,健康相談や放射線測定等を行う場面があったと推察されます.また医学教育においても,最新の放射線診断学や放射線治療学については豊富に学べますが,放射線災害(医療事故を含む)の特殊性や影響について学習する機会は乏しく,医師であっても,原発に近い避難勧告地域からの患者の受け入れに忌避的な態度を示すといった事例がありました.

放射線と正しく向き合うために―公衆衛生従事者に必要な基礎知識

著者: 明石真言

ページ範囲:P.824 - P.829

はじめに

 自然界には放射線および放射性物質が存在する.土壌,岩石,空気中にも存在し,われわれは自然界からも日常ごくわずかではあるが放射線を浴びている.食物にも自然の放射性物質は含まれるため,体内にも放射性物質は存在する.航空機にて外国へ旅行すれば通常より高い被ばくを受ける.これらのことを気にしている方は少ないが,放射線には,色も香りもなければ味もなく,被ばくしていること自体がわからない,という事実もその理由の一つである.したがって放射線事故現場にいても,何が起きているのか全くわからない.治療を必要とする線量の被ばくを受けても,症状が出るまでに時間を要する.他方,がんのリスクが上がることも知られている.このように放射線に関する不安を大きくする因子は多い.

 一方,放射線と被ばくに関する知識は,学校教育で十分行われておらず,これは医学教育でも然りである.放射線被ばくに関する不十分な知識は,誤った考えや偏見につながる.物理学者で夏目漱石との親交が深く,多くの随筆を残した寺田寅彦は,自著の中で「ものを怖がらなさ過ぎたり,怖がり過ぎたりするのはやさしいが,正当に怖がることはなかなかむつかしい」(「小爆発二件」寺田寅彦随筆集第六巻「雑槽集」)と述べており,高知市の邸址にある碑文は「天災は忘れられたる頃来る」(寺田寅彦記念館―高知市公式ホームページ),「文明が進むほど天災による損害の程度も累進する傾向がある」(「天災と国防」)など,今回の東京電力福島第一原子力発電所の事故を経験して,氏の観察能力の高さに驚く.

 現代の生活では,放射線は医療領域以外でも驚くほど様々な分野で利用されている.これは便利だからであり,1895年のレントゲンによるX線の発見以来,長期にわたり利用されているが,発見の翌年の1896年に,放射線による脱毛や皮膚障害が報告されて以来,発がんを含めた放射線障害の報告は相次ぐ.しかしながら,放射線利用はとどまるところを知らず,放射線利用による利益と障害・被ばく線量の低減化との戦いが,現在の放射線防護学の発達につながっている.

 本稿では,公衆衛生従事者に必要な放射線と放射線被ばく基礎知識として,放射線の線質,被ばくの様式のみならず,原子力・放射線災害に伴う特殊性と問題点にも触れる.

低線量放射線の健康影響―チェルノブィリ事故の疫学調査を中心にして

著者: 山口一郎

ページ範囲:P.830 - P.833

はじめに

 これまでも私たちは自然の中に存在する放射性物質や放射線と暮らしてきたが,今後,福島第一原子力発電所の事故により環境を汚染した放射性物質とも,私たちは付き合わざるを得ない.その影響は広範囲に及び,公衆衛生関係者がその対応に貢献することが求められよう.そのために低線量放射線のリスクを皆さんと一緒に考えたい.なお,低線量の範囲は,国際放射線防護委員会(ICRP)の2007年勧告では実効線量として100mSv以下とされているが,必ずしもその定義は統一されていない.

放射線の環境影響―国際的な研究動向と最新知見

著者: 酒井一夫

ページ範囲:P.834 - P.837

はじめに

 人間の活動が環境に与えるインパクトが議論される中で,放射線が環境生物や生態系に及ぼす影響についても関心が高まっている.チェルノブイリ事故によって環境中に放出された大量の放射性物質の影響がひとつのきっかけであるが,その他にも原子力関連施設の稼働や,放射性廃棄物の処分等に伴う放射性物質の環境中への放出も関心の対象である.

 「原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)」では,1996年1)と2008年2)に「ヒト以外の生物種への放射線の影響」と題する報告書を公表している.また,放射線防護に関する基本的な勧告を発表している国際放射線防護委員会(ICRP)では,環境の放射線防護を考える基礎的な情報として,放射線が環境生物に与える影響について取りまとめている3)

 本稿では,主にICRPでの取りまとめに沿って,放射線の環境への影響に関する動向と知見を概観することとしたい.

原子力・放射線災害の危機管理と保健所活動

著者: 竹之内直人

ページ範囲:P.838 - P.841

はじめに

 原子力・放射線災害(医療放射線事故を含む)に関連した健康危機管理に適切に対応できる保健所体制の構築に向けて,全国保健所長会も研究事業(厚生労働科学研究:健康安全・危機管理対策総合研究事業,平成18~20年「健康危機管理体制の評価指標,効果の評価に関する研究」,21~22年「健康危機発生時の行政機関相互の適切な連携体制及び活動内容に関する研究」,23~24年「地域安全・危機管理システムの機能評価及び質の改善に関する研究」)を実施してきた.この度,保健所職員等には,どのような訓練や研修が必要か,平時から備えておくべき備品等は何か等々という研究の成果として,保健所向けの対応の『手引き』を作成したので,本稿にて報告する(原発のない自治体の保健所を含む).

 また,今回の東京電力福島第一原子力発電所の事故に伴う全国の保健所の活動状況(全国調査,平成23年7月実施)や,当愛媛県の支援派遣についても紹介するとともに,調査結果を踏まえた『手引き』の改定について述べる.

環境放射能モニタリングと環境放射能研究の重要性

著者: 廣瀬勝己

ページ範囲:P.842 - P.845

はじめに

 2011年3月11日の東日本大地震とそれに伴う巨大津波の結果,東京電力福島第一原子力発電所の原子炉で深刻な事故が起こり,主に3月12日から16日にかけて多量の放射性物質が大気中に放出された.放出された主な放射性核種のうち,131Iは160PBq(1PBqは1015Bq),137Csは15PBqと推定されている1).その結果,原子力発電所周辺ばかりでなく,原子力発電所から30km以上離れた地域でも,高濃度の放射能に汚染された地域が出現した.

 さらに,3月21日から23日の降雨で,関東を中心に広範囲に福島原子力発電所起源の放射性物質によるフォールアウトが起こり,上水,農作物等の放射性物質による汚染が起こった.そのため,環境の放射能モニタリングばかりでなく,多様な環境試料について放射能計測が要求された.

 なお,放射線・放射能計測は,その多くが既に確立された技術である.この間,多くの環境放射能モニタリングが,多大の量力をかけて実施された結果,膨大な放射能モニタリングデータが得られている.しかし,高濃度で広範囲に亘る多様な放射性物質による汚染に対して,十分に対応できるモニタリング体制であったかどうかは,今後検証される必要がある.同時に,モニタリング結果の科学的解析やその評価の裏付けを与える環境放射能研究体制があったのかについても,検証される必要があるだろう.

農産物生産環境の放射性物質モニタリング

著者: 木方展治

ページ範囲:P.846 - P.850

はじめに

 2011年3月11日に発生した東日本大震災に起因する東京電力福島第一原子力発電所の事故(以下,福島原発事故)は,福島県を中心とする東日本に広域の放射能汚染を引き起こした.事態は非常に深刻なものであるが,放射能汚染が私たちにとって全くの初体験かと言うと,そうではなく,かつて盛んであった大気圏内において行われた原水爆実験(以下,大気圏内核実験)は,長期にわたり地球全域を汚染し続けていた.この当時の汚染状況を監視するために,農産物およびその生産環境の放射性物質のモニタリングがその当時から始められ,今も継続して行われている.現在,東日本の放射能汚染地域の置かれている状況がどのようなものであるかを冷静に判断するために,過去の放射性物質のモニタリングデータを知っておくことは有用であろう.

食品安全と放射性物質―リスクの考え方

著者: 小泉直子

ページ範囲:P.851 - P.855

背景

 2003年7月1日に内閣府に設置された食品安全委員会は,リスク分析(リスク評価,リスク管理,リスクコミュニケーション)の考え方により,食品中の危害物質(要因)について,中立公正な立場で科学的知見に基づいて,リスクの評価を行う機関として発足した.

 本年7月には9年目に入り,やっと国民の間に「食品のリスクはゼロではない」という感覚が浸透してきたように感じられる.

食品中の天然放射性核種の実態と公衆衛生上の課題

著者: 杉山英男 ,   寺田宙

ページ範囲:P.856 - P.862

 今般,東京電力福島第一原子力発電所の事故により原子炉内の人工放射性核種が環境中に放出され,特に放射性ヨウ素と放射性セシウムによる食品の汚染と健康への影響が問題となっている.その一方で,このような原子力関連施設等の事故にかかわらず,地球上には様々な天然放射性核種が存在している.これまで,平常時における食品中に含まれるこれら核種の存在や健康影響については,広く認識されてこなかった.本稿では,食品中の天然放射性核種に視点を置き,その種類,存在,あるいは曝露状況などの実態を示し,公衆衛生上考慮すべき課題への一助とする.

食品照射をめぐるわが国の現状と課題

著者: 多田幹郎

ページ範囲:P.863 - P.866

はじめに

 2011年8月31日の朝日新聞に「原子力委員会は8月30日,福島第一原発の事故を受けて中断していた『原子力政策大綱』の見直し作業を再開することを決めた」との記事が掲載された.

 平成17(2005)年10月に発表された『原子力政策大綱』には,原子力エネルギーの研究,開発および利用の推進はもとより,放射線利用についても「放射線利用技術は,国民生活の向上に大きく貢献しており,今後も,安全第一を旨として技術開発を行うべきである」と記述されている.特に,“食品照射”について,「食品照射のように放射線利用技術が活用できる分野において,社会への技術情報の提供や理解活動の不足等のため,なお活用が十分に進められていないことが課題である」,「食品照射については,国,研究者,生産者,消費者等が科学的な根拠に基づいて,具体的な取組の便益とリスクについて相互理解を深めていくことが必要である」,「既に多くの国で食品照射の実績のある食品については,関係者(行政機関)が科学的データ等により科学的合理性を評価し,それに基づく措置が講じられることが重要である」と明記されている.つまり,研究者,生産者,消費者等に対して,食品照射に関する理解を求める活動を促し,行政機関に対して,食品照射の法規制緩和の可否の判断を迫ったのである.

 上記の評価と提言に応じて,原子力委員会は“食品照射専門部会”を設置した[平成17(2005)年12月].そして,食品照射専門部会は10回の会議,3回の「ご意見を聞く会」および1か月間にわたる「意見募集」を参考にして,平成18(2006)年9月に「食品への放射線照射について」と題する報告書を原子力委員会に提出した.この報告書は,次の3点を主軸としてまとめられている.①食品照射は,食品の衛生確保および損耗防止技術の選択肢の1つである.②有用性が認められる食品への放射線照射は,その妥当性を判断するため,食品衛生法および食品安全基本法に基づく検討・評価を進めることが望ましい.③食品照射の社会受容性が重要で,関係行政機関,研究者,事業者など関係者と国民との相互理解を一層深めることが必要である.

 本文37頁からなる『食品照射専門部会報告書』は,平成18(2006)年10月に開催された原子力委員会において,「本報告書は,食品照射を巡る内外の現状を把握した上で,食品照射の有用性,照射食品の健全性の見通し,食品照射を巡る他の課題について整理し,これらを踏まえて,わが国における食品照射に関する今後の取り組みについての考え方を示している.当委員会は,その考え方を尊重すべきものであると評価する」との意見を添えて,正式に受理された.そして,引き続き本報告書の取り扱いおよびその内容等への取り組みについて審議され,厚生労働省,農林水産省,文部科学省等への行政機関ならびに研究者,事業者等が取り組むことを期待する事項を定め,また,原子力委員会としても,本報告書の考え方を踏まえ,国民との相互理解の充実に努めると共に,関係行政機関等の当該取り組みの状況を把握し,それに基づいて必要な対応を図ることを決定した.

 『原子力政策大綱』と『食品照射専門部会報告書』の公表によって,一時的には,関係行政機関に取り組みの姿勢が見られた.しかし,目に見える具体例としては,照射ジャガイモへの表示の徹底(農林水産省)および照射食品の公定検知法の決定とそれによる輸入食品の監視・取締の強化(厚生労働省)のみであり,全日本スパイス協会が平成12(2000)年12月に厚生労働省宛てに提出した「香辛料の微生物汚染の低減化を目的とする放射線照射の許可の要請」は棚上げの状態が続き,食品照射の法規制緩和に向けての具体的な動きはほとんど見えない状態が続いていた.

 このような状況のもと,平成21(2009)年10月に開催された原子力委員会において,「政策大綱に示されている政策の進展状況および関係行政機関等の取り組み状況を把握し,十分に成果を上げているか,あるいは政策の目標を達成し得る見通しがあるかを検討し,これらの検討作業に基づき,原子力政策大綱に示された原子力政策の妥当性を評価する」ことが決定され,その見直し作業が始められた.“食品照射”も見直しの対象として多くの意見が述べられている.原子力委員会の議事録からは,「原子力政策大綱には,この技術が国民の福祉の観点から合理的な選択肢であるので,関連省庁は検討してほしい」,「世界各国では世界保健機関(WHO)の基準で許可されているのに,どこがまずいのでしょうか」等々の意見が述べられ,食品照射の法規制緩和を進めることの必要性が論議されていることが窺え,見直しの結果の公表に大きな期待が寄せられていた.ところが,この度の予期せぬ原発事故により,見直し作業が一時中断された.

 以上が,本稿冒頭に引用した新聞記事の見直し作業再開に至るまでの過程であり,また,食品照射を巡るわが国の現状でもある.

視点

これからの予防接種のあり方を考える

著者: 平山宗宏

ページ範囲:P.820 - P.821

感染症の逆襲と新型インフルエンザ問題

 天然痘が地球上から根絶できたとして,1980年にWHO(世界保健機関)が根絶宣言を発表した時には,人類は病原体に勝ったと喜んだものだが,病原体側は次々と新手を繰り出して反撃してきているように思える.アフリカや南米で次々に発見された出血熱や,その後のSARS(重症急性呼吸器症候群),ニパウイルス感染症,強毒トリインフルエンザなど,枚挙にいとまがないほどだ.ただ,これらのウイルス病は流行地が限られており,人的被害も数的には少ないので,強毒トリインフルエンザ以外はワクチン開発には至っていない.

 2009年4月にメキシコに端を発した新型インフルエンザは,世界的にもわが国にも大きな影響を及ぼした.わが国でも,強毒トリインフルエンザH5N1ウイルスがヒトの間の流行性を獲得して侵入するのを怖れていたので,新型インフルエンザが出現した時には,H5N1を想定して立てていた緊急対策を適用して対応した経緯がある.この新型インフルエンザは,幸い毒性が当初考えられたほど強くなかったので,WHOは2010年8月に警報を解除し,わが国でも2011年4月から行政用語としての新型インフルエンザは解消された.現在では従来流行していたソ連型が消えて入れ替わってしまった形で,2009年型が季節性インフルエンザになっている.

特別寄稿 原発事故による放射線災害から学ぶこと―健康リスクに関する現状の論点整理と科学者・専門家の役割・1

福島原発事故による放射線被ばく影響に関する学術的な論点について

著者: 岸(金堂)玲子

ページ範囲:P.867 - P.872

はじめに

 2011年3月11日に発生した東日本大震災による東京電力福島第一原子力発電所の事故は,重大な放射線汚染を引き起こし,国民全体を次々と大きな不安に陥れている.高線量汚染地域を中心に約10万人の住民が住み慣れた土地を追われて避難生活を送り,比較的低線量でも汚染地に留まった子どもたちとその家族は被ばくの不安に苛まれながら,プールや外遊びも自由にできない生活を強いられている.

 事故当初から健康影響,特に発がん性については,日本疫学会,あるいは放射線医学総合研究所などがそれぞれホームページ(HP)で,「国民が低線量リスクをどう理解すべきか?」を示してきた.大震災の直後から科学者コミュニティの代表である日本学術会議は「東日本大震災対策委員会」を立ち上げて緊急集会を催し,矢継ぎ早に第1次から第7次までの「緊急提言」を公表した.放射線の健康影響については,福島県の学校の20mSv問題をめぐって,会長談話「放射線防護の対策を正しく理解するために」が6月17日発信され,議論を呼んだ.

 一方,この間,福島以外のホットスポットの存在が次々に指摘され,飲料水,魚,茶,牛肉と次々に食の放射線汚染が報道される中で,市民からは放射線の健康影響の「不確かさ」への不安や,専門家や科学者の発する意見や助言の中立性に対しての疑義や,あるいは東京電力や経産省のもとにある原子力安全・保安院や内閣府原子力安全委員会など関係機関の機能や対応についても,大きな不満や怒りの声が出されている.

 本稿では,現時点(8月22日現在)での原発事故による放射線被ばくと健康・安全に関わる科学的な論点を整理し,この間,専門家,科学者およびその組織の果たした役割を振り返る.

複合災害の被災地における保健師活動・3

全住民が“災害弱者”―試される“専門性”―福島被災地に同行して,保健師の活動をどう見たか

著者: 荘田智彦

ページ範囲:P.873 - P.876

 今回,「保健師ボランティアチーム」で現地の公衆衛生事情の把握の役を担ったのは私と,関西大学公衆衛生学教授の高鳥毛敏雄氏,元毎日新聞編集委員横田一氏の3人だった.保健師たちは,直接,管内保健師の応援〈避難所および在宅被災者等への健康支援活動〉に参加するが,私たち男性陣はその間精力的に被災状況の把握のために,避難所訪問,住民からの聞き取り,県庁,管内保健所,市役所,保健センター,病院関係者などから,行政の動きや公衆衛生,地域医療がどうなっているか,飯館村などでも取材,互いの情報を共有しながら活動することにした.

連載 人を癒す自然との絆・28

ロンドンのシティ・ファーム―コミュニティの格差解消をめざす

著者: 大塚敦子

ページ範囲:P.878 - P.879

 シティ・ファーム.あまり聞き慣れない言葉だが,意味するところは文字通り,「都会の農場」である.都会の真ん中で,ブタやウシ,ニワトリなどを飼うシティ・ファームは,英国で広く発展し,ロンドンだけでも15ある.

 シティ・ファームは,地域に根ざし,その地域が必要とするサービスを行う非営利団体であるため,どのファームにもそれぞれ個性がある.食育を中心にしているところもあれば,カフェなどを設け,コミュニティ・ビジネスの場として発展しているファームもある.多くに共通しているのは,子どもたちへの環境教育に力を入れている点だ.

保健活動のtry! 学会で発表しよう 論文を執筆しよう・8

発表原稿

著者: 中村好一

ページ範囲:P.880 - P.883

 今回は主として口演における発表原稿の作成について述べる.

地域づくりのためのメンタルヘルス講座・8

精神医療の取り組みについて教えて下さい

著者: 野田哲朗

ページ範囲:P.884 - P.888

はじめに

 日本の医療自体は世界水準を凌駕していると言えるが,こと精神医療に関しては声だかに語ることが難しい.気がつくと,先進国で人口あたりの精神病床数が最も多く,つい最近まで,入院中心の精神医療をよしとしてきたからである.

 儒教的な仁愛思想が根付く日本では,明治以前,精神障害者は私宅監置されるか,コミュニティから離れて放浪することはあっても彼らを隔離収容するといった発想はなかった.明治5(1873)年ロシア皇太子アレクセイ来日に際し,乞食,浮浪者を排除することを目的に養育院が作られ,そこに精神障害者用の部屋が設けられたことが,のちの東京府巣鴨病院(東京都立松沢病院の前身)に発展していく.しかし,発展途上にあった戦前の日本では精神科病院は増えず,現在ある約1,600の精神科病院の多くが,1950年代以後の開設であり,精神科病床を削減し,精神障害者の地域処遇に向かった欧米の潮流と逆行することになってしまった(図1).

 本稿では,日本の精神医療がなぜガラパゴス化したのかを踏まえ,現在,これからの精神医療の取り組みについて論じる.

[番外編]保健所のお仕事─日常業務編・2

医療分野への関与

著者: 荒田吉彦

ページ範囲:P.889 - P.891

 今月は医療との様々な関わりをテーマとしています.本当は「医療連携クリティカルパスをこうして作りました」という内容を書くことができればいいのですが,健康危機管理同様,予期せぬ事態に右往左往した話ばかりです.

リレー連載・列島ランナー・32

乳児期からの早期支援を目指して

著者: 寺岡公美

ページ範囲:P.892 - P.894

はじめに

 鹿児島県伊佐市は,鹿児島県・宮崎県・熊本県の県境に位置する,県本土最北の市であり「おぎゃー献金」発祥の地でもあります.また,周囲を九州山脈に囲まれた盆地で,年間を通して寒暖の差が大きい,県内で最も冷涼な地域ですが,四季折々にさまざまな表情を見せる豊かな自然に恵まれています.平成20年11月1日に旧大口市・旧菱刈町の合併により「伊佐市」として新たな歴史がスタートしましたが,人口は年々減少しており,平成23年4月1日現在で30,276人,出生数は平成22年度209人です.

世界の健康被害・11

大惨事の後で

著者: 鎌仲ひとみ

ページ範囲:P.900 - P.901

半年後の汚染地図

 東京電力福島第一原子力発電所の事故から半年が過ぎた.徐々にその実態が明らかになるにつれ,海外で報道されている「大惨事」という表現が,より一層,現実味を増してきている.9月6日に日本原子力研究開発機構が「緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム」(通称SPEEDI)による汚染地図を発表した.データ伝送システムが電源喪失のため機能しなかったという言い訳がなされていたが,発表が半年後,というのはあまりにも遅い.

 そして,その地図を見て愕然としてしまった.「福島第一原発事故に伴うCs137の大気降下状況の試算-世界版SPEEDIを用いたシミュレーション」と名づけられたその地図によれば,北は岩手と秋田の青森県境,南西方向には静岡県と愛知県の県境,北西には新潟県のおよそ半分,長野県では日本アルプスの手前までに,平方メートルあたり最低100ベクレルから10万ベクレルの放射性Cs137が降下したことになっている.東京も1万ベクレルを超える地域があるし,関東全域がすっぽりと降下地域になっている.特に3月12日には,関東圏で広範囲にわたって1万ベクレルを超える地域が出現している.東北から関東のほぼ全域が,相当の汚染を受けたことが一目瞭然だ.まさしく「大惨事」と呼ぶべき事態だが,マスメディアはほとんどこの発表を伝えていない.SPEEDIに128億円もの血税をつぎ込みながら,本来の目的である住民の避難にはまったく役立てることがなかったことも大きな問題だ.この失態の結果がこれからどう出てくるのか,空恐ろしいばかりだ.

資料

地域住民を対象とした山形県うつ病予防対策事業と自殺率低下との関連性についての検討

著者: 大類真嗣 ,   荒木京子 ,   石澤真由美 ,   有海清彦

ページ範囲:P.895 - P.899

背景

 わが国の自殺者数は平成10年に急増し,山形県でも平成9年の人口10万人対自殺率22.3(全国18.8)から翌年に28.7(全国25.4)へ急増した.その後上昇傾向が続き,平成18年には31.7(全国23.7)とピークに達し,全国と比較して高い水準で推移していた1).このような背景から,平成15年に山形県自殺予防対策検討会を設置し,自殺対策の方向性を検討した結果,特に高齢者の自殺率が高く,保健医療領域において早急に取り組むべき自殺対策として,うつ病対策が上げられた.

 そこで平成17年度に1町を選出して先行事業を実施し,平成18年度から4か年計画の山形県うつ病予防対策事業へと拡大した.これらの事業は,先に実施し自殺率低下といった成果が表れた新潟県2),秋田県3,4),青森県5,6)の取り組みと同様の,①自殺対策に関する協議会設置,②高齢者うつスクリーニング,③地域住民を対象とした心の健康づくり講演会,④住民リーダー等に対する研修会,および⑤広報活動,の内容で構成されている.

列島情報

食育と郷土料理

著者: 日置敦巳

ページ範囲:P.829 - P.829

 濃尾平野の北部に位置する岐阜県岐阜地域において,食育を進める中で,郷土料理を若い世代に伝えるため,その発掘が行われた.きっかけとなったのは,地域における食育推進会議の中で,「郷土料理を食べる機会が減っている」「学校給食のメニューに郷土料理を加えたいが,どんなものがあるのかわからない」といった議論が盛り上がったことである.さらには,県内の高校生に対するアンケート調査結果で,「郷土料理を知っている」生徒の割合が,飛騨地域の78.0%に対して,岐阜地域では35.9%と低かったことも背景にある.

 そこで,郷土料理について地域からの紹介を求めたところ,48件の情報が集まった.その後,保健所管理栄養士が情報提供者から,料理の由来や調理法について忠実に聞き取りを行い,食生活改善推進員の協力を得て試作し,撮影が行われた.会議での意見を踏まえ,ネット上で共有するとともに,とりあえずのまとめとして,若い世代をターゲットとした小冊子が作成され,配布された.

映画の時間

―中国,1960年.文革前の封印された悲劇.―無言歌

著者: 桜山豊夫

ページ範囲:P.855 - P.855

 第二次世界大戦終結後,中国では国民党と共産党の内戦が起こり,1949年に共産党が勝利して中華人民共和国が成立します.1956年には毛沢東が「百花斉放・百家争鳴」を提唱し,共産党政権への批判も含め自由な発言を許しました.しかし1957年になると一転して,批判的発言をした知識人を「右派分子」として,大規模な粛清を行いました.これがいわゆる「反右派闘争」と呼ばれる政治闘争です.右派と名指しされた知識人たちは「労働改造」と呼ばれる意識改革のためのキャンプ(農場)に送り込まれます.今月ご紹介する「無言歌(むごんか)」は,この時代を描く,ワン・ビン監督の力作です.

 1960年の中国西部.右派の知識人たちが収容所の前に集められている場面から映画は始まります.収容所,といっても建物らしいものはなく,一面の荒野,というか砂漠の中といった感じです.その荒野に壕が掘られており,彼らはいくつかの壕に割り振られていきます.

沈思黙考

高齢者の医療と法

著者: 林謙治

ページ範囲:P.862 - P.862

 政府は3月以来震災の対応で忙殺されている一方,社会保障・税の一体改革が大きな課題として浮上してきている.近年少子高齢化社会の特徴として,いずれの先進国においても社会保障は常に最重要課題であり,政治を左右する時代となってきた.数年前国会において,後期高齢者医療制度を立ち上げるにあたり,高齢者の保険料を年金から自動的に差し引くという議論と,終末期延命処置中止のインフォームド・コンセントが書面により確認できれば保険点数200点請求できるということに関する論争があり,これがきっかけで政権交代につながった.アメリカでは最近フロリダ州最高裁で健康保険の強制加入は違憲であるとの判決が出た.日米は内容が異なるにしても,経済不振のなかで,社会保障の財源をどう扱うかが大きな課題である.

 数年前の終末期医療論争のとき,筆者はこのことに関する研究班を担当しており,「論点は倫理面に限るべきで,医療費と関連づけて議論すべきでない」と主張した.その理由は,この問題は単なる終末期の問題ではなく,要するに判断能力が不十分かそれを失った人の医療のあり方全般にかかわる問題と意識したからである.特に高齢社会を迎えた今日において,認知症に至らなくても,自分に行われる医療が妥当であると判断できる一線を引くことは必ずしも容易ではない.実際,判断のサポートシステムが日本には構築されているとは言い難い.例えば,施設に入居している身寄りのない認知症の老人に予防接種を実施するにしても,医師が万が一の副作用を心配して戸惑うのは,むしろ良心的と言えるかもしれない.平成12年以前の民法にあった禁治産者制度を廃止した後にできた成年後見制は,確かに判断をサポートするシステムであり,大きな進歩と言えるが,その歴史は日本では10年程度である.成年後見制は基本的には財産管理に関する事項であり,医療については何も触れていない.法律家の間では,医療の判断はしたがって含まれないと解釈している.精神保健法にある保護義務者は,財産管理より一歩踏み込んで精神疾患の治療について意見を表明することはできるが,身体的な疾患については意見陳述を認められていない.最近法曹界の一部から「成年後見制に医療を加えよ」との主張が出ている.

予防と臨床のはざまで

ミシガン大学Graduate Summer Session in Epidemiology 2011参加記~その2

著者: 福田洋

ページ範囲:P.902 - P.902

 前回に続いてミシガン大学の疫学セミナー,今回は1週目の午後に選択した“Successful scientific writing”について報告します.講師は,Paul Z. Siegel医師(米国CDC).このコースの目的は「くまのプーさんにわかるように」書くこと.日本語で言うとさしずめ,「サルでもわかる論文の書き方」でしょうか.

 1日目は,Abstractの書き方から.まず,論文リジェクトの理由は3つ.①新しい知見がない,②説明が悪い,③Abstractが悪い.したがって,Abstractは重要で,何が「新しくて(new)」「役立つか(useful)」を強調することが重要と述べられました.

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投稿規定 フリーアクセス

ページ範囲:P.903 - P.903

あとがき・次号予告 フリーアクセス

著者: 阿彦忠之

ページ範囲:P.904 - P.904

 本号の特集テーマを考え始めたのは4月中旬でした.大震災に伴う福島第一原発の事故について,まだ収束の見通しもない中で「放射線」を主題としてよいものか? 何度も悩みました.地震や津波による直接的被害については復旧段階に入っていたのに対して,原発事故による放射線災害はongoingの状態でしたので,特に地元の福島県の方々の心情を察すると,このテーマは時期尚早ではないかとも考えました.しかし,私自身も福島の隣県で放射線対策に追われる中,情報収集にはインターネットの大手検索サイトを利用しましたが,検索結果の上位に出てくる情報には偏りが大きく,信頼できない内容も多いことを痛感しました.放射線と正しく向き合うためには,信頼できる情報を幅広い視点から早めに紹介したほうがよいと考え,また,本号が出来上がる頃には安心できる状況が増えていることを祈りつつ,企画案を練ったところです.

 放射線の健康影響については,子育て家庭の不安が特に強いので,山形では保育園等への出前講座に力を入れております.参加者の中には,インターネット等を通じた情報に基づく誤解からか,県による放射線測定結果や当日の説明資料に懐疑的な姿勢を示して,出前講座を混乱させる親も見られます.「私は信頼されていないな…」と血圧の上昇を感じながらも,そんな時は参加者から具体的な不安を聞き共感しながら,丁寧な説明を重ねることが大切であることを実感しています.本特集からも,目に見えない放射線と向き合うには,関係者間の信頼の構築が重要であることを再認識した次第です.

基本情報

公衆衛生

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1170

印刷版ISSN 0368-5187

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