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雑誌目次

雑誌文献

公衆衛生75巻3号

2011年03月発行

雑誌目次

特集 子どもを護る―社会的不利への介入と支援

フリーアクセス

ページ範囲:P.173 - P.173

 わが国の公衆衛生活動,保健師活動の大きな役割として,貧困社会の中における子どもの保護に関わる活動があったように思われます.一見すると豊かな社会となったことにより,その原点が忘れられてきているように思います.現在,社会の中で子どもの貧困問題,子どもの社会的不利の現実が見えにくくなってきていますが,保健師の皆様方は母子保健活動を通して,厳しい現実にある子どもを目にしているのではないでしょうか.

 近年,社会問題として子どもの養育拒否,虐待だけでなく,無保険問題,教育権を脅かす問題が報道されることが多くなってきています.人間の人生のスタート時点で,個人の努力を超えた「社会的不利」に晒されることは決して望ましい社会とは言えないのではないでしょうか.近年,子ども手当て,高校授業料無償化など,子どもの厳しい現実を少しでも緩和しようとした政策が,ようやく行われるようになってきています.しかし,現金給付,法律や制度をつくるだけでは,解消されるものではないように思われます.子どもに向き合う社会,つまり子どもと向かい合う組織と人々の存在が多くなることが,何よりも大切ではないかと考えます.

豊かな社会における子どもの貧困問題―母子生活支援施設の子どもをめぐって

著者: 中澤香織 ,   松本伊智朗

ページ範囲:P.174 - P.178

はじめに

 子どもは成長と発達の途上にあり,大人によって養育され,成長に伴う様々な機会を保障されるべき存在である.しかし,経済的困窮をはじめとする家族の抱える困難により子どもの基本的な生活が脅かされるなど,不適切な状態にあることが認識され始め,子どもの貧困についての論議が高まっている.またそのなかで具体的な調査がなされ,子どもの健康,教育達成の不利,被虐待体験などの問題と貧困の関連が明らかにされ始めてきている1)

 子どもが貧困状態にあることは,子どもから様々な機会を奪うことであり,同時に後の人生に影響を与える,放置できない問題である.貧困問題への取り組みは社会の責務であるという認識や,家族の抱える困難が子どもの貧困にどのようにつながっているのかという理解が,貧困の解決に向けて問われる.

 そこで本稿では,母子家庭の生活を通して,子どもの生活に表れている様々な困難の様子を明らかにしていく.

子どもを護るソーシャルサービスの現状と課題

著者: 北場勉

ページ範囲:P.179 - P.182

子どもを護るソーシャルサービスの現状

 1.子どもを護るソーシャルサービスの体系

 1947年制定の児童福祉法は,児童福祉に関する総合立法であり,児童福祉審議会,都道府県及び市町村の行う事務,児童相談所の組織,児童福祉司・児童委員・保育士の資格を規定し,療育の指導等,居宅生活の支援,助産施設,母子生活支援施設及び保育所への入所,障害児施設,要保護児童の保護措置等,里親,児童福祉施設等を規定する.

 児童相談所は,都道府県,政令指定都市,中核市規模の市に設置される.児童相談所は,①家庭・学校等からの児童に関する相談(障害相談・育成相談・養護相談・非行相談・保健相談等)に応じ,②児童及びその家庭につき,必要な調査並びに医学的,心理学的,教育学的,社会学的及び精神保健上の判定を行い,③児童及びその保護者に必要な指導を行い,④家庭養護のできない児童や心身障害のある児童等を児童福祉施設(保育所・乳児院・児童養護施設・自立支援施設・障害児施設等)に入所(通所)させて必要な指導,療育訓練等を行い,⑤児童を一時保護所で一時保護し,⑥里親からの相談に応じ,情報の提供,助言,研修等の援助を行う.一時保護は,施設入所等の措置をとるに至るまで,子どもを一時保護所に一時保護できるものであり,家庭から児童を一時引き離す必要がある場合等に行われる.児童相談所には,医師,児童福祉司(児童の福祉に関する事務をつかさどる職員.社会福祉士や大学卒業後1年以上児童福祉業務に就いていた者,社会福祉主事として2年以上児童福祉業務に就いていた者等),児童心理司等が配置される.

子どもの社会的不利に対する社会政策―イギリスのシュア・スタート

著者: 埋橋玲子

ページ範囲:P.183 - P.186

 シュア・スタート(直訳:確かな出発)とは,イギリスのイングランドで実行されている就学前の子どもとその家族を対象とした,貧困と社会的排除の解消を目的とする,政府主導のプロジェクトである.前労働党政権のもと,1997年政権交代後の1999年にシュア・スタートは始まった.労働党への政権交代以前,すなわち1979年から1997年に至るまでの保守党政権下では,貧困に対する政府の認識が示されず,貧困問題は政策課題としては取り上げられていなかった.労働党政権は貧困問題に対し正面から取り組んだこと,まずはこの点に関し,シュア・スタートの意味するところは大である.

 シュア・スタートは省庁横断的プロジェクトであるため,その統括機関として1998年に当時の教育雇用省にシュア・スタート・ユニット(事務局)が設置された.シュア・スタート・ユニットはシュア・スタートの政策実行評価を求め,2001年にシュア・スタートの評価を行うNESS(シュア・スタート全国評価/National Evaluation of Sure Startの略称)がロンドン大学のメリッシュ・エドワード教授を主幹として立ち上げられた.NESSは5部門(実施状況・地域分析・影響・対費用効果・地域評価支援)に分かれ,多くの評価調査を行っている.

子どもを護る母子保健の現状と課題―子どもを護る観点から

著者: 小林美智子

ページ範囲:P.187 - P.196

母子保健活動の原点と時代変遷

 わが国の公衆衛生活動を地道だが中心的に担ってきたのは,歴史的に保健機関である.

 わが国の発展や保健水準の向上とともに,保健課題は変遷してきた.だが,どの時代にもどの課題でも,自らの力だけではその社会の中では自身の健康を護ることができない人が,地域には少数派としていつも存在している.その人たちの健康を護ろうと支援をしてきたのは,保健機関の保健師である.その活動は,ともすれば理論的根拠に乏しいと見なされ,理解を得られないこともあった.だが理論は不明確でも,経験と使命感と感性に基づく活動である.それは草の根的で,一人を護るにも時間とエネルギーを要するものであった.だが保健師は支援だけに終わることなく,そこに未解決の保健課題を見出し,解決策を試行錯誤で見出して社会システムの進化を提起してきた.

子どもを護る保健師活動の現状と課題

著者: 上野昌江

ページ範囲:P.197 - P.201

保健師が向き合う子ども虐待防止活動とは

 平成22年7月に出された「子ども虐待による死亡事例等の検証結果等について第6次報告」(2010,厚生労働省)によれば,虐待による死亡事例のうち心中以外の事例では0歳児が約6割を占め,そのうちの約6割強が生後1か月未満と報告されている.また,加害者の約6割が実母となっている.乳児期は母親による家庭内の養育が中心であり,虐待発生予防において,妊娠中および乳幼児期からの子どもと親・家族への早期支援が重要な鍵となる.

 地域で活動する保健師は,母子保健のスタートである妊娠届時から3歳児健康診査等の母子保健施策の中で,地域に生活しているすべての妊産婦や乳幼児を把握し,支援を提供できる立場にあり,虐待発生予防の第一線にいる.

高校現場における貧困問題と社会的支援の現状

著者: 山田勝治

ページ範囲:P.202 - P.207

西成高校のミッション

 大阪府立西成高等学校(以下,西成高校)は,大阪市西部の西成区北西部の準工業地帯に位置する創立37年目の全日制普通科総合選択制の高校である.また,創立以来,障がいのある生徒の受け入れを続けており,「高等学校における知的障がいのある生徒の受け入れにかかる調査研究校」の5年間を経て,2006年から「知的障がい生徒自立支援コース」設置校として「共にまなび,共にそだつ」教育を実践し続けてきている.

 創立から30年を経た2006年,本校は「格差の連鎖を断つ」というミッションⅰ)を掲げた.様々な研究や統計が明らかにしてきたように,家庭の経済的状況と子どもたちの学力や進学状況は密接に関係し合っている.まさに2006年は,バブル崩壊後に生まれた子どもたちが高校入学を果たした年であった.週刊誌では盛んに格差社会についての特集(週刊『東洋経済』2006年9月16日特集「日本版ワーキングプア」,2008年5月17日特集「子ども格差」,同年10月25日特集「家族崩壊」など)を組み,NHKは「ワーキングプア」を番組で取り上げた.こうしたメディアで伝えられる状況以上に,学校現場では親から子へと格差と貧困の連鎖する現実があった.西成高校では生徒自身がこうした厳しい経済状況や不安定な家庭状況を乗り越え,将来,市民として社会に参加し,誰にとってもより生きやすい社会を築くチカラをつけるために,育てたい生徒像として「将来のために今頑張れる生徒」の育成をミッションとして掲げた.そして,反貧困学習を中心とする人権学習や,キャリア教育に力を注いできた.

「無保険の子」と現代の貧困―毎日新聞のキャンペーン報道を通じて

著者: 平野光芳

ページ範囲:P.208 - P.211

きっかけ

 「保険証ないねん.先生,湿布くれ」.2008年6月,大阪の養護教諭から聞いた小学生の一言がキャンペーンのきっかけだった.運動会の練習でけがをした男児が漏らしたという.

 当時,筆者は社会部で大阪府内東部7市の行政や事件事故取材を担当していた.ベッドタウンとして発展してきた地域だが,近年は高齢化や産業の海外流出などに伴い行財政が悪化.「国民健康保険(国保)の保険料が異常に高く,払えない人が続出している」と聞き,取材を進めていた.そんな中で出会った子どもの一言.「国民皆保険の日本でこんなことが起きているのか.大きなニュースになるかもしれない」.それまで社会保障問題を本格的に取材したことはなかったが,セーフティーネットにぽっかりと空いた穴に直観的に気付き,身震いする思いだった.

平成の赤ちゃんポスト「こうのとりのゆりかご」―その経緯と意義

著者: 蓮田太二

ページ範囲:P.212 - P.216

当院の歴史および概況

 ローマに本部のあるマリアの宣教者フランシスコ修道会により,明治30(1897)年,一般患者のための施療院として当院が設立された.昭和53(1978)年より医療法人聖粒会慈恵病院となり,診療科目は内科,外科,小児科,産婦人科,麻酔科で,一般病床98床,年間分娩数は800件程である.

視点

自殺防止

著者: 上畑鉄之丞

ページ範囲:P.168 - P.172

発端

 平成10(1998)年のある日,筆者は,新聞の地方版に「ビジネスホテルで3人の中小企業経営者が心中,経営難示唆の遺書」の見出しで報じられた記事を見,当時の不景気の影響がこんな形で出ていることに驚きを禁じ得なかった.前年に山一証券や北海道拓殖銀行の倒産があり,不景気の風が吹き始めていた頃である.そして翌年,警視庁が前年の自殺死亡が3万2千人を越えたことを発表した.前々年の2万4千人から,実に1万人近くの人が通常より多く,自らいのちを絶ったのである.

 ただ,当時は,「この数字は一時的で,いずれは元に戻る」との期待もあった.しかし,3万人を超える自殺は,翌年もその翌年も回復しなかった.当時,国立公衆衛生院にいた筆者は,この問題は放置できないと,当時厚生省の目玉政策だった「健康日本21」の「休養・こころの健康づくり」で,「最近1か月間にストレスを感じた人の割合を1割以上減少させる」,「眠りを助けるために睡眠補助品やアルコールを使う人を1割減少させる」,「うつ病等に対する適切な治療体制整備を図り自殺者を2万2千人以下にする」などの目標値について,病気の治療対策のみでは,目標達成は困難と批判したこともある.そして,「こころのゆとり」だけでなく,「時間のゆとり」,「家族との団らんのゆとり」,「健康休暇」の提案など,「休養」にかかわる具体的なエビデンスを積極的に示すよう求めた2)

トピックス

口蹄疫:何が問題か?

著者: 中村好一

ページ範囲:P.217 - P.221

 縁があって,2010年8月から農林水産省の口蹄疫対策検証委員会に加えて頂いた.この委員会は2010年に発生した宮崎県での口蹄疫の蔓延に対する対策を,後追い的に検証するために組織されたもので,17回にわたる委員会とメールでのやりとりを経て,2010年11月24日に最終報告書がまとめられている(http://www.maff.go.jp/j/syouan/douei/katiku_yobo/k_fmd/kensyo.html).

 筆者はこれまで,厚生労働省や都道府県,市町村の保健部局の委員会等にはいろいろと関与してきたが,農林水産省のものは初めての経験*1)であり,表現は悪いが,「所変われば品変わる」で貴重な経験をしたので,これらをまとめておきたいと考え,拙稿を執筆した.なお,以下の文章は最終報告書を参照しながらお読み頂きたいのと共に,意見は全て筆者個人のものであって,検証委員会のものではないことを初めにお断りしておく.

連載 人を癒す自然との絆・20

日本のセラピー犬

著者: 大塚敦子

ページ範囲:P.222 - P.223

 前号では,マイアミ子ども病院でのセラピー犬訪問活動について取り上げたが,今号は日本の話をしたい.前回でも書いたとおり,アメリカでは子どもの病院や病棟を犬が訪れるのがあたりまえの光景となっている.だが,日本では咬傷事故や動物由来感染症への不安から,犬の受け入れはまだまだ敬遠されているのが現状だ.

 そんな中,2003年から日本で初めて小児病棟へのセラピー犬の受け入れを始めたのが聖路加国際病院である.小児がんなどで免疫が低下している子どもが多く,厳重な衛生管理が必要とされる病棟だが,開始から7年を経た現在まで一つの事故や感染事例もなく,順調に訪問活動が続いている.

保健所のお仕事─健康危機管理事件簿・12

新型インフルエンザへの対応(平成21年度)その5+α

著者: 荒田吉彦

ページ範囲:P.224 - P.226

 1年間,連載を続けました.「今回が最終回かなあ」という淡い期待もありましたが,もう少し続けて書いてもいいとの許可を得ましたので,あと半年くらい続けさせていただきます.平成23(2011)年度もしばしの間お付き合いのほど,よろしくお願いいたします.

 平成23年,2011年という言葉に耳が慣れるまで,若干の時間を要しましたが,2011年ということは21世紀も最初の10年を終えて,第2のステージ(?)を迎えたということを意味します.私の場合,この10年間はだいたい40代だったのですが,まさにあっという間の10年間でした.永遠に続くとさえ思った10代の10年間はいかに長かったことでしょう.

 そして,新型インフルエンザと関わった1年間も,今となっては,あっという間に過ぎてしまった印象があります.そういう意味でも,しっかりと平成21年度のインフルエンザ対策を検証する必要があるのでしょう.

保健師さんに伝えたい24のエッセンス―親子保健を中心に・24【最終回】

Health ReformとRespect,Self-esteem

著者: 平岩幹男

ページ範囲:P.227 - P.230

 連載もいよいよ最終回となりました.これまでお付き合いいただきましたが,最終回はHealth ReformとRespect,そしてSelf-esteemの問題を取り上げたいと思います.Health Reformは最近取り上げられるようになった概念ですし,Respectは保健事業を進めていくに当たって考えていただきたいことです.Self-esteemは対象とする親子だけではなく,保健師さんたちにも必要なことです.

トラウマからの回復─患者の声が聞こえますか?・12

虐待のかたち・上

著者: 永田剛 ,   麻生英子

ページ範囲:P.231 - P.234

 今回は,本連載の主旨には必ずしも一致しないケースをあえて取り上げました.ご登場いただく永田剛さんは,トラウマから回復したとは言い難く,今もなお苦しみの只中にいます.彼は一見,何不自由のない家庭に育ち,身体的な虐待や育児放棄を受けたわけでもありません.しかし,幼少期から日常的にさらされた母親の監視,過剰な介入,父親の怒号により,「普通に息をすることすら許されていなかった」と彼自身が述懐するほどのストレス下で育ちました.

リレー連載・列島ランナー・24

全国初!保健師が創った「南宗谷難病医療システム」

著者: 工藤裕子

ページ範囲:P.235 - P.241

 北海道倶知安保健所の加倉さんからバトンを引き継ぎました.私は,2005年に『保健師ジャーナル』(医学書院刊)へ寄稿していますが,その時の道庁担当窓口が加倉さんでした.不思議なご縁です.加倉さんが赴任されている北海道の南部,倶知安町から,私が暮らす北海道北部の枝幸町までは距離数300km以上あります.今回,赤い糸よりも,もっと太いバトンでつないでくれました.北海道の宗谷北部の保健師ランナーとして走ってきた道のりの一端を,全国の皆さんにお伝えできることに感謝しています.

お国自慢─地方衛生研究所シリーズ・12

京都府保健環境研究所 その2

著者: 井端泰彦

ページ範囲:P.242 - P.245

 前号からの続きで,本稿は「その2」として,当研究所内の環境衛生課,大気課,水質課の業務について紹介させていただきます.

衛生行政キーワード・74

日本における介護予防―介護予防事業の現状と課題について

著者: 日野原友佳子

ページ範囲:P.246 - P.248

介護保険制度を巡る状況について

 平成12年から発足した介護保険制度については,現在約10年が経過したところであり,高齢者の家族の介護負担を減らすなど,多くの効果が得られている.一方で,制度の維持に向け,急速な高齢化への対応等,様々な課題が指摘されているところである.

 わが国は,すでに5人に1人以上が65歳以上という超高齢社会を迎えているが,依然として高齢化率は上昇の一途をたどっている.2030(平成42)年の65歳以上の人口割合は,現在の約1.5倍である31.9%にのぼり,75歳以上の人口割合をとってみても,19.7%を占めると推計されている1)

世界の健康被害・3

命のざわめき

著者: 鎌仲ひとみ

ページ範囲:P.250 - P.251

 子ども時代を富山県の田舎で過ごした.どこにでもあるような平凡な農村で,家は兼業農家だった.家では豚と鶏と猫と犬を飼っていて,5歳から7歳までの2年間,隣の集落でヤギを飼っている農家まで毎朝6時に起きて歩いて行き,とれたてのヤギのお乳を飲んでいた.大きなアルミの鍋でゆっくりと暖めた草の香りのするお乳を,私はそんなに好きではなかったが,母親が虚弱体質だった私に身体にいいと聞きつけて飲ませようと思ったらしい.

 田んぼの一本道を,夏は露に足をぬらしながら通い,暖かいヤギ乳をコップに1杯飲んで,もう牛乳瓶1本分,母親の手縫いの袋に入れて持ち帰っていた.そのミルクが布の袋にこぼれ発酵して独特のにおいを発していて,私の子ども時代の記憶は今,ヤギチーズを食べると,香りと共に鮮やかによみがえってくる.

フォーラム

公衆衛生的視点から緩和ケア,グリーフの臨床を考える

著者: 岩本喜久子 ,   山上実紀

ページ範囲:P.253 - P.255

公衆衛生的緩和ケアという概念について

 2009年のカナダ緩和ケア学会やAsia Pacific Hospice Network学会で「Palliative care in public health:公衆衛生における緩和ケア」という言葉をよく耳にした.WHOが2006年に発表したCancer Control Knowledge Into Actionの中でも,“palliative care with a public health approach”という表現が頻繁に使われている1).日本では緩和ケアというと,病気による苦痛を医学的介入によって緩和するという臨床医学としての捉えが一般的である.しかし,ここで言及された緩和ケアの捉え方は,いまだ病気や疾病を持たない市民,もしくは緩和ケアを今現在必要としていない患者を含めた,生活者,共同体をもケアの対象としている.言いかえると,緩和ケアは,疾病になる前,緩和ケアが必要となる前に,人々の健康増進を図ることを目的として,一般市民を対象とした組織的な衛生活動・啓蒙活動が必要であるとしているのだ.

 かつて公衆衛生は,1949年にウィンスロウによって「共同社会の組織的な努力を通じて,疾病を予防し,寿命を延長し,身体的・精神的健康と能率の増進を図る科学・技術である」と定義された.緩和ケアを社会に生きる全ての個人の身体的・精神的健康と能率の増進のための技術として捉えると,公衆衛生の考え方と矛盾はない.

列島情報

COPD

著者: 日置敦巳

ページ範囲:P.216 - P.216

 慢性閉塞性肺疾患(COPD)による全国の死亡数は,2009年には男11,940人,女3,419人,計15,359人(うち85%が75歳以上)で,1999年以降,死因の第10位となっている.これまでの高い喫煙率や高齢者の増加などを背景に,今後さらに急増するものと予測されており,全世界では2020年までに死因の第3位となるものと推計されている.しかしながら,当地域では本疾患に対する住民等の関心は高くない.こうした中,関係者の間ではCOPDに関する研修が行われるようになっており,医療連携パスの運用も始まっている.COPDは個体側要因にタバコ煙など有害粒子の吸入によって生ずるとされるが不明な点も多く,死因についても十分に解明されていない.本疾患の分布には病期によっても地域差が見られることが報告されており,国内においても,都道府県別の年齢調整死亡率は西日本で高い傾向にある.ここでは,1980~2005年までの5年ごとの都道府県別年齢調整死亡率と,気象,大気汚染,喫煙率との関連について紹介する.なお,気象については各都道府県庁所在地の値を,大気汚染に関するデータは各都道府県測定局における算術平均値を用いた.

 COPDによる各都道府県の年齢調整死亡率は,日平均気温および日最低気温の平均値と最も相関を示し(相関係数男0.35~0.64,女0.47~0.73),気温と関連する何らかの交絡因子が死亡率に影響している可能性も示唆された.一方,大気汚染指標のうちの浮遊粒子状物質(SPM)濃度との相関係数は,男で-0.35~0.11,女で-0.13~0.33であった.弱い正の相関が見られた2005年にはSPMと気温の相関係数も0.40~0.67となっていることから,単年の分析でCOPD死亡へのSPMの影響を過大評価しないよう注意する必要がある.COPDによる年齢調整死亡率と他の気象および大気汚染に関する指標,喫煙率との間には相関は見られなかった.COPDによる月別死亡数を見ると,12月および1月にやや多い傾向となっており,気温の高い時期には多くなかった.結核罹患率も同様に気温との相関が認められ,それらの背景に興味が持たれる.

映画の時間

―限りある命と知りながら彼女を愛した.永遠の愛を信じて彼を支えた.―私の愛,私のそばに

著者: 桜山豊夫

ページ範囲:P.234 - P.234

 「恋は突然」とよく言われます.一瞬の出会いで恋愛感情を抱くことについては,ご経験の方も多いことでしょう.その恋の相手が難病を患っていたら….今月ご紹介する映画は,そんな映画です.

 主人公のジス(ハ・ジウォン)は父親の営む葬儀社で働くバツイチ(バツ2?)の女性.母親の葬儀を依頼してきた幼馴染のジョンウ(キム・ミョンミン)と久しぶりに再会し,ふたりは恋に落ちます.ジョンウは車椅子生活の障害者,下半身はほとんど動きません.障害の原因はALS(進行性筋萎縮性側索硬化症)と言われても,主人公ジスにはピンと来ないようです.インターネットで“ALSは治療法が確立しておらず,予後が悪い疾患”と知っても,主人公の気持ちは変わりません.

お知らせ

第2回日韓地域看護学会共同学術集会 フリーアクセス

ページ範囲:P.245 - P.245

日時:2011年7月17日(日)・7月18日(祝・月)

会場:神戸市看護大学 神戸市西区学園西町3-4(市営地下鉄学園都市駅徒歩10分)

沈思黙考

Health Sectorの役割

著者: 林謙治

ページ範囲:P.249 - P.249

 「衣食足りて礼節を知る」というフレーズは誰でも知っている孟子の言葉だ.人間らしく生きるためにはある程度経済的に余裕があることが前提であり,その結果貧困からもたらされる多くの病気を免れることができる.昔からこのことは認識されていたに違いない.貧困からの脱却,そして病気の克服こそ,近代化への努力の動機づけであったと見ることができるし,この方向への模索は,現在でも続けられている.しかしながら,経済開発の進展による感染症の蔓延,市場経済の行き過ぎによる没落層の出現と格差社会,エネルギー資源の獲得競争による軍事的緊張など,マクロの面から見ても,人のいのちにかかわる問題が噴出している.

 ミクロ的観察においても身近な健康問題として多くの例が挙げられる.交通の発達のお陰でわれわれは多くの恩恵を受けている.他方,そのためにわれわれは歩かない習慣を身に付けてしまった.EUの統計によれば,車を運転する人の40%の1日の移動距離は4km以下であるという.また,本来飢餓をしのぐためのエネルギー摂取はいまや食品産業によって最大限に刺激され,肥満,糖尿病等へのリスクになっている.事務仕事の極端な合理化・効率化は,逆にうつ病などにつながる精神的なストレスをもたらしている.実際問題としての健康影響はより複雑に絡み合っていることは言うまでもないが,ここで申し上げたいことは,目指された社会のあり方が,同時に,病気を作り出している側面は否定できないということである.

予防と臨床のはざまで

第6回看護師のための糖尿病外来スキルアップミーティングダイジェスト

著者: 福田洋

ページ範囲:P.252 - P.252

 昨年11月27日,順天堂大学にて「第6回看護師のための糖尿病外来スキルアップミーティング」を開催しました.もともと同ミーティングは,大阪の耳原鳳クリニック健康サポートセンターの井上朱実先生が世話人となり立ち上げた会で,「糖尿病の療養に関わる看護師を対象として,現場の視点で看護師の果たす役割や課題を検討し共有すること」が目的です.2009年11月の第1回から,食事療法のコツ,問診のコツ,やる気にさせる運動指導のコツ,フットケアなど外来看護で課題となるトピックを扱って,毎回16~57名が参加してきました.

 今回は年度最終回の位置づけで,さんぽ会(産業保健研究会)とのコラボレーション企画で,「働き盛り世代の糖尿病患者教育~おさえるべきポイントから評価まで」をテーマにミニシンポジウム形式で行い,スキルアップミーティング最大の64名が参加しました.

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投稿規定 フリーアクセス

ページ範囲:P.257 - P.257

あとがき・次号予告 フリーアクセス

著者: 高鳥毛敏雄

ページ範囲:P.258 - P.258

 特集のメインテーマを「子どもを護る」とさせていただきました.子どもを社会として「保護」することが今日,あらためて問われてきていると考えたからであります.子どもを護ることについて全社協の『民生委員制度40年史』の中に,貧困な子どもを保護する民生児童委員制度をつくるに至った経緯が書かれています.

 「大阪府知事,林市蔵が大正7(1918)年秋の夕暮れ,府下のある理髪店で散髪していた鏡に写る街の風景を見ているとある一点に釘付けになった.40歳くらいの母親と女の子が夕刊を売る姿であった.散髪を終えた後,その夕刊売りに近づき1部買ったあと,一言二言話しかけ,その足で近くの交番に立ち寄り,夕刊売りの家庭の状況を調べさせた.母親は,夫は病に倒れ,3人の子どもを抱え,夕刊売りでやっと生計を立て,子どもたちは学用品を買えず,学校にも通っていないことがわかった.林は自らの幼いころの貧しい生活を思い起こし,しばらくは目を閉じた.このような母子は他にもいるはずだと調査を命じ,それに基づき地域別に委員を置き,生活状況の調査と救済などの実務にあたらせる制度を創設した」(一部改変).

基本情報

公衆衛生

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1170

印刷版ISSN 0368-5187

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