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雑誌目次

雑誌文献

公衆衛生75巻4号

2011年04月発行

雑誌目次

特集 超高齢社会に備える

フリーアクセス

ページ範囲:P.265 - P.265

 わが国ではまもなく,いわゆる「団塊の世代」が高齢者(65歳以上)の仲間入りをし,2025年には高齢者人口が約3,500万人に達すると推計されています.高齢化の進展が速く,かつ,高齢化率が非常に高いという特徴に加えて,今後は喜寿や米寿などを超える高齢者の急増も予測されています.

 まさに「超高齢社会」の到来ですが,2010年の「敬老の日」は,過去に感じたことのない異様な雰囲気が全国を漂いました.同年8月以降,百歳以上高齢者の所在不明が全国各地で発覚し,社会問題となったのです.長寿世界一の看板の影で,コミュニティの崩壊や関係性の希薄化などが進み,高齢者の社会的孤立などが潜行していたことを物語る事件でした.長生きするだけでなく,どのようにして「良く老いるか(死に至るか)」を問われる時代を迎えたようにも思います.

超高齢社会の実像を踏まえた健康福祉政策

著者: 鈴木隆雄

ページ範囲:P.266 - P.271

はじめに―長寿化と疫学的転換

 近代化とともに寿命が伸長した過程は,疫学的転換(epidemiologic transition)として理論的に整理されている.それは感染症の撲滅を主要な原因とした死因構造の変化にともなう死亡率低下の過程である.理論の中では人類の死亡の歴史を4段階に分けている(表1).このような疫学的転換は人々の生存確率を変え,ライフサイクルの姿を全く違ったものにした.それによって人生の時刻表は大きく変わるとともに,社会経済全体をも変えることとなった1~3)

 まず挙げられるのは,今後の死亡数の増大と人口構造の変化である.寿命が伸長している社会で,死亡数が増大するということは一見矛盾のように思えるが,過去の長寿化によって順送りになってきた死亡が今後に現れて来るため,死亡数は急速な増加を示す.現在の年間死亡者数は約110万人であるが,団塊の世代がその死亡ピークを迎える2030年頃には,約160万人に増加すると推定され,その受け皿(=死亡の場合)について深刻な問題をはらんでいる.

 さらに,長寿化は今後の人口高齢化の一因となる.ただし,人口高齢化を引き起こす主因は出生率の低下,すなわち「少子化」である.フランスと日本は,長寿化において肩を並べるが,出生率では現在フランスが人口置き換え水準付近にあるのに対して,日本ではその2/3程度しかない.その結果,将来人口の年齢構成は大きく異なり,日本では人口高齢化が著しく進行する.

 すなわち,長寿化と高齢化は異なる現象であることを理解する必要がある.日本では少子化と長寿化が重なることにより,世界でも飛び抜けた人口高齢化を経験することになる.その中で長寿化は,より高い年齢層の割合を増大させる効果を持ち,いわゆる高齢人口の高齢化を引き起こすことになる.具体的には,虚弱化が顕著となる後期高齢者の著しい増加である.もうひとつの見過ごすことのできない問題は,今後の高齢化率の伸びが著しく現れるのが大都市圏という点である.農村部などの地方と異なり,大都市圏には特有の高齢者を取り巻く環境(高齢者世帯や一人暮らし等)が存在し,今後のソーシャルサポート等の問題がより顕在化してくる.

 本稿では,このようなわが国の直面するいわば超高齢社会において,高齢者の健康水準がどういう状況にあるのか,高齢期における疾病予防と介護予防はどう調整しておくべきなのか,等の視点から,今後の健康福祉施策についての糸口を提示したいと考えている.

超高齢社会における介護保険制度の展望

著者: 大森彌

ページ範囲:P.272 - P.275

2025年の超高齢社会像と政策課題

 超高齢社会は,社会の高齢化に関する分類・呼称である.全人口に占める65歳以上人口の比率が7%を超え14%までの社会を「高齢化社会」,14%を超え21%までの社会を「高齢社会」,21%を超えた社会を「超高齢社会」と言っている.これは,7%を基準に,その倍,その3倍を区別する分類である.1970年に7%を超え,1994年に14%を超え,2005年には21%になった.日本は,すでに超高齢社会である.倍化まで24年,3倍化まで35年である.4倍化の28%になるのは2030年と推計されている.いわゆる団塊の世代(ベビーブーム世代)が前期高齢者に到達するのは2015年,後期高齢者になるのが2025年である.そのくらいの長期見通しに立って,必要な介護サービスとその経費を考えておかなければならない.

 日本の高齢者人口の推移の特色は,高齢化の進展の「速さ」と同時に,その高齢化率の「高さ」(高齢者数の多さ)にある.現在約2,950万人である高齢者人口が2025年には約3,500万人に達すると推計されている.その間,いくつか重視しなければならない変化が想定される(以下の数字は,厚労省「介護施設等のあり方」委員会第1回に提出された資料4によっている).

超高齢社会に向けた医療制度改革の展望

著者: 池上直己

ページ範囲:P.276 - P.280

はじめに

 高齢化の進展がなぜ医療保険制度に大きな影響を及ぼすのであろうか.図に示す通り,年齢が高まるにつれて一人当たりの医療費は次第に増えるので,民間保険であれば,それに合わせて保険料を高くする必要がある.だが,そうなると退職すれば所得は減るので,医療保険に加入できない高齢者が多数現れる.公的保険では,こうした事態を避けるために,現役世代が高齢者の医療費を負担しており,その結果,医療サービスの大半を使う高齢世代と,費用の大半を負担する現役世代との間に対立が生じる.

 こうした対立は,日本の公的医療保険の構造によって一層激しくなっている.というのは,退職すれば被用者保険から国民健康保険(国保)に移るので,65歳以上の高齢者の占める割合は両者で著しく異なるからである.すなわち,後期高齢者医療制度が創設される前年の2007年度において,高齢者の割合は健保組合では4%に過ぎないが,国保では4割であった.こうしたアンバランスを是正するために,1983年の老人保健法以来,被用者保険は高齢者の医療費を賄うために拠出を行ってきた.そして,拠出額が保険料収入の4割にも迫ったこと,およびどのくらい拠出しているかがわかりにくかったことが,後期高齢者保険を創設する原動力であった.

高齢者の社会的孤立とその予防戦略

著者: 藤原佳典

ページ範囲:P.281 - P.284

社会的孤立を取り巻く背景

 近年,社会的孤立の終末像の一つとして高齢者の孤立死が注目されている.孤立死とは,社会から孤立した結果,死後,長期間放置されるような死を意味する.全国統計は存在しないが,東京都監察医務院のデータによれば,東京23区内における一人暮らしの65歳以上の自宅での死亡者数は,2002年の1,364人から2008年は2,211人と1.6倍に増加している.孤立死に至る背景には,貧困,健康問題をはじめ失業や離婚など,社会的な孤立を余儀なくされる状況を経る場合が多いことから,公衆衛生上の深刻な問題と言える.

 一方,孤立死の発生により,その事後処理の経済的・人的負担,近隣住民相互の無力感・不信感が生じるなど,コミュニティ全体に及ぼす負の影響は大きい.国も地方公共団体とともに総合的な取り組みに着手し,2007年度から孤立死防止推進事業(「孤立死ゼロ・プロジェクト」)を推進してきた.その成果・指針は2008年3月に「高齢者等が一人でも安心して暮らせるコミュニティづくり推進会議(「孤立死」ゼロを目指して)」により報告された1).その中で,わが国においては,単身高齢者世帯や高齢者のみ世帯が急増しており,「孤立生活」はもはや特別な生活形態ではなく,標準的な生活形態であることを認識すべきとしている.

超高齢社会に備えた介護予防プログラム―科学的知見に基づく課題と展望

著者: 武林亨

ページ範囲:P.285 - P.288

はじめに

 加齢とともに進展する身体機能,精神機能の低下は,日常生活活動度やクオリティオブライフ(QOL)の低下をもたらす.こうした機能低下の予防や活動性の維持・増進を図る介護予防が公衆衛生上の重要な課題であることは,超高齢社会を迎えるわが国にとって論を俟たない.一方で,2006年に導入された介護予防事業の有効性については,未だ十分な答えを持たない段階である.

 本稿では,2009年度日本公衆衛生協会「介護予防に係る総合的な研究事業」の1つである「介護予防に関する科学的知見の収集及び分析委員会(以下,委員会)」において行った,介護予防プログラムの有効性に関する文献の系統的な収集と分析・評価の結果を中心に紹介する.

超高齢社会に備えた食生活・栄養摂取等の改善―長期コホート研究からの提案

著者: 上島弘嗣

ページ範囲:P.289 - P.295

はじめに

 超高齢社会の食生活やその他の生活習慣の在り方は,とりも直さず高齢になっても元気で日常生活が営める社会の実現に向けてのものである.また,世界に類のない高齢社会は,高齢者ができる限り自立して生活できる社会でなければならない.少子化の問題がなければ,世界一の長寿社会は理想の社会と言わねばならない.

 高齢者が生き生きと生活できる社会を保つには,若いときからそのような社会にふさわしい生活習慣の獲得が必要である.それでは,そのような生活習慣の在り方はどのようなものであるか,長期間のコホート追跡調査,ここではNIPPON DATAの知見1)を中心にしながら述べる.

終末期の医療・介護と尊厳死をめぐる課題と展望

著者: 岩尾総一郎

ページ範囲:P.296 - P.300

はじめに

 昨年12月17日,厚生労働省から「終末期医療のあり方に関する懇談会」報告書が公表された.この報告書に「終末期医療に関する意識調査の検討結果1)」が付されている.この意識調査は,過去1993年,1998年,2003年,2008年と4回にわたり実施され,日本人の死生観,倫理観等を踏まえた終末期の医療・緩和ケアに対する国民の関心を探る上で重要な資料となっており,筆者は前回の調査解析に事務局として関わった経験を持つ.2008年に行われた厚生労働省の終末期意識調査も,本特集のテーマである「高齢者」に限っているわけではないが,本稿では延命治療,在宅死,リビング・ウィルについての厚生労働省調査結果を基に,望ましい終末期医療・介護のあり方,尊厳死をめぐる課題と展望について述べてみたい.

成年後見制度の重要性と定着・普及への課題

著者: 宮内康二

ページ範囲:P.301 - P.304

はじめに

 判断能力が不十分になると,年金口座からお金を引き出すことが難しくなる.納税や登記の手続きも困難となる.自分に適した介護サービスを選び,理解して契約を結ぶことも難しい.回数は少ないが重要な,不動産の管理・処分,保険の請求・受け取り,相続事務などに関する手続きをとることが困難になる.経済的虐待や詐欺被害に遭ってしまう人もいる.判断能力が不十分ゆえ,被害に遭っていることを誰かに伝えることや,これらに抵抗し訴えを起こすことも困難か不可能となる.

 このような人の意思を補充し,各種手続きを代行する人を選任するのが成年後見制度である.明治時代から続いた禁治産制度を改め,財産管理に限らず,超高齢社会に備え医療・介護等の手配なども職務範囲とする制度として,2000年4月にスタートした.制度の基底理念は,自己決定権の尊重・残存能力の活用・ノーマライゼーションである.この理念のもと,家庭裁判所(以下,家裁)に選任された後見人等は,表の内容に対し,同じく家裁から付与された代理権・同意権・取り消し権という3つの武器を適宜適切に行使し,被後見人を護る.

 成年後見の潜在利用者は平成22(2010)年度現在,認知症高齢者約205万人・知的障がい者約55万人・精神障がい者約323万人,あわせて583万人である.これに対し,過去10年間の実利用者総数は20万件と少ない.しかし,10年前の9千件に対し,平成21(2009)年は2万7千件と3倍になっており,今後さらなる利用が見込まれる.

 本稿では,成年後見の実務の流れを紹介しつつ,制度定着に向けた課題と対策を述べる.

超高齢社会とユニバーサルデザイン

著者: 永田久雄

ページ範囲:P.305 - P.309

はじめに

 製品,社会・生活環境,サービスづくりにおいて,計画段階からできる限り多くの人々を包含することを目指すことを謳った,米国生まれの「ユニバーサルデザイン(以後,UDと略す)」がこの10年で日本社会に急速な勢いで広がってきた.その先導役となったのは作り手側の建築家,デザイナーたちである.

 私はUDに関して10年以上前から関わってきたが注),当初から日本でのUDの広がりの陰に,シルバー産業育成を優先とした表面的で個別的な取り組みがなされていると危惧してきた.その結果として,生活者のための製品,社会・生活環境,サービスづくりであるはずのコンセプトが十分に理解されずに,このカタカナ言葉が特別な力を秘めているかのように理解されたり,完成されたデザイン様式やテクニックのように考えられたり,あるいは一部には,障害者差別撤廃,男女平等に関する運動と理解されたり,デザインの権威づけに利用されたりしている.

 本稿では,生活者から見た超高齢社会におけるUDとその本質について考えたい.

視点

獣医学教育における公衆衛生学(獣医公衆衛生学)

著者: 品川邦汎

ページ範囲:P.260 - P.263

はじめに

 わが国の憲法では第25条で,「すべて国民は,健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」ことと定められており,国の責任において「社会福祉,社会保障および公衆衛生の向上および増進に努めなければならない」と明記されています.

 公衆衛生は,人間集団を対象として疾病の予防,健康保持・増進および福祉の向上を図り,各人が肉体的・精神的・社会的機能を適切に発揮させることであり,医学や獣医学だけでなく薬学,食物・栄養学などの自然科学,および社会科学などの多くの専門分野の協力によって支えられています.さらに,本公衆衛生概念を十分に理解して,複雑な環境要因や集団の生命現象を公衆衛生の観点から解析を行う生態学や疫学,および衛生統計学,衛生行政学,情報科学などとも関連することが求められています.

 他方,公衆衛生の基盤となる公衆衛生学は,人が生活する上でかかわるさまざまな環境要因と健康との関連性を追及し,疫学予防,健康維持および増進などに役立てる総合的な科学であり,実践活動です.それゆえ,公衆衛生学は予防医学であり,食生活,住居,労働および自然環境などに因る疾病の一次予防,これらの早期発見,治療および予防などの二次予防,ならびに障害者および傷害を受けた人たちを身体的,社会的,経済的などの側面から回復を図るなどの三次予防であると言えます.これらのうち,獣医学は主に一次予防にかかわっており,人獣共通感染症(動物由来感染症)の監視および防疫,食品衛生,環境衛生,および化学物質(医薬・動物薬)の安全評価とその確保,動物介在療法などの分野においては,獣医公衆衛生学の知識や技術が大きな役割を果たしています.

 世界保健機関/国際連合食糧農業機関(WHO/FAO)は,国際的な立場から獣医公衆衛生の役割について,基本的な分野として,1)人獣共通感染症(ズーノーシス):疾病の疫学,監視,防疫など,2)食品衛生:安全性の監視,指導と基準設定など,および3)公衆衛生に関する情報収集活動を挙げています.この他に,通常行うべきサービスとして,①環境衛生(人間環境に関わる有害・危険動物のモニター,および飼料,廃棄物の処分と再生)および,②生物製剤の基準設定などの衛生行政に関する職務,および試験検査と研究活動などを有すと述べています.特に今日,人獣共通感染症や食の安全と安心の問題など,獣医公衆衛生に関連する情勢は大きく変動してきており,社会的ニーズも著しく増加してきています.これに伴って,獣医学における獣医公衆衛生学教育の重要性は増大しています.

トピックス

認知症高齢者の自動車運転を考える家族介護者のための支援マニュアル

著者: 荒井由美子 ,   水野洋子

ページ範囲:P.310 - P.312

 認知症の進行は,記憶,視空間認知,見当識等の患者の身体機能に大きな影響を及ぼすことから,認知症高齢者が,自動車運転を安全に継続することが困難であるのは明らかである.一方,われわれの生活において,自動車を移動手段とする広範に亘る日常的活動,あるいは,自動車優先の交通環境を鑑みると,運転を中止することが,運転者およびその家族に,様々な影響を及ぼし得るであろうことは容易に想像がつく.したがって,認知症高齢者の「地域における自立した生活」を確保するためには,交通事故のリスク低下に努めるのみならず,自動車運転によって支えられてきた認知症高齢者および家族の日常生活をどのように維持するのかについても含めて考えていかねばならない1)

 このような状況を鑑みて,われわれは,「認知症高齢者の自動車運転に対する社会支援のあり方」について検討を行う必要があることを痛感し,調査研究を企画したところ,折しも厚生労働科学補助金による研究事業(H19-認知症-一般-025:研究代表者 荒井由美子)を行う機会を得た.当該研究事業においては,社会医学的および精神医学的観点から,認知症が原因となる運転時のリスク,運転継続が望ましくない状態になった場合の対応など,認知症高齢者の運転に際する様々な課題とその社会支援策に係る検討を行った2~9)

連載 人を癒す自然との絆・21

日本初の動物介在矯正プログラム

著者: 大塚敦子

ページ範囲:P.314 - P.315

 島根県浜田市には,民間資金と経営ノウハウを導入したPFI刑務所(Private Finance Initiative)の島根あさひ社会復帰促進センターがある.2008年10月に開所したこの官民協働型刑務所では,これまでにない斬新な矯正プログラムがいくつも展開されているが,そのひとつとして注目されているのが,盲導犬パピーの育成プログラムである.つまり訓練生(島根あさひでは受刑者のことをこう呼ぶ)がパピーウォーカーとなり,日本盲導犬協会から生後2~3か月の盲導犬候補の子犬を預かって約10か月間育てる,というプログラムだ.私はアドバイザーとしてこのプログラムにかかわっていて,日本にいるときは毎月浜田に出掛けている.

 アメリカの刑務所では介助犬訓練など動物を介在した矯正プログラムなどがあちこちで行われているが,日本にはこれまでひとつもなかった.それが,2009年4月から日本初の試みが始まり,この原稿を書いている1月末現在は,ちょうど2期目のプログラムが終了したばかり.元気いっぱいに育ったパピーたちは,まもなく盲導犬になるための本格的な訓練に入る.これは訓練生の更生のためのプログラムというだけではなく,不足している盲導犬を一頭でも多く視覚障害者のもとに送り出すための大切な社会貢献事業でもあるのだ.1期目は11人の訓練生が3頭のパピーを,2期目は30人が5頭を育てた.

保健活動のtry! 学会で発表しよう 論文を執筆しよう・1【新連載】

なぜ,成果を報告しなければならないのか(本連載の主旨)

著者: 中村好一

ページ範囲:P.316 - P.320

ごあいさつ

 本誌『公衆衛生』の編集委員会から連載を依頼されるのは2回目のことである.最初は今からさかのぼること10余年前に,「何か良い連載はありませんかねぇ?」と持ちかけられ,2000年1月~2002年1月までの25回に亘って「疫学:もう一度基礎から」を連載させて頂いた1).この連載はその後,単行本『基礎から学ぶ楽しい疫学』(いわゆる黄色本)として医学書院から刊行され,疫学の入門書としては破格の大ベストセラーとなっている2).しかし,このときに決意したのは「もう,雑誌の連載は2度としないぞ」ということであった.とにかく,毎月一定量の原稿を期限付きで書くということは,いつ胃に穴が開いてもおかしくないほどのストレスであった.

 ところが時間の経過というのはありがたい(恐ろしい)もので,今回の連載の話が電話でもたらされた時に,「ハイハイ!」と二つ返事で引き受けてしまった.「このテーマで書いても良いな(書きたいな)」と思っていたのが伝わったのかもしれない3).そろそろ「脚注から読む論文執筆法」4)というのを書いても良いかも,と思っていたのかもしれない.いずれにしても引き受けたからには,『公衆衛生』誌の看板連載にふさわしいものになるように努力する所存なので,連載がいつまで続くか分からない5)が,読者諸氏にもお付き合い頂きたい.

地域づくりのためのメンタルヘルス講座・1【新連載】

地域のメンタルヘルスの問題はどのように変わっているのですか?

著者: 竹島正 ,   宇田英典 ,   眞崎直子

ページ範囲:P.321 - P.325

はじめに

 メンタルヘルスの問題は,例えば,ひきこもり,自殺関連行動,虐待,暴力,アルコールや薬物の乱用,ホームレス状態など,一見すると合理的ではない行動として,私たちの前に表れる.それは精神疾患を背景にするものが多く,その解決には,精神保健医療福祉サービスが重要な役割を担う.わが国の精神保健医療福祉サービスは「入院医療中心から地域生活中心へ」と改革が進められているが1,2),この改革は,既存の精神保健医療福祉サービスにアクセスしているかサービスの近傍にある人たちは視野に入っているものの,残念ながら地域に潜在している深刻なメンタルヘルスの問題をかかえた人たちのことを十分にとらえていない可能性がある.

 本シリーズは,深刻なメンタルヘルスの問題をかかえながら,精神保健医療福祉サービスにアクセスしなかった(できなかった)人たちに目を向ける.そして,その人たちの行動に理解を深め,地域の公衆衛生活動の中で,よりよい支援を行っていく一助になることを目的とする.この1年間予定している連載計画内容を表に挙げておく.

 本稿では,その第1回として,地域のメンタルヘルスの問題がどのように変わっているか,そして公衆衛生の精神保健活動に期待されていることについて述べる.

保健所のお仕事─健康危機管理事件簿・13

腸管出血性大腸菌感染症の対応(平成8年度)その1

著者: 荒田吉彦

ページ範囲:P.327 - P.330

 「斎藤佑樹は何かを持っている」.流行語にもなった有名なフレーズです.

 「何かを持っていると言われ続けてきました.今日,何を持っているかを確信しました……それは,仲間です」.

トラウマからの回復─患者の声が聞こえますか?・13

虐待のかたち・下

著者: 永田剛 ,   麻生英子

ページ範囲:P.331 - P.333

引きこもり生活へ

 剛さんは大学へ入ってからも人間関係が維持できず,21歳で引きこもり生活がスタートする.

 「集中して何かに没頭するということを自分に許していないので,本を読むこともできず,部屋ではハエが窓から入ってくるのを待っていたりしました.追い掛け回すんです.ハエはだんだん疲れて低空飛行になり,しまいには飛べなくなる.それを摘み上げて,蜘蛛の餌にしました.それから,ボディビルにはまりました.このままの痩せた体ではいけない.もっと強くならなければ.もっと,もっとと,必死でした.エアコンもつけず暑い部屋で失神しながら,限界に挑戦します.疲労骨折もしました.それでも休めない.社会で生きていけないから,厳しく厳しく,自分を鍛えました.苦行を課していたのです」.

リレー連載・列島ランナー・25

市町村保健師活動の醍醐味!

著者: 菊池まち子

ページ範囲:P.334 - P.337

はじめに

 北海道枝幸町の工藤裕子さんからバトンを引き継ぎました.彼女とは,看護学校の同期であり,卒業後10年目に市町村保健師と保健所保健師の立場で再会し,所属は違っても,保健師として同じ目的の基に活動を展開する同志として,お付き合いしている仲間です.

 一昨年,道の大先輩から「ほんとに次々職場を変える浮気者!」と言われたように,私は卒業後地元で市保健師として就職した後,道立保健所保健師に転職.さらに同じ市に再再就職し11年の勤務を経て,平成20年度から「北海道国民健康保険団体連合会」に入社と,保健師職で3回転職し,現在に至っています.

 公衆衛生看護の実践活動から離れた立場で仕事をして3年目の今,改めて市町村保健師の責務や面白さが年々沸々と湧いてくる毎日であり,市町村・保健所勤務を通して保健師活動を振り返り,大切にしてきたことを考えてみたいと思います.

お国自慢─地方衛生研究所シリーズ・13【最終回】

山口県環境保健センターにおけるフグ毒研究

著者: 調恒明 ,   吹屋貞子 ,   立野幸治 ,   冨田正章 ,   平田晃一

ページ範囲:P.338 - P.340

 フグの取扱量日本一の山口県下関市南風泊(はえどまり)市場でのフグの初競りは,1月4日恒例の季節の風物詩として毎年全国放送のニュースとなっている.本県は明治21年頃日本で初めてフグの食用が許可された地とされており,県の魚としても親しまれている.フグの流通,加工,販売は山口県にとって重要な産業であり,食品としてのフグの安全性を確保するため,条例に基づき年1回,県によって学科および実技からなるふぐ処理師試験が行われる等の取り組みがなされている.フグによる食中毒は,山口県において過去10年間に年平均4例程度,主として個人的調理が原因で発生してきたが,県は食の安心・安全確保の一環として,その原因究明と再発防止に力を入れてきた.事例発生の際には,県環境生活部生活衛生課,環境保健所,環境保健センターが,それぞれヘッドクオーター,現場における疫学的調査と対応,試験検査による科学的根拠の提供を役割とし,一体となってこれに当たってきた.

 本稿では,山口県環境保健センター(地方衛生研究所)のフグ毒検査への取り組みを紹介する.

衛生行政キーワード・75

医療イノベーションについて

著者: 松本晴樹

ページ範囲:P.342 - P.343

 平成23年1月7日,政府は内閣官房に「医療イノベーション推進室」を設置した.10~20年後,更には50年後の世界的な医療技術動向も見据えて国際競争力を持つ「日本発の医薬品・医療機器・再生医療」などを次々と生み出し,世界に誇れる「医療イノベーション」を起こすことを目指すものだ.医療イノベーション推進室は,文字通り産学官から広く人材を集め,オールジャパンで医療イノベーションを推進する体制の中心として位置づけられている.

 平成22年6月18日に閣議決定された「新成長戦略」では,「ライフイノベーションによる健康大国戦略」が7つの戦略分野の1つとして挙げられている.主に,医薬品・医療機器や再生医療をはじめとする最先端医療技術の実用化を医療イノベーションとして位置づけ,これを促進し,国際競争力の高い関連産業を育成するとともに,その成果を国民の医療・健康水準の向上に反映させることを目標としている.これを受け,文部科学省・厚生労働省・経済産業省は,副大臣・政務官レベルでの議論・意見交換・情報共有化の場を設ける,予算事業などを一体的に推進するなど,密接に連携を進めた.さらに,平成22年11月に内閣官房長官を議長とする「医療イノベーション会議」を開催し,その中で内閣官房の下に企画立案や総合調整を行う「医療イノベーション推進室(以下,推進室という)」を設置することが決定されたものだ.

世界の健康被害・4

雪のサラエボ

著者: 鎌仲ひとみ

ページ範囲:P.344 - P.345

見えないものを可視化する魔法

 「劣化ウラン弾」という兵器が使われたイラクに行ってからというもの,私の中のスイッチが入ってしまった.目に見えないはずの放射能汚染を“可視化したい”と思うようになった.

 実際,筆者らの作品映画「ヒバクシャ―世界の終わりに」を観た人々は,「放射能が見えたような気がした」と感想を語ってくれた.それまで見えなかったものを見えるようにする魔法は,知識だと思う.それも単なる知識ではなく,リアリティを伴った気づきが,見えないものの存在に目を開かせてくれる.

資料

回復期リハビリテーション病棟における地域連携カンファレンスの取り組みとその評価

著者: 手塚康貴 ,   塩谷求美 ,   徳永奈穂子 ,   福井祥二 ,   中村元紀 ,   栢瀬大輔 ,   松本直子 ,   本田優子 ,   山本郁子 ,   西原大吾 ,   河合英行

ページ範囲:P.346 - P.349

はじめに

 大阪府では,平成19(2007)年から2か年にわたる地域包括ケア体制整備推進事業を立ち上げ,大阪南部の泉州二次医療圏に属する和泉市は,この事業のモデル地区として指定を受けた.

 和泉市では,地域の第一課題を医療現場と介護現場の連携ととらえ,「和泉・医療と介護の連携2ヵ年プロジェクト」としてモデル事業に取り組むこととした.具体的には,入退院時の連携システム構築,病院から在宅への一貫したリハビリテーションの実施や連携ツールの開発,専門用語の相互理解,さらに在宅での服薬支援や歯科口腔領域も含めた6つの課題に対して各々ワーキンググループを立ち上げた1,2).当院回復期リハビリテーション病棟(以下,回復期リハ病棟)では従来の退院前カンファレンスなどを「地域連携カンファレンス」と呼称して,実践症例を通して医療と介護の連携を課題とするモデル事業に関わり,事業終了後もその定着化を目指して継続的に取り組んでいる.今回,これまでの地域連携カンファレンスの実施実績や参加者へのアンケート結果を踏まえ,医療と介護の連携における実践的手段としての地域連携カンファレンスの有用性を評価した.

「公衆衛生」書評

―〈総合診療ブックス〉―「症状でみる子どものプライマリ・ケア」 フリーアクセス

著者: 橋本剛太郎

ページ範囲:P.320 - P.320

 診療の腕を磨く上で大切なことは二つ,経験例を振り返って吟味することと,教科書や文献に当たって軌道修正をすることである.しかしこの二つを不断に続けるのは難しい.経験例が多くても振り返りや読書が不十分だと,偏狭な「オレ流」に陥る.

 福井県済生会病院小児科部長の加藤英治先生は,この不断の努力を長年コツコツと続け,たわわに実った小児診療の果実を一冊にまとめた.この本は教科書ではない.診療の現場で気をつけること,診療の進め方考え方を改めて気付かせてくれる本である.

映画の時間

―未来のエネルギーをどうするのか?―ミツバチの羽音と地球の回転

著者: 桜山豊夫

ページ範囲:P.330 - P.330

 公衆衛生の分野では,集団を対象に健康問題を考えることが多いと思われます.ただし集団は個の集まりですから,結果的には個の健康問題の解決に繋がることにはなりますが,方法論としては集団からのアプローチに慣れています.そんな公衆衛生従事者に考えてほしいのが,この映画の題名にもなっている「ミツバチの羽音」です.

 海辺でひじきを採集している人たちを描くところから,この映画は始まります.「ひじき」と「ミツバチ」と「地球」.どんな関係があるのかな,と思っていると,どうやら,ひじきを採っている青年,山戸孝さんがこの映画の主人公?のようです.ドキュメンタリーにしろ,ドラマにしろ,映画の導入部は大切です.「ミツバチの羽音と地球の回転」は,やや意表をつくようなファーストシーンによって,観客を映画に引き込んでいきます.

沈思黙考

世界の公衆衛生の組織

著者: 林謙治

ページ範囲:P.340 - P.340

 昨年の暮れ,世界国立公衆衛生研究所長会議(International Association of National Public Health Institutes:IANPHI)がアトランタで開催され,CDC(米国疾病予防管理センター)の元所長Dr. Koplanの議長のもとに世界規模の健康課題について議論が行われ,また,各国の抱える研究所の事情について紹介された.この会議の参加国は約70で,大多数はロックフェラー財団の寄付もしくは支援のもとに設立され,アメリカの国力にあらためて感服した次第である.

 私が勤務する科学院の前身である国立公衆衛生院も,1938年にやはりロックフェラー財団の寄付により設立された経緯がある.各国の国立公衆衛生研究所はさまざまな形態があり,公衆衛生のすべての分野を集めて1つの組織にまとめている場合や,日本のように国立保健医療科学院の他に感染症研究所や医薬品・食品研究所等に分散しているようなケースもあるが,規模は必ずしも一様ではない.

予防と臨床のはざまで

日本医学会総会プレイベント「動脈硬化予防フォーラム」ダイジェスト

著者: 福田洋

ページ範囲:P.341 - P.341

 2月18日に,動脈硬化予防フォーラム「社員の健康管理と企業の競争力~職場で防ぐ動脈硬化~」が開催され,パネリストとして参加させて頂きました.第28回日本医学会総会・動脈硬化予防啓発センター主催,日本経済新聞社後援にて日本医学会総会のプレイベントとして行われ,大変立派な日経ホール(東京都千代田区)の会場に約600名が集まりました.

 特に今回は「職場で防ぐ動脈硬化」ということで,第一部は動脈硬化およびその予防に関する基調講演が3つあり,続く第2部では,職域で進められる具体的な予防施策にフォーカスを当てたパネルディスカッションが行われました.

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投稿規定 フリーアクセス

ページ範囲:P.351 - P.351

あとがき・次号予告 フリーアクセス

著者: 阿彦忠之

ページ範囲:P.352 - P.352

 「消えた年金」に続いて昨年は,「消えた高齢者」が社会問題となりました.100歳以上の高齢者だけでも全国で23万人が消息不明というものでした.そのうえ,亡くなられた高齢者の親族が,本来は消えるはずの年金を長期間不正受給していたといったニュースを聞き,超高齢社会の実像は予想以上に複雑で,多角的視点から将来に向けた準備が必要だと感じました.

 その思いを,本号の特集企画に反映させたいと考えたわけですが,ご執筆いただいた先生方の思いも切実だったようです.計9本の論文の中に,各著者の専門としている立場からの熱い思いと,超高齢社会に向けた重要な施策や考え方などが濃縮されています.

基本情報

公衆衛生

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1170

印刷版ISSN 0368-5187

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