icon fsr

雑誌目次

雑誌文献

公衆衛生75巻8号

2011年08月発行

雑誌目次

特集 高齢者の事故

フリーアクセス

ページ範囲:P.585 - P.585

 高齢者の事故は,生命に直接係わるのみならず,寝たきりの原因となったり,種々の障害を引き起こしたりして高齢者のQOLを低下させるなど,高齢者の生活に脅威を与えています.高齢者の事故は安全と思われている家庭内で多発しており,また道路や家庭外の施設で起こる事故より,家庭内で起こる事故のほうがより重症であることが知られています.また,玄関や階段,風呂場や室内の段差などが危険と認識されていても,それらの場所で事故が発生しているようです.当然,このような事故の背景には,高齢者の体力の低下をはじめとする様々な要因が存在していると考えられます.

 本号では,このような高齢者の家庭内事故の特徴や発生要因等,さらに事故への公衆衛生的な対応を学ぶことを目的に,転倒・転落,入浴事故,窒息・誤嚥,熱傷を取り上げて特集を企画し,専門家の方々にご解説をお願いすることにしました.なお,併せて高齢者の交通事故についても,公衆衛生的視点からご解説をお願いしました.

人口動態統計から見た高齢者の事故

著者: 綿引信義

ページ範囲:P.586 - P.590

はじめに

 わが国の高齢化は他の先進国に類を見ないスピードで進行している.老年人口(65歳以上人口)は年次が推移するとともに増加し,特に,後期高齢者(75歳以上人口)の増加が目立ち,前期高齢者数(65~74歳人口)を凌ぐ勢いがある.このことは,高齢化の年齢構造がより高齢層へシフトしてきていることを意味している.

 これは超少子高齢・総人口減少社会が到来していることを示している.老年人口がより高齢層へシフトするとともに,年少人口(0~14歳)と生産年齢人口(15~64歳)の数の総人口に対する割合も減少し,ますます超高齢化社会へ突き進んでいる.このような状況の中で,高齢者の外因死である,不慮の事故による交通事故を除いた死亡数が増加傾向を示している.

 高齢者における交通事故以外の不慮の事故による死亡数の約4割は,生活の場である家庭内で発生している.家庭内で起きている死亡事故は,居間,台所,階段,浴槽・風呂場で多く発生し,高齢者の健康で安全な日常生活を送る上で大きな問題となっている.

 また,高齢者のいる世帯も増え続け,2009年には全世帯(4,801万世帯)の41.9%を占めるようになった1).高齢者のいる世帯では,家庭内事故の実態を認識し,日常から事故に遭わないように心掛けることが重要である.

 そこで本稿では,現時点で公表されている最近10年間の2000~2009年までの人口動態統計,10月1日現在推計人口,国勢調査結果(2000年および2005年)そして平成21年度「不慮の事故死亡統計」を資料として用い,主として家庭内事故の減少に資することを目的に,高齢者における交通事故以外の不慮の事故の,最近の動向と現状について検討したことを述べる.

高齢者の転倒

著者: 青柳潔

ページ範囲:P.591 - P.594

はじめに

 高齢者人口の増加に伴い,わが国における骨粗鬆症およびそれに関連した骨折の患者数は増加している.なかでも大腿骨頸部骨折は,その約半数が介護生活を余儀なくされ,寝たきりの原因ともなる1).大腿骨頸部骨折の主たる原因は転倒である.転倒は骨折発生にとどまらず,骨折するのが怖いといった転倒恐怖感も引き起こす.転倒恐怖感は閉じこもり・廃用症候群を来たし,さらに寝たきりのリスクを高める.したがって,高齢化社会を迎えたわが国にとって,転倒予防は,公衆衛生学的に重大な関心事と言える.

高齢者の入浴事故

著者: 高橋龍太郎

ページ範囲:P.595 - P.599

入浴習慣と事故

 私たち日本人は,湿度の高い気候,温泉の多い風土などの背景があるため,世界でも1位2位を争うお風呂好きである.汗をたっぷりかいた夏場や寒い冬の日に,浴槽にゆっくりつかって汗を流したり,冷えた体を温めたりするのは至福の時間という人も多い.

 しかし,高齢者にとって入浴はリラックスの場どころか,想像以上に体への負担の大きい場である.特に気温の低い日には,死の危険と隣り合わせになる.本稿では,なぜ入浴事故は起きるのか,どうすれば防げるのか,について解説する.

高齢者の窒息・誤嚥

著者: 向井美惠

ページ範囲:P.600 - P.606

はじめに

 高齢者の不慮の事故による死亡者数において,窒息事故の占める割合は多く,平成18年に交通事故死を上回り,その後も両原因の差が広がりつつあるのが現状である(図1).また,死亡総数に対する高齢者の占める割合は多い(表1).

 窒息事故の中でも摂食中に窒息事故で死亡する人は,年間4千人を超えており,高齢者が占める割合が高い1).誤嚥・窒息事故の多くは,日常の食事やおやつを食べながら引き起こされており,多くは食物が粉砕されないままに誤嚥されて窒息事故が起こっている.高齢者に限らず,窒息のリスクを軽減するためには「食物の物性を考慮してどのように食べたら安全か」,個々の機能レベルに合わせた安全性が担保された食べ方,噛み方,のみ込み方の指導支援が必要である.また,摂食・嚥下機能障害がある場合には,摂食・嚥下リハビリテーションの治療・訓練や,機能程度に合わせた食べ方の指導が不可欠となる.

 窒息に関わる要因は,ヒト側の要因と食品側の要因があるが,これらが複合的に関与して窒息が引き起こされることから,特に高齢者の窒息事故の効果的な予防法やリスクを減らす食べ方などについては,食品の要因以外にも,加齢に伴う窒息の場である咽頭・喉頭の解剖学・生理学的な変化に加えて,高齢者の生活環境などの社会的側面の考慮が必要である.

高齢者の熱傷

著者: 春成伸之 ,   飯田美奈子 ,   平野真美

ページ範囲:P.607 - P.610

はじめに

 高齢化社会の到来は,将来の医療を考える上で,最大の懸案事項である.どの疾患においても,高齢者であることは,予後不良を予測する最大因子と考えられる.

 われわれは日々,熱傷診療に従事しているが,高齢者熱傷については,年齢に大きく依存する生命予後,治療対効果の悪さ,絶望的な社会復帰という大きな壁に直面している.今後高齢化が進むにつれ,高齢者熱傷患者が多くなることは必然的であり,加齢に挑戦するような現状の治療戦略では,突破口は見い出せない.そこでわれわれは発想を転換し,高齢者から熱傷を予防しようと考え,施設の近辺で高齢者熱傷の予防活動を展開している.

 本稿では,高齢者熱傷の原因,特徴,治療の問題点,予後について概説し,高齢者熱傷予防の可能性について述べる.さらに,われわれが行っている高齢者熱傷の予防活動について,ここに報告する.

高齢者の交通事故

著者: 玉城英彦

ページ範囲:P.611 - P.617

はじめに

 世界でも高い高齢化率を誇るわが国では,経済,産業の発展とともに,私たちが生活する居住環境も大きく変容してきた.都市部では交通網が発達する一方,市町村道など道路実延長は年々増加し(120万4千km,2008年)1),旅客輸送量(人の運送に関わる営業用または自家用の乗用車およびバスの輸送活動)の車種別では,輸送人員の88%を乗用車および軽自動車が占め,特に自家用軽自動車による輸送人員が増加傾向にある2).また,内閣府の調査3)によると,高齢者の外出の主な移動手段について,1999年には「バス・電車」が「自動車等自ら運転するもの」よりも高い割合であったが,2009年にはその割合が逆転した.こうした劇的な生活環境の変化は,近年,高齢者における交通事故が増加傾向にある状況と無関係ではないであろう.

 本稿では,高齢者の交通事故の特徴と現在取り組まれている対策を踏まえ,交通事故防止への道筋について述べたい.

視点 公衆衛生のアイデンティティを求めて・1

公衆衛生とは何だろう?

著者: 實成文彦

ページ範囲:P.578 - P.584

危機の時ほど公衆衛生が見える

 20世紀半ばからのわが国の公衆衛生は,1946年の日本国憲法の制定,および日本社会への民主主義・民主的手法の導入や全国各地の地域保健活動の発展等とともに,また,1946年のWHO憲章や世界人権宣言などの世界的潮流の中で比較的順調に発展し,わが国が高度経済成長を遂げた後はかってないほどの高い健康水準・公衆衛生水準に達した.その後,世界的にはプライマリヘルスケアやヘルスプロモーションが提唱されその推進が図られたところであるが,わが国においても数々の施策と法・制度の改革・充実,そして各地における保健医療福祉活動がなされた.2000年前後においては,乳児死亡率,平均寿命,健康寿命等の健康水準においては世界一の国であるとされ,わが国の公衆衛生の誇るべき成果と思われた.

 しかしながら,2001年の日本公衆衛生学会評議員に対するアンケートによると,公衆衛生のアイデンティティは,その6割が「今,揺らいでいる」と答えている1).背景には,20世紀末から21世紀初頭にかけての流動化し混迷を極めたわが国の社会状況もあると思われるが,そもそも「公衆衛生」という言葉自体が,日本社会から急速に姿を消していった時代でもあった.マスコミのニュースでも「公衆衛生」という言葉が登場することは極めて稀であり,全国の医科大学・医学部においては,長年の衛生学,公衆衛生学の2講座制が崩れ,1講座となったところもあれば,「公衆衛生」あるいは「衛生」という名を冠した講座が急速に減少した時代でもあった.国立公衆衛生院も国立保健医療科学院へと名称を変更し,公衆浴場が減り,公衆電話が姿を消し,個人の携帯電話が爆発的に普及していった.「公衆衛生」に限らず「公衆」を冠する名称が消えていき,21世紀は“個人の時代”となることを感じさせた.

特別記事

放射能の中で暮らす(下)―被災地・福島を訪れて

著者: 船元康子

ページ範囲:P.618 - P.620

 前号に引き続き,4月20~27日にも数回に分けて福島県南相馬市を訪問した.

特別寄稿

海外メディアの一員として被災地を取材して―震災直後のレポート

著者: 松元千枝

ページ範囲:P.621 - P.625

震災発生直後

 3月11日マグニチュード9.0の地震が東日本を揺り動かしたとき,私は東京・霞が関の高層ビル街にいた.電車が全線運転停止という異例な交通網の障害が,被害の大きさを物語っていた.携帯もつながらない数時間は,海外にサーバーのあるTwitterのみが情報入手の手段となった.ニュース速報が世界中を飛び回りはじめると,英和ジャーナリストの私のもとには,海外の報道機関からひっきりなしに電話が入った.主に英語圏の報道関係者で,災害直後はテレビ,ラジオ,新聞の速報ニュース関係者が多かった.電話で地震の状況を伝えてくれという依頼もあれば,「次の日から被災地に取材に入りたいからコーディネートしてくれ」というものもあった.自宅と電話がつながらず,自分さえも自宅にたどり着けるのかがわからないまま都内をさまよっているときに,なぜか海外からの電話だけが受信できる仕組みを恨んだ.余震が続き,携帯の地震警告が立て続けに鳴るたびに,「私は高層ビルのがれきの下敷きになるんだろうか」と思わずにはいられなかった.ニュージーランド地震の映像と,9.11テロ事件で倒壊するニューヨークのワールドトレードセンタービルの光景が,一瞬頭をよぎった.そんな中,「新幹線は動いているのか」といった機械的な問い合わせをしてきた海外メディアのうち一社と,翌日から被災地東北へ同行取材をすることにした.

 通常1時間のところを8時間かけて,翌12日の朝6時に自宅に到着.荷物をまとめて東京駅へ行き,午後に来日した英国人記者と合流した.高速は閉鎖されているため東北に向け車で側道を走り始めたが,時間がかかり過ぎることに気づいて途中で断念.東京都内に戻る.翌朝一番で山形・庄内空港まで飛行機で飛んだ.

全国薬物依存症者家族連合会の活動

著者: 小松崎未知

ページ範囲:P.626 - P.629

はじめに

 東日本大震災で被災された多くの方々に,心からお見舞い申し上げます.今回の大地震は,揺れによる被害だけでなく,大津波や原発事故など,いまだ復興の見通しの立たない大きな傷跡を残しています.大きな災害の後,被災された方々の心理的ストレスが徐々に表面化していく中,うつ病,PTSD(心的外傷後ストレス障害),心因性の各種疾患など,メンタルヘルスへの対応とともに,依存症へのケアも重要な問題として取り組まなければならなくなってきていると思います.

 国立精神・神経医療研究センターや久里浜アルコール症センターなどでは,ホームページ上で震災と依存症の問題について言及されています.それによると,避難所での生活によって,自宅にいたときには隠されていたアルコール依存の問題が顕在化したり,過度なストレス状態の中で飲酒をすることによって感情が爆発しやすくなり,人間関係のトラブルや,心身を害する結果を招いたりすることがあると指摘されています.また,災害後,地域の飲酒量は全体的に増加し,また災害前から飲酒問題を持っていた人は,災害後に飲酒問題が悪化するとのエビデンスも報告されています.

 実際,被災地では,精神病院が被害に遭い,依存症者の治療が継続できなくなったり,ミーティング場として使っていた会場が使えなくなり自助グループの活動が休止してしまった,などの事態も起こっています.依存症からの回復には,回復を支えてくれる仲間と繋がり続けることがとても大切です.震災後の過度のストレスの中,治療から離れ,仲間からも離れることで孤立することは,再発の危険信号です.また,依存症者を抱えている家族も,依存症の問題を後回しにし,相談機関や家族の自助グループ等と繋がりが切れてしまう状態は,とても危険なことです.

 自ら被災しながらも,なお依存症者の回復を見守り,今も支援を続けている援助職の方々に,心より敬意を表します.そして,今後ますます被災地での心の問題が表面化していくと思われる中,依存症の回復支援に向けて,私たちも微力ながら,共に手を携えていけたらと思います.本稿では,私ども「全国薬物依存症者家族連合会」の活動について紹介させていただきます.

連載 人を癒す自然との絆・25

ろうの少年と動物介在療法

著者: 大塚敦子

ページ範囲:P.630 - P.631

 「ドゥ・ユー・ウォント・オピー?」

 手話を使って,ドッグ・ハンドラーのジュディが尋ねる.

保健活動のtry! 学会で発表しよう 論文を執筆しよう・5

学会発表演題申し込み(抄録作成)

著者: 中村好一

ページ範囲:P.633 - P.636

 前回までで,いくつかの学会を見て回り,自分の研究を発表する学会を決めたところから,今回は始めよう.なお,前回書いたように,ほとんどの学会では発表者は会員に限られているので,まだ学会に入会していなければ入会手続きから始めよう1)

地域づくりのためのメンタルヘルス講座・5

自殺の危険の高い人たちの自殺リスクはどのように推移するのですか?支援のあり方にはどのような注意が必要ですか?

著者: 勝又陽太郎

ページ範囲:P.637 - P.640

はじめに

 自殺に至るまでのプロセスは複雑かつ多様であり,自殺リスクの推移を完璧に察知して自殺の発生を予測することは,おそらく不可能である.冒頭から敗北宣言のようになってしまったが,援助者はこうした限界の中で,自殺予防に取り組む必要があるのが現実である.

 本稿では,こうした自殺予防活動の限界を前提としつつ,これまでの研究や臨床知見の積み重ねの中から,援助者に知っておいていただきたい自殺リスクの推移と,支援の注意点についてまとめて紹介したい.

保健所のお仕事─健康危機管理事件簿・17

集団胃腸炎への対応(平成10年度)その3

著者: 荒田吉彦

ページ範囲:P.641 - P.644

 昔は飽きるほど通っていたのに,今はほとんど行かなくなった場所が多数あります.私の場合,ゲームセンターと雀荘です.ゲームセンターでは,両替した100円玉を多数ゲーム機上に積んで,コントローラー等との摩擦で指を血まみれにしながら「スペースインベーダー」や「パックマン」等に興じていました.雀荘も最盛期は週に5回程度通っていました.麻雀がそれほど好きだったのかは定かではありませんが,当時は同好の士が4人集まると,常に雀荘にいました.その他に,パソコンゲームに費やした時間もかなりのものです.遠い昔になりますが,莫大な時間をゲームと麻雀で浪費していたのです.

 ところが,何の前触れもなく,昨晩夢を見ました.麻雀をしなくなって久しいのに,脳細胞のどこかにしっかりとその記憶は焼き付けられているものなのでしょう.「字一色」という役満に振り込んだ夢です.あまりにリアルだったので,これは一体何だろうと思い,深夜でしたがパソコンのスイッチを入れ,夢占いサイトを調べてみました.「ギャンブルに負ける夢」は良い夢とするサイト,悪い夢とするサイト,相半ばする感じ.「夢でよかったなあ」と思い,再び眠りにつきました.……単に,疲れているのでしょうか?

リレー連載・列島ランナー・29

粛々と進まない健康づくり

著者: 糸数公

ページ範囲:P.645 - P.649

 列島リレーのバトンをつないで頂いた福井県の四方啓裕先生とのおつきあいは,今から約20年前に遡ります.当時,医師になって3年目の私は,沖縄本島から約400km離れた八重山諸島の小浜島という人口約500人ほどの離島に,診療所の医師として赴任しました.沖縄県立中部病院での2年間の初期臨床研修は,離島勤務に備えて全科ローテーションを行いましたが,当時,小児科臨床医を目指していた私は,離島勤務中も親病院である県立八重山病院の小児科病棟で月に2度ほど研修させて頂き,そこに四方先生がいらっしゃいました.研修と言っても,島に医者は1人だけなので長時間留守にするわけにはいかず,朝1便の船で石垣島に渡り,病院に移動して午前中だけ病棟の患者ケアを行う,という慌ただしいものでした.四方先生は,そのような私のために時間を割いて,丁寧に指導をして下さり,大変心強く感じたことを思い出します.今でも感謝の念に堪えません.

 さて,小児科医を目指していた私は,その後いくつかの理由から公衆衛生医を志すことになりました.平成9年地域保健法が施行された年の4月に,コザ保健所に赴任したのを皮切りに,10年間,沖縄県本島内での保健所勤務を経て,平成19年から3年間は県庁の健康増進課結核感染症班長を務めました.県庁時代の平成21年には当時感染症法で「新型インフルエンザ等感染症」に規定されたインフルエンザH1N1(2009)の直撃を受け,沖縄県新型インフルエンザ対策室専任チームも兼務しました.平成22年4月からは現在の勤務地(八重山福祉保健所)がある石垣市に在住しています.

世界の健康被害・8

原子力プロパガンダ

著者: 鎌仲ひとみ

ページ範囲:P.650 - P.651

マンハッタン・プロジェクト

 1942年,シカゴ大学の研究室で世界で初めてプルトニウムが抽出された.ウランやプルトニウムが核分裂反応を連鎖的に繰り返すことで,膨大なエネルギーが放出されるということが解ってきた.原子力というパンドラの箱が開けられた瞬間だ.この核エネルギーを何に利用するのか? 真っ先に考えられたのが,兵器利用だった.ドイツのナチズムが核兵器を開発しているという情報があり,アメリカもまた,それに対抗してドイツよりも先に核兵器を開発しようと,マンハッタン・プロジェクトは始まった.

 濃縮ウランを使った広島型原爆,プルトニウムを使った長崎型原爆が二発,合計三発の核兵器が完成するまでに,莫大な国家予算がつぎ込まれた.大統領ですら,いったいどれだけの費用が使われたのか知らされていなかった.まず,プルトニウムを大量に生産するために人知れず,広大な敷地を確保しなければならなかった.ウランを濃縮する技術はまったくゼロから始めなければならなかった.ウラン濃縮の後にウランを核分裂させて,初めて,プルトニウムができる.それは原子炉の中で行われなければならなかった.

衛生行政キーワード・77

人口問題関連の3つの指標―合計特殊出生率,低出生体重児,不妊治療

著者: 馬場征一

ページ範囲:P.652 - P.654

 わが国の人口は2005年を境に減少が続いており1),今後もその傾向は続くと予想されている.人口問題関連の用語は様々あるが,例えば「高齢化」という言葉については,昭和53年の厚生白書に,「人口高齢化の急速な進行」の中で,人口の「高齢化」は国民全体にとり最も重要な課題の一つと書かれており2),「少子化」という言葉は,平成4年の国民生活白書に「少子社会の到来」の中で,先進社会において世帯,家族,結婚の変貌や働く既婚女性の増加などの原因とともに紹介されている3).よって,いわゆる「少子高齢化社会」が進んでいることは,国民にも定着して久しいところである.

 今回の「衛生行政キーワード」では,この人口問題に関連し,今後とも注目していくべき指標について,3つを挙げてみることとする.

列島情報

学校におけるフッ化物洗口

著者: 日置敦巳

ページ範囲:P.599 - P.599

 岐阜県山県市(人口約3万人)では,2003年に厚生労働省から「フッ化物洗口ガイドライン」が示されたのを機に,2004年以降,市内すべての保育所・幼稚園(11施設),小学校(11校),中学校(3校)においてフッ化物洗口の取組が行われるようになった.

 本市における事業の特徴としては,単にフッ化物洗口のみを取り入れるのではなく,市の総合的な保健指導の一環として行っていることである.フッ化物洗口については,いくつかの配慮がなされており,親に対して洗口によるメリット・デメリットに関する説明と希望に基づいて実施されているとともに,1%弱の希望しない児童・生徒は水のみでのうがいをするなど疎外感のないような配慮もなされている.もちろん,洗口は必ずうつむきの姿勢で行い,飲み込まないように徹底して,安全確保が図られている.歯科保健の分野では,このほかに咀嚼計を用いた咀嚼の指導や,咀嚼に適した姿勢確保のための椅子の高さの調整も行われている.

映画の時間

―84歳の小学生.私にとって自由とは,学校に行き学ぶこと.―おじいさんと草原の小学校

著者: 桜山豊夫

ページ範囲:P.606 - P.606

 公式ホームページのアドレスに“84-guiness”とありますが,「ギネス」の言葉が示すように,“84歳”で世界最年長の小学生としてギネス記録に認定された,ケニアのキマニ・マルゲを描いた映画「おじいさんと草原の小学校」をご紹介します.

 現代の日本では当たり前になっている義務教育ですが,世界中では,まだまだ教育の機会を与えられていない子どもが多くいます.2003年,ケニア政府は全国民を対象として初等教育の無償化を発表しました.それまでは,日本のような義務教育制度はなく,子どもたちを学校に通わせるにもお金が必要だったのでしょう.この発表を知った親たちは,子どもに教育を受けさせるべく手続きに殺到します.ラジオでこのニュースを耳にした年寄りのマルゲ(オリヴァー・リトンド)が,杖をつきながら小学校に向かうところから映画は始まります.

予防と臨床のはざまで

釜石・大槌地区訪問(1)

著者: 福田洋

ページ範囲:P.632 - P.632

 4月24~27日,釜石・大槌地区を訪問しました.医療支援としては,多くの医師が救護所の内科医として奮闘していましたが,今回私はSMC(株)釜石工場の産業保健活動の支援およびRescue311の広報医として現地入りしました(本欄のvol.88, vol.89をご覧下さい).24日に空路で花巻入り.被災地に行くと気負って現地入りしたものの,空港には羽田から「頑張れ! 東北」の寄せ書きメッセージがあるだけで,驚くほど花巻は平常でした.後で嫌という程,内陸部と沿岸部の違いを思い知るのですが…….ここから毎日,レンタカーで釜石に通う計画としました.

 4月25日は朝4時起床,パッキングをすませ6時過ぎに出発しました.花巻から釜石まで82km.途中40km地点に遠野市があります.ここは自衛隊等の支援部隊の基地となっています.釜石に近づくにつれ,自衛隊,警察等の支援車両で次第に道路が混み始め,結局約2時間半かかって,9時前にSMC(株)釜石工場に到着しました.釜石工場では,事前に連絡をとっていた川原看護師とミーティングし,3日間の予定を立てました.限られた時間を有効に活かすために,「工場・仮設住宅巡視・体調不良者面談などSMCの社内業務」と「Rescue311の行政・避難所・メディアへの広報活動」に絞って行うことにしました.

沈思黙考

被災地にて

著者: 林謙治

ページ範囲:P.644 - P.644

 震災と関連した仕事で仙台に行ってきた.被災地の閖上(ゆりあげ)地区は仙台市郊外の名取市の一角で町中から車で約40分のところである.ここに行くには東部道路という高速道路を通って行くわけだが,震災の影響で道の数か所に大きな段差ができたそうで,今は修復されている.この高速道路は土盛りの上に舗装されており,そのために津波がここで止まっている.つまり道が防潮堤の役割を果たした形になっており,高速道路をはさんで被災地区と道路の向こう側では様相が一変している.被災地区では許可書がない車は入れないようになっており,がれき処理の工事に取り組んでいる作業員と自衛隊員をちらほら見るだけで,人影はまばらであった.土台しか残っていない家がほとんどで,打ち上げられた船が底を上に横たわっている姿も見えた.テレビで見るのと違って,やはり生々しい光景であった.

 かつて町中と思われる一角に人工的に土を盛った3mほどの小高い丘があった.コンクリートの階段を昇って見渡すと,辺り一面荒涼とした風景である.丘の上は40m2程度の長方形の狭いところで,角にもともと戦死者の記念碑が建っており,碑のほかに今回の災害で亡くなった方々を悼む木板や花が周囲を巡るように供えられていた.そのなかに子どもが書いたと思われる字句や絵があり,よけいに痛ましく感じられた.聞くところによると津波が襲ってきたとき,近所の方々はこの丘の上に避難し,それでも足が水に20~30cmも浸かったそうである.さぞかし心もとなかっただろう.

--------------------

投稿規定 フリーアクセス

ページ範囲:P.655 - P.655

あとがき・次号予告 フリーアクセス

著者: 西田茂樹

ページ範囲:P.656 - P.656

 今月は高齢者の事故を取り上げて特集を企画しました.

 高齢者の事故を含む「不慮の事故」は死因順位5~6位の位置を占めています.この不慮の事故は,死因順位上位の3死因(悪性新生物・心疾患・脳血管疾患)と比べると,より予防が可能ではないかと思われます.3疾病も生活習慣の改善などで,り患の確率は低下しますが,確実に予防できるわけではありません.これに比べて,不慮の事故は,日常生活の様々な面に注意を払うことで,より確実に,予防することが可能なのではないかと思います(私の誤解ではなければ).

基本情報

公衆衛生

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1170

印刷版ISSN 0368-5187

雑誌購入ページに移動

バックナンバー

icon up

本サービスは医療関係者に向けた情報提供を目的としております。
一般の方に対する情報提供を目的としたものではない事をご了承ください。
また,本サービスのご利用にあたっては,利用規約およびプライバシーポリシーへの同意が必要です。

※本サービスを使わずにご契約中の電子商品をご利用したい場合はこちら