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公衆衛生75巻9号

2011年09月発行

雑誌目次

特集 分権型社会における公衆衛生の課題―現場知と専門知の保証

フリーアクセス

ページ範囲:P.661 - P.661

 現代社会における公衆衛生の課題は,生活習慣病,母子保健,感染症,食品衛生,環境衛生,児童・高齢者虐待,薬物依存,健康格差,放射能汚染,災害時の被災者の健康支援など,多様化,複雑化しています.単に法律や制度を当てはめるだけでは対応できない問題が多くなっています.一方,公衆衛生活動の主体が,都道府県レベルから市町村レベルへと移行してきています.特に中核市保健所が増えており,指定都市・中核市の都市に住む人口も国民の3分の1を超えています.

 今や市町村レベルにおける「専門知」と「現実知」を結集した公衆衛生活動が求められるようになってきました.しかし,市町村レベルでは「現場知」の蓄積はできても,「専門知」については専門職員の人数が少なく,また人事異動の範囲が限られ,自治体内だけで貫徹した人材育成体制を確保することが難しい状況にあります.他方で,都道府県レベルで機能してきたOJT方式の公衆衛生人の育成システムが崩れてきています.これをくいとめようと,日本公衆衛生学会により認定専門家制度が発足していますが,そこに至る自治体における人材の確保や育成システムが,課題として残されています.

公衆衛生の現場知と専門知

著者: 高鳥毛敏雄

ページ範囲:P.662 - P.667

公衆衛生の「現場知」「専門知」

 中央集中型社会となり,地方や地域の現場が軽視される傾向が強まってきている.公衆衛生は,地域で生活する人々の健康問題に関わる活動であるので,このような状況は公衆衛生制度の危機と言える.公衆衛生制度の基盤は「現場知」にある.公衆衛生制度を大樹に例えると,地面深く伸びている太く長い根がなければ,大樹を支えられない.わが国の公衆衛生制度も,全国の隅々で行われている,保健所や自治体の仕事により支えられている.対人保健サービスの上では,全国のどの地域においても,地域を担当する保健師が配置されていることにより維持されていると言える.

 公衆衛生が最も輝かしい時代であった19世紀は,疾病の原因は環境要因の占める割合が高く,汚染された給水,不適格で密集した住宅,栄養,職業要因,児童労働が大きな社会問題であった.これらの問題が人々の健康に極めて大きな影響を及ぼしていることは,誰の目にも明らかであった1).これら社会問題に対するためには,中央政府とは別に,現実に軸足を置く地方自治体制度を育てなければならなかった2).さらに現場で行っていることを調査し,その問題解決をはかるためには,専門職を地域に配置する体制づくりが必要となった.つまり,「現場知」と「専門知」の組み合わせにより,公衆衛生制度の形ができたと言える.公衆衛生の「専門知」とは,単に科学的であるというだけで成り立っているわけではない.公衆衛生制度ができた19世紀半ばの時代には,まだ微生物学などの医科学が確立されてはいなかった.チャドウィック,ナイチンゲールの時代はミアズマ説に基づき,清潔に保つこと,特に環境の衛生対策が疾病の制御に重要であることが「現場知」として認識されはじめた1,3,4).重要な点は,法律に基づいて決められたことを行うことから,現実の健康問題を分析し,その解決策を中心に考えて仕事をする専門職が一体となって,問題解決にあたるようになったことである.

英国における近代的地方自治制度の形成と公衆衛生の成立

著者: 岡田章宏

ページ範囲:P.668 - P.671

 本稿では,「分権型社会における公衆衛生」という課題に対し,なにがしかの基礎的視座を提供するとの観点から,英国における近代的地方自治制度を対象に,その形成過程を追いながら,この国の公衆衛生の成立を支えた制度上の特徴を概観していくことにする注1)

英国における公衆衛生の人材育成制度―専門知,現場知の観点から

著者: 高野健人

ページ範囲:P.672 - P.676

はじめに

 英国ロンドンの南,エレファント・アンド・キャッスル交差点近くには,かつて保健所として使われていた建物がある.その正面には,“The health of the people is the highest law”というローマの哲学者キケロ(BC106~BC43)の言葉のレリーフがある(写真1).

 “人々の健康こそ最高位におくべき法律である”といった意味だと思うが,筆者は,この言葉を好んで壁に掲げた人々に,公衆衛生に携わる者の矜持を感ずるのである.

 ひるがえって日本の保健所で,先日,筆者は珍妙な言葉を職員から聞いた.「いくら住民の健康に資する活動をやりたくても,法律の後ろ盾がないことはやれないんですよ」と言うのである.

 キケロの言葉は,人々の健康はかけがえのないもので,住民の健康を,あらゆる法の上にあるとするが,われわれの身の周りでは,人々の健康は“法の下”に位置付けられているのである.

 仕方のない面もある.日本はローマ時代にあるわけではない.

 住民の健康ニーズ,高齢者の健康ニーズ,障害者の健康ニーズ,様々な困難下にある住民の健康ニーズ,等々.そこには,住民が真剣に求めていることがある.公衆衛生の専門家であれば,難しいニーズを抽出し,エビデンスを集約し,多くの人々のコンセンサスを得る能力を身に付けているものである.

 専門的能力を有する人材を育成することは重要である.しかし,一朝一夕にはできない.求められている専門性は,自然発生的にできるのを待つような専門性ではない.やはり,そのための養成プログラムが必要である.

 どのような専門技能を身に付ける必要があるのか.なぜそのような専門技能が必要なのか.こうしたことについて,英国の事例には学ぶべきことは多い.

東京都における公衆衛生医師育成の現状と課題―現場知と専門知

著者: 前田秀雄

ページ範囲:P.677 - P.680

はじめに

 東京都は,1,200万人の住民が居住し,23特別区と2政令市25市町村から構成され,首都機能を持つ世界有数の大都市とベッドタウン中心の多摩地域,自然豊かな島しょ地域が併存する特異な自治体である.こうした地理的社会的要因に応じて,住民の健康意識も多様化の状況にある.

 また,特別区,保健所設置市には県に匹敵する人口を有する自治体もあり,近年の地方分権志向の高まりと共に,独自の政策方針を掲げる傾向が強くなっている.

 このため,公衆衛生医師の主な配属先である保健所の立場,役割も地域の状況により非常に異なっており,公衆衛生医師は,技術職としての「専門知」と行政職としての「現場知」の整合性を図りながら,地域や所属する自治体の実情に応じた公衆衛生対策を展開する能力を強化する必要性に迫られている.

大阪市における公衆衛生医師確保の現状と課題

著者: 竹内敏

ページ範囲:P.681 - P.685

はじめに

 2000年4月以前の大阪市における公衆衛生医師確保とは,市内24区に設置する保健所所長確保とほぼ同義であり,その供給を市民病院に求めていた.誘い文句は「保健所長を務めてもらいます」で通じた時代でもあった.

 1保健所・24保健センター体制となった2000年度以降も,保健センターに医師を配置してきたものの,その位置づけ(職制)・役割の見直し等は,組織の変化速度に追いつけないまま時が経ち,このことが保健センター医師確保の障壁となった.また,2009年度に健康福祉局から病院主管部門が分かれて病院局ができたことは,市民病院からの医師確保を一層困難なものとした.

 折からの全国的な医師不足の状況も重なり,手を打たずにいると大阪市公衆衛生医師機能の衰退をもたらす,との局内の危機意識の高まりから,以下に述べる医師確保・体制構築に着手し,今なおその途上にある.

 本稿では,この間の経緯と課題,課題への対処について述べることとする.

分権型社会における自治体の公衆衛生活動の可能性と課題

著者: 藤岡正信

ページ範囲:P.686 - P.689

はじめに

 本題に入る前に,公衆衛生活動について考えてみたい.公衆衛生活動を要約すると「地域の住民に対し,病気の予防や健康増進を図るために,組織された社会によって行われる実践」といった意味になる.実践のためには,対象となる地域の健康問題を探り,他の地域との比較からスタートする.特定の健康問題があれば原因を究明し,対策を立てて実行することになるし,良好な状況であれば,維持するための方策を考える.

 地方分権の理念も地域との密着であるので,健康問題を捉えた公衆衛生活動はこの点では確かに一致する.しかし,そこには予算の裏付があるかという問題が内在している.また,わが国の健康問題は,地域によって極端な差があるとは考えにくいので,よりレベルの高い保健サービスを提供することを含めて述べたい.

指定都市における公衆衛生専門職の現場知と専門知について

著者: 中瀨克己

ページ範囲:P.690 - P.694

 岡山市は,2年前に中核市から政令指定都市となった.“分権”という意味では県から別れ,中核市として独自に保健所を持ち15年,政令指定都市として2年の歴史である.また,政令指定都市移行に伴い,精神保健福祉センターと児童相談所も1か所ずつ設置した.これらで働く公衆衛生専門職の現場知,専門知を獲得する試みや仕組みをどのようにつくっているかについて,本稿にて紹介していきたい.

 まず,最も人数の多い保健師,そして岡山市の一つの特徴でもある食中毒対策における監視員,さらに少人数専門職である医師等について述べたい.

公衆衛生政策における現在知の集積・総合・共有―英国からの示唆

著者: 松田亮三

ページ範囲:P.695 - P.699

はじめに

 社会におけるコミュニケーションが発達し,人々の健康に関する複雑な要因が明らかになる中で,また公共政策の課題として規制や給付が行われる中で,公衆衛生政策の根拠となる知識の集積・総合・共有をどのように行うかは,重要な探求課題となってきている.本稿では,公衆衛生政策の形成に関わる知識の集積・総合・共有のあり方について,90年代末からさまざまな新しい展開を試みてきた英国の,公衆衛生政策の展開から示唆を引き出してみたい1)

 与えられた紙幅を考慮し,英国の公衆衛生政策とその実施過程に関わる要点を説明した後,以下の3点に限定して論述する.まず,公衆衛生政策の目標に関わって,人々の健康の全体的な向上と健康の格差の両方を明示的に課題としている点,政府の実績評価の一部に位置付けられている点などを述べる.次に,健康情報の把握と活用,公衆衛生政策の社会的議論のあり方,特に実践的知識の分析・収集・活用に向けて,公衆衛生観測機関を紹介・検討する.最後に,公衆衛生政策の理論と根拠について,明確にまた総合的に提示していくことについて考える.

 70年代半ば以降,英国の公衆衛生制度は国民保健サービス(National Health Service:NHS)に組み込まれており,「人々の健康に関する集合行為(collective action)」2)としての公衆衛生のあり方は日本とかなり異なっている.また実際の組織や制度はしばしば変更される.その点を踏まえて,学びうることは何かに関心を払いながら議論を進めたい.なお,NHSを含む保健・医療政策の概況については,重要な資料が先頃翻訳されたので,そちらを参照されたい3)

視点

「個人」と「集団」との間を隔てる長い距離

著者: 小林修平

ページ範囲:P.658 - P.659

問題の背景

 「日本人の食事摂取基準」(1994年までの「日本人の栄養所要量」)1)はわが国における健康栄養政策を支える科学的基盤として知られているが,これは日本人が健康な生活を営むために,日常の食事を通じてエネルギーならびに各栄養素をどれだけ摂取すればよいかを示した基準値である.この策定のための具体的作業は,国の担当行政部局によって組織された全国の栄養学や公衆衛生の専門家による策定検討委員会が,国立健康栄養研究所の組織的支援のもとに実施することが通例になっている.この「食事摂取基準」の最近における主たる課題は,過去の栄養欠乏症予防の時代から近年の生活習慣病の一次予防の時代への変遷に伴う,基本的コンセプトの転換であった.特に低栄養時代には日本人の平均的な必要量に,安全率を加味して給与すればよかったエネルギーの基準値が,その過剰摂取により肥満を招くことが国民保健上問題視されるようになって,この考え方の早急な変換に迫られたのである.1994年の改訂作業においては,すでに同じ趣旨の改訂作業で先行していた英国ならびに米国の食事摂取基準の基本コンセプトをわが国のそれにも取り入れることとし,それまでの「栄養所要量」の抜本的見直しが図られた.

 そもそも現代の栄養対策の難しさの一つは,そのリスク閾値の個人差にある.つまり「適切な摂取量」には著しい個人差があり,設定された基準摂取量を個々人に適用すると,ある人にとっては不足する一方,他の人にとっては過剰となる恐れが生じる.栄養素欠乏症を公衆衛生上のターゲットとしてきた時代ならば,要するに基準値を多めに設定すれば大多数の人の需要を充たすことができたわけであるが,その値では一方で摂取過剰をもたらす可能性を増やすことになる.そこで採用された考え方が「確率論」である.すなわち,望ましい栄養素摂取の基準値はその栄養素の摂取不足の確率を最低に抑えつつ,同時に過剰摂取の確率も最低とする量として設定したのである.

特別記事

[対談]3.11後の日本の医療と社会を考える

著者: 尾身茂 ,   堀田力

ページ範囲:P.700 - P.705

本誌 本日は,弁護士でさわやか福祉財団理事長の堀田力先生と,自治医科大学教授の尾身茂先生にお越しいただきました.それぞれのお立場から,東日本大震災の復興支援に尽力されているお二人に,今後被災地にどのような医療体制,社会のあり方が築かれていくべきか,将来ビジョンを中心に語っていただきたいと思います.

 まず最初に尾身先生から,自己紹介を含めて,3.11後どのような医療支援を行ってきたかについてお話くださいますか.

特別寄稿 複合災害の被災地における保健師活動・1

「公衆衛生」の再建と「ノーモア・フクシマ」の願いは可能か―東日本大震災,福島原発地区の保健師を訪ねて

著者: 荘田智彦

ページ範囲:P.706 - P.709

はじめに

 2011年3月11日午後2時46分,私たちはこれまで経験も想定さえしたこともなかった大規模な,そして極めて困難な問題を抱えた東日本大震災に遭遇することになった.地震,津波,原発災害,そのいずれもが最大規模の複合災害となり,被災者数だけでも〈死亡15,037,行方不明9,487,避難者116,591(5月14日現在,警察庁まとめ)〉と報じられている.岩手,宮城,福島3県にまたがる東北太平洋岸を壊滅的にのみこみ押し流した大津波,破壊されつくした町,住民の暮らしの被災状況は,3か月経った今日も(本稿執筆時),さまざまな新しい問題を生みながら,復興,再生の目処さえ立っていないのが被災地の現状である.

 とりわけ東京電力福島第一原子力発電所では,建屋の爆発,放射能汚染の拡大,高濃度汚染水の海への投棄,絶対あり得ないと言われた原子炉本体の破損,メルトダウンが確実となり,最悪の事態は今日も続いている.住民の退去避難命令は5km,10km圏で生活していた立地自治体の住民はもとより,20km圏の市町村の住民も全村避難,屋内退避指示,20kmから30km圏内を計画的避難区域と定め,さらに50km,60km圏でも被線量の高い計画的退避準備地域に指定された飯館村,また福島市や郡山市でも学童の屋外での運動制限,その上,理不尽な風評被害までが福島県民を苦しめてきた.

 日々変化する現地からの報告は,いずれの被災地でも復興復旧の兆しと言うよりは,3か月経った今も元の生活に戻る見通しも立たず,避難所で暮らす多くの被災者の苦痛を伝えている.仮設住宅の建設もまだ目標の半ば,避難所生活も100日を超え,梅雨を迎え,さらに押し寄せる熱暑,冷房もなく蒸し風呂のような体育館での集団生活も長期化し,食中毒や感染症の心配も増えている.3か月が経ってついに役場ごと村を棄て全村移転に追い込まれた村もある.どぶ,水没した田のヘドロが悪臭を放ち,ハエや蚊の大量発生,衛生状態は日ごとに悪化していると聞く.近い将来への見通しさえ持てない状況で,被災者は避難所でじっと苦境に耐えながら何かを待っているのだが,今となっては「何を待っているのかもわからなくなっている」という声さえ聞こえている.こんな非人間的な状態がいつまで続くのだろうか.

公衆衛生のアイデンティティを求めて・2

公衆衛生学の分化と統合をめぐって

著者: 實成文彦

ページ範囲:P.710 - P.716

公衆衛生とコミュニティ

 公衆衛生(Public Health)の代表的定義として用いられるウインスローの定義では,人々が日常生活を営むコミュニティにおいて,組織的に健康を維持・増進することを中心的課題としている.人々が生まれ育ち,生活し,教育を受け,事業・生産活動を営み,やがて老いていく基本的場がコミュニティ(地域社会)であるが,健康を維持・増進することも,害するのも,また保健医療福祉活動の具体的な種々のケアやサービスを受けるのも,このコミュニティにおいてである.

 疫学・人間生態学的な視点で言うと,コミュニティは共同社会として種々の人々が様々な価値観や目的を持って暮らしており,自然環境や社会的環境の影響を受け,また自らの心理・意識・行動や生活習慣とも相俟って,種々の健康事象を呈する.コミュニティに存在するアソシエーション(機能集団)である学校や職域・事業所を始めとして,保健医療福祉資源(専門職・施設・機関等)やその他の社会資源も,心理および社会・環境要因として,人々の健康に様々な影響を及ぼす.

連載 人を癒す自然との絆・26

ヒーリング・ガーデン

著者: 大塚敦子

ページ範囲:P.718 - P.719

 本連載では,庭や畑に居場所を見つけ,庭仕事を通して生きる力を取り戻していく人々についてたびたび取り上げてきた.すでに周知の読者も多いかもしれないが,今回は,「ヒーリング・ガーデン」という庭のあり方について,少し書いてみたい.

 ヒーリング・ガーデンとは,簡単に言うと,さまざまな障害のある人や高齢者が安全に楽しめ,また失われた機能の回復,持てる機能の促進などに役立つようデザインされた庭である.誰でも園芸がしやすいよう高く上げた花壇(レイズド・ベッド),色や香り,音などで五感を刺激するセンサリー・ガーデン,認知症の人の記憶を呼び起こすよう意図されたメモリー・ガーデンなど,さまざまな要素がある.

保健活動のtry! 学会で発表しよう 論文を執筆しよう・6

スライドの作成

著者: 中村好一

ページ範囲:P.720 - P.724

 学会への演題の申し込みの際に,口演かポスター発表かの希望を求められることが多い.そして,世の中ではポスター発表よりは口演のほうが格が上と見なしている1)傾向がある2)ので,口演希望が殺到する.しかしながら口演には会場と時間が必要であり,一般的には枠があるので,学会の学術委員会などで抄録を検討した上で,口演かポスター発表かを決定する(多くの場合,口演希望がポスターに回されることになる).今回はめでたく(?)口演が決定した場合に,学会当日までの準備するもののうち,スライドについて説明する.

地域づくりのためのメンタルヘルス講座・6

虐待,暴力を経験した人たちの抱えやすいメンタルヘルス問題の特徴と支援上の注意事項を教えて下さい

著者: 松本俊彦

ページ範囲:P.725 - P.728

地域のよくある困難事例

 最初に,地域保健の現場でしばしば遭遇する,ある典型的な事例から始めよう.

 「20代後半女性,幼い子どもを持つひとり親の母である.前腕から上腕にかけて,リストカットや火のついたタバコを皮膚に押しつけたとおぼしき,古い自傷行為の痕が多数ある.最近では,内縁関係にある夫の暴力が激化するたびに,複数の医療機関から入手した向精神薬を過量摂取することを繰り返している.

保健所のお仕事─健康危機管理事件簿・18【最終回】

牛海綿状脳症(BSE)陽性牛の確認(平成14年)

著者: 荒田吉彦

ページ範囲:P.729 - P.732

 いよいよ最終回となります.1年半にわたって一度も締め切りを守らなかった私を見捨てることなく,優しく見守っていただいた医学書院の本誌担当者に深く敬意を表します.

 今回の事件は,狭義には健康危機管理ではありません.保健所危機管理,あるいは職場の危機管理に分類されるべきでしょう.しかし,この件に触れずに,この「保健所のお仕事」シリーズを終えることはできません.連載を開始する時から,最終回は「BSE」と決めていました.突き詰めて振り返るのは非常につらいのですが,私にとって避けて通ることができない人生最大の事件です.

リレー連載・列島ランナー・30

保健所長の必要条件

著者: 岩松洋一

ページ範囲:P.733 - P.735

はじめに

 沖縄県立中部病院研修医時代の同期であった糸数公先生から,バトンを受け取りました.私は現在,職員数10名の保健所で,所長をさせていただいております.

 本稿で,保健所長の必要条件について考えてみました.

世界の健康被害・9

ウランよりもチーズを―オーストラリアのビジネスをめぐって

著者: 鎌仲ひとみ

ページ範囲:P.736 - P.737

オーストラリア訪問

 酷暑の日本を抜け出してオーストラリアを訪ねた.世界で最も古いオーストラリア大陸の最南端,南極海に浮かぶタスマニア島で,最初の1週間を過ごした.オーストラリアの中でも最も緑や水が豊かだと言われている地域だ.気候は冬だというのに,早春のような柔らかな日差しが注いでいる.タスマニア大学の学生,ローラによれば,タスマニアは1年中花が絶えないという.だからその花の蜜を集めた「蜂蜜」が,タスマニア名物の筆頭だ.

 千メートル級の山脈はうっそうとした古代からの原生林に覆われている.ところがその原生林を,日本企業が伐採してチップにするという自然破壊を長い間行ってきた.東南アジアだけでは飽き足らず,こんなところまで日本の商社が進出してきている.そんなことに驚いていたら,私がタスマニアに到着したタイミングでもっと驚くべきことが起きた.オーストラリア屈指のスポーツウエアの会社が,日本企業の伐採を阻止するために,広大な原生林を買い上げたのだ.日本ではまだまだ影が薄いグリーンズと呼ばれる「緑の党」が世界で初めてスタートを切ったのは,オーストラリア・タスマニア出身の議員からだ.オーストラリアでは,これでますます「タスマニアはグリーンアイランド」として価値が高まると歓迎されている.

お知らせ

日本睡眠学会第36回定期学術集会開催のご案内 フリーアクセス

ページ範囲:P.685 - P.685

テーマ:日本睡眠学会―睡眠学を介してアジアと世界をつなぐ

会長:清水徹男(秋田大学大学院医学系研究科医学専攻病態制御医学系精神科学講座)

日時:2011年10月15日(土)・16日(日)

主なシンポジウム:

 ・小児の睡眠2011~多角的視点から

 ・日中の身体・精神活動と夜間睡眠の関連

 ・栄養と睡眠

 ・うつと不眠

 ・災害時の睡眠

 ・睡眠薬の適正使用

 ・医師の過重労働

 ・ナルコレプシーとオレキシン

 ・PSG標準化における推奨項目

 ・アジアにおける睡眠とヘルスプロモーション

学会URL:http://www.c-linkage.co.jp/jssr36/

会場:国立京都国際会館

 〠606-0001 京都市左京区岩倉大鷺町422番地

 TEL:075-705-1234 FAX:075-705-1100

 URL:http://www.icckyoto.or.jp/

映画の時間

―ある日,かつて少女だった私から手紙が届いた―マーガレットと素敵な何か

著者: 桜山豊夫

ページ範囲:P.689 - P.689

 現代の事物を未来に残す目的で製作されるタイムカプセル.最近は,未来の同窓会の折に開くため,卒業式などで文集や写真を入れた「タイムカプセル」を残すことも,よく行われているようです.映画「20世紀少年」でも,そんなタイムカプセルが物語の重要な要素でした.また「未来への手紙」というのもあります.何年後かに配達されることを前提に自分宛の手紙を投函するのですが,確実に配達されるためには,いろいろ工夫も必要です.今月ご紹介する「マーガレットと素敵な何か」の主人公は,将来の自分に確実に配達されるよう,手紙を公証人に託します.

 40歳の誕生日,日本で言えばアラフォーの主人公マーガレットは,パリでキャリア・ウーマンとして忙しい日々を送っています.折しも原子力プラントを中国へ売り込もうとしています(現在,東日本大震災に続く福島第一原子力発電所の事故対応に追われているわが国にとっては,やや複雑な思いも感じますが…).そこへ南フランスの片田舎,彼女の故郷でもあるソウ村の,公証人と名乗る老人が書類を届けに現れます.ソウ村には教会と球戯場がひとつずつあり,それに公証人がひとりいます.公証人は書類を主人公に手渡しながら,「私を覚えていないのか」と謎めいた言葉を残して去ります.ミステリーのような幕開けです.

沈思黙考

原発との共存か,脱原発か

著者: 林謙治

ページ範囲:P.732 - P.732

 夏が近づいたこともあって,テレビでは毎朝その日の電気使用予定量が最大供給可能量の何%になりそうか,を予報している.言うまでもなく電気節約の呼びかけである.政府機関は7~9月の3か月間前年比15%の削減を決めており,違反機関にはペナルティを課すことになっている.当国立保健医療科学院もこれに従うことになるが,この間の研修はすべて,10月以降に延期することになった.

 電気量の供給は1日の総発電量と関係する他に,1日のうち使用量がピーク時に達したときの対応の問題がある.夏になると相当暑いので冷房を入れるが,冷房を入れると熱を室外に出すから外気温はますます上がり,結局冷房が止められないという悪循環を繰り返してきた.15%の削減を実行すればある程度悪循環が断ち切られるので,ひょっとして例年ほど暑くならずに何とか凌げるかも知れない.職場では「楽観的」と揶揄されている.民間の電力大口消費者にも15%規制がかかるそうだが,とりわけ製造業への影響は大きい.壮大な社会実験として観察してみたい.

予防と臨床のはざまで

釜石・大槌地区訪問(2)

著者: 福田洋

ページ範囲:P.738 - P.738

 前号からの続きです.4月26日午前は,SMC(株)釜石工場社内の体調不良者の面談を行いました.社員の中には大槌町で被災し,かろうじて残った家から毎日工場に通っている方もいます.被災した親戚も自宅に身を寄せ,帰宅しても気が休まらず,また社員の出勤不足や夏の節電を見越した増産などで業務も増えています.「震災後,眠れなくなったり,気持ちが落ち込んだりしていませんか?」などとしか聞けない自分に比べ,川原看護師は「地震の時どうだった?どうやって家に帰った?」「今の辛さ,上司の○○さんに言えている?」などと,地域と職場の実情を把握する産業看護職として,実に良い問いかけをしていました.

 その後,工場内の仮設住宅を巡視.当時,市内のいたるところで急ピッチで仮設住宅の設置が進められていましたが,それでも連休明けの入居がやっと,という状況でした.震災後すぐに着工され3月末には入居できた仮設住宅は,社員にとって,とても心強い支援だったようです.息子さんが社員で,仮設住宅の掃除に来ていた母親とお会いしました.家財はすべて津波で流されたため,着ているものもすべて支援物資だと言います.多くの人との避難生活も長引き,時には一人になりたくなる,この仮設住宅には感謝していると話されました.瓦礫からただ1つ見つかったという家族の昔のアルバムは,泥だらけでしたが大切にビニール袋に入れられていました.それまで元気に話されていたのが,急に涙ぐみ,私たちは落ち着くまでじっと待ちました.帰り際に,東京から持参したお土産の鳩サブレーを渡し,「何かありましたらご相談下さい」とRescue311のカードを手渡しました

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投稿規定 フリーアクセス

ページ範囲:P.739 - P.739

あとがき・次号予告 フリーアクセス

著者: 高鳥毛敏雄

ページ範囲:P.740 - P.740

 公衆衛生制度が機能するには,最前線に問題解決能力を有する専門性の高い専門職が配置されている必要があります.イギリスではこの理念の下で,公衆衛生とプライマリケアの協働体制をつくり,公衆衛生活動の司令塔として各組織に「Director of Public Health」を位置づけ,公衆衛生の現場知と専門知を保証する体制づくりが行われています.

 わが国も公衆衛生を支える人材育成とその確保が喫緊の課題となっています.本特集では東京都,豊橋市,大阪市,岡山市の現状についてご報告頂きましたが,どこも厳しい状況にあることがわかります.わが国が分権型社会を目指していながら,中央集権的な色彩が強まっている理由には,現場知と専門知を踏まえた公衆衛生活動を行う自治体の力が弱まっているためではないかと思っています.

基本情報

公衆衛生

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1170

印刷版ISSN 0368-5187

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