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雑誌目次

雑誌文献

公衆衛生76巻12号

2012年12月発行

雑誌目次

特集 原子力災害と公衆衛生

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ページ範囲:P.927 - P.927

 原発事故は,すでに米国のスリーマイル島(1979年),ソ連のチェルノブイリ(1986年)で発生していました.“わが国は大丈夫”という安易な安心感のもと,その後も原発が建設されてきました.しかし3.11の東日本大震災を機に,わが国でも原子力発電所事故が現実に起こってしまいました.原発事故は,検証が進めば進むほど,自然災害の結果で仕方なかったという問題ではなく,人為災害の要素が強く,政治経済を含む社会システム災害であったことが明らかになってきています.これも深刻な問題です.

 わが国の原子力災害に対する備えは,死者も出た茨城県東海村の核燃料加工施設での臨界事故(1999年)が起点となっています.その後,原子力災害に備えて原子力災害特別措置法が制定され,オフサイトセンター(緊急事態応急対策拠点施設)が設置され,住民の避難のためにスピーディシステム(放射能影響予測ネットワークシステム)の整備がなされてきました.そのような体制が出来ていたにもかかわらず,現実に原発事故が起こってみると,準備されてきた原子力災害に対する備えは役に立たず,絵に描いた餅に過ぎなかったことが明らかになりました.

原子力災害を公衆衛生はどう受け止めるべきか

著者: 岸(金堂)玲子

ページ範囲:P.928 - P.932

災害勃発から2012年9月原子力規制庁発足まで

 東日本大震災による福島第一原子力発電所の事故は,重大な放射能汚染を引き起こした.住み慣れた土地を追われ,高線量汚染地域を中心に多くの市民は未だ不自由な避難生活を送っている.一部では避難が解除されたものの,今後も場所によっては数十年余に亘る避難生活であろう.比較的低線量地域でも汚染地に留まった子どもたちとその家族も,不安に苛まれ外遊びも自由にできない生活を強いられている.

 災害発生直後には,飲料水,魚,茶,牛肉と次々に食の放射能汚染が報道される中で,市民からは外部被ばくのみならず,内部被ばくを含めて放射線の健康影響の「不確かさ」への不安は特に大きかった.東京電力(以下,東電)や政府,原子力安全・保安院や内閣府原子力安全委員会などの対応には不満や怒りの声が出された.科学者の発する意見や助言の中立性に対しても疑義が高かった.筆者は本誌で昨年度は2回にわたり原発事故による放射線被ばくと健康・安全に関わる科学的な論点,および専門家,学協会や日本学術会議などの役割について述べてきた1,2)

わが国の原子力施設の現状とシビアアクシデント

著者: 小澤守

ページ範囲:P.933 - P.939

はじめに

 2011年3月11日に勃発した東日本太平洋沖地震ならびに巨大津波は東北から関東の太平洋側を襲い,2万人近い犠牲者を出すとともに,海岸に立地する原子力発電所や火力発電所あるいは石油関連プラントなどの社会インフラに甚大な被害を与えた.なかでも東京電力福島第一原子力発電所(以下,福島第一原発)は地震による鉄塔倒壊などから外部系統電源を喪失し,さらに津波により非常用ディーゼル発電機,配電盤が冠水していわゆるStation Black Out(以下SBO:全電源喪失)状態となり,海水冷却システムなどが損傷・機能喪失したため冷却不能状態に追いこまれた.その結果,1号機,3号機,4号機で水素爆発,1~3号機では炉心が溶融し,大量の放射性物質が周囲に拡散した.これによってわが国始まって以来の,10万人を超える地域住民が避難を余儀なくされた.事故後,政府,国会,民間の各事故調査委員会が立ち上がり,また当事者である東京電力による事故調査報告も公表された.全燃料が燃料プールに移設されていた4号機の状況はかなり明らかになり,また試験的に燃料棒の取り出しも行われたが,残る1~3号機にはいまなお十分な調査もままならない状況にあり,事故の正確な進展や被害の状況も詳(つまび)らかではない.

 本稿ではまず,わが国における原子力開発と関連施設の状況,さらには開発の課程で行われてきた安全研究の状況などについて述べ,さらに事故について説明して問題点など指摘しておきたい.

原子力災害に対する法制度について

著者: 永田尚三

ページ範囲:P.940 - P.943

東京電力福島第一原子力発電所事故で明らかになった法制度および制度運用に関わる問題

 2011(平成23)年3月11日に発生した東日本大震災は,東京電力福島第一原発事故も併発し,その対応は未だ途上にある.

 ただ原発事故発生当時の政府の対応については,国会の東京電力福島原子力発電所事故調査委員会(以下「国会事故調」),政府の東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会,福島原発事故独立検証委員会等の報告書で,だんだんその詳細が明らかになってきており,その中で原子力災害に対する法制度に関わる問題点についての指摘もされている.

緊急被ばく医療体制の課題と放射線防護

著者: 神谷研二 ,   谷川攻一 ,   細井義夫

ページ範囲:P.944 - P.950

はじめに

 2011年3月11日に起きた東日本大震災は,自然災害が原子力災害を誘発することで人類が初めて経験する巨大複合災害に進展した.東京電力福島第一原子力発電所事故(以下,福島原発事故)では,大量の放射性物質が環境中に放出され,INES(国際原子力事象評価尺度)評価でチェルノブイリ原子力発電所事故と並ぶレベル7と評価される最悪の事態となった.今回の災害は,複合災害ゆえに生じた多くの課題を明らかにしたが,緊急被ばく医療体制においても効果的に機能した部分と,再検討を要する部分が明らかとなった.

 本稿では,緊急被ばく医療体制の課題を述べると共に,原子力安全委員会で議論が行われた原子力施設等の防災対策の見直しについて,被ばく医療に関連する事項を紹介する1)

原子力災害における保健所の役割

著者: 緒方剛

ページ範囲:P.951 - P.956

 (利益相反:筆者は,厚生労働科学研究事業健康危機管理評価研究班〈平成20年度,24年度〉において放射線健康危機分野を担当している以外に,国または電力会社などから放射線に関して研究費その他の便宜を供与されたことはありません.)

原発被災地 南相馬から

著者: 菊地安徳

ページ範囲:P.957 - P.960

“その時”

 2011年3月11日.“その時”は午後の手術室で起こった.腹に響く地鳴りに続いて,床から突き上げる衝撃.恐怖に慄く悲鳴と散乱する手術器材の金属音が重なる.“その時”がどれ程続いたかよく覚えていない.繰り返す余震に恐怖しつつ,どうにか手術を終わらせた.被害を確認した屋上で,遠く海岸線に荒く波立つ白い帯を見た.まさか,未曾有の惨事がそこで起きていようとは.明日には逃れ得ない苦難がこの地に訪れようとは,思いもよらなかった.

 南相馬は幸いにもライフラインは保たれた.水も電気も早期に復旧したが,電話網をはじめ情報網が混乱を来たし,しばらく情報源はテレビのみとなった.

福島第一原子力発電所周辺自治体住民に対する保健サービスの現状と課題

著者: 大平洋子

ページ範囲:P.961 - P.965

はじめに

 3.11の東日本大震災から,間もなく1年6か月が経とうとしています.一見落ち着いた状況にも見えますが,地震・津波によって引き起こされた福島第一原子力発電所の事故は,未だに収束していないのです.

 おそらくこの先何十年という長い期間を要する廃炉までの道と,健康支援活動は,同じ道のりを歩いています.

 3月11日,その日,私は前任地の会津保健福祉事務所で仕事中でした.14時46分,今まで経験したことのないような強い揺れに襲われました.余震の続く中,職員の安否確認や情報収集に追われました.

 放映されるテレビでは,押し寄せる津波の映像が繰り返し映し出されていました.

 一方,津波により電源が喪失したことで冷却できなくなり,制御を失った福島第一原子力発電所(以下,「第一原発」という)は,翌3月12日に1号機,続いて3月14日に3号機,3月15日に4号機での爆発という事態になりました.

 立て続けに爆発が起こり,多くの住民は避難を余儀なくされました.ほとんどの方は着のみ着のままで県内外に避難し,そう長くないうちに帰宅できるだろうと誰もが考えていたことを,後日避難した当事者に聞きました.

 しかし,未だ帰宅できる見通しが立っていないのも事実です.

 ここに,双葉郡町村を所管する県保健福祉事務所として,双葉郡等避難住民の健康支援に関わっている立場から,現状と課題を報告します.

[インタビュー]原子力発電所災害と保健所活動―国内初の原発事故経験から教訓を学ぶ

著者: 笹原賢司 ,   草野文子 ,   高鳥毛敏雄

ページ範囲:P.966 - P.973

高鳥毛 本日は「原子力発電所災害と保健所活動」というテーマで,2011年3月11日の東日本大震災当時,福島県相双保健所所長であった笹原賢司先生と同保健所主幹保健師であった草野文子先生に,お話を伺います.

 相双保健所は南相馬市内に位置し,管内に東京電力福島第一原子力発電所を有していたわけですが,原子力災害発生当時の状況と対応の経過を教えてください.

コラム

3.11東日本大震災に伴う福島県双葉郡の医療課題

著者: 井坂晶

ページ範囲:P.956 - P.956

 東日本大震災は,M9の大地震,20mに及ぶ巨大津波,それに原発事故と,前代未聞の国難により2万人に及ぶ犠牲者を出した.東北の太平洋沿岸は,ことごとく甚大な被害を被ったが,予想もしなかった原発水素爆発まで起こり,放射能の飛散による取り返しのつかない人災となった.長年培ってきた生活の場をしばらく奪われ,住民は長期に亘って避難生活を余儀なくされた.おまけに福島県は風評被害を受け,特に福島第一原発周辺では長期立入禁止が続き,故郷の家は朽ち果て,手の付けようもない状態になった.帰れる目途も立たない中で,「町の復興,医療の復興は?」と言われても,難しい.廃炉まで40年,長期帰還困難,精神的負担が増すばかり.仮の町構想も遅々として進まず,国や県の対応は遅すぎる.
 僅かながら避難解除になった川内村,広野町は役場機能を戻したが,住民が帰らず,復興にはほど遠い.川内村には,もともと国保診療所があり,機能再開して診療科を増やし,近隣の病院とも提携し,急患,緊急入院の協定も取り付けている.しかし,子どもは数えるほどで,高齢者がほとんど,介護施設や集合住宅などの充実が重要である.資金やスタッフ不足などの問題もある.

視点

アジアのHIV対策のこれまでとこれから

著者: 藤田雅美

ページ範囲:P.924 - P.925

はじめに

 毎年12月1日の「世界エイズデー」は,今年で25回目になる.この間,世界そしてアジアのHIV(後天性免疫不全症候群)とその対策は大きな変化を遂げてきた.減少に転じた世界的な新規HIV感染者数とAIDS関連死,および各国で積み重ねられて来た社会的な成果を踏まえ,2011年から2015年の「世界エイズデー」のテーマは「Getting to Zero」(新規HIV感染,AIDS関連死,差別と偏見の根絶に向かって)と設定されている.アジアにおいても,2001年からの10年間に推定新規HIV感染者数が約20%減少し,2006年からの5年間にエイズ治療を受けられる人が3倍に増えるとともに,「HIVとの共生」が進んできた.

 そのような中,日本のHIV感染者報告数は増加を続けており,「行政と社会との協働した公衆衛生活動へと転換する」必要性が指摘されている1).また,「アジアのHIVの流行は,わが国の異性間,同性間感染両方に影響を与える可能性がある」とも言われており,国を越えた協力と交流は,今後より一層重要になってくると思われる2)

 1990年代半ばから,タイ,ベトナム,カンボジア等アジア諸国のHIV対策に携わってきた経験から,アジアのHIV対策について私見を述べたい.

特別寄稿

福島の放射線問題―少なかった県民の被ばく

著者: 斗ヶ沢秀俊

ページ範囲:P.974 - P.978

 東京電力福島第1原発事故から1年半以上が経過したが,今なお福島県内や首都圏では放射線,放射性物質による健康影響,特に内部被ばくを心配している人が多い.しかし,さまざまな調査により,内部被ばくは健康に影響を及ぼすレベルよりも十分に低いことが分かってきた.被ばく量やリスクの程度を適切に伝えるリスクコミュニケーションが求められている.

連載 保健活動のtry! 学会で発表しよう 論文を執筆しよう・21

編集委員会とのやりとり(その2)

著者: 中村好一

ページ範囲:P.979 - P.982

 今回は,編集委員会から論文を審査した結果として「意見に従って修正した再投稿原稿を改めて審査する」という通知をもらった場合の対応である.

災害を支える公衆衛生ネットワーク~東日本大震災からの復旧,復興に学ぶ・9

こころのケアとは―ポピュレーションアプローチの視点から

著者: 佐々木亮平 ,   岩室紳也

ページ範囲:P.983 - P.988

被災地の実情に学ぶこころのケア―被災県での自殺の状況

 東日本大震災前後で比較すると,人口比では岩手県,宮城県では明らかに自殺は減少しているが,福島県ではほぼ横ばいになっている(図1)1).この違いを軽々と評価,考察することはできないが,どの被災地でもハイリスク者へのアプローチ(ハイリスクアプローチ2))は専門職によって丁寧に行われていたのに対して,被災地に蔓延するリスクへのアプローチ(ポピュレーションアプローチ2))は差が大きかったのではないかと考えられる.すなわち,岩手県と宮城県では結果的に同じ被災状況にある人たちが互いの存在を避難所等で語らずとも知り合い,被災で各々が抱えたストレス(リスク)と向き合うことができる環境が生まれていたのとは対照的に,福島県では原発事故のため避難がコミュニティ単位ではないばかりか,福島県内外への分散を余儀なくさせられ,最初から同じような境遇の被災者がいない状況に置かれてしまい,結果として各々のストレスを克服するための環境に差が生じたのではないだろうか.

講座/健康で持続的な働き甲斐のある労働へ─新しい仕組みをつくろう・9

これからの職場のメンタルヘルス対策―第一次予防への新しいアプローチと職場復帰の支援

著者: 川上憲人

ページ範囲:P.989 - P.992

 日本学術会議労働雇用環境と働く人の生活・健康・安全委員会による提言「労働・雇用と安全衛生に関わるシステムの再構築を―働く人の健康で安寧な生活を確保するために」(2011年)をもとに,これからのわが国の職場のメンタルヘルス対策のあり方について述べた.ステークホルダーが参加しこれからの職場のメンタルヘルスの枠組みについて討議する円卓会議の設置,日常の経営活動の中での職場のメンタルヘルスを推進するための方策の推進,第二次予防と第三次予防における課題,不安定雇用労働者における職場のメンタルヘルスの確保のために,産業保健を失業者,離職者にまで拡大することを提案した.

「笑門来健」笑う門には健康来る!~笑いを生かした健康づくり・9

笑うとリラックスできるの?―「笑い」と「自律神経」との関連について

著者: 大平哲也

ページ範囲:P.993 - P.996

 よく「自律神経失調症」とか,「自律神経が乱れる」などという言葉を耳にしますが,自律神経とは何でしょうか? 自律神経は内分泌系と同様に身体の機能維持のために日々活動している,いわば生命維持のために必要不可欠なものです.したがって,自律神経の機能異常が起こってくると,動悸,めまい,立ちくらみなど様々な症状が起こってくると考えられています.さらに,自律神経の機能異常は,虚血性心疾患,心臓突然死,脳卒中などの疾患にも関連することが報告されています.それでは,笑いは自律神経にどのように影響するのでしょうか?

フィールドに出よう!・12【最終回】

フィールドワーカーたちの空

著者: 神馬征峰

ページ範囲:P.997 - P.1000

フィールドワークは宝探し

 この連載も今回で最後である.フィールドでの宝探しの物語を10人のフィールドワーカーたちにこれまで語ってもらった.すべて知人ではあるが初めて聞く話も多い.どれもが私自身にとっての宝探しの旅でもあった.「フィールド」と言うことによって,外にばかり目がいっていた.フィールドワーカーたちがこれほど深い人生経験をしていたことを知らずにいた.それは私にとっての最大の反省でもあり,収穫でもあった.ただフィールドに出ているだけではいけない.フィールド経験を言葉にし,書くことによって,個々のフィールド経験は一層深化し,一定の普遍性が獲得される.そのことに気づいた.

 最終回,10人のフィールドワーカーたちが得た宝が何であったか? 振り返ってみたい.

リレー連載・列島ランナー・45

専門機関が少ない地域での療育支援の取り組み

著者: 木村直子

ページ範囲:P.1001 - P.1004

はじめに

 南魚沼市は,新潟県の南部,群馬県境に位置し,3町から平成16,17(2004,2005)年の2度の合併を経て誕生し現在に至っています.人口約6万1,000人,高齢化率は約26%,少子高齢化が進む山間地で,医療機関は県立,市立の他,民間病院と個人医院がありますが,深刻な医師不足の問題を抱えることは例外でなく,加えて小児科の専門医も少ない状況です.

 療育の場としては,市立病院での言語療法の活用は可能ですが,訓練の頻度は十分ではありません.療育を必要とするお子さんは,遠方への通院や通所訓練を余儀なくされています.行政で行っている月2回の療育教室では,入園までの支援に限られています.保健分野でも早期発見の精度を高めるべく問診票や健診システム充実に努めてきましたが,発見後の支援体制が整っていないことから,逆に保護者の不安と負担を増大させる結果となっていました.

 学校現場で支援困難な児童には支援会議を開いて対応していましたが,自尊心を失い二次障害を伴ってからの改善が困難であることは,誰もが経験のことと思います.さらに青年期での不適応や,法を犯した事例から,幼年期の支援の不十分さや,義務教育後の支援の途切れが原因と思われるものも多く,早期の見立てと継続的な支援の大切さを痛感せざるを得ない状況が続いていました.

 当市では,子ども・若者育成支援推進法の制定を機に,関係部署全体でこれらの課題に取り組んで5年目となりましたので,その成果と課題についてご報告したいと思います.

衛生行政キーワード・85

認知症の医療計画について

著者: 福生泰久 ,   江副聡

ページ範囲:P.1007 - P.1010

はじめに

 精神疾患は,症状が多彩にもかかわらず自覚しにくいという特徴があるため,症状が比較的軽いうちに精神科医を受診せず,症状が重くなり入院治療が必要になって初めて,精神科医を受診するという場合が少なくない.また,重症化してから入院すると,治療が困難になるなど,長期の入院が必要となってしまう場合もある.しかしながら,精神医学の進歩によって,発症してからできるだけ早期に必要な精神科医療が提供されれば,回復または寛解し,再び地域生活や社会生活を営むことができるようになってきている.

 精神疾患に罹患しても,より多くの方がそれを克服し,地域や社会で生活できるようにするため,患者やその家族等に対して,精神科医療機関や関係機関が連携しながら,必要な精神科医療が提供される体制を構築する必要がある.

 このため医療計画に精神疾患を追加して平成24(2012)年3月30日に指針(医政指発0330第28号)を示した.また,認知症の医療計画については10月9日付で,「精神疾患の医療体制の構築に係る指針の改正について」(医政指発1009第1号,障精発1009第1号,老高発1009第1号)として各都道府県に通知をした.

 本稿では,精神疾患の医療計画のうち,認知症の「医療機関とその連携」を中心に紹介する.

列島情報

高齢化の進展への対応

著者: 日置敦巳

ページ範囲:P.965 - P.965

 著しい高齢化の進展に向け,医療分野においては在宅医療体制の整備が誘導されている.この中では,在宅での看取りを増やすことが課題の一つである.県内での最近の死亡場所を見ると,病院での死亡が約3/4を占めており,自宅での死亡数は2010年以降微増しているものの,その割合としては13%台で横ばい状態である.老人ホームでの死亡割合は徐々に上昇して4%を超えたが,平均在所期間が著しく長いことから,今後大幅な上昇は期待できない.

 国立社会保障・人口問題研究所の日本の将来推計人口(平成24年1月,出生中位・死亡中位仮定による推計結果)によると,全国の死亡者数は2010年の約120万人に対し,2025年154万人(1.28倍),2030年161万人(1.35倍)となり,2039年にピークの167万人(1.39倍)に達するとされている.これは今後,平均余命が伸びると仮定した場合であり,2008~2010年と同様の死亡率であれば,2025年181万人(1.52倍),2030年198万人(1.66倍)となる.

お知らせ

医師・歯科医師・薬剤師の皆様に届出のお願い フリーアクセス

著者: 厚生労働省

ページ範囲:P.978 - P.978

 我が国に居住する医師・歯科医師・薬剤師の方は,2年に1度12月31日現在における住所地,従業地,従事している業務の種別等,医師法,歯科医師法,薬剤師法で規定されている事項について,当該年の翌年1月15日までに届け出ることが義務付けられています.

 本年はその届出年に当たりますので,所定の届出票に記入の上,原則として住所地の保健所まで提出してください.複数の従事先がある場合には主な従事先について記入した届出票1枚を提出願います.12月31日現在就労していない場合であっても,届出票の提出漏れのないようにお願いいたします.

映画の時間

医(いや)す者として―映像と証言で綴る農村医療の戦後史

著者: 桜山豊夫

ページ範囲:P.988 - P.988

 今月は,1945年3月6日に若月俊一博士が赴任してから現在までの半世紀以上に及ぶ,佐久総合病院の活動の歴史を描いた「医す者として」をご紹介します.「医す」は「いやす」と読みます.ふつうは「癒す」でしょうが,「医す」と書いた理由は,映画を観ていくうちに納得できるでしょう.

 十年ひと昔と言うように,時代の変遷は著しいものがあります.若月先生の赴任された当時の佐久地域の健康問題は(佐久に限ることではありません.日本全体の健康問題でもあるのですが),寄生虫症,結核等々,現在とは様相が違っています.残された当時の映像を観ると,これが日本かと思うほどです.これらの貴重な映像の多くは,佐久総合病院映画部が撮影したものだそうです.

公衆衛生Books

―R・ウィタカー(著),小野善郎(監訳)―『心の病の「流行」と精神科治療薬の真実 フリーアクセス

ページ範囲:P.996 - P.996

 (前略)本書の著者であるロバート・ウィタカーの知的探求の出発点はきわめて明快である――画期的な精神科治療薬が普及したのに,精神疾患の転帰は薬物療法が導入される以前よりも決して良くなっていないどころか,むしろ悪化しているようにさえ思われるのは何故なのだろうか.薬物療法が有効であるとすれば,その疾病の転帰は良くならなければならないのは当然である.疾病の症状は軽減し,病期は短くならなければならないはずである.しかし,精神科医療の現場は,より長期的に薬物療法を必要とする人たちが増え,そもそも精神疾患を有する人々が急増し,まさに現代の「流行病」になっているのが現実である.(中略)

 著者も明確に述べているように,本書は決して精神科薬物療法を否定するものではない.そうではなく,本書は,今日において「既成事実」となっている精神疾患に対する薬物療法と,その根拠となっている「仮説」の意義と限界を提示することによって,精神科医だけでなく,精神保健関係者,患者とその家族,そして広く社会全般の人々が,精神疾患とその治療をより良く理解するために必要な正しい情報の受け取り方,すなわちメディア・リテラシーに資するものと言えよう.精神科医療だけに限らず,患者と家族に最終的な治療の選択が委ねられることが一般的になっている今日の医療においては,医学情報を受け取るスキルはますます重要になるだろう.(後略)

―児童虐待問題研究会(編著)―『Q&A児童虐待防止ハンドブック』 フリーアクセス

ページ範囲:P.1010 - P.1010

 児童虐待防止法は,2000(平成12)年に施行以来,3年ごとに見直しを図り,徐々に子どもを守る立場からの改正がなされ,体制も整備されてきました.

 児童虐待の相談件数は,法施行直前の約11,600件が,2006(平成18)年度には37,000件と約3.2倍に増加しています.法施行により,社会の関心の高まりもあり,顕在化したものと思われます.今後の法整備状況や相談体制の充実により,相談件数の増加が見込まれます.

沈思黙考【最終回】

ルールと「情の感覚」のはざまで

著者: 林謙治

ページ範囲:P.1005 - P.1005

 民間人になってはや半年過ぎた.社会風景のひとつひとつを,生活により密着したかたちで眺めるようになった気がする.現役時代と違って生活設計,健康管理,さまざまな事務手続きなど,日常生活のすべてが自分自身に直接かぶってくるからかも知れない.いずれ自分も世話になることを想定しつつ,最近利用者の立場から,いくつか老健施設を訪ねてみた.臭気が強いのに閉口した施設もあったが,まったくにおいがしない施設もあった.施設は介護保険で運営されているので,医療は大幅に制限されており,医師は健康チェックが主な仕事である.治療を要する場合は医療施設に送られ,入院すれば健康保険に切り替わるので,介護保険を打ち切られる.制度上そうなっているので一見問題がないように見えるが,現場感覚からすればやはり違和感がある.

 入所者は老人であり,ほとんどは何らかの慢性疾患を抱えている.入院治療はともかく,きちっと健康管理をするには,いちいちクリニックに送るよりは,所内である程度の医療を認めたほうが入所者は助かるはずである.このような制度では臨床経験のある元気な医師は勤務を躊躇するであろう.一旦入院したとしても急性期を過ぎ,病気が長引いた場合,むしろ在宅医療が勧められる.老健ではリハビリが主であるからである.しかしながら高齢者世帯が急増している昨今,家庭の介護能力が著しく落ち,受け皿にならないケースが多い.テレビで報道されているような悲惨な情景はもはや特別なものではない.民間人としての違和感は,法に規定された制度と現実のギャップである.日本は法治国家であるから何事も法律に沿って実行すればよいという発想は,前回触れたようにパリサイ人と同じである.

予防と臨床のはざまで

第71回日本公衆衛生学会シンポジウム

著者: 福田洋

ページ範囲:P.1006 - P.1006

 10月24~26日,第71回となる日本公衆衛生学会が,原田規章学会長(山口大学大学院医学系研究科環境保健医学教授)のもとで行われました.私はシンポジウム「特定健診・特定保健指導の評価と今後の在り方」で発表の機会を頂きました.座長は,学会の特定保健指導・特定健診専門委員会の委員長を務める武藤孝司教授(獨協医科大学医学部公衆衛生学講座)と,厚生労働省の検討会の委員も務められた宮崎美砂子教授(千葉大学大学院看護学研究科).毎年,日本公衆衛生学会では,シンポジウムやフォーラムにおいて,特定健診・保健指導について継続して議論されています.今回のシンポジウムでは,①特定健診・特定保健指導の評価:効果(良かった点)と課題(悪かった点),②厚生労働省の2つの検討会で出された今後の対応策以外に今後5年の間に採用すべき対応策は何か,③特定健診・特定保健指導を10年間実施した後にどのような政策を行うべきか,の3つの論点に絞って議論されました.

 まず最初に,大井田隆教授(日本大学医学部社会医学系公衆衛生学分野・日本公衆衛生学会理事長)からは,「特定健診・特定保健指導の検討事項と今後の課題」と題して,日本公衆衛生学会として厚生労働省へ提出された要望書の内容とそのバックグラウンドとなる考え方やエビデンスについて解説がありました.特に,腹囲が基準以下でも循環器疾患の危険因子が重複する対象に対する介入の重要性が改めて示されました.この一部は,第2期の制度改正にも非肥満への対応として取り入れられています.そして興味深かったのは「メタボリックシンドローム」という言葉の認知が,国民の8割以上で,これは「生活習慣病」の内容を知っている6割,「健康日本21」の内容を知っている4%を大きく超えており,ポピュレーションアプローチとしての効果を感じさせるものでした

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投稿規定 フリーアクセス

ページ範囲:P.1011 - P.1011

あとがき・次号予告 フリーアクセス

著者: 高鳥毛敏雄

ページ範囲:P.1012 - P.1012

 わが国では茨城県は日本で初めて原子炉の火がともったところであり,またJCOの臨界事故を経験し,さらに原発の近い距離に県庁が存在しています.原子力災害と公衆衛生の関係を最も考えている県ではないかと思っています.その隣の福島県で,わが国初の原発事故が起こりました.

 私が南相馬市に何回も足繁く通うことになった理由は,阪神・淡路大震災(1995年)を契機に全国の自治体から被災者の健康支援を行う派遣・応援態勢が確立されていたはずなのに,東日本大震災(2011年)の後,原発災害のあった30km圏内には公的な保健師等の派遣が全くなされない事態になっていることが報道され,気がかりになっていたからです.昨年5月に,ようやくボランティア保健師とともに現地に入ることができました.そこに入らないと実感できない雰囲気が存在していました.1万人を超える人々が住み続け,子どもの姿がない,医療など国民に対して保証されるべき,基本的な住民サービスが提供されていないことは衝撃でした.4月から長崎大学の医療チームの派遣がありミニマムな医療支援が行われ始めていましたが,経済発展一辺倒で,人を守ることが常に後回しにされてきた日本社会の有り様を実感させられました.

基本情報

公衆衛生

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1170

印刷版ISSN 0368-5187

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