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雑誌目次

雑誌文献

公衆衛生76巻5号

2012年05月発行

雑誌目次

特集 高齢者の身近な疾患

フリーアクセス

ページ範囲:P.343 - P.343

 高齢者の健康問題というと,肺がんや胃がんなどの悪性新生物,脳梗塞やくも膜下出血といった脳血管疾患,心筋梗塞に代表される心疾患といった重篤で生命に係わる疾患,糖尿病や肝疾患などの重症化する慢性疾患,加えて認知症などが取り上げられることが多いと思われます.これらの疾患は当然高齢者の健康問題として重要ですが,さらに日常生活に大きな影響を与える高齢者特有の疾患があります.すなわち,白内障や加齢黄斑変性症といった眼科疾患,腰痛や膝痛といった整形外科疾患,耳鳴りや難聴といった耳鼻科疾患,息切れや呼吸困難を引き起こす呼吸器科疾患,尿失禁や頻尿などを引き起こす泌尿器科疾患,歯周疾患などです.これらの疾患は,一部を除いて生命の脅威となることは稀だと思いますが,多くの高齢者の日常生活に苦しみを与えるとともに,生活の質を低下させ,さらに社会参加の障害となり,場合によっては閉じこもりの原因となっているとも思われます.

 そこで,眼科疾患や整形外科疾患,歯周疾患などの高齢者の日常生活に関わりの深い身近な疾患を中心にして,公衆衛生従事者が高齢者と接する現場に有益な情報を提供することを目的に,本特集を企画しました.

高齢者の運動器疾患

著者: 石橋英明

ページ範囲:P.344 - P.348

はじめに~超高齢社会と運動器疾患

 2011年9月の総務省の発表では,わが国では総人口1億2,788万人に対し,65歳以上の人口が2,980万人に達しており,高齢化率は23.3%,定義上,超高齢社会(高齢化率21%以上)となっている.今後も高齢化率は上昇を続け,2025年には30%を超えると試算されている1)

 日本人の平均寿命は,男性79.6歳,女性は86.4歳で,毎年徐々に伸びている.また,平均余命から計算すると,たとえば現在65歳の高齢者の「推定寿命」(実年齢+平均余命)は,男性で83.9歳,女性では89.0歳に達している.さらに年齢の高い女性では,推定寿命は90歳を超えている2)

 高齢者人口の増加とともに,介護が必要な高齢者が増えた.介護保険制度が始まった2000年における要介護者は220万人であったが,2010年10月には500万人を超えている3).今後も要介護者数は増加し続け,2025年には700万人を超えるとも試算されている4).今後ますます,介護に関わる財政コスト,マンパワーや施設が不足する懸念が大きいと思われる.

 厚生労働省「国民生活基礎調査」(平成19年)によると,要介護認定者のうち,運動器の障害が原因となったものが全体の2割を超えている.さらに男女別で見ると,全要介護者の7割に達する女性の場合,「転倒・骨折」と「関節疾患」を合わせると3割近くになる5).したがって要介護者を減らすためには,特に女性の高齢者における運動機能の維持や運動器疾患の予防が重要である.

 こうした視点は,高齢者の運動器疾患を考える上できわめて重要で,生命を脅かす疾患は多くないが,ADL(Activities of Daily Living)やQOL(Quality Of Life),健康寿命,自立や介護といった要素に大きく関係する.それを念頭に置いて,本稿では加齢に伴う運動器の変化,頻度の高い高齢者の運動器疾患,そしてロコモティブシンドロームについて概説する.

高齢者の眼科疾患

著者: 川島幸夫 ,   川島裕子

ページ範囲:P.349 - P.354

はじめに

 高齢化の進行とともに,加齢による各種疾患が増加の途にあるのは,眼科領域においても同様である.現在,日本人の失明原因は1位は緑内障,2位は糖尿病性眼疾患,3位は網膜色素変性症,4位は加齢性黄斑変性症である.加齢性白内障は高齢者の最も有病率の高い疾患で,以前は白内障で失明していたが,手術の進歩で,失明患者は低下の一途である.眼科外来で,よく見る眼疾患もおおむね,これらの順位に準じる形で経験されるのが一般的である.よってこれらの疾患に精通することが眼科専門医に求められるが,一般医家にとってもたびたび遭遇する疾患であるので,一般的な知識として知っておき,これらの疾患の存在が疑われたら,眼科専門医受診を勧めていただけることが早期発見と治療になり,ひいては日本人の失明率を下げる一助となる.

 両眼の高度視力障害に陥った高齢者を盲老人と呼ぶが,このこと自体高齢者の自活を妨げる社会問題になっているが,両眼の視力障害は,高齢者の高次脳機能の低下を惹起し,認知症の悪化も促進させる.その見地からも,高齢者の視機能の保全は今後,高齢化社会が進行する中で,重要な課題となるものと考えられる.

 科学技術の進歩と革新は,これら疾患の診断と治療を飛躍的に進歩させている.本稿では疾患の概念と,最近これらの領域に導入された新しい医療技術についても触れてみたいと考える.

高齢者の耳鼻科疾患

著者: 青柳優

ページ範囲:P.355 - P.359

はじめに

 わが国では1950年の高齢化率は4.9%であったが,1950~1980年の出生率低下によって高齢化が進み,2007年には高齢化率が21.5%となり,超高齢社会となった.高齢者の病的状態は,①加齢による生理的変化と,②重要臓器の正常な消耗ないし能力の減退や,免疫力・抵抗力の低下に起因する疾患に分けられる.前者には感覚器の感度低下や運動器の能力低下があり,後者には感染症に対する抵抗力の低下,自己抗原の認識力低下による慢性自己免疫疾患の増加,悪性腫瘍出現頻度の増大などが含まれる.

 耳鼻咽喉科領域における高齢者特有の問題としては,難聴,耳鳴,平衡障害(ふらつき),鼻出血,口内乾燥症,誤嚥,音声の変化,頭頸部癌などが挙げられる.癌については別途論じるべきであると思われるので,ここでは頭頸部癌以外について,耳,鼻・副鼻腔,咽喉頭に分けて概説する.

高齢者の呼吸器科疾患

著者: 村木慶子 ,   高橋和久

ページ範囲:P.360 - P.364

はじめに

 わが国における高齢者の人口は確実に増加している.2011年は65歳以上の高齢者人口は2,980万人で,全人口の23.3%に達し,その割合は2015年には26%になると予測されている.人口の高齢化に伴い,慢性閉塞性疾患(chronic obstructive pulmonary disease:COPD)や誤嚥性肺炎などの呼吸器疾患が増加している.これは肺が外界に開放しており,喫煙や大気汚染による外的影響と,加齢に伴う肺の老化が,その呼吸器疾患の発症に大きく関与しているためである.

 本稿では,呼吸器の加齢変化と高齢者に多い呼吸器疾患の代表であるCOPDと肺がん,肺炎,喘息について概説する.

高齢者の泌尿器科疾患

著者: 後藤百万

ページ範囲:P.365 - P.369

はじめに

 下部尿路症状(Lower Urinary Tract Symptoms:以下LUTS)は,下部尿路(膀胱・尿道)機能障害によって引き起こされる種々の症状であるが,本邦の疫学調査では60歳以上の78%が何らかのLUTSを有することが示されている1).下部尿路機能障害は直接生命に関わることは稀であるが,生活の質を阻害し,特に高齢者では本人のみならず,介護者のQOL(quarity of life)も障害することがある.

 また,虚弱高齢者においては不適切な排尿管理が,寝たきり状態や認知症の誘発につながることが少なくない.超高齢化社会を迎え,高齢者の介護予防やQOLの向上に社会的関心が高まっているわが国において,高齢者における下部尿路機能障害の診療やケアは,ますます重要となっている.頻尿,尿失禁などの蓄尿症状は,下部尿路症状のなかでも,生活の質(QOL)を障害し,困窮度の高い症状である1)

 他方,下部尿路症状の病態は多岐にわたり,また高齢者では多くの病因が複合して存在することも少なくないため,適切な治療を行うためには,病態を正確に診断することが重要となる.

 本稿では,高齢者における下部尿路症状について,頻尿,尿失禁を中心に述べる.

高齢者の歯科疾患

著者: 安藤雄一

ページ範囲:P.370 - P.373

はじめに

 高齢者における歯科疾患の最大の問題は,う蝕と歯周病の進行により歯の喪失を来して咀嚼に支障が生じる点である.これが,加齢により生じやすくなっている口腔機能の低下を助長し,さらにその悪影響が全身状態に及ぶ場合もあることが明らかになりつつある.

 本稿では,高齢者の歯科疾患の特徴,有病状況,治療・予防方法などについて,義歯の問題や健康全般との関わり等を含めて概説する.

高齢者の栄養問題とその対策

著者: 熊谷修

ページ範囲:P.374 - P.379

はじめに

 高齢者の健康指標である高次生活機能の自立性の障害は,主要疾患の罹患状態とは独立して普遍的に訪れる“老化そのもの”によって規定される1).超高齢社会において高齢者の老化の規定要因の探索研究の意義はきわめて大きい.地域高齢者の長期縦断研究により明瞭な関係が証明されている老化の規定要因に,身体栄養状態がある.図1は,地域在宅の高齢女性の8年間の最大歩行速度の低下と,血清アルブミンの関係を示している2).老化の進行程度は身体筋力の予備力に敏感に反映される.血清アルブミンの高いグループほど,低下量が明らかに少ない.この関係の有意性は,年齢,ベースラインの最大歩行速度,および運動習慣の有無など,主要な交絡要因の影響を酌量しても消失することはない.さらに,老化による四肢骨格筋量の変化を縦断観察した研究3)は,血清アルブミンの低いグループで減少量が大きいことを示している.このように,たんぱく質栄養状態の低いことが,筋力と筋量の低下を促していることがわかる.特筆すべきはこれらの研究2,3)で認められた関係が,臨床医学的な正常域とされる3.8g/dl以上の水準で検出されることである.臨床医学的には正常域であっても,よりたんぱく質栄養状態の良好な高齢者ほど老化速度が遅いことは,深く銘記しなければならない知見である.ところで,血清アルブミンを炎症指標とする臨床的認識があるが,筆者らは,たんぱく質栄養を高める食生活改善の介入研究により,介入群における有意な増加を確認している4).したがって血清アルブミンは,たんぱく質栄養状態の適切な指標と考えられる.

 血清アルブミンは加齢に伴い低下する.この現象には加齢に伴う栄養摂取量の低下も関与しているものの,老化による体構成組織に対する骨格筋(除脂肪組織)の占める割合の減少に基づく,たんぱく質ストレージ組織の喪失が深く関わっている.したがって老化とは,身体からたんぱく質が抜けていく普遍変化と捉えるべきである.高齢者に対するたんぱく質をはじめとする栄養摂取量の抑制は,老化を早め,虚弱化を加速させることになる.超高齢社会では,わが国が戦後に経験した食糧の需給事情による栄養失調とは全く異なる,老化による,たんぱく質栄養を主とした新しいタイプの栄養失調が健康問題となる.

高齢者のメンタルヘルス―うつ病と関連疾患を中心に

著者: 井原一成 ,   飯田浩毅

ページ範囲:P.380 - P.383

はじめに

 平均寿命の伸長により,多くの人が長い高齢期を手にすることになった.若い頃にはできなかった趣味やボランティア活動を楽しむ人も多い.人生の諸々の体験がゆったりと統合されるとき,メンタルヘルス上も豊かな果実が得られるはずである.しかし他方で高齢期は,心身の機能低下,本人や家族の健康問題,身近な人の死,仕事や社会における役割の喪失など,メンタルヘルス上のリスクにさらされるときでもある.

 この30年,高齢者のメンタルヘルスが公衆衛生上の重要な問題であると認識されるようになった.人口高齢化により介護問題が顕在化する中で,まず認知症がメンタルヘルス上の問題としてクローズアップされた.1970年代から80年代にかけて,多くの認知症の疫学調査が行われ,高い有病率とともに様々な「問題行動」が存在することが明らかになった.認知症高齢者の支援は,保健活動の実践的課題となっていった.

 しかし他方で,認知症は長くタブーでもあり続けた.保健関係者は,認知症に罹患している可能性を住民に伝えることは“失礼なこと”と考え,口にすることを恐れた.住民にとって,認知症は特殊な問題であり自分や家族が罹患していることはあり得ないこと,あるいは恥と捉えられていた.しかし近年,認知症のスティグマは大きく改善した.認知症ケアの経験を積み重ねる中で,軽症の病態が多数を占めているという実態を,住民と保健関係者との両者が冷静に理解するようになり,弄便や暴言・暴力など,重症に偏っていた疾患イメージが修正された.

 本稿では,認知症以後の高齢期のメンタルヘルスの現代的な課題として,うつ病および関連する疾患・問題を取り上げる.うつ病は,QOL(quarity of life)だけではなく,ADL(activities of daily living)を低下させる.地域高齢者のうつ病などについての理解が,高齢期のメンタルヘルス改善に繋がることを願っている.

視点

災害後のこころのケア

著者: 鈴木友理子

ページ範囲:P.340 - P.341

こころのケアとは

 こころのケアは,一般的な言葉になった.一般化した言葉だからこそ,その定義が気になる.精神科医らの行う「こころのケア」と,ボランティアの支援者が行う「こころのケア」は全く違う.このことを誰もが意識してはいるが,区別することなく,「こころのケア」という言葉が使われている.

 同じような混乱は,過去の大型災害でもたびたび起こっている.インドネシアのスマトラ島沖地震の際には,海外から支援者が多数流入して,それぞれが「こころのケア」を行い,混乱が生じた.このような反省に基づき,国際機関や大型国際NGOらは,「こころのケア」を,精神保健医療福祉活動と心理社会的支援の二つの概念に区分した1).精神保健医療福祉活動とは,精神疾患を予防,治療し,リハビリテーションを促進するために行う精神保健専門家らによる専門的介入を指している.災害後の混乱の時期に適切に精神科医療を届けること,災害をきっかけとした精神疾患の発症や再発に対して適切な治療を提供すること,慢性的な精神疾患を持っている人々に対して,生活支援や,避難生活上の様々な調整を行うことなどが活動内容となる.医療や公的なサービスとして支援が提供されるので,これらには,エビデンスに基づいた効果的な介入法や専門技法が求められる.

トピックス

国際シンポジウム「健康の社会的決定要因」を巡る国際的動向―「World Trend in Research of Social Determinants of Health」に参加して

著者: 田中剛

ページ範囲:P.384 - P.386

はじめに

 ここ5年程の日本公衆衛生学会では,毎年のように「健康の社会的決定要因(social determinants of health:以下SDH)」がテーマの1つに上がっている.私も行政官としての関心から,ハーバード大学公衆衛生大学院のイチロー・カワチ教授や,日本福祉大学の近藤克則教授の研究会には定期的に参加しており,日々の政策決定の根拠作りの一助にさせて頂いている.誌面を頂けることになったので,ここで昨年末(12月23日)に東京・市ヶ谷で開催された国際シンポジウムの報告をしたい.

 会場は全国から100名以上の聴衆が集まる盛況ぶりであり,公衆衛生関係者のみならず,医療関係者を含めて,関心の高さが推し測れた.このシンポジウムは長寿科学総合研究「介護保険の総合的政策評価ベンチマークシステムの開発」班が共催していたこともあり,行政関係者も散見された.

連載 人を癒す自然との絆・34

子どもたちの生きる力を引き出すドルフィン・セラピー

著者: 大塚敦子

ページ範囲:P.388 - P.389

 イルカと泳ぐことで,病気や障害を抱える子どもたちの身体や心の機能を高めることをめざす,ドルフィン・セラピー(イルカ介在療法/活動).アメリカで盛んに行われてきたが,近年は日本でも香川や高知,沖縄などで試みが始まっている.

 かつてドルフィン・セラピーには,よく「奇跡の」という枕言葉がかぶせられ,メディアなどでも“イルカと泳ぐだけで病気や障害が治る”という夢のような話が取り上げられたりしたものだが,実際のドルフィン・セラピーは,他の動物介在療法/活動と同様,とても地道なものだ.

保健活動のtry! 学会で発表しよう 論文を執筆しよう・14

「方法」

著者: 中村好一

ページ範囲:P.391 - P.396

 今回は4部構成の2番目,「方法」について.

災害を支える公衆衛生ネットワーク~東日本大震災からの復旧,復興に学ぶ・2

被災地の復旧,復興に不可欠な公衆衛生機能とは

著者: 佐々木亮平 ,   岩室紳也

ページ範囲:P.397 - P.401

人的被害の意味と重み

 陸前高田市では保健師9人中6人が津波の犠牲となり,残った3人も入院,ストレス,被災時2年目の若手と,保健師を中心とした公衆衛生機能が完全に失われた.さらに陸前高田市を管轄する大船渡保健所では,職員の犠牲者はいなかったが,行財政改革(地域振興局の広域化1年目)で所長は釜石保健所と兼務のまま,保健師(大船渡保健所配属は3人)も自宅が全壊・流出と被災する中で,管内約70,000名の人口規模(大船渡市,陸前高田市,住田町)をカバーしていた状況だった.この状況を補うため,都市(行政機能)丸ごと支援を掲げた名古屋市からのコントロールタワー的役割を担う存在の保健師派遣を含め,全国から保健師等の公衆衛生専門職の応援派遣(表1)があったことは,本当に助かった.

講座/健康で持続的な働き甲斐のある労働へ─新しい仕組みをつくろう・2

現代日本の長時間過重労働の実態とその背景

著者: 森岡孝二

ページ範囲:P.402 - P.405

 2012年2月21日の報道によれば,神奈川労働局は4年前に大手居酒屋チェーン「和民」で働いていた森美菜さん(当時26歳)の自殺を,過重労働による労災であると認定した.

 NHKニュースが労災認定の決定書から伝えるところでは,森さんは2008年4月に入社し,横須賀市の店に配属されて調理を担当していたが,最長で連続7日間に及ぶ朝5時までの深夜勤務を含む長時間労働や,休日のボランティア研修などが重なって精神障害となり,入社約2か月後に自殺した.2か月間の時間外労働(残業)は227時間だった.

「笑門来健」笑う門には健康来る!~笑いを生かした健康づくり・2

「笑い」はどうやって測定するの?―「笑い」の測定法について

著者: 大平哲也

ページ範囲:P.407 - P.411

 笑いが健康に良いことが昔から経験的にわかっており,また近年,笑いと健康・疾病との関連についての研究が,数多く報告されるようになってきたことを前回概説しました.それでは,「笑い」そのものを測定することは可能なのでしょうか?

 古典的には,朝起きた時から,夜寝るまでの様子をビデオで観察し,その後ビデオを再生して笑った回数を数える,という地道な作業が行われたようです.しかしながら,日々仕事に追われるわれわれにとって,そのような作業のみに時間を費やすのは困難です(笑いの測定に1人あたり丸1日以上かかってしまいます!).そこで本稿では,「笑い」の測定方法について,どのような方法が開発されているのか,その現状と問題点を述べます.

フィールドに出よう!・5

フィールドは世界と自分に向き合う場

著者: 高橋朋子

ページ範囲:P.412 - P.415

 もともと,国際協力に興味があった訳ではない.途上国のために汗水流して働く人は,立派だけれど所詮自分には関係ない話.約10年前の当時,日本の企業で産業保健師として働いていた私にとっては,遠い国の知らない誰かを助けるよりも,目の前の生活習慣病やメンタルヘルス対策のほうがよっぽど大きな関心事だった.その後恩師に誘われて,看護学部(地域看護学)の助手として2年間働いた.「地域保健」って奥が深くて面白いけれども,自分には現場経験が不足していると感じていた.その後,私は「国際保健」の道を歩むようになる.これから私の体験を基に,「国際保健」のフィールドのほんの一例をお伝えしたい.

リレー連載・列島ランナー・38

危機管理における保健所の役割―東日本大震災での被災地派遣と放射線対策から

著者: 宮島浩二

ページ範囲:P.416 - P.420

はじめに

 私がバトンを受け取ったのは,北海道富良野保健所の保健師・青野美智代さんから.彼女とは昨年の7月に東日本大震災の被災地派遣の際,ご一緒させていただきました.

 当時は被災後4か月が過ぎた頃,落ち着きを取り戻しつつあるものの,未だに失ったものに対する喪失感,将来に対する閉塞感などに包まれていた被災地でした.北海道チームは柏市チームの前日から活動していたため,健康調査の実施方法から食料の調達方法(?)まで,色々とお世話になった次第です.青野さんは,その北海道チームのリーダーとして参加されており,小さな体ながら精力的に,また明るく業務をこなされていたことが思い起こされます.

 そんな彼女からリレーを頼まれたのが11月の上旬頃.その後,程なく医学書院から正式な依頼がありました.改めて過去の執筆者の方々を見ると,ほとんどが医師や保健師,いわゆる専門職の方たち.私は事務職で,これはまずいと,遅ればせながらそのとき気づきましたが,時すでに遅し.このような機会もそうはありませんので,プラス思考で覚悟を決めました.

 本稿では,保健所の一事務職員として感じたことを,今般の東日本大震災での経験を踏まえてお話しし,課題として提起してみたいと思います.

列島情報

野菜摂取量

著者: 日置敦巳

ページ範囲:P.348 - P.348

 県民の野菜摂取量増加を図るための事業として,青年期層を主なターゲットとし,「健康づくりの店」における野菜量の表示や,「野菜たっぷりキャンペーン」,事業所給食関係者への働きかけ,高校生・大学生への食育支援等による普及啓発を行っている.しかしながら,「平成22年国民健康・栄養調査結果の概要」によると,岐阜県における成人1人1日あたり野菜摂取量は男性293g,女性276gと,全国レベル(男性301g,女性285g)を下回った.翌平成23年の県民栄養調査でも,男性294g,女性283g(平成22年人口で年齢調整)となっており,対策に一工夫する必要がある.

 野菜摂取量について全国の状況を見ると,野菜摂取量が男女とも上位の5県(長野県,新潟県,山形県,福井県,山梨県)における野菜収穫量(平成22年産野菜生産出荷統計)は必ずしも多くはなく,都道府県別の野菜収穫量(または人口あたり野菜収穫量)と野菜摂取量との相関は認められなかった.

沈思黙考

「合成の誤謬」とは?

著者: 林謙治

ページ範囲:P.354 - P.354

 この2,3年マネージメントに関する本がよく売れたようである.クラブ活動のマネージメントなど中高生向きの漫画本も見かけるくらいである.多くの人が組織運営に関心を持ち,その難しさを実感している証拠でしょう.私自身管理職の立場にある関係上,日々の仕事はまさに組織の運営・管理そのものであり,学術的な研究に直接係わる時間はほとんどないと言ってよい.しかしながら,国立保健医療科学院は平成24年度から「腎疾患」も含め,今までにも「健康危機管理」,「難病」のFunding Agencyとしての役割を果たしてきたこともあって,企画・評価を実施する際に,どうしても今後の研究のあり方について考える必要に迫られる.これら一連の作業はまた,いわば研究マネージメントのような仕事である.

 マネージメントを円滑に進めるためには,どうしてもコーディネート能力が問われる.様々な意見が飛び交うなかを整理して,ひとつの方向にまとめることが要求されるわけだが,真っ向から対立する意見がある場合,調整に苦労することは言うまでもない.一見して相反する意見であっても,実は見ている角度が違う,あるいはレベルが違うだけであって,本質的な違いでないこともしばしばある.したがって調整者は角度・レベルを分別できることが重要であり,このことを発言者たちに理解してもらう工夫が必要である.また,発言者が議論を戦わせているうちに感情的になってしまった場合,調整者(議長)はそれに巻き込まれてはならない.そのためには調整者は個人的な好み,利益を捨てるつもりで臨まなければならない.一般に陥りやすい落とし穴は,表面的に調整できたことで満足し,本来目指す目的を見失うことである.すべての関係者は,真摯でありもっともな意見であっても,その目的を見失うと,総合すると好ましくない結果になってしまうことがある.これを「合成の誤謬」と言う.議論の調整ではないが,「合成の誤謬」について経験した例を一つ挙げてみたい.

「公衆衛生」書評

「WHOをゆく―感染症との闘いを超えて」 フリーアクセス

著者: 堀田力

ページ範囲:P.359 - P.359

 読みはじめたら止まらなくなった.そこらの小説より,ずっと面白い.

 「医学」という言葉の人間味に魅かれて医学を志した筆者は,「地域医療」という言葉にひかれて自治医科大学に進み,離島勤務を経て,WHO(世界保健機関)に飛び込む.

お知らせ

第31回 健康学習研修会 フリーアクセス

ページ範囲:P.369 - P.369

日時:平成24年7月5日(木)~7月6日(金)

開催場所:自治医科大学地域医療情報研修センター(自治医科大学構内施設)

 〠329-0498 栃木県下野市薬師寺3311-160(申込住所と同じ)

―公益財団法人 かなえ医薬振興財団―平成24年度アジア・オセアニア交流研究助成金募集要項 フリーアクセス

ページ範囲:P.386 - P.386

趣旨:近年の生命科学分野において研究者間の交流,ネットワーク,および共同研究が急速な発展に寄与しており,これらの交流は革新的な発見から臨床応用まで少なからぬ貢献ができると考え,アジア・オセアニア地域における共同研究に対する助成を行います.

助成研究テーマ:生命科学分野におけるアジア・オセアニア諸国との交流による学際的研究.特に老年医学,再生医学,感染症,疫学,医療機器,漢方,その他.

日本家族看護学会 第19回学術集会 フリーアクセス

ページ範囲:P.411 - P.411

会期:平成24年9月8日(土)・9日(日)

会場:学術総合センター(東京都千代田区一ツ橋2丁目1番2号)

映画の時間

―母と引き離され海を渡った13万人の子どもたち“児童移民”の真実を明らかにし,幾千の家族を結び合わせた一人の女性の感動の実話―オレンジと太陽

著者: 桜山豊夫

ページ範囲:P.379 - P.379

 児童虐待の予防は,公衆衛生・児童福祉の喫緊の重要課題です.『オレンジと太陽』は児童福祉について考える上で,知っておくべき歴史上の重大な事件を描いています.

 舞台は1986年のイギリス.ソーシャル・ワーカーとして働く主人公のマーガレット(エミリー・ワトソン)が,集団カウンセリング的なミーティングにアドバイザーとして出席しているシーンから映画は始まります.子どもの頃に養子になった人たちのメンタルケアのためのフォローでしょうか.このミーティングが終わった後,マーガレットは中年の女性に呼び止められます.

予防と臨床のはざまで

第30回国際産業衛生学会参加ダイジェスト・その1

著者: 福田洋

ページ範囲:P.390 - P.390

 3月18~23日まで,第30回国際産業衛生学会(ICOH)が開催されました(http://www.icohcongress2012cancun.org/).カンクンはカリブ海に面した高級メキシカンリゾートで,日本から直行便はなく,ダラス経由で向かうこと16時間.この常夏のリゾート地に世界各国から産業医・産業看護職・衛生管理者・研究者・行政・NGO関係者など,1,645名の産業保健に関わるあらゆる職種が参加し,日本からも96名と世界5位(アジア最大)の参加者が集いました.メインテーマは,“Occupational Health for All:From research to practice”(産業保健をすべての人へ:研究から実践へ).このテーマは「世界中のすべての労働者に,人,労働者としての権利に基づき,あらゆる職業病や外傷からの防御と予防が必要である」という強い信念に基づいて設定されたもので,そのために新しい科学的情報に基づく革新的なガイドライン,新しいアプローチや施策,トレーニングコースが提供されるべきとしています.

 学会初日(3月18日)のオープニングセレモニーでは,軍による歓迎パレードが行われた後,Jorge A. Morales-Camino学会長の挨拶が行われました.メキシコでは95%の産業保健サービスは,全労働者の1/3程度の経済的に恵まれている層に対して行われているとし,さながら「社会保障システムのブラックホール」であると述べられ,あらためてメインテーマを強調されました.続いてICOH理事長の小木和孝先生から歓迎のご挨拶,その後,WHO(世界保健機関),ILO(国際労働機関)の他,IEA(人間工学国際連盟),IOHA(国際衛生管理者連盟),ISSA(国際社会保障協会)などの関係機関から次々にお祝いの言葉や謝辞が述べられました.

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投稿規定 フリーアクセス

ページ範囲:P.421 - P.421

あとがき・次号予告 フリーアクセス

著者: 西田茂樹

ページ範囲:P.422 - P.422

 現在の日本人の平均寿命は,女性は85歳を超え,男性も80歳近くであり,非常に長生きとなっています.この平均寿命は,今後も維持され,あるいはさらに長くなっていくのでしょうか.記憶が正しければ,現在の長い平均寿命は,乳児死亡率が低いことを前提として,高齢者の死亡率の低さで達成されています.

 以前,1920年代半ば生まれの人の60歳までの生存率を計算したことがあります.結果は数割程度でした.この人々は現在85歳を超えていますが,現在の70歳代の人々の60歳までの生存率を計算しても,若干高いものの,やはり数割程度と思われます.すなわち,現在の長い平均寿命を支えている高齢者は,数割程度が生き残った健康面で優れた人々と言えます.今後60歳までの生存率が高くなった世代が高齢者になると,死亡率が現在より高くなり,平均寿命が短縮する可能性もあると考えています.

基本情報

公衆衛生

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1170

印刷版ISSN 0368-5187

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