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文献詳細

雑誌文献

公衆衛生76巻5号

2012年05月発行

文献概要

特集 高齢者の身近な疾患

高齢者の栄養問題とその対策

著者: 熊谷修1

所属機関: 1人間総合科学大学人間科学部

ページ範囲:P.374 - P.379

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はじめに

 高齢者の健康指標である高次生活機能の自立性の障害は,主要疾患の罹患状態とは独立して普遍的に訪れる“老化そのもの”によって規定される1).超高齢社会において高齢者の老化の規定要因の探索研究の意義はきわめて大きい.地域高齢者の長期縦断研究により明瞭な関係が証明されている老化の規定要因に,身体栄養状態がある.図1は,地域在宅の高齢女性の8年間の最大歩行速度の低下と,血清アルブミンの関係を示している2).老化の進行程度は身体筋力の予備力に敏感に反映される.血清アルブミンの高いグループほど,低下量が明らかに少ない.この関係の有意性は,年齢,ベースラインの最大歩行速度,および運動習慣の有無など,主要な交絡要因の影響を酌量しても消失することはない.さらに,老化による四肢骨格筋量の変化を縦断観察した研究3)は,血清アルブミンの低いグループで減少量が大きいことを示している.このように,たんぱく質栄養状態の低いことが,筋力と筋量の低下を促していることがわかる.特筆すべきはこれらの研究2,3)で認められた関係が,臨床医学的な正常域とされる3.8g/dl以上の水準で検出されることである.臨床医学的には正常域であっても,よりたんぱく質栄養状態の良好な高齢者ほど老化速度が遅いことは,深く銘記しなければならない知見である.ところで,血清アルブミンを炎症指標とする臨床的認識があるが,筆者らは,たんぱく質栄養を高める食生活改善の介入研究により,介入群における有意な増加を確認している4).したがって血清アルブミンは,たんぱく質栄養状態の適切な指標と考えられる.

 血清アルブミンは加齢に伴い低下する.この現象には加齢に伴う栄養摂取量の低下も関与しているものの,老化による体構成組織に対する骨格筋(除脂肪組織)の占める割合の減少に基づく,たんぱく質ストレージ組織の喪失が深く関わっている.したがって老化とは,身体からたんぱく質が抜けていく普遍変化と捉えるべきである.高齢者に対するたんぱく質をはじめとする栄養摂取量の抑制は,老化を早め,虚弱化を加速させることになる.超高齢社会では,わが国が戦後に経験した食糧の需給事情による栄養失調とは全く異なる,老化による,たんぱく質栄養を主とした新しいタイプの栄養失調が健康問題となる.

参考文献

1) 藤原佳典,他:在宅自立高齢者の介護保険認定に関する身体・心理的要因,3年4ヶ月の追跡から.日本公衛誌53:77-90, 2006
2) 熊谷修,他:地域高齢者の最大歩行速度の縦断変化に関連する身体栄養要因.日本公衛誌49(suppl):776, 2002
3) Visser M, et al:Lower serum albumin concentration and change in muscle mass;the Health. Aging and Body Composition Study. Am J Clin Nutr 82:531-537, 2005
4) 熊谷修,他:自立高齢者の老化を遅らせるための介入研究,有料老人ホームにおける栄養状態改善によるこころみ.日本公衛誌46:1003-1012, 1999
5) 東口みずか,他:低栄養と介護保険認定・死亡リスクに関するコホート研究.日本公衛誌55:433-439, 2008
6) 熊谷修,他:地域高齢者の食品摂取パタンの生活機能「知的能動性」の変化に及ぼす影響.老年社会科学16:146-155, 1995
7) 熊谷修,他:地域在宅高齢者における食品摂取の多様性と高次生活機能低下の関連.日本公衛誌50:1117-1124, 2003
8) 熊谷修:介護されたくないなら粗食はやめなさい.ピンピンコロリの栄養学,講談社+α新書,2011
9) Kumagai S, et al:An intervention study to improve the nutritional status of functionally competent community living senior citizens. Geriatr Gerontol Inter 3:s21-s26, 2004
10) 熊谷修:科学研究費補助金基盤研究(C)(2)研究成果報告書(課題番号15500504,長期介入による大規模高齢者集団の栄養状態改善が余命および活動的余命に及ぼす影響),2007

掲載誌情報

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN:1882-1170

印刷版ISSN:0368-5187

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