icon fsr

雑誌目次

雑誌文献

公衆衛生76巻9号

2012年09月発行

雑誌目次

特集 独居高齢者と健康

フリーアクセス

ページ範囲:P.675 - P.675

 寿命の延び,核家族化の進行,生涯未婚率の上昇などが要因となって,独居(一人暮らし)高齢者が増えており,今後も急増すると予測されています.独居高齢者には,当然,加齢に伴う健康問題がありますが,さらに独居であることによって,様々な課題が生じていると考えられます.それらは,孤食や閉じこもり,孤立化や男性の独居高齢者の生活力の低下などであり,低栄養や精神状態の悪化,運動能力の低下など,健康面に種々の影響を与えていると推測されます.加えて孤立死(孤独死)対策は,大きな公衆衛生的課題だと思われます.

 介護,経済,不安,社会参加,認知症など,独居高齢者の様々な問題については,政府やマスコミをはじめとして,社会の多くの場面で取り上げられています.しかし,公衆衛生分野の中では,高齢者対策の一部として扱われるのに止まっており,まとまって取り上げられることは少なかったと思われます.

独居高齢者の現状および生活実態と課題

著者: 河合克義

ページ範囲:P.676 - P.680

はじめに

 今,独居高齢者世帯の社会的孤立問題が注目を集めている.2010年のNHKによる「無縁社会」問題キャンペーンは大きな反響を呼び,「無縁社会」という言葉がこの年の流行語大賞となった.2012年になって,餓死・孤立死が連続して発生し,今,孤立問題が大きな社会問題となっているが,こうした餓死・孤立死は,なにも最近の現象ではなく,ここ20年以上,発生し続けていることを認識する必要がある.そして,孤立の背後には,独居高齢者の生活上の諸問題があることも見えてきている.

 さて,こうした孤立と生活の不安定化は,独居高齢者だけの問題ではなく,高齢者との同居世帯,さらには若い世代に拡大してきていることにも注意を向けなければならない.しかし,本誌の特集が独居高齢者の問題であるので,以下では,独居高齢者問題の数的傾向を概観した上で,筆者が関わった調査のデータによって,独居高齢者の生活実態と社会的孤立の現実を紹介したい.そうした実態を踏まえて,独居高齢者が健康で豊かな生活を送ることができるための方策の方向性について考えたい.

独居(一人暮らし)高齢者の自立度と健康課題

著者: 斉藤恵美子

ページ範囲:P.681 - P.683

一人暮らし高齢者の身体的および精神的自立度の特徴

 独居という言葉は,広辞苑では「ひとりでいること.ひとりで住むこと」と記されている.独居高齢者という言葉の印象は,地域社会から孤立して自宅に一人で暮らしている高齢者として認識することが多いように思うが,自立して地域社会との交流を持ちながら一人暮らしを継続している高齢者も数多く存在する.また,高齢者以外の年代には,独居ではなく単身や一人(ひとり)暮らしなどの修飾語が使用されており,高齢社会白書でも,「一人暮らし高齢者」という表現を用いているので,本稿でも“一人暮らし高齢者”と記載することとした.

 高齢者の居住形態と健康や自立度,生活課題との関連については,海外では1980年代後半から,日本では1990年代から多く研究されるようになった.居住形態の一つの種類である一人暮らし高齢者の身体的,精神的自立等に関する研究では,高齢者の様々な居住形態間での比較,一人暮らし高齢者のみを対象とした健康状態や生活実態の記述,高齢者の健康状態に関連する多様な要因の一つとしての居住形態(一人暮らし)といった視点で取り組まれてきた.日本では,要介護高齢者や,退院後の医療依存度の高い高齢者,精神障害を有する高齢者などを対象として,住み慣れた地域で一人暮らしを継続するために,専門職が連携しながら社会資源を活用・創出して支援した実態を丁寧に記述した研究や報告が多かった.また,一地方公共団体の一人暮らし高齢者全数を対象とした研究では,約76%が健康度自己評価で「非常に健康」「まあ健康」と評価し,約67%が高い活動能力を有していたとの報告がある1).加えて,地域の一人暮らし高齢者は約70%が自立していたという報告もある2).また,一人暮らし高齢者は他の居住形態の高齢者と比較して,抑うつ傾向にあり,主観的幸福感が低い3),飲酒や喫煙などの保健行動に特徴がある4)などの報告や,一人暮らし高齢者の中には,食物摂取が不適切で低栄養のリスクがある対象の存在も指摘されている5).これらのことから,一人暮らしというのは居住形態の一つであるから,様々な自立度を横断して存在するが,断面で捉えると,70~80%は自立して生活している(図).

独居高齢者の孤立死の実態と防止策

著者: 岸恵美子

ページ範囲:P.684 - P.688

はじめに

 日本は高齢化,核家族化の進行により,平成20(2008)年度の65歳以上の者のいる世帯は全世帯の約4割であり,そのうち単独世帯は2割強を占め,今後ますます増加することが予測される1).単独世帯では,地域社会とのつながりが希薄化し,「孤立」した暮らしにより中・高年者の「孤立死」が増加していると報告されている2).東京都監察医務院は,東京都23区における孤独死の発生件数が,昭和62(1987)年から男女とも年々増加傾向にあることから,孤独死予防の必要性を指摘している3)

 独居高齢者の増加と孤立死の増加は関連することが推察されるが,中でもセルフ・ネグレクト状態の独居高齢者は,孤立死に至るリスクが高いことから,孤立死予防のためには,セルフ・ネグレクトの予防・支援策の整備が急務である4,5)

 本稿では,独居高齢者の孤立死の実態とその要因としてのセルフ・ネグレクトについて述べ,孤立死を防止するための取り組みや課題について論じていきたい.

独居高齢者の閉じこもり―その要因と支援

著者: 古田加代子

ページ範囲:P.689 - P.692

はじめに

 2010年に全人口に占める高齢者の割合が22.5%となり,超高齢化社会を迎えたわが国においては,高齢者の健康寿命を延ばし,介護を必要とする高齢者の増加に歯止めをかけることが,最も重要で喫緊の課題となっている.

 高齢者の「閉じこもり」という概念は,1980年代に竹内1)によって,狭小化した屋内にこもり活動性が低下することで,寝たきりや認知症を生むとの問題性が指摘されたことをきっかけに注目を集めることになった.1990年代後半から研究が積み重ねられ,閉じこもり高齢者の実態が明らかになりつつあるが,独居高齢者に限った研究は多くはない.

 本稿では独居閉じこもり高齢者の実態を中心に,閉じこもり高齢者への対応方法などを考えてみたい.

独居高齢者の孤独感―その要因と支援

著者: 藤原武弘

ページ範囲:P.693 - P.696

孤独感とは

 孤独感とは,個人の社会的関係のネットワークにおいて,量的・質的いずれかの重大な欠損が生じているときに生起する不快な体験と定義される1).つまり孤独感は,社会的関係の不足から生じる,主観的な体験である.したがって客観的な社会的な孤立とは区別される.また孤独の体験は不快で苦悩を与えるものである.

 こうした孤独感はどのように調べられるのであろうか.Russellらは「改訂版UCLA孤独感尺度」を開発し,20の設問からなる一連の質問項目に対する反応から孤独感を測定しようとした2).現在ではそれを日本語版に翻訳した尺度も開発されている3).具体的には「私は人とのつきあいがない」「私には頼りにできる人が誰もいない」といった設問に対して,「よくある」「たまにある」「ほとんどない」「決してない」の4段階で答える仕組みで尺度は構成されている.そして20項目の合計得点(20点から80点の範囲)で,その人がどの程度孤独であるかどうかが判別できるようになっている.

独居高齢者の食生活と栄養

著者: 山中克己

ページ範囲:P.697 - P.701

はじめに

 独居高齢者(65歳以上)は年々増加しており,2010年にはおおよそ501万8,000人になった.この数字は,65歳以上の人口2,929万3,000人の約17.1%にあたり,その割合も年々大きくなっている.また特徴の一つは,8割以上が女性である.

 独居になると,当然その食生活に大きな影響を及ぼすことになる.

 人間の食行動は「食べる行動」,「食事づくり,準備する行動」,「食を営む力を形成し,伝承する行動」からなると言う1).食事づくりは,献立作成,買い物,調理,配膳,後片付けと言われている2,3).一般的に男性は配偶者に食事づくりを依存しており,配偶者の死去や病気,寝たきりになると,一番困るのが食事づくりだと言われている.また独居女性は,家族と食べる楽しさや食事の評価を受けることがなくなることにより,食事づくりの意欲が薄れることも考えられる.

 食行動の基本は「共食」であり,共食とは誰かと食行動を共にすることと定義されている1).家族と共に住んでいても,高齢者の中には一人で食べることを選択したり,選択せざるを得ない者も少なくはない.これは共食に対する「孤食」という概念になり,独居高齢者の食生活の問題は「孤食」の問題である.具体的に独居高齢者の栄養学的状況を見ると,以下のようである.

大都市に暮らす独居男性高齢者の生活課題と自立支援

著者: 河野あゆみ ,   田高悦子

ページ範囲:P.702 - P.705

独居男性高齢者の特徴

 平成22(2010)年に実施された国民生活基礎調査1)では,65歳以上の者のいる世帯のうち,独居世帯の割合は24.3%を占める.平成元(1989)年における65歳以上の者のいる世帯の独居世帯割合は14.7%であったことから,約20年間に独居高齢者が急速に増えていることがわかる.つまり,わが国の高齢化に関する保健医療福祉の問題を考える上で,独居高齢者のQOL(quality of life)をいかに維持し,向上させるかは重要なテーマの一つである.

 わが国では,女性の平均寿命は長いこと,夫より妻の年齢が若いことが一般的であることから,独居高齢者の大部分は依然,女性である.しかし一方で,独居高齢者に占める男性高齢者の構成割合は,平成元年は19%であったのが,平成22年は28%に増加してきていることを見逃してはならない.なぜならば,男性高齢者は一人暮らしになったときには,死亡のリスクが高まること2),健康状態が悪くなりやすいこと3),サポート・ネットワークが小さくなること4)などが報告されており,独居女性高齢者に比べると,健康や生活に関する問題を持っているハイリスク集団であるからである.加えて,地域ケアを提供するときに,独居男性高齢者に保健医療福祉職がアプローチすることが難しく5,6),支援の手がなかなか届きにくい人々であるとも考える.

独居高齢者問題―一開業医の立場から

著者: 堂垂伸治

ページ範囲:P.706 - P.711

はじめに

 私は1999年1月から千葉県松戸市で開業している内科医である.当院は,月平均2,000人の外来患者さんと常時40人以上の在宅患者さんを管理,在宅看取り数は年間6~14人の(ひとり)在宅療養支援診療所である.当院を受診される患者さんには,まさに「かかりつけ医」として診療にあたり,皆さんが不幸にして病に倒れられた後も,看取る医療を行っている.

 事例:患者さんは63歳男性.2005年5月に血圧が196/127に上昇,呂律障害が出現し,近所の病院を受診.頭部MRIで多発性脳梗塞と診断され服薬開始.07年2月に当院へ逆紹介された.奥さんを胃がんで亡くし,子どもはおらず,集合住宅で1人暮らしだった.以後,月1回の割りで安定して外来通院をされていた.しかし09年10月外来中に警察署から連絡があり,自宅で「孤独死」されているのが発見された.

 開院以来約13年余り経つ.この13年間当院が何らかの形で関わった患者さんで,判明した死亡患者数は443人である.このうち「自宅死」が108人(うち在宅で看取った方は73人)いる.443人中,「突然死」は46人,「突然死かつ孤独死」は13人だった.「孤独死」では警察から問い合わせの電話が入り,知ることが多い.病院で管理中でも予期せぬ突然死がある.あえて言えば,どんなに努力し厳格で最善の臨床を行っても,突然死や孤独死は出現し得る.

 在宅医療を行っていると,これらの亡くなった方々に「最後まで付き合う医療」を行うことになる.高齢者は亡くなるまでに多数の疾病や事故に遭遇する.「かかりつけ医」は文字通りその一つ一つに対応せざるを得ない.最近は医療現場の努力もあり,「一度の疾病で直ちに亡くなる方」は少ない.むしろ幾多の重病を乗り越えて長生きされる方が多い.治療のみならず介護への理解も必要である.したがって医療現場にはこれまでに未経験の負荷がかかっている.「介護力が全くない独居高齢者」では,さらに対応・対処が困難で難渋する.

視点

震災・原発事故と復興―福島県一保健所医師の視点から

著者: 金成由美子

ページ範囲:P.672 - P.673

はじめに

 平成23(2011)年3月11日の東日本大震災による全国の被害は,死者・行方不明者約1万9千人,家屋の全壊・半壊は約40万戸に上った.福島県内でも地震,津波による被害が甚大であったところに,東京電力原子力発電所事故の発生により被害は深刻化し,多くの県民が避難を余儀なくされ,原子力発電所から近い9町村が役場機能を県内外へ移転する状況となった.本年6月現在においても,約16万人を超える県民が県内外で避難生活を送っている.未だに先が見えない不安がある中ではあるが,本県としては,多くの方々の支援とご協力をいただきながら,復興・再生に向けて取り組んでいるところである.

 震災後1年を経過した今,改めて震災直後の保健所の活動状況を振り返り,一部分であるが紹介する.

特別寄稿

被災地での医療支援活動と情報収集網の構築

著者: 浦部大策 ,   帖佐徹 ,   岩田欧介 ,   松葉剛

ページ範囲:P.712 - P.716

 大災害が起こると,診療所や病院施設,医療従事者も様々な程度・様態で被災する一方,大量の外傷患者が出現することで,診療の現場は大混乱に陥る.その場所自体がどんな状態にあるのか,今何がより必要か,どんな介入が可能か,内部事情を掴めない状況になる.このような混乱した場所で医療支援に取り組むのであれば,現地の現状分析,目標設定,活動内容選定,といった論理を構築して,その場所が必要とするものを踏まえて活動展開する努力が必要である.しかし,日常の仕組みが壊れた中で,現地にどのような医療が必要か,現地事情を反映できるような情報を収集するのは難しい.東日本大震災で現地支援に赴いた医療ボランティアチームの多くも,現地でどのような医療が求められているのか情報を持たないまま,大災害では診療ニーズが高いという推測を基に診療活動を展開していた.

 被災地に起こる被害様態は災害の種類や発生場所によって異なり,被災者を取り巻く医療環境も時間経過と共に変化する.診療支援が現地で常に第一に求められ続けるとは限らない.したがって推測で開始した医療活動は,現地事情が判るに従い,ニーズを踏まえた論理的な活動となるよう活動内容も修正されていくべきである.ところが実際の災害支援の現場では,診療のニーズがどの程度あるかの判断だけで,活動内容の見直しはなされていない.被災地での医療事情を把握できるような情報収集が不十分であり,発災後時間が経っても,現地医療ニーズを客観的に把握できるような状況には至らないからである.

連載 保健活動のtry! 学会で発表しよう 論文を執筆しよう・18

論文のその他の部分

著者: 中村好一

ページ範囲:P.718 - P.721

 前回までで医学/保健科学の論文の主要4部分と,これらと同様に重要と考えられる図表についての説明を行った.今回は論文のその他1)の部分について,通常の論文で出てくる順に説明する.

災害を支える公衆衛生ネットワーク~東日本大震災からの復旧,復興に学ぶ・6

「場」づくりを意識した企画調整機能の重要性

著者: 佐々木亮平 ,   岩室紳也

ページ範囲:P.722 - P.726

だれもが被災者

 「被災者」という言葉を聞いて,読者の方はどのような定義をされるだろうか.被災地では家族,親戚,友人,知人,仲間,財産,家,仕事,生活空間を何一つ失わなかった人は一人もいない.この連載でも9人いた陸前高田市の保健師の内6人が犠牲になったことは何度か書いているが,つらい思いでいる一人が,犠牲者たちの元同僚であった佐々木自身である.今現在,岩室は一緒に陸前高田市入りしている佐々木の心中をどう受け止めていいか,わからないままである.佐々木は震災1年前まで被災地で生活をし,陸前高田市(岩手県)退職後も現地の玄米ニギニギ体操自主グループ1)や子育て支援団体を後方支援したり,AIDS事業を陸前高田青年会議所と協働し続け,震災1か月前にも元同僚らと現地で会い,これからの夢や展望などについて熱く,深く語り合っていた.しかし,佐々木は一般的には,被災者と考えられていない.

 一方,岩室は陸前高田市で津波を経験しているわけではないにもかかわらず,繰り返し陸前高田市入りしているためか,最近は海抜ゼロメートル地帯で避難先の高台が遠く離れているところにいるだけで,何とも言えない恐怖感にさいなまれている.しかし,それは一般論として誰もが地震や津波を怖がるのと同じではないかと思われている.

講座/健康で持続的な働き甲斐のある労働へ─新しい仕組みをつくろう・6

子育てと仕事の両立の現状と課題―ワークライフバランスと家庭生活・健康の向上に向けて

著者: 小林章雄

ページ範囲:P.727 - P.730

 現在の雇用労働環境は,子育てと仕事の両立を果たすことが困難な状況にある.ワークライフバランスを推進して男女がゆとりをもって育児参加できるようにするためには,女性労働者が出産後も継続して就労できるよう支援する制度の整備と,運用の実質的な充実が必要である.また,若年成人の長時間労働を是正して,育児期の父親の帰宅時間を早め,夫が十分に育児参加したり,配偶者とのコミュニケーションを確保する機会を拡大することが必要である.さらに,非正規労働などにおける基本的労働条件の格差を是正し,たとえ母親一人の世帯であっても経済的に自立し,安定した家庭生活が営めるような雇用環境が確保される必要がある.

「笑門来健」笑う門には健康来る!~笑いを生かした健康づくり・6

笑うとがんが予防できる?―「笑い」と「免疫」との関連について

著者: 大平哲也

ページ範囲:P.731 - P.734

 わが国における第一の死亡原因はがんであり,年間34万人以上の方がこれにより亡くなられています(日本人全体では約1.5分に1人亡くなる計算です!).がんには喫煙や多量飲酒などの生活習慣が関与することがよく知られていますが,近年,こうした生活習慣に加えて,自覚的ストレスやうつ症状などの心理的因子が,がんによる死亡と関連すると報告されるようになってきました.

 一方,笑いには免疫系に良い効果があり,がんにも効くのではないかということを,よく雑誌やテレビ等で目にする機会があるかと思います.果たしてそれは本当なのでしょうか?

フィールドに出よう!・9

フィールドを楽しむための3つのポイント

著者: 古林安希子

ページ範囲:P.735 - P.738

 多くの読者の皆さんと違い,私は医療従事者としての資格を何も持っていない.修士課程を卒業した今は民間企業に勤務している.一修士学生としてカンボジアでの「フィールドワーク」から得られた体験談をこれから述べたい.

 私の学んだ国際地域保健学教室では,その2年間の課程の間に,単位取得のための講義の受講と同時に,半数ほどの修士学生が修士研究のため途上国に行き,研究テーマに沿った一次データを集める.時間と費用の関係から,ほとんどの場合,現地に滞在できるのは数週間といった短期間である.短期間でのデータ収集というフィールドワークは,青年海外協力隊員のような長期間滞在によるものとは異なる.保健省やヘルスセンター・地域に入って,スタッフとして現地の人と一緒に保健活動を進めたり,立案したりはしない.しかしそれとは違った難しさと醍醐味があるのではないかと感じている.

リレー連載・列島ランナー・42

食育推進計画とその取り組み

著者: 上村敦子

ページ範囲:P.739 - P.741

はじめに

 長野県佐久穂町は,平成17(2005)年3月に佐久町と八千穂村の合併により誕生しました.県の南東部に位置しており,面積188.13km2の約7割が森林原野で占められています.人口は12,259人,世帯数は4,305(今年5月31日現在)で,年々僅かずつ減少しており,高齢化率は31.0%で,県より10年,国より15年ほど進んでいる状況です.健康で長寿の高齢者も多い中,近年の食生活を取り巻く環境の変化により,栄養の偏り,不規則な食事,肥満や生活習慣病の増加など,当町でも様々な問題が生じています.このような状況を踏まえつつ,あらゆる年代の住民に対して町の特性を生かした食育を推進するため,平成23(2011)年3月に,「食育推進計画」が策定されました.本稿では食育推進計画策定までの経過と,その1年目である平成23年度の取り組みについて,ご紹介させていただきます.

資料

Positive Deviance(片隅の成功者)アプローチ―対策が困難な公衆衛生の問題に対処する革新的手法

著者: 湯浅資之 ,   河村洋子 ,   助友裕子 ,  

ページ範囲:P.742 - P.745

 公衆衛生活動の現場では,原因が複雑で,有効な解決方法が見当たらず,対処に窮する課題に出会うことは少なくない.例えば,次のような問題を考えてみよう.平成19(2007)年の国民健康・栄養調査によれば,医師から糖尿病と言われたことがある者のうち未治療者は4割に上ると推計されている.なぜ,かくも多数の患者が治療を受けていないのであろうか.経済的負担や仕事が多忙という理由の他に,自己管理で大丈夫と考える傾向や,医師に生活不節制を指摘されることで心理的ストレスを感じることなども一因になっていると考えられる.仮に,こうした治療の阻害要因を十分に把握したとしても,公衆衛生的に有効な対策を講じることに直結しないこともしばしば経験する.

 このように,公衆衛生の活動には痒いところに手が届かないような難題が存在するのである.気になりつつも対策の糸口が見つけられないままに放置されている課題が少なくないと思われる.

活動レポート

高齢者の介護予防―板橋区おとしより保健福祉センターの取り組みより

著者: 新井恵子 ,   伊藤利津子

ページ範囲:P.746 - P.749

はじめに

 板橋区は東京23区のうち北西部に位置し,東は北区,西は練馬区と埼玉県和光市,南は豊島区,北は埼玉県戸田市と隣接している.南東から北西に長い地形をしており,面積は32.17km2で,23区で9番目の広さになる.今年4月1日現在,住民基本台帳によると,世帯数269,552世帯,人口519,283人(男258,645人,女260,638人)となっている.15歳未満の年少人口は58,337人(11.23%),65歳以上の老年人口は110,613人(21.30%)と少子高齢化が進んでいる.また,外国人登録者は17,052人に上り,保健・医療・福祉各分野において,取り組むべき新たな課題が生じている.

 板橋区の高齢者の状況は,65歳以上が110,613人(21.3%),75歳以上が53,088人(10.22%),また,介護保険の要介護認定者数は19,218人(認定率17.4%),そのうち在宅高齢者は106,977人,うち7,130人が独居となっている.

 板橋区おとしより保健福祉センターは,平成3(1991)年の開設以来,寝たきり・虚弱等の介護を必要とする高齢者やその家族(介護者)の在宅生活を支援するため,高齢者やその家族(介護者)のニーズに見合った総合的サービスを提供してきた.

 平成12(2000)年4月から介護保険制度が始まり,従来の総合相談業務,基幹型在宅介護支援センターの業務に加え,介護保険関連業務や介護の社会化の普及を目的とした業務も広く展開することとなった.また,平成18(2006)年4月からは介護保険法の改正に伴い,被保険者が要介護状態,要支援状態になることを予防し支援する「地域支援事業」に取り組むと共に,地域包括支援センターの統括・調整および後方支援の役割も担っている.

「公衆衛生」書評

―大谷藤郎 著―『消えた山』 フリーアクセス

著者: 松島松翠

ページ範囲:P.701 - P.701

 故大谷藤郎氏には多くの著作があり,私も多く勉強させていただいたが,このたび出版された自伝とも言うべき『消えた山』を拝見して,あらためて氏の「どうしてもこれだけは書き残しておきたい」という強い意志を感じて,深い感動を覚えた.

 本書の題名の『消えた山』というのは,帰省の度ごとに懐かしく眺めていた故郷の山が,高度成長のあおりで削られて無残な姿になってしまったことに対する憤りと悲しみから名づけられた.この中で,氏が死の床にあった父親から初めて聞いた,氏の家にまつわる二つの事件が詳細に語られる.

お知らせ

―第1回 日本NP協議会研究会―これからの特定看護師~実践現場で活躍する特定看護師たち~ フリーアクセス

ページ範囲:P.711 - P.711

日時:2012年11月10日(土)9:30~16:30

会場:東京医療保健大学 国立病院機構キャンパス

(東京都目黒区東が丘2-5-1)

日本子ども虐待防止学会第18回学術集会 高知りょうま大会 フリーアクセス

ページ範囲:P.721 - P.721

開催期間:2012年12月7日~12月8日

参加申込締切:2012年10月31日

場所:高知県民文化ホール,高知会館他(7日),高知県立大学池キャンパス(8日)

沈思黙考

賢者から何を,どう引き継ぐか

著者: 林謙治

ページ範囲:P.726 - P.726

 江戸時代に書かれた本居宣長の「養生訓」は健康増進を強調したことで公衆衛生関係者にもよく知られている.本居宣長は源氏物語や古事記の研究者として有名で,医業はむしろ副業と思われているが,本人は歌のなかでそれを否定しており,医業は本業であるとしている.若かりし頃,父親から医者になることを勧められ,京都で修行した.医者の修行は漢籍の読解能力が必須であるため,ほとんどの時間は儒学の書籍を読むのに当てられた.それを読解しているうちに漢学は所詮輸入学問であることに気づき,大和心は日本人が書いた古典にこそあると思うようになった.

 古典研究の師匠は,国学の泰斗賀茂真淵,万葉研究の専門家である.宣長が数多くの和歌を作っては師匠の品評を仰いだが,万葉形式にもとるということで,ことごとく駄作とされた.師匠の酷評にもめげず,歌を送り続けた図々しさがあったという.源氏物語の研究では本文テキストが重要で,歌の部分は付け足しという当時の通説に異を唱えた.歌こそ本音の表現であり,本文テキストは敬語でしか話し手が同定できず,表現も婉曲であるので内容の真意をとらえにくいとした.常にオリジナルを求めた学者のようだ.宣長の有名な歌「敷島の大和の心を人問はば,朝日に匂う山桜花」は彼の美学の粋であり,死後本業の医者としての正式の第一の墓には遺骸を入れず,桜の咲く山のふもとの第二の墓に埋葬してほしいと遺言したのであった.

映画の時間

―今,甦る 美しくも過酷で 哀しい愛の記憶―「あの日 あの時 愛の記憶」

著者: 桜山豊夫

ページ範囲:P.734 - P.734

 ホロコーストについては「アンネの日記」(1959)や「シンドラーのリスト」(1993)でも描かれており,本欄でもご紹介した「アンネの追憶」(2009)では,強制収容所での生活も生々しく描写されていました.今月ご紹介する「あの日 あの時 愛の記憶」もホロコーストを題材としていますが,また違った雰囲気を持った映画です.

 1976年のニューヨーク,主人公の女性ハンナ(ダグマー・マンツェル)が,ホームパーティーで使うテーブルクロスを受け取りにクリーニング店に現れる場面から映画は始まります.店のテレビでは,第二次世界大戦中のことを話題にしていました.それを見たハンナは茫然自失となり,急いで家に戻ります.彼女は何故急に家に戻ったのか,観客も理解できないまま,舞台は1944年,第二次世界大戦下のポーランドに移ります.

公衆衛生Books

―野中 猛(著)―『心の病 回復への道』 フリーアクセス

ページ範囲:P.738 - P.738

 本書では,膨大な精神医学の知見や,急速に発展した脳神経に関する情報と,世界と日本の精神保健システムや精神障害をもつ人々の活動の,ほんの一部をお知らせすることになります.でも焦点は,精神保健がどれほど大切な事柄であり,これからを生き抜く誰にとっても欠くことのできない情報であるかをお伝えするところに,しっかり置いています.

 精神疾患や精神障害は誰にとっても大切な事柄であるはずなのに,目に見えず数字であらわしにくいためなのか,理解されないばかりか,誤解されてもいます.本書では,どこまでが科学でわかっていることで,どこからが現代の課題として残っているのかについて,なるべく私の体験をとおして,昔の歴史から最新の動向まで,明確にお伝えしたいと思います.

予防と臨床のはざまで

25年ぶりの湯野浜と企業における禁煙推進講演会

著者: 福田洋

ページ範囲:P.750 - P.750

 7月30日に,山形県庄内保健所にお声掛け頂き,企業における禁煙推進講演会の講師を務めさせて頂きました.庄内管内事業所の関係職員,各市町健康づくり関係職員,健康づくり協議会委員や地元メディアの方々等々,多くの方にお集り頂きました.実はこの講演会は,企画ご担当の方が本誌の読者で,このコラムを読んでお声掛け頂いたとのこと! 本コラムも100回,8年を超えました.このような思わぬ貴重な機会を頂き,「コツコツ書いて来たことが無駄ではなかった」と,とても嬉しい気持ちになりました.

 さて,講演会では「社員と会社を守る禁煙推進について」と題して,2009年に大阪府立健康科学センターの中村正和先生と行った全国の健保組合に対する喫煙対策実態調査の結果と,先進企業におけるグッドプラクティスを踏まえて,組織における禁煙推進についてのヒントについてお話ししました.健保組合の実態調査から,全面禁煙は約1割,分煙が約7割,情報提供の実施が約4割,禁煙支援・治療の提供約3割という実態から考えても,まだ「リーチ×パワー=インパクト」を考慮した様々な施策を行う余地があります.しかし全面禁煙をはじめ,事業所での対策を力強く推進するには,トップの決断が不可欠です.そのため禁煙を健康面だけからでなく,CSR(企業の社会的責任)や企業ブランド,生産性や労働損失,ヘルスリテラシーなどの様々な側面から捉えることの重要性をお話ししました.

--------------------

投稿規定 フリーアクセス

ページ範囲:P.751 - P.751

あとがき・次号予告 フリーアクセス

著者: 西田茂樹

ページ範囲:P.752 - P.752

 今回は独居高齢者の健康について特集を企画しました.独居高齢者の増加の要因のひとつである寿命の延びはいずれ止まると思われますが,核家族化の進行や生涯未婚率の上昇は今後も続く可能性があります.特に三世代家族の減少,すなわち,核家族化の進行は止めることができないと思われ,独居高齢者の数は増え続けることが予想されます.したがって,独居高齢者への対応は,将来的に,今以上に社会の課題になっていくのではないかと思われます.

 本号の特集内にも書かれているように,独居高齢者イコール不幸せあるいは不健康と言うわけではなく,充実かつ幸せ,健康的な一人暮らしを営んでおられる高齢者の方も数多くおられると思います.しかし,高齢に限らず,一人暮らしは,家族等との同居と比べて,それなりに健康面や生活面に危険を抱えており,さらに高齢者ではその危険度は増すと考えられ,高齢者の保健・福祉において,独居者への対応は重要な課題だと考えられます.本特集において,独居高齢者の健康問題を,生活実態や自立度,孤立死,閉じこもり,孤独感,食生活・栄養,男性高齢者の生活など,様々な面から解説して頂きました.読者の皆様の活動に参考になれば幸いです.

基本情報

公衆衛生

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1170

印刷版ISSN 0368-5187

雑誌購入ページに移動

バックナンバー

icon up

本サービスは医療関係者に向けた情報提供を目的としております。
一般の方に対する情報提供を目的としたものではない事をご了承ください。
また,本サービスのご利用にあたっては,利用規約およびプライバシーポリシーへの同意が必要です。

※本サービスを使わずにご契約中の電子商品をご利用したい場合はこちら