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雑誌目次

雑誌文献

公衆衛生77巻1号

2013年01月発行

雑誌目次

特集 公衆衛生の危機

フリーアクセス

ページ範囲:P.5 - P.5

 わが国の公衆衛生の専門職は長い間「保健所法」のもとで,保健所に勤務することにより育てられてきました.「地域保健法」が施行されてから,保健所の数が大幅に減少し,「公衆衛生」という言葉も使われることが少なくなっています.また,保健師の過半数は保健所以外に勤務しています.さらに,多くの指定都市では保健所が1か所となったことにより,医師や保健師は保健所以外に勤務している人が多くなっています.県によっては保健所が福祉と統合され,保健福祉事務所などとされています.

 今や,保健所に勤務していることと公衆衛生人とが重ならない時代となっています.

公衆衛生システムの危機―専門性とアイデンティティ強化のために

著者: 佐甲隆

ページ範囲:P.6 - P.10

はじめに

 今,社会全体が過渡期にあり,再生の苦しみにあえいでいる.公衆衛生も例外ではない.法整備や制度充実によって,高い健康水準と世界的な長寿を実現した日本の公衆衛生システムも,多くの問題を抱えている.

 現実的な危機の深刻さは,事件そのものの規模や重大性と,それに対応できるシステム能力との間の落差に他ならない.システムがしっかりしていれば,被害の多くは防げるが,制度疲労があると社会的負荷も増す.近年,従来の制度では限界があると感じる課題も増えてきた.また人材面でも,専門性やアイデンティティへの不安がある.これまで,様々な問題解決を先送りにしてきたつけが回ってきたようだ.

 一見盤石に見える日本の公衆衛生システムは本当に機能しているのか,課題への対応能力はどうか,どう改革すべきなのか,が本論の問題意識である.システム危機を放置すれば,人災につながる.厳しい現状の認識は痛みを伴うが,これは改善と向上の出発点でもある.時代の転換期である今こそ,真剣に現実に向き合い,その本質的問題とこれからの方向性を考えたい.

労働者保護から見たわが国の公衆衛生の危機

著者: 車谷典男

ページ範囲:P.11 - P.15

 本稿では,わが国の労働者が直面している重要問題を紹介しつつ,保護されるべきものは何か,その中で期待されている公衆衛生の役割は何かを述べてみたいと思う.ただ,与えられたテーマが大き過ぎて拙論になることをお許し願いたい.

子どもの支援と公衆衛生への期待

著者: 荘保共子

ページ範囲:P.16 - P.25

子どもの居場所としての「こどもの里」

 1.あそび場,逃げ場で,生活の場

 「こどもの里」には,0~18歳の児童だけでなく,「こどもの里」を卒業した大人たちもその子どもたちもやって来る.そこには,赤ちゃんの世話をする小・中・高生がいる.オムツを変える子,泣きじゃくる赤ちゃんを抱っこしてあやす子,笑わせている子,ごはんを食べさせている子,障がいのある子の顔を拭いてあげている子がいる.「こどもの里」で子育てを経験している.みんなのために包丁を持ち,野菜を切って料理する幼児,小・中・高生がいる.みんなで一緒にご飯を食べる.けんかしながら,汗かきながら,他の学校の友だちと遊ぶ子どもたち,幼児が遊ぶ側で,気を遣いながらボール遊びをする子がいる.小学生の勉強をみている中・高生.手話で話し合っている子がいる.社会を学ぶ学習会に真剣に取り組む子どもたちもいる.おにぎりを握り,野宿する人たちを訪問して「体,大丈夫ですか?」と声をかけ,「ありがとうね」と返ってくる言葉に自信を息吹かしている子どもたちがいる.貧困の中,学校や家庭や社会がしんどくなって,傷ついた心を休めている子,寂しくって泣きに来る子.誰かに聴いてもらいたくて,誰かに喋りたくて来る子がいる.

医療崩壊を阻止せよ―国民皆保険制度と医療の未来

著者: 今村聡

ページ範囲:P.26 - P.29

はじめに

 日本が公的国民皆保険制度を達成して50年が経過した.この50年間に,わが国はWHOの評価やOECD(経済協力開発機構)ヘルスデータにおいて,世界トップクラスに評価されるアウトカムを達成している(表).こうした保健医療分野での日本の功績を称え,『LANCET』誌が2011年9月,先進国単独では初めて,日本特集号を刊行した.短期間で長寿社会を実現した要因,皆保険制度の長所と限界,高品質低コスト医療の実態,急速な高齢化に対応する介護保険制度導入による成果と課題,保健外交における日本の優位性と役割が論じられている.

 海外からも極めて優れた制度と認識されている日本の医療制度も,経済の低迷に伴う財源不足,高齢化,医療の高度化等,多種多様な要因により,制度疲労を生じている.今こそ将来に向かって,医療の再構築を図っていかなければならない.

わが国の感染症対策と公衆衛生の課題

著者: 中瀨克己

ページ範囲:P.30 - P.35

 そもそも,「公衆衛生の危機」という特集が,予測される事象ではなくその対応体制について組まれること,そしてその項目に感染症が含まれることは,公衆衛生に従事する者として,また,先進国とされる日本の国民としても,大変残念と言わざるを得ない.感染症対策は,防災と並び国民の安全を衛る国の責任の最優先の分野ではないだろうか.この危機感の背景には,2011年の東日本大震災,福島原発事故および以降の国の災害対応で,国民の感じる不安が大きかったことがあるように思える.防災における危機対応の体制が,今回の事例を通じて改善されつつあると感じられない国民は多いのではないだろうか.

 その一方で,全国保健所長会は現場統括者として,健康危機管理体制の研究や技術研修,マニュアルの作成を行い,保健師,栄養士等も,職能別に健康危機管理体制における個別分野での努力を行い,その実績は積み重なっている.にもかかわらず,公衆衛生分野内からも本特集内に感染症対策が必要とされる不安があるのは,なぜだろう.日々の努力と目指すべき目標とにミスマッチがあるのだろうか.それとも,マスメディアの情報等による間違った認識なのだろうか.

災害公衆衛生チーム(Disaster Public Health Assistance Team:DPAT)の創設と災害時における保健所の役割

著者: 笹井康典

ページ範囲:P.36 - P.39

はじめに

 1995年の阪神・淡路大震災以降,地震災害時の医療,公衆衛生対策は,その後の災害の教訓を生かしながら整備されてきた.しかし,東日本大震災は,災害により市町村の行政機能が破壊され,その結果,被災地の情報の収集,伝達機能が機能不全に陥った場合,どのように対応するのかという新たな課題を突き付けた.

 本稿では,まず東日本大震災を教訓とした国全体の災害対策の再検討の状況についてレビューするとともに,この新たな課題の解決策を検討し,加えて,災害時における保健所の役割について述べる.

わが国の公衆衛生と保健所の危機

著者: 櫃本真聿

ページ範囲:P.40 - P.43

はじめに

 危機は公衆衛生だけに限ったものではなく,“公衆衛生も保健所もまた危機”と言うべきだろう.少子高齢化,経済破綻,そして最も大きい要因であろう地域の互いの信頼関係や支え合い等の脆弱化を背景として,あらゆる分野に危機が訪れている.この負の潮流の中で,保健予防の範囲に限定された縦割りの“公衆衛生行政”だけで危機回復に臨むのは無謀であり,地域づくりを担う広義の公衆衛生として,地域一丸となって挑んでこそ,道が拓かれる.ここに及んで,中央行政や制度改革等の外部力で危機回避を期待しているのであれば,すでに危機の段階は終了し,崩壊・終末を迎えたと言ってもよい.危機を感じている保健所が自ら健康危機管理を担うことで,国の指示を受けて健康危機管理に保健所の生き残りを託して関わっているとしたら,残念ながらその結果は見えているように思う.公衆衛生に対する正しい理解と,重要性の再認識により,地域に目を向け,「(地域力を含めた)住民力」をエンパワメントして地域づくりを展開することが,あらゆる分野の危機回復につながると確信している.

 第50回および60回の全国保健所長会の記念シンポジウムで,筆者は発言の場をいただいたが,65回目の今もその時の意見と概ね変わっていない.“ぶれないこと”を自分の誇りにしてきた.これまで職場やポジション,取り組む課題が変わっても,「住民力」のエンパワメントこそが公衆衛生に必要不可欠であることを意識して取り組んできたことが根底にある.当時WHOにおられた尾身茂先生が,「最重要課題は地域における関係性の再構築」と指摘されたことが印象深く,今も私にとって大切な道標になっている.関係性の再構築を目的に,日常の活動が見直されれば,公衆衛生の第一線機関としての保健所の危機は,必ず克服できると思う.

公衆衛生医師のアイデンティティの危機

著者: 白井千香

ページ範囲:P.44 - P.47

 アイデンティティクライシスは,辞書によれば「自己同一性の喪失」を意味するが,そもそも若者が「自分は何なのか」「自分にはこの社会で生きていく能力があるのか」という疑問を持つことであるとも解説されている.公衆衛生医のアイデンティティクライシスに置き換えると,「公衆衛生(医)は何なのか」「公衆衛生(医)はこの社会でどんな役に立つのだろうか」といった不安に突き当たる状況であろうか.自らの過去を思い出すと,その不安が湧き上がってきたのは,公衆衛生医師としての実績経験が乏しい時期であったり,思い描いていたものが目の前の業務と大きなギャップを感じる時期だったりした.現在に及んでも,確固たるアイデンティティの上に立っているかというと,軸足がぶれていないか,確認しながらの毎日である.

 公衆衛生医師の主な居場所である保健所がどのように変わってきたのか,公衆衛生医師はどんな立ち位置にいるのか,私見を述べる.

地方衛生研究所の将来

著者: 小澤邦寿

ページ範囲:P.48 - P.53

はじめに

 1.ゆうパック事故で露呈した地方衛生研究所の実態

 平成23(2011)年10月,地方衛生研究所(以下,地研)から発送された患者検体入りのゆうパックの容器が爆発する事故が発生した.検体や病原体を輸送する手段として,ゆうパックは郵政公社時代から危険物(感染性物質)の運送を,安価な料金で引き受けてもらっていた.爆発の原因は,密閉容器にドライアイスを入れたまま発送するという,初歩的なミスによるものであった.

 しかしその後,事態は思わぬ方向に進展した.日本郵便株式会社が,公益性を考慮しての優遇措置は継続できないとの理由から,病原体の輸送については,頑丈な4重容器に入れた上で,高額の運送料を課すという規定の変更に踏み切ったのである.もちろん,郵便会社の言い分はもっともであり,事故を受けてのこのような対応は仕方のないことであろう.それよりも,職員のミスはあったにせよ,これをチェックするバックアップ体制が当該地研になかったことがむしろ問題と考えられた.また,その地研では職員数がギリギリまで削減されており,チェック体制も組めないような定員配置であったことものちに判明した.

 この事故の影響は,病原体輸送手段を今後どう維持するかという問題として,全国の地研や医療機関に波及した.また,公的試験研究機関の職員や予算の大幅な削減が,このような取り返しのつかない事態を招く結果となる,という実例である.“聖域のない”行政改革や地方分権の推進が,地研にこのような「地盤沈下」をもたらしていることは事実であり,今回の事故は,すでに「危機的な機能低下」を来している地研が現に存在するという事実を,表面化させたものと見ることもできる.

 地方財政はそれ程までに逼迫している,ということであろう.

視点

アフリカの結核対策―DOTS推進に向けて

著者: 徳永瑞子

ページ範囲:P.2 - P.3

 アフリカにおける結核対策は,最も重要な公衆衛生上の課題である.『WHO REPORT 2011, global tuberculosis control』によると,2010年の世界の結核罹患率は178(10万対)で,アフリカは332,世界のほぼ2倍である.アフリカの1990年の結核罹患率は331で,未だに20年前より高値である.特にサハラ以南のアフリカ諸国では,結核の罹患率,死亡率,有病率ともに極めて高い.アフリカ諸国は「ミレニアム開発目標」の達成に向けて努力をしているが,2015年までにHIV(ヒト免疫不全ウイルス)や結核に関しては,目標を達成することは不可能であると見込まれている.その理由は,アフリカ地域のHIVの蔓延で,結核とHIVの二重感染者が増加したためである.HIV感染者で最も多い日和見感染症は肺結核である.さらに,貧困と劣悪な環境が重なって周囲に二次感染を引き起こし,結核患者は増加した.

 アフリカの結核対策について,中央アフリカ共和国を例に述べたい.中央アフリカ共和国は,アフリカの中央部に位置し,周辺を6か国に囲まれた内陸国で,開発が遅れ産業も乏しい.国民総所得は470米ドル(ユニセフ子供白書,2011)で,世界の最貧国の1つである.

連載 保健活動のtry! 学会で発表しよう 論文を執筆しよう・22

編集委員会とのやりとり(その3)

著者: 中村好一

ページ範囲:P.55 - P.58

 前2回のような編集委員会とのやりとりを経て,めでたく採用通知(「本誌に論文として掲載します」という通知)が届いてから,実際に刊行されるまでの話をする.

災害を支える公衆衛生ネットワーク~東日本大震災からの復旧,復興に学ぶ・10

陸前高田市を支えた保健所機能

著者: 佐々木亮平 ,   岩室紳也

ページ範囲:P.59 - P.64

「被災地」は同じではない

 今回のタイトルは「災害時に求められる保健所機能」ではなく,「陸前高田市を支えた保健所機能」とした.東日本大震災発災から1年8か月が経ち,日本公衆衛生学会のシンポジウムをはじめ,様々な立場で災害後の公衆衛生活動が検証されている.しかし,陸前高田市に照らし合わせると,的を射てないと感じる場合が少なくない.その理由は,一口に「被災地」と言っても,被災状況は人的,物的,さらにはメンタル面も各地事情がまったく異なるからであり,われわれも本連載で「災害時に求められる…」という表現を使うことは,かえって他の被災地に対して失礼ではないかと強く思うようになってきた.本連載のタイトルは「陸前高田市の被災を支える公衆衛生ネットワーク~陸前高田市の復旧,復興に学ぶ~」が適切であったと思い,反省している.このように日々迷いながらも,とにかく被災地の状況を発信し続けようという思いだけでこの連載が続いていることをご理解いただきたい.

講座/健康で持続的な働き甲斐のある労働へ─新しい仕組みをつくろう・10

危険有害な労働環境の現状と今後の改善方策

著者: 久永直見

ページ範囲:P.65 - P.68

 日本の労働災害は,いまなお多数発生している.その背景には,危険有害な労働環境の改善が十分でないことがある.

 本稿では,現在の労働災害の発生状況を概観し,次に改善すべき課題を示す.具体例として,保健衛生業における腰痛,建築業における粉じん・騒音・手腕振動,印刷業における胆管がんを紹介する.その上で,今後の改善方策として,日本学術会議提言が指摘した事項とともに,学校教育に安全衛生を組み込むことの重要性を述べる.

「笑門来健」笑う門には健康来る!~笑いを生かした健康づくり・10

笑うと呼吸機能が良くなる?―「笑い」と「呼吸機能」との関連について

著者: 大平哲也

ページ範囲:P.69 - P.71

 慢性閉塞性肺疾患は,英語のChronic Obstructive Pulmonary Diseaseの頭文字から,COPD(シーオーピーディー)と呼ばれます.主に,タバコ煙を主とする有害物質を長期に吸入曝露することで生じた肺の炎症性疾患であり,体動時の息切れ,呼吸困難や慢性の咳,痰などの症状が出ることで知られています1).WHO(世界保健機関)の報告によると,COPDにより亡くなった人の数は世界中で年間300万人にも上り(2005年),今後10年間でさらに30%増加すると予測されています.日本では,特に男性の喫煙率が高いことから,その頻度も多く,厚生労働省の統計では,2005年にCOPDで亡くなった人の数は14,000人以上であり,死亡原因の10位,男性に限ると7位を占めていることが報告されています.一方,COPDの治療としては,薬物療法に加えて呼吸リハビリテーションの重要性が指摘されています1)

 近年,この呼吸リハビリテーションの一環として,笑いの効果が注目されるようになってきました.

公衆衛生Up-To-Date・1【新連載】 [国立感染症研究所発信:その1]

警戒しないといけない輸入感染症の話題「デング熱,チクングニア熱」

著者: 高崎智彦

ページ範囲:P.72 - P.74

はじめに

 デング熱・デング出血熱は,デングウイルス(Dengue Virus)の感染によって発症する急性熱性感染症である.ネッタイシマ蚊(Aedes aegypti)およびヒトスジシマ蚊(Aedes albopictus)が主たる媒介蚊である.さらに,デングウイルスと同じ蚊により,媒介されるチクングニアウイルスというウイルスが,東南アジアや南アジアで流行している.2つのウイルスは,ウイルス学的には異なる科に属するが,臨床症状はかなり類似しており,突然の発熱,関節痛,発疹が主症状である.デング熱は日本国内では1942~1945年にかけて流行したが,その後国内流行はない.しかし,海外のデング熱流行地域からの輸入症例は毎年100~200例前後報告されている.都市部で流行するデング熱とチクングニア熱は,地球温暖化と経済発展に伴う都市への人口流入という要因から,流行拡大が予想され,輸入症例に端を発した国内流行発生に注意が必要である.

リレー連載・列島ランナー・46

医療法と地方自治体

著者: 加藤昌弘

ページ範囲:P.75 - P.78

はじめに

 「衛生行政」という言葉で代表される自治体が行う公衆衛生業務は,その多くが個別法令によって為すべき事柄が規定されており,自治体各々はその規定に則り,現状を鑑みつつ,公衆衛生の推進にあたっている.

 ただし分野ごとに見れば,地域性や自治体の実情が優先され,その推進にあたり多少の柔軟さを持っての対応が容認される分野と,全国一律に水準が確保されることが当たり前とされる分野に大よそ分けられると考えられる.その中で一律が当然とされる分野の代表格は,人の生命に直結する分野,すなわち医療や衛生に関わる分野であり,具体的には,医療の質の確保,食品衛生や感染症への対応などがそれに該当すると思われる.

 そこで,本稿では公衆衛生医師である筆者自身の経験を顧み,医療法に関連して医療の確保という点を中心に,県と保健所の役割について振り返ってみる.

資料

運動継続の支援方法としての携帯電話の利用可能性

著者: 岡本希 ,   中谷敏昭 ,   松﨑三十鈴 ,   菊川早苗 ,   岡野雅洋子 ,   永原理英 ,   車谷典男

ページ範囲:P.79 - P.83

緒言

 市町村保健センターが地域住民を対象に行う運動プログラムの形式には,運動指導者と参加者との関係が対面式のものと非対面式のものとがある.前者は,週1,2回の頻度で,運動指導者の直接的な指導のもと,有酸素運動や柔軟運動,レジスタンストレーニングを実践する.後者は,運動適応の可否判断や適切な運動強度などの導入部分の指導後は,参加者個人で運動を継続するというものである.

 意欲継続の支援方法として,日記帳形式の記録表に運動内容を記入するという方法がよく使われる.非対面式のプログラムの場合,運動指導者がその記録表を確認する機会が少ないため,参加者が保健センターや運動指導者側から情報や助言を受けることが制限される.参加者が運動の実施状況を入力したり,保健センターからサーバーにアップロードされた情報を確認したりすることが可能な専用サイトがあれば,非対面式であっても,保健センターおよび運動指導者側と参加者間の双方向のやり取りが可能となる.

 本研究では,地域住民を対象に,支援方法として携帯電話からアクセス可能な専用サイトを利用した歩行主体の非対面式運動プログラム(以下,携帯電話利用型プログラム)を提供した.目的は,運動プログラムの体力への効果と継続率について,筆者らが以前同地域で実施した,非対面式の運動プログラム(支援方法として日記帳形式の記録表を利用)1)の効果と比較することで,支援方法としての携帯電話の利用可能性を検証することであった.

ジュネーブからのメッセージ

公衆衛生の最良の日々はこれからだ!

著者: 中谷比呂樹

ページ範囲:P.15 - P.15

 明けましておめでとうございます.年頭の,しかも,この連載の第1回を“I believe the best days for(public)health are ahead of us, not behind us.”(公衆衛生の最良の日々はこれからだ!)というWHO事務局長マーガレット・チャン博士の任期延長受諾演説(2012年5月)の引用から始めたいと思います.確かに,財政危機,政治の不透明感,政官学あらゆる方面への不満など,閉そく感が世界の多くの国を覆っています.

 一方,所謂,新興国・途上国の発展は目覚ましく,明日は今日より必ず幸せになっているはずだと信じている多くの人々がいます.事実,世界銀行の予測では,アフリカの多くの国が今後10年以内に低所得国状態を脱し,中所得国に移行するとしています.この背景には,21世紀に入って最初の10年に行われたエイズ・結核・マラリアを中心とする国際保健ODA(開発援助)等資金の2.5倍増が,これら三大感染症の新規発生の減少と健康な労働者と消費者を創ったことがあると言ったら,WHOの担当局長である私の我田引水でしょうか.

映画の時間

―「ロミオとジュリエット」「ハムレット」…あの名作を書いたのは別人だった―もうひとりのシェイクスピア

著者: 桜山豊夫

ページ範囲:P.64 - P.64

 ひとりの俳優が“ANONYMOUS”という名の劇場へ急いでいます.開幕ぎりぎりに間に合った俳優は,デレク・ジャコビ.イギリスの有名なシェイクスピア俳優です.彼のモノローグから映画は始まります.数々の傑作を生み出したシェイクスピア,しかし彼の人生は謎だらけ.その謎に迫る物語がはじまります.コーラス(劇の解説者)をよく使うシェイクスピア劇を想わせる,にくい演出です.原題でもある“ANONYMOUS”(アノニマス)と言うと,最近はインターネット上で有名ですが,本来は「匿名」とか「作者不詳」と言った意味,なんとも象徴的な題名です.

 英文学史上,最高の劇作家と言われ,37編の戯曲をはじめ,多くの作品を残したシェイクスピアですが,今に至るも,彼自身の自筆原稿は発見されていません.イングランドの片田舎,ストラトフォード・アポン・エイヴォンに生まれ,さしたる高等教育も受けていない彼が,なぜあれだけの優れた作品を書き上げることができたのか.また臨終に際しての遺言のなかでも,彼は自分自身の作品について一言も触れていない事実.シェイクスピアの作品はシェイクスピア本人が書いたものではなく,別の作者がいたのではないか,という疑問は以前より指摘されていました.

予防と臨床のはざまで

職域におけるヘルスリテラシー

著者: 福田洋

ページ範囲:P.84 - P.84

 現在,世界中で健康格差が進行し,以前にも増して健康に生きるための個人の能力が重要になってきています.健康格差への戦略として“The ability to access, understand, and use information for health”(Nutbeam D, 1998)と定義されるヘルスリテラシーが注目され,日本よりも健康格差が深刻な米国では,健康政策指標である「Healthy People 2010」でも,国民のヘルスリテラシー向上が国家目標に掲げられました.

 2010年秋,幸運にもロンドンの郊外にあるサウサンプトン大学へ,ヘルスリテラシー研究の第一人者ナットビーム教授を直接お訪ねし,インタビューすることができました.ナットビーム教授は,ヘルスリテラシーは「単に個人を健康にするだけでなく,組織,地域や社会を健康にする力がある」とおっしゃっています.つまり,ヘルスリテラシーが高い人は,もちろん禁煙したり,運動をはじめたり,食事に気をつかったりしますが,それだけでなく,仲間を誘ってサークル活動を始めたり,周囲の人にも禁煙を勧めてくれるかもしれません.社内にヘルスリテラシーが高い人が増えると,自然と口コミで正しい健康情報が広まり,会社全体が健康になるということが期待できます.つまりヘルスリテラシーを単なるリスクファクターとしてでなく資産(アセット)として捉える考え方で,非常に共感できるものでした.約1時間,臨床と公衆衛生,米国と欧州での捉えられ方の違い,知識(ナレッジ)とリテラシーの差など多くのことを議論でき,自分にとって大変貴重な時間となりました.ナットビーム教授に日本の企業での職域ヘルスプロモーションの取り組みを紹介したところ,「それは間違いなくヘルスリテラシーを高める取り組みだよ」とおっしゃって頂きました.

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投稿規定 フリーアクセス

ページ範囲:P.85 - P.85

次号予告・あとがき フリーアクセス

著者: 阿彦忠之 ,   品川靖子 ,   高鳥毛敏雄 ,   成田友代 ,   西田茂樹

ページ範囲:P.86 - P.86

●本号の特集を拝読し,恩師の新井宏朋先生が1995年の日本公衆衛生学会総会(会長講演)で提唱された「公衆衛生のパラダイムシフト」を思い出しました.疾病管理から健康なまちづくりへ,疫学偏重から政策科学重視へといった提案には,公衆衛生の危機を打破したいとの思いが込められていました.あれから18年.危機は複雑化し,更なるパラダイムシフトが必要と感じた次第です. (阿彦忠之)

●地域保健法成立以降の怒涛のような保健所統廃合と行政の組織改正により,公衆衛生は大転換期を迎えています.時代や社会とともに健康課題は変わるため,それに対応する組織や体制も変化しますが,公衆衛生の重要性に変わりはありません.大局を見る目と柔軟な発想で課題に取り組み日々活動していくことが,公衆衛生の明るい未来につながると信じています. (品川靖子)

基本情報

公衆衛生

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1170

印刷版ISSN 0368-5187

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