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雑誌目次

雑誌文献

公衆衛生77巻12号

2013年12月発行

雑誌目次

特集 がん対策の強化

フリーアクセス

ページ範囲:P.947 - P.947

 がん対策基本法(以下,基本法)の制定から7年経過しました.この間,がん診療連携拠点病院の整備やがん医療を担う専門的な医療従事者の養成などが計画的に進められるとともに,対策評価のアウトカム指標としていた「がんの年齢調整死亡率」が低下傾向で推移するなど,一定の成果が得られたといわれております.

 また,基本法に基づき平成19(2007)年6月に策定された「がん対策推進基本計画(以下,基本計画)」では,緩和ケアの充実,がん治療における放射線療法と化学療法のさらなる充実,がん登録の強化などを重点課題として,各種施策が推進されました.しかし,これらの課題に関する施策の成果はまだ十分とはいえず,がん予防施策(喫煙対策,肝炎ウイルス対策など),がん医療の提供体制や働く世代のがん対策(検診受診率,患者の就労支援)などの地域格差も依然として大きいのが実情です.

わが国のがん対策の評価―新たな政策立案に向けて―“評価1.0”から“評価2.0”への道のり

著者: 埴岡健一

ページ範囲:P.948 - P.955

「アウトカムベースの評価」と「本物のPDCAサイクル」を目指して

 がん対策推進基本法が施行され,がん対策推進基本計画が始まってから6年半が経過した.この間,がん対策に多くの労力と予算が投入され,対策推進は格段と活発になったと考えられる.大きな節目となる10年目の2016年度末まで,あと3年余りとなる.これからは,がん対策が患者・国民に果実をもたらしていることを示すことが重要となる.それによって,効果をもたらす施策をより強化して効果をより高めるという循環を生むことができる.また,がん対策に取り組む関係者が,迷いなく取り組みにまい進することができるようになる(表1).

 そのためには,アウトプットベースの「評価1.0」からアウトカムベースの「評価2.0」に移行し,「仮のPDCA(計画,実施,評価,改善)サイクル」から「本物のPDCAサイクル」へと軌道を一段高めることが欠かせない.本稿では,「第1期がん対策推進基本計画(2007~2011年度)」(以下,第1期基本計画),および「第2期がん対策推進基本計画(2012~2016年度)」(以下,第2期基本計画)に組み込まれている評価に関する基本的考えを検討し,「第2期都道府県がん対策推進計画(2013~2017年度)」(以下,第2期県計画)に実際に含まれた評価の実施方法を視野に入れたうえで,「評価2.0」に早期に移行するための道筋を示したい.

がん予防研究の成果と新たな展開

著者: 津金昌一郎

ページ範囲:P.956 - P.960

はじめに

 がんの罹患を未然に防ぐ(がん罹患確率を下げる)“がん予防”,がんに罹患していてもがんによる死亡を防ぐ(がん死亡率を下げる)“がん検診”は,がん対策の第一・第二の砦であり,それぞれ,「第一次予防」・「第二次予防」と称されている.

 平成19(2007)年4月1日から施行されている「がん対策基本法」においても,国民の責務として,「国民は,喫煙,食生活,運動その他の生活習慣が健康に及ぼす影響等がんに関する正しい知識を持ち,がんの予防に必要な注意を払うよう努めるとともに,必要に応じ,がん検診を受けるよう努めなければならない」と記され,がん対策における重要な柱となっている.

 がん予防に関する正しい知識やがん検診の有効性については,複数の科学研究により作られ検証されている.その中でも,生活習慣や検診受診などさまざまな要因についての情報を収集し,その後のがん罹患との関連を検証するコホート研究や,要因をランダムに割り付けることにより,その予防効果を検証する介入研究(ランダム化比較試験)からのエビデンスは,確かながん予防に結びつけるためには必須である.

 健康な人のがんの罹患率は必ずしも高くないためにいずれも大規模である必要があり,容易に研究を行うことはできないが,大規模介入研究の成果は欧米を中心に,また,コホート研究については,日本からも成果が得られるようになった.

 本稿では,このような成果をどのようにがん予防に結びつけるのかについて解説するとともに,新たな展開について私見を記す.

がん診療連携拠点病院の課題と展望

著者: 山口建

ページ範囲:P.961 - P.967

はじめに

 がん診療連携拠点病院(以下,拠点病院)は,国民がどの地域に居住していても標準的ながん医療を受けられること,すなわち,がん医療の“均てん”を目標として,2001年度に創設された厚生労働省の制度である.“均てん”とは「均霑」と書き,天からの雨が等しく住む人々に降りかかることを意味し,医療の分野では一定水準以上の医療技術があまねく受けられるようになることを指す.その後,指定要件が厳格になり,2006年には個々の都道府県において,都道府県拠点と二次医療圏の地域拠点という二層構造とすることが決定された.さらに,2008年には診療機能を強化するための指定要件を加え,補助金や診療報酬上の優遇措置などを充実させながら,2013年には全国397の医療機関が指定を受けて現在に至っている.この間,がん拠点病院の制度が中核的な役割を果たすがん対策基本法が2006年に成立し,2007年にはがん対策推進基本計画が策定された(表1)1)

 このような歴史の中で,現在,拠点病院制度における重要課題として2つの格差,すなわち,①拠点病院が空白の二次医療圏が100以上存在し,“均てん”という目標とは逆の地域格差の存在,②拠点病院間の診療機能上の格差の存在,などが浮かび上がってきた.そこで,厚生労働省では現在,拠点病院のあり方について検討を進め2),2013年度には新しい指定要件を定め,2014年度以降適用していく方針を立てている.

 本稿の執筆時点では,新たな指定要件についての最終的な結論は出ていないため,新要件については議論のポイントを中心に述べていきたい.

がん医療情報の提供に関する新たな展開

著者: 柳澤昭浩

ページ範囲:P.968 - P.972

はじめに

 がん対策基本法の成立以降,がん患者に対するがん医療情報は,治療を受ける医療機関からのみならず,政府機関や全国約400に及ぶがん診療連携拠点病院,病院・診療所を含む医療機関,がん関連学会,患者団体や支援団体,製薬・生命保険などの民間企業などから,従来に比べより広く提供されるようになった.

 その媒体も,医療者,相談支援センターなどによる直接的な対話以外に,テレビ,新聞などのマスメディア,書籍,冊子などの出版物のほか,近年ではインターネットが重要な役割を担っている.総務省による平成24(2012)年版情報通信白書によると,日本におけるインターネット利用者数は,9,610万人に及び,人口普及率は79.1%となっており,がんの好発年齢である高齢者の利用者数,利用率も伸長している.

 しかしながら,これらのがん医療情報,特にインターネットにおけるがん医療情報は玉石混交であり,時にがん対策基本法の基本理念にある「がん患者がその居住する地域にかかわらず等しく科学的知見に基づく適切ながんに係る医療を受けることができるようにすること」の阻害要因にもなっている.

 本稿では,現在,がん患者のがん医療情報入手源の第1位であり,今後ますますその重要性が問われるインターネットのがん医療情報の現況について紹介する.

「がん対策推進基本計画」の重点課題への対応

地域がん登録の現状と新たな展開

著者: 柴田亜希子

ページ範囲:P.973 - P.977

地域がん登録の定義と機能

 地域がん登録の定義は,「人口単位,すなわち一定地域に居住する人に発生するがんの登録」である1).英語ではregional cancer registryとも表記されるが,その実態はpopulation-based cancer registryのほうが端的に表している.登録から得られる基本的な成果は,疫学の基本である,人,場所,時間を単位とするがんという疾病の発生率(罹患率)の統計である.地域がん登録が国際的に開始された1940~1950年代当初の機能が罹患統計の提供であったものの,登録された患者の生存率まで計測することで,当該地域における一次予防,早期診断,治療などに関する住民サービスの効果を検証する機能まで,段階的に拡大してきている1).日本においても地域がん登録資料は,検診の精度管理や病院規模と治療効果の関係などの分析に多数利用されていることが,NPO法人地域がん登録全国協議会のホームページ(http://www.jacr.info/about/yakudatsu.php)で「がん登録が役立った例」として紹介されている.

がん緩和の現状と課題

著者: 江口研二

ページ範囲:P.978 - P.982

はじめに

 2006年に成立したがん対策基本法に基づいて,都道府県においてがん対策推進計画が展開され,5年が経過した.2013年度以降には,これまでの進捗状況を踏まえ,診断時(早期)からのがん緩和ケアを全国で提供できる体制の整備が始まった.がん緩和医療に関して,過去5年間のがん緩和医療の充実により,全国のがん診療連携拠点病院を中心とした「量」の整備から,「質」の整備へ動きだしたといえる.

働く世代のがん検診の課題と受診促進策

著者: 松田徹 ,   本間清和

ページ範囲:P.983 - P.986

はじめに

 がん対策上,がんの罹患を未然に防ぐ一次予防と,がんに罹患していてもがんによる死亡を防ぐ二次予防が重要な位置を占めることは論をまたない.ところががん検診の重要性は認識されているものの,受診率は低迷している.がん対策に関しては平成18(2006)年に,がん対策基本法が成立し,その翌年にがん対策推進基本計画が策定され,平成24(2012)年にがん対策推進基本計画の更新が閣議決定された.

 その中で「働く世代のがん検診」が重点課題とされ,現在厚生労働省の「がん検診のあり方に関する検討会」で無料クーポンや,自治体から事業所へのアプローチ,コール・リコールなどについて議論されている.「働く世代の」とは,「職域検診の」と置き換えてもよい.山形県の状況を通して,わが国における実行可能ながん検診について考えたい.

がん患者の就労支援―わが国の現状と今後の課題

著者: 高橋都

ページ範囲:P.987 - P.991

はじめに

 「がんは日本人の死因の第1位である」,「日本人の2人に1人が一生のどこかでがんになり,3人に1人ががんで亡くなる」.これらは一般市民向けのがん講座などで頻繁に聞かれる表現である.このように,がんという病気がわれわれにとって極めて身近な病気であることが強調され,その予防や早期発見に向けた公衆衛生活動が広く展開されてきた.しかし,実際にがんと診断された後の人生を充実させるための考察や支援実践は,予防活動と比較するとこれまではるかに手薄であったといわざるを得ない.がんの診断・治療後に社会生活を送るプロセス(がんサバイバーシップ)に関する研究は国際的にも注目され,中でもがん患者や家族の就労支援は重要トピックとされている1).就労は収入の源であるだけでなく,多くの人にとって生きがいや自己のアイデンティティという意味も持つ2).また,患者本人だけでなく,看病する家族の就労にも多大な影響がある3)

 本稿では,働くがん患者を取り巻くわが国の現状と,支援の方向性や今後の課題について論じる.

小児がん対策の新たな展開

著者: 藤本純一郎

ページ範囲:P.992 - P.1000

はじめに

 平成24(2012)年6月に策定されたがん対策推進計画では,小児がん対策が明記された.その中で,個別目標として「小児がん患者とその家族が安心して適切な医療や支援を受けられるような環境の整備を目指し,5年以内に,小児がん拠点病院を整備し,小児がんの中核的な機関の整備を開始することを目標とする」ことが記載されている.現在,この目標を達成すべく,体制整備が進んでいる.すなわち,平成25(2013)年2月には,地方厚生局の地域ブロックを単位として全国で15施設が小児がん拠点病院として指定され,おのおのの病院の個別計画のみならず,地域ブロックにおける診療や患者・家族支援に係る計画が策定されようとしている.また,小児がんの中核的な機関については,おそらく平成25年度中に指定されるものと考えられるが,課題も多く,積極的な取り組みが必要である.

視点

人獣共通感染症対策に貢献する獣医学

著者: 大槻公一

ページ範囲:P.944 - P.945

人獣共通感染症の重要性

 私は35年間にわたって獣医学教育,研究に携わってきました.獣医学教育においても,公衆衛生学の講義および実習は主要な科目として課せられています.この科目は通常,「獣医公衆衛生学」と称します.獣医公衆衛生学は,人獣共通感染症学,食品衛生学および環境衛生学を大きな柱としています.この中で,「人獣共通感染症学」が獣医学教育の特徴的な分野です.

 公衆衛生学を対物衛生と対人衛生の分野に分けるならば,獣医公衆衛生学は,対物衛生に入ると認識されてきました.確かに,食品衛生学と環境衛生学は明らかにその範疇に入ります.「人獣共通感染症学」も,感染症を人からではなく動物側から主として追究することから,最終的には対人衛生でしょうが,対物衛生の面に重きを置いています.しかし,人獣共通感染症を,対人衛生あるいは対物衛生のみの分野と割り切ってしまうと不都合が生じ,それだけでは根本的な疾病対策を立てることが不可能です.

特別寄稿

未来図を描く公衆衛生活動in陸前高田③―新たに生まれている「格差」と向き合うために

著者: 佐々木亮平 ,   岩室紳也

ページ範囲:P.1001 - P.1005

新たな格差

 発災直後の避難所生活では,とにかく生きていくための環境整備がすべての人に共通したニーズであり,未来図のような計画がなくても,現地の状況がよくわからない全国からの応援者も,生きていくというその一点を目指した対応や支援ができた.避難所から仮設住宅に移る際も,早く移れる人,遅くなる人がいても,結果的にはどちらも「仮設住宅」に移ることに変わりはなかった.しかし,2年半余り経ったいま,仮設住宅から次の住処(すみか)に移る際に大きな差,新たな格差が出てきた.

 仮設住宅に2年以上暮らし,それなりに近所づきあいも生まれ,コミュニティが形成されていると考えられている仮設住宅から出る際に,近所への挨拶ができないまま夜逃げのような形で仮設住宅を出る方が少なくないという声が聞かれるようになった.今の時点で仮設住宅を出られる人は自力再建できた人たちである.その一方で,完成がまだ先になる公営の災害復興住宅への入居を余儀なくされている人がいる.家族を含めた被災状況,年齢,仕事,貯金といった個々人の異なる様々な状況の中で,避難所から仮設住宅までは同じ環境で生活していた者が異なる生活を余儀なくされはじめるのがこれからの現実であり,自力再建ができる者からすれば,自分だけが喜んでいるわけにはいかないという思いになる.

連載 この人に聞きたい!・9

遺伝性乳がん・卵巣がん症候群(HBOC)とその予防

著者: 山内英子

ページ範囲:P.1006 - P.1010

はじめに

 米国の人気女優アンジェリーナ・ジョリーさんが,自身の遺伝的背景から未発症の両側乳房を予防的に切除したことから,遺伝性乳がん・卵巣がん症候群(hereditary breast and ovarian cancer syndrome;HBOC)に大きな関心が寄せられている.関心が高まり,この症候群に医療者のみならず社会が注意を払い,必要なリスクの高い人を拾い上げ,その予防策を講じること,またその体制を整えていくことは必要なことではある.しかし反対に,いたずらに不安を煽ったり,また今回のように予防的手術を選択する人の事情もわからずに批判したりするようなことは避けなければならない.一般の人々から質問を受けた時にも,HBOCに関する正確な知識を提供できるように,皆さんと学びたいと思う.

講座/健康で持続的な働き甲斐のある労働へ―新しい仕組みをつくろう・21

地域における労働者の安全と健康―地域保健と産業保健・職域保健の現状と課題

著者: 宮下和久

ページ範囲:P.1011 - P.1014

はじめに

 小零細企業に働く労働者の健康・安全が産業保健と地域保健のはざまにあって,手が届きにくいといった指摘がなされてから久しい.この間,小規模事業所の安全衛生推進者制度の導入,産業医共同選任制度,地域産業保健センター(推進センター)の設置,保健所等地域での健康事業の取り組みが行われてきた.本稿では,地域における職域保健の現状と課題,さらに今後の対策について考察したい.

「笑門来健」笑う門には健康来る!~笑いを生かした健康づくり・19

笑いを生かした健康づくり―地域における笑いと健康づくり活動

著者: 大平哲也

ページ範囲:P.1015 - P.1018

 笑いと健康との関連に関して,本連載では多くの研究報告を紹介してきました.それでは,実際に地域の現場では,笑いは健康づくりにどのように活用されているのでしょうか? 本稿では,笑いと健康づくりに関する各自治体の取り組みを紹介したいと思います.

公衆衛生Up-To-Date・11 [国立環境研究所発信:その1]

環境分野におけるDOHaD研究

著者: 野原恵子

ページ範囲:P.1019 - P.1021

はじめに

 国立環境研究所環境健康研究センターでは,環境中に存在する化学物質,すなわち環境化学物質などの健康影響について,疫学研究と動物実験などによる実験的研究の両面から研究を進めており,また2010年からは,環境省のエコチル調査(子どもの健康と環境に関する全国調査)を推進するためのコアセンターが置かれている.筆者が所属する実験的研究グループでは,これまでにダイオキシンの胎児期曝露の影響研究などを行っている.その研究の過程で胎児期曝露の影響が子の成長後に現れるという現象が観察されることがあったが,当時はそのような現象を系統立てて研究することはなかった.しかし2000年代中頃から,“DOHaD(developmental origins of health and disease)”の考え方が広まり,環境化学物質の胎児期曝露の後発影響をDOHaDの1例として考えることができるようになった.

リレー連載・列島ランナー・57

地区社会福祉協議会と連携したこころの健康づくり

著者: 嶋田純子

ページ範囲:P.1022 - P.1026

 宮崎の西田先生からバトンを受け継ぎました.今回は,仙台市青葉区保健福祉センターで取り組んでいる「青葉区地区社会福祉協議会と連携したこころの健康づくり」について紹介したいと思います.

衛生行政キーワード・92

がん対策における新たな取り組みについて―小児がん対策,がん患者の就労支援

著者: 赤羽根直樹

ページ範囲:P.1027 - P.1029

わが国のがん対策とがん対策推進基本計画の策定

 わが国のがん対策はもともと,昭和59(1984)年に策定された「対がん10カ年総合戦略」,平成6(1994)年に策定された「がん克服10か年戦略」,平成16(2004)年に策定された「第3次対がん総合戦略」に基づき進められてきた.

 そして,平成18(2006)年に成立したがん対策基本法により,がん対策の一層の推進を図ることとし,これに基づき平成19(2007)年に策定されたがん対策基本計画(以下,前基本計画),そして平成24(2012)年に新たに策定されたがん対策推進基本計画(以下,現基本計画)(図1)に従って,がん対策が実施されているところである.

お知らせ

―国際シンポジウム―日本における健康格差と「健康の社会的決定要因」―社会疫学研究の到達点と課題 フリーアクセス

ページ範囲:P.972 - P.972

 WHO(世界保健機関)が「健康の社会的決定要因」をふまえた政策と研究の推進を総会で決議した2009年に,日本福祉大学は,その研究拠点として健康社会研究センターを開設しました.その開設記念シンポジウムで「社会疫学の可能性」を論議してから,早くも5年が経過しました.

 この間に,縦断研究で日本における健康格差の実態を解明し,歯・口腔の健康と転倒や認知症の関連,スポーツ組織参加の介護予防効果などを検証してきました.さらに社会環境レベル要因と要介護リスクとの関連の検証を進めるために,2010年度からは全国31自治体11万人にご協力いただいたJAGES(Japan Gerontological Evaluation Study,日本老年学的評価研究)プロジェクトを展開し,そのデータを活用した地域診断指標の開発,web上でそれらを閲覧できる「介護予防Webアトラス」の開発などの成果をあげ,WHO神戸センターとの共同研究にも取り組んできました.その中には,厚生労働科学研究費補助金を受けた「介護予防政策の見直し」に寄与する研究や「健康格差の縮小」を掲げた「健康日本21(第二次)」の資料に引用される研究成果も含まれています.

ジュネーブからのメッセージ

ゆく年くる年

著者: 中谷比呂樹

ページ範囲:P.1018 - P.1018

 12月になると日に日に出勤してくる職員の数が減り,15日以降のオフィスは静かそのもの.たまった書類を整理したり,来年の計画を立てたり.充足感,希望,そして少し反省が入り混じった念をもって,クリスマスの飾りつけで華やかなジュネーブの風景を見る季節となる.そこで今回は,今年をふり返る意味でも私が考える2013年の国際保健の5大潮流を書いてみたい.

 ひと言で言えば2013年は潮の静かな変わり目の年であったように思う.まず,第1が疾病構造の変化が世界的規模で起こっていることが確認されたことである.5月に公表されたWHO年次統計報告では健康格差が縮小しつつあることが明らかになり,クリス・マレー博士らの世界疾病負荷研究報告では,虚血性心疾患が肺炎を抑えてDALYs(障害調整生命年,disabilty-adjusted life years)リストのトップとなり,3大疾患は,これらに加えて脳卒中.長らく途上国で猛威をふるってきた下痢は4位,HIVは5位に後退している.第2が,このような疾病構造変化は,国際公衆衛生の力点を感染症から非感染症にシフトすべきという論議を巻き起こし,WHO総会では,「非感染症の予防と管理に関する行動計計画とその評価指標(4疾患25評価項目)」,「精神保健行動計画」そして「予防可能な失明と視力障害対策行動計画」が相次いで議決された.

映画の時間

―「私には欲しいものがある!」愛らしく,したたかな闘いが社会の壁を乗り越えてゆく―少女は自転車にのって

著者: 桜山豊夫

ページ範囲:P.1031 - P.1031

 かつては日本でも女性が自転車に乗ると好奇の目で見られた時代がありました.「二十四の瞳」(1954,木下恵介監督)で高峰秀子が演ずる大石先生は自転車で岬の分教場に通って周囲を驚かせました.「青い山脈」(1949,今井正監督)では原節子たちが自転車に乗りながら主題曲を歌うラストが強く印象に残っています.自転車は女性の権利拡大の象徴だったのでしょう.

 本作品の主人公ワジダはサウジアラビアの首都リヤドの女子校に通う10歳の女の子です.イスラムの教えを重んじる学校のようで,校長や担任の教師は生徒たちを厳しく指導していますが,そこはそろそろお年頃の生徒たち,それなりに学園生活を楽しんでいます.ワジダは制服の下にジーンズをはくような自由闊達な女の子,コーランもきちんと唱えられず,先生たちの覚えもよくはありません.

予防と臨床のはざまで

さんぽ会20周年記念・夏季セミナー2013

著者: 福田洋

ページ範囲:P.1032 - P.1032

 9月29日,日本橋公会堂にて毎年恒例のさんぽ会(多職種産業保健スタッフの研究会,http://sanpokai.umin.jp/)の夏季セミナーが行われました.さんぽ会は,もともと1993年に順天堂大学医学部公衆衛生学講座内の研究会としてスタートしましたが,2001年から会場を保健同人社へ移し,企業,職種を超えた産業保健の情報共有,議論,研究の場として発展を続けています.今年は20周年ということで,『人材を人財にかえる産業保健』をテーマにしたメインプログラムと,さんぽ会の創立者である武藤孝司教授(獨協医科大学公衆衛生学講座)による記念講演とセレモニーの2本立で開催され,約60名が参加しました.

 「企業は人なり」といいますが,ヒトを育てることは企業(組織)にとって難しい課題です.今年のテーマの人材育成について,われわれ産業保健スタッフは,新入社員教育,管理職教育,労働衛生教育などさまざまな社員教育や人材育成にかかわっていますが,そもそも企業の人材育成の本質についてきちんと学んだことがないのではないか,という疑問が今回のテーマ設定の発端でした.世話人には産業医や産業看護職だけでなく,人事労務担当や弁護士も加わり,数度の会議に加えてフェイスブックも活用し,準備を進めました.

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投稿規定 フリーアクセス

ページ範囲:P.1033 - P.1033

次号予告・あとがき フリーアクセス

著者: 阿彦忠之

ページ範囲:P.1034 - P.1034

 本号の特集を通読して,わが国の「がん対策の強化」の方向が10年前と比べて大きく変化していることを実感しました.がん対策推進に関する新たな基本計画(第2期)にも,対策強化の新たな方向性を反映した重点項目を見いだすことができます.

 新たな方向としては,働き盛り世代のがん罹患やがん死亡率の低下といった目標だけでなく,がん患者の就労支援を重点課題として,「がんになっても安心して暮らせる社会の構築」を目指した点が注目されます.がん患者の就労問題については,私の地元(山形県)でも山形大学が県内のがん診療連携拠点病院の受療患者を対象に調査した結果が昨年公表され,大きな反響がありました.例えば,がん罹患後の就業状況については職業によって違いがあり,自営業に比べて被用者では罹患前の仕事への復帰率が低く,被用者では約4分の1が定年退職以外の理由で失職(依願退職といっても解雇に近い事例もあり)という結果でした.

基本情報

公衆衛生

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1170

印刷版ISSN 0368-5187

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