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雑誌目次

雑誌文献

公衆衛生77巻8号

2013年08月発行

雑誌目次

特集 血液事業のトピックス―身近な献血からiPS細胞の活用まで

フリーアクセス

ページ範囲:P.607 - P.607

 東京オリンピックを半年後に控えた1964年3月のライシャワー事件を契機として,売血制度を背景とした輸血後肝炎が社会問題となりました.「黄色い血」追放キャンペーンが盛んとなり,同年8月には,売血をやめてすべての輸血用血液を献血によって確保する体制を確立することが閣議決定されました.8月21日は,この決定日を記念して「献血の日」と定められています.

 売血から献血制度への舵きりの理由となった輸血後肝炎は,その後に肝がんの主要原因と位置づけられ,今でも公衆衛生上の大きな課題となっています.ウイルス性肝炎以外にも,HIV感染や牛海綿状脳症(BSE)などとの関連で血液事業の安全性の確保が求められ,献血時の問診の見直しや検査体制の整備が図られました.その結果,わが国で供給される血液製剤は世界的に最も安全なものとなっています.さらに最近は,献血に依存しない方法として,iPS細胞を活用した血液製剤(iPS細胞由来血小板など)の開発と臨床応用に期待が寄せられています.

わが国の血液事業の回顧と今後の展望

著者: 西本至

ページ範囲:P.608 - P.611

はじめに

 わが国で本格的な血液事業が始まったのは,昭和27(1952)年に日本赤十字社(日赤)が広尾に血液銀行東京業務所を開設した時点とされている.むろんそれまでにもいわゆる生血・枕元輸血などが行われてはいたが決して組織的なものではなかった.またこれらの無秩序な輸血がもたらす梅毒感染などの弊害を防ぐために,GHQがいわば仲介役を務めて旧厚生省,東京都,日本医師会などの合意のもとに日本赤十字社に血液事業を担わせることにしたこともその理由の1つに挙げられよう.奇しくも昨年平成24(2012)年は血液事業が始まってちょうど60年目に当たり,人間でいえば還暦に相当する.そこで本稿では,これまでの血液事業の来し方を振り返り,併せて現存するいくつかの課題を検証しながら今後の展望について考察してみたい.

献血推進のための効果的な広報戦略

著者: 田中純子 ,   秋田智之

ページ範囲:P.612 - P.618

はじめに

 血液事業は医療水準を維持するための重要な課題であり,献血者の確保は不可欠な事案である.近年,少子高齢化による献血可能年齢人口の減少や新興感染症などの台頭による献血制限,検査目的の献血を防ぐための問診強化などにより,献血者が減少し,将来的に輸血用血液の供給が不足することが危惧されている.若年層の献血本数自体は毎年減少しており,この層への献血の普及啓発が必要と考えられている.

 本稿では,効果的な普及啓発の媒体や方策を明らかにするため,厚生労働省研究班「医薬品・医療機器等レギュラトリーサイエンス総合研究事業,献血推進のための効果的な広報戦略等の開発に関する研究」班(代表研究者:白阪琢磨)の一環として行った,アンケート調査の成績と献血者の特性を分析した研究の成績を紹介する.

献血者確保のための採血基準の見直しと環境整備

著者: 菅河真紀子 ,   河原和夫

ページ範囲:P.619 - P.623

はじめに

 昭和39(1964)年に米国のライシャワー駐日大使が暴漢に襲われた事件は,輸血がもとで同氏が肝炎を発症したため輸血用血液の安全性が問われる結果となった.これをきっかけとして血液確保の手段としての売血や預血(預金のように平素から自分の血液を提供し,必要なときに提供量に応じて利用するもの)制度は否定され,血液を確保するための唯一の手段としての人々の善意に支えられた献血制度が確立し,現在に至っている.

 しかし,少子高齢化は,献血可能人口の減少と輸血を必要とする高齢者の絶対数の増加を招いている.献血者数は,昭和60(1985)年の約870万人(延べ人数)をピークにして年々減少し,平成19(2007)年には493万9,550人と最も落ち込んだ.その後は持ち直し,平成23(2011)年は525万2,182人であった(図1).減少傾向にある献血者であるが,とりわけ10~20歳代の献血者の減少が続き,このままでは血液製剤の安定的な供給が困難となる事態も生じかねない(図2).

 血液製剤は「輸血用血液製剤」と「血漿分画製剤」に大別される.国内自給を旗印に掲げているものの,後者のアルブミン製剤などに関してはいまだ輸入に頼っているものがある.前者は有効期間が短いことも相まって100%国内自給が達成されている.しかし,国内自給が達成されている輸血用血液製剤についても,現在の献血率および予測される少子高齢化が進んだ場合,需要がピークを迎える2027年には,献血者約101万人分の血液が不足することが指摘されている.

 献血可能人口が減少する中,献血者を確保するためには,新たな献血者の開拓と既献血者の献血回数を増加する方策,そして採血基準そのものの見直しが策として考えられる.

献血時副作用および輸血副作用の現状と予防策

著者: 岡崎仁

ページ範囲:P.624 - P.629

献血時副作用

 昨今の献血者の減少および献血者年齢構成の変化は,今まさに日本が抱えている高齢化社会の進行を反映している(図1,2).全人口に占める延べの献血者の割合は4%前後でさほど減ってはいないが,若年人口の減少に伴う若年献血者の減少は将来的な献血者全体の減少にもつながるため,必要な血液の安定供給に影響を及ぼしかねない.そのような中で,献血者に安全に,しかも将来的に複数回の献血を行ってもらえるようにするためには,採血時の副作用の予防を主眼に置き,安心して次回も献血に来たいと思えるような安全な献血を印象付ける必要がある.

 献血者の安全を担保するために,問診や血圧測定により断る場合もあり,さらに成分献血をする際には心電図など生理学的な検査を行うこともあるが,献血に適格であると判断された献血者であっても,望ましくない採血副作用が起こる場合がある.

血液製剤の適正使用と安全確保

著者: 冨山佳昭

ページ範囲:P.630 - P.634

はじめに

 血液製剤の使用に関しては2003(平成15)年7月30日に制定された「安全な血液製剤の安定供給の確保等に関する法律(新血液法)」において,国,地方公共団体,採血事業者など血液事業に携わる関係者の責務が明確化されるとともに,その中で直接患者とかかわる医療関係者に関して,「適正な使用,安全性に関する情報収集・提供」が義務付けられた.この新血液法の制定を受けて,厚生労働省は2005(平成17)年9月に「輸血療法の実施に関する指針」および「血液製剤の使用指針」の改定を行い,その後も必要に応じて一部改定を行っている1,2).本稿では,厚生労働省の指針を中心に臨床現場における血液製剤の使用に関しての取り組みを紹介する.

血液製剤の安全性確保のための新興感染症などへの対応

著者: 百瀬俊也

ページ範囲:P.635 - P.642

はじめに

 近年は,ボーダーレス化,グローバル化によって人々と物資の移動が活発になり,気候温暖化と併せて新興・再興感染症が新たな脅威として身近なものとなりつつある.これらの感染症に対する輸血用血液製剤の安全性を確保するために,直ちに導入できるスクリーニング検査が存在するとは限らないので,献血時の問診で補完することは重要である.

 2009年に流行した新型インフルエンザ(A/H1N1),ウエストナイルウイルス(WNV),シャーガス病に対する日本赤十字社の献血血液への対応について説明し,新興・再興感染症に対する輸血用血液製剤の安全性を確保するための対策について述べる.

広域災害における血液事業の危機管理―大震災での経験を踏まえて

著者: 中島信雄

ページ範囲:P.643 - P.647

はじめに

 日本赤十字社法〔昭和27(1952)年8月14日法律第305号〕により,日本赤十字社(以下,日赤)の行う業務の1つとして,「非常災害時において傷病その他の災やくを受けた者の救護を行う」ことが定められている.

 これを受けて,日赤では日赤救護規則を制定し,災害救護業務として,医療救護,救援物資の備蓄および配分,義援金の受け付けおよび配分,外国人の安否確認や帰宅困難者の支援などとともに,血液製剤の供給を行うことと定めている.

 東日本大震災では,東北地方において,一時献血者の受け入れや血液製剤の検査・製造業務を中止せざるを得ない状況が生じたが,日赤血液事業本部(東京都)を中心とした全国的なネットワークのもと,被災地をはじめ,東北6県の医療機関に対し,必要な血液製剤を確実に供給することができた.これは,阪神・淡路大震災など過去の災害を教訓に,常に不測の事態を想定して構築してきた危機管理体制が機能したことによるものといえる.

 しかしながら,東日本大震災では,想定しえなかった事態も発生した.この経験を踏まえ,次なる災害に備える日赤の危機管理体制について,日赤東北ブロック血液センター(以下,東北ブロックセンター)における取り組みを中心に紹介する.

骨髄バンク・さい帯血バンク事業の課題と展望

著者: 齋藤英彦

ページ範囲:P.648 - P.652

はじめに

 骨髄移植はわが国でも血縁者間では1970年代から行われてきた.しかし,血縁者にHLA(human leukocyte antigen,ヒト白血球型抗原)適合ドナーの見つからない患者の救済のために,1980年代後半から全国でボランティアが参加して「骨髄バンク」設立運動が始まった.そして1991年12月に公的骨髄バンク(骨髄移植推進財団)が設立された.その役割はドナーの安全を担保しつつ「公平性,公共性,広域性」の基本理念に基づき非血縁者である患者に骨髄を供給することである.一方,さい帯血バンクネットワークは1999年8月に臍帯血移植に必要なHLA情報の一元管理と臍帯血の公開検索など移植を公平,安全に施行するために設立された.本項ではこの2つの事業の課題と展望について述べる.

iPS細胞を用いた血液製剤開発の現状と展望

著者: 木村貴文

ページ範囲:P.653 - P.657

はじめに

 2006年に京都大学の山中伸弥教授らが学術雑誌「Cell」に発表した人工多能性幹細胞(induced pluripotent stem cell,以下iPS細胞)1)は,発生学や遺伝学をはじめとする基礎生命科学分野の研究に大きな衝撃を与えただけでなく,難病に対する治療にパラダイム転換をもたらす核心的発明になるだろうと期待されている.分化した皮膚細胞であっても多能性幹細胞に先祖返りさせることが可能というコペルニクスの地動説にも通じる逆転の発想は,細胞や器官の進化に関するわれわれの理解に革命をもたらしたといえる.この大発明からわずか6年という異例のスピードで,山中教授にノーベル生理学・医学賞が授与されたことは記憶に新しい.「1日も早く難病の患者さんを助けられるように臨床応用研究を推進したい」,彼は受賞後のスピーチでこう述べている.

 本稿では,難病に対する新たな治療法を確立するために必要な医療用iPS細胞が,京都大学iPS細胞研究所(Center for iPS Cell Research and Application;CiRA)でどのように開発され,医療用iPS細胞を用いた細胞治療や輸血医療の実現に向けてどこまで臨床研究が進んでいるかについて紹介したい.

視点

済生会生活困窮者支援なでしこプランについて

著者: 齋藤洋一

ページ範囲:P.602 - P.605

はじめに

 筆者は母子手帳の創設者である瀬木三雄教授から公衆衛生学の講義を受けた1人であります.

 当時,公衆衛生学の意義も価値もあまり理解できず,臨床の分野に進み,外科医としての人生の大半を過ごしてまいりました.大学退任後,済生会病院の病院長となり初めて医学の領域の中で極めて広い,深い医療の世界が広がっており,その窓口的役割を果たしているのが公衆衛生であることを痛感した次第です.

 今や筆者の学んだ頃の公衆衛生という名称が大学の講座名として残っているところが少ないくらいにその活躍の舞台が展開していることも再認識いたしました.

 最近の研究分野1)を見ますと疫学,生物統計学,生命医療倫理,公害環境汚染中毒医学,医療衛生行政経営医学,小児ストレス老年医療,感染放射線障害疫学,生活習慣病介護福祉,地域連携,国際交流と多彩であり,まさに医学と社会との掛け橋のすべてを網羅しており臨床医はもっと公衆衛生に強い関心を抱くべきと自省しております.

 私の所属する済生会もその一翼を担っておりますのでその現状を記し,その視点からみた問題点に触れてみたいと思います.

連載 中国高齢者の健康と福祉・5

浙江省における高齢者介護費保障システムの研究

著者: 王先益 ,   戴暁青 ,   研究チーム ,   趙林

ページ範囲:P.659 - P.665

はじめに

 2010年の中国の国勢調査によると,浙江省(日本の県に当たる)の65歳以上の高齢人口は約508万1,700人で,総人口の9.34%(全国平均8.87%)を占めている.近年は人口の高齢化による要介護高齢者の急増に伴って介護サービスの供給不足や費用負担が,社会保障システムと家庭生活を揺るがしかねない新たな社会問題として注目を集めている.早急に介護保障制度を構築する必要性は高齢化社会における共通の認識になっており,とりわけ介護費用の保障は重要課題である.

 先進諸国は,介護費用の保障を政府財政によって福祉事業として位置付けたり,医療保障の下での介護事業を行ったり,さらに日本のような介護保険制度を創設するなど,多様な仕組みを創出している.それの共通の目標は,介護を必要とする高齢者が介護費用の過大な負担に脅かされず,世間並みの介護サービスを受け,人生の最期まで尊厳をまっとうできるよう,彼らの暮らしを支えることである.

 浙江省では,こうした先進国の経験に学び,「本省の実情に見合った高齢者介護費用の保障システムの整備」が政府の公共政策研究の緊急課題として位置付けられて検討が始まった.筆者ら研究チームは,高齢者介護費用の保障システムの創設に必要な基礎資料を得るために,2012年5月より2か月をかけて,ランダムに抽出した省下4県計8地区(市,区を含む)と16個の郷鎮(日本の市区町村に当たる)に対し,各区域内の施設入所や在宅の要介護高齢者全員を対象にアンケート調査を行った.

 調査結果から把握された施設や居宅の要介護高齢者が実際にかかった介護費について,日本やドイツ,イスラエルなど8か国の介護関連制度における実績と比較研究を行って,独自の社会救助型と社会保険型の2種類6パターンの介護費保障制度案の提案を試みた.

 本稿では上記の調査で得られた浙江省の要介護高齢者の介護特性や介護費用の実態を紹介するとともに,浙江省における高齢者介護費の予測や保障システムについて比較し検討を行う.

この人に聞きたい!・5

疲労とは何か―疲労を客観的に評価する

著者: 倉恒弘彦

ページ範囲:P.666 - P.670

疲労感,倦怠感とは

 疲労感や倦怠感は,人間にとって痛みや発熱などと同じように体の異常や変調を自覚するための重要なアラーム信号の1つであり,健康な人でも,激しい運動や長時間の労作を行った場合,また過度のストレス状況に置かれた場合などに,「だるい」,「しんどい」という感覚でそれを自覚し,体を休めるきっかけとなっている.

 激しい運動や長時間の作業をしていると,体の細胞レベルではたんぱく質や遺伝子に傷が増えてくる.限界以上に増えると細胞は破壊されるので,傷を修復する必要がある.しかし,活動を続けたままでは細胞内のエネルギーをタンパク質や遺伝子の修復をするために利用できない.そこで,ヒトは疲労感の助けによって休息を取り,体を元の健康な状態に戻しているのである.

講座/健康で持続的な働き甲斐のある労働へ―新しい仕組みをつくろう・17

中小企業の自主的安全衛生支援をどう進めるか―関係機関・専門職の連携を求めて

著者: 柴田英治

ページ範囲:P.671 - P.674

 胆管癌問題は中小企業の安全衛生の課題が最悪の形で吹き出したものといえる.これまで中小企業の組織化を目指した活動が地域産業保健センターなどによって追求されてきたが,いずれも課題が多い.今後は労働安全衛生マネジメントシステムの考え方に基づき,時間・金をかけない安全衛生対策を活動可能な関連専門家が行うことが求められる.今後地域の10人未満の事業所も視野に入れ,関連諸機関中でも保健所のリーダーシップを見直し,地域の状況に合った方法での産業保健サービスの供給とともに地道な教育・啓発活動も進めなければならない.

公衆衛生Up-To-Date・8 [国立長寿医療研究センター発信:その2]

認知症の危険因子と予防に関するエビデンス

著者: 島田裕之

ページ範囲:P.675 - P.677

認知症の危険因子

 認知症は加齢とともに増加し,80歳代から急激に有病率が向上し,90歳以上では地域にかかわらず30%以上の高齢者が認知症を有すると推定されている(図1,a)1).特にアジアにおける高齢者数の増大は,今後40年間において認知症者の著しい増大を迎えると予想されている(図1,b)1).アルツハイマー病および認知症の危険因子は,加齢の過程に伴い出現し,変化し,あるいは幾重にも重なり,その結果,高齢期における脳の機能的予備力を低下させる原因となるが,この20年間に行動,社会科学的側面からアルツハイマー病および認知症の危険因子が多数報告され,一定の見解がまとまりつつある.

 例えば,2004年に報告されたFratiglioniら2)のレビューを参考に認知症の危険因子と保護因子をまとめると,図2のようになる.若年期においては遺伝的あるいは社会・経済的な危険因子が存在し,教育を受ける機会が減少すると認知的予備力を十分蓄えることができないことなどが,将来の認知症の発症に関連すると考えられている.成人期においては,高血圧,脂質異常,糖尿病などの生活習慣に関連した危険因子が現れる.これらは脳血管疾患のみではなくアルツハイマー病の危険因子でもあり,将来の認知症を予防するためには,服薬管理と食事療法3)を実践することが重要な課題となる.

リレー連載・列島ランナー・53

地域医療連携情報ネットワーク構築の渦中に投げ込まれて

著者: 恵上博文

ページ範囲:P.678 - P.683

はじめに

 平成20(2008)年度から地域医療連携,地域医療再生に対する保健所の関与について,保健所の企画・調整機能を支援するため,厚生労働省地域保健総合推進事業(事業者:日本公衆衛生協会,協力者:全国保健所長会)の分担事業者の1人として,保健所長や有識者を構成員とする研究班を組織して研究事業に取り組んできました.

 毎年度,全国の保健所に対するアンケート調査から選定した先駆的事例について,研究班員とともに,厳寒の北海道から常夏の沖縄県まで計54か所の保健所に対し,地域医療が成立しているまさに現場においてヒアリング調査を積み重ね,地域医療連携,地域医療再生における保健所の役割や関与のポイントなどを提示してきました.

 なかでも地域医療再生計画(以下,再生計画)に特徴的な事業として,ICT(情報通信技術)を活用した地域医療連携情報ネットワーク(以下,ネットワーク)構築事例に事務局として関与している保健所は,平成25(2013)年度の運用を目指して地域医師会や基幹病院,ICTベンダーを巻き込み,専門的知識の習得と並行しながら,多様な基幹病院を対象とした大規模な検討組織や執行予算に加え,さまざまな業務情報や作業工程などを適切に管理しなければならないなど,従来の地域医療連携事業とは異なって格段に困難な大規模プロジェクトと格闘していました.

 その一方,山口県本庁においては,平成23(2011)年6月に厚生労働省に提出した再生計画の作成過程では保健所に関与を求めていなかったことから,平成24(2012)年度から本圏域においてネットワークを構築することさえ知らないまま,後述のような経緯からトラブルの渦中にいきなり投げ込まれました.

 1年余りの試行錯誤の末,現在は地域医師会や基幹病院に対して説明会や研修会を開催できるまでに構築事業は軌道に乗っていますが,この間,保健所の関与についていろいろと考えるところがありましたので,報告いたします.

資料

住宅型有料老人ホーム入居者にかかわる看護,介護関連職と主治医との連携の実態

著者: 小川裕

ページ範囲:P.686 - P.690

はじめに

 平成12(2000)年4月に介護保険法が施行されて13年が経過し,地域に定着しつつあるが課題点も少なくない.医療と介護の連携もその1つである1).近年,要介護者の増加や家族の介護機能の変化を背景として,介護の確保,医療費や介護費の増加対策などの観点から,さまざまな施策が講じられ,それに伴い各種の高齢者向け住宅,施設が多様な設置主体により運営されるようになってきている.これらの施設においては,従来の療養病床,介護老人保健施設などに比べて医療との連携が不十分になる可能性があるが,施設の利用者に医療需要がどの程度発生し,どのような対応が必要になるか,あるいは介護側から医療側に対してどのような連携が求められるかに関する実践的な検討はみられない.

 本研究は,高齢者向け住宅の一形態である住宅型有料老人ホームに入居中の高齢者について,定期の受診(外来,訪問診療)時以外に対応が必要となる医療需要を含めて,介護側から医療側に求められる連携の内容と頻度について実践的に検討し,これら施設での医療確保のあり方,医療と介護の連携のあり方を検討するための基礎資料を提供することを目的としている.

「公衆衛生」書評

―Jerome Groopman,Pamela Hartzband 原著 堀内志奈 訳―「患者にとってよいこととは?」をハーバード大学の教授らが分析―『決められない患者たち』 フリーアクセス

著者: 日野原重明

ページ範囲:P.629 - P.629

 今般医学書院から,アメリカでベストセラー作家といわれてきたJerome Groopman医師とPamela Hartzband医師合作の“Your Medical Mind:How to decide what is right for you”という著書が,札幌医科大学卒業後米国留学の経験をもつ堀内志奈医師によって日本語に訳され,『決められない患者たち』という邦題で出版された.

 これはハーバード大学医学部教授と,ベス・イスラエル病院に勤務する医師の二人が,患者とその主治医に密着して得た情報を行動分析して,一般読者にわかりやすく書かれた本である.

お知らせ

―認知症の人と家族への援助をすすめる―第29回全国研究集会発表者公募のお知らせ フリーアクセス

ページ範囲:P.685 - P.685

目 的:世界でもっとも平均寿命の高い日本.国がすすめる認知症サポーターが350万人を超えるなど認知症の理解も大きく拡がりをみせています.しかしその反面,介護心中,虐待などの事件も後を絶ちません.早期に発見,診断できるようになっても支援の制度が追いついていない現実もあります.

 そんな今,認知症の人も家族も安心して暮らせるために,医療,介護,地域はどのように連携すればよいのか,はじまる前から終末期までの「認知症ケア」と「家族支援」について全国で取り組まれている実践を基にみんなで考え,認知症になっても,住みなれた自宅や地域で最後まで暮らし続けられる支援のあり方を,日本で一番人口が少ない小さな県,鳥取県から全国へ発信します.

日 時:2013年10月13日(日)9:30~16:00

 ※公募によるポスター発表(会場:情報プラザ)は12日(土)午後より実施します.

場 所:米子コンベンションセンター(ビックシップ)多目的ホール・情報プラザ(鳥取県米子市末広町294)

ジュネーブからのメッセージ

たかがMDGsされどMDGs

著者: 中谷比呂樹

ページ範囲:P.691 - P.691

 21世紀を希望に満ちた世紀にしようとして,国連がミレニアム開発目標(millennium development goals;MDGs)を作ったのは2000年であるが,その目標期日まであと1,000日を切った.MDGsは以下の8つの目標を掲げており2015年を達成期限としている.目標①極度の貧困と飢餓の撲滅,目標②初等教育の完全普及,目標③ジェンダー平等推進と女性の地位向上,目標④乳幼児死亡率の削減,目標⑤妊産婦の健康の改善,目標⑥HIV/エイズ,マラリア,その他の疾病の蔓延の防止,目標⑦環境の持続可能性確保,目標⑧開発のためのパートナーシップの推進,である.

 これらの目標は,ある種の枠組みとして先進国・途上国を問わずすべての国に受けいれられ,過去15年で世界の健康状況の劇的な改善に結びついている.つまり,エイズ・結核・マラリアといった三大感染症は減少傾向に転じ,西アフリカの河川地域で流行していたオンコセルカ症が減少したため,肥沃ながら耕作放棄されていた地域が豊かな農耕地となって貧困を軽減し(目標①),小児の寄生虫駆除事業は欠席児童の激減と学力の向上をもたらしている(目標②).こうして健康改善の広範な社会的効用が実証されたのがMDGsの本質である.しかし,これらは遠いアフリカだけの話なのだろうか.

映画の時間

―歌わにゃイカん理由ができた.―アンコール!!

著者: 桜山豊夫

ページ範囲:P.693 - P.693

 ロンドンに住むアーサー(テレンス・スタンプ)はどこにでもいそうな気難しい頑固な年寄り.妻のマリオン(ヴァネッサ・レッドグレイヴ)は社交的で高齢者の合唱団にも参加する人気者.足の悪いマリオンを合唱の練習にクルマで送り迎えするのが彼の日課です.しかし人と話すのが苦手なアーサーは練習場所には入らず,外で妻を待ちます.合唱団をボランティアで指導するのは高校の音楽教師のエリザベス(ジェマ・アータートン).彼女の提案で合唱団は合唱コンクールの予選に応募します.しかし予選通過を目指してみんなが頑張る中,マリオンのがんが再発します.

 主人公を演じるテレンス・スタンプというと「コレクター」(ウイリアム・ワイラー監督,1965年)が有名です.若い女性を蒐集するコレクターの役を演じて鮮烈な印象を残しました(彼はこの演技でカンヌ国際映画祭主演男優賞を受賞しています).あのような誘拐監禁事件が現実にあるのだろうかと思ったのを覚えていますが,後年わが国でも新潟で似たような事件が明るみに出て戦慄を覚えました.もちろんテレンス・スタンプはその後も活躍し,若い世代では「スターウォーズ・エピソード1/ファントム・メナス」の最高議長役で有名かもしれません.「アンコール!!」では,コレクターの誘拐犯を演じた彼が,妻を愛する老人で素晴らしい演技をみせています.

予防と臨床のはざまで

Japan-Korea Joint Symposium on Metabolic Syndrome

著者: 福田洋

ページ範囲:P.694 - P.694

 6月21日,国際医療福祉大学東京青山キャンパスにて,日本健康教育学会主催のメタボリックシンドローム(以下,MetS)への保健指導に関する日韓交流シンポジウムが開催されました.今までも同学会では,国際交流委員会を中心に,釜山ツアーや学会日程にあわせた日韓交流会を企画してきました.今回は初めてシンポジウム形式で,日本と韓国の共通の課題である高齢化や生活習慣病の増大を踏まえて,両国のメタボ対策を共有し,議論する企画となりました.武藤孝司教授(獨協医科大学)と荒木田美香子教授(国際医療福祉大学)の座長で,シンポジストは日本から4名と韓国から1名が発表し,約40名が参加しました.

 まず厚生労働省の柿澤満絵氏(厚生労働省健康局がん対策・健康増進課保健指導室)から「特定健康診査・特定保健指導をめぐる成果及び課題」と題して,導入の背景,制度の概要,成果について述べられました.平成23(2011)年速報値では特定健診受診率は2,362万人,特定保健指導は66万人に及び,平成20(2008)年度の特定保健指導を終了した者で32%のMetS減少効果があり,レセプトの分析からはMetS該当と非該当の医療費の差は年間約9万円であるとしました.また平成25(2013)年からの第2期の制度見直しについても言及し,制度の骨格に変更がないこと,情報提供・受診勧奨の強化,非肥満への対応,喫煙・アルコールのリスクに着目した保健指導の強化について解説されました.

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投稿規定 フリーアクセス

ページ範囲:P.695 - P.695

次号予告・あとがき フリーアクセス

著者: 阿彦忠之

ページ範囲:P.696 - P.696

 保健所長をしていた頃,管内市町村の「健康まつり」の式典では,多回数献血者の表彰が恒例でした.献血100回(金色有功章)の受賞者が紹介されると,驚きと賞賛の気持ちの混じったどよめきが会場にこだましたことを思い出します.来賓祝辞の中で「人間の血液量は体重の約12分の1なので,体重60kgの人では約5リットル.400ml献血を100回すると合計40リットルになりますので,受賞者の方はご自分の血液量の8倍に相当する量を献血していただいた……」という話をすると,再度のどよめきと拍手が起きたものでした.

 このように献血は,公衆衛生従事者はもちろん住民にも身近な事業ですが,血液事業全体にわたる知識レベルや関心が高いか,と聞かれると,私自身の知識をみても疑問を感じるところです.血液内科や輸血療法を専門とする医療関係者以外は,最新の血液事業の課題に関する理解が不十分のように思われます.たとえば,血液製剤の適正使用に関する課題の1つとして,同製剤の廃棄率の病院間格差が指摘されています.廃棄率の高い病院では,医師などが適切な輸血療法に関する最新の知識を学んでいないために必要以上に血液製剤を発注し,在庫のまま有効期限切れが多くなったと推定される事例が目立ちます.

基本情報

公衆衛生

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1170

印刷版ISSN 0368-5187

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