icon fsr

雑誌目次

雑誌文献

公衆衛生78巻1号

2014年01月発行

雑誌目次

特集 公衆衛生の原点を学ぶ―イギリスの挑戦

フリーアクセス

ページ範囲:P.5 - P.5

 近代社会の公衆衛生を確立したイギリスでは,第2次世界大戦後,すべての保健医療資源を国営医療制度(NHS)の建設に投入したために公衆衛生体制が弱体化することになりました.しかし,NHS改革が一段落した1980年代に入り,公衆衛生医師をはじめとした専門職の教育訓練システムを整えるなど,公衆衛生制度の再構築に取り組みはじめました.その後健康保護にかかわる「ヘルスプロテクションエージェンシー」の創設(2004)にまで至りました.ヘルスプロテクションエージェンシーの創設は移行措置であり,最終の目的は2013年に創設された「パブリックヘルス・イングランド」であったようです.

 イギリスの新しい公衆衛生体制の特徴は,NHSから独立した組織体制としたこと,健康づくりや健康支援活動の主体を「地方自治体」としたこと,全国レベルの公衆衛生専門組織体制を保健省と一体化させたことにあります.イギリスが地方自治体を公衆衛生体制の主役に位置づけたのは実に40年ぶりのことであります.

イギリスにおける公衆衛生の歩みと新たな展開―パブリックヘルス・イングランド

著者: 高鳥毛敏雄

ページ範囲:P.6 - P.13

はじめに

 イギリスの公衆衛生を理解するのは容易ではない.その難しさはイギリスが単純に二分法で割り切ることはできない社会であることにある.宗教改革,市民革命,産業革命などの歴史の中で社会制度がつくられてきたからと思われる.イギリスは資本主義経済を確立し,その先頭を走ってきた.そのためにその負の社会問題にいち早く直面してきた.海外進出,植民地の抑圧,その反動として独立運動,そして妥協と協調により今日の社会に至っている.

 多くの人々の血が流され,多くの貧困・困窮者,多くの病人・死亡者を発生させてきた.それらの社会矛盾を克服する知恵として,救貧法,工場法,公衆衛生法,住宅法など,多くの人々を守る新たな社会制度を誕生させてきた.その最大のものが第二次世界大戦後,荒廃し,疲弊した時代の中にありながら,すべての人々に対し無料で医療サービスを提供する国民保健サービス(National Health Service;NHS)である.今日も堅持されている.

 19世紀にイギリスが誕生させた公衆衛生制度は戦後NHSがつくられたことにより,停滞を余儀なくされた.しかし,NHSのかたちが整った1980年代後半から公衆衛生制度に対する関心が高まり1),その後,プライマリケア・トラスト(Primary Care Trust;PCT),ヘルスプロテクション・エージェンシー(Health Protection Agency;HPA)がつくられ,2013年4月にパブリックヘルス・イングランド(Public Health England;PHE)としてNHSとは独立した体制の確立に至った.

 近代社会における「公衆衛生」とは何かについては,イギリスが常に新しい考え方を提示してきている.そこで,パブリックヘルス・イングランドに至るまでのイギリスがつくりあげてきた公衆衛生を鳥瞰する.

NHS改革による地方自治体を基盤とする新たな地域保健体制の確立に向けて

著者: 堀真奈美

ページ範囲:P.14 - P.19

はじめに

 イギリス注1)では,国営のNHS(National Health Service)制度により原則無料で予防から治療,リハビリを含む包括的な医療サービスをすべての国民に提供している1).1948年のNHS創設時のNHS法(1946年制定)でも,「疾病予防・ケア・アフターケア」という項目があり,創設当初より,治療のみならず包括的な医療を指向していることが明らかである注2).その後もNHSは度重なる制度改革が行われてきたが,原則無料で包括的な医療を提供するという制度の根幹に変更はない.

 だが,これまでの政権交代などに伴う組織機構改革により,疾病予防を含む地域保健における中心的役割を担う機関は,同一ではない.直近のキャメロン改革により,2013年3月までは,プライマリケアトラスト(primary care trust;PCT)と呼ばれるNHS傘下の公的組織が中心的な役割を担ってきたのだが,同年4月以降,公衆衛生,疾病予防を含む地域保健の権限,財源は,地方自治体(local authorities)に完全に移行されることになった.本稿では,新たに責任主体となった地方自治体がどのように地域保健体制を構築しつつあるのかを述べる.

イギリスの地域看護師の歩みと医師職との関係

著者: 白瀬由美香

ページ範囲:P.20 - P.23

はじめに

 イギリスで地域看護師(community nurse)といえば,プライマリケアで主に在宅患者に対するサービスを提供する看護師のことである.代表的な職名として,乳幼児への保健活動をする保健師(health visitor)や,地区看護師(district nurse)と呼ばれる訪問看護師が挙げられる.しかし,イギリスの地域看護師には,地域精神保健看護師(community psychiatric nurse)や地域知的障害看護師(community learning disability nurse)などのように,さまざまな専門分野の看護師として地域で活動する者もいる.また,診療所をベースに働くナース・プラクティショナーも地域看護師である.

 本稿では,イギリスの地域看護師の中でも保健師と訪問看護師を中心的に取り上げ,その歴史的な経緯と現在の業務,医師職などとの関係を紹介し,地域看護師の現状と課題について述べたい.

西欧の公衆衛生制度をわが国は移植できたのか

著者: 尾﨑耕司

ページ範囲:P.24 - P.27

はじめに

 本稿に課されたテーマは,明治初期以来,西欧社会,特にイギリスから日本へいかなる公衆衛生制度が移植されようとしたのかを問うというものである.ただし,限られた紙数で種々の制度を網羅的に示したのでは,議論が概説的となり今日的な問題点が抽出できない.そこで,イギリスで発達し日本の公衆衛生制度を立ち上げるうえでの基礎の1つとなった「生命統計」の発想を取り上げ,その影響の実相をみることで与えられたテーマへの回答としたい.

19世紀イギリス衛生行政の経験―ローカルな“公共”の形成をめぐって

著者: 永島剛

ページ範囲:P.28 - P.31

はじめに

 本稿では,19世紀後半から20世紀初頭にかけてのイギリス(おもにイングランド)衛生行政の展開を,中央と地方,保健医官の主導性と住民自治のバランス,といった観点から概観しつつ,現代への示唆を考えてみたい.

イギリスにおけるソーシャルサービスの発展の歴史

著者: 岡田忠克

ページ範囲:P.32 - P.36

はじめに

 イギリスでは,福祉サービス供給のあり方が大きな課題となっている.1980年代以降,先進国に共通する財政の危機的状況は,各国に「小さな政府」論を呼び起こした.とりわけ福祉政策分野においての政策理念の転換は,これまでの福祉国家のあり方を大きく変えるものであったといえる.世界的な潮流としての「福祉多元主義」,「福祉の混合経済」化政策が,福祉政策の根底に位置するようになった.福祉改革と呼ばれる一連の状況の中で国家の役割,公的部門を縮小しようとする政策が実施され,市場原理の導入による効率的な福祉サービスの供給が指向され,現在に至っている.

 本稿では,社会サービスの中でもコミュニティケアを中核とする対人福祉サービス(personal social services)の提供に関する政策に限定し議論している.イギリスでのソーシャルサービス(social services)の概念には保健・医療・教育・対人福祉サービスなどが含まれるとされているが,そのうち対人福祉サービスの具体的な展開であるコミュニティケア政策に焦点を当て,特にコミュニティケア改革までの流れと保健政策との関わりについて歴史的背景を考察する.

視点

地域保健活動の再構築―ソーシャル・キャピタルの醸成と協働の重要性

著者: 笹井康典

ページ範囲:P.2 - P.3

はじめに

 15年ぶりに大阪府庁から保健所に転勤して嬉しかったことは,職場に活気があり,職員が生き生きと仕事をしていることであった.長年大阪府は財政状況の悪化もあり,行政の効率化を目的とした人員,予算削減を強く進めてきた.保健所も例外ではなかったので職員の意欲はどうか,忙しさに影響され縦割りの状況になっているかもしれないと心配していたからである.このような経験を契機に今後の地域保健活動のあり方について考え始めた.

Topics

地道な思春期保健活動第65回保健文化賞団体賞受賞―子どもたちの健やかな成長発達を支え続けて25年

著者: 高村寿子

ページ範囲:P.38 - P.41

とちぎ思春期研究会の発足経緯と目的

 本会はさかのぼること25年前の昭和63(1988)年10月16日,思春期の子どもたちが未来に向かって,健やかに人間的な成長発達をしていく自己決定能力を支援する者達が参集した.子どもたちの心や身体の変化とともに引き起こされてくる諸問題について研究協議するとともに,特定の考えや所属機関などに拘束されることなく,個人の主体的な意思による自由参加を尊重し,支援者としての相互理解と連携を図ることを目的として設立された.

 当時,産婦人科で女医の教育委員長が,思春期保健や性教育は学校保健・地域保健・医療現場が連携を密にして取り組む必要性があることを強く認識されていたことも,本会の設立に追い風となった.そのため,会員の構成は地域保健・学校保健・医療などの医師・保健師・助産師・看護師・養護教諭・教諭・心理・社会教育・福祉・学生・その他(主婦・関係団体など)などからなり,発足総会時の会員数は200名余であった.

連載 この人に聞きたい!・10

ストレッチングと健康な身体づくり

著者: 山本利春

ページ範囲:P.42 - P.45

ストレッチングとは

 ストレッチ(stretch)は「引っ張る」,「伸ばす」という意味であり,その名の通り,「身体を伸ばすこと」である.身体運動の源であり関節を固定する役割をもつ筋肉や腱を意識的に伸ばすための伸展運動をストレッチングと呼ぶ.運動をはじめる前の準備運動(ウォーミングアップ)として,運動を行ったあとの整理体操(クーリングダウン)として,あるいはリハビリテーションにおける筋の柔軟性改善や関節の可動域を広げるための柔軟体操として多くの場面で行われている.

講座/健康で持続的な働き甲斐のある労働へ―新しい仕組みをつくろう・22

未来の労働者の健康・安全・生活を守るために

著者: 森岡孝二 ,   久永直見

ページ範囲:P.46 - P.49

はじめに

 近年では小学校から大学に至るすべての教育段階で「キャリア教育」の必要性が唱えられている.しかし,文部科学省や厚生労働省の発行物を見るかぎり,現在推奨されているキャリア教育には,未来の労働者の健康と安全への配慮が欠けているか,著しく弱い.他方,小中高の社会や理科や保健体育の学習指導要領には従来から健康と安全に関する教育課題が示されてきた.そこで今回は,まず若い労働者の健康障害の現状と健康を守る仕組みを述べ,次いで,学校における災害の現状と学校教育に労働安全衛生教育を組み込む必要性について述べる.

公衆衛生Up-To-Date・12 [国立環境研究所発信:その1]

地球温暖化の現状

著者: 高橋潔

ページ範囲:P.51 - P.55

はじめに

 「地球温暖化の現状についてひと言で答えなさい」と問われれば,私の答えは「温暖化とその影響は着々と進行しつつあるし,将来にその影響が多地域・多分野に広がることも予測されているのに,対策は順調には進んでいない」といったものとなる.以下では,観測された気候変化とその影響,予測された影響,進まない対策,わが国における気候・影響予測研究の取り組み,の順に紹介する.

リレー連載・列島ランナー・58

超高齢社会に挑む!─介護予防を推進する地域づくり

著者: 岡田尚

ページ範囲:P.56 - P.59

 神戸市における,地域包括ケアの実現に向けた「委託型地域包括支援センターへの支援」と「介護予防の地域づくり」についてご紹介します.

映画の時間

―宇宙の暗闇を生き抜け―ゼロ・グラビティ

著者: 桜山豊夫

ページ範囲:P.60 - P.60

 先月ご紹介した『少女は自転車にのって』では少女が自転車に乗りました.今月ご紹介する『ゼロ・グラビティ』では女性が宇宙船で活躍します.趣の違う2つの映画ですが,「女性が輝く社会」を目指すうえで,ともに見逃せない作品です.

 ファーストシーンから観客は度肝を抜かれます.そこは地上60万メートルの宇宙空間,宇宙飛行士たちが宇宙船の外でシステムの修理を行っています.優れた特殊撮影技術と3D映像,5.1サラウンド音響の効果もあって,まるで宇宙飛行士たちといっしょに船外活動をしているような気分になります.修理がもうすぐ終わるというときに,地上から緊急連絡が入ります.不用になって破壊された古い人工衛星の破片(スペースデブリと呼ぶそうです)が,別の人工衛星に衝突して多量のスペースデブリが発生し,船外活動を行っている彼らのほうに向かっているというのです.急いで宇宙船に戻ろうとする飛行士たちですが,間一髪間に合いません.地球の軌道上を凄まじい速さで飛んでくるデブリが彼らを容赦なく襲います.

column

保健文化賞の位置づけ

著者: 阿彦忠之

ページ範囲:P.41 - P.41

 保健文化賞は,第一生命保険株式会社の主催(厚生労働省,朝日新聞厚生文化事業団およびNHK厚生文化事業団の後援)により,保健衛生(関連する福祉等を含む)の向上に関する実践活動や研究で顕著な成果をあげた団体,および個人を顕彰する賞です.贈呈式は昭和25(1950)年3月の第1回以来毎年実施され,創設10周年以降は受賞者が贈呈式の翌日に皇居に参内し天皇皇后両陛下の拝謁を賜ることとなりました.本賞は今年度で65回目を迎えましたが,公衆衛生の分野では国内で最も権威ある賞といわれています.

 創設の背景には,戦後の新しい保健所(おおむね人口10万人に1か所)の整備などを指導した連合国軍総司令部(GHQ)の存在がありました.GHQから国内の生命保険会社に対して,国民保健の向上に寄与する施策を検討するよう依頼があったことを受けて,第一生命保険(当時は相互会社)が,昭和24(1949)年6月の社員総代会で本賞の設立を決議したとされています.同社は,戦後まもなく日比谷の本社屋(第一生命館)がGHQの庁舎として接収されたことで知られていますが,本賞の創設にも両者の密接なかかわりがあり,第1回贈呈式にはGHQ公衆衛生福祉局長のサムス准将も出席したという記録があります.

--------------------

投稿規定 フリーアクセス

ページ範囲:P.62 - P.62

次号予告 フリーアクセス

ページ範囲:P.63 - P.63

あとがき フリーアクセス

著者: 高鳥毛敏雄

ページ範囲:P.64 - P.64

 イギリスが「パブリックヘルス」を復活させたことをぜひとも日本の皆さんに紹介したいと考えて企画いたしました.

 イギリスのプライマリケアトラストについてはこれまで多くの紹介があります.しかし,イギリス人の公衆衛生に対する思いは2004年に創設されたヘルス・プロテクション・エージェンシー(HPA)に集約されるのではないかと思われます.2013年に発足したパブリックヘルス・イングランドはHPAを母体としてできあがったと言われています.今回の改革は財政問題からの保守党政権による思いつきとも揶揄されていますが,それは正しい理解ではないと思っています.

基本情報

公衆衛生

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1170

印刷版ISSN 0368-5187

雑誌購入ページに移動

バックナンバー

icon up

本サービスは医療関係者に向けた情報提供を目的としております。
一般の方に対する情報提供を目的としたものではない事をご了承ください。
また,本サービスのご利用にあたっては,利用規約およびプライバシーポリシーへの同意が必要です。

※本サービスを使わずにご契約中の電子商品をご利用したい場合はこちら