icon fsr

雑誌目次

雑誌文献

公衆衛生78巻10号

2014年10月発行

雑誌目次

特集 認知症のケア

認知症の予防

著者: 島田裕之

ページ範囲:P.698 - P.702

認知症の危険因子と保護因子

 認知症の予防へ向けた取り組みを計画するには,その危険因子と保護因子を理解し,介入対象となる住民を特定する必要がある.年代別に認知症の危険因子をみると青年期における高等教育や,それ以降の知的活動は認知的予備力の向上と関連し,この認知的予備力は加齢による認知機能の低下に大きな影響は及ぼさないが,認知症発症抑制に寄与するかもしれないと考えられている1).中年期においては生活習慣病の管理が重要であり,高血圧,脂質異常症,糖尿病は脳血管疾患の危険因子であるとともにアルツハイマー病の危険因子でもあり,服薬管理,規則正しい食生活,運動習慣の確立が保護因子となる.高齢期には老年症候群などの因子が重要な認知症の危険因子となる.

 例えば,高齢期のうつ症状は,活動性を低下させ社会的孤立を招くとともに,脳由来神経栄養因子(brain-derived neurotrophic factor;BDNF)の発現を減少させる.BDNFの低下と海馬の萎縮は関連し2),これが脳の予備力低下につながる.また,転倒などによる頭部外傷は将来のアルツハイマー病発症の危険因子である3,4).これらの高齢期における老年症候群などの因子を回避するためには,身体,認知,社会的活動を向上し,活動的なライフスタイルをいかにして確立していくかが高齢期の認知症予防対策として重要であると考えられる(図1).

認知症の診断・治療と今後の展望

著者: 遠藤英俊

ページ範囲:P.703 - P.706

 認知症は早期発見・早期診断が重要であることは言うまでもない.MRIや脳SPECT(single photon emission computed tomography;単一光子放射断層撮影)などの画像診断技術も年々発展してきており,診断に関する知識をもつことが重要である.また認知症の治療は薬物療法が重要だが,それだけではない.当然ながら運動や食事など総合的な生活指導や非薬物療法も含まれている.すなわち認知症治療のポイントは包括医療にあるといっても過言ではない.認知症医療の目標は生活機能の維持,周辺症状の緩和,介護負担の軽減の3点である.また包括医療の実践には認知症カフェなど地域の資源と連携することが重要であり1),認知症の人が安心して暮らせる街には地域ケアパスや地域ケア会議などを中心に地域連携が進展することが必要である.

【認知症の支援 地域の最前線から】

認知症を地域で支える―東京都世田谷区での取り組み

著者: 髙橋裕子

ページ範囲:P.689 - P.692

はじめに

 世田谷区は東京都23区の西南部に位置し,人口は約87万人(外国人を含む)で23区中1位です.65歳以上人口は約17万人で人口の19.7%であり,このうち75歳以上の後期高齢者人口が半数を占めています(表1)1).また,平成26(2014)年4月1日現在,介護保険の要介護・要支援認定者数約3万6,000人のうち,認知症高齢者の日常生活自立度Ⅱ以上の該当者は約1万9,000人であり,その数は平成20(2008)年以降,毎年平均で約1,000人ずつ増加しています.

 世田谷区の組織体制としては,地域に関わる事務事業や地域住民への行政サービスを総合的に行う機関として総合支所を地域ごとに整備し,5か所に設置しています(図1).

ポンポコリン勉強会からプロジェクト若狭へ―保健・福祉・医療の最強タッグ

著者: 髙島久美子

ページ範囲:P.693 - P.697

はじめに

 若狭町の認知症に学ぶ活動は1991年にさかのぼります.私自身は1990年4月,敦賀温泉病院の開院と同時に神経科精神科外来に看護師として就職しました.認知症の方との出会いは,ここから始まります.当時は在宅から,また施設からでも重度になって初めて外来を受診,紹介される認知症の人が多く,なぜもっと早く受診できないのか考えさせられました.また,認知症の周辺症状も家族の理解を深めることにより軽減し,薬物療法でもかなり安定することをこの目で見てきました.この頃,玉井顯院長は若狭町から認知症講演を依頼されることが多く,講演後は軽度の認知症の方が訪れるようになり,その地域の認知症に対する偏見が薄らいでいることに気づきました.

 「認知症を知るにはまず脳を学ばなければいけない」と若狭町保健センタースタッフとも意見が一致し,1991年4月に若狭町で脳を考える会が誕生しました.その名は「ポンポコリン勉強会」です.玉井院長および保健センター,社会福祉協議会などのスタッフが月に1回,午後6時から保健センターに集まり,時間が経つのを忘れ楽しく,脳について学び認知症を考えました.認知症の人や家族のために私たちに何ができるのか,町としてはどうしたらよいのかをみんなで考えました.まず,どの程度の認知症の人がどれだけ存在するのかを知るために,1997年に若狭町保健センター,敦賀温泉病院のスタッフが中心になりアンケート調査を実施しました.

 敦賀温泉病院の認知症疾患医療センターに訪れる認知症の方は年々多くなっていますが,まだまだ在宅で困っておられる認知症の人は多いと思います.認知症の人や家族を支援する方法は,脳を理解し認知症を知る講演活動,啓発しかないと決断しました.敦賀温泉病院で学んだことを基礎として,さらに認知症の人や家族を広く支援するために,2001年2月から若狭町役場に就職しました.脳を学び,認知症を知るポンポコリン勉強会の思想を受け継ぎ,専属の脳・認知症の啓発,生活習慣病の予防のための訪問活動を中心とした仕事に携わるようになりました.

 しかし,講演活動や出前講座では講演に集まれる人は限られ,若い人,男性が集まることが少なく,やはり個別訪問が一番よいと考え,2001年4月からは訪問を主として実践しました.訪問活動により,年々町民の認知症の理解,特に早期発見・予防の考え方,また脳の理解などが深まり,認知症に対する偏見が徐々に薄らぐのを実感しました.訪問と同時に調査も実施しており,毎年統計をとり今後の予防に役立てています.「何かあったら連絡してね!」の一言で個々の町民とのつながり,町民と福祉の間,町民と医療の間,また在宅と施設との間に入り連携できる立場,すなわち町のリエゾン・ナースのような存在は,大切な役目であると思えました.2005年7月29日には前千田千代和町長の理解のもとで私一人の活動ではなく,認知症になっても安心して暮らせる若狭町をめざして,町自体が中心となり民生委員,教育関係,医療関係,福祉関係および保健関係の13人からなる「プロジェクト若狭」が結成されました.現在,認知症キャラバン・メイトやサポーターの養成活動などが幅広い年齢層に積極的に展開され,今では認知症でも安心して暮らせるまちづくりは町全体の活動となっています.

視点

公衆衛生だからできること―生(いのち)を衛(まも)る医師を募集しています

著者: 明石都美

ページ範囲:P.658 - P.659

 「生を衛る医師」,これは全国保健所長会作成の公衆衛生医師を募集するポスターで表現されている保健所などで働く公衆衛生医師のことである.

 30数年勤めた保健所をはじめとする公衆衛生の魅力は,と問われれば「今ある健康課題について,住民にとって,少しでもよい方向へと導くための施策化が(ことの大小はあるけれども),できるところ」といえると思う.医学部を目指した時には想定していなかった分野であるが,その時から,何となく,人間全体をみることのできる仕事がしたい,とは思っていたように思う.

連載 いま,世界では!? 公衆衛生の新しい流れ

世界における認知症対策の動向

著者: タルン・ドゥア ,   佐原康之 ,   シェイカー・サクセナ

ページ範囲:P.707 - P.711

 世界は急速に高齢化している.2050年には,60歳以上の人口は20億人を超えると予想される1)(図1).欧州と日本が高齢化の先頭を走るが,中でも日本は約3人に1人が60歳以上(2013年に32.3%)と最も進んでおり,この比率は2050年には42.7%に達すると予測される1).前世紀の健康政策の成功が健康長寿実現に貢献したが,同時に認知症を含めた非感染性疾患の増加をもたらしている.

 認知症は,慢性の器質的な脳機能障害であり,行動・認知・感情の障害を特徴とする.現在のところ,治癒または進行を止める治療法はなく,高齢期での罹患率も高いため,高齢者で大きな疾病負荷をもたらす疾患の一つとなっている2).特に低中所得国においては,今後数十年で認知症患者の急速な増加が見込まれているが,これに対応する人的および経済的資源が限られており,今から適切な対応をとる必要がある.

基礎から学ぶ楽しい保健統計・1【新連載】

統計とは

著者: 中村好一

ページ範囲:P.712 - P.718

point

1.道具として統計が使えるようになれば良い.

2.分析統計は確率論を用いて母集団についての推定や検定などの推論を行う.

3.記述統計は観察されたものを分かりやすく提示する.分析統計よりも重要である.

4.母集団からの無作為抽出が重要である.

リレー連載・列島ランナー・67

総社市高齢者プログラム

著者: 平野悦子

ページ範囲:P.719 - P.721

 皆さん,こんにちは.岡山県津山市からバトンを受けました総社市です.

 本市からは,「総社市高齢者プログラム」に基づく取り組みを紹介します.

衛生行政キーワード・97

オレンジプランの目指す認知症ケア

著者: 新美芳樹

ページ範囲:P.722 - P.724

はじめに

 認知症は日本だけではなく,世界の大きな問題です.2012年のWHO(世界保健機関)/国際アルツハイマー病協会の報告書には,2010年の時点ですでに世界に3560万人の認知症の人がいて,4秒に1人ずつその数が増加するとされています.

 認知症の危険因子として,加齢は非常に重大です.平成23(2011)年10月1日時点で高齢化率が23.3%と,世界一の高齢化社会である日本の認知症の人はどのくらいなのでしょうか.介護保険のデータから,「日常生活に支障を来すような症状・行動や意志疎通の困難さが多少見られても,誰かが注意すれば自立できる状態」である,「認知症高齢者の日常生活自立度Ⅱ」以上の高齢者を推計すると,平成22(2010)年度で280万人でした.軽症者も含めた認知症については,調査研究が行われ,日本の65歳以上高齢者の有病率が15%,平成22(2010)年の時点で約439万人と推計されました.また軽度認知障害(Mild Cognitive Impairment;MCI)の人は13%,約380万人と推計されました(図1).

 今後,高齢化の進行に伴い,認知症の人の増加は続くと考えられています.

予防と臨床のはざまで

予防医療医の夏(前編)

著者: 福田洋

ページ範囲:P.725 - P.725

 今年の東京は,亜熱帯化したかと思うような突然のスコールや台風の襲来など特に暑い夏ですが,それに負けないくらい”熱い”研究会やセミナー,講演の機会に恵まれました.今回は予防医療医の日記風に,今年の夏を振り返ります(今回の前編では6月).

 6月前半には,産業看護の集中講義を担当.次年度からは,保健師資格の選択制が始まり全員が保健師の受験資格を得られなくなります.個人的には,保健師資格の選択制や大学院化は,臨床を知り,予防に熱意をもつ学生の進路を狭めてしまうものと感じています.出来るだけ多くの学生に,働き盛り世代の健康支援の楽しさとやりがいと伝えたいと,授業にも思わず熱がこもります.恩師から引き継いで約10数年,今では関東を中心に4大学で毎年600人の学生を教え,多くの卒業生が関連する企業等に就職しています.12日夕刻は,さんぽ会月例会.産業医や産業看護職だけでなく,産業保健に興味を持つ学生も多く参加してくれました.今月は立道昌幸先生(東海大学医学部基盤診療学系公衆衛生学教授)をお招きして「IT時代における視野測定の意義」についてご講演いただきました.日本人の緑内障患者のうち90%以上は正常眼圧緑内障であり,GSPOH(ジスポ)研究の結果から,FDTスクリーナーを用いた短時間で計測可能な「視野検査」を職域健診に導入する意義について述べられました.

映画の時間

―インド初メジャーリーガーを発掘した崖っぷちエージェントの実話―ミリオンダラー・アーム

著者: 桜山豊夫

ページ範囲:P.727 - P.727

 アメリカで,プロバスケットやプロ野球の選手の代理人(エージェント)を営んでいる主人公バーンスタインは,有力選手と契約できず,事務所閉鎖の危機に陥ります.偶然,インドでのクリケットの試合中継を見た彼は,人口の多いインドには,アメリカのプロ野球(メジャーリーグ)でも通用する剛腕のクリケット選手がいるにちがいないと確信します.スポンサーを何とか説得して彼は渡印し,インド各地で速球コンテストを開催して,有望な新人の発掘に乗り出しますが….

 本作品は,インド出身で初めて大リーグの選手となった2人のインド人青年の実話に基づいて製作されたとのこと,ギレスピー監督は,多くの人口,広大な国土を抱えたインドの雰囲気を,現地ロケを交えて見事に表現しています.

--------------------

投稿規定 フリーアクセス

ページ範囲:P.726 - P.726

次号予告 フリーアクセス

ページ範囲:P.727 - P.727

あとがき フリーアクセス

著者: 成田友代

ページ範囲:P.728 - P.728

 近年の認知症高齢者の急増を受け,新聞やテレビ等でも,認知症に関する記事やニュースが日々報道されています.今回,あらためて認知症に関する最近の知見等を系統的に学ぶ機会になればと考え,各執筆者に報道等で取り上げられていた話題を中心に網羅的にご解説いただきました.

 朝田隆氏からは,日本中の注目を集めた,驚くべき認知症の推計有病率(15%,軽度認知障害の13%と合わせると28%)とその推定方法,さらには,生活習慣病の延長上に認知機能低下がその先に認知症があるということをご説明いただきました.認知症といえば介護予防という視点で捉えがちですが,正しい知識の普及啓発等,生活習慣病予防の一環としても取り組むべき喫緊の課題であると言えるでしょう.大熊由紀子氏,上野秀樹氏には,住み慣れた地域で認知症の人の生活を支援することの重要性について,現在の精神科医療におけるケアからの転換の視点を交え,それぞれご執筆いただきました.お二人のお話は,筒井孝子氏や大島千帆氏からご解説いただいた「地域包括システムの中での認知症ケア」につながり,まさにその先に,髙橋裕子氏,髙島久美子氏からご紹介いただいたような自治体の先駆的な取組への発展があるのではないかと思います.今回,認知症の人への支援のあり方,地域での導入の考え方から実践へと,一連の流れとして,ご理解いただけたのではないかと期待しております.地域における認知症ケア検討に当たっては,島田裕之氏,遠藤英俊氏からの認知症の予防や診断・治療等の最近の知見も踏まえ,本特集を全面的にご活用いただければ幸いです.

基本情報

公衆衛生

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1170

印刷版ISSN 0368-5187

雑誌購入ページに移動

バックナンバー

icon up

本サービスは医療関係者に向けた情報提供を目的としております。
一般の方に対する情報提供を目的としたものではない事をご了承ください。
また,本サービスのご利用にあたっては,利用規約およびプライバシーポリシーへの同意が必要です。

※本サービスを使わずにご契約中の電子商品をご利用したい場合はこちら