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雑誌目次

雑誌文献

公衆衛生78巻8号

2014年08月発行

雑誌目次

特集 公害・環境問題の変貌と新展開

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ページ範囲:P.517 - P.517

 環境問題は公衆衛生の重要課題です.わが国の高度経済成長期の環境問題といえば,水俣病やイタイイタイ病などで代表される公害病や典型7公害(大気汚染,水質汚濁,土壌汚染,騒音,振動,地盤沈下,悪臭)への対応が主要テーマでした.これらは特定の原因が存在し,不特定の健康被害者が比較的狭い地域に存在することが多く,原因の除去により健康被害を防止・軽減できるという特徴がありました.これに対して最近の環境問題は,人だけでなく植物や野生動物などの広い範囲に被害をもたらし,被害が広域に及び,国際的な共通課題として認識されるものが多くなりました.

 このような中,公害問題の原点とされる水俣病を教訓として,昨年(2013年)10月に「水銀に関する水俣条約:the Minamata Convention on Mercury」が採択されました.水俣病と同じような被害を繰り返してはならないという決意を込めて,ミナマタの名が国際条約の冠に刻まれました.水銀公害の被害が世界的に広がり出したことへの強い危機感が伝わってきます.

日本の公害対策と環境政策―その歴史的教訓を将来のために

著者: 宮本憲一

ページ範囲:P.518 - P.521

深刻な「公害先進国」

 戦争は最大の環境破壊である.第二次世界大戦で日本は約300万人の死者を出し,生産力の半分を失い,自然・文化財などの貴重な環境を失った.戦後経済は飢餓状態になったが,1950年の朝鮮戦争と1952年の対日講和条約を経て経済が復興したが,安全を無視した無理な成長をした.この時期に水俣病(1956年5月公式発見)やイタイイタイ病(戦争直後発見)が発生した.

 1954年から1960年の所得倍増計画を経て約20年にわたる高度成長が始まり,1970年代には米国に次ぐ世界第2位の経済力を達成した.それは重化学工業化と都市化を急激に進め,現在の大量生産・流通・消費の経済システムをつくった.奇跡の経済成長といわれたが,同時に都市を中心に国土全体を公害のるつぼと化してしまった.欧米の研究者は,この時期の日本は近代化に伴うあらゆる公害が噴出しているとして,「公害先進国」と呼んだ.大阪市では1960年スモッグが165日に達した.冬場は昼間から煤煙のために暗くなり,自動車のヘッドライトをつけなければ交通ができない状況であった.かつては白魚のとれた隅田川はBOD(biochemical oxygen demand)が50ppmを超え,悪臭ふんぷんのどぶ川となった.騒音や地盤沈下などの公害の訴えが保健所に殺到していた.最近の中国の公害よりも深刻な環境破壊が繰り広げられていた.

環境問題の変遷と環境研究の新たな展開

著者: 住明正

ページ範囲:P.522 - P.526

はじめに

 環境問題の定義は,いろいろとあり得るが,ここでは,一人の人間や人間社会とそれを取り巻く周囲の環境との関係から生じる問題であると考える.動物や植物やまだ生まれていない未来の世代にとっても環境問題は存在する,と主張する人もあろうが,ここでは,まず,現在生きている人間にとっての環境問題を考える.環境には,自然的な環境と社会的な環境が存在する.この両者を区別することに異論を唱える人もいるであろうが,ここでは,従来の考え方を採用する.また,環境と個人との関係には,一般的に正と負の両面がある.そして,この関係の評価には,視点や価値観や時間スケールなど様々な要因がかかわっており,問題が決まれば一意的に評価が決まるものではないことは留意しておく必要があろう.

 従来の考えでは,自然環境と社会環境を区別して考えてきたので,まずは,自然環境に関する問題を考えてみよう.人類は,自然環境を利用し改変して生きてきた.その意味での環境問題の歴史は古い.資源の問題を除くとしても,古くは,ゴミの問題や排泄物の処理などが環境問題の中に入っていた.中国の歴史などで記されているイナゴの害や病虫害などは,後から考えれば環境問題の一つと考えられようが,全貌が把握できなかった当時としては運命と考えざるを得なかったことと思う.自然災害なども,人為の及ぶところとは考えていなかったと思う.しかし,環境に関する理解が深まってくるにつれ,環境問題の範囲は広くなる.ただ昔は,人は少なく土地は広く,生活空間とゴミ捨て場などを分けることが可能であったし,泉や井戸などで清潔な水の確保も容易であったろう.また,高台など自然災害の及びにくいところを選んで生活する自由度も高かったと思われる.資源などが豊かではなく,生活レベルも高くはなかったが,欲望レベルも高くなく,物を大事にし,多くを望まない生活が大規模な環境問題の発生を低くしたのであろう.

 社会環境を環境問題に入れるか否かは議論が分かれるところである.何と言っても,社会は人間自らが構成できるものであり,人間が自ら決定できる以上そこでの重要な問題は,政治の問題であり社会経済の問題として考えるべきである,という主張である.不平等や社会正義の問題など,古来から語られてきた問題は,現在でも引き続き存在する.しかし,そのような議論は必要であるとしても,社会環境を環境問題の枠組みで考えることもあながち無駄ではないであろう.自然環境との関係で語られる環境問題も,社会システムの中を通ることにより増幅したりするからである(大規模な自然環境の改変は,政治的な意思決定を伴って実行され大きな社会変化を引き起こす.また,行政の不備は災害などの被害を大きくする).社会システムを客体として把握し,その特性や動作特性を客観的に把握することも重要な視点と思われる.環境問題における政治的プロセスの重要さも,再確認する必要がある.

 自然環境問題の発生には,先ほど述べたように,空間スケールが問題となる.局所的な影響ならば,そこを放棄すればよい.広い地域に影響が及ぶから多くの人が問題にするのである.典型的な例は,足尾銅山などの鉱毒問題である.精錬に伴い排出される物質を環境中に拡散させたことから問題は大きくなったのである.このようなことが発生する背景には,コストをかけたくないという経済的欲望と同時に,自然の環境処理能力に関する過剰な甘えがあるように思う.さらにこのような問題を深刻にさせた背景には,都市化に伴う人口集中がある.大気汚染や水の汚染,貧民窟での健康問題などでは,人口集中に伴う社会の変化が汚染物の影響を拡大したことに注意することが重要であろう.

越境大気汚染と大気汚染・気候変動コベネフィット・アプローチ

著者: 秋元肇

ページ範囲:P.527 - P.532

はじめに

 「国際的に大気汚染がいま熱い」と言っては言いすぎであろうか.2000年代末における東アジア(北東アジアおよび東南アジア)におけるNOx(窒素酸化物)およびCO2(二酸化炭素)の排出量は,欧州および北米をはるかに凌駕してそれぞれ全世界の30%を越え,この地域は世界的に見て大陸規模で最も大気汚染物質の排出量の多い地域となっている.これに南アジア,西アジア(中東)を加えたアジア全体の排出量は,NOxで約40%,CO2では45%に達している.

 このことが最近の中国における激甚な大気汚染や,わが国に対する越境大気汚染の増大をもたらしている根本原因であると同時に,急速に増え続けている東アジアからの大気汚染物質の排出削減に,半球大気汚染の観点から欧米を含めた全世界からの注目が集まっている由縁である.特に北東アジアにおける越境輸送を含む大気環境管理は,環境問題をテコに昨今の日中韓の政治的対立を乗り越える国際協力のパイプを,いかにして築くかといった国際政治とも深く絡んだ問題となっている.本稿ではこうした側面を横目で眺めながら,まずPM2.5とオゾンの越境大気汚染問題をみてみよう.

 他方,大気汚染と気候変動はこれまで一部の科学的研究を除いて別問題として取り扱われ,対策・政策面でもほぼ独立に取り扱われてきた.しかるに,現在顕在化している温暖化に伴う極端気象などの気候変動を中期未来までに多少なりとも緩和しようとするならば,後に述べるようにブラックカーボン(black carbon;BC)や対流圏オゾン(O3)のような,温暖化を促進する寿命の短い大気汚染物質の大気濃度を下げる以外に手立てがない.このような考えから米国政府は2012年に「短寿命気候汚染物質削減のための気候と大気浄化のコアリション(Climate and Clean Air Coalition;CCAC)」を提起し,わが国も政府としてこれに加わった.本稿では,第2のテーマとして大気汚染・気候変動コベネフィットアプローチについて東アジアの立場から考察する.

 このように大気汚染をキーワードとした動きが,国際的にも大きく浮上してきており,東アジア大気汚染がわが国でも国際問題として熱くなっているのである.

室内空気汚染対策に関する世界的動向と今後の展望

著者: 東賢一

ページ範囲:P.533 - P.540

はじめに

 日本では1990年代に入り,いわゆるシックハウス症候群など,化学物質による室内空気汚染が原因とされる居住者の健康問題が社会的に大きくなった.そこで日本では,13の物質に対して室内濃度指針値が策定され,2種類の物質が建築基準法で使用規制されるなど,いくつかの対策が行われてきた.その一方で,国内外の研究で近年新たな課題が指摘されており,世界保健機関(WHO),欧州諸国,日本の厚生労働省が取り組みを進めている.

 本稿では,室内空気汚染に関する近年の知見や諸外国での取り組みを紹介するとともに,今後の課題についても言及したい.

放射性物質の環境動態に関する知見整理とその活用

著者: 古米弘明

ページ範囲:P.541 - P.546

はじめに

 「平成23年(2011年)3月11日東北地方太平洋沖地震」に伴い,東京電力福島第一原子力発電所から多量の放射性物質が環境中に放出され,大気中を移動しながら乾性降下物や湿性降下物として地上に沈着した.環境中の放射性物質の挙動は,モニタリング調査によっておおよそ把握できるものの,ホットスポットと呼ばれる高放射線が検出される場所も存在し,環境や人体へのリスク管理を考えた場合,放出された放射性物質の環境中での移動と消長を明らかにする必要がある.

 また,放出後の汚染実態の把握や効率的な除染の検討だけでなく,市街地や農地などで除染が実施されたあとの物理的な減衰と風雨などによる減衰などを併せて評価することも重要である.特に,降雨に伴う放射性物質の流出や移動,環境中での消長を反映しているモニタリング結果を解釈できるように体系立てて科学的知見を整理することが求められる.1979年スリーマイル島原子力発電所事故,1986年チェルノブイリ原子力発電所事故で放出された放射性物質の動態に関する研究成果は参考になるものの,森林が多く,急峻な地形が多いわが国とでは,環境中の挙動が異なるものと考えられる.

 そこで本稿において,平成24(2012)年度環境省環境研究総合推進費により実施した,研究課題(ZRFb-12T1)「流域に沈着した放射性物質の移動と消長に関する文献調査及び知見整理」の研究成果を紹介させていただく.

環境化学物質の次世代影響―出生コーホート研究による成果と今後の課題

著者: 岸玲子

ページ範囲:P.547 - P.552

次世代影響が注目される背景

 環境化学物質が子どもの健康に与える影響,とりわけ胎児期曝露の影響に世界的な関心が高まっている.その背景として,1996年発刊のColbornらによる「奪われし未来(Our Stolen Future)」で,環境化学物質による内分泌かく乱作用は胎児期が最も感受性が高いことが指摘されたことが挙げられる.翌1997年にはG8環境大臣会合において子どもの環境保健は最優先事項であるとされ,種々の対策の実施が緊急の課題として「マイアミ宣言」が採択された.

 一方,医学的には“疾病の胎児期起源説(Fetal origins hypothesis)”が近年,提唱されている.胎児期の低栄養などによって成人期の循環器疾患やⅡ型糖尿病などに罹患しやすくなるとされ,その理由は飢餓など過酷な環境に適応する形で胎児が「倹約型」体質にプログラミングされ,それが小児期以降の肥満や成人期疾患につながるという仮説が出された.この考え方はその後,「Developmental Origins of Health and Diseases(DOHaD)」として生涯を通じたライフコースアプローチに関心が向けられるようになった1)

電磁界の健康影響評価に関する研究成果と課題

著者: 山口直人

ページ範囲:P.553 - P.557

はじめに

 電界と磁界を合わせて電磁界という.電界と磁界が交互に発生しながら空間を伝播してゆく場合は電磁波とも称される.X線,ガンマ線など周波数3,000THz(テラヘルツ)以上の電磁波は電離放射線,それ以下の周波数の電磁波は非電離放射線に分類される.本稿で取り上げるのは,非電離放射線の中で,電力設備,家電製品が発生源である超低周波電磁界,携帯電話が利用するラジオ波電磁界である.

 世界保健機関(WHO)の国際がん研究機関(International Agency for Research on Cancer;IARC)は,2002年には超低周波電磁界について,2011年にはラジオ波電磁界について発がん性評価の結果を公表したが,いずれもグループ2B,すなわち,「人に対して発がん性を有する可能性がある(possibly carcinogenic humans)」という総合評価であった.発がん性評価の基となった研究は,疫学研究,動物実験,培養細胞等を用いた生物学的研究など多岐にわたるが,特に,疫学研究において「限定的な証拠(limited evidence)」が得られていると判断されたことが,総合評価に大きく影響したと考えられる.そこで,疫学研究の成果に焦点を当てて,最近の動向と課題について報告する.

低周波音の健康影響の評価に関する課題と今後の展望

著者: 岡田健

ページ範囲:P.558 - P.562

はじめに

 超・低周波音問題は,1970年代に社会問題となったが,2000年前後から再び社会問題となっている.「原因設備」は,工場・事業所の産業機械設備が主体であったが,最近は,住宅地に近接する大店舗などの中規模冷凍機や空調機設備,個人住宅向け家電給湯設備(エコキュートなど),さらに,2000年以降急激に開発が進んでいる風力発電事業所の風車音である.「原因媒体」は「超低周波音,ならびに低周波音」(以降,超・低周波音と記す)である.「結果」は,原因設備の周辺に住む人々に表1に示す生理的症状が発症することである.

 以下に1973年以来,超・低周波音に関する実問題に取り組み,工学的調査・対策により解決してきた事例1)に基づいて,超・低周波音の特徴や健康被害の発症状況,評価法,ならびに本疾患に対する対応などについて記す2)

視点

公衆衛生活動と中核市保健所

著者: 犬塚君雄

ページ範囲:P.514 - P.515

 私は,大学医学部を卒業後直ちに愛知県職員となり,35年が経過した本年3月に県を辞し,中核市である豊橋市保健所長に就任した.本稿では,この35年の大半を過ごした衛生行政での経験を振り返りつつ,これからの公衆衛生活動について考えてみた.

連載 いま,世界では!? 公衆衛生の新しい流れ

環境問題の変貌と新展開

著者: 戸髙恵美子 ,   森千里 ,   中谷比呂樹

ページ範囲:P.565 - P.570

はじめに

 1948年の設立当時,WHO(世界保健機関)の主な活動は,第二次世界大戦で荒廃した諸国における感染症の温床となる衛生状態の改善に重きを置いたものであった.しかし,その復興とともに感染症対策そのもの,ひいては非感染症対策などへ移行していった.しかし,近年,異常気象のもたらす健康影響や広く健康に与える環境因子の重要性に関する知見が蓄積されるとともに,多くの途上国が急速な近代化を進める上での負の側面として環境悪化が起こっているのではないかとの懸念から,環境と健康問題は国際保健の課題として再認識されつつある.

 その転機となったのが2008年の第61回WHO総会で,気候変動と健康問題との関係が報告され,今後WHOとして優先的に取り組まなければならない課題であることが決議1)された.さらに,2015年に終わる国連ミレニアム開発目標注)の後の国際社会共通の目標を論議する上でも大きな問題と認識されている.小論では,これら健康と環境の問題について,現状と課題そしてWHOの最近の対応について紹介する.

リレー連載・列島ランナー・65

今,保健所への期待が高まっている,それにどう応えるのか

著者: 柳尚夫

ページ範囲:P.571 - P.574

なぜ,保健所への期待が高まっているのか

 私は,保健所勤務が大阪府と兵庫県を合わせて,30年を超えている公衆衛生医です.仕事を始めた当初からずーっと「保健所黄昏論」を周りから聞かされてきました(もちろん私はそのようには全く思っていなかったですが).しかし,この数年は,保健所に対しての「期待」の声が高まっているように感じています.

 そのように感じるようになったきっかけは,「地域保健対策の推進に関する基本的な指針改正〔平成24(2012)年7月31日〕」です.この指針見直しが議論されている最中に,東日本大震災が起こったことは,内容に大きな影響を与えました.それまでの指針では,保健所の役割が,感染症対策などを中心に「健康危機管理」が強調される一方,地域保健活動では,市町村と棲み分けて役割が重ならず,市町村の求めに応じて支援をするのが,保健所の役割と定められていました.ところが,見直された指針では,市町村の業務の把握や支援を保健所が積極的に行うことになりましたし,地域での医療介護体制作りや,高齢者や障害者への支援システム作りについても,主体的な役割を担うことになりました.これは,東日本大震災で,深刻な被害を受けて機能停止に陥った市町村があったことから,もし保健所が,市町村の保健福祉,特に介護保険や障害者のサービス実態などを把握していなければ,適切な被災地支援ができないことや,医療介護の連携に保健所の関与が必要であることを国をはじめ多くの公衆衛生関係者が気づいたためです.

公衆衛生Up-To-Date・19【最終回】 [東京都健康安全研究センター発信]

違法(脱法)ドラッグ―試験検査の現場から

著者: 守安貴子

ページ範囲:P.575 - P.578

 昨年(2013年)10月に,アロマリキッドと呼ばれる違法(脱法)ドラッグ(以下,脱法ドラッグ)を摂取した女性が亡くなる事件が大阪で起きました.また,今年2月には福岡で車が暴走,8台以上の車に次々と衝突し15人が重軽傷を負う事故,3月には東京で若者が自宅にいた父親や隣人に包丁で切りつけるという事件が,6月には同じく東京で車が暴走し7人が死傷する事故が起こりましたが,これらは,脱法ドラッグの1つである脱法ハーブの吸引が原因と考えられています.

 こうした脱法ドラッグの摂取,吸引による健康被害,交通事故や事件の発生は,近年新聞やテレビなどでも報道され,大きな社会問題として,皆さんの記憶にも新しいことと思います.

映画の時間

―口を開けば罵詈雑言.凶暴で頑固でおせっかい.キュートな彼女は,70歳のおばあちゃん?―怪しい彼女

著者: 桜山豊夫

ページ範囲:P.579 - P.579

 高齢社会を迎えつつある国が増えているせいか,最近,高齢者を主人公にした映画が増えているような気がします.今月ご紹介する韓国映画「怪しい彼女」の主人公も,70歳を迎えた老婆?ですが,他の映画とは,やや切り口が違っています.

 国立大学で老人問題の講義をしている教授は,主人公オ・マルスンの自慢の息子です.マルスンは夫に先立たれ,女手ひとつで,苦労をしながら息子を育てました.70歳を迎えた今も,息子の勤務する大学のカフェテラスで働いています.長谷川町子の「いじわるばあさん」を思い出すような彼女を,カフェテラスのパク店長は「お嬢さん」と呼んで優しく見守っています.パク店長が若い頃に奉公していた家のお嬢さんがマルスンのようですが,今はまったくお嬢さんという風情ではありません.でもそんなマルスンにパク店長は秘めたる恋心を抱いているようでもあります.

予防と臨床のはざまで

臨床疫学ゼミ新シーズン開始!

著者: 福田洋

ページ範囲:P.581 - P.581

 数年前に本コラムでも紹介した当教室主催の「臨床疫学ゼミ」.2008年7月に開始し6年目に突入,4月から新シーズンがスタートしました.生活習慣病の予防や臨床に取り組む現場の専門職(内科医・産業医・看護職・栄養士・運動専門家等)を対象とし,疫学・統計学の基礎を学ぶことを目的としています.ユニークなのは,参加者のレベルを敢えて揃えていないところです.社内の衛生委員会で発表できればよいという保健師さんから,英文誌にアクセプトされないとマズい…という大学院生までが参加.どんな参加者でもゴールにも使われる疫学・統計学の技術は一緒という発想,さらに先輩がコツや経験を後輩に伝えることで互いに高め合うなどの狙いがあります.80点の人が100点を目指すゼミではなく,40点の人が80点を目指すゼミとも話しています.そもそも学会発表も論文も,最後には一人で夜中に闘わなければいけない時が来ます(笑).そんな参加者のエンパワーメントに繋がればと願っています.

 発足当初から続いているプログラムは「ピアレビュー」で,参加者が40分の持ち時間で自らの研究のアイデアや結果を説明し,参加者全員から質問やアドバイスを受け,整理した白板をデジカメで撮影して本人にフィードバックするものです.研究のレベルは様々で,論文化されているものから,全く研究の体をなしていないものまであります.ゼミ2~3年目には,データを持っている現場の専門職と,統計ソフトと時間はある大学院生が,少人数の「ワークショップ」を行い,研究計画を作る試みもしました.4年目からは講師役を増やし,系統的な講義を「新ワンポイントレクチャー」として提供し,疫学・統計学の知識の底上げを図るようにしました.

「公衆衛生」書評

―河野 龍太郎 著―人間の行動を捉え,事故防止に向き合う『医療におけるヒューマンエラーなぜ間違える どう防ぐ 第2版』 フリーアクセス

著者: 浅香えみ子

ページ範囲:P.563 - P.563

 本書との出会いは,2004年発行の初版である.本書のタイトルにある「なぜ間違える,どう防ぐ」の問いに「(間違いの理由が)全部がわかっていたら,どうにかしている」「どんなに考えても,最後は自分たちが気を付けるしかない」という思いの中で出会った.

 初版では,著者が経験した航空業界を含む多様なリスク管理を医療に応用させ,医療事故の発生をシステム構造として捉えた管理思考を提示し,さらにMedical SAFERを用いた分析手法が紹介されていた.この本で臨床に努力と根性(竹やり精神型安全と表現されている)以外の手段を取り入れることを学び,管理者としてシステムの改善により医療事故を低減する関わりをしてきた.つまり医療事故を個人の注意不足とする方向を回避し,対策を講じてきた.

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投稿規定 フリーアクセス

ページ範囲:P.582 - P.582

次号予告 フリーアクセス

ページ範囲:P.583 - P.583

あとがき フリーアクセス

著者: 阿彦忠之

ページ範囲:P.584 - P.584

 本号の特集は,昨年(2013年)10月に「水銀に関する水俣条約」が採択されたというニュースが企画の発端でした.水俣病を原点とする公害問題の背景や公害対策の歴史的教訓を学び,その教訓を最近の新たな公害対策や変貌する環境問題の解決のために活かすべきではないかと考えました.

 わが国の公害対策の歴史的教訓については,宮本憲一先生の玉稿に濃縮されています.「ノーモア四日市」をスローガンとした科学的な市民運動が勝利し,公害対策基本法が制定されたものの,しばらくは環境保全と産業成長の調和(実際は産業の優先)を図るための甘い環境基準が設定されたこと.それに反対する世論が拡大して,生活環境優先の法体系に改正された経緯などが詳しく解説されております.「公害対策は調和論でなく人権と環境優先を原則とする」というメッセージは重要な教訓です.

基本情報

公衆衛生

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1170

印刷版ISSN 0368-5187

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