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雑誌目次

雑誌文献

公衆衛生79巻7号

2015年07月発行

雑誌目次

特集 感染症の新たな脅威

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ページ範囲:P.437 - P.437

 西アフリカにおけるエボラ出血熱の大流行は,現在(2015年5月)ようやく終結に向かっているようであり,パンデミックになる危機は回避されたように思われますが,この3カ国にまたがる流行は世界で初めての経験です.一方,国内においては,昨夏(2014年)に約70年ぶりのデング熱の国内感染が起こり,公園内の蚊の駆除など対応に追われました.また,サウジアラビア等の中東地域においてSARSと似たコロナウイルス感染症である中東呼吸器症候群(MERS)が新しい感染症として出現しています.わが国においてもこれまで確認されていなかった重症熱性血小板減少症候群(SFTS)の発生が認められています.さらに,狂犬病清浄国と考えられてきた台湾において,野生のイタチアナグマやジャコウネズミから狂犬病ウイルスが検出されています.
 以上のように,現在の世界は,既存の感染症や新しい感染症がわれわれを脅かしている状況にあります.そこで今回,感染症をあらためて取り上げ,新興感染症,再興感染症の新たな脅威として特集を企画しました.

新興・再興感染症の現状と課題

著者: 渡邉治雄

ページ範囲:P.438 - P.443

 新たな感染症が世界のどこかで毎年のように発生している.最近は,重症熱性血小板減少症候群(Severe Fever with Thrombocytopenia Syndrome;SFTS),中東呼吸器症候群(Middle East Respiratory Syndrome;MERS),鳥インフルエンザA(H7N9)ウイルス感染症,デング熱,エボラ出血熱,カルバペネム系抗菌薬耐性腸管系細菌感染症(Carbapenem-resistant Enterobacteriaceae;CRE)などの話題に事欠かない.2014年の夏から秋にかけて,日本で70年ぶりにデング熱の国内感染例が発生した.また,2014年初頭から西アフリカ(ギニア,リベリア,シエラレオネ)を中心に発生したエボラ出血熱は,2015年4月22日までに患者数が2.6万人,死者1.1万人になろうとしており,いまだに制圧されていない.今や,一国で発生した感染症は瞬く間に世界に拡大し,人々の生活に大きな影響を及ぼしている.これら感染症との闘いは止むことはないのが現状である.

デング熱の国内感染—行政の対応,保健所の立場から

著者: 広松恭子

ページ範囲:P.444 - P.448

 渋谷区では,2014年夏,東京都内一部地域で流行したデング熱への危機管理対応を行った.患者発生から蚊の活動がほぼ終了するまでの2カ月あまり,相談すべき専門家を探すことから始め,国,都の多大な協力を得て,連日のマスコミ報道の中,情報の収集,冷静な対応の呼びかけなどを中心に,医療体制の整備,蚊への対策等の対応を行った.
 2015年4月28日付で感染症予防法施行規則が改正され,蚊媒介感染症が,予防指針を作成し総合対策を推進する感染症として位置づけられた.当所でも対策の手引き1)作成に協力した.こうした経験をふまえ,概要と,保健所の対応について報告する.

蚊媒介性感染症

著者: 小林睦生

ページ範囲:P.449 - P.453

 デング熱は毎年のように東南アジア,インド,中南米を中心に流行が起こっている.一方,臨床症状がデング熱と類似しているチクングニア熱は,2004年以降,インド洋島嶼国,インド,東南アジア等で流行し,2013年からはカリブ海諸国および南米で大きな流行が認められている.ウエストナイル熱は,1999年に突然ニューヨークで流行が起こり,2003年には1万人近い患者が発生した.最近,ヨーロッパ諸国でも流行が認められている.短時間で世界中を移動する患者や航空機等で運ばれる病原体を持った媒介蚊は,感染症の新たな侵入を容易にしている.日本脳炎は,日本での患者数は近年激減しているが,依然ウイルスの活動が西日本を中心に認められている.これらの問題を含めて種々の角度から蚊媒介性感染症の問題を明らかにし,世界的な流行状況を概説する.

西アフリカにおけるエボラ出血熱の流行

著者: 加藤康幸

ページ範囲:P.454 - P.457

 エボラ出血熱(Ebola virus disease;EVD)は,1976年に現在の南スーダンとコンゴ民主共和国で見いだされた致死率の高い新興ウイルス感染症である1).病原体のエボラウイルスは,マールブルグウイルスと共にフィロウイルス科に分類され,コウモリが自然宿主と考えられている.これまでにアフリカ中央部を中心に流行が散発してきたが,いずれも患者の血液・体液に接触した家族や医療従事者などに感染が拡大するところにこの疾患の特徴がある.2013年12月に始まった西アフリカにおける流行はすでに1年以上を経過し,過去最大規模となっている2).世界保健機関(WHO)による現地支援に従事した経験を交えて,これまでの流行の経過を振り返ることとしたい.

重症熱性血小板減少症候群—Severe Fever with Thrombocytopenia Syndrome;SFTS

著者: 下島昌幸

ページ範囲:P.458 - P.462

 重症熱性血小板減少症候群はダニによって媒介される急性のウイルス性感染症で,英語では多くの場合SFTS(severe fever with thrombocytopenia syndromeの略)と表される.中国では年間1,000人程度の患者が報告されていたが,その後日本(年間数十人)と韓国(年間数十人)でも報告されるようになった.発熱・消化器症状・倦怠感など非特異的な症状を示し,致死率は平均10%以上と高い.血液を介したヒト-ヒト感染も確認されている.有効な治療薬や治療法はなく,ダニに刺咬されないこと,患者の血液との直接接触を避けることが現在考えられる有効な予防法である.

中東呼吸器症候群—Middle East Respiratory Syndrome;MERS

著者: 松山州徳

ページ範囲:P.463 - P.466

 中東呼吸器症候群(MERS)コロナウイルスは重症の肺炎を引き起こす病原体である.このウイルスに感染した最初の例は,2012年3月のヨルダンの病院内集団発生に確認できる.その後3年が経過したが,サウジアラビアとその周辺国で発生し続けており,現在(2015年4月末)までに1,123人の感染と463人の死亡が報告された.ヨーロッパ,アフリカ,アジア,アメリカでも数例が見つかっているが,いずれの感染者も中東地域へ渡航歴のある者,もしくはその接触者であった(図1).今のところこのウイルスがアラビア半島を出て世界に蔓延する様子はなく,一部の地域だけで流行している.

狂犬病

著者: 井上智

ページ範囲:P.467 - P.472

 狂犬病は,動物由来感染症(Zoonosis,人獣共通感染症)であり,すべての哺乳類が狂犬病ウイルスに感染して発症する.しかしながら,流行を維持している動物種は限られており,国や地域によってヒトが感染する危険性の高い動物種は異なる.食肉目に属する犬,キツネ,アライグマ,スカンク,マングース,コヨーテ,オオカミ,ジャッカルなどで流行が維持されているが,アメリカ大陸ではコウモリにも狂犬病が流行している.狂犬病の発生している地域では,人の生活に近接するペット動物(主に犬と猫,米国ではフェレット)が人に対して最も健康危害度の高い動物となる.毎年,世界中で5万5000人以上が狂犬病で死亡しており,その30〜50%は15歳以下の子供,患者の99%以上は狂犬病を発症した犬による咬傷が原因であると言われている(図1).
 いったん狂犬病を発症すると,そのほとんどは10日以内に100%死亡する.現在も有効な治療法は確立されていないが,狂犬病ワクチンによる曝露前予防接種によって発症予防が可能であり,狂犬病ウイルスの感染が疑われた後でも,直ちに狂犬病ワクチンによる曝露後予防接種を行うことで発症を阻止できる.

感染症の脅威と対策—国際的・歴史的な視点から

著者: 大曲貴夫

ページ範囲:P.473 - P.477

感染症は「個人の健康の問題」から「国レベルの安全保障の問題」へ
 感染症はこれまで個人の健康の問題であると捉えられてきた.しかし近年その社会的な位置づけが変化している.感染の問題は今や「個人の健康の問題」から「国レベルの安全保障の問題」へと変わりつつある.
 1994年に国連開発計画によって,一人ひとりの人間を対象とする「人間の安全保障」という概念が提唱された.これは長年言われてきた国家を中心とした安全保障の概念(国家の安全保障)を,「人間の生にとってかけがえのない中枢部分を守り,すべての人の自由と可能性を実現すること」という点に広げるものであった.「人間の安全保障」のなかで健康のしめる立場は極めて大きい.なかでも感染症はその概念の形成そのものに歴史的に大きな影響を及ぼしてきている.

視点

今こそ,ヘルスプロモーションの実践を

著者: 藤内修二

ページ範囲:P.434 - P.435

わが国におけるヘルスプロモーションの実践
 1986年,オタワで開催された世界保健機関の国際会議で,新たな公衆衛生戦略として,ヘルスプロモーションが提唱された.それから14年の歳月を経た,2000年,ヘルスプロモーションの理念が初めてわが国の健康政策に本格的に採用され,健康日本21が策定された.
 2011年10月に公表された健康日本21の最終評価報告書によれば,9分野の全指標80項目のうち,重複する21項目を除く59項目中,目標値に達した項目は10項目(16.9%)にとどまり,目標値に達していないものの,改善傾向にある25項目(42.4%)を加えても,改善した項目が6割に満たないという厳しい結果だった1)

連載 衛生行政キーワード・102

エボラ出血熱疑似症患者に対する病院管理部門における対応

著者: 高岡志帆

ページ範囲:P.478 - P.480

 2014年から2015年にかけて,ギニア・シエラレオネ・リベリアを中心としてエボラ出血熱のアウトブレイクがみられ,疑い患者を含む総患者数は26,724人,死亡者数は11,065人と報告されている1).厚生労働省においては,水際対策を含むエボラ出血熱対策を強化し,流行国渡航後3週間以内に38度以上の発熱のある患者等について疑似症として取り扱い,医療機関に搬送して必要な診療を行うこととした2).国立国際医療研究センター(以下「当院」という)においては,2014年10月から2015年1月にかけて,4回にわたり疑似症患者を受け入れたが,幸いその患者の検査結果はすべて陰性であった(表1).当院において,当時研究医療課長として勤務していた経験を踏まえ,1)病院管理部門における初動対応,2)報道対応等,3)職員のモチベーション向上に関する取り組みについて報告する.

いま,世界では!? 公衆衛生の新しい流れ

西アフリカにおけるエボラウイルス病(Ebola Virus Disease)対策—Complementary Approachとしての地域ケアセンターの役割

著者: 奥村順子 ,   進藤奈邦子

ページ範囲:P.481 - P.484

 2014年8月8日,世界保健機関(WHO)はギニアから発生し周辺国に拡大したエボラウイルス病(Ebola Virus Disease;EVD)注1)のアウトブレイクが「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」であると宣言した1).続く8月28日には,エボラ対策ロードマップ(Ebola Response Roadmap)を発表し,EVDの国際的な感染拡大を6〜9カ月以内に阻止するとの目標を掲げ,対策強化のための支援を世界各国に求めた2).本稿では,対策の一つとして実施されたコミュニティにおける補足的アプローチ(Complementary Approach)について紹介する.

[講座]子どもを取り巻く環境と健康・5 環境化学物質の曝露(4)

短半減期化学物質の曝露実態

著者: 荒木敦子 ,   アイツバマイゆふ ,   岸玲子

ページ範囲:P.485 - P.490

 生体内での代謝速度が速い短半減期化学物質としてフタル酸エステル類,リン酸トリエステル類,ビスフェノールA(BPA)がある.これらは普段の生活で日常的に使用する製品に含まれるため,胎児期から常に曝露され続けていることが問題となる.フタル酸エステル類やBPAは,近年内分泌かく乱作用が疑われ,一部使用規制や代替物質への移行などの対策が行われている.しかし,依然として生体や環境中から検出されることに加えて,代替物質の安全性の検証が不十分であること等,課題は多い.本稿では,これら短半減期化学物質の曝露源,曝露実態,曝露評価における課題について解説する.

基礎から学ぶ楽しい保健統計・10

標本サイズ

著者: 中村好一

ページ範囲:P.491 - P.495

point
1.標本サイズの検討の前提として,内的妥当性の高い研究であることが必要である.
2.標本サイズを事前に求めるためには,これから観察しようとする事項の予想される値が必要である.
3.標本サイズが既に決まっている場合には検出力を計算する.
4.標本サイズの計算には問題も多いが,きちんとした研究計画であることを示すためには必須の項目である.

リレー連載・列島ランナー・76

HIV感染症患者に対する地域歯科医療—自治体の役割とは

著者: 秋野憲一

ページ範囲:P.497 - P.499

ある実話
 札幌市内には1,200か所以上の歯科医療機関があり,街中を少し歩けば視界に数軒の歯科医院の看板が目に飛び込んでくるような状態です.しかし,ほんの数年前の実際にあった話ですが,市内に住む20代の男性会社員が受診できる歯科診療所を見つけられず奥歯のむし歯を長年の間,放置していたため顔の半分が膨れ上がる重度の急性顎骨骨髄炎を起こして大学病院を受診しました.その男性会社員は血液製剤の薬害によるHIVキャリアであり,職場にもHIV感染者であることを秘密にしていたため,「むし歯治療で大学病院を受診するので平日日中に休みをください」と上司に言えず,結果として,重症になるまで放置してしまっていたのです.
 これは歯科医院が溢れかえる札幌市で実際にあった症例であり,にわかに信じがたい話かもしれませんが,読者の皆さんの地域にも表面化しないだけで,様々な理由で診療してもらえる歯科医療機関を見つけることができないHIV感染者がいるかもしれません.

予防と臨床のはざまで

泉州糖尿病看護を考えるネットワーク

著者: 福田洋

ページ範囲:P.500 - P.500

 3月14日,長年の恩師であり友人でもある大阪の井上朱実先生のお誘いで「泉州糖尿病看護を考えるネットワーク」にて,講演をさせていただきました.テーマは「看護師のための日常臨床から臨床研究へ〜ツールとしての統計・疫学入門」で,恐縮なことに記念講演会としていただきました.
 実は,井上先生には10年以上前から,複数回お声がけをいただいています.まだ耳原老松診療所にいらっしゃった先生が主催されていた「糖尿病患者教育とケアーの研修会」では,2004年「現場で役立つ評価のAからZまで:糖尿病患者教育の評価」,2005年「糖尿病患者教育評価のための統計学:日常語で語る統計学」,2006年「あなたは誰に何を伝えたい? 原点にかえる糖尿病教育」,2007年「予防と臨床のボーダーラインの活性化」と,定期的にお話をさせていただきました.2010年,耳原鳳クリニック健康サポートセンターに移られた先生は「糖尿病外来スキルアップミーティング」を主催され,第6回は順天堂大学で,さんぽ会(産業保健研究会)とのコラボレーションとして,ミニシンポジウム「働き盛り世代の糖尿病患者教育〜おさえるべきポイントから評価まで」を開催しました.産業保健スタッフと糖尿病診療を行う医師・看護師が集まる貴重な場になりました.今回はそれからさらに5年,開業された,ぽらんのひろば井上診療所で行っている糖尿病療養指導士の単位認定セミナーです.

映画の時間

—戦後70年,沖縄は問いかける─戦争に翻弄されてきた沖縄の近現代史を見つめ,人々の尊厳を伝える—沖縄 うりずんの雨

著者: 桜山豊夫

ページ範囲:P.501 - P.501

 今年は戦後70年,天皇陛下は皇太子時代から忘れてはならない慰霊の日として,広島に原爆が投下された8月6日,長崎に原爆が投下された8月9日,終戦記念日の8月15日と併せて,6月23日の沖縄戦終結の日を挙げられています.第2次世界大戦が終わってから70年を迎えるこの節目の年に,沖縄の近現代史の理解を深める映画「沖縄 うりずんの雨」をご紹介します.
 1853年,浦賀来航に先立ってペリー提督が沖縄を訪れた歴史から映画が始まります.1854年に,日米和親条約と並行して琉球とアメリカの間に琉米修好条約が締結されますが,その後の明治維新の際に,琉球藩,次いで沖縄県が設置されて,琉球王国が消えていきます.米軍基地の問題に関連して,第2次世界大戦の沖縄戦以降の歴史についてはよく報道されますが,それ以前の沖縄の歴史について,ややもすると関心が薄い傾向があります.琉球処分と言われる歴史についても理解をしておく必要があると感じます.

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次号予告 フリーアクセス

ページ範囲:P.503 - P.503

あとがき/投稿申し込み書/著作財産権譲渡同意書 フリーアクセス

著者: 西田茂樹

ページ範囲:P.504 - P.504

 西アフリカにおけるエボラ出血熱は,数多くの犠牲者を出した後,ようやく終息に向かっているようです.幸いにも,今回は世界的大流行になることもなく,また今のところわが国への侵入も起こりませんでした.しかし,今回の経験は,きわめて重篤な感染症が想定できないような(想定していた人もいたかもしれませんが)流行を起こしたことを意味しており,今後,世界のいろいろな場所でも予想外の感染症の流行が起こりうることを教示していると考えられます.また,わが国において昨夏にデング熱の国内発生が起こったことは,今後も国内発生が起こりうることを示しており,今夏も発生を注意深く見ていく必要があると考えられます.さらに,特集でご執筆いただいているように,デング熱や重症熱性血小板減少症候群が,発生がわが国で初めて検知される以前から国内に存在していたと推定されることは,従来発生していなかった感染症についても監視していく必要性を示していると思われます.
 わが国においては,周知のとおり,保健所が感染症対策の第一線機関です.保健所は医療機関と連携を取りながら,地域での危険な感染症の発生に目を光らせていかなくてはいけません.また,保健所には一般市民や関係機関からの感染症についての問い合わせに答える業務があります.今回の特集はその際に大変役に立つ内容だと思います.熟読していただければと思います.

基本情報

公衆衛生

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1170

印刷版ISSN 0368-5187

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