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雑誌目次

雑誌文献

公衆衛生80巻11号

2016年11月発行

雑誌目次

特集 精神保健医療福祉の改革

フリーアクセス

ページ範囲:P.789 - P.789

 精神保健医療福祉は,地域の行政機関(保健所等)にとって最も重要な公衆衛生施策の一つですが,21世紀に入ってから大きな制度改革が進められてきました.
 2004年に厚生労働大臣を本部長とする精神保健福祉対策本部から「精神保健医療福祉の改革ビジョン」が報告されました.「入院医療中心から地域生活中心へ」を基本方針とする改革ビジョンであり,その実現に向けて障害者自立支援法の制定(2005年)や精神保健福祉法の改正などの法的基盤が整備され,精神障害者の地域移行や就労支援をはじめとする改革の取り組みが具体化しました.

精神保健医療福祉の改革ビジョンの成果と今後の課題

著者: 竹島正 ,   立森久照 ,   高橋邦彦 ,   山之内芳雄

ページ範囲:P.790 - P.796

 2004年の「精神保健医療福祉の改革ビジョン」(以下,「改革ビジョン」)は「入院医療中心から地域生活中心へ」という基本的な方策を推し進め,国民各層の意識の変革や,立ち後れた精神保健医療福祉体系の再編と基盤強化を今後10年間で進めるとした.その10年間を過ぎた今日,筆者らの行った研究の成果などをもとに「改革ビジョン」の10年の達成目標の動向を振り返り,障害福祉計画に係る基本指針の成果目標との比較の中で,新たな達成目標のあり方と地域のストレングスを尊重した精神保健医療福祉改革を推進するための課題を述べる.なお,本稿は厚生労働省の「これからの精神保健医療福祉のあり方に関する検討会」の「第2回新たな地域精神保健医療体制のあり方分科会」(以下,分科会)における筆者(竹島)のヒアリング記録を参考にしている.

精神保健医療における地域連携促進に向けた改革

著者: 伊藤弘人

ページ範囲:P.797 - P.803

 精神保健医療改革として,2013年度から各都道府県が策定する医療計画に,従前の4疾病(がん,脳卒中,急性心筋梗塞,糖尿病)に加え,「精神疾患」が5疾病目に追加された.この改革で精神疾患に関しての地域医療連携推進体制が記載されることになったため,どのような背景やねらいが当時あったのかという政策形成過程を振り返ることは,今後の方向を考える上で重要である.
 また,本年(2016年)1月から厚生労働省では「これからの精神保健医療福祉のあり方に関する検討会」を開催している.検討会では2つの分科会に分かれ,医療保護入院の在り方と,それ以外の精神保健医療の在り方の検討が並行して検討されている.特に後者において,精神疾患の地域医療連携の推進体制に直結する新たな議論がなされている.この検討会のまとめは,わが国が直面している社会保障制度改革の「工程」と連動していくために,注視しておく必要がある.本論を執筆している現在のところ報告書の内容は明確ではないが,すでに重要な論点が議論されており,これからの精神疾患の地域医療連携の推進体制構築に多くの示唆を得ることができる.

精神保健福祉法改正後の保健所の役割と課題

著者: 中原由美

ページ範囲:P.805 - P.811

保健所に求められる役割とは
1.法改正の背景と保健所への期待
 2014年4月に「精神保健及び精神障害者福祉に関する法律の一部を改正する法律」(以下,改正法)が施行された.この法改正は,日本では多くの精神障害者が長期入院しており,2004年に「精神保健医療福祉の改革ビジョン」が出されたにもかかわらず,その現状が改善されておらず,効果的な改革を目指したものである.改正法は,精神科病院からの早期退院,地域移行を進め,長期入院や社会的入院の解消を進めるため,「退院後生活環境相談員の設置」「地域援助事業者との連携」「医療保護入院者退院支援委員会の開催」を精神科病院管理者の責務とし,さらに保健所の役割として医療機関との連携の強化を示している.「良質かつ適切な精神障害者に対する医療の提供を確保するための指針(厚生労働省告示第六十五号)」1)においても,「関係機関との調整等の保健所の有する機能を最大限有効に活用するための方策」をとることが保健所に求められている.

最近の制度改革や課題に対応した精神保健福祉センターの役割

著者: 白川教人 ,   原田豊 ,   田辺等

ページ範囲:P.813 - P.818

 近年の地域精神保健を巡る状況は大きく変化し,相談支援機関の対応の対象がこれまでの統合失調症や気分障害・アルコール依存症等から,ひきこもりや成人の発達障害,薬物・ギャンブルをはじめとする様々な依存症等への対応へと疾患構造が大きく変化してきている1).これを受け,精神保健福祉センター(以下,精保センター)は,それぞれの地域の実情に応じて種々の事業を展開している.最近の課題として,東日本大震災以降の大規模災害時の心のケアに関する対応,2013年の改正精神保健福祉法への対応,2014年のアルコール健康障害対策基本法への対応,2016年4月の改正自殺対策基本法への対応,6月の薬物事犯の刑の一部執行猶予制度への対応など,新たな取り組みが精保センターに求められてきている.これらの課題に対応している精保センターと全国精神保健福祉センター長会(以下,全国センター長会)の取り組み状況を報告し,さらに今後に向けた機能強化についての提言を述べる.

アウトリーチ支援の実践による精神保健医療福祉改革

著者: 野口正行

ページ範囲:P.819 - P.824

 2004年に「入院医療中心から地域生活中心へ」という謳い文句で「精神保健医療福祉の改革ビジョン」1)が打ち出されてから,本年で12年になる.この間の歩みはそれほど速いものとは言えないにしても,少しずつ入院医療から地域支援に向けてシフトしてきたのは事実である.厚生労働省の「長期入院精神障害者の地域移行に向けた具体的方策の今後の方向性」2)においては,病床の削減と人材や財源の地域支援への集約や移転が強調され,そこでアウトリーチの重要性が明記された.このようにアウトリーチ支援はこれからの地域支援において重要な役割を担うことが強く認識されるようになってきている.また本稿執筆現在でも,厚生労働省の「これからの精神保健医療福祉のあり方に関する検討会」においてアウトリーチという用語は頻繁に出てくる3).精神保健医療福祉においてアウトリーチはすでに一定の市民権を得たといえる.
 このようにその重要性が認識されてきたアウトリーチ支援であるが,精神保健医療福祉が「入院」から「地域」へとさらにその歩を進めるためには,どのような形をとればよいのだろうか.本稿ではアウトリーチに関する海外の文献をいくつか参照し,わが国におけるアウトリーチ支援の議論を整理するとともに,今後の方向性についていくつか示唆したい.なお,本稿では紙数の関係上,アウトリーチ支援の質的な面,つまり地域支援に必要なリカバリーなどの理念をどう根付かせるかという重要な点には触れられないことをここでお断りしておく.

医療保護入院の要件と精神障害者の権利擁護

著者: 山本輝之

ページ範囲:P.825 - P.829

はじめに—精神保健福祉法の改正
1.保護者制度の廃止
 「精神保健及び精神障害者福祉に関する法律の一部を改正する法律」(以下,「改正法」)が,2013年6月13日に国会で成立し,同19日に公布された.今回の改正により,以前より多くの問題点が指摘されていた保護者制度が廃止され,それに伴って,医療保護入院の要件が変更された.
 保護者制度とは,精神障害者に必要な医療を受けさせ,財産上の利益を保護するなど,精神障害者の生活行動一般における保護の任に当たらせるために設置されたものである1).その淵源は,1900(明治33)年にできた「精神病者監護法」における私宅監置にある.すなわち,同法は,「精神病者を監置できるのは監護義務者だけで,病者を私宅,病院などに監置するには,監護義務者は医師の診断書を添え,警察署を経て地方長官に願い出て許可を得なくてはならない」と定め,戸主等の「監督義務者」は行政庁の許可を得て精神病者を監置することができるとしていた.それ以来,わが国の精神医療は,そのかなりの部分を家族に依存してきた.その後,「監護義務者」は,「保護義務者」へ,さらに「保護者」へと名称を変え,1950(昭和25)年に成立した「精神衛生法」の「保護義務者の同意による入院」(同意入院)は,この入院形式が強制入院であることを明らかにするために,1988年に「精神保健法」が成立したときに「医療保護入院」へと名称が変更された.しかし,わが国の精神医療の家族依存的性格に基本的な変更が加えられることはなかった.その後,1995年に,法律の名称が「精神保健及び精神障害者福祉に関する法律」(精神保健福祉法)に変更されてもそのことは変わらなかったのである2)
 しかし,かねてより,この保護者制度については,以下のような問題点が指摘されていた.すなわち,①1人の保護者のみが法律上保護者に課せられた上記のようなさまざまな義務を行うことは,負担が多すぎる,②本人と家族の関係はさまざまである中で,保護者が必ずしも本人の利益の保護を行えるとは限らない,③医療保護入院に保護者の同意を要件とすることは,精神障害者本人と保護者との葛藤,軋轢が生じうる,④保護者制度創設時と比較して社会環境や家族関係が変化しており,現在の保護者の制度はそれに十分対応しているものではない,⑤保護者に課せられた義務規定は抽象的であり,法律の規定として具体的な意義は存在しない,⑥精神障害者が他害行為を行ったとき,保護者は民法714条1項の「法定監督義務者」として損害賠償義務を負わされることから,精神障害者の他害行為と損害賠償義務を恐れる保護者は,彼を医療保護入院させざるを得ず,このことが安易な強制入院につながり,地域精神医療への道を狭める結果になっている等々である.さらに,医療保護入院など,精神障害者に対する医療を,保護者のイニシアティブによって行うことは,精神障害者の自立と権利,社会経済活動への参加等を侵害しているのではないかとする批判も出されていたのである.また,精神医療の現場からも,社会的入院を解消し,地域精神医療を推進するためには,保護者制度の見直しが必要であると考えられていた.すなわち,2004年9月に出された,「入院医療中心から地域生活中心へ」を今後の精神保健の基本原則とする厚生労働省精神保健福祉対策本部「精神保健医療福祉の改革ビジョン」は,「各都道府県の平均残存率(1年未満群)を24%以下」,「各都道府県の退院率(1年以上群)を29%以上」という数値目標を設定し,病床数の削減,入院の抑制,退院の促進を推し進めるべきであるとしていた.このような状況において,家族を精神障害者の医療とケアのキーパーソンとする保護者制度は,社会が行うべき精神障害者の医療とケアを家族に押し付け,地域精神医療の実現を阻害するものであると考えられていたのである3).以上のようなことから,改正法は保護者制度を廃止したのであり,それは妥当であったように思われる.

精神障害者の雇用・就労をめぐる課題

著者: 田川精二

ページ範囲:P.831 - P.836

 全国のハローワーク調査を見ると,2013年度精神障害者の就職件数は身体障害者を抜き,三障害で最も多くなった.2014年度,2015年度にはさらに増加,大きく身体障害者を引き離し,知的障害者の2倍近くとなった(図1)1).「精神障害者が働けるのか」「この不景気な時代に,精神障害者を雇用する企業はない」と言われた10年前には想像もできない事態になっている.そして,2018年度には,5年間の猶予付きではあるが精神障害者の法定雇用率算入が予定されている.

発達障害児支援をめぐる課題と改革の方向性

著者: 本田秀夫

ページ範囲:P.837 - P.842

 筆者への依頼テーマは「発達障害者支援をめぐる課題と改革の方向性」というものであった.ただ,乳幼児から成人までの膨大な課題を整理して規定の字数に収めることは筆者の能力を超えると思われるので,ここでは対象を児童期までの支援に絞り,行政による支援システム構築をめぐる現状の分析と今後の方向性について述べることにする.

医療観察法の地域精神保健医療への影響と課題

著者: 村田昌彦

ページ範囲:P.843 - P.847

 医療観察法(正式名称;心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察に関する法律)が2005(平成17)年7月15日に施行されて10年が過ぎた.わが国ではこれまで他害行為を行った精神障碍者に対して精神保健福祉法による措置入院で対応してきた.措置入院は自傷他害が適用要件であること,行政措置であり医療処遇が開始されると刑事的な処遇は終了しがちであること,入院治療内容に基準がない,退院後の治療継続への方策がない,などの問題点が存在していた.
 医療観察法(以下,本法と略す)ではこれらの問題点を改善し,患者(本法では対象者と称す)の社会復帰を目指すこととなった.本稿では医療観察法から一般の地域精神保健医療への移行について,法施行後10年間の経過の中で見えてきた成果や課題について検討したい.

視点

男性保健師が来る?!

著者: 国吉秀樹

ページ範囲:P.786 - P.787

 2016年10月29日,横浜で「全国男性保健師のつどい2016 in KANAGAWA」が開催されるという案内を最近いただきました.本号の発売が“つどい”の前か後かはわからないのですが,皆様には是非注目していただきたいイベントです.“つどい”は実は今回2回目となり,第1回は2013年6月1日に開かれた沖縄でのものでした1,2).私は第1回に参加しましたが,全国から男性保健師70人が集い,担当業務や職場環境の悩み,苦労話,様々なエピソードなどを語り合いました.当時の男性保健師は,全体の1.5%(平成24年衛生行政報告例<就業医療関係者>の概況)という圧倒的少数派でしたから,女性の職場の中での雰囲気を共有することで,自らの職場での今後に生かし,これからも連帯していく,という盛り上がりはわかりますので,志を高く保ち,ますますこの業界でがんばってくれよと願ったのを覚えています.
 「保健師への名称統一(2002年3月)」も図られたのですから,あまり性差について取り上げるのは適切でないような気もします.看護師だって,保育士だって普通に男女同じように勤め上げているではないですか.いや,これは聞いてないのでわかりません.しかし例えば,母子保健サービスを担当して授乳を指導するのはなかなか勇気が必要だと思います.あるとき,市の保健センターの設計図を見て「授乳室がないのですか?」と聞いたら「保健センターならどこでも授乳できるのが当たり前」と女性先輩保健師に反対されたという,うーむと唸らざるを得ない事例もあったそうです.男性職員に対する配慮もほしいところですが,これだと,両親学級に参加したお父さんたちは男性である故に,保健センターでの居場所に苦労するかもしれません.

連載 衛生行政キーワード・111

地域移行機能強化病棟を活用した精神科病院の構造改革

著者: 廣瀬佳恵

ページ範囲:P.849 - P.852

 2016年4月の診療報酬改定で,長期入院患者に対する退院支援と精神病床の削減に取り組む精神病棟を評価した「地域移行機能強化病棟入院料」が新設された.
 本稿では,地域移行機能強化病棟入院料の新設に至った背景・意義等について,精神保健医療福祉の改革の状況と関連させながら解説する.

ポジデビを探せ!・1【新連載】

ポジデビ・アプローチとは何か?

著者: 神馬征峰

ページ範囲:P.853 - P.858

密輸業者ナスレディンの秘密
 ナスレディンの稼業は密輸業.毎日夕方になるとロバに乗って税関所を通る.税関検査官はナスレディンがまた悪さをしていると思い,吊り籠の中をくまなく調べる.しかしみつかるのはいつも藁だけ.何年も何年も繰り返し調べても,何もでてこない.ナスレディンといえば,どんどん金持ちになっていく.何か密輸しているのに違いないのだ.
 やがてナスレディンも年をとり,密輸から足を洗う.そんなある日のこと,たまたま退職した例の税関検査官とばったり出会ってしまった.

リレー連載・列島ランナー・92

公衆衛生の感染症対策は面白い!

著者: 宗陽子

ページ範囲:P.859 - P.861

 群馬県の武智浩之先生からバトンをいただきました.武智先生とお知り合いになれたのも,結核研究所の研修ということで(?)今回,公衆衛生における感染症対策について思うところを述べたいと思います.私は,長崎大学医学部を卒業後,10年間産婦人科臨床に従事してから10年前に公衆衛生に転職し,現在,県庁医療政策課に勤務し,上五島という離島の保健所長を兼務しています.臨床から保健所へ来た時に思ったのは「公衆衛生って面白い!」ということです.産婦人科臨床から公衆衛生に転職するにあたっては,保健所医師の仕事の具体的なイメージができず,自分に勤まるのかとても不安でした.しかし,そんな心配は杞憂に終わり,こんなにやりがいのある仕事に就くことができて本当に良かったと思っています.そして,多くの医師に「公衆衛生は面白い」ということを知って欲しいです.

[講座]子どもを取り巻く環境と健康・21

環境化学物質曝露による先天異常への影響—(2) 先天性疾患,口唇口蓋裂

著者: 宮下ちひろ ,   ホウマヌ グウダルジ ,   岸玲子

ページ範囲:P.863 - P.867

 先天異常は新生児死亡原因の第一位である.先天異常のうち先天性心疾患や口唇口蓋裂の発生割合は大きく,その発生リスクには母体および胎児の環境要因が関与することが懸念されている.環境化学物質のうち,特に体内蓄積性が強い有機フッ素系化学物質やPCB・ダイオキシン類等や有機溶剤等の化学物質が疫学研究でリスク要因として報告されている.本稿では国内の先天異常モリタリングおよび北海道スタディでの先天異常の出生頻度を紹介し,さらに環境化学物質との関係については先天性心疾患および口唇口蓋裂に関する最近の内外の研究について紹介する.

予防と臨床のはざまで

人・組織を変える自分の条件—さんぽ会夏季セミナー2016

著者: 福田洋

ページ範囲:P.868 - P.868

 9月3〜4日,さんぽ会(多職種産業保健スタッフの研究会)の夏季セミナーが行われました(http://www.facebook.com/sanpokai).テーマは「産業保健のゴール」.これは日本の産業保健のゴールという意味ではなく,自分達のゴール(何のために頑張っているのか)を見つめ直したいという意味です.今年は,さんぽ会東京と名古屋の共催で,はざまの地である熱海で湯に浸かりとことん語り合うという企画を考えました.最近思うのは宿泊を伴うセミナーの企画の難しさです.さんぽ会が設立された20年以上前は,企業の保養所をお借りした宿泊型の夏季セミナーが当たり前でしたが,最近は世の中全体の労働密度が変わったのか「そんなのんびりしたセミナーなんてとんでもない!」という雰囲気も感じます.そんな中,今年も学生さんから現職の国会議員まで30人弱の皆さんが集まってくれました.
 初日は,名古屋の代表世話人の安田博之先生(イビデン株式会社産業医)および東京の世話人の保健師・人事の皆さんから「私の産業保健物語」と題して,産業保健に関わるきっかけと今のやりがいや目指すところについてナラティブに語っていただきました.きっかけやキャリアは千差万別でも,働く人の健康に興味を持ち,その時々の環境でより良い仕事ができるように真摯に努力し続ける姿勢は全員の物語に共通しています.さらに続いて,産業保健に興味を持つ3大学5人の学生から,将来の「私の産業保健物語」について語られました.先輩のリアルな人生の軌跡と,初心に帰るような学生の無垢な夢の交錯が,働く人を支援する専門職の未来を感じさせてくれました.

映画の時間

—37歳でこの世を去った天才作家と彼を世に送り出した名編集者—アメリカ文学史に残る名作の舞台裏—ベストセラー 編集者パーキンズに捧ぐ

著者: 桜山豊夫

ページ範囲:P.869 - P.869

 大恐慌の起こった1929年のニューヨーク,激しい雨の降りしきるなか,出版社のビルディングを見上げる男がいます.ビルのなかでは,編集者が,赤鉛筆で原稿の校正の真っ最中.この二人が本作品の主人公,作家のトマス・ウルフ(ジュード・ロウ)と編集者のマックス・パーキンズ(コリン・ファース)です.
 主人公のパーキンズはアメリカの名門出版社チャールズ・スクリブナーズ&サンズ社に勤める編集者で,『グレート・ギャツビー』のフィッツジェラルド,『日はまた昇る』のヘミングウェイなどの作家を見出しました.そんな彼のところに,方々の出版社で採用されなかった無名作家の大量の小説原稿が持ち込まれます.高名な舞台衣装デザイナーで,会社の別の部署からデザイン関係の本を出しているアリーン・バーンスタインの口利きだったので,パーキンズはこの原稿に目を通すことになりますが,一読して作家の才能を見抜いた彼は,作者のウルフを呼び出しある条件のもとに出版を契約します.条件とは,膨大な原稿の不要部分を「削除」して短くすると言うもの.駆け出し作家とベテラン編集者の共同作業による「校正」がはじまります.

「公衆衛生」書評

—ASD臨床のための貴重な道標—『自閉症スペクトラムの精神病理—星をつぐ人たちのために』 フリーアクセス

著者: 徳田裕志

ページ範囲:P.804 - P.804

 人は誰しも何らかの障碍を担うものではあるが,自閉症スペクトラム障碍(以下ASD)的特質を負って世にすむことも大いなる労苦を伴う.その心的世界,精神/神経機能上の偏倚,現実世界との折り合えなさ,生活上の困苦を深く理解し,必要な支援を紡ぎ出そうと努めることは,精神科医を含め支援者達の職責である.ASDの臨床が混乱している昨今であるが,本書はそのための貴重な道標となってくれる.広く知られるようになった妙な言葉「心の理論」を解き明かし,眼差しや面差し,呼びかけという他者からの志向性によって自己が立ち上がることの障碍を活写する.言語が道具であらざるを得ないことや語用論的障碍について,言語というものの根源的意義から問い直す.その他,パニックやタイムスリップ現象,特異な時間体験,文脈やカテゴリー化の困難,感覚過敏などASDに伴う諸症候について精神病理学的視点より考察する.そして,それらを踏まえて臨床上の実際的具体的工夫を示唆してくれており,明日の臨床に役立つものである.評者自身の精神的資質や日頃の臨床と照合しつつ,格闘して読んだ.
 あくまで評者の臨床感覚以上のことではないが全面的には肯えなかった点として,統合失調症は定型発達の病でありASDとは全く別であると明瞭に言い過ぎているように思う.ASD概念の事始めより,統合失調症との区別は大問題であった.自閉症の名付け親Kannerも迷ったし,統合失調病質の子どもについて述べたWolffとアスペルガー症候群を提唱したWingが対立した経緯もある.想定される本質的病理は異なるのだが,臨床上は鑑別が難しいことも多いように思われる.診断名を付けねばならないという陥りがちなこだわりから離れて,いわば安全感喪失の病たる統合失調症的要素と,ASDを含めた神経発達性の要素とが,別の方向への軸としてどちらもスペクトラム的な濃淡を持って同一個人の中に存在するという捉え方をすることは一つの解決であると思う.

書籍紹介

『沖縄の精神医療』—(シリーズ 精神医学の知と技) 小椋 力 著 中山書店 2015年 フリーアクセス

ページ範囲:P.848 - P.848

 沖縄の精神医療は太平洋戦争前にはほとんど「無」の状態だったが,現在では医療施設や社会復帰施設が整備され,人材の育成や確保についても量・質ともに全国平均を上回る.本書は沖縄県の精神医療の歴史と現状を解説したもの.沖縄は,太平洋戦争前から他県と異なる歴史・文化・風土をもち,戦後も日本で唯一の地上戦となった沖縄戦による心的トラウマや,敗戦後の米軍統治による米国医療の影響,また精神医療の決定的不足を補う派遣医制度など,沖縄特有の背景をもつ.そうした特有の事情による精神医療面への影響,地域精神医療・予防精神医療の可能性について詳述している.
 著者は大阪生まれだが,小学校2年の時に父親が沖縄で戦死し,母と共に郷里鳥取県に帰郷し主として県内で教育を受け,米国留学後,琉球大学に医学部が新設されることとなって赴任,1984〜2003年琉球大学医学部精神神経医学教室の初代教授を務めた.見開きの年表,および写真・図・表30点がついている.

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次号予告 フリーアクセス

ページ範囲:P.871 - P.871

あとがき/投稿申し込み書/著作財産権譲渡同意書 フリーアクセス

著者: 阿彦忠之

ページ範囲:P.872 - P.872

 本号の特集は,「精神保健医療福祉の改革」という舌をかみそうなタイトルとなりました.英語では“Mental Health Reform”と簡潔に表現できるのかもしれませんが,アウトリーチ支援の課題として野口正行先生が指摘されているように,わが国では保健と医療と福祉がそれぞれ別の組織体制・財政区分の制度となっていることを反映した表現であり,お許しいただければと存じます.
 2004年の改革ビジョンを契機として,「入院医療中心から地域生活中心へ」の動きは,少しずつですが着実に進みました.精神科病院からの早期退院や地域移行が促進されただけでなく,精神障がい者の雇用・就職件数等の量的な伸びは,10年前には想像できなかった状況とのことです.その一方で,残された課題がまだまだ多いことも事実です.精神障がい者の就労支援を例にすれば,ハローワークからの紹介により大勢就職するようになったけれども,すぐやめてしまうという問題点が指摘されており,職業生活の継続に向けた就労支援のあり方が課題です.

基本情報

公衆衛生

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1170

印刷版ISSN 0368-5187

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