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雑誌目次

雑誌文献

公衆衛生80巻4号

2016年04月発行

雑誌目次

特集 産業保健のトピックス

フリーアクセス

ページ範囲:P.237 - P.237

 本誌では,保健所や市町村等のいわゆる地域保健の現場で公衆衛生を実践している方々の購読が多いため,産業保健に関する特集は少なかったのが実情です.
 しかしながら,非正規雇用労働者や高齢労働者の増加などの雇用環境の変化により,職域保健だけではカバーしきれない労働者の健康支援に地域保健が関わる必要性が指摘されています.また,メタボリックシンドロームに着目した特定健診・特定保健指導のような地域・職域共通の保健事業の導入など,地域保健と職域保健の情報の共有化や連携を促す取り組みも増えています.さらに,中途障害者や難病・がん等に罹患した従業員の就業継続支援など,地域保健の関わりを強化すべき課題も増えています.

産業保健の最近の動向と新たな課題

著者: 圓藤吟史

ページ範囲:P.238 - P.242

 産業保健はその時代時代に発生した課題に対応する対策でもって順次整備されてきた.最近では,法令でもって規制を整備する施策に加えて,国際的な動きに合わせて,企業に自主管理を求め,それを支援し推進する方向へとシフトしてきている.

企業の健康経営と健康投資

著者: 岡田邦夫

ページ範囲:P.243 - P.246

 国際経済の変化は,企業環境にも大きな影響を及ぼし,その結果職場環境や雇用,労働態様にも波及することになる.企業はその時代時代の波を乗り越え,存続に向けて絶え間ない努力を継続しなければならない宿命を負っている.そのような状況の中で確固たるものとして企業は人が基盤になっているということである.そしてまた,人を支えているのが健康という生命活動であることはいうまでもないことである.企業は,人を雇用し,そして最大の利益を獲得することが目的であるが,その利益追求には,常に雇用されている従業員の生産力と創造力が必要不可欠である.そしてその力の源泉として健康であることと働きがいのある職場の存在がなくてはならない.健康経営は,経営管理と健康管理を両立させるために経営者が戦略的に健康づくり事業を実践することである(表1).現代社会において,企業に期待されている経営手法であるといえる.

データヘルス計画に基づく健康な職場づくり

著者: 古井祐司

ページ範囲:P.247 - P.250

医療保険者が職場の健康づくりを支援する
 超少子高齢化の進展に伴い,生活習慣病の増加や医療費の高騰だけでなく,企業の生産性や地域社会を維持する担い手確保といった課題が顕在化している日本.政府ではこのような社会環境の変化を背景に,2013年より金融政策,財政政策に続く“第3の矢”として,「新たな成長戦略(日本再興戦略)」の展開を図っています.「日本再興戦略」の2番目のアクションプランである「戦略市場創造プラン」のトップに“国民の健康寿命の延伸”が掲げられました.今後,国民全体が加齢しても,できるだけ健康を維持して病気にならないようにし,生産性の低下や医療費の高騰を防ごうというものです.その実施主体として位置づけられたのが医療保険者です.国民皆保険下ですべての国民をカバーし,医療費をマネジし,レセプト・健診・保健指導といった健康関連データが蓄積される保険者の機能を有効活用します.
 ただ,「保険者は,健康管理や予防の必要性を認識しつつも,個人に対する動機付けの方策を十分に講じていない」ことが重要な課題とされました.成長戦略では,この課題を解決する方向性として,「予防・健康管理の推進に関する新たな仕組みづくり」として,健保組合や全国健康保険協会(以下,協会けんぽ)などの保険者に「データヘルス計画」の策定および実施を求めることになりました.“データに基づく科学的なアプローチにより保健事業の効果・効率をあげる”データヘルス計画.この新たな仕組みは,企業が取り組む健康増進活動をどのように変えるのでしょう.

地域保健と職域保健の連携促進

著者: 柴田英治

ページ範囲:P.251 - P.256

 生活習慣病対策をはじめとする健康日本21の目標達成の活動を地域だけでなく,職域へ拡大し,全世代に対して働きかけることによって効果をあげようというのが,地域・職域連携事業の主要な戦略目標であった1).例えば,がん検診受診率向上,喫煙対策,喫煙者への禁煙の働きかけ,地域の飲食店などを巻き込んでの減塩やバランスのとれた栄養摂取を促す取り組み,メンタルヘルス対策としての地域のメンタルヘルス対応医療機関,相談窓口を紹介するリーフレット作りなどの活動がよく見られるものである.
 地域保健の枠内での活動では働く世代が欠落してしまうという問題があり,職域保健担当者との連携により,働きかけの範囲を広げるとともに,働く世代が家庭に戻れば地域保健からのケアを受けるという意味では連携によってより効果をあげることが期待できることは言うまでもない.

高齢労働時代の産業保健の課題と展望

著者: 神代雅晴

ページ範囲:P.257 - P.261

序に変えて
1.高齢労働社会の到来
 わが国の生産年齢人口は1995年の8716.5万人(全人口の69.4%)をピークとして,その後は減少局面に入った.直近の2015年における生産年齢人口比率はピーク年に比べて8.7%低い60.7%であったが,それから20年後の2035年には56.6%,次いで,2060年には50.9%まで減少すると推計されている1).反して,全人口に占める高齢者(65歳以上)の割合は2013年に25%を超えた.今後も高齢化率は上昇を続け,2030年には31.6%,そして,2060年には国民の約2.5人に1人(40.0%)が高齢者になると推計されている2)
 高齢労働に拍車をかける要因として少子化が挙げられる.人口維持に必要と言われている合計特殊出生率は2.07から2.08である.団塊の世代が誕生した1947〜1949年の合計特殊出生率は4.54〜4.32であった.しかし,1974年(2.05)以降は人口を維持するために必要な水準を常に下回る数値が続き,ついに2013年には1.43となった3)

産業保健における人間工学の活用—最近の動向と将来性

著者: 垰田和史

ページ範囲:P.263 - P.267

 労働の安全性や快適性は,人間(労働者)と労働と環境の3要因によって大きく規定される.人間の要因に属するのは,性別,年齢,体格,体力,性格,健康状態などで,家事・育児負担のように家での疲労原因や疲労回復に影響する事項も人間の要因に属する.心身の障害の有無やその種類・程度もここに属する.労働の要因には,仕事の種類や作業方法,雇用関係や労働時間に関することなど,労働基準法や労働安全衛生法により雇用主に具体的な責務が指示されている種々の事項が属している.環境の要因に属する事項には,温熱や騒音など物理的な事項や有機溶剤など化学的な事項だけでなく,職場の人間関係など心理社会的な事項もある.産業保健では作業管理,作業環境管理,健康管理を介して職場の安全性や快適性の維持向上を図るが,その基礎をなす科学として人間工学がある.

職場のメンタルヘルス対策の新展開—ストレスチェック導入をめぐる議論を含めて

著者: 廣尚典

ページ範囲:P.269 - P.273

労働者のメンタルヘルスの現状
 労働者のメンタルヘルスは,産業保健の中でも,特に社会の強い関心を集めている領域である.メンタルヘルス不調(定義については後述する)を有する労働者の顕著な増加や不調の多様化,さらには精神障害の労災認定例の増加などが,近年の変化として認められる.
 メンタルヘルス不調の多様化に関しては,統合失調症およびうつ病の軽症例,Ⅱ型双極性障害,発達障害といった,以前には指摘されることの少なかった病像(事例化の形)が増えていることが指摘されている1).これらの中には,社会あるいは職場環境の変化によって,事例化してきた例もあれば,個人の労働や生き方についての価値観の変化,生育歴および教育環境の影響によるところが大きいと考えられる例もある.精神科治療や休養により症状が改善しても,職場復帰(復職)後それほど勤務を続けないうちに再燃,再発をきたし,職場不適応に陥る事態を繰り返す例も少なくない2).精神障害の併存が少なからずみられることについても,報告が多くなっている3)

障害者・難病患者等の就労支援と産業保健

著者: 江口尚

ページ範囲:P.275 - P.279

 近年,治療技術の進歩により,多くの難病患者や中途障害者は,発病をしても,症状をコントロールできるようになり,一定の就業上の配慮(残業や交代勤務,休日出勤の制限,通院への配慮等)があれば,健常者と同様の能力を発揮して,就労の継続ができるようになってきている.一方で,多くの企業の担当者は,「難病」という言葉を聞くと,「仕事により病状を悪化させてしまうのではないか」「安全に就業できないのではないか」という先入観を持ったり,誤解をしたりしてしまいやすい.その結果,難病患者の多くが,これまで通りに働く能力があるにもかかわらず,退職を勧奨されたり,それまでのキャリアを考慮されずに,閑職に異動させられたりするなど,勤務先から過剰な配慮をされてしまう傾向がある.
 この状況は,本来は活用できる人材を過剰な配慮によって十分に活用できないという点から,企業にとっても,難病患者本人にとっても,損失である.この状況を改善するためには,患者本人,人事担当者,上司が,病状や仕事の内容,職場環境などについて適切にコミュニケーションをとることが必要となる.そのコミュニケーションをよりスムーズにするために,企業内で健康管理を行う立場にある産業保健職にも期待される役割があるだろう.

福島原発作業者の低線量放射線被ばく影響—研究の意義と展望

著者: 岡﨑龍史

ページ範囲:P.281 - P.286

 2011年3月11日,東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)後の東京電力福島第一原子力発電所(福島原発)事故対応のための緊急作業にあたり,国は同年3月14日から同年12月16日まで,緊急被ばく線量限度を100mSvから250mSvと引き上げた.この間に緊急作業に従事された約2万人の健康状態を継続調査するとともに,緊急作業による健康影響の有無を分析し,その健康管理に役立てるために,2014年より「東電福島第一原発緊急作業従事者に対する疫学的研究」が始まった.研究代表は放射線影響研究所であり,分担研究機関として,放射線医学総合研究所,放射線影響協会,日本原子力研究開発機構,大阪大学,自治医科大学,金沢医科大学,産業医科大学,防衛医科大学校,星総合病院および虎の門病院が担う.
 ヒトにおける放射線影響は長期にわたるため,これまで科学的なデータは乏しく,疫学研究が唯一有効な研究方法である.原爆被爆者の研究が最も信頼でき,これまで100mSv未満の被ばくでは,発がん等の発症率において非被爆者と比べて有意な差が認められていないとされている.被ばく線量に関しては,非常に緻密な調査がされているが,線量計で計測されたものではない.それに対し,福島原発緊急作業者は線量計を持ち,より明確な被ばく線量がわかっている.174人が通常作業の5年間の線量限度である100mSvを超えている.しかしながら,当時の作業状況や防護マスク装着あるいは作業日から内部被ばく測定日によって,内部被ばく線量は大きく変わる.今回の研究では個人被ばく線量の再構築に関して,内部被ばく線量の再評価および染色体による線量評価等を検討し,個人被ばく線量の再評価を行う.福島原発作業者は低線量長期被ばくとなり,一回被ばくの原爆被爆者とは異なるため,放射線の影響がどう違うのか注目される.

視点

Health in All Policiesを発信する保健所を目指す

著者: 星子美智子

ページ範囲:P.234 - P.235

久留米市保健所の経緯
 久留米市保健所は,2008年4月1日,久留米市の中核市移行に伴い設置された.以前は福岡県の保健福祉環境事務所で精神・感染症・衛生部門等の保健業務を行い,久留米市では住民の健診サービスや予防接種事業などの業務を担当していた.
 保健所を設置したことで,これまでの市町村業務に加え県型保健所業務を新たに推進していくことになった.そこで移行当初は県からの派遣職員22人が,保健所長をはじめ課長,チームリーダーといった主要な役割を担い新設保健所をリードしてもらった.その後,市の職員の充足を図ることで徐々に県からの派遣職員数を減らし,最終的には2015年4月からは全ての職員が久留米市の保健所職員となった.

投稿・資料

電離放射線障害防止規則の改正

著者: 前田光哉

ページ範囲:P.293 - P.297

 厚生労働省は,労働安全衛生法に基づき,医療機関や原子力発電所などで放射線業務に従事する労働者の健康を保護するため,電離放射線障害防止規則(電離則)を定めている.
 2011年3月11日に発生した東日本大震災に伴う東京電力福島第一原子力発電所(東電福島第一原発)事故の際に,厚生労働省は,電離則の特例省令を定め,約9カ月間にわたり,緊急被曝限度を100mSvから250mSvへと引き上げていた1)

連載 いま,世界では!? 公衆衛生の新しい流れ

グローバル化と産業保健

著者: 川上剛 ,   佐野友美

ページ範囲:P.287 - P.291

 経済社会における急速なグローバル化の進展に伴い,産業保健に対するニーズが高まっている.これまで産業保健は先進工業国における課題とみられる場合もあったが,現在では多くの工業製品の生産拠点が途上国に移り重要な公衆衛生上の問題となっている.また,農業をはじめとする第一次産業においても,機械化や新たな生産技術の導入が進み,従来からある重量物の運搬や厳しい自然条件のもとでの作業環境に加えて,産業保健上のニーズが増大している.一方でヨーロッパや日本等の先進工業国の多くでは労働災害の件数は減少傾向にあるものの,高齢化社会を迎えて,中高年労働者に適した労働環境を提供し労働災害・職業病を予防するという課題がますます重要になっている.2015年に発効されたEUの第2次産業保健戦略1)においては,中高年労働者の安全・保健の向上,中小企業に対する産業保健サービスの向上,職業病の過少報告の克服の3点が優先課題となっている.

リレー連載・列島ランナー・85

公衆衛生行政機関でのエビデンスに基づいた施策と事業評価

著者: 大類真嗣

ページ範囲:P.299 - P.301

 今回,バトンを渡されてどんなテーマで書こうかと考えた時に,行政機関で勤務している公衆衛生医の立場として,また,公衆衛生学講座で学位をとった立場として,これまでの経験をもとに根拠に基づいた施策(evidence-based policy)の大事さを常日頃から考えていたので,このテーマにしました.施策を展開する際には,しっかりとした根拠がなければ,住民への説明責任(accountability)も十分に果たせない上,一緒に事業を行う同僚も動けない,動かないことがあった経験からも,現状をしっかり分析することは,自分の役割として行わなければならないと感じていました.

[講座]子どもを取り巻く環境と健康・14 児の精神神経発達と環境化学物質(1)

水銀,農薬,PCB曝露—東北スタディの成果ほか

著者: 龍田希 ,   仲井邦彦

ページ範囲:P.303 - P.308

 メチル水銀は強力な神経毒であり,かつてはわが国で水俣病の原因となったことで知られる.その後,水銀による環境汚染対策が進み,国内ではそのような重大な健康被害は姿を消したが,魚摂取による低濃度のメチル水銀曝露は未だに継続している.メチル水銀と同様にポリ塩化ビフェニル(Polychlorinated Biphenyl;PCB)や有機塩素系農薬なども環境中で難分解性であり生物濃縮を受けることからその曝露影響が重要な課題となっている.これらの化学物質を,ヒトは主に食事から取り込む.その曝露量は低レベルであるものの,海外の先行研究からは健康リスクが懸念されている.われわれは,これらの化学物質曝露に起因した健康影響をわが国独自のデータで検証することが必要と考え,出生コーホート調査(東北スタディ)を進めてきた.本稿では,海外の先行研究とともに東北スタディで得られた成果について紹介する.主にメチル水銀に着目し,なかでも代表的な2つのコーホート調査の研究成果について報告するが,PCBや農薬の曝露影響についても簡単に触れてみたい.

予防と臨床のはざまで

第3回国際ヘルスリテラシー学会

著者: 福田洋

ページ範囲:P.268 - P.268

 2015年11月9日〜11日,第3回国際ヘルスリテラシー学会が台湾の台南市で開催されました.昨年に続いて2回目の参加です.Asian Health Literacy Association(AHLA http://www.ahla-asia.org)主催のアジア中心の国際学会ですが,アジアだけでなくヨーロッパやオーストラリアから,世界のヘルスリテラシー研究のキーパーソンが参加しているのが特徴です.オープニングでは,AHLA理事長,学会長,台湾厚生省の挨拶に加え,オーガナイザーのPeter Chang教授(台湾)からこの学会の歴史についてお話がありました.「我々は,最初はヘルスリテラシー研究の第一人者であるJurgen Pelikan教授(オーストリア)やKristine Sorensen教授(オランダ)を知らない状態から学び始めたが,今ではその先生方も一緒に集い,アジアでのヘルスリテラシー調査をするまでになった.ここに集まった仲間で山を動かし,世界を変えよう!」と高らかに学会の開始が宣言されました.オープニング後には集合写真の撮影プログラムもあり,それだけ人の繋がりを大事にしている感じがします.
 今年のテーマは,“Health Literacy and Healthcare Efficiency(ヘルスリテラシーとヘルスケアの効率)”.基本的な概念や尺度の話題が多かった前回と比べ,より多様なヘルスケアの場での活用に主眼が置かれている印象です.国際学会では自分の発表が終わるまで落ち着かないものですが,今回は初日最初のセッション“Health Policy and Health Literacy”で,一般演題ではトップバッターでの発表でした.まだ英語に耳も口も追いつかない状態でしたが,日本の職域でのヘルスリテラシーと生活習慣病の関連やヘルスプロモーションへの応用について発表いたしました.背景として日本の産業保健制度や,職域の生活習慣病対策についても説明しました.地域や医療機関に比べると職域からの報告は少なく,注目していただけたと思います.そして同じセッションでは,Peter Chang教授から今回の学会のトピックの1つであるアジア5カ国のヘルスリテラシーAsia Health Literacy Study(AHLS)の速報がありました.先行しているヨーロッパでの調査(HLS-EU)をお手本に,アジアで初めてヘルスリテラシーの国際比較を行った調査で,インドネシア,ミャンマー,カザフスタン,台湾,ベトナムの15歳以上の9562人の市民を対象とした断面調査による報告です.興味深かったのは,発表内で日本の中山和弘教授(聖路加国際大学)のデータも引用され,日本は今回の5カ国のどの国よりもヘルスリテラシーが低い結果だったことです.調査方法や対象が同一ではなく単純な比較はできませんが,文化や文脈も違う中での国際比較の難しさも感じます.

映画の時間

—今,母と向き合う愛おしい時間—母よ、

著者: 桜山豊夫

ページ範囲:P.309 - P.309

 労働争議でしょうか,組合側が経営トップに交渉を迫るような場面から映画ははじまります.『母よ、』という題名とは違和感のあるシーンだと思っていると,カットの声がかかって,監督が飛び出てきます.そう,冒頭の場面は映画の撮影だったのです.フランソワ・トリュフォー監督の『アメリカの夜』(1973,フランス)を思わせるような,洒落た出だしです.映画の撮影風景を映画にした映画は,わが国でも『キネマの天地』(1986,山田洋次監督作品)などがあり,映画製作の舞台裏が垣間見れて,映画ファンにはたまりませんが,『母よ、』で描かれるイタリアの映画製作の様子も興味深いものです.
 主人公のマルゲリータは女性監督で,アメリカから大物(と本人が思っているだけ?の)俳優バリーを招いて,社会派映画を撮影中です.バリーの到着が遅れるなど,アクシデントが相次ぎ,思うように製作が進みません.仕事のだけでなく,プライベートでも,母親が入院中で,肺炎を起こしたりして,気分は落ち込み思考は混乱しがちです.

「公衆衛生」書評

—谷口清州 監修 吉田眞紀子・堀 成美 編—アウトブレイクに対処する人に役立つ,類書のない良書『感染症疫学ハンドブック』 フリーアクセス

著者: 井上栄

ページ範囲:P.280 - P.280

 本書は,突発的な健康被害(アウトブレイク)が発生したとき迅速に現場へ行き実施する疫学調査の実際と,サーベイランスの仕組みなどを扱っている.症例定義から始まる記述疫学,立てた仮説を検証する分析疫学の手法(後ろ向きコホート研究と症例対照研究)がわかりやすく書かれている.調査結果をいかにプレゼンするかのノウハウもある.昔とは異なる発生パターンで感染症が起こる現代,それに対処する人に役立つ,類書のない良書だ.執筆者17人全員が,国立感染症研究所(感染研)の実地疫学専門家養成コース(FETP-J:Field Epidemiology Training Program)の関係者(コース修了者が多数)である.
 上記事業が1998年から始まったのは,1996年の堺市O157事件が契機になっている.当時の予防衛生研究所(現・感染研)には,現場で調査を行う疫学専門家がいなかった.混乱している現場で的確な調査をしてアウトブレイクの全体像を把握し,適切な病原体材料採取の指示をするのは,病原体専門家でなく訓練を受けた疫学専門家である.病原体確定には時間がかかるので,確定前に病原体伝播様式を推定し,流行拡大を防ぐ措置を執らねばならない.十九世紀半ば,細菌学の誕生前,英国人ジョン・スノウ〔疫学(Epidemiology)の創始者〕は,コレラepidemicの際,病気の伝播様式を推定し流行拡大阻止に役立てたのであった.

書籍紹介

『失われてゆく,我々の内なる細菌』—マーティン・J・ブレイザー 著 山本太郎 訳 みすず書房 2015年 フリーアクセス

ページ範囲:P.256 - P.256

 19世紀に始まる細菌学によって,人類は微生物が病原になりうることを知った.そしてカビに殺菌力が見出される.抗生物質の発見である.以来この薬は無数の命を救う一方,「念のため」「一応」と過剰使用されてきた.これは,抗生物質は仮に治療に役立たなくても「害」は及ぼさない,という前提に基づいている.しかし,それが間違いだとしたらどうなのか——.
 人体にはヒト細胞の3倍以上に相当する100兆個もの細菌が常在している.つまり我々を構成する細胞の70-90%がヒトに由来しない.こうした細菌は地球上の微生物の無作為集合体ではなく,ヒトと共進化してきた独自の群れであり,我々の生存に不可欠だ.構成は3歳くらいまでにほぼ決まり,指紋のように個々人で異なる.その最も重要な役割は先天性,後天性に次ぐ第三の免疫である.しかしこの〈我々の内なる細菌〉は抗生剤の導入以来,攪乱され続けてきた.帝王切開も,母親から細菌を受け継ぐ機会を奪う.その結果生じる健康問題や,薬剤耐性がもたらす「害」の深刻さに,我々は今ようやく気づきつつある.

『<改訂版>図説 放射線学入門 基礎から学ぶ緊急被曝ガイド』—岡﨑龍史 著 医療科学社 2015年 フリーアクセス

ページ範囲:P.286 - P.286

 東京電力福島原発事故を受けて,放射線の影響について図説した本の改訂版.「この本は,放射線の正しい知識をわかりやすく提供し,福島における放射線影響に対する不安を少しでも取り除ける手助けとなれば,という思いで発刊しました.震災後から放射線に関する基準がさまざまに変更されました.例えば,放射性ヨウ素や放射性セシウムの食品基準値,放射線災害におけるヨウ素の内服における被曝量の基準や内服年齢,原発緊急作業者の線量限度値などです.初版では対応できないものとなっています.さらにわかりやすく書き直し,明らかになった事実や現状に見合った内容に更新しています.産業医科大学放射線健康医学研究室のホームページでは,この本の基となった『一般向け緊急被曝ガイド(放射線学入門)』を更新しています.この本にない内容はこちらを参照にしていただければ,幸甚です.」(「改訂版出版にあたり」より)

『地域包括ケアと地域医療連携』—二木 立 著 勁草書房 2015年 フリーアクセス

ページ範囲:P.308 - P.308

 団塊の世代が後期高齢者となる2025年以降,医療需要と認知症高齢者のさらなる増加に備え推進される地域包括ケアの展望を問う.前著『安倍政権の医療・社会保障改革』以降2年弱の医療・社会保障制度改革の動向を歴史的な視点から包括的・複眼的・実証的に分析,地域包括ケアと地域医療連携を統一的に検討する.
 「安倍首相・安倍政権は,2014年12月の総選挙で議席面で大勝して以来,国民や野党,大半の憲法学者の強い反対を押し切って安全保障関連法案の強行成立を図るなど,政治・外交面で「タカ派」的政策・行動をますます強めています.医療政策に関しても,歴代政権が進めてきた公的医療費抑制・患者負担拡大と医療への部分的市場原理導入(営利産業化)を,一段と加速しつつあります.(略)しかし,本書を読まれれば,医療・社会保障については今後も「抜本改革」(病院病床の大幅削減や医療の全面的営利産業化等)はなく,あくまで「部分改革」(その中核が地域包括ケアシステムと地域医療構想)にとどまること,および公的医療費抑制や医療の営利産業化は決して「避けられない現実」ではなく,別の選択肢もあり得ることをご理解いただけると思います.」(はしがきより)

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次号予告 フリーアクセス

ページ範囲:P.311 - P.311

あとがき/投稿申し込み書/著作財産権譲渡同意書 フリーアクセス

著者: 阿彦忠之

ページ範囲:P.312 - P.312

 保健所長をはじめとする公衆衛生医師は,所属する地方公共団体の産業医も兼務している場合が多いと聞きます.私も県出先機関の産業医を兼務していますが,仕事の半分以上はメンタルヘルス関連の面談や相談,職場復帰プログラムの打ち合わせなどであり,メンタル不調者の増加と病状の多様化を実感しております.加えて,昨年12月には「ストレスチェック制度」が施行されました.本特集の中でも解説されているように,ストレスチェックの有効性は先行研究で裏打ちされたものではない(科学的根拠が不十分)とのことであり,現場からは戸惑いや不安の声が聞かれます.それを見越してか,産業医の研修会では,ストレスチェックの目的は(2次予防ではなく)1次予防であり,職場環境の改善を目指すものと説明されていますが,1次予防を軽く考えているようで心配です.
 保健福祉政策に関わる公衆衛生医師の立場からみると,最近の産業保健は,地域保健との連携を深め,共通の課題認識のもとで新しい取り組みを模索しているようです.たとえば高齢労働者,障害者,難病患者等の就労支援や就労環境に関する課題の解決には,都道府県や市町村の保健福祉政策との連携が不可欠となっていることを,本特集を通読して強く感じたところです.また,職業病や作業関連疾患の予防という伝統的な枠組みに固執せず,より積極的な健康づくり,健康経営,ポジティブ(メンタル)ヘルスといった視点から産業保健活動が展開されつつあり,行政医師と産業医の兼務がメリットとなるような活動をしたいと考えた次第です.

基本情報

公衆衛生

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1170

印刷版ISSN 0368-5187

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