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雑誌目次

雑誌文献

公衆衛生80巻6号

2016年06月発行

雑誌目次

特集 難病対策

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ページ範囲:P.389 - P.389

 「難病」とは,明確に定義された疾患の名称ではなく,有効な治療法がない難治性の疾患について用いられてきた言葉です.そのため,難病と呼ばれる疾患はその時代の医療水準や生活環境によって変わってきました.過去に難病とされていた結核,脚気,スモン等がどのような経緯で克服されてきたか,すなわち公衆衛生の歴史を再確認することは,これからの難病対策を考える上で有意義であると思われます.
 一方,日本における公的な難病対策は,1972年に「難病対策要綱」が策定され,本格的に推進されてきました.この要綱では,行政対象としての難病の定義と対策の進め方が定められ,難病の病因・病態の解明研究及び診療整備だけでなく,医療費公費負担を目指すこととされました.

日本の難病対策の歴史と新たな難病対策

著者: 葛原茂樹

ページ範囲:P.390 - P.399

 わが国の難治性疾患克服研究事業(難病克服事業)は1972年の難病対策要綱に基づいて実施され,2015年1月施行の難病法(難病の患者に対する医療等に関する法律)に引き継がれた.この難病克服事業は,国家的政策として“患者数の少ない疾患”(希少疾患;rare disease)に目を向けた世界で初めての制度であり,1つの制度内に,疾患の調査研究事業と患者の社会保障事業を含んでいるという特色を持っていた1).本稿では,スモン研究から始まったわが国の難病対策の歴史と変遷,2009年から始まった制度見直しから2014年5月の難病法成立までの歩みと,2015年の難病法施行後の新たな難病対策を,他の関連制度もからめて概観してみたい.

小児の難病対策の推進案—新たな小児慢性特定疾病対策

著者: 五十嵐隆

ページ範囲:P.401 - P.405

 医療の著しい進歩により,重症疾患や難病の子どもが以前より長期間生存することができるようになった.左心低形成症候群の子どもは治療により約6割が成人を迎える.また,急性白血病の子どもの5年生存率は8割を超え,約7割の患者が成人を迎える.先進諸国では,慢性的に身体・発達・行動・精神状態に障害を持ち何らかの医療や支援が必要な思春期の子どもや青年が同年代の15%以上を占め,共通の課題となっている1).わが国では一定程度以上の重症度を示す慢性疾患を持つ子どもと家族への支援事業として,小児慢性特定疾患治療研究事業が行われてきた.本稿では,慢性疾患を持つ子どもと家族の問題や同事業の今後の課題について述べる.

難病患者の療養生活—地域で尊厳を持って生きることのできる共生社会を目指して

著者: 伊藤たてお

ページ範囲:P.406 - P.411

はじめに—「難病対策要綱」の年に患者会を立ち上げて
 私が小児結核と重症筋無力症と診断されたのは,まだ戦後間もない頃であった.1歳下の妹も同じ病気と診断された.1950年から52年にかけてのことである.その診断の正確さには今も驚嘆する.当時,この病気の患者は全国に10人といないといわれたという.皆保険制度はまだ先のことだ.若い父と母は子どもの医療費負担に苦しみ,札幌から離れて満足な医療機関もない炭鉱の町へと,稼ぎのために一家で移住した.注射器と,ようやく手に入れた一時しのぎのワゴスチグミンのアンプルを持って.その町で幼い妹は亡くなった.母はまだ20代であった.
 妹の死を機に家族は札幌へと戻り,私は入院と退院を繰り返しながら,病院での生活が一番いい,と思う子どもになっていた.それから15年経って,私は大学へも行かず定職にもつかずにいた.症状が安定せず,薬の副作用もあって,あこがれの海外移住もできず(これは移住しないのが正解だったが),仕方なく父の仕事(看板・塗装業)を手伝いながら,絵描きまがいの生活をしていた.
 そんな時ふと見た新聞で,重症筋無力症の患者らが患者会をつくったことを知った.だが私は患者会には入らなかった.「同病相憐れむ世界」「傷口を舐めあう世界」には近寄りたくもなかった.病名を知られたくはないし,何とか普通の人として見られたかったが,体はそうはいかないことが,常に私を苦しめていた.体力のいらない絵の世界で生きていこうとしていた.
 しかし結婚もして,東京の美術展への出品ついでに立ち寄った患者会の会長宅で私が知ったのは,「専門医の薬の使い方は,専門医のいない北海道とはまるで違う」ということだった.それから私は何をすべきか自問自答して月日が過ぎ,1972年の難病対策要綱が発表された年に,亡くなった妹の声と,父母の応援と,病気を承知で結婚してくれた妻の後押しを頼りに,地元で患者会を立ち上げることとなった.
 その頃,さまざまな患者団体が登場した.だが当時は「難病・奇病」といわれ,患者らを取り巻く状況は今では考えられないほど残酷だった.国も地方の行政も医師さえも見向いてくれず,「患者の尊厳」などという言葉もない時代であった.尊厳どころか,患者も家族も病気を隠し,患者会からの連絡さえ密やかに行っていた.会合の会場が借りられず,宿泊も断られる困難な時代が続いた.しかし私たちは,そういう状況の中で自然と,患者であっても「一人の人間としての尊厳は奪われてはならない」という意識と気概を身に付けることになったと思う.

大阪府保健所における難病保健活動の歩みと現状

著者: 上林孝子

ページ範囲:P.412 - P.418

 大阪府保健所では,1970年代から難病対策に取り組んできた.このたびの「難病の患者に対する医療等に関する法律」(難病法)の施行(2015年1月1日)を受けて,今後ますます難病対策が充実していくことになると思われるが,これまでの活動の歴史を振り返り,大阪府として充実させてきたところを尊重しつつ,新たに取り組むべきところについて考えていきたい.

神経難病と再生医療

著者: 土井大輔 ,   髙橋淳

ページ範囲:P.419 - P.424

 2007年にヒトiPS(induced pluripotent stem)細胞が樹立されて以来,iPS細胞を用いた再生医療を臨床応用するための研究が急速に進んできた.日本では2013年に,滲出型加齢黄斑変性症の患者に対して,iPS細胞由来の網膜色素上皮細胞の自家移植が世界に先駆けて行われた.神経系の疾患では,パーキンソン病や脊髄損傷,脳梗塞等が次の細胞移植の候補として挙げられている.われわれはパーキンソン病をターゲットとして,iPS細胞由来ドパミン神経前駆細胞の細胞移植治療の臨床応用を目指しており,本稿ではこれまでの研究の成果と今後の展望について述べたい.

難病と統合医療

著者: 川嶋朗

ページ範囲:P.425 - P.430

米国の状況からみた統合医療の必要性
 米国成人の相補(補完)・代替医療Complementary & Alternative Medicine(CAM)の利用率が33.8%という1990年の報告を受け,1992年,National Institute of Healthに代替医療研究室Office of Alternative Medicine(OAM)が設置された.さらにOAMはOCAM(“相補医療”を追加)を経て,1998年にNational Center for Complementary and Alternative Medicine(NCCAM)に昇格.2000年には1億ドル以上の予算を計上して様々なCAMに関する研究や調査が行われている.この調査で,CAMの利用率は1997年には42.1%に上昇しており,またCAMの占める医療費は西洋医学の医療費の自己負担分に匹敵するか上まわっていることが判明した.さらにCAMの利用者は教育レベルの高い人や高収入でアメリカを支えている中心層の人たちに多いこともわかっている1,2).2014年12月17日,NCCAMは国立相補・統合保健センターNational Center for Complementary and Integrative Health(NCCIH)(https://nccih.nih.gov/)に名称変更された.
 米国も公式に統合医療を認め,その定義も掲げた.こうした背景の中,米国のEducational Commission for Foreign Medical Graduatesは2010年,Liaison Committee on Medical Education(LCME)の基準やWorld Federation for Medical Education(WFME)のグローバルスタンダードに準拠した分野別認証を受けた国外医科大学(医学部)の卒業生でなければ2023年以降は米国での医師国家試験受験資格を与えない方針を示した.

難病対策における疫学研究の現状と課題

著者: 中村好一

ページ範囲:P.431 - P.436

なぜ,「難病の疫学」か
 疫学を疾患単位で考える場合,国際的に見ても「癌の疫学(cancer epidemiology)」と「循環器疾患の疫学(cardiovascular epidemiology)」が2大勢力である.これらに加えてわが国ではもう1つの分野として「難病の疫学」が存在する.これを英語では「intractable disease epidemiology」と称しているが,英語(外国)では全く通用しない.2017年8月にさいたま市の大宮ソニックシティで開催される第21回国際疫学会学術総会(The 21st World Congress of Epidemiology, International Epidemiological Association:http://wce2017.umin.jp/)においても,cancer epidemiologyやcardiovascular epidemiologyのセッションはあるが,intractable disease epidemiologyはなく,いわゆる難病とされる疾患の疫学は個別の分野のセッションに入ることになる.
 たしかに癌は部位によっても種類によっても様々なものが存在する.循環器疾患も心疾患と脳血管疾患では大きく異なる.しかしながら,それぞれ「体内に新たに発生する新生物」とか「(広い意味での)血管の問題に起因する疾患」といった生物学的な共通点があり,それぞれのカテゴリーでまとめることには意義がある.一方で難病は,「神経難病」「血液難病」「膠原病(に含まれる)難病」といったように,生物学的には共通点がない疾患群でありながら,1つのカテゴリーにまとめられている.この背景として,そもそも「難病」は1972年に国が策定した「難病対策要綱」1)に基づく,ある種の行政用語であり,これに基づき同年に「特定疾患疫学調査協議会」によって「難病の疫学研究」が開始され,1976年より厚生省(当時)の研究班として設立され,疾患別の臨床に関わる個別の研究班とは視点を変えた,疾病横断的に疫学研究を継続し,2012年度,13年度の2年間は中断したが,今日に至るまで各種難病の疫学研究を研究班活動として継続し,成果を世の中に提供し,患者の福利厚生や難病研究の推進に貢献している.

視点

公衆衛生医師の確保・育成と専門性の担保—政令指定都市の試み

著者: 甲田伸一

ページ範囲:P.386 - P.387

 1999年より主に結核対策をきっかけとして公衆衛生の道を歩んできた.2010年頃からは公衆衛生医師の確保・育成にも取り組んでいる.この間経験してきたことを以下に記述するので,医師確保の参考にしていただければ幸いである.

連載 衛生行政キーワード・107

国における新たな難病対策の方向性

著者: 川田裕美

ページ範囲:P.437 - P.440

 2015年1月1日から「難病の患者に対する医療等に関する法律」(難病法)が施行された.難病法施行により医療費助成は法律に基づく安定的なものとなり,また対象疾患は,従前の56疾病から306疾病に拡大し,より公平性の高いものとなった.さらに,難病患者に対する福祉サービスや就労支援を含む,総合的な対策のための基本方針を2015年9月に告示している.
 これまでの検討の経緯や難病法に基づくこれからの難病対策の方向性について,新たな医療費助成制度と研究への取組を中心に紹介する.

リレー連載・列島ランナー・87

警察で取り扱った自殺未遂者の支援から見えてきたもの—精神保健福祉センターでの事業評価

著者: 本屋敷美奈

ページ範囲:P.441 - P.444

 精神保健福祉センターの業務は精神保健福祉法第6条によって位置づけられており,その一つに「調査研究」および保健所などの地域機関への「技術支援」がある.大阪府こころの健康総合センターでは2015年度より「調査研究」事業の柱を①政策に関わる調査,既存データの2次解析,②事業評価と位置づけ,継続的かつ有機的な政策への還元を目指している.
 限られた人員を地域の複数の課題に振り分けるには,事業目標の明確化,課題のモニタリング,適切で標準化された事業の実施,適切な事業評価による事業改善が不可欠である.そのため,2015年度はセンターで担当する精神保健事業に関してさまざまな切り口により事業評価に取り組んでいる.今回は警察で取り扱った自殺未遂者の支援事業(自殺未遂者相談支援事業)に関する事業評価について報告する.

[講座]子どもを取り巻く環境と健康・16 児の精神神経発達と環境化学物質(3)

ADHD(注意欠如・多動性障害)とASD(自閉スペクトラム症)

著者: 池野多美子 ,   小林澄貴 ,   山崎圭子 ,   西原進吉 ,   岸玲子

ページ範囲:P.445 - P.450

 発達障害の原因は,養育環境や環境化学物質などが複雑に関連していると考えられている.本稿では,発達障害の中でも代表的なADHD(注意欠如・多動性障害),ASD(自閉スペクトラム症)と環境化学物質との関係について出生コーホート研究を中心にこれまで実施された調査について概観した.難燃剤や殺虫剤など,最近,身の回りで使用されている化学物質の影響が示唆された研究が海外で発表されており,国内でのリスク評価が求められる.今後の課題として,ADHDやASDのアウトカム評価を一時期のみではなく長期間フォローして胎児期曝露の影響が認められる時期を明らかにすること,化学物質については複合曝露による影響を評価することも検討が必要である.

予防と臨床のはざまで

産業保健のプレゼンス

著者: 福田洋

ページ範囲:P.451 - P.451

 さんぽ会(多職種産業保健スタッフの研究会,http://sanpokai.umin.jp/)は,「産業保健のプレゼンス」というテーマで3月10日に月例会を行いました.プレゼンスとは,やや保健・医療分野ではあまり耳にしない言葉かもしれませんが,政治・軍事的にはニュースなどで「G20におけるA国のプレゼンス」という形でよく耳にする言葉です.直訳すると「存在感」という意味ですが,今回は産業保健という業務や,産業医や産業保健職の「存在感」について考えてみようという趣旨です.
 このテーマは,企業の健康管理室の立ち上げに関わったある保健師さんの体験から取り上げることになりました.数年勤めた病院の臨床業務から,半年間の週1日のアルバイトを経て,健康管理室の立ち上げに関わった体験がご本人から語られました.入社早々,風疹が大流行したり,メンタルヘルスの復職ケースに苦労したり,産業保健体制が不十分な環境の中で,臨床とは全く違う「働く人の健康」に関わる仕事から得られた新鮮な驚き,苦労,達成感などが語られました.それでも健康管理室の立ち上げを通じ,定期健診の受診率が100%になったことや,疾病休業者数や健保組合の傷病手当金をもらう人が減り,役員から評価されたことが自分のプレゼンスかもしれない,と控えめに語られました.

映画の時間

—孤独な魂が寄り添う——親密なる最期のとき—或る終焉

著者: 桜山豊夫

ページ範囲:P.453 - P.453

 公衆衛生の向上,治療技術の進歩などもあって,平均寿命は飛躍的に伸びました.その影響もあり,わが国をはじめとする多くの先進諸国では人口の高齢化の問題に直面しています.治療技術の進歩は,また終末期医療の様相を複雑にもしています.今月ご紹介する『或る終焉』はその終末期医療,なかでも看護の問題に踏み込んだ意欲作です.
 映画は冒頭から異質な雰囲気を漂わせます.住宅地に停まるクルマ.木々の梢が風にかすかに揺れていますが,まるで静止画を観ている感覚に襲われます.音楽もはいらず,フィルムが停止しているのではないかと思っていると,ようやく,若い女性がクルマに乗り込んで映画が始まります.

書籍紹介

『国際協力 トイレ修行学』—神馬征峰 監修 崎坂香屋子,他 編集 文芸社 2015年 フリーアクセス

ページ範囲:P.424 - P.424

 紙もない! 水もない!! そもそもトイレがない!!!
 日本人がどれだけ恵まれた環境で,自身で作り出した固体・液体を処理していることか.

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次号予告 フリーアクセス

ページ範囲:P.455 - P.455

あとがき/投稿申し込み書/著作財産権譲渡同意書 フリーアクセス

著者: 石原美千代

ページ範囲:P.456 - P.456

 難病患者を取り巻く環境の変遷を振り返ると,あらためて,患者・家族からの発信の重要性に気づかされます.2011年12月1日に開催された厚生科学審議会疾病対策部会難病対策委員会の「中間的な整理」は,当事者が参加したからこそ実現したものと思われます.
 その中の「難病に対する基本的な認識」では,「希少・難治性疾患は遺伝子レベルの変異が一因であるものが少なくなく,人類の多様性の中で,一定の割合発生することが必然」「たまたま罹患した患者は重篤かつ慢性の症状に苦しみ,治療法が未確立のため,患者・家族の医療費負担は長期かつ極めて重い」「また,希少性故に,社会一般の理解が得られにくい」などの問題があり,「従来の弱者対策の概念を超え,希少・難治性疾患の患者・家族を我が国の社会が包含し,支援していくことが,これからの成熟した我が国の社会にとってふさわしい」としています.これは「難病の患者に対する医療等に関する法律」(難病法)の基本理念に引き継がれており,私たちは難病法制定に至った経緯を踏まえつつ,強く心に刻みつけなければならないと思います.

基本情報

公衆衛生

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1170

印刷版ISSN 0368-5187

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