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雑誌目次

雑誌文献

公衆衛生81巻6号

2017年06月発行

雑誌目次

特集 食中毒の新たな課題

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ページ範囲:P.459 - P.459

 わが国の食中毒は,従来は黄色ブドウ球菌やサルモネラ菌,腸炎ビブリオといった,細菌を原因とするものが主流でした.しかし,近年はこれらが激減し,発生件数では細菌であるカンピロバクターが急増し,また,患者数ではウイルスであるノロウイルスが第一位を占めるようになっています.さらに,腸管出血性大腸菌による食中毒の散発発生が続いており,また,その集団発生も起こっています.
 腸管出血性大腸菌による食中毒の原因食品も,野菜の浅漬けや馬刺しなど多岐にわたってきています.加えて,従来は知られていなかった微生物や,食中毒の起因菌とは思われていなかった微生物による食中毒,例えば,2003年に発見された腸内細菌科菌群に属するエシェリキア・アルバーティーによる集団食中毒や,A群溶血性レンサ球菌による集団食中毒が発生しています.このように,近年の食中毒は従来と異なった様相を示してきています.

日本における食中毒の発生状況

著者: 山本茂貴

ページ範囲:P.460 - P.469

はじめに
 日本では毎年のように食中毒が発生している.食中毒統計は厚生労働省医薬・生活衛生局生活衛生・食品安全部監視安全課食中毒被害情報管理室が取りまとめている.食中毒が発生すると,それを診断した医療機関から地方自治体の保健所に報告される.または,直接住民から情報が入る場合もある.通報を受けた保健所の食品衛生監視員は,発生場所,事業者・施設等の所在地,名称,発病年月日,原因食品名,病因物質,患者数および死者数等を調査し,その結果を自治体から厚生労働省の上記担当室に報告する.
 食中毒統計は事例として報告があったものだけが集計されているため,実際に下痢等の症状があっても保健所に通報されなかった事例については統計には計上されない.その点はさまざまな推測がされているが,報告された数だけでも傾向については,ある程度把握できると考えられる.

カンピロバクター食中毒

著者: 朝倉宏

ページ範囲:P.470 - P.475

はじめに
 カンピロバクター食中毒は国内外を問わず,細菌性食中毒の中で最も発生頻度が高く,発生低減が社会的に求められている.厚生労働省が取りまとめている食中毒統計資料(食中毒発生動向に関する統計資料)1)によると,2015年に発生した本食中毒発生件数は計318件,患者数は2,089人に上っており,同年の食中毒事件総数1,202件の26.5%,細菌性食中毒事例総数の73.8%を占めている.食中毒報告数が発生案件の一部に限られるとする疫学的見解を踏まえると,実際の本食中毒発生数はさらに多いものと考えられる.本稿では,本食中毒に関する現況と対策等を取りまとめることとした.

ノロウイルスによる食中毒

著者: 上間匡 ,   野田衛

ページ範囲:P.476 - P.481

概況・特徴,発生状況
 日本国内のノロウイルスに関する疫学データは,①食中毒統計1),②感染症発生動向調査週報(Infection Diseases Weekly Report;IDWR)2),③病原微生物検出情報(Infectious Agents Surveillance Report;IASR)3)(月報)の3つがある.このうち①は医師の届け出によって保健所が調査報告した国内のノロウイルスによる集団食中毒が捉えられており,厚生労働省が集計し,公表している.②は,全国約3,000カ所の小児科定点医療機関から報告される感染性胃腸炎(感染症法上の5類感染症定点把握疾患)の患者数に関する情報で,種々のウイルスや細菌の感染に伴う胃腸炎患者の発生動向が把握されている.したがって,必ずしもノロウイルス感染に伴う患者の発生状況とは限らない.③では全国の地方衛生研究所等で検査・確認された散発例や集団発生からのノロウイルス検出が捉えられている.②および③は国立感染症研究所より公表されており,食中毒の他に感染症についても網羅しているため,ノロウイルス食中毒に限定した集計としては厚生労働省が公表している「ノロウイルスに関するQ & A」4)内の参考資料,もしくはノロウイルスによる食中毒発生状況5)が分かりやすくまとめられた集計となっている.
 2015年の食中毒発生状況は,事件数1,202件,患者数22,718人が報告されており,ノロウイルスを原因とするものは事件数481件,患者数14,876人で,事件数,患者数ともに第1位となっている.原因となった施設は飲食店が最も多く,事件数352件(73%),患者数9,023人(61%)となっており,仕出屋,旅館,事業場と続いている(図1).2011〜2016年に報告された大規模食中毒を患者数の多い順に並べると(表1),2012年12月の広島県で起きた弁当の事件や,2014年1月の静岡県で起きた食パンの事件など,上位20事件のうち9事件がノロウイルスを原因としており,毎年のように大規模食中毒事件が発生している.毎年11〜3月の冬季に大きな流行があるが,年間を通して発生し,夏季にも集団発生が報告されている.

腸管出血性大腸菌による食中毒

著者: 大西真

ページ範囲:P.482 - P.486

腸管出血性大腸菌感染症
 大腸菌は菌種内の多様性が大きく,さまざまな性状を持った大腸菌が存在する.ヒトに病気を起こす大腸菌の中でも,膀胱炎など下痢以外の感染症の原因となる大腸菌(腸管外病原性大腸菌)と下痢を引き起こす下痢原性大腸菌とに大別される.下痢原性大腸菌は下痢の性状や保持している病原因子によって,さらに細分化される.その一つが,出血性腸炎の原因となる腸管出血性大腸菌(enterohemorrhagic Escherichia coli;EHEC)である.

新しい食中毒

エシェリキア・アルバーティー

著者: 今野貴之

ページ範囲:P.488 - P.492

はじめに
 エシェリキア・アルバーティー(Escherichia albertii;E. albertii)は,2003年に新種として承認された菌種で,エシェリキアという名前は大腸菌(エシェリキア・コリ;Escherichia coli)の仲間であることを示している.元々バングラデシュ人民共和国の小児の下痢便から見つかった菌種であり,ヒトに下痢などを引き起こす病原菌であると考えられている1).国内では,2011年11月に秋田県で発生した食中毒疑い事例の検査の過程で,この菌が検出され,翌年,その際の検査法の詳細が国立感染症研究所発刊のJpn J Infect Dis誌に2),事例の概要が病原微生物検出情報に掲載された3).これらの報告を契機に,日本国内においてもE. albertiiの存在が知られるようになった.その後,過去の食中毒の原因菌の再調査などによって,少なくとも2003年には国内でE. albertiiによる食中毒が発生していたことが明らかになっている4).現在では,この菌を原因とする集団食中毒の発生が国内でも複数確認されている.
 本稿では,公衆衛生上の新たな脅威となっているE. albertiiについて,その特徴や国内での食中毒や集団感染の発生状況について紹介するとともに,本菌の感染源や治療,行政上の取り扱いといった公衆衛生に関わる課題について解説する.

クドア・セプテンプンクタータとサルコシスティス・フェアリー

著者: 小西良子

ページ範囲:P.494 - P.499

はじめに
 2008(平成20)年ごろから魚や馬肉の刺身を食べて一過性の嘔吐,下痢を伴う有症苦情事例が顕在化したことを受け,厚生労働省はその解明に着手し,2011(平成23)年6月にヒラメに寄生する“クドア・セプテンプンクタータ(Kudoa septempunctata,以下クドアとする)”と馬肉に寄生する“サルコシスティス・フェアリー(Sarcocystis fayeri,以下サルコシスティスとする)”が新規食中毒原因物質として通知された1).その後,2012(平成24)年12月から,これまで食中毒事件票において「その他」として分類されていた寄生虫性食中毒を,「クドア食中毒」「サルコシスティス食中毒」として届け出がされるように改正された.本稿では,これらの新しい食中毒原因物質のクドア・セプテンプンクタータとサルコシスティス・フェアリーについて,現時点までに解明されていることを紹介する.

あまり知られていない食中毒

アイチウイルスとサポウイルスによる集団食中毒

著者: 山下照夫 ,   皆川洋子

ページ範囲:P.500 - P.504

概況・特徴
 アイチウイルス(Aichivirus;AiV)は,1989年,生カキが原因と推定された胃腸炎の集団発生において,患者の糞便から分離された1).その遺伝子構造からピコルナウイルス科に属する新型ウイルスであると考えられ2),コブウイルス属に分類された.現在,コブウイルス属は,ヒト以外にもイヌ,ネコ,マウス,ウシ,ヒツジ,ヤギ,フェレット,ブタ,ウサギ,コウモリ,トリ等の糞便から検出されており,Aichivirus A,B,Cの3種に分類されている.AiVAichivirus Aに属する3).食中毒事例においては,生カキが原因食品である例がほとんどである4)
 サポウイルス属(Sapovirus;SaV)は,ノロウイルス属(Norovirus;NoV)と同じカリシウイルス科に属し,症状からはNoVと鑑別が困難な胃腸炎を起こす5)6)SaVを代表するウイルス種であるSapporo virusは1974年に英国の急性胃腸炎患者から新たなカリシウイルスとして見出され,1977年に集団発生事例の起こった札幌の地名にちなみ2002年に正式に命名された7)SaV感染症はNoVに比べ,通年発生がみられ,より若年小児に多いとされていたが,近年では高齢者や成人の発症,集団発生も珍しくない.

A群溶血性レンサ球菌による集団食中毒

著者: 四宮博人 ,   林恵子

ページ範囲:P.506 - P.511

はじめに
 A群溶血性レンサ球菌は,上気道炎や化膿性皮膚疾患などの原因菌で,続発症として急性糸球体腎炎やリウマチ熱などを引き起こすことが知られている.「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」(感染症法)では,A群溶血性レンサ球菌咽頭炎が小児科定点報告の5類感染症に,劇症型溶血性レンサ球菌感染症が全数報告の5類感染症に,それぞれ位置付けられている.同菌による咽頭炎の感染経路は,主として保菌者からの飛沫感染や接触感染である.一方,食品を介した集団感染事例も報告されているが,わが国での食中毒の届け出は極めて少ない1)2).2012年8月に愛媛県内で発生した同菌による集団食中毒事例について,概況,特徴,疫学,細菌学的検討,予防法,行政上の取り扱い等について解説する.

視点

保健所での実践を振り返って

著者: 永井尚子

ページ範囲:P.456 - P.457

はじめに
 私は1988(昭和63)年に公衆衛生の実践現場である保健所に入職し,今年で30年目を迎えました.今回,これまでの保健所でのいくつかの実践を振り返ってみました.

連載 衛生行政キーワード・118

厚生労働省における食中毒による健康危機管理

著者: 海老名英治

ページ範囲:P.512 - P.515

はじめに
 食に起因する健康被害は,家庭内にとどまるものから,国境を越えるものまで,その規模・内容はさまざまである.特に重篤な健康被害が広域に発生した場合には,その影響を最小限にするための行政的な対応が必要になる.本稿では,食中毒発生時の報告を中心に厚生労働省における健康危機管理について述べたい.

リレー連載・列島ランナー・99

男性介護者支援—介護者支援のユニバーサルデザインを目指して

著者: 彦聖美

ページ範囲:P.517 - P.519

はじめに
 前ランナーの福井大学医学部・高浜町国民健康保険和田診療所・井階友貴先生とは,大学院の指導教授であった大木秀一先生(石川県立看護大学)と共著した論文1)を見つけて下さったご縁で出会いました.エネルギッシュに地域主体の健康推進活動を展開されておられる井階先生からバトンを受け取れたことを幸運と捉え,6年目に入った男性介護者支援についてお伝えしたいと思います.

ポジデビを探せ!・8 ケース6:がん検診

ポジデビ活用のススメ—がん検診受診率向上に向けた取り組みから

著者: 河村洋子 ,   松本承子 ,   関淳子 ,   長尾素子

ページ範囲:P.520 - P.526

はじめに
 この事例は,東京にある一自治体が,がん対策という大きな保健政策の中で“がん検診受診率向上”という施策を展開するために,ポジデビを活用したものである.ポジデビを活用する主体が,自治体という公的立場であるという点において,本連載でこれまで紹介された事例とは異なっている.がん検診受診率向上のためにポジデビを活用した私たちの経験と,活用プロセスで得られた学びを共有したい.

予防と臨床のはざまで

予防医療医,春の講演週間(後編)

著者: 福田洋

ページ範囲:P.528 - P.528

 前回に引き続き,予防医療医の日記風に春の講演週間を振り返ります.2017年2月9日は,全国健康保険協会の本部で若手の職員向けに業務研修を行いました.この研修のほとんどは法律に関する講義なのですが,私のコマだけは唯一,医学の話です.医学の基礎ということで,当初は医学部の6年間で学んだことを120分で話してほしいと言われたのですが,国際学会の話題やヘルスリテラシー,健診の数値の理解,1枚のレセプトからわかることなど,さまざまな話題に触れました.多くのポジティブな感想をいただき,健保組合が人の健康にいかに関わり,そこで働くことにどんな可能性があるかを感じていただけたようです.
 2月16日は,墨田区と東京商工会議所墨田支部の企画で,区内の中小企業の経営者を対象に健康経営とヘルスリテラシーの講演.23区内でもがん死亡率が高いことを危惧した行政と商工会議所のコラボで,講演会に先立ち,「元気社長の危機管理〜がん対策で健康経営®〜」の小冊子を一緒に作ってきました.行政の企画にしては珍しく,その7割がマンガという攻めの小冊子です.中小企業の社長さんの愛と人情の物語で,それも含めて,ヘルスリテラシーや健康経営ということに対して,頷いてくれる経営者の方が多かった印象です.

映画の時間

—この街は,そしてわたしたちは,これからどこに向かってゆくのだろう.—台北ストーリー—4Kデジタル修復版

著者: 桜山豊夫

ページ範囲:P.529 - P.529

 男と女の関係を描いた映画は数多くありますが,なかでもクロード・ルルーシュ監督の「男と女」(1966年,フランス)は記憶に残っています.フランシス・レイのテーマ曲も大ヒットし,カンヌ国際映画賞でグランプリを獲得しました.今月ご紹介する「台北ストーリー」も男と女をテーマにして,人間や時代を描いた記憶に残る映画です.監督のエドワード・ヤンは台湾ニューシネマの旗手とも言われていましたが,惜しくも2007年に亡くなっています.
 1980年代の台北で,男と女が,ガランとしたマンションの一室を訪れています.2人は新しい生活を始める様子で,マンション購入のために物件を探しているようです.女性は大手不動産ディベロッパーで働くバリバリのビジネス・ウーマンのアジン(ツァイ・チン),男性は彼女の幼馴染で,旧市街の廸化街(ティーホアジェ)で家業の布地問屋を営むアリョン(ホウ・シャオシェン)です.アリョンは部屋のリフォームにもお金がかかりそうだと心配しますが,アジンは,今度昇進するから大丈夫と言います.

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次号予告 フリーアクセス

ページ範囲:P.531 - P.531

あとがき/投稿申し込み書/著作財産権譲渡同意書 フリーアクセス

著者: 西田茂樹

ページ範囲:P.532 - P.532

 本号の特集企画は「食中毒の新たな課題」です.食中毒と聞くと,新たに企画するような内容はないように思われます.しかし,近年,従来は食中毒の主流であった黄色ブドウ球菌,サルモネラ菌,腸炎ビブリオといった細菌を原因とするものが激減し,発生件数ではカンピロバクター,患者数ではノロウイルスが急増して,新たな様相を示しています.また,腸管出血性大腸菌による食中毒の散発発生が続いており,集団発生も起こっています.従来は知られていなかった微生物であるエシェリキア・アルバーティーによる集団食中毒や,食中毒の起因菌とは思われていなかったA群溶血性レンサ球菌による集団食中毒も発生しています.
 不勉強のためか,認識不足のためか,私個人は,エシェリキア・アルバーティーによる食中毒や,A群溶血性レンサ球菌による食中毒の出現,またカンピロバクターやノロウイルスによる食中毒の急増は全く予想していませんでした.今回,自分自身の勉強も兼ねて,本特集を企画し,専門の先生方に執筆をお願いしました.食品衛生を専門にされている方々はすでに知識をお持ちかもしれませんが,復習の意味を兼ねてじっくり読んでいただければと思います.保健予防・健康増進を専門としている方々は,食中毒の現状についての知識をお持ちではないと思います.公衆衛生従事者としては,食中毒の知識は持っているべきだと考えます.

基本情報

公衆衛生

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1170

印刷版ISSN 0368-5187

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