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文献詳細

雑誌文献

公衆衛生83巻10号

2019年10月発行

文献概要

特集 摂食障害の理解と対応

摂食障害患者の援助における医療機関と学校や地域との連携

著者: 西園マーハ文1

所属機関: 1明治学院大学心理学部心理学科

ページ範囲:P.738 - P.743

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はじめに
 神経性やせ症(anorexia nervosa:AN)や神経性過食症(bulimia nervosa:BN)などの摂食障害は若年女性を中心に有病率が高い疾患であるが1),受診率は低いことが知られている.オランダにおける摂食障害の1年期間有病率の推計の報告2)では,地域レベル,プライマリケアレベル,精神科治療レベルの3段階の患者数はANとBNとで異なっていた.ANについては,若年女性10万人当たりの各段階の患者数は370人,160人,127人であり,ANの半数しかプライマリケア医を受診していないことが分かる.BNについては,それぞれ1,500人,170人,87人であった.地域ではANよりBNの方が多いが,BNの受診率はANよりさらに低く,プライマリケア受診者数で見るとほぼ同数となっている.
 ANは,低体重のために外見で病状が分かり,また,思春期発症が多いため,保護者などが強く受診を勧めれば半数程度は受診するということであろう.一方,BNは外見上は病状が周囲には分からない.また,成人発症も多く,一人暮らしも多いため,受診勧奨を受けにくいことが受診者数の少なさに影響しているのであろう.日本も受診のハードルは同様であることを考えれば,地域には,まだ,医療機関で観察されるよりはるかに多くの有症者がいると考えるべきである.日本では,病床を持つ医療機関(精神科,心療内科,小児科,婦人科,内分泌代謝内科など)の受診者数については調査3)があるが,プライマリケア医レベルのデータはいまだない.地域での有病率の推測はさらに難しいが,いくつかの学校での調査によれば,欧米とほぼ同率の食行動問題ややせ願望が観察されており4),有病率は,欧米に比較して著しく低いものではないと考えられる.
 英国のプライマリケア医からデータを収集した2005年の報告によれば,1990年代にはBNの受診率が増加し,その後は減少しているという5).ダイアナ妃(当時)が摂食障害をカミングアウトしたことなどが契機となり,それまで未受診だった人の受診が増えた可能性があるという.その後,減少したのは,上述のとおり,1990年代にそれまでの未治療者が多く受診したこともあるが,英国摂食障害協会(Eating Disorders Association:BEAT)6)など,医療機関以外での相談が充実したためではないかとも推測されている.BEATは当事者向けの援助を行っている団体である.このように,医療機関の受診者数は,社会にどのような援助資源があるかにも影響を受ける.
 受診率の低い疾患は多数あるが,摂食障害が特殊なのは,自分では病気と認めない「否認」の心理7)が,その精神病理の重要な要素を成しているということである.ANでは「低栄養の深刻さの否認」が診断基準8)の一項目にも挙がっている.BNについては,過食や嘔吐には強い苦痛を自覚する人が多い.しかし,これらは自分の意思では止められない「症状」であるにもかかわらず,「強い意志を持てば止められるはず」「これは病気でなく自分の弱さのせい」という自己責任論を当事者も持っていることが多い.また,過食嘔吐という症状について話をすることの恥ずかしさも大きい.摂食障害は,世の中の偏見(スティグマ)の強い疾患であることが知られているが,これを当事者が取り込む「セルフスティグマ」問題も大きいといえる9).受診率の低さにはこのような問題も関わっている.
 上述したように,摂食障害の治療について考えると,病院の中だけで良い対応はできない.社会の中での摂食障害のあり方をよく知っておく必要がある.本稿では,摂食障害と社会との関係を考える例として,学校と医療の連携,また,地域の保健所・センターでの相談の実態について検討する.

参考文献

1)切池信夫:摂食障害 食べない,食べられない,食べたら止まらない,第2版.医学書院,2009
Fairburn CG, et al(eds):Eating Disorders and Obesity:a Comprehensive Handbook, pp233-237, The Guilford Press, New York, 2002
3)安藤哲也(研究代表者):厚生労働科学研究費補助金 障害者政策総合研究事業(精神障害分野)摂食障害の診療体制整備に関する研究(H26-精神-一般-001)平成26年度〜平成28年度 総合研究報告書.2017 https://mhlw-grants.niph.go.jp/niph/search/NIDD00.do?resrchNum=201616020B
4)中井義勝:疫学.日本摂食障害学会(監修),「摂食障害治療ガイドライン」作成委員会(編):摂食障害治療ガイドライン.pp18-23,医学書院,2012
5)Currin L, et al:Time trends in eating disorder incidence. Br J Psychiatry 186:132-135, 2005
6)Eating Disorders Association. https://www.beateatingdisorders.org.uk/
7)西園マーハ文:摂食障害における病識と治療.精神神経学雑誌119:903-910, 2017
8)American Psychiatric Association:Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders 5th ed. American Psychiatric Association, Washington DC, 2013 和書:日本精神神経学会(日本語版用語監修),高橋三郎,他(監訳):DSM-5精神疾患の診断・統計マニュアル.医学書院,2014
9)西園マーハ文:摂食障害の啓発と発症予防の取り組み.精神科治療33:1449-1454, 2018
10)摂食障害全国基幹センター:摂食障害情報ポータルサイト.http://www.edportal.jp/sp/material_01.html
11)西園マーハ文(分担研究者):厚生労働科学研究費補助金 障害者政策総合研究事業(精神障害分野)「摂食障害の診療体制整備に関する研究」分担研究報告書 地域保健の場における摂食障害への対応に関する実態調査に関する研究.2017 https://mhlw-grants.niph.go.jp/niph/search/NIDD00.do?resrchNum=201616020B
12)日本摂食障害協会:平成29年度 三菱財団社会福祉事業・研究助成金 摂食障害患者の就労実態調査と社会復帰支援報告書.2019 https://www.jafed.jp/pdf/reports/working-survey.pdf
13)西園マーハ文:産後のメンタルへルスと摂食障害.西園マーハ文(編):専門医のための精神科臨床リュミエール28 摂食障害の治療.pp207-216,中山書店,2010
14)西園マーハ文:産後メンタルヘルス援助の考え方と実践 地域で支える子育てのスタート.岩崎学術出版社,2011
15)瀧本禎之他:身体治療と栄養指導.日本摂食障害学会(監修),「摂食障害治療ガイドライン」作成委員会(編):摂食障害治療ガイドライン.pp89-93,医学書院,2012
16)The Royal Colleges of Psychiatrists, Physicians and Pathologists:CR 189 MARSIPAN:Management of Really Sick Patients with Anorexia Nervosa 2nd edition. 2014 https://www.rcpsych.ac.uk/docs/default-source/improving-care/better-mh-policy/college-reports/college-report-cr189.pdf?sfvrsn=6c2e7ada_2
17)NICE:Eating disorders:recognition and treatment. https://www.nice.org.uk/guidance/ng69
18)西園マーハ文:摂食障害治療最前線 NICEガイドラインを実践に活かす.中山書店,2013
19)西園マーハ文:摂食障害のセルフヘルプ援助 患者の力を生かすアプローチ.医学書院,2010
20)西園マーハ文:摂食障害対応の基本.精神誌120:137-143, 2018
21)Winkler LA, et al:Does specialization of treatment influence mortality in eating disorders?--A comparison of two retrospective cohorts. Psychiatry Res 230:165-171, 2015
22)厚生労働省:公認心理師.https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000116049.html

掲載誌情報

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN:1882-1170

印刷版ISSN:0368-5187

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