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雑誌目次

雑誌文献

公衆衛生83巻9号

2019年09月発行

雑誌目次

特集 ヘルスサービスリサーチ—サービスの効率と質の向上へ

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著者: 田宮菜奈子

ページ範囲:P.647 - P.647

 人口の高齢化,疾病構造や社会状況の急激な変化に伴って,わが国の地域における健康課題は山積みとなってきています.それらに対応するには医療と社会サービスとの緊密な連携が必須であり,各種サービス提供のあり方は大きな転換を迫られています.保健医療制度や医療教育も,単一疾病の克服に対応するものから,多くの疾病を抱えつつ良い生活が送れるような支援に向けての再構築が必要とされています.
 ヘルスサービスリサーチ(health services research:HSR)は医療を主な対象とし,患者のニーズやアクセス,提供されるサービスの質,そして利用後の状況(アウトカム)を含めて包括的に研究する分野として欧米中心に発展してきましたが,上述したような社会の変化に伴って,保健・医療・介護の連携が重要となり,関連するサービスを包括的に捉え研究することがHSRの重要な役割と考えられるようになっています.

日本におけるヘルスサービスリサーチ(HSR)の今後の展望

著者: 田宮菜奈子

ページ範囲:P.648 - P.653

はじめに
 わが国におけるヘルスサービスリサーチ(health services research:HSR)はかつて諸外国に比べてデータへのアクセスや研究者のマンパワーで後れを取っていた.しかし,昨今,各種データがオープン化し,また,海外で研鑽を積んだ研究者が活躍するなど,急速に発展してきている.さらには,地域包括ケアなど,医療のみでなく予防や介護を含めた広いサービスの評価を重要とする,わが国独自の発展がなされている.
 本稿では,わが国におけるHSRと現状と今後の課題を述べる.

介護サービスデータの利活用の概要と現状—地域包括ケア「見える化」システムを含めて

著者: 新畑覚也

ページ範囲:P.654 - P.657

介護保険総合データベースの概要
 「介護保険総合データベース」(以下,介護DB)は要介護認定情報・介護レセプト等情報を収集しており,2013(平成25)年度から本格運用を行っている.要介護認定情報・介護レセプト等情報については,「地域包括ケアシステムの強化のための介護保険法等の一部を改正する法律」〔2017(平成29)年5月26日成立〕が収集目的を規定するとともに,市町村などによるデータ提出などを義務化している1).要介護認定情報は,介護保険者が要介護認定の際に用いる基本調査74項目などの要介護認定一次判定のデータや,認定有効期間などの要介護認定二次判定で構成される.介護レセプト等情報については,審査支払い機関である国民健康保険団体連合会を経由して,介護保険者へ請求される介護レセプトに記載されている介護サービスの種類や,介護サービスが提供された日数などのデータで構成されており,これらのデータが個人レベルで連結できる形でデータベースに格納されている.
 介護DBを用いた分析は,全国の介護保険者の特徴や課題,取り組みなどをはじめとする介護・医療関連情報を国民も含めて広く共有する『地域包括ケア「見える化」システム』2)などにおいて利用されている.また,2018(平成30)年度には,介護DBに収集されている要介護認定情報・介護レセプト等情報を第三者に提供する取り組みを開始している.

レセプト情報を用いた要介護高齢者の医療の実態把握

著者: 石崎達郎

ページ範囲:P.658 - P.663

はじめに
 要介護高齢者を対象とする医療サービスが,どのような特性を有する人に,どの程度利用されているか,その実態を捉えることは,地域包括ケアシステムにおける要介護高齢者に対する医療提供体制を検討する際の基本情報となる.レセプト情報には,保険診療で請求された診療行為・内容に関する情報が含まれており,医療のプロセスやアウトカムを検証することが可能である.
 本稿では,課題1「胃ろうを造設した高齢者数は増加しているか」と課題2「高齢者の死亡前1年間の累積入院日数は長いのか」を設定し,それぞれについてレセプト情報を用いた結果を示し,レセプト情報の活用について考察する.課題1には厚生労働省の「社会医療診療行為別統計」1)を,課題2には,筆者らが研究用に作成した医療・介護保険レセプト突合情報2)をそれぞれ用いる.

HSRにおける公的統計データ,医療・介護レセプトデータ,およびそれら突合データの利活用

著者: 渡邊多永子

ページ範囲:P.664 - P.668

はじめに
 ヘルスサービスリサーチ(health services research:HSR)1)では,わが国全体や,ある地域における特定の人々(例えば,健康な若年者,高齢者,要介護者やその介護者,ある疾患の患者など)といった研究目的に応じた大規模な集団を対象とすることが多いため,公的統計データなどの二次データを有効活用することが重要である.筆者の所属する筑波大学医学医療系ヘルスサービスリサーチ分野(以下,当研究室)では,統計法2)第33条に基づいて,厚生労働省から提供を受けたさまざまな公的統計データを用いた研究や,地方自治体と連携した医療・介護レセプト連結データの分析などを行ってきた.
 本稿では,HSRについて,各データの概要と入手方法,それぞれの特徴を述べる.また,そこから得られた知見も述べる.最後に,現状の二次データ利用における課題を挙げ,行政レベルでのデータ取得・公開体制への提言を行いたい.

介護サービスの質の評価におけるビッグデータの活用

著者: 金雪瑩

ページ範囲:P.670 - P.675

はじめに
 現在の日本では高齢化に伴って重度介護者,認知症の高齢者が増えており,介護問題は高齢者の生活に関わる大きな不安要因となっている.介護保険制度の施行によって介護サービスへの民間業者の参入は急増しており,介護サービスの供給は充実してきたものの1),一方で,サービスの質の保障が重要な課題となってきている.
 介護サービスの質の確保のための取り組みとしては,これまでも政府を中心に「介護サービスの情報公表」「福祉サービスの第三者評価」などさまざまな取り組みが行われているが,以下のような問題も指摘されている.
①全ての介護サービス事業所の介護サービス情報を公表しているものの,80.8%の介護サービス利用者および家族はそれらを利用したことがなく,実効性が非常に低い2)
②評価内容は人員配置などのストラクチャー中心であり,利用者のアウトカム評価(利用したサービスにより,どのような変化が生じたかを評価する)はほとんどない.
③福祉サービスの第三者評価の受審費用が高く,また,頻繁に行われるため受審率が非常に低い3)
 上記のような問題の解決の一助となるのが,ビッグデータ(big data)を活用したヘルスサービスリサーチ(health services research:HSR)である.HSRは,人々に健康・幸福をもたらす技術を,必要な人に,いかに効果的に届けるかを追求する,ヘルスケアを中心とした包括的学問分野である.前述のとおり,介護サービスの質の確保が重大な政策課題となっているため,質の高い介護の実現に資するHSRの実践は喫緊の課題となっている.
 そもそも,ビッグデータとは何であり,また,なぜ,その利活用が期待されているのであろうか.現在広く浸透しているビッグデータの定義は,Laney4)によって提唱された,多様で膨大なデータを高頻度で高速に処理することである.ビッグデータの意義は,①ICT(information and communication technology)の進展に伴って,多種多量なデータの生成・収集・蓄積などがリアルタイムで行うことを可能とする,②そのようなデータを分析することで未来の予測や異変の察知などを行い,利用者個々のニーズに即したサービスを提供し,業務運営の効率化や新産業の創出などを可能とする点にある5).介護領域で最近注目を浴びているのが介護のビッグデータである「介護保険総合データベース」(以下,介護DB)である6).介護DBは介護保険制度の運営業務において発生する記録であり,全ての利用者が対象となる.また,それぞれの事業所にとってもデータ収集への負担がないメリットがある.
 本稿では,海外やわが国におけるビッグデータを活用した介護サービスの質の評価への取り組みと,今後の課題を述べる.

データヘルスの進化と,在宅医療・介護の推進におけるデータ活用

著者: 大江浩

ページ範囲:P.676 - P.682

はじめに
 近年,医療,介護,保健,福祉の制度は刻々と変化している.それに合わせて,各種のデータ・資料のネット公開による資源,取り組み,成果の見える化が進んでおり,さまざまな分析ツールが普及してきている1).行政計画の策定・推進に当たって,これらを積極的に活用しながら「Plan,Do,Check,Act」(PDCA)を実践する必要がある.
 本稿では,筆者の所属する県型保健所の立場から,データヘルス進化の意義について述べる.また,在宅医療・介護の推進に当たって有用なデータ,資料および戦略的取り組みのポイントを紹介するとともに,今後,進化したデータヘルスに取り組む上での留意事項を述べる.

英国の地域包括ケアに用いられる社会指標の枠組み

著者: 高橋秀人 ,   森川美絵 ,   森山葉子

ページ範囲:P.683 - P.689

はじめに
 英国では,国の逼迫した財政負担,慢性疾患や併存疾患を持つ患者の増加,質の高いケアの要請などに対処するため,2010〜2012年に国民の健康結果(outcome.アウトカム)について変革が行われた.この変革で,①国民健康サービスアウトカム指標体系(NHS Outcomes Framework:NHSOF),②ヘルスケアの成果を測定するための公衆衛生アウトカム指標体系(Public Health Outcomes Framework:PHOF),③ソーシャルケアアウトカム指標体系(Adult Social Care Outcomes Framework:ASCOF)の使用が始まった.これらのアウトカム指標体系(以下,指標体系)は,いくつかのサブドメインおよび,それらに属す一連の指標群から構成される.各指標体系には,異なる指標体系間で共有されるものがあるが,基本的にそれらは独立し,指標は実情に合わせて定期的に見直されている1)

英国のプライマリケアデータベースの利活用

著者: 浜田将太 ,   児島剛太郎 ,   岩上将夫

ページ範囲:P.690 - P.694

はじめに
 英国では,かかりつけ医であるgeneral practitioner(GP)によるプライマリケアと,専門医による診療や入院医療であるセカンダリケアが明確に分けられている.患者は緊急時を除いて,登録した診療所をまず受診し,必要に応じて専門医に紹介を受けるという形の医療提供体制(ゲートキーパー制)が整えられている.このことは,プライマリケアの診療記録を追跡することで,患者の病歴や治療をほぼ切れ目なく把握できることを意味している.診療所の診療情報は,定型化された電子健康記録(electronic health record:EHR)として保存されている.現在では,数百施設に及ぶ診療所のEHRが集約・データベース化され,多くの研究に活用されている.そこから得られた数々の「リアルワールドエビデンス」は公衆衛生上,重要な役割を担っている.

韓国における公衆衛生分野での二次データ活用の現状

著者: 全保永

ページ範囲:P.696 - P.700

はじめに
 韓国ではインターネットを通じて研究者がさまざまな二次データをダウンロードし活用できるシステムが運営されている.公衆衛生研究者が接する代表的なデータには「パネル調査資料」「国民健康栄養調査資料」「国民健康保険レセプトデータ」がある.本稿では,以上の各データの特性や活用方法について紹介する.

視点

今後の公衆衛生医師の人材確保と育成を考える—公衆衛生サマーセミナー(PHSS)をご存知ですか

著者: 高橋千香

ページ範囲:P.644 - P.645

公衆衛生医師はイリオモテヤマネコ?
 本誌の読者には,公衆衛生医師(本稿では,保健所や県庁などの行政機関で勤務する医師を総称してこのように表記する)を直接知っている方が多いのではないだろうか.しかし,世間一般では「公衆衛生医師って何?」と思われていることも多く,医学生や医師においても認知度が高いとは言えない.2016年の厚生労働省の調査1)では行政機関勤務の医師は1,740人で,全体の0.5%であった.
 後述する全国保健所長会の研究班が主催するサマーセミナーで,ある医師から「公衆衛生医師は“イリオモテヤマネコ”だと思っていました.存在は知っているけど,実物は見たことがない」と言われた.笑ってしまったが,同時に危機感を持った.本稿では,いかに公衆衛生医師を認知させ,興味を持ってもらい,また人材を増やすことができるか,私が考えていることを,全国保健所長会の「公衆衛生医師の人材育成と確保」研究班(以下,研究班)の活動とともに紹介する.

連載 リレー連載・列島ランナー・126

屋内完全禁煙の飲食店を応援したい—煙らない美味しい飲食店紹介サイト「ケムラン」

著者: 伊藤ゆり

ページ範囲:P.701 - P.705

はじめに
 改正健康増進法1)と東京都受動喫煙防止条例2)(以下,都条例)によって2020年4月に飲食店における受動喫煙規制が始まる.東京都のみならず,いくつかの自治体も独自に受動喫煙防止条例を制定している.しかしながら,改正健康増進法,都条例ともに全面的な屋内禁煙を求めているわけではない.従業員の有無や敷地面積などによる条件設定,喫煙専用室の設置,加熱式たばこの容認など,国際標準である「たばこの規制に関する世界保健機関枠組条約」3)を緩和した内容となっている.いずれにせよ,労働衛生の観点からも,法や条例の対象外の飲食店においても自主的な屋内完全禁煙の実現が期待されている.
 東京都による受動喫煙に関する都民の意識調査(2017年)によれば,都民が受動喫煙を経験する場所としては,路上の83.7%に次いで飲食店が77.3%と屋内施設では最も高かった4).日本医療政策機構の調査によれば,飲食店を選ぶ際に喫煙可の店を避ける人は58.1%であり,利用客自体が禁煙の飲食店を選ぶ傾向が高くなっている5).一方で,禁煙の対策が取れないのは,客離れや売り上げの減少を理由とした飲食店が約半数あった6)(これは飲食店への調査).
 民間の調査によれば,喫煙可能から禁煙に移行した店舗は増加傾向にある7).それによって店の売り上げに「特に変化がなかった」と回答したのは60%で,売り上げが増えたと回答したのは12%であった.禁煙に踏み切ろうか悩んでいる飲食店には,禁煙に移行できた他店の成功体験を共有することが重要である.

予防と臨床のはざまで

さんぽ会「特定健診・保健指導の10年と医科歯科連携」

著者: 福田洋

ページ範囲:P.708 - P.708

 さんぽ会(産業保健研究会.http://sanpokai.umin.jp/)の2019年4月月例会(第255回)では「特定健診・保健指導の10年と医科歯科連携への期待」をテーマに取り上げました.
 まず私が特定健診・保健指導の10年間を振り返りました.第1期(2008〜2012年度)を「メタボブーム到来」とし,特定健診開始前夜の熱気,XMLデータの受け渡しの混乱,「いろいろなメタボに会いました」ともいわれた困難事例,特定保健指導で47回も督促した現場の苦労などをお話しました.2012年の公衆衛生学会のシンポジウムは,特定健診・保健指導は「一定の効果はあった,しかし利用者が少なかった(特定健診が5割,保健指導が2割)」とまとめました.一方で,第1期を通じ,行動変容理論は日本の保健指導関係者に大いに普及したといえます.

映画の時間

—静けさのなか水は流れ,大地は深まり風に火は立ちのぼる—聖なる泉の少女

著者: 桜山豊夫

ページ範囲:P.709 - P.709

 冒頭で旧約聖書「創世記」の第1章2節にある「神の霊が水の面を動いていた」(新共同訳)という言葉が紹介された後,滝の流れが描写されます.映像を見つめていると,滝の水は徐々に濁っていき,最後には白濁した水が流れていきます.天地創造の初めに地を覆っていた水,その水が何かによって濁っていく様子.本作品のテーマを象徴するような映像です.
 ジョージアの山深い村に住む初老の父親と少女.村には人々の病や傷を癒やす聖なる泉があり,父親はその泉を先祖代々守っているようです.少女には兄が3人いますが,それぞれ村を出ています.父親は泉を守る役割を少女に引き継ごうと考えているようですが,少女は自分の将来に対して,漠とした不安を感じているようでもあります.

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ページ範囲:P.643 - P.643

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ページ範囲:P.711 - P.711

あとがき/投稿申し込み書/著作財産権譲渡同意書 フリーアクセス

著者: 高鳥毛敏雄

ページ範囲:P.712 - P.712

 「ヘルスサービスリサーチ」は,英国の保健医療分野では重要な研究分野と位置付けられています.日本ではまだ聞き慣れない言葉ですが,今後,発展させていかないといけない分野です.英国の状況については,高橋秀人先生,岩上将夫先生に解説いただきました.また,積極的に導入してきている韓国の状況については全保永先生に解説をいただきました.
 ヘルスサービスリサーチの今後を理解するには,英国と日本の保健医療領域のデータの位置付けの違いを理解する必要があります.英国の社会サービスの起源は救貧法とされています.救貧法は貧困者数が増大した19世紀には維持できなくなり,財政圧縮が必要となって,大きな政治問題となりました.その副産物として産み出されたのが公衆衛生制度といえます.そのため,英国の公衆衛生には,その出発時点から,死亡や疾病の衛生統計を整備して社会の支持を得る必要がありました.今でも,英国の公衆衛生の責任者の最も重要な業務は,ヘルスデータをまとめてレポートを作成・公表することとされています.第二次世界大戦後,医療サービスを国営の病院(NHS)が提供することとなり,税金を財源とした制度となりました.そのため,医療サービスの有効性や効率性を評価・公表・改善することが求められるようになりました.1990年代にはNHSが独立行政法人化され,サービスの効率性と質の向上を図ることを一層強く求められるようになっています.

基本情報

公衆衛生

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1170

印刷版ISSN 0368-5187

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