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雑誌目次

雑誌文献

公衆衛生84巻12号

2020年12月発行

雑誌目次

特集 2030年に向けたHIV/AIDS対策

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著者: 岩室紳也

ページ範囲:P.767 - P.767

 HIV/AIDSが初めて報告されてから39年.この間,日本では何に取り組み,どのような成果を上げてきたのだろうか.近年,医療面では抗HIV薬による治療は進化し,治療と予防,医療と公衆衛生の境目がなくなってきた.世界的な目標となっている90-90-90(HIV感染者の90%が検査を受け,感染者の90%が治療をし,治療で90%の人がウイルス検出限界以下になる)といった,検査と治療の融合が感染拡大を防ぐことも明らかになった.一方でHIV感染症はもはや慢性疾患になったといわれているにもかかわらず,高齢化に伴い認知症になった時,地域で安心して生活できるかというと必ずしもその状況にはなっていない.
 HIVがMSM(Men who have Sex with Men)の中で広がった結果,以前は偏見と誤解にさらされていたセクシュアルマイノリティーへの理解が少しずつ広がり,LGBTという言葉が広く一般で使われるようになった.しかし,学校現場でのLGBT教育のハードルはいまだに高く,同性婚の壁が取り除かれる時期も見えていない.また,HIV感染者の中に薬物使用経験者が多いことも明らかになっているが,その人たちを支える社会づくりもまだ道半ばである.

これからのHIV/AIDS対策に公衆衛生がどう関与するか—新型コロナウイルスの経験に重ねて

著者: 岩室紳也

ページ範囲:P.768 - P.773

【ポイント】
◆正解依存症が増えた結果,感染している当事者がますます傷つく環境になっている.
◆公衆衛生が行うハイリスクアプローチが他人ごと意識を助長していることを意識する必要がある.
◆感染症対策にこそソーシャルキャピタルの醸成を意識した信頼・つながり・お互いさまの関係性が重要.

TasP・U=U・PrEP—抗レトロウイルス薬を使ったHIV予防

著者: 田沼順子

ページ範囲:P.774 - P.779

【ポイント】
◆抗レトロウイルス療法(ART)により血中HIV-RNAが検出限界未満なら他者へのHIV感染は起こらない.
◆曝露前予防(PrEP)は,世界の多くの地域で標準的に行われている.
◆U=UとPrEPの推進により,多くの地域で新規HIV感染者数が減っている.

90-90-90ターゲットとこれからのHIV検査・相談体制

著者: 城所敏英

ページ範囲:P.780 - P.786

【ポイント】
◆UNAIDSは,エイズ流行の終結へ向けて90-90-90ターゲットを掲げ取り組んでいる.その意味とHIV検査・相談の関係を明らかにする.
◆保健所等の公的HIV検査・相談機関の実情を東京都南新宿検査・相談室を例に解説する.
◆これからの行政におけるHIV検査・相談事業に求められること,性感染症との関係,郵送検査等との関係,外国人対応について述べる.

行政が取り組む諸政策の中に位置付けたいHIV/AIDS対策

著者: 片山幸 ,   横幕能行 ,   今橋真弓 ,   浅井清文

ページ範囲:P.787 - P.793

【ポイント】
◆行政の取り組むHIV対策は教育・啓発,検査体制の整備が中心となる.
◆名古屋市では,ブロック拠点病院,当事者団体,大学,行政の協力のもと20年にわたって継続してきたHIV検査会がある.
◆施策に対して立場の異なる者同士が,その思いを尊重して協力して実行することが,今後も大切である.

LGBTQの健康課題の現状と今後の課題

著者: 日高庸晴

ページ範囲:P.794 - P.800

【ポイント】
◆ゲイ・バイセクシュアル男性を対象にした,HIV感染症やLGBTQ全般を視野に入れた自殺予防啓発が,国や自治体の施策で最も取り組まれてきた健康課題である.
◆LGBTQ当事者の多くは学齢期にいじめ被害や自傷行為を経験しており,他集団に比較して極めて高率である.
◆20年前の10歳代のゲイ・バイセクシュアル男性の親へのカミングアウト率は8.7%であったが,20年を経た2019年調査では26.5%まで上昇,およそ3倍になった.

薬物使用者を支える地域づくり—ハームリダクションに依拠した薬物使用者の支援

著者: 松本俊彦

ページ範囲:P.801 - P.806

【ポイント】
◆ハームリダクションとは,薬物の使用量ではなく,薬物使用による個人・社会に対する「ダメージ」の量を低減する方策であるが,薬物に対する規制強化・厳罰化がもたらす最大のハームは,薬物使用者の孤立(つながりの喪失)である.
◆HIV診療・相談対応において薬物使用者と出会った場合,まずは,現在の治療・相談関係を「安心して覚せい剤のことを話し合える場」として継続することを優先し,その都度,本人のニーズに沿った支援を提供する必要がある.
◆薬物使用者を支える地域づくりを実現するには,従来の,薬物使用者に対する差別や偏見を助長する予防啓発の在り方を再考しなければならない.

わが国のHIV/AIDS対策の目標—全ての医療機関や住民がHIV/AIDSや性感染症に関わるために

著者: 白井千香

ページ範囲:P.807 - P.811

【ポイント】
◆HIV/AIDS対策において,ケアカスケードを評価するには,発生動向から患者の治療支援につながる仕組みが必要である.
◆現状に合ったHIV/AIDSの疾病概念を特定感染症予防指針に明記し,社会の中で浸透させるために,教育や啓発の実践が重要である.
◆究極の目標は,全ての医療機関と全ての住民がHIV/AIDSや性感染症を他人事にしないことである.

エイズ対策に関わる当事者参加型リサーチの実際と公衆衛生活動への示唆

著者: 井上洋士

ページ範囲:P.812 - P.817

【ポイント】
◆当事者参加型リサーチ方式は,当事者が研究において企画から実施,発表まで一貫して参加する研究方式であり,進めるに当たって留意すべき点がある.
◆エイズ対策においては,GIPAの原則があり,HIV陽性者がエイズ対策に積極的に関わる形をとることが必要とされている.
◆わが国の感染症対策において,当事者が研究者らとともに公衆衛生活動を進めていくというアプローチはまだ不十分な段階にあるかもしれない.

連載 リレー連載・列島ランナー・141

ネット依存の回復支援 民間による支援サービス「MIRA-i」の取り組み

著者: 森山沙耶

ページ範囲:P.819 - P.822

はじめに
 インターネットは1990年代から普及し始め,現在オンラインゲームや動画,SNS等インターネットを介したさまざまなサービスを多くの人が利用している.総務省発表の通信利用動向調査によると,2018年のインターネット利用率は79.8%に上る1).新型コロナウイルス感染症拡大に伴い,テレワークやオンライン学習の導入が進む中,インターネットは人々の生活に深く浸透している.
 一方で,インターネットを過剰に使用し,日常生活に支障が出ているにもかかわらず自分でコントロールできなくなる,いわゆる「インターネット依存(以下,ネット依存)」が社会問題化している.2017年の厚生労働省研究班の調査では,病的なネット依存が疑われる中高生は7人に1人(約93万人)に上ることが推計され2),特に青少年を中心に広がっている.中でもオンラインゲームの使用が多く,国立病院機構久里浜医療センターが2019年に実施した10〜29歳の全国調査の結果では,平日に4時間以上ゲームをしている人の割合は約10%に上り,12%が休日に6時間以上ゲームをしていることが分かった3)
 世界保健機構(WHO)は,2022年1月から施行される「国際疾病分類の第11版(ICD-11)」に,「ゲーム障害(Gaming disorder)」を新たな依存症として加える方針を示した4).疾病認定により,ネット依存の実態把握と治療法の進展への期待がますます高まるものと予測される.
 しかし,ネット依存を専門的に扱う医療機関や相談機関は全国的にまだ少なく,遠方で受診が難しい,予約が取れない,予約が取れても期間が空いてしまう,といったケースを耳にする.ネット依存の問題を抱える本人やその家族が気軽に相談でき,すぐに適切な支援を受けられる体制づくりが急務といえる.一方,依存症を不安視するあまり家族が本人のネット使用を厳しくコントロールしたり,本人を過度に責めたりなど,ネット依存に関する誤解や偏見も生じており,正しい知識を広めていくことも併せて必要である.
 このような背景の下,筆者が所属する株式会社KENZANでは,2019年10月からネット依存に専門特化した回復支援サービス「MIRA-i(ミライ)」の提供を開始した.MIRA-iでは,ネット依存に関する正しい知識を社会に発信しながら,誰もが相談しやすいサービスを目指している.
 筆者は,当サービスの立ち上げから心理師として活動している.本稿では,MIRA-iの取り組みとそこで得た経験を紹介し,今後の展開について述べる.

今さら知らないといえない 科学技術イノベーション—iPS,AIを説明できますか・7

ロボット介護機器とそれを取り巻く課題

著者: 中田はる佳

ページ範囲:P.823 - P.826

ロボット技術と介護
 近年,さまざまな場面で「ロボット」と呼ばれるものを目にするようになった.例えば,床掃除用の「ロボット掃除機」や,犬の形状をした「ペットロボット」など,家庭内にも導入されている.医療・介護などの分野でも「ロボット」の導入や普及が進められており,本稿では特に介護ロボットに関連する課題を概観する.
 まず「ロボット」とはどのようなものを指すのか確認しておこう.厚生労働省によれば,「ロボット」の定義は「3つの要素技術を有する,知能化したシステム」とされる1).3つの要素技術とは,情報を感知するセンサー系,判断する知能・制御系,動作する駆動系を指す.このロボット技術が応用され,利用者の自立支援や介護者の負担軽減に役立つ介護機器が「介護ロボット(ロボット介護機器)」である.例えば,介助者が移乗を行う際のパワーアシスト(動作における力の補助)や,高齢者などが外出した際に,荷物を安全に運べる歩行アシストカート,認知症の方の見守りのためのセンサーなどが挙げられる.また,ロボット開発当初の目的が介護利用ではなかったとしても,介護に活用した場合はロボット介護機器に含むと考えられている2).これらの例からも分かるように,介護ロボットは介護をする側(介護者)に対する支援と,介護を受ける側(被介護者)に対する支援との両方を対象としている.被介護者の自立を促すことに加えて,被介護者にとってより効果的な介護になること,また,介護者の負担を軽減することが目的とされる.

映画の時間

—状況は“絶望的”…だが誰一人“信じること”を諦めなかった———THE CAVE(ザ・ケイブ)サッカー少年救出までの18日間

著者: 桜山豊夫

ページ範囲:P.827 - P.827

 一昨年,タイ北部チェンライ郊外のタムルアン洞窟でサッカーチームの少年ら13人が行方不明になった事件がありました.日本でも大きく報道されましたので,ご記憶の方も多いと思います.今月ご紹介する「ザ・ケイブ」はこの事件を題材にした映画です.
 2018年6月23日土曜日,練習を終えたサッカーチームの少年たちがタムルアン洞窟に遊びに行くシーンから映画は始まります.洞窟の入り口に自転車を置き,チームメイトの誕生日を祝うために,コーチと少年たちは洞窟に入っていきます.雨季であり,洞窟の外では日暮れ過ぎから雨が降りはじめ,やがて豪雨になってきます.洞窟を管理する森林公園レンジャー部隊の職員が,夜間に公園内をパトロールしていて,洞窟付近に残されていた少年たちの自転車を発見し,事態の重大性に気が付きます.雨足はますます強く,洞窟内の水位が上昇を続けています.

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ページ範囲:P.765 - P.765

書評 フリーアクセス

ページ範囲:P.818 - P.818

あとがき/投稿申し込み書/著作財産権譲渡同意書 フリーアクセス

著者: 阿彦忠之

ページ範囲:P.830 - P.830

 本号の特集は,12月1日の世界エイズデーを意識して,岩室紳也先生の全面的なご協力を得て企画しました.エイズに関する特集は,2010年11月号の「再考:HIV/AIDS予防対策」以来,実に10年ぶりです.各論文のキーワードを並べてみると,この10年間の予防対策や治療法などの進歩と変化の大きさに改めて気付かされます.
 抗HIV薬による治療法の著しい進化により,「死に至る病」というイメージが払拭され,HIV/AIDSは慢性疾患へと移行しつつあります.それが逆に,この感染症に対する国民の関心を低下させ,他人事意識を増幅させた結果,HIV感染者が孤立し傷つきやすい社会環境をつくってしまったとも言えます.10年後の2030年に向けては,HIV感染者の人権を尊重し,感染者が安心して地域で暮らすことができるよう,当事者意識を強く持った公衆衛生活動が重要であり,そのための活動の目標や今後の施策の在り方などについて詳しく学ぶことができました.

基本情報

公衆衛生

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1170

印刷版ISSN 0368-5187

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