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雑誌目次

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公衆衛生87巻10号

2023年10月発行

雑誌目次

特集 エビデンスに基づく公衆衛生とヘルスサービスリサーチ—保健医療介護サービスの振り返りと向上のためのデータ利活用

Editorial—今月号の特集について フリーアクセス

著者: 田宮菜奈子

ページ範囲:P.977 - P.977

 ヘルスサービスリサーチ(以下、HSR)は、欧米諸国では1990年ごろより重要視されてきた、保健医療介護などのサービスの在り方を分析し、その最適化を図る研究分野であるが、わが国ではあまり広がりがみられて来なかった。その理由の一つに、HSRにおいて必須である、空間的・時間的なビッグデータの利活用が、わが国では大きく遅れていたことがある。
 しかし、超高齢社会にあり、適切な医療・介護への資源配分が喫緊の課題となっている現在、わが国の医療・介護のDX化が近年急速に進み、推進の追い風になってきた。一方、欧米諸国ではさらにデータの利活用が進められ、近年EU(欧州連合)では、その利活用が「公衆衛生に関する公益」である場合には、個人の同意なしでもデータを活用しうるという方向が明確に打ち出されている。そして、その文脈において、「公衆衛生とは、健康に関する全ての要素を含むべきである。それらは、すなわち、疾病罹患や障害を含む健康状態、健康状態に影響を与える要因、医療のニーズ、医療に割り当てられる資源、医療の提供および医療へのユニバーサルアクセス、医療の支出および財源、そして、死亡の原因である」(EU一般データ保護規則「GDPR」前文より。筆者翻訳)とされており、従来の公衆衛生の定義より広く、サービス提供状況や、アクセス、費用など、HSRの要素を多く含んでいる。今こそ、データ利活用が進み始めたわが国の「公衆衛生」という枠組みの中で、HSRを改めて位置付けることが重要であろうと考える。

ヘルスサービスリサーチの考え方—その重要性と可能性

著者: 田宮菜奈子

ページ範囲:P.978 - P.983

ポイント
◆HSRとは、健康関連サービスへの①アクセス、②サービスの質、③コストに着目し、サービスが人の健康やウェルビーイングにつながるよう最適化するための学際的学問である。
◆個人へのサービス対応に着目するのみでなく、むしろそれを空間的・時間的に俯瞰するデータが重要。そうしたデータへのアクセスは諸外国に比して遅れていたが、昨今は大きく改善している。
◆サービス提供の実践と研究の両者の協同あってこそ、良いHSR成果が出せ、実践にも還元できる。両者が共存しやすい評価軸と体制づくりが重要となる。

EBPMの推進と保健事業の立案・評価—行政データの活用方法と例

著者: 野口緑

ページ範囲:P.984 - P.992

ポイント
◆行政にはデータヘルスや保健事業の評価に適した多くの情報がある。例えば救急搬送データと国保レセプト、介護保険情報などを突合した分析から住民の保健課題を明らかにできる。
◆縦割り組織による行政運営においては、分野をまたいだデータ連携が求められておらず、行政データをライフコースで分析、評価するのは容易ではない。
◆エビデンスに基づく政策立案、評価(EBPM)が求められるようになり、ロジックモデルを活用したアウトカム志向とデータを用いた定量的な評価が進められ、保健事業の評価においても活用されている。

わが国の医療レセプトの整備状況と活用事例

著者: 牧戸香詠子 ,   岩上将夫

ページ範囲:P.993 - P.1000

ポイント
◆NDBは全国の病院・クリニックのレセプト情報および特定健診・特定保健指導情報を匿名化して収集したデータベースである。
◆NDBは最近、ID(被保険者番号を匿名化した個人単位の識別子等)を用いて、DPC(診療等関連情報)データベースおよび介護保険総合データベースと連結できるようになった。
◆NDBの利用申請数および論文数は年々増えており、臨床医学から社会医学(公衆衛生学)にわたってさまざまなテーマの研究・調査に用いられるようになっている。

地域医療構想の実現に向けた医療データの有効活用

著者: 村上正泰

ページ範囲:P.1001 - P.1008

ポイント
◆当講座では山形県内の病院からDPCデータを収集し、高度急性期・急性期だけではなく、回復期・慢性期も対象としたデータベースを構築している。
◆救急搬送入院と予定入院手術、専門的な急性期医療と高齢者に多い一般的医療ニーズなどに分けて入院先を分析し、県の検討会で活用した事例を紹介する。
◆独自のデータ分析に基づくエビデンスは、地域の医療ニーズに見合った医療提供体制を構築する上で有用だが、データだけで簡単に解決に至るわけではない。

日本における介護福祉データ整備状況・活用方法と事例—医療介護の連結データの意義・民間の活用の可能性を含めて

著者: 金雪瑩

ページ範囲:P.1009 - P.1015

ポイント
◆介護総合データベースは、全介護保険サービス利用者のサービス利用情報が含まれており、世界に誇れる強みがある。
◆医療・介護の複合的ニーズを持つ高齢者数が急増し、医療介護連結データを活用する必要性が高まっている。
◆介護福祉データの利活用は、高齢者介護の質の向上をもたらし得る原動力の一つとして期待される。

公的統計の活用の実態と可能性—国民生活基礎調査、中高年者縦断調査、21世紀出生児縦断調査、人口動態調査など

著者: 渡邊多永子

ページ範囲:P.1016 - P.1023

ポイント
◆国が社会基盤となるよう整備している公的統計は研究で活用するメリットも多い。
◆公的統計の調査票情報を研究で利用したい場合は、統計法に基づき提供を受ける。
◆公衆衛生分野の研究で利活用しやすい公的統計として、国民生活基礎調査、中高年者縦断調査、21世紀出生児縦断調査、人口動態調査などがある。

海外の経緯に学ぶ保健医療介護データ利活用の推進とわが国のデータ構築の在り方—欧州、米国CDCを中心に

著者: 田中宏和 ,   杉山雄大

ページ範囲:P.1024 - P.1030

ポイント
◆欧州ではコロナ禍をきっかけに電子化されたデータをより安全に統合し、公衆衛生の向上に活用する枠組みが議論されている。
◆米国ではCDCにおいて、社会保障番号の一部、名前、生年月日、性別などの組み合わせを用いて統計調査のリンケージが行われている。
◆保健医療介護データに限らず複数のベータベースを技術的にリンケージ可能なデータ構築が必要である。

連載 衛生行政キーワード・150

今後のNDBの展望

著者: 堤雅宣

ページ範囲:P.1031 - P.1033

はじめに
 匿名レセプト情報・特定健診等情報データベース(以下、NDB)は、国が収集する全国規模のレセプト等データベースとして、医療保険分野における国の政策立案などに用いられている。研究者などに対する第三者提供も進められているが、提供までの所要時間などの課題が指摘されている。これらの課題や厚生労働省の今後の取り組みについて概説する。筆者はNDBについて、企画立案に多少なり携わっているが、実際にNDBを用いて自らデータ抽出や分析を行っている。そうした実務上の経験を踏まえて、本稿では私見も交えて執筆しているため、厚生労働省の立場を必ずしも代表するわけではないことに留意されたい。

保健行政のためのデータサイエンス・8【最終回】

「中間人材」を生かしてデータサイエンスを保健活動に生かす

著者: 杉山雄大

ページ範囲:P.1034 - P.1037

はじめに
 はじめに筆者自身のキャリアを振り返る。キャリアの早期、糖尿病・内分泌の臨床医としてのトレーニングを積んでいた頃までは、行政での保健活動についてほとんどイメージできていなかった。しかし、内科医が大学院に行くと基礎研究を行うのが主流であった中、よりマクロな視点から医療の改善に貢献したいという漠然とした思いがあり、社会医学の博士課程に進み、海外の公衆衛生大学院に留学した。これらの学びの機会を通じて、自らの行いたかったことがヘルスサービスリサーチとして言語化され、その適用範囲が医療だけでなく、保健活動や、高齢者の介護福祉活動なども含まれることを知った。それ以降、臨床と社会の接点を担うヘルスサービス研究者として、国立国際医療研究センターにおいて糖尿病関連の医療政策研究・ヘルスサービスリサーチを行っている。また、2018年より、筑波大学のクロスアポイントメント教員として、大学生・大学院生への教育、ヘルスサービスリサーチの研究指導を行い、さらに茨城県、つくば市などでの事業のお手伝いをしている。
 臨床医との臨床研究や疫学研究、地方自治体の事業、国の医療政策に資するための厚生労働科学研究などに従事する中で、コミュニケーションする相手は違っても、データで課題とその解決策を示すことで認識を共有して次の手だてにつなげることができることを経験し、データの持つ力を実感している。一方で、丁寧なコミュニケーションを心掛け、研究者が謙虚さと敬意をもって行政の担当者など立場の異なる方と接することも、関係構築に欠かせない要素と考えている。
 本稿では、本連載の振り返りを行った上で、保健行政にデータサイエンスを応用する上で重要な人材の類型として「中間人材」という考え方をご紹介する。さらに、保健行政の場面で中間人材を生かした事例、中間人材を育成する事例を一つずつご紹介する。

All about 日本のワクチン・10

髄膜炎菌ワクチン

著者: 神谷元

ページ範囲:P.1038 - P.1041

1.当該疾患の発生動向
 2013年4月に髄膜炎菌による髄膜炎および敗血症は「侵襲性髄膜炎菌感染症(invasive meningococcal disease: IMD)」として全数把握の5類感染症(2015年5月21日より、届出方法が診断後「7日以内」から「直ちに」、さらに2016年11月21日以降、血液、髄液以外に「その他無菌部位」から病原体が検出された症例も届出対象へ変更)となり、国内のIMDのより正確な疫学が把握できるようになった。2013年4月1日から2023年3月31日までに発生動向調査に報告されたIMDの診断年月別推移を図11)に示す。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)流行前までは年間20〜40例程度の報告があったが、流行後患者数は減少している(2020年13例、2021年1例、2022年8例)。男性が55%(150/274)、年齢中央値は55歳(四分位範囲32-71歳)、15歳以上の症例が全体の91%(248/273、年齢不明の1例を除く)であり、小児の割合は少なくなっている。報告時点での死亡は33例で致命率は12%(33/274)となっている1)

日本の災害と公衆衛生——過去・現在・未来・12

情報活用

著者: 宮川祥子

ページ範囲:P.1042 - P.1048

健康危機での意思決定と情報
 情報とは、意思決定における不確実性を減らすものである。例えば、私たちが今日傘を持っていくべきかどうか迷うとき、Webサイトやテレビなどで天気予報をチェックする。そして降水確率が低いようであれば傘を持たずに家を出る。ここでは、「傘を持っていくか持っていかないか」という意思決定をしようとしており、そこには「今日雨が降るかどうか分からない」という不確実性が存在している。その不確実性を減らすために、私たちは天気予報という「情報」を手に入れて、不確実性を減らそうと試みる。現実の世界では不確実性は決してゼロにはならないが、しかし「降水確率10%」という情報を得ることによって、「今日は傘を持たずに出掛ける」という意思決定ができるのである。
 大規模災害への対応では、今日の天気とは比べものにならないほどの多様で複雑な意思決定を求められる。自治体は、避難所を開設しなければならないが、その際には自宅を離れて避難する必要のある住民がどの程度いるかという情報を手に入れなければならない。消防・救急は、傷病者の救助に向かうためのルート、必要な機材、救出後の搬送先を決めるために、傷病者・要救助者の位置、通れるルート、現地の状況、受け入れ可能な医療機関についての情報を手に入れなければならない。そして、医療機関は傷病者を受け入れるかどうかを決定するために、インフラや設備の被害状況、スタッフの稼働状況、ベッドの空き状況などを知らなければならない。

ヒトとモノからみる公衆衛生史・5

感染症サーベイランス小史・2—予防接種事故被害者の運動がサーベイランス体制整備を後押しした

著者: 横田陽子

ページ範囲:P.1049 - P.1052

はじめに
 “surveillance”は、フランス語のsurveiller(to watch over)に由来し1)、公衆衛生分野では元々検疫用語としてあり、感染者の行動を制限して監視する場合に“quarantine”、行動制限せずに監視する場合に“surveillance”が用いられていた2)。そうした中、1960年代に、その概念が一新されて公衆衛生活動の中核概念となり、日本にも導入が始まる。

Go to the people——バングラデシュと共に歩んだ私の国際保健50年

第四編

著者: 石川信克

ページ範囲:P.1053 - P.1056

ネパールからの帰国と結核研究所への入職
 将来アジアで働きたい、という願いを胸にネパールから帰ってきた。どこで準備の勉強をしようかと迷ったが、「まず熱帯医学を東大の医科学研究所でやろう」と考え、たまたま帰国されていた岩村先生に相談した。「君、それはやめた方がいい。アジアで働きたいなら、大学の研究室でない方がいい。むしろ結核をやったらどうか。アジアの公衆衛生の手始めと思って結核研究所へ行きなさい」と勧められた。私は熱帯医学も、結核もよく分からなかったので、ネパールで長く働いている岩村先生の言うことを信じて清瀬の結核研究所に入れてもらうことにした。
 結核研究所は、結核という病気と人類との長い闘いの中で培われてきた学問の深さと人間味があふれた環境であった。大学と随分違うことは、まず医師たちが偉ぶらず、難しい言葉を使わない。また、研究室的な学問のための学問ではなく、どうしたら日本からこの病気をなくすことができるか、どうやって患者や、人々に分からせることができるかが大切にされていた。患者の治療や、地域の集団検診、BCG接種などに加え、一般の人々への啓発、保健師や現場で働く医師たちへの教育、行政への深い関わりの中で研究がなされていた。

[連続小説]コロナのない保健所の日記・7

精神保健の世界へようこそ!

著者: 関なおみ

ページ範囲:P.1058 - P.1068

九月一六日 水曜日 晴れ時々曇り
「橘先生、今月号の『精神看護』(1)、読みました?」
 お昼休み、真歩がいつもの仕出し弁当を食べ終わり、区職員割引対象の通信教育「実用ペン字講座 初級編」の「ひらがな編」を練習していると、今年度ケンスイに入った新規採用職員である篠原保健師が、興奮しながらやってきた。

映画の時間

—ひとりの主婦の情熱が歴史を覆した驚きの実話—ロスト・キング—500年越しの運命

著者: 桜山豊夫

ページ範囲:P.1057 - P.1057

 主人公のフィリッパ(サリー・ホーキンス)は2人の息子がいるキャリア・ウーマンで、夫のジョン(スティーヴ・クーガン)とは別居していますが、まあまあ良好な関係を保っているようです。しかし職場では彼女は評価されていないようです。それは彼女が持病の筋痛性脳脊髄炎(慢性疲労症候群)を患っているからなのか、それとも彼女が男性でないからなのか。
 重要な仕事を任せてもらえず落胆している彼女は、シェイクスピアの『リチャード三世』の舞台を観て主演俳優の演技に心を揺さぶられます。その日以来、彼女の前にリチャード三世(ハリー・ロイド)が現れるようになります。精神的な落ち込みを原因とする幻影でしょうか、それともリチャード三世の霊がよみがえったのでしょうか。

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ページ範囲:P.975 - P.975

次号予告 フリーアクセス

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奥付 フリーアクセス

ページ範囲:P.1072 - P.1072

基本情報

公衆衛生

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1170

印刷版ISSN 0368-5187

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