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公衆衛生87巻11号

2023年11月発行

雑誌目次

特集 原発事故と健康影響—福島県民健康調査と風評対策

Editorial—今月号の特集について フリーアクセス

著者: 西塚至

ページ範囲:P.1075 - P.1075

原子力災害による健康影響と風評被害
 2011年3月11日に発生した東日本大震災とそれによる大津波は、東京電力福島第一原子力発電所事故(以下、原発事故)を引き起こし、12年が経過しました。
 福島県産農水産物は、48の国・地域で輸入規制が解除されましたが、依然として7の国・地域が規制を継続しています(2023年8月15日時点)。また価格も固定化するなど根強い風評被害が残っています。被災地福島の復興を考えるとき、住民にとって最も大きな精神的苦痛はいわゆる風評被害ではないでしょうか。一方で、時間の経過とともに原発事故に関する国民の関心や被災地への応援意向が低くなるなど、風化が進んでいます。

視点・原子力災害時の公衆衛生を振り返って

著者: 安村誠司

ページ範囲:P.1076 - P.1078

原子力災害時の公衆衛生を振り返る
 本稿の執筆依頼文には、執筆に際して「著者独自の視点、ご経験からの率直なメッセージを」「エッセイ的に」とあり、重く考えすぎないでよいという温かさを感じるが、執筆するからには読み終わった際に、読者に、拙文を読んでよかったと思っていただければ幸いである。
 実は筆者は、原子力災害時の公衆衛生について、今まで、意識して、振り返らないようにしてきた。本来は、「過去に学び、現在に生かす」1)、が基本であろう。振り返りは重要だが、経験のない原子力災害、放射能汚染への対応ではうまく対応できなかったことばかりが思い出される。また、被災後は心のゆとりがなく、目の前にある状況に対応するしかできなかった。震災後12年が経過したが、災害は現在進行形で続いており、終わってはいない2)。いまだに「振り返り、総括する」という認識は持てずにおり、実際の状況もまたそうなっていないと考えている。

環境省が取り組む健康影響に関する情報発信

著者: 小川総一郎

ページ範囲:P.1079 - P.1085

ポイント
◆放射線の健康影響に関する偏った考えや誤解は、差別につながる可能性がある。
◆環境省では、放射線の健康影響に係る風評対策として、「知らない」や「思い込み」で生じる差別をなくし、誰一人取り残さない社会の実現を目指すプロジェクトを立ち上げた。
◆ターゲットや発信する情報を誤れば、一転して風評被害や風評加害を悪化させうることを念頭に置くべきである。

原子力災害と風評被害

著者: 関谷直也

ページ範囲:P.1086 - P.1093

ポイント
◆風評被害とは、ある社会問題(事件・事故・環境汚染・災害・不況)が報道されることによって、本来「安全」とされるもの(食品・商品・土地・企業)を人々が危険視し、消費、観光、取引をやめることなどによって引き起こされる経済的被害を指す。
◆東日本大震災以降の風評被害は、損害賠償の対象としての経済被害、放射線に対する無理解・福島に対する誤解、「差別」「スティグマ」などの問題がある。
◆風評被害対策には、科学的なことを伝えようという「リスクコミュニケーション」、積極的関与層を増やそうという「応援消費」、流通構造を改善しようという「流通対策」などの方策がある。

—福島原発事故・県民健康調査①—被災者の被ばく線量推計

著者: 石川徹夫

ページ範囲:P.1094 - P.1102

ポイント
◆県民健康調査の基本調査では、原発事故後の行動記録と空間線量率マップから個々人の外部被ばく線量を推計してきた。
◆事故後4カ月間の外部被ばく線量は、ほとんどの方が5 mSv未満であり、放射線による健康影響があるとは考えにくいと評価された。
◆事故後当初は線量を過大に評価する傾向があったが、基本調査は現実に近い線量を評価して情報提供した点で大きな意義がある。

—福島原発事故・県民健康調査②—福島県原子力発電所事故後における小児・若年者甲状腺がん

著者: 志村浩己

ページ範囲:P.1103 - P.1112

ポイント
◆福島県「県民健康調査」における甲状腺検査は、東日本大震災により発生した東京電力福島第一原子力発電所事故による健康被害の憂慮に対応するため開始され、現在も継続中である。
◆検査3回目までの結果では、甲状腺がん発見における放射線被ばくの影響は検出されていない。
◆甲状腺検査では、利便性の高い検査受診機会の提供と、事前のメリット・デメリットの説明、および受診者への心理社会的サポートを重視した対策が実施されている。

—福島原発事故・県民健康調査③—避難生活と身体影響

著者: 中野裕紀

ページ範囲:P.1113 - P.1119

ポイント
◆避難者に生活習慣病などが増加している要因として、原発事故による避難と生活環境の変化がある。
◆県民健康調査データの分析結果からは、低線量被ばくと健康影響との関連はみられていない。
◆長期的な視点での見守りを継続し、引き続き住民の安全・安心の確保に応えていく必要がある。

—福島原発事故・県民健康調査④—福島県被災者のこころの健康度と生活習慣の特徴と推移

著者: 佐藤秀樹 ,   前田正治

ページ範囲:P.1120 - P.1127

ポイント
◆東日本大震災と原発事故後の3年間で被災地住民のメンタルヘルスは改善傾向にあるが、その後は改善の度合いが小さくなっている。
◆問題飲酒の割合も減少傾向にあるが、問題飲酒は健康問題だけでなく社会的孤立を招く恐れがあるため、包括的なケアが重要である。
◆放射線のリスク認知はメンタルヘルスと密接な関連があり、リスクコミュニケーションとメンタルヘルスケアを連動させて行う必要がある。

—福島原発事故・県民健康調査⑤—妊娠・出産への影響、次世代影響

著者: 藤森敬也 ,   安田俊

ページ範囲:P.1128 - P.1134

ポイント
◆東日本大震災後、福島県内の先天奇形・先天異常発生率(単胎)、早産率、低出生体重児出生率は増加しなかった。
◆東日本大震災後、福島県内の自然流産は増加しなかった。一方、人工妊娠中絶は経年的に減少しているものの、震災直後若干増加しており季節性変動の関与が考えられた。
◆東京電力福島第一原子力発電所事故後4カ月間の放射線空間線量と先天性形態異常との関連は認めなかった。

福島原発事故後の作業従事者における長期健康管理

著者: 明石眞言

ページ範囲:P.1135 - P.1140

ポイント
◆東京電力福島第一原子力発電所事故では、約2万人の作業員が緊急作業に従事し、現在も毎年1万1,000人前後の作業員が復旧作業を行っている。
◆厚生労働省は、労災申請のあった作業員の一部の悪性腫瘍に対して、労災保険給付を決めた。
◆UNSCEARは福島報告書で、労災保険給付が放射線被ばくと特定のがんとの因果関係が科学的に証明されたことを意味するわけではない、とした。

連載 All about 日本のワクチン・11

ロタウイルスワクチン

著者: 高梨さやか

ページ範囲:P.1141 - P.1145

1.当該疾患の発生動向
 ロタウイルス胃腸炎は5歳までにほとんどの児が罹患するとされている。わが国では、5類小児科定点把握対象疾患である「感染性胃腸炎」として他の病原体による胃腸炎と共に全国約3,000の小児科定点から報告されている。従来、年末から年頭にかけてのピークがノロウイルスに、3-5月のピークがロタウイルスによるものと考えられてきた。2020年の年末および2021年は明らかなピークが認められず、新型コロナウイルス感染症の対策のため、胃腸炎の流行も全般的に抑えられた可能性が指摘されている。2023年に入り、徐々に報告数がコロナ流行前に近づいてきている。
 ロタウイルス胃腸炎の重症例を把握するサーベイランスとして2013年10月から「感染性胃腸炎(病原体がロタウイルスであるものに限る。)」が開始された。全国約500の基幹定点医療機関からの報告結果を図11)に示すが、2020年以降2023年20週現在まで、報告数が非常に少ない状態が持続している。ロタウイルスはウイルス粒子の内殻蛋白であるVP6の抗原性の違いでA〜J群に分類されるが、ヒトから検出される大部分を占めるのはA群である。外郭蛋白の中和抗原であるVP7(G遺伝子型)とVP4(P遺伝子型)の組み合わせで分類され、各国の分子疫学調査により、G1P[8]、G2P[4]、G3P[8]、G4P[8]およびG9P[8]の五つの組み合わせで70%以上を占めることが報告されてきた2)。日本においてもこの組み合わせが大部分を占めていたが、ワクチン導入後は、DS1様G1P[8]株3)やG8P[8]4)など新規流行株も検出されている。

日本の災害と公衆衛生——過去・現在・未来・13

指揮調整機能、保健医療福祉調整本部

著者: 尾島俊之

ページ範囲:P.1146 - P.1151

はじめに
 指揮調整機能や保健医療福祉調整本部等の在り方は、適切な災害対応のための要である。まず、過去の災害における行政対応、組織、指揮調整の状況等について、断片的に残っている記録に基づくものであるが、中央防災会議災害教訓の継承に関する専門調査会報告書、また各災害の復興誌等から、今日の在り方を考える上での参考になることを抜粋して見ていきたい。そして、現在の指揮調整機能や保健医療福祉調整本部の状況、また未来について考えていきたい。

ヒトとモノからみる公衆衛生史・6

感染症サーベイランス小史・3—挫折した専門家たちが進めた検査情報のシステム化

著者: 横田陽子

ページ範囲:P.1152 - P.1155

はじめに
 今回は、「感染症発生動向調査」の原型となる厚生省の「感染症サーベイランス」事業に至る経緯を検討する。それは段階を追って進み、先行した一部個別病原体のサーベイランス、検査情報のシステム化、さらに地方ですでに取り組みつつあったものを統合し、検査情報と患者情報を合わせて1981年に開始された「感染症サーベイランス」事業である。

Go to the people——バングラデシュと共に歩んだ私の国際保健50年

第五編

著者: 石川信克

ページ範囲:P.1156 - P.1160

ロンドンスクールで公衆衛生を学ぶ(前編)
 今回と次回で、私がロンドン留学で公衆衛生について学んだことを二編に分けて紹介しよう。
 ロンドンスクールの社会医学コースに申し込み、その回答を待っている間に奨学金のため、東京のブリティッシュ・カウンシル(BC)で試験を受けた。筆記試験は合格となり、口頭試問となった。ある日本人の試験官がかなり意地の悪い質問をして、答えに窮した。後から聞いたところでは、彼が他に決めたい人がいて私を落としたいがためであったらしい。数日後、不合格という謄写版印刷の味気ない通知が来た。がっかりし、この試験を受験したことを後悔した。

患者さんに「寄り添って」話を聴くってどういうこと?・11

「もう生きていても意味がない」と言われたら

著者: 清水研

ページ範囲:P.1161 - P.1167

(今回の登場人物)
清水先生
がん患者とその家族のケア(精神腫瘍学)を専門とする精神科医。心理的な問題に関するコンサルタントとして、担当医や看護師など他の医療者が困るケースの相談も積極的に受けるようにしている。

[連続小説]コロナのない保健所の日記・8

答えが一つじゃない国のアリス

著者: 関なおみ

ページ範囲:P.1170 - P.1180

十月六日 火曜日 曇り
 午前一〇時の係長会で、最後に出された議題は、「四か月児健診(1)が時間内に終わらない」だった。
「健診率が上がってるのはいいことなんですけど、とにかく終わんないんですよ。時間内に終わらせるためには職員を増やすしかありません! 事務室で留守番する保健師をもう一人も置けないんで、健診の間に掛かってくる電話は、全部事務の方で取っていただくということでいいですか?」と、保健師の羽田係長が、片方の眉だけつり上げた顔で脅迫してくる。

予防と臨床のはざまで

若手の会主催「Meet the expert」

著者: 福田洋

ページ範囲:P.1168 - P.1168

 2023年7月22〜23日に、東京都千代田区永田町の全国町村会館にて第31回日本健康教育学会学術大会が対面で開催されました(http://web.apollon.nta.co.jp/nkkg2023/)。テーマは「エビデンスと実践のギャップに挑む」で、公益社団法人地域医療振興協会の中村正和先生が学会長を務められ、私も実行委員の一人としてシンポジウム1「医療におけるヘルスプロモーションと質改善〜地域医療と公衆衛生の協働を目指して」の座長やイブニングセミナー「予防接種に対する心理的要因/知っておきたい免疫と感染症予防」の座長なども務めました。全体として400人ほどが参加し、久々の対面開催としては大成功で活発な議論が行われました。今回は若手の会主催の「Meet the expert」にお呼びいただいたので、そこにフォーカスしてお書きします。
 国際学会のIUHPE(ヘルスプロモーション・健康教育国際連合)でも、書籍の著者と読者が車座になって質問したり議論したりするという「Meet the author」という趣旨が近い企画があります。学術大会での「Meet the expert」は初めての企画となり、日本健康教育学会の若手の会が主催し、その分野のエキスパートを招聘してミニ講義や質疑などのコミュニケーションを行うというものです。今回は助友裕子氏(日本女子体育大学)の「アクションリサーチに関する論文の書き方ガイドライン」の紹介と今後期待すること、上地勝氏(茨城大学教育学部)の「学校保健における性教育の現状とこれから」、竹林正樹氏(青森大学)の「健康教育・ヘルスプロモーションにおけるナッジの活用」、そして私の「働き盛り世代におけるヘルスリテラシーの活用」の四つの「Meet the expert」が行われました。

映画の時間

—全米が、世界が笑い、涙する—シアター・キャンプ

著者: 桜山豊夫

ページ範囲:P.1169 - P.1169

 新学期が9月から始まる米国の夏休みは3カ月近くあり、進級前でもあるので宿題もなく、子どもたちは自由に休暇を謳歌しているようです。しかし長すぎる(?)夏休みは親にとっても難題で、子どもをサマーキャンプに入れる家庭も多いようです。数日間から数週間に及ぶものまで期間はいろいろあるようですが、子どもは親から離れて、「合宿プログラム」に参加します。集団生活に飛び込んで「充実した」時間を過ごすことになりますが、親にとっても、子どもの世話から解放される「夏休み」になることから、サマーキャンプが盛んになり、多彩なプログラムが用意されています。今月ご紹介する『シアター・キャンプ』はサマーキャンプのプログラムの中でも人気の一つで、演劇サークルの合宿のように、子どもたちが演劇スクールに集まって、ひと夏を共に過ごし、演劇のテクニックを学んで、最後には「作品」を上演する人気の高いイベントです。伝統あるシアター・キャンプには、俳優を夢見る子どもたちが、夢の実現のための初めのステップとして集まってきます。
 本作の舞台も、長い伝統を誇るシアター・キャンプの一つです。華やかなキャンプですが、それを維持するための経営は決して甘くありません。いよいよ今年の夏の参加者募集という段階で創始者のジョーン(エイミー・セダリス)が倒れ昏睡状態に陥ります。演劇には無関心でトレーダーをしていたジョーンの息子トロイ(ジミー・タトロ)が急きょ、責任者に担ぎ出されます。銀行からは差し押さえ予告が届き、別の大手演劇スクールからは買収の話も舞い込みます。

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基本情報

公衆衛生

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1170

印刷版ISSN 0368-5187

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