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雑誌目次

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公衆衛生87巻3号

2023年03月発行

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特集 気候危機に立ち向かう—気候変動は公衆衛生の非常事態

Editorial—今月号の特集について フリーアクセス

著者: 阿彦忠之

ページ範囲:P.175 - P.175

気候変動は、人類が直面する最大の健康上の脅威!
 京都議定書の第一約束期間がスタートした2008年に、本誌でも「地球温暖化対策 —— 京都の約束」と題する特集を組みました。京都議定書を基礎として2015年12月には、世界の全ての国が温室効果ガスの排出削減を約束する国際協定(パリ協定)が採択。パリ協定は多数国間の条約としては異例の速さで2016年11月に発効し、全世界的な取り組みを促しました。
 しかしながら、その後も世界各地で大規模な風水害や大干ばつ等の異常気象の被害が絶えず、日本でも「これまで経験したことのない」を枕言葉とする気象警報が多くなりました。Climate change(気象用語では「気候変化」と訳されるようですが、本特集では気候変化も含めた用語として「気候変動」を使用)は、生態系に深刻な侵襲を与え、風水害や新興感染症などの発生を介して数多くの人々の生命や尊厳を奪っており、公衆衛生の非常事態、あるいは「気候危機」ともいえる状況です。国連の「気候変動と健康に関するファクトシート」でも、その冒頭で「Climate change is the single biggest health threat facing humanity」(気候変動は、人類が直面する単一の健康上の脅威として最大のもの)と警鐘を鳴らしていますが、日本の公衆衛生の第一線機関である保健所の関与は乏しく、いまだに危機意識が高いとはいえません。

IPCC報告から見えてくる喫緊の課題

著者: 江守正多

ページ範囲:P.176 - P.182

ポイント
◆IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の報告書は包括性、透明性、厳密性の高いプロセスで作成される。
◆世界の平均気温は産業革命前より約1.1℃上昇し、人間活動が主な原因であることは疑う余地がない。
◆地球温暖化を1.5℃で止めるには、今世紀半ばに世界の二酸化炭素排出量を実質ゼロにする必要がある。

市民セクターから見た気候危機への対応—1.5℃の実現に向けて—京都議定書からCOP26グラスゴー気候合意へ

著者: 浅岡美恵

ページ範囲:P.183 - P.190

ポイント
◆気候危機は現在および将来の人々の生命と生活の危機であり、危機を回避するために、気候科学に基づく温度目標と、その実現のための残余のカーボンバジェットの減少に留意すべきである。
◆国際社会は気温上昇を1.5℃に抑えることを決意した。排出量を2030年に半減、2050年ネットゼロにする必要がある。
◆日本は、2030年の排出削減目標と再エネ目標を引き上げ、その実現のための国内対策と実施が課題である。

気候変動と健康危機

著者: 橋爪真弘

ページ範囲:P.191 - P.201

ポイント
◆気候変動はすでにヒトの健康に影響を及ぼしており、気温上昇の進行に伴いその影響は増大している。
◆気候変動による過剰死亡は2050年までに年間約25万人と予測され、特にアフリカ、南アジアで多い。
◆保健医療分野の適応は進んでおらず、保健システム強化の投資を増やし気候変動への強靭性を高める必要がある。

新興感染症の出現と気候変動—新型コロナウイルス出現の根っこにあるもの

著者: 山本太郎

ページ範囲:P.202 - P.208

ポイント
◆農耕が始まる以前の人類の健康は私たちがこれまでに想像してきたよりも健康だった可能性が高い。
◆人類と感染症の関係において転換点となったのは農耕の開始と定住、野生動物の家畜化、そして文明の勃興であった。
◆一方で、20世紀以降、新興感染症の出現頻度が高くなっている。それは人間と自然の関わり方が変わってきたためかもしれない。

気候非常事態宣言からグリーンリカバリーへ

著者: 山本良一

ページ範囲:P.209 - P.218

ポイント
◆気候システムはティッピング・ポイントを超えつつあり非常事態にある。気候の非常事態は健康の非常事態である。
◆国家、自治体、大学、学協会など広範な気候非常事態宣言が発出されている。
◆グリーン成長によりグリーンリカバリーを目指す現在の社会的動きには希望が持てる。

脱炭素・自然エネルギー拡大に向けた政策転換

著者: 大野輝之

ページ範囲:P.219 - P.226

ポイント
◆ロシアによるウクライナ侵略後、欧州各国は自然エネルギー拡大を加速し、化石燃料への依存を減らす政策を強化している。
◆日本の自然エネルギー導入は立ち遅れており、政府の政策は原子力、CCS火力など他の方策に力点を置いている。
◆日本には豊富な自然エネルギー資源があり、これを活用することで、脱炭素だけでなくエネルギー自給率を高めることもできる。

気候変動予測と大気海洋相互作用

著者: 升本順夫

ページ範囲:P.227 - P.232

ポイント
◆自然が作る気候変動と外的要因による気候変化は異なることを理解する必要がある。
◆大気海洋相互作用を伴うエルニーニョ現象にも多様性があり、予測を難しくしている。
◆気候変動予測と予測結果の社会応用の間には大きな溝があるが、徐々に埋まりつつある。

農業生態系における温室効果ガスの動態と排出抑制策

著者: 須藤重人

ページ範囲:P.233 - P.240

ポイント
◆農業由来の主な温室効果ガスは二酸化炭素(CO2)、メタン(CH4)、一酸化二窒素(N2O)の3つで、水田や牛のゲップからのCH4は、共にCH4生成菌の活動に由来する。
◆化学合成窒素肥料の発明が地球規模の温暖化の原因の一つとなっている。
◆土壌炭素貯留促進はネガティブエミッション技術のキーとなる。

連載 保健行政のためのデータサイエンス・1【新連載】

ヘルスサービスリサーチについての総論

著者: 田宮菜奈子

ページ範囲:P.242 - P.245

本連載への思い・経緯
1.HSRとの出合い
 筆者は、実は学生時代から、在宅医療など当時診療報酬の枠組みにない地域医療の推進に関わりたく、地域に直接アプローチができる行政職に憧れ、保健所医師を目指していた。しかし医学部最終学年において、新たな施策を行政として広めるには、地域のニーズや期待される効果などエビデンスが必要であるが、その構築が難しいことに気付き、まずはデータから地域のニーズや課題を分析する方法を身に付けるべく公衆衛生の大学院に進学してしまった。当時は大学院に行きながら臨床研修を行えたこともあり、上記のような視点で臨床をしているといろいろな課題に気付いた。まずは自身が初めて担当した脳血管障害の患者さんが、リハビリで自宅退院レベルになったものの、自分が退院後の調整をきちんとしなかったために、相談なしに別の病院に転院し、それを知らされなかった苦い経験がある。急性期の病院から地域にスムーズに流れなければ、医療も無駄になってしまうことを痛感した。それ以降、大学院修了時に行政に進むことも考えたが、日本において地域のデータ分析により保健医療行政を含めたサービスを振り返るという部分が諸外国に比して大変遅れていることに気付き、研究職にとどまった。そして米国に留学し、主に医療サービスの評価方法として体系化された学問ヘルスサービスリサーチ(以下、HSR)に出合った。

All about 日本のワクチン・3

インフルエンザワクチン—成人を中心に

著者: 池松秀之

ページ範囲:P.246 - P.249

1.当該疾患の発生動向
 インフルエンザの発生動向は国が行う発生動向調査により、定点観察が継続されている。毎年冬季に流行が繰り返されている。流行しているのは、A型ではA(H1N1)pdm09亜型とA(H3N2)亜型の2つの亜型、B型では山形系統とビクトリア系統の2系統である。流行するウイルスのパターンは毎年のように変わっており、予測をすることは難しい(図1)1)。日本では、新型コロナウイルス感染症の流行が見られるようになった後、インフルエンザの大きな流行は見られていない。最後の2019-20年シーズンはほとんどがA(H1N1)pdm09型で、2020年の3月以降から2022年10月現在まで、どの型、亜型も国内で流行していない。
 2021/22年シーズンに北米ではA型の流行が見られ、亜型が判定されたものはほぼA(H3N2)であり、南半球のオーストラリアなどオセアニア地区でも2022年7月からA型の流行が見られ、亜型が判定されたものはほぼA(H3N2)であった2)。国内でも既に少数ながら分離されているウイルスはほぼ全てがA(H3N2)である3)。2022/23年シーズンに日本で再び流行が起こる場合には、A(H3N2)が主体となることが予測されるが、他の型・亜型の流行も否定できない。

日本の災害と公衆衛生——過去・現在・未来・5

豪雨災害—平成30年西日本豪雨倉敷市真備町地区

著者: 中瀨克己

ページ範囲:P.250 - P.255

真備町における多くの死者と課題
 倉敷市真備町地区(以下、主に真備町と記す)における2018(平成30)年7月豪雨災害は、7月5日、6日と2晩続く記録的豪雨(倉敷地点観測史上1位の降水量)により、6日から7日にかけて国管理河川2カ所、県管理河川6カ所の堤防が決壊し、真備町の約3割に当たる1,200ヘクタールが浸水被害に遭い、全壊4,645棟(倉敷市)、浸水深は最大5mに及びました。人的被害は過去50年の岡山県内での最悪の死者数となり、県全体61人中51人が真備町(災害関連死を除く、以下同様)の方で、そのうち45人が65歳以上、また44人が自宅で亡くなっていました1)。真備町死者のうち約82%に当たる42人が避難行動要支援者であり、「自分の力で避難できなかった人が犠牲になっている」と指摘されています1)。さらに「浸水深が2m以上になる所では、平家に住んでいる方は絶対に助からない。ハザードマップ上ではこうだと言っても、住民は積極的に見るわけではないので、市町村職員が行って直接言うしかない。市町村には、何年かかってもそういう活動を継続するという決意が必要だ。」と避難行動支援について課題が指摘されています1)
 35%の被災者が「地域で防災訓練を行っていること自体を知らなかった」とアンケート2)では答えており、倉敷市も「地区防災計画」「マイ・タイムライン」を推進し、自分たちの判断で適切な避難行動ができる地域づくりを進める、としています3)

予防と臨床のはざまで

さんぽ会夏季セミナー2022「働く人の腰痛・転倒予防」

著者: 福田洋

ページ範囲:P.256 - P.256

 少し前のことになりますが、昨年の9月に開催しましたさんぽ会夏季セミナーについて紹介します。多職種産業保健スタッフの研究会、さんぽ会(http://sanpokai.umin.jp/)は、年1回夏季セミナーを実施しています。通常の月例会では議論しきれない、まとまったテーマについてしっかり時間をとって共有、議論、交流を深めるのが目的です。30周年を迎える今年は、働く人の腰痛・転倒予防をテーマに、初めて「さんぽ会×厚生労働省×スポーツ庁」のコラボが実現しました。
 第1部では、厚生労働省の澤田京樹氏より「腰痛・転倒防止について〜国の取組」と題して腰痛・転倒など行動災害が増加している労災の現状が報告されました。国が行ってきた対策と有識者へのヒアリングの結果も踏まえつつ、今後は指導や規制といった北風的な取り組みだけでなく、健康経営やヘルスプロモーションの枠組みでの支援など、太陽的な取り組みが求められているというお話がありました。次にスポーツ庁の和田訓氏より「スポーツを通じた健康増進」と題して、若年世代ほどスポーツ実施率が低い現状が示され、スポーツの力や体力作りを通じた腰痛・転倒防止の視点も重要で、第3期スポーツ基本計画やSport in Lifeコンソーシアム、スポーツエールカンパニーなどの取り組みの紹介がありました。最後に東京大学特任教授の松平浩先生より「生産性・ストレス・健康寿命と腰痛・転倒予防〜明日から使える実践的な話と体操」と題して、プレゼンティーイズムによる労働損失の2位が肩こり、3位が腰痛であり、在宅勤務でこれらが増悪していることに触れ、予防のためのブレイク(座りっぱなしの中断)の重要性と実践的な「これだけ体操」の紹介がありました。また心理的ストレスと腰痛の関連やヘルスリテラシー向上の重要性に触れ、これらを踏まえた産業保健スタッフ向けの新腰痛対策マニュアル、アプリ、簡便な体操の動画集などの紹介がありました。

映画の時間

—人生を照らす光は、きっとある。—エンパイア・オブ・ライト

著者: 桜山豊夫

ページ範囲:P.257 - P.257

 映画館を舞台にした映画では、テーマ音楽とともにフィリップ・ノワレの好演が思い浮かぶ『ニュー・シネマ・パラダイス』(1988)が記憶に残ります。わが国でも徳島県美馬郡脇町(当時)の古い映画館を舞台にした『虹をつかむ男』(1996)をはじめ、『今夜、ロマンス劇場で』(2018)など、ハートウォーミングな作品があります。今月、ご紹介する『エンパイア・オブ・ライト』も英国の地方都市の映画館を舞台にしています。
 1980年の英国。海辺の町にたたずむ映画館から物語は始まります。古ぼけた映画館の内部と、そこから眺める海辺の情景。美しい映像に圧倒されます。一転、きれいな映画館と、映画館「エンパイア劇場」を開ける準備をする主人公ヒラリー(オリヴィア・コールマン)が描かれます。実はエンパイア劇場は、かつては四つのスクリーンやレストランを持つシネマコンプレックスのような映画館でしたが、今は二つのスクリーンのみで営業しています。

特別企画

—新連載「コロナのない保健所の日記」著者インタビュー—なぜ今、保健所の「小説」なのか?

著者: 関なおみ

ページ範囲:P.258 - P.261

「保健所の教科書」がほしい
—— 専門雑誌としては珍しい小説連載が始まります。本企画のそもそもの発端は、先生が昨年度に上梓された「保健所の『コロナ戦記』」(光文社新書 以下、コロナ戦記)とその後の弊誌座談会(2022年8月号;86巻8号)がきっかけです。振り返ると、もともとは「公衆衛生医師を目指す人のための教科書」として構想されていましたね。
関  そのとおりです。COVID-19の感染拡大が起こって、保健所に勤務していた公衆衛生医師が大勢辞めました。そのことへの危機感もあって、東京都は都内の医学部がある大学へ、医学生に対する公衆衛生医師の業務説明会を持ち掛け、実施する旨の回答のあった大学に公衆衛生医師を講師として派遣することにしました。私もいくつかの大学の講義を頼まれたのですが、準備が大変で、久々に『疫学マニュアル』を開いたり、『国民衛生の動向』を読んだり、医師国家試験問題の過去問集を借りたりしました。私が元々学生も講義も非常に苦手だということもありますが、一応、学生に興味を持ってもらえるような内容にしたいじゃないですか。都の担当者から標準的な資料はパワポで提供されるんですが、実際の業務とは内容的に齟齬があるなど、「今の保健所」を伝えるにはなかなか難しい部分があったんですね。そのときに、学問としての公衆衛生と、実務としての保健所や公衆衛生医師の仕事のつながりを分かりやすく説明するような教科書があれば、講義に苦労しないのではと思ったんです。

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ページ範囲:P.173 - P.173

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ページ範囲:P.266 - P.266

基本情報

公衆衛生

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1170

印刷版ISSN 0368-5187

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