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文献詳細

雑誌文献

公衆衛生87巻6号

2023年06月発行

文献概要

連載 ヒトとモノからみる公衆衛生史・1【新連載】

マスク大国となった日本・1—なぜ専門家はマスクを勧めなかったのか—明治のマスクブームと『衛生寿護禄』

著者: 住田朋久12

所属機関: 1慶應義塾大学大学院社会学研究科 2国際日本文化研究センター

ページ範囲:P.572 - P.576

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はじめに
 2020年、新型コロナウイルス感染症が流行し始めると、政府や専門家は人々に行動変容を訴えた。しかし、人々はただそれに従ったわけではない。例えばマスクは当初、風邪症状のある人が着けるものとされ、感染予防のためのマスク着用は勧められていなかったにもかかわらず、多くの人々がマスクを着け始めた1)。そしてマスクの流通が不足する中で、全国マスク工業会や厚生労働省などは、マスクは「風邪や感染症の疑いがある人たちに使ってもらう」ことを呼びかけるに至った2)3)
 このように、政府や専門家の方針と人々の行動に差異が生じることは、筆者らがコロナ禍で経験してきたことだが、同じことは公衆衛生の歴史にも見いだすことができる。中でもマスクは、明治時代から政府や専門家が推奨する以上に日本の人々の間で用いられることが多かった。日本のマスクは、「庶民の衛生」、あるいは、まさに「公衆の衛生」を表すものだろう。
 明治の文明開化の中、1879(明治12)年ごろからマスクが流行した。ただし、「マスク」の語が一般的になるのはインフルエンザが大流行した1920年ごろである。明治に流行したこのマスクは、1836年に英国の医師ジュリアス・ジェフリーズが発明した呼吸器(respirator)に由来し、レスピラートルや呼吸器などと呼ばれていた4)〜6)
 この明治のマスクブームに対して、主流の専門家はむしろ否定的だった。それではマスクは、明治の日本にどのように定着していったのだろうか。

参考文献

1)Reuters: Top photos of the day. 2020年3月2日 https://www.reuters.com/news/picture/top-photos-of-the-day-idJPRTS34EFJ(2023年3月2日閲覧)
2)全国マスク工業会,他:マスクについてのお願い.2020年2月12日 https://warp.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/12203119/www.mhlw.go.jp/content/10900000/000594878.pdf(2023年3月2日閲覧)
3)新型コロナウイルス感染症対策本部:新型コロナウイルス感染症対策の基本方針.2020年2月25日 https://www.kantei.go.jp/jp/singi/novel_coronavirus/th_siryou/kihonhousin.pdf(2023年3月2日閲覧)
4)住田朋久:鼻口のみを覆うもの—マスクの歴史と人類学にむけて.現代思想 48(7): 191-199, 2020
5)Hyun J, et al: The material lives of masks in Japan and South Korea. The Mask—Arrayed (Max Planck Institute for the History of Science), 2020年10月2日 https://themaskarrayed.net/2020/10/02/the-material-lives-of-masks-in-japan-and-south-korea-a-conversation-between-jaehwan-hyun-and-tomohisa-sumida/(2023年3月2日閲覧)
6)松本市左衛門(編著):医療器械図譜.松本市左衛門,1878 https://dl.ndl.go.jp/pid/833113/1/52(2023年3月2日閲覧)
7)青木半右衛門編:大日本私立衛生会 衛生寿護禄.石川恒和出版,1884年 https://d-archive.u-gakugei.ac.jp/item/18408065(2023年3月2日閲覧)
8)立川昭二:明治医事往来.新潮社,1986(講談社学術文庫,2013)
9)香西豊子:近代,サイの目,疫病経験—明治期の衛生双六にみる日常と伝染病.小松和彦(編):禍いの大衆文化—天災・疫病・怪異.285-307頁,KADOKAWA,2021
10)住田朋久:『衛生寿護禄』の「かなしき」マスク—1884年,大日本私立衛生会の個人衛生啓蒙.科学史研究 302: 176-180, 2022
11)いわしや松本市左衛門:呼吸器広告.郵便報知新聞(4頁),1879年2月14日
12)石井研堂:増訂 明治事物起原.春陽堂,1926
13)石井研堂:改訂増補 明治事物起原 下.春陽堂,1944
14)宮武外骨:文明開化 2 広告篇.半狂堂,1925 https://dl.ndl.go.jp/pid/1182351/1/42(2023年3月2日閲覧)
15)竹中成憲:肺病養生法.三宅正信・今日新聞社,1887 https://dl.ndl.go.jp/pid/835376/1/6(2023年3月2日閲覧)
16)竹中成憲:肺病の話(付新発明呼吸器).大橋高三郎編:東洋大家論説2.197-200頁,暁鐘館,1888
17)団団珍聞.1879年4月26日 https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/11210055/5(2023年3月2日閲覧)
18)Schlich T, et al: Making the medical mask: surgery, bacteriology, and the control of infection(1870s-1920s). Med Hist 66: 116-134, 2022
19)住田朋久:『ペスト』に見るマスク着用の始まり—1899〜1900年,大阪・肺ペストクラスターと医師の遺言.医学界新聞 3415, 2021年4月5日 https://www.igaku-shoin.co.jp/paper/archive/y2021/3415_02(2023年3月2日閲覧)
20)Lynteris C, et al: The history of plague masks in East Asia. The Mask—Arrayed(Max Planck Institute for the History of Science), 2021年4月26日 https://themaskarrayed.net/2021/04/26/the-history-of-plague-masks-in-east-asia-a-conversation-between-christos-lynteris-tomohisa-sumida-and-meng-zhang/(2023年3月2日閲覧)
21)Sumida T: Plague masks in Japan: reflecting on the 1899 German debates and the suffering of patients/doctors in Osaka. East Asian Sci Technol Soc 16: 74-85, 2022
22)日本科学史学会編:日本科学技術史大系 第24巻 医学1.第一法規出版,1965
23)日本科学史学会編:日本科学技術史大系 第25巻 医学2.第一法規出版,1967
24)多田羅浩三:公衆衛生の思想—歴史からの教訓.医学書院,1999
25)多田羅浩三:現代公衆衛生の思想的基盤.日本公衛誌 56: 3-17, 2009 https://www.jstage.jst.go.jp/article/jph/56/1/56_3/_pdf/(2023年3月2日閲覧)
26)ウィリアム・バイナム(著),鈴木晃仁・鈴木実佳(訳):医学の歴史.丸善出版,2015
27)鈴木晃仁:医学史とはどんな学問か 序〈新しい医学史〉と医者・患者・疾病の複合体としての医療.けいそうビブリオフィル,2016年1月7日 https://keisobiblio.com/2016/01/07/suzuki00/(2023年3月2日閲覧)
28)宝月理恵:近代日本における衛生の展開と受容.東信堂,2010
29)横田陽子:技術からみた日本衛生行政史.晃洋書房,2011
30)川端美季:近代日本の公衆浴場運動.法政大学出版局,2016
31)西川純司:窓の環境史—近代日本の公衆衛生からみる住まいと自然のポリティクス.青土社,2022

掲載誌情報

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN:1882-1170

印刷版ISSN:0368-5187

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